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日本文化継承のさまざまな形

平成24年6月23日 上毛新聞の折り込み紙「シャトル」から

太田市の国際姉妹都市、グレイターラフィエット(米国インディアナ州)から、3人の高校生らが太田を訪れている。18日に成田に到着した一行は、市内の高校への体験入学やぐんま国際アカデミーの視察、工場見学、お茶や着付けを通じて日本文化に触れるなど26日まで、多くの人と交流しながらさまざまな体験を楽しんでいる。
富士重工業が進出したことが縁で交流が始まり、1993年に姉妹都市提携を結んだ。グレイターラフィエットから学生を受け入れたのは今回が初めて。「日本の文化に触れ、似ている点や異なるところをじっくりと学びたい」とシンディさん。19日には太田商高で授業を体験。3人は1年生の3クラスに分かれ、生徒に交じって簿記やビジネス基礎、英語の授業などを受け、クラスの生徒ともすぐに打ち解けた様子。
モーガンさんは将来、「日本で英語の教師になりたい」という夢を持つ。スティーブン君は日本の文化に興味があり、2年ほど前から地元で日本語を習い、「将来はIT関連などで日本とアメリカでもビジネスをしたい」と話す。「日本文化に興味がある」というジョージ君は漫画「るろうに剣心」シリーズを「全部持っている」と話し、3人からは「NARUTO」や「宮崎駿」「高橋留美子」といった単語がぽんぽん飛び出した。
20日は、市消防本部や太田署を見学。21日は栃木県日光市を訪れ、華厳の滝や東照宮を楽しんだ。25日には富士重工業の矢島工場を見学、金山散策や日本文化を体験し、26日に帰国する予定。

平成24年6月25日 読売新聞の文化面コラム「解」から

米でよみがえる日本庭園
手元に日本庭園を写したモノクロ写真のポストカードがある。水をたたえる池、周囲に置かれた大小の石。木造りの小さな橋もある。 1943年(昭和18年)、米ロサンゼルス郊外の砂漠地帯、マンザナールで撮影された。太平洋戦争中、ここには日系人強制収容所があった。写真の庭園は、約1万人の日系人の苦難の生活を強いられた所内に造られた。
収容者には約400人の庭師がいた。地面を掘って地下水を呼び込み、所外で行われた労働の際に石を見つけ運び込んだ。庭師たちは競い合うようにして100以上の庭園を造ったという。だが、戦後は放置され、砂に埋もれた。
この地を今年4月、作庭家の小口基実さん(64)(長野県岡谷市)、弟子の内田俊意さん(45)(山口県下関市)ら職人が訪れた。米国立公園局が発掘し、復元が進む10カ所ほどの庭園を視察した。
石の配置は約70年前のまま。傾け方が雪舟の作品を思わせるものもあった。レベルは様々だが、どれも日本文化への強い思いを感じさせたという。小口さんは「明治生まれの移民1世が米国に日本文化の素晴らしさを見せつけつつ、米国生まれの2世、3世に日本の精神を伝えようとしたのだろう」と推し量る。
全米には10ヵ所の日系人収容所が開設された。そのすべてに日本庭園があったと言われる。「財産も地位も名誉も奪われ、社会から隔離されたのに。日本人はすごい。そう思える『気』をもらった」。小口さんは毎年1ヵ所ずつ、訪ねるつもりだという。(西部社会部 牧野田亨)

平成24年6月24日 読売新聞別刷り版の「皇室ダイアリー」から

米作りへの貢献を願って 秋篠宮ご夫妻、ウガンダ訪問1
秋篠宮ご夫妻は12日から4日間、赤道直下のアフリカ・ウガンダを公式訪問された。両国の国交樹立50周年にあたり招待を受けたもので、皇室としても同国への訪問は初めてのことだ。
出発から帰国まで3泊7日というハードスケジュールの中、ご夫妻はムセベニ大統領との会見や在留邦人との面会など、数多くの行事に臨まれた。人口3270万人の同国に在留邦人は約350人、それぞれが国際協力機構(JICA)の事業や自営業などを通じ同国への支援や経済交流に取り組んでいる。
13日に訪問された「稲研究・研修技術センター」では日本の稲作技術を伝えている。高地に位置し平均気温が年間を通じ23度程度の同国ではいつでも稲作が可能だ。
秋篠宮さまはこうした説明に対し熱心に質問、日本側が改良してきたアフリカ向けの新品種「NERICA」の香りを確かめられた。8年前から稲作指導にあたってきたJICAの専門家、坪井達史さん(62)は、ご夫妻をNERICAやコシヒカリが育つ農園に案内した。ご夫妻は強い印象を受けた様子で、秋篠宮さまは「日本の生活、文化と関係を深くする米がウガンダの人々の生活の向上に資することを希望します」と大統領主催晩さん会のスピーチで触れられた。(編集委員 小松夏樹)

新聞記事を3つ羅列してみました。テーマは「日本文化の継承」です。取り上げらている人たちも、アメリカ人の高校生、日系人、アフリカ人とさまざまで、伝えられた文化もマンガや日本庭園や稲作と多種多様であり、国も時代も年代も状況もそれぞれ違う。だがここにはしっかりと日本文化の継承があるのだ。
経済優先・カネ儲け主義の立ち位置で行われる「クールジャパン」政策よりも、こういった地道な活動の方が「日本(文化)愛好家」「日本ファン」を増やすことになると思う。

過去記事 ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた
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ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた

「ドナルド・キーン自伝」(中公文庫)を読んでいたら、50年代のアメリカで起こった「日本ブーム」に触れている個所があったので引いてみた。
ドナルドキーン自伝


(有名人や知識人が集まったフォビアン・バワーズ夫妻のパーティーにキーン氏はよく招かれた) こうした集まりで、私が名士たちのちょっとした関心の対象になったのは、日本が俄然人気の的となっていたからである。それまで日本の文化が中国の模倣に過ぎないと決めかかった人々でも、ニューヨーク近代美術館に建てられた日本家屋や、アメリカの様々な都市で開かれた日本の国宝の展示会を見た後では、考えが変わったようだった。その頃初めてアメリカに紹介された禅の教えも、神のいない宗教として知識人たちの人気を集めた。もっと重要な要因となったのは、「羅生門」に始まる日本の思いがけぬ流行だった。ふつうであれば日本文学の教授に何を話かけていいか戸惑うカクテル・パーティーの参加者たちも、日本が流行の先端になったからには私を質問攻めにせざるを得なかった。
隠し砦の三悪人(画像は黒沢明の「隠し砦の三悪人」)

私が直接関わっている分野で言えば、数々の出版社が現代の日本文学の翻訳に新たな関心を持ち始めた。その口火を切ったのはクノップ社の編集長ハロルド・ストラウスで、クノップ社は翻訳文学を手掛けるアメリカの出版社の中では最王手だった。ストラウスは戦時中に多少の日本語を身につけ、(助けを借りながら)日本の小説の世界に分け入っていったのだった。
ストラウスは、愛すべき人物ではなかった。彼はいかにも尊大に構えていて、「翻訳者など掃いて捨てるほどいる」といったようなことを平気で言う人間だった。エドワード・サイデンステッカーの素晴らしい翻訳にかかわらず川端康成の『雪国』が売れなかった時、ストラウスは二度と川端のように「淡泊で無力な文学」は出版するものかと宣言した。しかし川端がノーベル文学賞を受賞するとストラウスは考えを変え、『山の音』を出版した。三島が自決した夜、ストラウスは私に電話してきて、翻訳にもっと高い原稿料を払う用意があると言った。
三島由紀夫 英語版(画像は三島由紀夫の「豊饒の海・奔馬」英語版)
これら数々の欠点にかかわらず、ストラウスは現代日本文学に関わりのある人間すべてから感謝されていい人物だった。大佛次郎『帰郷』の翻訳を企画したのはストラウスで、これは二十五年前に二葉亭四迷の『其面影』の翻訳が出てから初めてアメリカで出版された日本の小説だった。『帰郷』は、日本人の主人公が自国の文化を再発見する物語である。もともと日本の文化に馴染みのない多くのアメリカ人にとっては、この小説は再発見というよりはむしろ発見そのものだった。クノップ社が出した次の小説、谷崎潤一郎の『蓼喰ふ蟲』もまた、伝統の再発見を描いた作品だった。
大佛次郎(画像は大佛次郎の「帰郷」英語版)
他のアメリカの出版社もクノップ社の例に倣ったが、中にはどちらかというと伝統的ではない作品を好んで出した出版社もあった。こうして、おそらく一九五〇年代の「日本ブーム」が最長記録を作る結果となったのだった。

なるほどなるほど、アメリカで起こったちょっとした日本ブームは、ヨーロッパで巻き起こった「ジャポニスム」と同じように、知識人や文化人に広まったというのが分かる。
50年代・60年代の日本ブームは静かながら、アメリカの文化人に浸透して広がっていったのだろう。それはハリウッド映画人を見ればよくわかるのだ。フランシス・フォード・コッポラ監督は三島由紀夫の愛読者で、「地獄の黙示録」の撮影中に「豊饒の海」を読んで構想を膨らませていた話は有名だし、同様のことは「ゴッドファーザー」のオーディオコメンタリーでも語っていた。またルーカスやスピルバーグは黒沢明の影響をモロに受けたことを公言していることでも分かる。(映画スターウォーズではあちこちに日本文化が散りばめられていることについては、今さら説明不要だろう)
50年・60年代に日本文学が翻訳されたり、日本映画が紹介されたことによって、これが後々「日本文化愛好家」を増やす切っ掛けとなったのだから、まさしく先駆的役割を果たしていたとみて間違いないだろう。
そういえば、日系のナンシー梅木がオスカー助演女優賞を獲った「サヨナラ」やマーロンブランド主演の「八月十五夜の茶屋」など50年代には日本を舞台にした映画が多数作られていたし、ビルボードNO1になった坂本九の「スキヤキ」は60年代だった。(現在まで多くの海外アーティストにカバーされている) これらも日本ブームの一つの傍証となるだろう。
日本といえば「ニンジャ・サムライ・スシ」といったイメージが、現代のアメリカで広まっているのも、前段階でのこの「日本ブーム」という下地があったからと言えるのではなかろうか。となれば今の日本のアニメ・マンガ人気も、形は違えど日本文化人気が継続して引き継がれていったと見ていいだろう。
さて、アメリカで日本ブームが起こっていた50年代、そのころの日本はどうだったのか、興味深い逸話が載っていたので引いてみる。

雑誌「文学」の編集長・玉井乾介から依頼されたのは「日本文学の古典」という本の書評で、これは日本文学をマルクス主義に基づいて解釈した本だった。もちろん私はマルクス主義のこと知っていたし、当時流行していた反米主義についてもよく知っていた。毎月、私は三大総合雑誌(「中央公論」、「改造」、「文藝春秋」)の目次に目を通し、時にはその原稿を読むこともあった。アメリカの独占企業的な資本主義の脅威を暴く記事が、常に少なくとも一つはあった。しかし、日本の古典文学をめぐる議論でマルクス主義に出会ったのは、これが初めてだった。私は読んで、愕然とした。この本が『古今集』に触れていないのは、それが貴族によって書かれたもので、民衆の手で書かれたものではないからだった。『源氏物語』は、支配階級の矛盾を暴露した作品として取り上げられていた。他の作品が賞賛もしくは貶される基準は、すべてそれが「民主的」であるかどうかに掛かっていた。
私の書評は数ヶ月間、発表されなかった。ついに発表された時には、三人の著者の一人による反論が一緒に掲載されていた。(中略)反論は、私のことを「貴族的プチブル的腐敗した西欧人」と非難していた。

まさに戦後民主主義の名の下で、「文化大革命」のようなことをやっていた。アメリカでは日本文化の発見で流行となっている一方で、当の日本はその自己文化を否定して、反米主義のマルクス主義礼賛という状況だった。おかしな話だ。
これも昔話かといえばそうでもないでしょう。こんな思想の人たちが、手を変え、口調を変えながらいまだに大学や論壇・文壇・文芸分野・新聞業界の中に蟠居して、日本は悪い国だ、日本人は島国根性で閉鎖的だ、とネガティブキャンペーンをしているのだから、恐ろしいことです。

では、今度は、『ドナルド・キーン著作集〈第1巻〉日本の文学 (新潮社)』から引いてみましょう。
日本の文学

日本人は現在も、自分たちのはぐくんできた文化がいま外国で高く評価されているという事実を、すなおに受け入れかねている者が少なくない。それについては、日本人は海外の事情をちゃんと知っており、また外国のおびただしい事物に関してずいぶんと精通しておりながら、日本が外部社会との接触を絶ち、孤立していた徳川幕府下二百年の鎖国時代の影響から、なかなか抜け出せずにいるという印象がある。日本人のなかには、自分がいまもなお「島国根性」をぬぐいきれず、そのことが日本人をして外の世界と自分たちを隔てる差異をことさらに、ときには大げさまでに、意識させてしまうことを認める者もいる。しかし、いまの日本の若い作家たちには、そうしたことはもうあてはまらなくなっている。そうだとすれば、それほど遠くない将来、全世界の文化に占める日本の重要性が、外国人ばかりではなく、日本人にも認識される日がくることを期待したい。

キーン氏は日本文学が近いうちに世界で注目されるであろうと、予測している。そのためには、日本人が己の文化に自信を持つことが必要だと主張しているのだ。
過去記事 ドナルド・キーン「日本人よ、勇気をもちましょう」から。 

さて、キーン氏が日本文学に魅かれた切っ掛けの一つに「源氏物語」がある。自伝から引いてみよう。

(時代は第二次大戦中)当時、ニューヨークの中心にあるタイムズ・スクエアに、売れ残ったゾッキ本を専門に扱う本屋があった。その辺りを通りかかった時に、いつも私は立ち寄ったものだった。ある日、「The Tale of Genji 」(源氏物語)という題の本が山積みされているのを見た。こういう作品があるということを私はまったく知らなくて、好奇心から一冊を手に取って読み始めた。挿絵から、この作品が日本に関するものであるに違いないと思った。本は二巻セットで、49セントだった。買い得のような気がして、それを買った。
やがて私は、『源氏物語』に心を奪われてしまった。アーサー・ウェイリーの翻訳は夢のように魅惑的で、どこか遠くの美しい世界を鮮やかに描き出していた。私は読むのをやめることが出来なくて、時には後戻りして細部を繰り返し堪能した。

The Tale of Genji(「源氏物語」英語版)
本文に出てくる「ゾッキ本」とは、「古本・古書市場にて極めて安い価格で売られる新品本を指す。赤本、特価本、新古本、バーゲンブック」のことをいう。キーン氏と日本文学の出会いが、偶然の巡り合わせであり、これがどこか浮世絵が海外に広まった状況(陶器の包装紙だった)と同じように、何気ない「発見」にあったというのが面白い。
重要なのはこの「出会い」でしょう。
ブルーノ・タウトが日本の美を発見したように。
過去記事 ブルーノ・タウト「日本文化私観」シリーズ

以下、ドナルド・キーン著作集〈第1巻〉から。

これらの訳書をはじめ、そのあとに世に出た英訳書は、おおかたが戦時中に日本語を修得した旧軍人たちの手になるものである。そうした人たちの翻訳と研究の成果は、日本の現代文学にとどまらず、古典文学の作品や歴史書、哲学書など広範な範囲にわたる。そのおかげで、世界の文明に日本人が寄与してきた事実があらためて認識されるようになった。以前なら、世界各国の詩を網羅した詩選集を公刊するにしても、日本の詩についてはほんの申し訳程度の(まずは二句か三句の俳句を紹介するくらいの)配慮でお茶を濁すのが通例だった。しかし、一九六六年に出版されたスティーブン・マーカス編纂の『現代小説の世界』は、きちんと日本の作家たちの作品を取り上げていて、そのあと公刊された文学選集を見ても編纂者たちは日本の作品を無視するわけにはいかないことを認識するようになっている。
日本の文学に対する見方のこうした様変わりぶりは、決して一朝一夕にもたらされたわけではない。たとえば「一九七〇年代の文学」といったテーマで調査した結果を公刊した文芸評論家たちにしても、北アメリカとヨーロッパ圏の外で書かれた作品については、たとえ翻訳書があろうとも、議論の対象にしようとはしていない。しかし、変化はまず世界の主要な大学のカリキュラムの中で起こってきた。つまり、大学教育のなかでアジアの重要性が再認識されるようになって、学部の学生には欧米以外の地域の文明を専攻する講座は少なくとも一つは履修することを義務づけることになったのだ。各大学がいま特に重視しつつあるアジア各国の文明の中で、日本の文明は学生たちがいちばんとりかかりやすく、その講座は最も人気が高い。
もう一つの変化は、アメリカ人の「海外渡航」についての考え方をめぐって生じてきた。以前は、アメリカ人が海外に出かけるといえばヨーロッパに行くことをさしていたのだが、いまでは行き先に日本が含まれるようになった。日本の文学と文化を学ぶ大学生たちのあいだでは、ある程度まとまった期間を日本で過ごしたいと希望する者が増えている。
同じような変化は、ヨーロッパでも起こっている。以前、ヨーロッパでは日本語を教えている教育機関は、ほんのひと握りしかなかったが、日本が世界でも重要な国だという認識が広まるにつれ、ヨーロッパのほぼすべての国で日本語の講座が開設された。日本のことを専門的に研究したいと念願する者を別にすれば、将来の自分の職業として日本人旅行者のガイドとなることを選び、その手段として日本語を取得する者が多い。日本が経済的に豊かになったおかげで、近年大挙してヨーロッパの名所旧跡を訪れる日本人観光客が増えたことも、こうした風潮に輪をかけている。当初はまったく実利的な目的から日本語を学んでガイド通訳者となった者のなかには、途中から日本語の書物の翻訳者に転じた者もいる。こうした人たちは、アメリカ人が手がけた英訳書からの重訳ではなく、日本語の書物から直接、自分の国のことばに翻訳するのがならわしになっている。


「クールジャパン」と叫びながら官僚主体となって、日本のソフトパワーを売り出そうとしている。これはこれでいいだろう。しかし、それが金儲け優先、売上至上主義に堕ちれば、たちまち廃れていくだろう。
これは過去記事で詳しく、「アニメは日本文化を救えるか」シリーズで。
重要なのは「日本ファン」や「日本文化サポーター」を増やすことだ。「ジャポニスム」で日本文化に興味を持った美術家や審美眼のある好事家たちが日本文化を世界的に広めたように、上記のキーン氏のような知識人や文化人そしてその卵である学生たちの中から「日本文化愛好家」や、海外で日本文化を紹介する「仲介者」を増やすことが必要なのだ。金をかけるなら、そこに使うべきなのだろう。
ワゴンセールの中から出てきた『源氏物語』や陶器の包装紙に使われた『写楽』や『北斎』。これらは莫大な公費を使って宣伝されたわけではない。そういう「発見」を促すこと、日本文化の良さを知ってもらえる「人たち」を海外に作る(増やす)ことこそ重要なのだ。
優れた文化は人気を得て、愛される。そしてそれが本物の文化なら廃れることなく好まれ続けるであろう。表現形態は変われども、その根本にある「日本文化」を持ちづけれていけば、一過性で終わることはないはずだ。
だから一時的に売れた・ヒットしたからといってそれは「文化」は言えない。ケツ振りダンスのK-POPやおばさんを喜ばせるだけの韓流ドラマがいくら売れようが、それが「文化」とまでに成り得ているのだろうか。ゴッホやセザンヌのように偉大な画家が、浮世絵を真似た絵を描くのであれば、それはもう疑うべきもなく一つの「文化」だろう。黒沢だ、小津だ、と海外有名映画人がリスペクトし語り継いでいったなら、それは一つの「文化」だ。ドナルド・キーン氏といった超一流の大学教授が感嘆するような三島や谷崎や安部公房、そして源氏物語や俳句といったものが、優れた文学と世界で認められれば、それは一つの「文化」だといえるだろう。
しかし、それらは経済的にみれば大した金額にはならない。だがここで見誤ってはいけないのは、「文化」を売上ベース、経済的視点で見てはいけないことだ。
アメリカやヨーロッパの文化人や知識人の中で、私は韓国文化に影響を受けましたという人が出ればそれは認めてもいいだろうが、果たしてどうであろうか。何万枚CDが売れようが、視聴率が取れようが、CMに出て契約金が何億円だとか、そんなものは文化的視点に立てば大したことではない。数年経てば忘れ去れらるようなものは、決して文化とはいえないだから。あれらがただの消耗品や商品物であったのか、それとも他国に影響を与えた偉大な文化だったのか、そのうちいずれはっきりするだろうから慌てる必要もないが。
ただ問題なのは、日本の文化政策を推進するお役人さんが、韓国の真似をして「金儲け」主義に走るような気がしてならないのだ。
日本文化を愛し、一流大学で半世紀もの長きに渡り日本文学を紹介し講義し続けたドナルド・キーンさんような知識人・文化人を、海外で十人二十人、いや百人二百人と増やすことこそが最重要なのだ。

関連記事 村山斉さんの言葉から「日本は外国研究者を呼び込む魅力的な国になっている。存在感を世界に発揮している、もっと自信をもっていい。」

これは、科学の分野だが、言っているのは同じこと。科学ももちろん、文化の一つだ。
だが、こういった事業の経費を削減しょうとしたのが「事業仕分け」だったことを忘れてはならない。
そして、その事業仕分けを「日本でも文化大革命が始まった」と喜んだ仙谷由人がいる政権が与党となっている現在、50年代・60年代の日本の風潮となんら変わっていないということも、認識しておかなければならない。
そしてその政権下で行われる「クールジャパン」が、果たして、日本文化を深深と広めることを重要視するだろうか、実に疑わしい。
文化に敬意を払うことなく、自国の文化を軽視する人々が……。
そうなればすることは目に見えてくる。目先のカネ・売上を優先することだ……。
これは日本文化を愛し、日本国籍まで取り、終の棲家を日本にと心に決めた、ドナルド・キーンさんを悲しませることになるに他ならない。

神社とは。 ガンプラとシュタインズ・ゲートと砂川神社訴訟

平成24年3月2日 上毛新聞から、「おっ」と心を惹かれた記事だったので抜いてみた。

プラモのルーツは家康?
翌日は徳川家康を祭る久能山東照宮を参拝した。2010年末に社殿などが国宝に指定されてから参拝者が急増。ことに昨年は50年おきの漆塗り替え作業が完了し、今が一番美しい輝きを放っている時期だ。境内に葵の御紋をまとったガンダムのプラモデルが陳列されている。
「静岡に多くのプラモデルメーカーが集まるのは、元をたどれば東照宮がきっかけ」と解説するのは姫岡恭彦権宮司。東照宮造営のため全国から集められた腕のいい宮大工や漆職人、飾り金具職人たちの一部は、造営が終わっても静岡の地にとどまった。それが模型産業の基になったというのだ。

「バンダイ」が徳川家康公をモチーフにした「機動戦士ガンダム」の新作プラモデルを奉納し、それが境内に展示されているとあった。
ガンダム
家康公が身につけたと伝わる黄金色の甲冑姿をしているという。
過去記事「武人埴輪からガンプラへ。日本人は昔からこういうモノにワクワクしていたんじゃね。」でも書いたように、ガンプラは埴輪までさかのぼれるのではないかというのが私の考えだが、何はともあれ、「日本文化」(技や技術、美意識)は現在も連綿と、形は変えながらも受け継がれているということだ。

さて、検索するともう少し詳しい新聞記事があった。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/feature/shizuoka1297494125514_02/news/20110212-OYT8T00424.htm

バンダイだけでなく県内は、「タミヤ」「青島文化教材社」「ハセガワ」など、世界トップクラスの模型会社が集積するが、源流は江戸期に遡るとされる。天下を取った徳川家康は、全国から腕利きの職人を呼び寄せて駿府城を築城。2代将軍秀忠は、久能山東照宮を建設し、精緻な木彫りを施して家康の霊廟(れいびょう)を収めた。
 大規模な公共工事が一巡した後も、一部の職人は定住。技巧を生かして漆器やひな人形作りなどに転じ、木工産業の隆盛につなげた。昭和初期には木製の模型飛行機を製造し、戦後は素材をプラスチックに変えて、黎明(れいめい)期のプラモデル産業に進出。「何を使い、何を作るか……」。世相の変化を敏感に嗅ぎ分けつつ、職人たちの工夫は続いた。
 ガンプラは、静岡市葵区長沼の「バンダイホビーセンター」で生産される完全な「メード・イン・静岡」だ。工程はほとんど無人で、「多色成形機」17台が24時間体制で稼働する。色や素材の異なるプラスチックを約20秒で「ランナー」と呼ばれる1枚の部品パネルに加工し、1日1万個分を作る。
 「世界で唯一」のハイテク設備だが、プラスチックの成形に使う金型は熟練工が仕上げる。最新の素材は、薄いプラスチックに顔料を混ぜる。岸山リーダーは「光が透けない工夫。存在感が増す」と説明する。最新技術の中に、匠の技と工夫が脈々と息づく。
 テレビシリーズで人気を集めたガンダムだが、放送のない年も毎年必ずガンプラの新商品を出し続けた。値段は今も30年前と同水準の315円からで、子供でも作れるよう接着剤なしのはめ込み式だ。地道な営業努力もあり、親子2代のガンプラファンも珍しくない。00年には海外に販路を広げ中国や韓国、シンガポールなどアジアを中心に10年間で計約2500万個を売った。
 芳賀准教授は、「プラモデルは今、大人の遊び。子供世代や海外へ活路を求める時、静岡ゆかりのガンダムは『ホビー大使』の役割が期待できる。静岡の懐の深さだ」と指摘する。(2011年2月12日 読売新聞)

なるほど面白い。「ガンプラ」一つで日本文化・歴史、伝統、技術を語れるというところが。

そして重要なのは、これが「神社を介して伝わっている」ということと、ガンプラを「神社に奉納」しているという点だ。
キリスト教、イスラム教、仏教(日本仏教以外の)など他の宗教では、まずこんな光景は見られないだろう。なによりも厳格な宗教では偶像崇拝を禁止しているだろうが、それでも、己の神をこのような形にしたものを寄付されても決して受け取ることなどないだろうし、場所によっては神様を侮辱する行為となり罰せられることになるだろう。
だが日本人は別にこれを変な話だとは思わない。(笑い話にはなっても、怒りだす人はないだろう)
こんな話一つとっても、神道や日本人が実に不思議な宗教観を持っているということが分かるであろう。

さて、神社に奉納というので思い出したのが、アニメ「シュタインズ・ゲート」だった。
秋葉原を舞台にしたタイムトラベルモノのSF、萌えやオタクもふんだんに盛り込まれるいかにも現代的アニメだが、ここにも面白いことに「神社」は登場する。それが浮いた存在でもなく、渾然一体となってこの物語に溶け込んでいる。
シュタゲ(アニメで描かれる柳林神社。モデルは「秋葉神社」というらしく、聖地になっているとかなっていないとか)
今のアニメには「神社」(それに関連して巫女や鳥居、また境内など)が多く描かれている点はこのサイトで散々書いてきた。
過去記事で。
1、「ブルーノ・タウトの「日本文化私観」その8  「神道」5 神社と日本人、そしてなぜアニメに神社が描かれるのか」 
2、神社が「日本文化」の集まる場所とみるならば、現代の日本文化の象徴である「アニメキャラ」がそこで隆盛を築いていても何ら不思議なことではない!
あたりで。

そして、この「シュタインズ・ゲート」では、「IBN5100」という古いコンピューターが奉納されるという話が出てくる。これがこの物語では重要な役割を果たす小道具となっている。
ここで注目したいのは、コンピューターを神社に奉納するという行為そのもの。そこが実に興味深い。(そう感じるは自分だけなのか?)
奉納ですよ、骨董品のようなコンピューターを……。
そしてもっと特異な点は、日本人はこれを不思議なことだと思わないことだ。(誰もここに突っ込まない)
「シュタインズ・ゲート」は海外でも人気のアニメ(ゲーム)であるから、外国人もこの場面を知っているはずだが、どう思うのか。果して、この「日本人的感覚」を理解できるのだろうか。(だれか訊いてみて!)
キリスト教徒が教会に古いコンピューターを奉納(寄付)するだろうか、イスラム教徒がモスクにこれを預けるだろうか、これは絶対にない。(IBN5100に金銭的価値があれば話は別だろうが)
要は、ここで言いたいことは、日本人は大事なものを「神社」に奉納するこという行為そのものに、何の違和感も持たないということだ。
奉納は「氏子・檀家が神仏を敬い、また鎮め愉しませる目的のため、人々にとって「価値のあるもの」を供物として神仏(お墓なども含む)に捧げる宗教的な行為のことをいう。」とWikipediaに説明がある。(この説明文は上手い)
シュタゲの場合は、未来のために大事なものを預かってもらうという形であるが、あくまでもこれを「奉納」と言っている。
物語の中盤はほとんど「IBN5100」を巡って話が展開されている。このコンピューターが、登場人物たちに影響を与え、未来人の人生も変わり、果ては日本の国全体の将来をも変えるほどの大事なものになる。それほど大事なものが「神社に奉納」されていたという形で描かれている。
これが別に、銀行の金庫や大地主の蔵の中にあっても物語上何の支障もない。だが時空を巡る物語なので、「とき」と「ところ」が不変である場所が必要となろう。となれば、それが「神社」となるのだ。だから、日本人がこの物語を見ていて、そんな大事なもの(価値あるもの)が神社に奉納されていても何の不思議にも思わないのだ。神社は過去・現在・未来をつなぐ「場所」だということだ。(いつも思うのだが、日本人のタイムマシーンの「ゲート」は神社になるはずだ。これは別の話で、後につなげる)
地震が起ころうが、社会変革が起ころうが、株価が暴落して日本経済が壊滅しようが、「神社」は必ずそこにあるということを日本人は確信している。つまりこれは日本人が神社に大きな信頼を寄せているということに他ならない。この信頼感は深く、心の奥底で強く結ばれているのだ。(しかも自分でも気が付かないような、無意識のうちに……)
ブルーノ・タウトは神社と日本人の関係についてこう言った。
「近き将来にこの国にいかなる政治的経済的発展が行われようとも、典型的日本の今日もなおかくも活発な文化的生命を鋏をもって切り取り、捨て去ってしまうというようなことは全然不可能であるし、また極めて有害なことであろうと思うのである。」

となれば、バンダイが家康を象ったガンダムを神社に奉納するという行為も、とても意味深いものになるはずだ。
過去からの技術、技、そして美意識が現在に受け継がれ、それが未来へもつながっていこうという願いが込められているということだろう。
それをつなぐのが、「神社」なのだ。
神社に日本人の魂が込められている、そこに日本人の源があるとか、言われるがそれはこういう意味なのではなかろうか。

さてさて、「砂川神社訴訟」で、新しい判決が出ていた。
当ブログでも何度か取り上げてきたもので、いわゆる「神社は憲法違反か」というものを問う裁判だった。
過去記事 1、「神社は違憲なので撤去」、そんな日が来るかもしれない。
その裁判結果が、「北海道砂川市が法人格のない神社に市有地を無償で提供してゐることが憲法の政教分離原則に違反するかが争はれた訴訟の差し戻し後の上告審で、最高裁第一小法廷(白木勇裁判長)は二月十六日、原告住民側の上告を棄却する判決を言ひ渡した。」となり、違憲状態ではないとなったようだ。当然のことだろう。
産経新聞 平成24年2月16日の記事から。

政教分離訴訟、住民側の敗訴確定 最高裁も砂川市の提案評価
 北海道砂川市が市有地を空(そら)知(ち)太(ぶと)神社に無償提供していることが憲法の政教分離原則に違反するかどうかが争われた訴訟の差し戻し上告審判決で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は16日、市側が提案した有償での貸与案などについて「違憲性の解消策として合理性を有する」として、違法確認を求めた住民側の上告を棄却した。住民側敗訴とした札幌高裁の差し戻し控訴審判決が確定した。裁判官5人の全員一致の結論。
 市有地提供をめぐっては、1、2審判決とも違憲と判断。最高裁大法廷は平成22年1月、違憲状態と判断した上で撤去や明け渡しでない現実的な解決を求め、2審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。
 差し戻し控訴審で、市側は、市有地に立つ町内会館にある祠(ほこら)を同じ敷地内の鳥居付近に移し、一角を年約3万5千円で氏子側に提供するなどと提案。控訴審判決は「解決策は合理的かつ現実的」として、住民側の請求を退けていた。
 同小法廷も、こうした市側の提案を評価し、解決策が実施された場合には「一般の人から見て、市が神社に対して特別の便益を提供し、援助していると評価されるおそれがあるとはいえない」と判断。また、「直ちに撤去させると、平穏に行ってきた祭事などの宗教活動の継続を著しく困難にする」と指摘した。
 砂川市の善岡雅文市長は「市が主張した解決策について、適切に判断いただいた」とコメント。原告側は会見で「明け渡し以外の手段では、違憲状態は解消されたとはいえない。納得できない判決だ」と述べた。

(空知って、「銀魂」の原作者・空知英秋の出身地だったとところか……)
「神社は憲法違反だ」なんてほざいていた似非キリスト教徒の悔し涙が目に浮かびますね。そんなに日本を壊したいか!

これに関して「神社新報」にいい記事が載っていたので転載しておく。
http://www.jinja.co.jp/news/news_005663.html

さらに係る神社での祭典についても、「主として地域住民の安らぎや親睦を主たる目的として行っているものであり、神道の普及のために行っているものではないと推認」した上で、多数意見は日本人一般の感覚に反する、として合憲判断を示してゐることは注目に値する。
 今回の訴訟によって各地で「違憲の疑ひ」がある施設探しがあり、一部の地域では混乱も起こった。最高裁の判決でも、空知太神社の祠や鳥居の撤去は氏子らの「信教の自由に重大な不利益を及ぼす」として、原判決を取り消し、それ以外の解決法を検討するやう促してはゐたのである。
 しかし神社だけでなく公用地に建てられたさまざまな宗教施設は文化財や観光資源としての要素も含め、広く公益性を持ってゐることは明らかだ。にも拘らずこれらに公用地が無償貸与されることが一律に違憲とされてしまっては、結果的に混乱が生じることは必至だと本紙は訴へてきた。わが国での厳格な政教分離は不可能なのである。
 私たちは、神道をはじめとするわが国の伝統的な宗教が持つ公益性に包まれた素朴な信仰を護ってきた。今回の判決で課題は残ったとはいへ、神社撤去には至らず、たとひ最小限でも次世代に継承の道を残した意義は大きかったと見るべきであらう。

この一文にこれ以上付け加えることはない。

地球物理学者・寺田寅彦から見た日本神話が秀逸だった件

今年は『古事記』が編纂されてから1300年の節目にあたるということで、これに関連した新聞記事を多く見かけるようになった。
個人的にはこういう記事が好き。

お遊戯会で「古事記」 西大和保育園児ら熱演 奈良
「古事記」などをテーマにしたお遊戯会が18日、王寺町の白鳳女子短大で開かれ、西大和保育園(河合町)年中組の園児ら14人が古事記ゆかりの演劇「国生み」を熱演した。
 古事記編纂(へんさん)1300年事業が県内各地で行われるなか、同園は今年から関連する神話の読み聞かせに取り組んでいる。淡路島や九州など馴染みの地名が登場する「国生み神話」に園児たちは興味を持ち、自らお遊戯会の演目として提案したという。
 1カ月かけて練習を重ねてきた園児たちは、イザナギやイザナミなど5役を分担。島々を生み出すエピソードや亡くなったイザナミを追って黄泉(よみ)の国に行ったイザナギが、地上に逃げ帰る場面などを熱演すると、客席から大きな拍手が送られた。
 イザナミ役を演じた岩城美羽(うるは)ちゃん(5)は「古事記は不思議なことがいっぱい書かれていておもしろい。きれいな衣装も着ることができて楽しかった」と笑顔で話していた。(平成24年2月19日 産経新聞)


さてさて先日、寺田寅彦の随筆集を読んでいたら、地球物理学から見た日本神話といった内容のものが出てきた。これがすこぶる面白い。そこでいつものように書き起こしてみました。(書き起こした後で、「青空文庫」を見たらも、すでにネットに上がっていました。)
寺田寅彦 第4巻(「神話と地球物理学」が掲載されているのは第4巻)
この章は3つに分けられ、神話も和辻哲郎・風土論的解釈をすればこうなるのかなという前半部分、日本神話を地球物理学的に解釈した中盤部分、そして、「わが国の民族魂」のために神話を研究すべきと訴える後半部分から成り立っている。
私的に面白いのは前半と後半部分。後半に出てくる「きのうの出来事に関する新聞記事がほとんど嘘ばかりである場合もある。しかし数千年前からの言い伝えに中に貴重な事実が含まれている場合もあるであろう。」という表現が面白いなぁ。

神話と地球物理学
われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。たとえばスカンジナビアの神話の中には、温暖な国の住民には到底思いつかれなそうな、驚くべき氷や雪の現象、あるいはそれを人格化したと思われるような描写が織り込まれているのである。
それで、わが国の神話伝説の中にも、そういう目で見ると、いかにも日本の国土にふさわしいような自然現象が記述的あるいは象徴的に至るところにちりばめられているのを発見する。
まず第一にこの国が島国であることが神代史の第一ページにおいてすでにきわめて明瞭に表現されている。また、日本海海岸には目立たなくて太平洋岸に顕著な潮汐の現象を表徴する記事もある。
島が生まれるという記事なども、地球物理学的に解釈すると、海底火山の噴出、あるいは地震による海底の隆起によって海中に島が現われあるいは暗礁が露出する現象、あるいはまた河口における三角州の出現などを連想させるものがある。
なかんずく速須佐之男命に関する記事の中には火山現象を如実に連想させるものがはなはだ多い。たとえば「その泣きたもうさまは、青山を枯山なす泣き枯らし、河海はことごとくに泣き乾しき」というのは、何より適切に噴火のために草木が枯死し河海が降灰のために埋められることを連想させる。噴火を地神の慟哭と見るのは適切な比喩であるといわなければなるまい。「すなわち天にまい上ります時に、山川ことごとく動き、国土皆震りき」とあるのも、普通の地震よりもむしろ特に火山性地震を思わせる。「勝ちさびに天照大御神に営田の畔離ち溝埋め、また大嘗きこしめす殿に屎まり散らしき」というのも噴火による降砂降灰の災害を暗示するようにも見られる。「その服屋の頂をうがちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るる時にうんぬん」というのでも、火口から噴出された石塊が屋をうかがって人を殺したということを暗示する。「すなわち高天原皆暗く、葦原中国ことごとくに闇し」というのも、噴煙降灰による天地晦冥の状を思わせる。
「ここに万の神の声は、狭蝿なす皆湧き」は火山鳴動の物すごい心持ちの形容にふさわしい。これらの記事を日蝕に比べる説もあったようであるが、日蝕のごとき短時間の暗黒状態としては、ここに引用した以外のいろいろな記事が調和しない。神々が鏡や玉を作ったりしてあらゆる方策を講じるという顛末を叙した記事は、ともかくも、相当な長い時間の経過を暗示するからである。
記紀にはないが、天手力男命が、引き明けた岩戸を取って投げたのが、虚空はるかにけし飛んでそれが現在の戸隠山になったという話も、やはり火山爆発という現象を夢にも知らない人の国には到底成立しにくい説話である。
誤解を防ぐために一言しておかなければならないことは、ここで自分の言おうとしていることは以上の神話が全部地球物理学的現象を人格化した記述であるという意味では決してない。神々の間に起こったいろいろな事件や葛藤の描写に最もふさわしいものとしてこれらの自然現象の種々相が採用されたものと解釈するほうが穏当であろうと思われるのである。
高志の八岐の大蛇の話も火山から噴き出す溶岩流の光景を連想させるものである。「年ごとに来て喫(く)うなる」というのは、噴火の間歇性を暗示する。「それが目は酸漿(あかかがち)なして」とあるのは、溶岩流の末端の裂目から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身に一つに頭八つあり」は溶岩流が山の谷や沢を求めて合流するさまを暗示する。「またその身に苔また檜杉生い」というのは溶岩流の表面の峨峨たる起伏の形容とも見られなくもない。
「その長さ渓八谷峡八尾をわたりて」は、そのままにして解釈はいらない。「その腹をみれば、ことごとに常に血爛れたりとまおす」は、やはり側面の裂目からうかがわれる内部の灼熱状態を示唆的にそう言ったものとは考えられなくもない。「八つの門(かど)」のそれぞれに「酒船を置きて」とあるのは、現在でも各地方の沢の下端によくあるような貯水池を連想させる。溶岩流がそれを目がけて沢に沿うておりて来るのは、あたかも大蛇が酒甕をねらって来るようにも見られるであろう。
八十神が大穴牟遅の神を欺いて、赤猪だと言ってまっかに焼けた大石を山腹に転落させる話も、やはり火山から噴出された灼熱した大石塊が急斜面を転落する光景を連想させる。
大国主神が海岸に立って憂慮されておられたときに「海を光して依り来る神あり」とあるのは、あるいは雷光、あるいはまたノクチルカのような夜光虫を連想させるが、また一方では、きわめてまれに日本海沿岸でも見られる北光(オーロラ)の現象をも暗示する。
出雲風土記には、神様が陸地の一片を綱でもそろもそろと引き寄せる話がある。ウェーゲナーの大陸移動説では大陸と大陸、また大陸と島嶼との距離は恒同でなく長い年月の間にはかなり変化するものと考えられる。そこで、この国曳きの神話でも、単に無稽な神仙譚ばかりではなくて、何かしらその中にある事実の胚芽を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があって、それらがこういう神話と関連していないとも限らないのである。
神話というものの意義についてはいろいろその道の学者の説があるようであるが、以上引用した若干の例によってもわかるように、わが国の神話が地球物理学的に見てもかなりまでわが国にふさわしい事実を含んだものであるということから考えて、その他の人事的な説話の中にも、案外かなりに多くの史実あるいは史実の影響が包含されているのではないかという気がする。少なくもそういう仮定を置いた上で従来よりももう少し立ち入った神話の研究をしてもよくはないかと思うのである。
きのうの出来事に関する新聞記事がほとんど嘘ばかりである場合もある。しかし数千年前からの言い伝えに中に貴重な事実が含まれている場合もあるであろう。少なくともわが国の民族魂といったようなものの由来を研究する資料としては、万葉集などよりもさらにより以上に記紀の神話が重要な地位を占めるものではないかという気がする。
以上はただ一人の地球物理学者の目を通して見た日本神話観に過ぎないのであるが、ここに思うままをしるして読者の教えをこう次第である。(昭和8年8月)


読売新聞の文化面の紙面が最高だった件

平成24年2月10日の読売新聞の文化面の紙面が最高だった。

『今、海外から熱い視線を注がれる日本人歌手たちがいる。人気の秘密を探ると、米英のスタイルに合わせるのではない、日本らしさというキーワードが見えてきた。(文化部 清川仁)』とあり、「日本らしい音、海外酔う」ということをテーマにし、ここでは「由紀さおり」「初音ミク」「きゃりーぱみゅぱみゅ」「「アニソン」の4つを取り上げている。
平成24年2月10日
この「括り」が絶妙だった。
書き起こしてみましょう。(重要部分を太字にしてみた)

由紀さおり
海外で火がついた由紀さおりのアルバム「1969」の売り上げは、日本でも20万枚に迫る勢い。米国のジャズオーケストラ「ピンク・マルティーニ」と組み、自身のデビュー曲「夜明けのスキャット」をはじめ、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、左良直美の「いいじゃないの幸せならば」など1969年のヒット曲をカバーした。
由紀は「童謡も歌ってきたけれど、情念を歌う歌謡曲でももう一度、復活したかった。外国の人に聴いてもらおうとは思っていなかった」と海外の反応に驚く。
昨年の10月、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでは総立ちの喝采で迎えられ、12月の米国での公演では、終演後、観客から「声や立ち居振る舞いが素晴らしかった」「日本語がきれい」「言葉の意味は分からないけど感情は伝わった」などと絶賛されたという。音楽販売サイト「itunes」では、米国ジャズ部門などで1位を獲得した。
(中略)
由紀は当時の歌謡曲の魅力について、「外国のヒット曲から上手にエッセンスを吸収し、日本の言葉と心地よいリズムの融合にあふれていた。カンツォーネ、シャンソンもあったし、ブルースやロックももちろん。日本語がしっかり乗り、独自の世界観で我々のヒット曲になっていった歌があった」と振り返っている。

初音ミク 美少女キャラ展開
海外人気は、架空の歌手も先導している。音楽ユニット「livetune(ライブチューン)」が、音声合成ソフト「初音ミク」で手掛けた楽曲「Tell Your World」は、邦楽歌手史上最多の217カ国・地域で配信された。楽曲を使った「Google Chrome」のCMが動画サイトで人気を呼び、各国のファンから曲の購入希望が寄せられた。
(中略)
「アレンジを、海外風にしようとは思っていない。日本のポップスは独特な進化を遂げている」と話す。
日本語はそのままで伝えていきたい。……(歌詞の中の「穿つ」は)普段使われていないけど、意味や響きが美しい。いろんな選択肢があるところも日本語の美しさだと思う」と話している。(ライブチューンのkzさん)

きゃりーぱみゅぱみゅ  かわいさ受ける
(前略) 「もっと日本を楽しもう」が2012年のテーマという。伝統にも目を向け、「音楽のファッションってすごいおしゃれ。着物を着ていたいし、ちょんまげも斬新。かんざしも、いろんなものがあって、かわいくて、普通のファッションにも取り入れられると思った」と話す。

アニソンにも大きなニーズ
音楽評論家の富澤一誠さんは「日本ならではのオリジナリティーが出ているアーティストが人気なのではないか」と話す。これまで、ロックやポップスの歌手の海外進出が十分に成功しなかったのは、米英の影響を受けていたためで、本場ではものまねに感じられてしまったという。
由紀さんのヒットについては、「欧米では、声域や声量で勝負されるが、由紀さんのような透明感のあるささやくような声はなかったから」と分析する。ピンク・マンティーニのアレンジの良さも手伝って、美しい日本語をきれいに歌ったことも評価されたという。
「オリジナル・コンフィデンス」の葛城博子編集長も、「海外で注目されるには、日本らなではのオリジナリティーを打ち出すこと」と同意見。欧米では、日本のビジュアル系バンド、JAM Project などのアニメソングを歌うグループも人気。「欧米やアジアでは、毎年数多くのアニメ関連のイベントが開催され、アニメと同様にアニソンも大きなニーズがある」と話している。

それぞれタイプは違うが、共通しているのは「日本語の持つ美しさ」「日本独自のもの」を大切にしているというところだろう。そして、その部分が海外で受けているのだ。
文化は独自性にこそ意義があり、目指すはソフトパワーの「ガラパゴス化」であって、欧米化を意味する「グーローバルスタンダード化」ではないのだ。その道を見誤って進めば、目先の儲け主義に走り、結果的に持っていた独特の「文化」を失うことになる。
この辺りは当サイトで何度も繰り返し繰り返し書いているところ。
関連カテゴリー
ブルーノ・タウト「日本文化私観」
「アニメは日本文化を救えるか」シリーズ
ドナルド・キーン」などなど。

この新聞記事の見出しである「日本らしい音 海外酔う」の「音」の部分をいろいろ変えてもいいだろう。
「日本らしいアニメ 海外酔う」でも「日本らしい絵画 海外酔う」でもいい。それこそ「日本らしい文化 海外酔う」でも「日本らしい伝統 海外酔う」、「日本らしいソフトパワー 海外酔う」でも成り立つのだ。
大切なのは「日本らしさ」
ここを護っていかなければならない。
では、その日本らしさ=日本文化はどこからくるのだろうか。それこそまさに、古来から続く歴史・伝統、語り継がれる伝承、過去から未来へと受け継がれる継承……、そういうものが織り重なって独特の文化となっているのではないだろうか。
これを「古臭い」「干からびたモノ」だとバカにしてはいけない。
それは現代にもしっかりと受け継がれているのだから。


初音ミク(こんな新しいモノの中にも日本独特の文化を受け継いでいるのだ)

それを上記の新聞記事は伝えている。
「日本らしさ」、日本再生のカギはここにある。

村山斉さんの言葉から「日本は外国研究者を呼び込む魅力的な国になっている。存在感を世界に発揮している、もっと自信をもっていい。」

平成24年1月5日 読売新聞「新春 論点スペシャル ニッポンの元気」というインタビュー記事にとてもいい記事が載っていたので書き起こしてみた。
物理学者の村山斉という方で、経歴がスゴイです。東京大学数物連携宇宙研究機構機構長。世界一の研究拠点を目指して東大が招聘。米カルフォルニア大バークレー校教授も兼ねる。専門は素粒子物理学。著書は「宇宙は何でできているのか」で、「新書大賞2011」を受賞、とある。
村山斉

では難しい内容のインタビュー記事かといえば、そうではありません。読んでいて何故か元気になります。ドナルド・キーンさんの言葉と同じように「日本人はもっと自信を持っていい」という文章が出てきます。これは励まされます。
日本がいま世界から研究者が集まってくる研究拠点になっているというのだから、これは必読ですよ。
(いいと思ったところを太字にしてみました)

昨年末、「ヒッグス粒子」など、私の専門の素粒子物理学が大きな話題になった。すごくありがたいことだ。科学研究が役に立つというと、経済効果のことを指すと思われがちだ。しかし、宇宙や人間の根源を考えるなど、金銭で計れない豊かさが科学にはある。それが認められてきたと感じる。
29歳で渡米し、その後ずっと米国で研究をしてきた。外から見ていて、うらやましいと感じたのは、国が科学研究に安定した予算をつけていることだ。その支えによって、物理などの基礎科学分野で華々しい成果が上がっているように見えた。
日本も事業仕分けで予算削減騒動があったが、米国はその比ではない。いきなり研究費が半分になったり、国立研究所で大リストラが行われたりする。実験施設の建設途中で、大型プロジェクトが中止になったりもする。来年の予算どころか、今年はどうなるのかすらもわからない。科学者が長期展望を立てて取り組みことができない状況だ。
このことが国際協力で研究を進める時の障害になっている。最近の科学研究は大型装置作りなどに巨額の費用がかかる。1国だけではできない。だが、米国の研究者が計画を作って、他国の研究者を巻き込もうとしても、信用してもらえない。
対照的なのが、日本の信頼感だ。やると言ったらやる。実験施設作りを簡単にやめたりしない。それが今、日本の強みになっている。各国の研究者が日本へ集まってくる。例えば、茨城県から岐阜県の施設へ素粒子を撃ち込む実験。約650人の研究者が参加しているが、その8割以上が欧州などの海外勢だ。世界の英知が集い、互いに刺激しあう最前線になっている。私が機構長をつとめる数物連携宇宙研究機構も同様だ。
世界のトップレベルの研究拠点を目指して2007年に発足した。わずか5年の間に、世界で知られるようになり、ここで研究したという外国人が着実に増えている。
最近、日本では若手研究者が海外留学しないと指摘されている。それはそれで心配なことではあるが、実は日本は外国研究者を呼び込む魅力的な国になっているのだ。存在感を世界に発揮している。もっと自信をもっていい。
一方、米国が優れているのは、新しいことをやろうと盛り上げる雰囲気だ。若い研究者を勇気づける。私も大学院博士課程を修了後、初めて米国の国際会議で発表し、そのことを実感した。発表終了後、無名の若者である私のところへ、ノーベル賞級の米国人研究者がやって来て「面白い」と言ってくれた。びびっと反応が来る。楽しいし、やりがいがある。
逆に大御所の研究者であっても、面白くなければ参加者が批判を浴びせる。日本だと「あの先生は偉いから……」と黙りがちだ。お行儀が良いのかもしれないが、そうした点を変えれば、日本の科学はもっともっと発展する。
私の研究は、宇宙がどうできたかを探ることだ。一つ理論が証明されると、次の疑問が出てくる。それが面白い。
講義でそういう話をすると、「自分はこういう分野には進まない。でもこの人を見ていて自分の好きな仕事をやるのはどんなに素晴らしいのだろうと思った」と中高生が感想を寄せてくれる。自分が予想もしなかったところで、人へ影響を与えている。少し大げさかもしれないが、そういうところから生きる希望が生まれ、次の活力になる。科学研究を長期的に日本の誇りに結びつけていってほしい。(聞き手・編集委員 知野恵子)

いいですね。日本が科学・物理学の分野で世界の研究拠点になりつつあるなんて素晴らしいことだ思います。
そしてこの記事の冒頭に「金銭で計れない豊かさが科学にはある。」とあり、科学技術を経済効果という物差しで計ることの愚かさを何気なく指摘しています。
過去記事 「「日本」「文化」「科学技術」、そして「亡国への道」
民主党の事業仕分けの最悪さはこういうところにある。目先の利益にばかり力を注ぎ、切りやすい科学技術や文化事業を削って、強力な省庁の権益は守った。その当時、それを絶賛していたマスコミがいたのも驚きだった。(いまは手のひらを返して批判してますが、マスコミのいい加減さがよく分かる)
また、事業仕分けのときに笑えたのは、仕分け人が理解できないものは削減、廃止だってことだ。(スパコンとか)
となったら、まっ先に切られるのはこういった科学技術分野ではないか。愚かなことだった。

コペルニクスが地動説を発見したときも、ニュートンが万有引力の法則を発見したときも、当時の人々にはほとんど理解されなかったが、それが数百年後を経て、人類に大きな恩恵を与えた。アインシュタインや湯川秀樹が経済的利益を考えて研究しただろうか。そうではあるまい。
西欧に対する憧憬は、その長い年月によって培われた文化と、こうした知的発展にある。
村山氏のいうように日本が科学の研究拠点になれば、数百年後の日本も「知」の集積地として海外から憧れの地となるであろう。
科学技術も一つの「文化」である。独自の文化を生み育てることが、その国・民族のアイデンティティーとなる。
「科学研究を長期的に日本の誇りに結びつけていってほしい。」とはそういう意味だと思う。

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消えた二十二巻

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