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歴史ミステリー小説「東毛奇談」の目次

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 目次


第1章  天狗のこと
第2章  新田伝承のこと
第3章  家康改姓のこと
第4章  本能寺の変こと
第5章  仮名手本忠臣蔵のこと
第6章  徳川埋蔵金のこと
終章   内侍と世良田氏のこと


小説はhttp://daikiti431.blog112.fc2.com/に移動しました。
こちらのサイトは第1章から順に掲載しております。
また字も大きめとなっております。
各章の始め、終わりの部分が過去の話(義貞の話など)になっております。あとは現代の話、時代が錯綜しておりますが、ご了承ください。

「続きを読む」には、主に、参考にした文献を記載しておきました。



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和辻哲郎「風土――人間学的考察」 第1回 日本の台風的性格 

しばらく、「和辻哲郎「風土――人間学的考察」(岩波文庫)を引いていきたいと思います。
和辻 風土

過去記事「「アニメは日本文化を救えるか」シリーズ 第9回目 こんな感じでまとめる予定でした。」でも触れたように、和辻の風土を引用しようとしましたが、うまく要約できないのかったのは、どこを引いても面白かったからだ。したがって、重要なところをそのまま引用していくことにします。
形式としては、ブルーノ・タウト「日本文化私観」のときのようになります。
さて、第一回目は「第三章」の部分から。モンスーン的風土として大陸型「シナ」の説明に続いて、日本の説明部分を引いてみます。
「受容的・忍従的」というのが日本人を表す特徴であり、日本を代表するような、桜や竹や稲といったものでそれを説明している。

第三章 モンスーン的風土の特殊形態
二 日本
イ 台風的性格

人間の存在は歴史的・風土的なる特殊構造を持っている。この特殊性は風土の有限性による風土的類型によって顕著に示される。もとよりこの風土は歴史的風土であるゆえに、風土の類型は同時に歴史の類型である。自分はモンスーン地域における人間の存在の仕方を「モンスーン的」と名付けた。我々の国民ものその特殊な存在の仕方においてはまさにモンスーン的である。すなわち受容的・忍従的である。
しかし我々はこれによって我々の国民を規定することはできない。風土のみを抽象して考えても、広い大洋と豊かな日光を受けて豊富に水を恵まれ旺盛に植物が繁茂するという点においてはなるほど我々の国土とインドはきわめて相似しているが、しかしインドが北方は高山の屏風にさえぎられつつインド洋との間にきわめて規則的な季節風を持つのとは異なり、日本は蒙古シベリアの漠々たる大陸とそれよりもさらに一層漠々たる太平洋との間に介在して、きわめて変化に富む季節風にももまれているのである。大洋のただ中において吸い上げられた豊富な水を真正面から浴びせられるという点において共通であるとしても、その水は一方においては「台風」というごとき季節的ではあっても突発的な、従ってその弁証法的な性格とその猛烈さとにおいて世界に比類なき形を取り、他方においてはその積雪量において世界にまれな大雪の形を取る。かく大雨と大雪との二重の現象において日本はモンスーン域中最も特殊な風土を持つのである。それは熱帯的・寒帯的の二重性格と呼ぶことができる。温帯的なるものは総じて何ほどかの程度において両者を含むのではあるが、しかしかくまで顕著にこの二重生活を顕すものは、日本の風土を除いてどこもにも見いだされない。この二重性格はまず植物において明白に現れる。強い日光と豊富な湿気を条件とする熱帯的な草木が、ここでは旺盛に繁茂する。盛夏の風物は熱帯地方とほとんど変わらない。その代表的なるものは稲である。しかるにまた他方には寒気と少量の湿気とを条件とする寒帯的な草木も、同じく旺盛に繁茂する。麦がその代表者である。かくして大地は冬には麦と冬草とに覆われ、夏には稲と夏草とに覆われる。しかしかく交代し得ない樹木は、それ自身に二重性格を帯びて来る。熱帯的植物としての竹に雪の積もった姿は、しばしば日本の特殊の風物としてあげられるものであるが、雪を担うことに慣れた竹はおのずから熱帯的な竹と異なって、弾力的な、曲線を描き得る、日本の竹に化した。
風土のみを抽出して考察した場合に見いだされるこれらの特徴は、具体的には日本の歴史的生活の契機である。稲及びさまざまの熱帯的な野菜や、麦及びさまざまの寒帯的な野菜は、人間が自ら作るのであり、従ってそれに必要な雨や雪や日光は人間の生活の中へ降り込み照らし込むのである。台風は稲の花を吹くことによって人間の生活を脅かす。だから台風が季節的でありつつ突発的であるという二重性格は、人間の生活自身の二重性格にほかならぬ。豊富な湿気が人間に食物を恵むとともに、同時に暴風や洪水として人間を脅かすというモンスーン的風土の、従って人間の受容的・忍従的な存在の仕方の二重性格の上に、ここにはさらに熱帯的・寒帯的・季節的・突発的というごとき特殊な二重性格が加わってくるのである。

まずモンスーン的受容性は日本の人間においてきわめて特殊な形態を取る。第一にそれは熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、単調な感情の横溢でもなければ、また単に寒帯的な、単調な感情の持久性でもなくして、豊富に流れ出でつつ変化において静かに持久する感情である。四季おりおりの季節の変化が著しいように、日本の人間の受容性は調子の早い移り変わりを要求する。だからそれは大陸的な落ち着きつきを持たないとともに、はなはだ活発であり敏感である。活発敏感であるがゆえに疲れやすく持久性を持たない。しかもその疲労は無刺激的な休養によって癒されるのではなくして、新しい刺激・気分の転換等の感情の変化によって癒される。癒された時、感情は変化によって全然他の感情となっているのではなく、依然としてもとの感情なのである。すなわち感情は変化においてひそかに持久するのである。
第二にそれは季節的・突発的である。変化においてひそかに持久する感情は、絶えず他の感情に変転しつつしかも同じ感情として持久するのであるがゆえに、単に季節的・規則的にのみ変化するのでもなければ、また単に突発的・偶然的に変化するのでもなく、変化の各瞬間に突発性を含みつつ前の感情に規定せられた他の感情に転化するのである。
あたかも季節的に吹く台風が突発的な猛烈さを持っているように、感情もまた一から他へ移るとき、予期せざる突発的な猛烈さにおいて現れた。それは執拗に持続する感情の強さではなくして、野分のように吹き去る猛烈さである。だからそれはしばしば執拗な争闘を伴なわずして社会を全面的に変革するというごとき特殊な歴史的現象さえ作り出している。さらにそれは感情の昂揚を非常に尊びながらも執拗を忌みという日本的な気質を作り出した。桜の花を持ってこの気質を象徴するのは深い意味においてもきわめて適切である。それは急激に、慌ただしく、華やかに咲きそうろうが、しかし執拗に咲き続けるのではなくして、同じように慌ただしく、恬淡に散り去るのである。

季節の変化と、突如として猛威を奮う台風が、日本人の性格形成に大きく影響している。自然が与える良い面と悪い面の二重構造が、日本人の宗教観に大きく影響している。これを和辻は「風土」としてこれを説明している。
そして、それが日本人の精神・神道に反映しているということなのだろう。

……続く。

「楫取素彦の新聞記事」と「NHK大河ドラマは松下村塾を中心とした群像劇をやればいいと思う」

少し前の新聞記事から。
平成23年8月26日 上毛新聞

初代県令・楫取素彦 生誕地・萩に顕彰板来年没100年 群馬での功績も紹介
初代群馬県令・楫取素彦(1829年~1912年)の功績をたたえた顕彰板が今月、生誕地とされる山口県萩市今魚店町に建てられた。来年は没後100年の節目で、萩博物館で楫取の企画展を計画中といい、教育と新産業(生糸)で群馬を発展させた初代県令に改めて光が当たりそうだ。

今魚店町は、江戸期は萩城下28町の一つだった。町で設置した顕彰板は、縦90センチ、横180センチ。交差点脇の目立つ、楫取の命日である8月14日の前日、除幕式でお披露目された。肖像写真や略歴、山口県内のゆかりの地のほか、群馬での功績、群馬県庁の北西に隣接する高浜公園にある楫取の功徳碑を紹介。
渡米して群馬の生糸を売り込む道を探ろうとする現在の桐生市出身の生糸貿易商、新井領一郎(1855~1939年)に、楫取夫人(吉田松陰の妹)が松陰の形見の短刀を渡したというエピソード(ハル・松方・ライシャワー著「絹と武士」所収)も記されている。
本県での功績は、県議の中村紀雄さん(70)のブログを見た今魚町内役員、中原正男さん(60)から転載の希望があり、中村さんが快諾した。中原さんは「楫取が群馬で廃娼運動を支援したことも知り、感銘を受けた。町が生んだ偉人の生き方を伝えていきたい」と顕彰運動に意気込む。中村さんは「歴史に学ぶ地域づくりを萩の人と進めたい」と話している。
前橋市では2002年から、県庁誘致を決定付けた楫取の出身地、萩市と友好都市提携を結び、交流を続けている。

楫取素彦は気になっていた人物で、当サイトでも何度か出てくる。
過去記事
1、「群馬県庁調査による「新田郡に於ける両皇子の墳墓」報告書  新田義貞伝承を追う! 実は「東毛奇談」の続編 第12回
2、「新田遷都」総まとめ  新田義貞伝承を追う! 実は「東毛奇談」の続編 第11回
3、井上馨と渋沢栄一は、新田義貞と児島高徳で紙幣を作った! 「新田義貞伝承を追う!シリーズ第13回」
ここでは、群馬県令となった楫取素彦が、新田義貞と勾当内侍の伝承や事蹟を詳細に調査して、これらを井上馨に報告しているところを書いた。
楫取と井上馨は同じ松下村塾の出身であり、ともに群馬に関連している。(井上馨の妻は新田一族の末裔)
そして、吉田松陰が崇敬した高山彦九郎の出身地が、群馬の「新田の地」にあったのだから、深い思い入れがあったというのは想像に難くない。
井上馨らが提唱した日本の首都を群馬の新田の地に移転しようとした「上州遷都論」がもし実現していたら、楫取も大いに関わっていただろう。

さてさて、「松下村塾」出身者というと、高杉晋作や伊藤博文や井上馨、山縣有朋らに注目が集まるが、他にも楫取素彦や山田顕義、品川弥二郎、などなど多くの人物を輩出している。
過去記事「ドラマ「山田顕義物語」は「脱・龍馬」として意味がある」でも書いたけど、彼らをドラマ化してもいいんじゃない。
「松下村塾」を中心にして、幕末とその後の塾生たちの維新・明治政府の足跡を、NHK大河ドラマでやってみればいいと思う。
NHK大河ドラマも一人の人物にこだわらずに、群像劇にすればいい。「龍馬」とか「江」とか「直江兼続」とか一人の人生を基軸にするというのがあるようだが、それではどうしても視野が狭くなる。そんなカセは取っ払ってしまえ。一つの視点でしか歴史を語れなくなってしまうから、物語の幅が狭くなっているんじゃないの。(最近の大河ドラマのつまらなさはここにあると思う)

だから「松下村塾」を中心にして、それに関わった人たちにそれぞれにスポットを当てていく幕末・維新・明治政府を描くドラマ「群像劇」というのはどうだろう。
吉田松陰の思想が受け継がれていくというドラマだ。
ダメなのか?
そういうのはいけないのか?
皇室を「王家」なんてするドラマより余程いいと思うけど……。




毎年恒例の一言、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」は新田一族の鎮魂劇である。

12月14日は、赤穂浪士討ち入りの日。
毎年、この日には同じ文章をUPさせている。
ということで今年も、恒例の一言。

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」は新田一族の鎮魂劇である。

理由は……、ここで

で、今年は少し追記。
忠臣蔵や赤穂浪士の事件を南北朝時代に合わせて見ていくと、結構面白いことになる。
吉良氏と上杉氏が親戚関係なのは、元をただせば「足利氏系」であることが縁であるし、吉良家が高家筆頭という高い地位にあったのは、徳川家に「新田氏」の系図を差し出したからと言われる。
そして、浅井家の所領は「赤穂」だが、ここには「児島高徳の墓」がある。
参考サイト、妙見寺、赤穂民報「奈良・吉野に向かい児島高徳を遥拝」、「児島高徳卿の遺徳偲ぶ遥拝所再建
赤穂と児島はまさに「塩」つながり。
などなど、結構関連がある。

歴史は連続的につながっている。鎌倉時代、室町時代、江戸時代、と年代的にスパッと区切れているわけではない。前の時代に遡って調べていくと、意外なことが分かったりするものなのです。

ということで、そんなことを寄せ集めたのが「東毛奇談」です。
そして、なぜ徳川家康は新田源氏を名乗ったか?
これがすべてのナゾを解くカギとなる。


あ~、「東毛奇談」のサイトもアクセス数がやっと2万か。
死ぬまでに、続編書かなきゃ。
予定としては「ライトノベル風にしょうかな……」と思っています。
(誰に頼まれたわけでもありませんが、まあ、自己満足ということで)

「東毛奇談」にやっと図を載せました。

ワードで作成した図をブログに載せるやり方を教えてもらいました。
やってみたら簡単だった。(windows・アクセサリーのペイントにワードで作成した図を貼り付けて、名前を付けて保存したファイルをアップロードすればいいことだった。)
ということで早速、載せてみます。

第3章「家康改姓のこと」の4 http://daikiti431.blog112.fc2.com/blog-entry-51.html
これは、徳川家康の家臣団の中で、新田伝承を持つ大久保家の相関図。新田・南朝方の伝承を持つ古参の家臣が次々と失脚していく話のときに載せたかった図。
東毛奇談・図1

第4章「本能寺の変のこと」の5 http://daikiti431.blog112.fc2.com/blog-entry-45.html
この図は、「南北朝時代」と「本能寺の変の前後」が同じような状況にあったことを説明した図。
後醍醐天皇=正親町天皇
護良親王=近衛前久
新田義貞=明智光秀
北条政権=織田信長
足利尊氏=豊臣秀吉
といった具合。詳しい説明は「東毛奇談」で。

東毛奇談・図2

5章の「仮名手本忠臣蔵のこと」の7  http://daikiti431.blog112.fc2.com/blog-entry-35.html
東毛奇談・図3s
東毛奇談・図4
この図を載せたかった!これがないとこの章は何だか分からないですよね。
仮名手本忠臣蔵は「新田一族の鎮魂劇」であり、その裏には「本能寺の変」の真相が隠されているのではないか、ということを説明している図です。

ということで、本サイトにも図を載せておきます。

「東毛奇談」のサイト手直ししてます。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」を掲載しているサイトを手直ししています。

徳川家康や明智光秀の画像を入れたり、生品神社や世良田東照宮、大光院などの写真を入れたりして分かりやすくしていきます。
また東京の愛宕神社や日枝神社、上野などの写真や、参考文献なども入れていく予定です。

まだ手を入れ始めたばかりなのですが、徐々に進めていきます。

「東毛奇談」を読まれる方はどうぞそちらのサイトへ行って下さい。

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消えた二十二巻

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