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「皇室外交」の大切さ

ここからの続き
握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

 両陛下、昼食会に出席=英女王の隣で即位60年祝う【ロンドン時事】英国公式訪問中の天皇、皇后両陛下は18日午後(日本時間同日夜)、ロンドン郊外のウィンザー城で開かれたエリザベス女王の即位60周年を祝う同女王夫妻主催の昼食会に出席された。
 天皇陛下は紺のスーツ、皇后さまは和服姿で同日正午前、宿泊先のロンドン市内のホテルを出発。ウィンザー城で出迎えたエリザベス女王夫妻と笑顔で握手を交わした。宮内庁関係者によると、女王は本当にうれしそうな様子だったという。
 昼食会にはベルギーやスウェーデン、トンガ、ヨルダンの各国王夫妻ら世界二十数カ国の王族・旧王族が出席。英王室からもウィリアム王子とキャサリン妃ら主要メンバーが顔をそろえた。
 同庁によると、両陛下はエリザベス女王と同じテーブルで、陛下とスウェーデン国王が女王を挟む形で座った。昼食にはアスパラガスやラム肉などが出たという。(2012/05/19-01:32)http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012051801052から

重要なのは、席が主催者であるエリザベス女王の隣ということ。それだけで何を意味するのか、いまさら説明することなないでしょう。
天皇陛下 チャールズ皇太子天皇陛下に敬意を表して頭を垂れるチャールズ皇太子

さて、平成24年5月19日付け上毛新聞に、いい記事があったので載せておく。

天皇訪英インタビュー 福田元首相に聞く
天皇、皇后両陛下の英国訪問に伴い、皇太子時代を含め50を越える国々を訪れた両陛下の旅先での素顔を、同行のトップ・首席随員を努めたことのある福田康夫元首相に聞いた。
福田元首相は2009年7月、カナダと米国ハワイを訪問された両陛下に首席随員として同行した。「陛下の外国交際は、国民、政治とは違う次元で、他の国にはできないことをしてくださっている。国格、国の格を高める、大きくするのに陛下の存在は大きい」と話す。
カナダでは、ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアを訪れた。1953年、皇太子時代の陛下が英国のエリザベス女王の戴冠式に向かう途中、初めて外国で宿泊した地。集まった日系人や地元の人たちに対する陛下の姿を思い起こすと、東日本大震災で被災地を見舞った姿と重なる。
「被災地での思いはもちろん違うと思うが、その接し方が変わらない。真摯に、誠実に、相手の気持ちを察しながら話していらっしゃる印象だった」
ビクトリアをはじめ、日系人と会う機会がいくつか設定された。
「両陛下には、遠い地で苦難の時期を過ごした人たちへのお気持ちを持っていらっしゃったんじゃないですかね。そして同時に日系人の方々の祖国に対する強い思いにお答えになった」
首相が行くのとは違うのだろうか。
「全然違う。よく分かる。日本の皇室のありがたみを痛感します」
数々の経験から、外国に映る皇室について思う。
両陛下に接するとき、外国の偉い方でも緊張するという話をよく聞きますよ。ほかにはない威厳があるからだと思う。その威厳は皇室の歴史からくるもの。こんな長い歴史を背負った象徴的な方は他の国にはないでしょう。そのことが一番重いと思いますね」

最後の一文がいい。外国の偉い方でも緊張するという、そういった存在が日本にあるということを、この国の人々はもっと深く感じ入ってもいいのではなかろうか。どこぞの国は、そういった存在を跡形もなく失ってしまい、ただノスタルジックにドラマの世界でひたすら王朝物語を作るだけなのだけだ。あとは妬み嫉みの罵詈雑言を浴びせ、隙あらばこの存在を消そうと心の奥底でたくらんでいる。そんな民族が作るドラマを喜んで見ているバカがこの国の中にいるのだから、ただ呆れるばかりだ。
横道にそれてしまった。

英国チャーチル首相との逸話がよく取り上げてられていましたね。詳しかったのは四国新聞。そこからのコピペ。http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/column/20120516000143.htm

敗戦国日本からやってきた19歳の青年皇太子を、老宰相チャーチルは手厚く遇した。歓迎レセプションでは、慣例を破って女王への乾杯の前に皇太子に杯を捧げ、長い歴史に培われた日本の優れた文化と芸術をたたえた。
1953(昭和28)年4月のことである。
 第二次大戦の終結から8年。戦争で疲弊した英国はまだ物資の配給制が残り、敵国だった日本への嫌悪が強かった。
チャーチルは接遇の陣頭指揮を執り、対日感情を和らげるのに腐心したという。大の親日家だった母ジェニーの影響があったと、「チャーチルが愛した日本」(関栄次著)に書いてある。
 随員だった吉川重国氏(故人)の著作「戴冠紀行」にも「あたかも孫を扱うようにほんとうに打ちとけて」と、チャーチルへの感謝が記されている。この日を境にメディアの反日キャンペーンは収まり、6月2日、皇太子はエリザベス2世の戴冠式に参列、天皇の名代として大役を果たした。
 初の海外歴訪で親愛に満ちたもてなしを受けた記憶が皇太子の胸に深く刻まれたことは想像にかたくない。きょう、皇后とともに向かわれる英国は8回目の訪問。心臓手術から日の浅い今回も「ぜひ」と希望されたという。 59年前の戴冠式に参列し、今回の祝賀行事にも招待されているのは陛下とベルギーのアルベール国王だけ。86歳の女王と78歳の陛下。お二人だけに通じる滋味深い会話がきっと交わされるだろう。よい旅になることを心からお祈りする。(L)

チャーチル首相の母が親日家だったというのは、年代的に見て、たぶん欧州で起こった「ジャポニスム」の影響ではないかと思われる。
やはり海外で自国の文化を広めることは大事なのだ。
過去記事で。 ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた

そして、拾った画像は、当時の英国デイリー新聞。
天皇陛下 チャーチル首相皇太子殿下(当時)に深々と頭を垂れるチャーチル首相。
この写真を英国民が見て日本への意識が変わったそうです。

さて、平成24年5月16日付け 読売新聞 「論点」から、馮寄台(フォン ジータイ)氏(台湾の代表機関・台北駐日経済文化代表)の文章がいいので長いが載せてみた。

大震災克服を確信
五十数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意は揺るがず、私は戦々恐々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半がたち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の三十数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残惜しい気持ちで、日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物でないと分かると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この1年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一所懸命に学んでおり、我が馮家には3代にわたり日本と縁ができたようだ。
昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子供たち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえもテレビに映し出された優勝シーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が大震災発生直後から、義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾ー中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引き続き力強く前進していくものと確信している。

天皇陛下のお言葉によって、民主党の外交的失態をカバーしたのがわかる。ほんとうにこういった皇室外交によって何度救われただろうか。この大きな存在がなかったら日本の外交はどうなっていただろうか、想像しただけでも恐ろしい。
かつて経済大国と呼ばれ持ち上げられていた日本も、お隣の国の会社(サムソン)ごときに「日本の実力は落ちてきた」なんて愚弄されるくらい落ち込んでいる。もう経済力だけでは国の再興は望めないだろう。
いま日本には何があって何がないのか、再考すべき時なのだ。
そう、日本にはまだ海外から尊敬の目で見られる「格や権威」というものがある。これはいくらカネがあっても買えるものではい。まして数年、数十年単位で作られるものではない。ここを大事にしないでどうするのだ。
そうなれば、どこを堅守せねばならぬのか自ずと分かるであろう。
ただそれは逆にいえば、どこを突き崩せばこの国は衰滅するのか、ということになる。もうそれは周辺諸国には知悉のごとくであろう。もう時はあまりないのだ。
あとは、過去記事 「日本人は土人だ」と罵った浅田彰、それを叩いた谷沢永一、あたりで。
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「皇室論」を紹介するなら、左巻きばかりじゃなく他にいくらでも推す本はあるだろうに

平成24年2月18日 産経新聞から

【陛下心臓手術】無事終了で医師団に「ありがとう」
天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術が18日、ご入院先の東京大学医学部付属病院(東京都文京区)で行われ、無事終了した。執刀医は「ベストのタイミングだった。予定通りの成果」としている。陛下は前後の処置を含めて手術室に約6時間半おり、その後、集中治療室(ICU)に移られた。経過が順調なら2週間程度で退院できる見通しとしている。

 陛下は手術室に午前9時24分に入り、午後3時55分に出られた。手術時間は3時間56分だった。陛下は手術後の午後5時すぎ、皇后さまと長女の黒田清子(さやこ)さんと集中治療室で対面された。陛下はお二人にうなずき、皇后さまが清子さんと手をさすられると「気持ちいい」と話された。医師団にも「ありがとう」と声をかけられたという。

ほんとうによかったです。

さてさて、陛下のご病状が報道され始めたころ、朝日新聞の別刷り土曜版「be」の本を紹介するコラムに、「皇室論」を特集するものがあった。(2月11日版「再読 こんな時、こんな本」)
有隣堂の高樋純子という人が天皇論の本を4冊推薦している。
これが面白いほど偏っている。(もちろん左に)
梅原猛、網野善彦、上野千鶴子、宮田登、多木浩二って、「皇室論」の本の推薦なのに、「天皇制反対」を主張する人たちの本ばかりを紹介するとは。
(松本健一の「昭和天皇」もあったが、これは今上天皇に対して批判的すぎる。ちなみに松本健一は太田市出身)
もうちょっとバランスを考えた方がいいんじゃない。
いくら朝日新聞だからっても、これは左過ぎる。(しかもこのタイミングでこんな記事をぶつけてくるんだから)
平泉澄や安岡正篤とまでは言わないが、「皇室論」なら福沢諭吉や、三島由紀夫だろうが。あるいはアサヒ的には九条もからめて佐藤優でもいいんじゃない。とにもかくにも、天皇制反対の人の本を紹介したいのなら、それに対する保守思想の「皇室論」も合わせて紹介すべきではないのか。
それに、「皇室論」の映画として紹介していたのが、ロシア人が監督した「太陽」というはどうなのだろう。ウソと偏った思想で作られた最悪の映画だった。こんな映画を推すくらいだから、朝日新聞が「皇室」に対いして隠し持っている悪意が滲み見えて気味がわるい。
映画批評は「http://movie.maeda-y.com/movie/00771.htm」ここが的確に批判しているので、参照していただきたい。


で、先日、古本屋に行ったら、小室直樹「天皇恐るべし」(ネスコ・文藝春秋)を発見した。アマゾンでは古本で2500円(定価750円)のものが、100円だった。もう狂喜乱舞状態で、速攻レジに向った。
小室直樹 天皇論
過去記事「小室直樹にはまる。」でも紹介した「天皇の原理」(文藝春秋)と同じ内容なので、キリスト教や儒教の説明が詳しい。ただより一層さらに読みやすく平易な文章で書いてある。そして、ひたすら「熱い」のだ。(進歩的文化人が全盛の時代にあって、これに対抗したこの時期の保守派ってみんな「熱い」んですよね。谷沢永一とか山本七平とか、みんな一癖があって、とにかく惹かれます)
まあこのくらい皇室愛のある本を持ってこないとバランスが取れないんじゃないか。

これがだめだなら、津田左右吉の「建国の事情と万世一系の思想」でも紹介しやがれ!
津田左右吉
「津田左右吉歴史論集」(岩波文庫)から、「建国の事情と万世一系の思想」の最後の部分だけ抜き出すよ。(ここだけ引いても分かりづらいけど、皇室を擁護する文章がいいのでそのまま抜いてみた)

天皇の存在は民主主義の政治と相容れぬものであることが、こういう方面で論ぜらてもいる。このような天皇制廃止論の主張には、その根拠にも、その立論のすじみちにも幾多の肯いがたきところがあるが、それに反対して天皇制の維持を主張するものの言議にも、また何故に皇室の永久性の観念が生じまた発達したかの真の理由を理解せず、なおその根拠として説かれていることが歴史的事実に背いている点もある上に、天皇制維持の名の下に民主主義の政治の実現を阻止しようとする思想的傾向の隠されているがごとき感じを人に与えることさえもないではない。もしそうならば、その根底にはやはり民主主義の政治と天皇の存在とは一致しないという考えかたが存在する。が、これは実は民主主義をも理解せざるものである。
日本の皇室は日本民族の内部から起こって日本民族を統一し、日本の国家を形成してその統治者となられた。過去の時代の思想においては、統治者の地位はおのずから民衆と相対するものであった。しかし事実としては、皇室は高いところから民衆を見おろして、また権力を以て、それを圧服しようとせられたことは、長い歴史の上において一度もなかった。いいかえると、実際政治の上では皇室と民衆とは対立するものではなかった。
ところが、現代においては、国家の政治は国民みずからの責任を以てみずからすべきものとせられるので、いわゆる民主主義の政治思想がそれである。この思想と国家の統治者としての皇室の地位とは、皇室が国民と対立する地位にあって外部から国民に臨まれるのではなく、国民の内部にあって国民の意志を体現せられることにより、統治をかくの如き意義において行われることによって、調和せられる。国民の側からいうと、民主主義を徹底させることによってそれができる。国民が国家のすべてを主宰することになれば、皇室はおのずから国民の内にあって国民と一体であられることになる。具体的にいうと、国民的結合の中心であり国民的精神の生きた象徴であられるところに、皇室の存在の意義があることになる。そうして、国民の内部にあられるが故に、皇室は国民と共に永久であり、国民が父祖子孫相承けて無窮に継続するのと同じく、その国民と共に万世一系なのである。民族を統一せられた国家形成の情勢と、事実において民衆と対立関係に立たれなかった皇室の地位とは、おのずからかくの如き考え方に適応するところのあるものである。また過去の歴史において、時勢の変化に順応してその時々の政治形態に適合した地位にいられた皇室の態度は、やがて現代において現代の国家の精神としての民主政治を体現せられることになるのである。上代の部族組織、令の制度の下における生活形態、中世にはじまった封建的な経済機構、それらがいかに変遷して来ても、その変遷に順応せられた皇室は、これから後にいかなる社会組織や経済機構が形づくられても、よくそれと調和する地位に居るられることになろう。
ただ多数の国民がまだ現代国家の上記の精神を体現するに至らず、従ってそれを現実の政治の上に貫徹させることができなかったために、頑迷な思想を矯正し横暴または無気力なる為政者を排除しまた職責を忘れたる議会を改造して、現代政治の正しき道をとる正しき政治をうち立てることができず、邪路に走った為政者に国家を委ねて、遂にかれらをして、国家を窮地に陥れると共に、大いなる累を皇室に及ぼさせるに至ったのは、国民みずから省みてその責を負うところがあるべきなのである。国民みずから国家のすべてを主宰すべき現代においては、皇室は国民の皇室であり、天皇は「われらの天皇」であられる。「われらの天皇」はわれらが愛さねばならぬ。国民の皇室は国民がその懐にそれを抱くべきである。二千年の歴史を国民と共にせられた皇室を、現代の国家、現代の国民生活に適応する地位に置き、それを美しくし、それを安泰にし、そうしてその永久性を確実にするのは、国民みずからの愛の力である。国民は皇室を愛する。愛するところにこそ民主主義の徹底したすがたがある。国民はいかなることをもなし得る能力を具え、またそれをなし遂げるところに、民主政治の本質があるからである。そうしてまたかくのごとく皇室を愛することは、おのずから世界に通じる人道的精神の大いなる発露でもある。

民主主義と天皇制(あえてこの用語を使っています)は相反するものではない。むしろ国民が皇室を愛すことが民主主義の真の姿だ、とまでと説く。
これも「熱い」ですね。
この論文が極左誌「世界」に掲載された経緯はWikipediaでも読んでください。そこも興味深いから。

日本を代表するような学者や思想家(福沢諭吉はもちろん、和辻哲郎や西田幾多郎などなど)が皇室を擁護したところや保守的な部分を、戦後民主主義の進歩的文化人らがこぞってベールに隠し、自分らの陣営に取り込んできた。

三島由紀夫は「コンピューター時代(つまりネット時代)の天皇制(皇室の重要性)」が来ると言ったが、いまこそが、そのベールを引っぺがす時期に来たのだ。
過去記事 「日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。

近い将来にかならず起こる「皇室」の論争のためにも、今のうちから「右派」の論理を拡散しなければならい。

「昆愛海ちゃんを皇后さまが歌に」

平成24年1月1日 読売新聞から

昆愛海ちゃんを皇后さまが歌に
宮内庁は、両陛下が昨年詠まれた歌計8首を発表した。
 7首は大震災に関連した内容。皇后さまの「手紙」は、行方不明になった母に手紙を書いているうち寝入ってしまった岩手県宮古市の昆愛海(まなみ)ちゃん(5)の写真を読売新聞朝刊(11年3月31日付)で目にし、そのいじらしさに打たれて詠まれた。
 祖母の幸子(さちこ)さん(64)によると、愛海ちゃんは元気で、津波で壊れた家の修理が終わり、年末年始はこの家で幸子さんと静かに過ごす。記者の電話に、「まなの家直ったから、引っ越すんだよ」と、うれしそうだった。最近は動物のカルタや「クリスマスにサンタにもらった」というゲーム機で遊んでいる。算数の勉強もがんばっており、「いっぱい数字書いてるよ」と得意げに話した。

<手紙> 「生きてるといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項(うな)傾(かぶ)し幼な児眠る


東日本巨大地震 災害孤児これですね。
本文内容は、過去記事「被災孤児を救うのは呑龍上人の精神」で。

確かにこれはショックだった。自分には娘がいるので余計にそう感じるのだろう。
いま自分が生きていることに感謝しなければならない。家族ともども生きていれば、娘と「けいおん」を見たり、「ガンプラ」作ったり、楽しみを共有できるのだから。

天皇陛下に関する新聞記事から

朝日新聞 平成23年11月4日のコラムから。

記者有論
社会部 北野隆一
戦争体験 天皇陛下と水木氏の問い
10月13日、秋の園遊会があった。天皇、皇后両陛下が主催し、各界功労者を招いて懇談する場だ。今回は女子サッカー・ワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」の佐々木則夫監督と沢穂希主将や、東日本大震災の被災地で福島第一原発に近い、福島県富岡町の遠藤勝也町長らが両陛下と言葉を交わした。
漫画家の水木しげるさんもその一人だ。妖怪漫画「ゲゲゲの鬼太郎」や連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」でおなじみであることに加え、私にはもう一つ関心があった。戦争体験についてどんなやりとりをするのだろうか、と。
水木さんは太平洋戦争激戦地ラバウルで爆撃を受け、左腕を失った。マラリアで生死の境をさまよったこともある。1989年に昭和天皇が亡くなった際の心境を、自伝漫画に「昭和から『平成』になって、なぜかボクの心も平静になった」と書いている。そして「戦争中はすべて天皇の名ではじめられ、兵隊もその名でいじめられたから、つまりやり場のないイカリを、無意識に“天皇”にむけていた、それがなくなったのだ」とも。
水木さんは、文化功労者として皇居での茶会に招かれた昨年11月、天皇陛下は水木さんの左腕をいたわりながら、「戦争の痕は大丈夫ですか。ラバウルで、本当に大変な経験をねえ」と声をかけた。水木さんが「大丈夫です」と答えると、天皇陛下はこう言葉を継いだ。「だんだん年月がたつとみんなそういうものから離れていくから、そういう問題をいつまでも心にとどめておくことは、とても大事なことだと思います」
2000年のオランダ訪問に同行したときのことを思い出した。天皇陛下は晩餐会で、オランダ人戦争捕虜の存在を念頭に「戦争による心の痛みを持ちつつ、両国の将来に心を寄せる貴国の人々のあることを、私どもは決して忘れません」とあいさつしている。
一兵士としての戦争体験を漫画で描き続けた水木さん。日本軍が「玉砕」したサイパンをはじめ、各国で戦争による犠牲者慰霊の旅を続けてきた天皇陛下。共通するのは、戦争を忘れず、後世に伝えようとする姿勢だ。それは私たち、後に続く世代への重い問いかけでもある。

朝日新聞にしてはいい記事だと思う。
天皇陛下と「陛下」と一応敬称は付けていますが、「お言葉」を言葉としたり、「崩御」を亡くなるなどと、まるで敬語を使っていません。まあ今さら朝日新聞にそんなことは言っても仕方ないのでしょうが……。この記者はここで「あの戦争」を忘れるなといったセンチメンタルなメッセージを訴えたかったのでしょうが、陛下のエピソードがいいので、そんなものは吹っ飛んでしまいました。
まあ、そんなわけでこれは良記事です。

で次は、産経新聞サイトからのコピペ。

トルコ大統領がお悔やみの手紙 宮崎さん死去悼む
2011.11.12
 トルコのメディアは11日、同国東部ワンで地震によるホテルの倒壊に巻き込まれ、東京のNPO法人「難民を助ける会」の宮崎淳さん(41)が死亡したことを受け、トルコのギュル大統領が天皇陛下宛てにお悔やみの手紙を送ったと伝えた。ダウトオール外相も在トルコ日本大使館を訪れた。
 宮崎さんは、10月下旬に大規模地震に見舞われた被災者の支援を現地で続けていたため、トルコ市民からも「なぜ宮崎さんを守れなかったのか」などと悔やむ声が広がっている。ワンに宮崎さんの名前を付けた病院を建設しようとの呼び掛けも出ているという。
 現地を訪れた同会の大西清人事務局次長によると、宮崎さんの遺体は11日、検視が終わった。同日夜にも西部イスタンブールに搬送され、できるだけ早い便で日本に戻る予定。(共同)

トルコの親日ぶりが窺えます。大統領自らっていうのがスゴイな。
何よりもこういった親書が「天皇陛下」に宛てて届くということをよく考えましょうね。
日本大使館でも日本政府でも総理大臣でもない。陛下宛に来るということを。
これは以前にも書いたことだが、東日本大震災のとき、英国のエリザベス女王や米国オバマ大統領ら諸外国からお見舞いの親書が届けられたが、それは「天皇陛下」宛であった。
過去記事
 日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。
握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

海外から見れば、日本の元首は「陛下」であるということは明らかなのだ。
どんな国にはその国を象徴するような中心となるべきものは必要である。前に三浦朱門の「天皇」(海竜社)から引いたが、「皇室」は日本のそれにあたる。

日本にあっては、天皇の存在が船の低い重心となり、また比較的変化をしない部分となってきた。その変わりにくい部分が日本という国の体質、つまり日本的なもの、日本の意識的・無意識的な価値観、つまりは日本文化そのものであろう。天皇はこうして日本文化の重点であり、その揺れを示す座標でもある。

過去記事 
「賜杯」の意味。天皇と相撲、そしてこの国の体質。
ここで長文引用。

海外から認められている日本の象徴を、日本人に誇りとしなければならない、と思う。

日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。

過去記事「握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。」からの続き。
まず、平成23年3月27日 読売新聞 皇室ダイアリーから

天皇陛下が東日本巨大地震の被災地を励まされた16日のビデオメッセージでお見舞いの電報が紹介されていた。
「各国の元首からの相次いでお見舞いの電報が届き、多くの各国国民の気持ちが被災地と共にあるとの言葉が添えられていました」
モンゴル、英国、コソボ、カタール、アフガニスタン……。その数は発生から1週間で70通を超えている。
独裁政権が倒れて間もないチュニジアの暫定大統領やエジプトの軍最高評議会議長からのものもある。電子メールの時代でも、電報は各国元首との交際で重要な役割を担い、年に約500通が交換されている。陛下から記念日の祝電や弔電、お見舞い電などが送られ、両陛下の誕生日の祝電などが寄せられる。陛下は丁寧に目を通し、答電を出されるという。16日のメッセージ、陛下には「大災害に際して人々の心の支えになれば」という思いがあり、未曾有の被害にテレビで呼び掛ける例のない方法を選ばれた。
収録は放送の1時間半前。「緊急ニュースが発生した時はそちらを優先して」。意向を念押しした上での放送だった。陛下も電報がうれしかったから「これをお伝えします」と紹介されたのだろう。陛下のぬくもりと共に、各国への気遣いが伝わった。(井上茂男)

そして紙面では、英国のエリザベス女王と両陛下が並んでおられる写真が使われ、「女王からのお見舞いの電報が寄せられた。」と一文添えられている。
大震災のときにあっても、皇室外交がいかに重要な役割をしているかがよく分かる。
その一方で、政府の対応はずさんなものだった。

首相の感謝広告にも批判 限定的に7紙のみで
2011.4.14
菅直人首相名で11日付の外国紙に掲載した「感謝広告」にも批判が出ている。掲載したのは、国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙。ドイツやイタリア、台湾、インドなど震災への支援を表明した134カ国・地域の大半に広告を掲載することができていない。
ネックになっているのは広告予算。松本氏は衆院外務委で「復興にお金を振り向ける中で、ギリギリの範囲で予算の枠を設けた」と述べた。だが、広告の掲載がなかった在外公館からは「『日本に感謝されていない』との誤ったメッセージを与える」との不満が漏れている。

とある。こんなことを続けていけば、国際関係上、日本という国は全く信用がなくなってしまうだろう。
しかし、それでもなお諸外国が日本を丁重に扱ってくれるのは、この国には他に例を見ない「権威」があるからではないのか。何度も言うが、日本は20年で14人、ここ5年で6人も首相がコロコロ変わる国だ、だれがこんな国を認めてくれるだろうか。(過去記事参照してください)
乱暴な例えで恐縮するが、「日本には何かとてつもないラスボスがいる」と海外の人々はそう感知しているのではないかと思えてならない。
そしてこんな記事も見た。3月31日付け 産経新聞から。

米大統領が天皇陛下に親書 大震災受け「深い同情」

 在日米大使館は31日、東日本大震災を受け、オバマ米大統領が天皇陛下にお見舞いの親書を送ったことを明らかにした。 親書は3月24日付。大統領は日本の被災者らに対し「深い同情の念」を示すとともに、危機に際して日本国民が見せている「勇気、強さ、決意」を称賛した。
 さらに、米国は日本が必要とする「あらゆる支援」を提供しているとし、日本の復興に向け「米国は友人、パートナー、同盟国として確固たる支援を行う」と表明した。(共同)

あまり大きく取り上げられていませんが、この「親書」の意味は重大だ。アメリカ大統領の公式声明が、天皇陛下に届くということの意味をよく考えなければならない。決してこれは総理大臣宛でもなければ、日本政府宛に届けられているものではない。上記にあるように諸外国は、「お見舞い」のメッセージを天皇陛下に送る。皇室にその言葉を伝えれば、それが政府に、国民に伝わると思っているからだ。日本の中心はどこにあるのか、元首は誰なのか、ということを諸外国の方々の方がよく認識しているということに他ならないのではないのか。
しかし、こういった諸外国からのメッセージは正しく伝わってこない。それはなぜか。マスコミが「皇室」を軽視しているからである。天皇陛下の東日本大震災の被災者や国民に向けたビデオメッセージでさえズタズタにカットしてしまうほどだから、他は推して知るべしであろう。(それでいて、韓国ドラマはしっかりと放送するとはどういうことだ。)

そしてこんな記事があった。http://www.j-cast.com/tv/2011/04/25094070.htmlから。

森圭介アナが「東日本大震災に関する動きをまとめてお伝えします」と先週末にあった3つの話題を3番手でさらりと取り上げた。
「東電社長の初の被災地謝罪」「天皇、皇后両陛下の被災地ご訪問」、そして「ディズニーキャラクターの避難所慰問」。このラインアップにコメンテーターの勝谷誠彦(エッセイスト)がかみついた。
(中略)
続いて取り上げたのが、天皇、皇后両陛下が北茨城市の被災地をご訪問した様子。両陛下も膝をおつきになった状態で被災者を激励されていた。
最後はミッキーマウスなどディズニーキャラクターたちが、宮城県の避難所7か所を回って子供たちにダンスを披露した話題。
3つのVTRを見終わった司会の加藤浩次が口を開いたのが、「ディズニーシーは今年で10周年なんだね~」。それにカチンときたのか、勝谷誠彦が憮然たる面持ちで怒り出した。
「両陛下のご訪問とネズミがどっかに行っているという話を同列に報じるのはいかがなものかと思う」
隣の杉山愛(テニスプレーヤー)は笑いを抑えるのに苦労していたが、担当した森は「被災者の笑顔が見られたという部分で取りあげました」と苦しい対応だった。

勝谷誠彦が怒るのはもっともだ。ミッキーマウスと皇室を同等に扱うテレビはほんとにおかしい。これも何度も言うが、ディズニーランドってそんなに日本に必要なものなのか?
過去記事 いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!
日本人及び、日本のメディアの皇室への軽々しい扱いは何であろうか。どうもこの辺のことが不可解でならない。
この軽薄さは、あちこちで見られるが、中でも、最悪だったのは、『週刊現代』4月23日号の中の、佐野眞一と原武史の対談だった。「見えてきたこの国の本性」というお題目で的外れな皇室非難をしています。
本文を抜粋したものをネットで拾ってみました。

「もともと宮中祭祀は新嘗祭をみてもわかるように、日本が農業国家であることを前提としていたわけです。それが戦後の高度成長とともに祭祀の中身が実態を伴わなくなってしまった」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」

 これはヒドイ。「天皇の祈りは届いてない」って、あんたらバカか? 
「祈り」ってそういうものじゃないだろうが。
天皇陛下 被災地ご訪問 被災地をご訪問され、被害に遭われた人々に「祈り」を捧げる両陛下。この一枚の画像で十分、説明は省く。

しかも佐野眞一と原武史は、大震災とからめて「天皇制」を否定するという悪どい論法を使っていて、読んでいて腹立だしくなってきた。
これで、一水会のサイトがえらく怒ってました(http://ameblo.jp/issuikai/entry-10865488662.html)が、これは右翼でなくても、呆れてしまうほど、トンチンカンな対談だった。
だいたいこういう農本主義云々で皇室を語るなんていうのが古すぎる。農業から立脚した皇室だというのなら、現代において「天皇」という存在はとっくになくなっているはずじゃないだろうが。いまだにこんな論法を振り回す人が大学教授や論壇を仕切る知識人だというのだから、どうにもならない。

ここで、40年も前に、こんな論説に反論しているものを引用しておくことにしましょう。
それこそ、三島由紀夫です。
(福田恆存との対談「文武両道と死の哲学」から。文春文庫「若きサムライのために」や三島由紀夫全集にあり)

……つまりいままでの既成右翼の考えでは、農本主義が崩れたら、天皇は危ういですよ。自分が農本主義へ帰って行くことによって天皇に達する、というのはだれでも考えるんですよ。ところが、農地改革が起こったら後の日本は、昔の日本じゃないです。天皇を支える土地制度というのはないんです。天皇を支える社会制度もなければ、経済制度もなければ何もないんです。
そこで、天皇は何ぞや、ということになるんです。ぼくは、工業化はよろしい。都市化、近代化はよろしい、その点はあくまでも現実主義です。しかし、日本人は満足しているかというと、どこかフラストレイトしているものがある。その根本が天皇に達する、という考えなんです。ですから、この一つ一つの線を考えますと、つまり既成右翼的な天皇制というのは、線の一番はじのところにあるんです。ぼくは、その線が近代化、都市化、工業化に向ってドンドン進んでいる、いいよ、いいよ、ドンドンおやり、ゴーゴーも踊るがいい、テレビも見るがいい、君らがもう自分の家でかもどを使いながら電子レンジを使うがいい。そうして日本人を進ませる。
しかし、ドン尻のところまでいつか引き返してくるだろう、というのが天皇制です。天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレイションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それをいまから準備していなければならない。日本の農業は将来、昭和50年ごろは、東海道線ラインに人口の8割が来ちゃうかもしれない。そうすると、農村というものは意味をなさなくなる。その場合でも、天皇は一番極限にいるべきだ、という考えなんですよ。ですから、近代化の過程のずっと向こうに天皇があるという考えですよ。
その場合には、つまり天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ。そういう意味で、天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。その根元にあるものは、とにかく「お祭」だ、ということです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭――それだけだ。これがぼくの天皇論の概略です。


三島の予言めいた発言はことごとく当たっているし、これから日本が腑抜けで堕落した経済国家になるというのも当たっていた。
過去記事 「守るべきは日本文化! サブカル好きもポップカルチャー好きも、神社に集う歴女もアニオタも、みんな三島由紀夫が命に代えて主張したことを聴け!」

それだからこそ、日本人にとって必要なのは、日本文化の象徴となる天皇だ、と説いている。ここでいう「お祭」とは儀式、祭礼であり、これは鎮魂、慰霊に通ずるから、今まさに「祭り」が必要なのだ。(ディズニーランドやパンダじゃない)

そしてもう一つ。石原慎太郎と三島由紀夫の対談「守るべきものの価値」から。(石原慎太郎著「三島由紀夫の日蝕」新潮社から。これも全集に収録されている)

石原  三島さんのように天皇を座標軸として持っている日本人というのは、ラフな言い方だけれども、とても少なくなってきちゃったんじゃないかしら。
三島  君、そう思っているだろう。だけどこれから近代化がどんどん進んでポスト・インダストリアリゼーションの時代がくると、最終的にそこへ戻ってくるよ。
(中略)明治維新にはそんなことを考えたんだ。たとえば伊藤博文も外国へ行く船の中で、共和制にしようかって本気で考えたんだ。ところが日本に帰ってきてまた考え直したんだね。竹内好なんか君と違って、もっとずっと先を見てるよ。コンピューター時代の天皇制というのはあるだろう、それが恐ろしいっていう。ポスト・インダストリゼーションのときに、日本というものも本性を露呈するんじゃなかろうか。いまは全く西洋と同じ均一化していますね。だけどこいつを十分取り入れ、取り入れ、ぎりぎりまで取り入れていった先に、日本に何が残っているかという天皇が出てくる。それを竹内好は非常におそれているんですよ。非常に洞察力があると思いますね。
石原  それはそうじゃあないな。竹内好のなかに前世代的心情と風土があるだけです。
三島  その風土が天皇なんだよ。
石原  それが変わってきているんだな。
三島 ぼくは変わってきているとは思わない。僕は日本人ってそんなに変わるとは思わない。

と、この後も日本文化と天皇についての激論がありますし、ここだけ引いても分かりにくいかもしれません。
しかし、ネット社会(コンピューター社会)においても、「天皇制」「皇室」の価値は重要になるという点が非常に面白い主張であります。(こういうことって、本物の左翼の方が天皇の重要性を知っているからなお面白い)

グローバル化になって国境や国家はあいまいとなってくるが、逆に民族意識は高まる。その時になって、好むと好まざるに関わらず、日本人にとって「皇室」「天皇」という特別な価値に気付くのではないか、そう思う。

と、ここでその説明といきたいが、これまた面倒なので、また後の機会に。

握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

天皇・皇后両陛下
平成22年11月14日 読売新聞 別刷りから「皇室ダイアリー」から。
以下その新聞記事。

天皇、皇后両陛下が1日、生物多様性条約の締約国会議(COP10)で来日したモナコの元首アルベール2世公(52)と、婚約者のシャーリーン・ウィットストックさん(32)を昼食に招いた。
両陛下は外国の元首や王族が非公式に来日した際に、求めに応じて御所で迎えられるが、婚約者と一緒というのが珍しかった。
モナコは世界第2の小国。11世紀に神聖ローマ帝国から一帯を授与され、保護領などを経て1861年に独立した。日本との外交関係は2006年からと新しい。
女優からレーニエ3世公の妃となり、「現代のシンデレラ」と言われたグレース・ケリー公妃はアルベール2世公の母。花や芸術を愛し、1982年に交通事故で亡くなった。
その子息は海洋資源の保護や文化育成に熱心な一方、ボブスレーで冬季五輪に5度出場したスポーツマンである。シャーリーンさんも南アフリカの元五輪水泳選手で、スポーツを通じて意気投合したという。
訪日はシャーリーンさんにとって事実上の外交デビューだった。両陛下の出迎えに緊張していたが、握手の時に両ひざを折って敬意を示す「カーテシー(跪礼・きれい)」は颯爽としていた。共に両陛下と会食ができたことを喜んでいたそうだ。
(編集委員 井上茂男)

いい写真です。これを見て、英国王室ダイアナ妃の写真を思い出してしまった。
天皇陛下とダイアナ妃

外国の要人が天皇・皇后両陛下にカーテシー(跪礼)している画像は検索してみると結構出てきす。
スペイン王太子妃スペイン王太子妃
天皇陛下メッテ=マリット ノルウェー王太子妃
タイの王族、ソムサワリー殿下タイの王族、ソムサワリー殿下

まあオバマ大統領が深ぶかとお辞儀した画像も有名ですが……。
過去記事

外国の要人たちは、日本の政治的トップ・総理大臣に対して、これほどの敬意を払ってくれないだろう。
中国の要人やアメリカの大統領などは、日本の首相がいくら会いたいといっても、適当にあしらうか、たとえ会ったとしても、昼食の合間の数十分であったり、廊下のロビーであったりする。
情けないことだが、これが現実だ。
だいたい、日本は20年で14人、ここ5年で6人も首相がコロコロ変わる国だ。毎年変わるのだから、名前さえ憶えていないかもしれない。こんな国、普通なら信用もされず相手にされないだろう。(日本人だって、菅や鳩山の顔を見て、あれが日本を代表する人物だとは誰も思わないだろう。)
それでも、取りあえずは、日本を「一流国」として扱ってくれる。
経済力があるのからか? アメリカの同盟国だから? 中国への対抗上か?
いや、それだけではないはずだ。

山本七平著「日本人とアメリカ人」(祥伝社、全集ライブラリーでは第13巻)の中から一節。
1975年に昭和天皇がご訪米された。そのときアメリカは天皇訪問になぜか熱狂したという。この取材で米国に行っていた山本七平がこの時の様子を書いている。(以下、抜粋)

なぜアメリカ人は、天皇に興奮するのか
……(天皇に対して)全員が不思議な好意と好感を示した。アメリカ人が使うエキサイトという言葉は非常に意味が広いと思うが、彼女たちは天皇に何かを感じ、何かの刺激をうけ、非常にエキサイトしているのは事実だった。
<中略>
(大使館前で天皇・皇后両陛下とすれ違った女性は、こう続けた)……「一番エキサイトしているのは私ではない。宣教師の娘さんで、沖縄で生まれ育った白人の女性が大使館に勤めているが、この人が、だれよりもエキサイトしている」と。
若い世代のこの反応は、私には不思議だった。
「アメリカ人はなぜ天皇に関心を示し興奮するのか」という質問を、顔を合わせたあらゆるアメリカ人に向かって発してみた。そしてそれへの答えは判で押したように同じであった。「王族といったものがアメリカにないからだ」と。この答えは、答えのようであって、答えになっていない。彼ら自身にも理解できない何かがあるのであろう。
<中略>
(「タイム誌」のシェクター氏との会話で)
「では」と私つづけた。「王族ならだれでもよいのか、王族に興奮しているのではあるが……」と氏は言い、それにつづく答えは、他の人と違っていた。
王族といっても、たとえばアラブの王様にはアメリカ人はもう何も感じない。彼らはすでに「アラビアン・ナイト」的な異国情緒(エキゾチズム)とは無関係な「石油成り金」「石油資本家」にすぎない。
「こうなってしまっては、たとえ王族でも、もうだれも興味も興奮も示さない」と。アメリカにおける石油成り金とか石油資本家という言葉には、一種の侮蔑を含んだ「悪(ワル)の意味があるらしい。確かに、もし天皇がワシントンで石油価格の交渉でもはじめたら、ひどい幻滅で、アメリカ国民のエキサイトなどは一瞬にして醒めてしまうであろう。
また国王(キング)という対象はまだあっても、彼らが皇帝(エンペラー)と呼ぶ対象は、この地球上でも天皇だけになってしまったことも、異常な興奮の一因かもしれない。

30年前に、自分らの国・アメリカと戦争した、その相手国の元首が来たのだから反日デモでも起こると思いきや、逆に米国民が大歓迎で熱狂していたというのだから、面白い。
こういう逸話を聞くと、「天皇陛下」がいかに貴重な存在であるかということがわかる。
歴史的・文化的・伝統的権威を持つ存在の大きさは、日本人よりも外国人の方が分かっているのではないだろうか。

だからこそ、海外の要人は日本の首相に合わずとも、天皇陛下との謁見を願うのだろう。
去年の中国・習近平の記事でも書いたが、日本の天皇陛下に会う事によって、中国国内・国際的に箔が付くというのを十分に知っている。過去記事「天皇陛下の政治利用は許せん! だが、一つ分かったことは、中国では天皇陛下に会わなければ国家主席になれないということだ。

こうしてみても、皇室の存在が、この外交という一面だけを取ってもてみても日本に大きな役割を担っていることがわかる。(まして、民主党の不甲斐ない外交が続いている中にあって、皇室外交はますますは重要になっている。)

なぜ国に権威が必要なのかは福沢諭吉の「帝室論」「尊王論」を読めばいい。過去記事 福沢諭吉「皇室論」「尊王論」を始める前に

天皇陛下の存在は核兵器に匹敵する外交的抑止力になり、皇室そのものが世界遺産にあたるほどの貴重な存在なのだ!


だから、マスコミ報道も、こうした皇室の御公務を報道すべきである。
週刊誌的な報道、「愛子さまが小学校で……」や「雅子さまが……」などといった皇室を貶めるような取り上げ方はやめていただきたいのだ。
過去記事

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消えた二十二巻

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