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斎藤佑樹は新田一族なので、逆境に立った時にこそ力を発揮する

「空っ風」 冬の天気の良い日に必ず起こる現象である。東南部の平地が太陽に照らされると、空気が軽くなって上昇をはじめ、そこへ山岳地方の寒い空気が突入して来るために強い颪(おろし)となり、太陽が没するまでものすごく吹き荒れるのである。

群馬・東毛地区の冬は、冷たい強風が吹き荒れる「空っ風」に悩まされる。
この強風は半端ではない。乾燥した地面を寒風が吹き付けると、砂塵が巻き上がり、容赦なく、人や家々を強襲する。まさしく赤城おろしの強い日はただ堪えるのみである。その猛風の中を子供たちは通学する。だからという訳ではないが、みな我慢強く育つように思える。
和辻哲郎の「風土論」ではないが、風土はそこに住まう人々の精神性に影響を与えるというが、それは本当だろう。
過去記事「和辻哲郎「風土」から。 第2回目 日本人特有の性格「しめやかな激情」
そう考えれば、この土地に生まれ育った偉人たちは皆、空っ風を踏み堪えるように、逆境に立たされれば立たされるほどそれに立ち向かっていく性格を養っていくようだ。
新田義貞及び新田一族、高山彦九郎、中島知久平などなど……苦境に立たされた時にこそ奮起する。

中島知久平を生んだ土地は、深山大沢ではないが、大器を育てるに都合の好い条件を備えていた。すなわち特有の自然の風物、人情、歴史、環境などが彼に与えた影響は少なくなかったのである。少なくとも彼の大志はそれ故に生まれ、強固なあの意志力は、これによって鍛えられたと見ることができるのである。(渡部一英「日本の飛行機王・中島知久平」光人社から)


同じ出身地の斎藤佑樹もそうだろう。
今シーズンが始まるまでの叩かれ方は異様だった。開幕投手に抜擢した栗山監督共々、ネット上、マスコミ、野球評論家などなど罵詈雑言言いたい放題だった。
しかし、地元の人々は知っている。逆境にあればあるほど大きな力を発揮すると。
また大きなものを背負って戦うことができると。
そして見事、逆境をはね飛ばした。

 (パ・リーグ、オリックス0-5日本ハム、4回戦、2勝2敗、20日、ほっともっと神戸)日本ハム・斎藤佑樹が今季3勝目を、プロ初の完封で飾った。オリックス打線に8安打を打たれ、得点圏に4度走者を背負いながら、持ち前の粘り強い投球を披露。131球で0を9個並べた。(サンスポ)

何度も書いているけど、斎藤佑樹は新田一族の末裔ですから、逆境に立つほど強いのだ。
過去記事「斎藤佑樹プロデビュー戦。感慨深い思いを胸に秘め応援する。」まとめ記事なのでここを参照して下さい。

さて、先日、読売新聞に斎藤佑樹の記事が大きく載っていた。(平成24年4月16日)
斎藤佑樹 群馬
ここに「新田義貞」の名が!

プロ野球での野球人生はまだ始まったばかりだが、「桶狭間の戦い」など勝負所を制していった信長と、重なる部分が少なくない。
ただ、引っかかるのが、「本能寺の変」だ。信長は家臣・明智光秀の謀反により命を落とし、天下統一の夢は幻と消えた。その点を斎藤にたずねた。戦いで死んだわけではないですから。戦いには勝ってきた」。よどみのない答えだった。光秀の「裏切り」を「戦い」と認めないところは、実直な背番号18らしかった。
ちなみに、実はもう一人好きな武将がいる。それが生まれ育った新田町(現太田市)の英雄、新田義貞だ。こちらは、鎌倉幕府を倒した戦歴よりも、「地元だから」というのが理由だ。群馬を離れて、東京、北海道と戦いの場を変えて真剣勝負を続けるが、故郷への変わらぬ思いが透けて見えた。


もう一度、大文字で!
実はもう一人好きな武将がいる。それが生まれ育った新田町(現太田市)の英雄、新田義貞だ。
おお~感涙ものだ!
新聞記事の横に「生品神社」のお守りも付けておきましたよ。
あ~こっちの方がいいですか?
斎藤佑樹 お守り甲子園優勝時に斎藤佑樹が持っていた新田義貞のお守り。
どうぞ画像をお持ち帰りください。携帯の待ち受けにすればあなたの運気も上がることでしょう。

追記
斎藤佑樹がスバル・BRZを購入したという記事が……。
過去記事でも書いたように、(大学時代のインタビュー記事から)「ずっと地元で見てきたので、スバルが一番いいと思っているんですよ。自分は、ベンツよりも、ポルシェよりも、世界のトヨタより、スバルがいいと思っているんです。そのイメージは離れないですね」と言った通り、プロになっても地元愛溢れるスバリストになったようです。
あとは生品神社の銅像の件を……。
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斎藤佑樹プロデビュー戦。感慨深い思いを胸に秘め応援する。

8年前のこと。
「なんか生品中に球の速い奴ピッチャーいるらしいぞ」、親父が言った。
そんな話をどこかで聞いたのだろうか、あるは地元の上毛新聞にはスポーツで活躍した少年少女がよく掲載されているから、それでも見たのか。
今となってはその辺の詳しいことは思い出せない。
ただ数日後、親父はわざわざ見に行ったということだけは鮮明に憶えている。
身体の少々不自由な母とベビーカーに乗った私の娘(親父にしてみれば孫)を連れて生品中学校まで見に行ったのだ。
日課にしている散歩を兼ねて、中学校までは少々遠いが、午後の散歩には丁度かったのだろう。
彼が校庭のグランドで練習をしているのを金網越しに見たという。野球好きの親父は少々うるさいが、「いい球放っていた」と何度も言っていた。
それがその晩の夕飯時の話題となった。
関心のなかった私はそのとき「ふーん」といって受け流しただけだったが。

それが斎藤佑樹だった。
そのころから地元ではちょっとした有名人だった。

新田町は斎藤姓が多いが、特に彼の実家周辺は一家(いっけ)を成している。「あ、あそこの斎藤さんか、確か父は富士重工だっけ」という話も分かってきた。そのうち「斎藤くんは頭がいい」という噂も聞こえてきた。
ということは、進学校の太田高校へ行くのか。そうなれば太田から久々の甲子園か!(83年の太田工業高校が甲子園出場。この年の優勝最有力候補は前橋工業で、そのエースが渡辺久信だった。今は西武ライオンズの監督している。こういうのも因縁を感じます。)と、そんな話になったのも憶えている。
だがそれも淡い夢。
彼は早稲田実業に進学した。
なんだ東京か……。(ちょっと落胆)
それからはもちろんのこと、我が家で斎藤くんのことが話題になることはなかった。

だがあの夏の甲子園で、彼はヒーローになった。
出身地である新田町には報道陣がわんさとやって来た。(そのころには合併して太田市になった。)
見知っている保育園や小学校・中学校がテレビで映し出される、近所の人や保育園の先生がインタビューに答えている、それはなかなか愉快な出来事だった。
そして「中学生の時代の斎藤佑樹を見た」ということが親父の自慢話になった。人生においても大して多くない自慢話の中で、今とびっきりの話の一つとなったのだ。(どこに行っても同じ話をする。それを何度も横で聞かされる身にもなってくれ)
そのとき乳母車に乗せられていた娘も今や、彼が通っていた同じ生品小学校へ通っている。
小学校にテレビ局が取材に来たと言って騒ぎになったというのは去年のドラフト後だった。(北海道のテレビ局は何度も来たらしい)

そして、平成23年4月17日のこの日、斎藤佑樹は北海道日本ハムファイターズのプロ野球選手としてマウンドに立った。
斎藤佑樹・プロデビュー戦

日曜のまったりした午後。親父と娘と私はテレビの前で応援している。
そうかあれから8年経ったのか、という感慨深い思いを込めながら……。

斎藤佑樹選手の関連記事
1 斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか?
2 「斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか」の続き
3 斎藤佑樹くんゆかりの生品神社のお守り
4 新田次郎氏と斎藤佑樹くん  その3
5 「富士重工・スバル」と「新田義貞せんべい」と「新田一族」
6 新田一族の話題。「斎藤佑樹」と「今治市」と「福井県」と「天地人」
7 「ポルシェよりもスバル」斎藤佑樹くんの地元愛に、心を熱くする。
8 斎藤佑樹選手は新田一族ですから…
9 斎藤佑樹選手、地元に凱旋! そして誰かが言った「新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だ」と…。
10 ワールドカップ日本代表のいい話とこれから「佑」の字が流行るんじゃないという話。
11 新田義貞像を地元が復元へ! そして私の激しい妄想。
12 生品神社でえびす講。「斎藤佑樹と新田次郎と碇シンジ」
13 斎藤佑樹が甲子園で優勝したときに持っていたのは、新田義貞ゆかりの生品神社のお守りだった!!
14 「萌えキャラで盛り上がる足利」と「無策・放置の太田(新田)」。参拝客が少ないのはやはり寂しいよ……。
などなど。

斎藤佑樹が甲子園で優勝したときに持っていたのは、新田義貞ゆかりの生品神社のお守りだった!!

斎藤佑樹は新田一族です。

週刊誌「女性自身」2010年11月2日号の記事にこんな記述がありました。
(ドラフト前の記事で、以下抜粋)
斎藤佑樹と御守り

斎藤投手の両親は群馬県の太田市から上京しては試合を観戦するなど、佑ちゃんをサポートしてきたという。
「9月の家族会議(ドラフト前に都内のレストランで家族で食事をした)をした後も両親は、息子の幸運を祈って、実家近くの『生品神社』にお参りに行ったみたいです。
斎藤投手が甲子園で優勝したときも、バックにはこの神社の御守りが付けられていたそうです。

やはり、全国制覇したときに持っていたのは、「生品神社」のお守りをだった!!
生品神社は、群馬一のパワースポットだ!」というはウソではないでしょう!
(こうみると、武運・勝負運に強いようだ!)

そして、雑誌記事の写真をよく見ると、斎藤佑樹の後ろに旗が見える。
これは「大中黒」じゃないのか。たぶん「太田市」の市旗だろう。
お~、よく分かってますね「女性自身」さん。
ここで、新田一族の家紋をあしらった「大中黒」を背景にした写真を持ってくるとは!!。

斎藤佑樹は「何か持っている」と言われるが、そうではない。
「守られているのだ」そう、新田一族に!!

024.jpg
新田義貞・稲村ケ崎・投刀の図をあしらったお守り。たぶん斎藤佑樹が持っていたのはこれだと思う。(あとは神社名が入ったシンプルなタイプがいくつかあるが)

自称・斎藤佑樹ファンはかなり多いが、これを持っていなきゃモグリだぞ!
(こう煽って、生品神社の参拝客を増やし、新田義貞の知名度を上げるのだ!)


新田義貞「生品神社」1斎藤佑樹が小学生のとき参加した「鏑矢祭」の矢。この行事は新田義貞挙兵にちなんだもので、生品小学校の男子はこの行事に参加するのだ。

斎藤佑樹の記事は、過去記事にまとめてあります。

何処に行こうが「斎藤佑樹選手」を応援し続けます。だって新田一族だもん。

あ~、遂にドラフト会議か。
そうかあれから4年か……。
当サイトも約4年ほどダラダラと続いていますが、最初に書いたのは「斎藤佑樹君」の記事でした。
1 斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか?
ここから始まったんですね。(ただ、懐かしい)

それから、何かにつけて斎藤佑樹選手については書いてきました。
2 「斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか」の続き
3 斎藤佑樹くんゆかりの生品神社のお守り
4 新田次郎氏と斎藤佑樹くん  その3
5 「富士重工・スバル」と「新田義貞せんべい」と「新田一族」
6 新田一族の話題。「斎藤佑樹」と「今治市」と「福井県」と「天地人」
7 「ポルシェよりもスバル」斎藤佑樹くんの地元愛に、心を熱くする。
8 斎藤佑樹選手は新田一族ですから…
9 斎藤佑樹選手、地元に凱旋! そして誰かが言った「新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だ」と…。
10 ワールドカップ日本代表のいい話とこれから「佑」の字が流行るんじゃないという話。
11 新田義貞像を地元が復元へ! そして私の激しい妄想。
12 生品神社でえびす講。「斎藤佑樹と新田次郎と碇シンジ」
などなど。
13 斎藤佑樹が甲子園で優勝したときに持っていたのは、新田義貞ゆかりの生品神社のお守りだった!!

そして今日が運命の日。
……。
日ハム。
……。
北海道。
……。

いや、これからも応援しますよ。
新田一族として。
これも宿命です。

斎藤佑樹選手、地元に凱旋! そして誰かが言った「新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だ」と…。

平成22年3月30日、夜7時から9時まで群馬テレビで「富士重工対早稲田大学」の野球の放送があった。
ローカル放送とはいえ、ゴールデンタイムにアマ野球の放送!?
というのも、斎藤佑樹選手が登板したからだ。

◆アマ野球オープン戦 富士重工3―2早大(30日・太田市民球場) 早大の斎藤佑樹投手(4年)が30日、地元の群馬・太田市民球場で行われた富士重工とのオープン戦で凱旋登板。観衆6000人が詰め掛けるフィーバーで、将来的に同球場を「佑ちゃんスタジアム」とする夢プランも浮上した。
 内野の人工芝を改装後、初の一戦で清水聖義・太田市長は「我々の後輩、斎藤君を迎えることができてうれしい」とあいさつ。郷土のヒーローを冠した球場名の変更案について「いいですね。いずれ外野の芝を張り替える時にでも」と前向きに語った。
 期待に応え、斎藤も同市の生品中時代以来となる群馬のマウンドで躍動した。自宅から車で約15分の同球場では念願の初登板。しかも先発で対する阿部次男投手(37)は小、中学時代に野球教室で制球の極意を学んだ師匠だ。06年の日本選手権MVP左腕と初対決で「スピードがなくても低めを丁寧について抑える阿部さんは、あこがれの投手。投げ合えて光栄でした」。互いに5回を投げて勝利は譲ったが、斎藤も最速142キロで9安打3失点に抑えた。
 集まったプロ4球団7人のスカウトにも健在をアピールし「ドラフトイヤーの今年、来られたのは大きい」。プロとして次に上州の地を踏む時は、ここが“ホーム球場”となっているかも―。

報知新聞http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/ama/news/20100330-OHT1T00302.htmから。
テレビからなので画像が悪いですが、こんな感じ。
斎藤佑樹と富士重工斎藤佑樹選手
日の丸とスバルと大中黒日の丸とスバルの旗と大中黒の旗(太田市の市章は新田氏の大中黒)、こういうのが気になる。
富士重工と大中黒そして富士重工の選手はユニホームの肩には大中黒がある。

「新田源氏」を背負って戦っている富士重工の選手たちと新田一族の生まれ変わりである斎藤佑樹が同じマウンドで戦っているんですから、私にしてみれば感涙ものです。
関連記事等は大体「斎藤佑樹選手は新田一族ですから…」にまとめてあります。

そして、翌日の新聞では、読売新聞、毎日新聞、東京新聞など一般紙から、日刊スポーツ、スポーツニッポンなどなどスポーツ紙まで、多くの新聞がこれを取り上げていた。「地元で親善試合をした」というだけでこれだけの記事になるのだから、斎藤選手の注目度は衰えることなく、今もってかなり高いということを再認識させられた。
そんな中、いい記事だったのが「朝日新聞」だった。

群馬県太田市出身で東京六大学野球の早大野球部で主将を務める斎藤佑樹投手(21)が30日、故郷に錦を飾った。社会人野球の強豪、地元の富士重工と練習試合で対戦し、市運動公園野球場でマウンドに立った。

 市によれば、同球場約31年の歴史のなかで、過去2番目に多い6千人の観客が詰めかけた。
 同市での試合で登板するのは、地元の生品中学から東京の早稲田実業に進学して以来初めて。
 斎藤投手と同じ旧新田町地区の女性(43)は、甲子園の決勝が忘れられない。公民館で大勢の地元の人たちとテレビ観戦したがものすごい熱気だったという。「斎藤君は地元のヒーロー。試合で投げる姿をぜひ直接見たかった」
 斎藤投手がかつて所属していたリトルリーグチーム「生品リトルチャンピオンズ」の現在のメンバー、篠塚洸希君(10)は「自分もピッチャーなので、うまくなって甲子園に行きたい」とマウンドの先輩を見つめた。
 少年時代の斎藤投手の試合を見たことがあるという男性(72)は「当時はずば抜けた印象はなかったが、立派に成長した。今や、新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だね」。清水聖義市長は「斎藤君が地元のマウンドに立つことは私自身の念願でもあった。さらに全国に羽ばたいて」とエールを送った。
 試合は、先発の斎藤投手が序盤、制球に苦しみ、富士重工が3―2で勝った。斎藤投手は5回を投げて被安打11失点3だった。
 斎藤投手は「ふるさとで登板できてうれしい。0点に抑えたかったが、シーズン開幕に向けて勉強になった」と話した。母のしづ子さん(50)はバックネット裏から息子の姿を見守った。「大勢の人に歓迎してもらえて感謝しています」と語った。

http://www.asahi.com/sports/update/0330/TKY201003300500.htmlから。新田義貞に次ぐ『地元の偉人』、この一言に尽きます。

そして、読売新聞、上毛新聞では、斎藤佑樹選手の出身を「旧新田町(現太田市)出身」と記していた。
これはうれしい。
やはり、斎藤佑樹選手は新田(町)出身というのがよく似合う。
だって、斎藤佑樹選手は新田一族ですから…

さて、平成の大合併は終わり、太田市と大泉町の合併もなくなりました。
しかし、「新田市を誕生させる会」発足。いまこそ新田源氏の名を地名に!運動は続いております。
こういうのを機会に周知されていけたらと思っています。

追記 斎藤佑樹選手、生品神社には行ったのかな……。

斎藤佑樹選手は新田一族ですから…

◆セパ誕生60周年記念試合 U―26NPB選抜1―1大学日本代表=9回引き分け=(22日・東京ドーム) 巨人・坂本勇人内野手(20)、早大・斎藤佑樹投手(21)らが出場するセ・パ両リーグ誕生60周年記念「U―26NPB選抜VS大学日本代表」が満員のファンの前で始まった。(スポーツ報知)

斎藤佑樹 大学日本代表
斎藤佑樹の「JAPAN」のユニホーム姿はよく似合う。
何といって斎藤佑樹は新田源氏の生まれ変わりなので……。

ブログ内検索で「斎藤佑樹」を検索すると、自分でも呆れるほど、彼と新田一族を結び付けてちょこちょこと書いてました。何しろブログ立ち上げてすぐに書いたのが「斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか?」だったくらいですから……。(今読むと、絵文字なんか使っていてあまりにも軽いノリに驚いた。)
関連記事 
1 斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか?
2 「斎藤佑樹君は新田源氏の生まれ変わりか」の続き
3 斎藤佑樹くんゆかりの生品神社のお守り
4 新田次郎氏と斎藤佑樹くん  その3
5 「富士重工・スバル」と「新田義貞せんべい」と「新田一族」
6 新田一族の話題。「斎藤佑樹」と「今治市」と「福井県」と「天地人」
7 「ポルシェよりもスバル」斎藤佑樹くんの地元愛に、心を熱くする。
ほかにも「同郷のテニスの森田あゆみ選手」や「碇シンジと誕生日が一緒」などというのありましたけ、、、。

来年のドラフト会議が注目です。
でも最近彼の言動を見ていると、「選手」としてよりも、フロントとか球団経営陣とかそういった方面に才があるような気がするが……、それは私のあくまでも私見ですので……。

追記 
何と、上記を書いた数日後、こんな記事が……。

球界から政界へ-。早大の斎藤佑樹投手(21)=3年=が24日、大阪・茨木市の早稲田摂陵(せつりょう)高で応武篤良監督(51)と講演を行い「将来は政治家になろうと思っています」とブチ上げた。来年はドラフトを控える佑ちゃんだが、早大教育学部では金融、経済についても勉強中。今から第2の人生設計も模索している?!(サンケイスポーツ)

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/saito_yuki/?1259116628 
そうですか。私にはただのリップサービスには聞こえません。
近年の斎藤佑樹くんの言動を見聞きすると(もちろん新聞、テレビなどを通じてですが)、何かただの野球バカではない、もっと上を目指しているように思えてならなかった。また、その言葉の端端にそういった尋常ではない「才」をも感じていた。
彼には人を引き付ける「カリスマ性」もあるし、頭も優秀だ。
「政治家」、いいじゃないですか。
彼の「愛郷心」は半端ではないから、地元からの立候補となるだろう。
その彼の生まれ育ったところこそ「新田一族」の本拠地。
新田氏の末裔を名乗った新井白石のような政治家になってください。いやぜひ総理大臣に!

やっぱり、「斎藤佑樹は新田源氏の生まれ変わり!」なのだ。

(ちと、気が早すぎ…。斎藤佑樹くんネタはどうもテンションが上がってしまうようです。)

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