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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 7

「東京はいろいろな神社が集まっている場所だね。家康が江戸入部して以来増えたのだろう。中でも天海が勧請した神社が重要だ。それを調べていけば面白いことになるだろう。まあそれは後にして……。さっき出た、義貞が北国落ちしたときに頼った越前の白山神社別当の平泉寺はその後どうなったかといえば、興味深いことになっていた。義貞を裏切り足利方についた後も、強大な僧兵の兵力を武器にした、時代時代の権力者と結び付いて勢力を維持していた。でも江戸時代の1631年天海の命により、平泉寺は寛永寺の末寺と定められ、幕末に至るまで、寛永寺の関係者から住職が入ったという」
天海か、侮れないわね」
「そうだね。つまり平泉寺は完全に寛永寺・天海の管理下に置かれたわけだ。義貞の件を考えると、ここにも天海が登場すると奇妙な一致だと片付けていいのかな」
「それじゃー一番上まで上がってみましょうよ」
愛宕神社の急な石段を、ふたりは登っていく。真船は普段の運動不足がたたって、息切れしながら何度も立ち止まる。しかし琴音の方は週一でスポーツジムに通って鍛えているせいか、一気に駆け上がる。
遅れて上がってきた真船が、荒れた息遣いで聞いてきた。「天狗は本当にいると思うかい?」と訊いた。

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名前が3回変った男と徳川家康と運命論

姓名が変わるといった経験はありますか。
女性の方なら嫁に行くと、苗字がかわりますね。
男性でも婿に行くと、やはり苗字がかわりますね。
まあ、大体、あっても1回くらいでしょう。
私は苗字が3回かわりました。
どうゆうとかって?
まず、小学校ころまで、Aという苗字。親が離婚して、母方の姓になってBになる。そして、母が再婚して、Cという苗字になった。というわけで3回苗字が変わった。
男で苗字がかわるのは中々ないでしょう。
幼少のころは、いろいろあって大変だったけど、今思うといい経験だったと思えるようになった。中学校のころBという名前になると、同級生たちはどうして名前が変わったんだ、といろいろ言ってきたりして、いやな思いをした。(多感な時期だから、こうゆうことを面白がって、なんでもネタにするんですね)
それでも、大人びた同級生もいて、妙にかばってくれたりしたりした子も中にはいた。その子は女の子だったんですが、今思えばいい子でした。
あんな気立てがいい子はきっと今幸せに暮らしているでしょう。そうでなくては困る。

さて本題です、私は、徳川家康が名前を変えたことに異様なほど興味を持ち、だれも興味を持たないようなことを問題視してきている。
それは、このブログにも書いてきたし、別ブログで小説にもした。
なぜ、徳川家康は何度も名前を変えたのか。しかも徳・川・家・康と一字一字、自分自身で変え、それになぜ新田源氏を名乗ったのか。
名前を変えるというのは、他人が思うほど簡単なことではない。
それは自分自身の経験を踏まえていう。
これは、血のつながりはなくとも、その名、姓を名乗った時点で、その歴史、運命をも背負ってしまうのだ。
徳川家康が新田源氏を名乗って、新田一族の宿願を背負った。
これは歴史ミステリー小説「東毛奇談」に書いた。

私は運命論者だから、私の経験した姓を変わることも、家康が名前を変えたのも、こうしてそのことを書いていることも、きっと何かの縁、運命であると思っている。そして、斎藤佑樹くんや美智子さまが新田氏と関係があることも、これらすべてがきっと導かれたことであると……。

今日は少し変です。少しメランコリーな状態(こんな言葉を使う事態おかしい)です。
昼はポテロングかじゃがりこのどっちが売れるか心配し、夜は8個のブログを更新して、そして徳川埋蔵金と本能寺の変のことを考え、エヴァンゲリオンの結末を夢想する。
金はなく、会社で出世する見込みもなく、せこせこ書いている小説は本になる見込みもない。

あー今日はおかしい。
もう寝よう。


「物語を物語る」をグーグルで検索すると、驚きの……。

ちょっとしたことで、ためしに「物語を物語る」とグーグルで検索してみた。

驚いた。

なんとトップページの10個中8個が私のブログの名前が。

それは、fc2ブログ、goo、ライブドアから、にほんブログ村まで、そして、次のページにも私の「物語を物語る」のブログの名が……、すごい凄すぎる。どうみても訪問者は多くないし、アクセス数もたいしたことはないのに。

よし、それではためしに「消えた二十二巻」を検索。

おー、なんとトップページどころか、ベスト30までもが私のブログ。

やはり、変った名前を付けるものだなーと関心してしまう、と同時に、グーグルの検索エンジンってどうなってんの。違う人のところに書いたコメントとかが上位に来ていて、あれほど押している「歴史ミステリー小説」では出てこないんだから、不思議。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 6

「そこです。藤孝の態度こそポイントですよ。まず、明智光秀の娘・お玉と細川藤孝の嫡男・忠興が夫婦で互いに姻戚関係であった。だから光秀は真っ先に藤孝に味方になるように要請したんだ。でも藤孝は変が起ると、いち早く髻を切り、信長への弔意を示し、剃髪すると、家督を忠興に譲る。また、明智方へ参加する意思がないことを申し送ると、織田信孝、秀吉方に味方することを表明した。しかも『武甲夜話』によれば、2日の夜に、備中にいた前野長康に変の急報を伝えたのは藤孝であったと書かれている。これにより秀吉は、信長の死を知ったというから、光秀を窮地に追い込む行動を取ったことになる。
何でそんなことをしたのか。それには二点あると、自分は考えている。

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7月2日は新田義貞の命日。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」も第3章まで掲載が終り。遂に第4章「本能寺の変のこと」に入りました。新田義貞と徳川家康と明智光秀がどうからむのか、ちょっとアクロバチックな展開となっていますが、興味のある方はどうぞ読んでください。今までにない、本能寺の変論です。

さて、7月2日は新田義貞が討ち死にした日。そろそろ、命日が近づいてきたので、義貞について、少し書こうと思います。

自作小説では、第2章冒頭で、新田義貞が討ち死にする1338年7月2日の出来事から話を始めました。鎌倉幕府を倒した英雄が、都から遠く離れた越前国(現福井県)で、なぜ死ななければならなかったのか、なぜこの死が犬死と評されたのか、ということに答えようとしたものです。
実は義貞を討った敵も、このとき首を挙げた武将の首が、南朝方の大将のものだとは、知らなかった。(このあと足利方は大騒ぎになり、義貞の持っていた刀、鬼丸、鬼切り丸を巡って争奪戦が始まる)
しかも、義貞は死地から逃げることが出来たかもしれないのに、その場に留まり戦ったんです、味方は50名ほど(この人数が仮名手本忠臣蔵にかかっていると私は思っている。それが第5章)。敵方は、二百名。
敵に囲まれた義貞は結局、自ずから首を切るんですが、私はここで、義貞が死ぬ直前に何を思ったか、何が頭をよぎったか、を考えました。
それを小説化した。
まず一つは、都落ちしたあとに交友を深めた時宗僧・白雲上人のことではないかと思う。この僧は称名寺(明智光秀ファンならピンときます)の住職で、時宗の教えを義貞に説いていたという。時宗の教義は「捨て去ること」、義貞は何を捨て去りたかったのか。
史実では、白雲上人は、義貞が討ち死にしたことを知ると、いち早く現場に向かい、遺骸(首は敵方に持ちされれ晒首にされた)を回収して手厚く葬った。これほど二人は親密な間柄だった。
またこの2人のやり取りは第4章の最後に書いた。

そしてもう一つは、勾当内侍のことではないか、と思う。

勾当内侍とは、義貞が愛した女である。

人は死ぬ前に何を思い出すだろうか。私はここでは、義貞が恋に落ちた瞬間を思い出しながら、自分の首を掻き切るという、少し感傷的なものにした。琴の音に誘われ、恋に落ちた月夜の晩のことが頭をよぎったことにしたのだ。そこまで愛された内侍とはどんな女性だったのかは、明日書こう。


しかし私はロマンチックな恋愛描写が下手である。自分の書いたものを読み返してみても、どうにもならないほど下手くそだ。(第3章の9)
だけど、この部分がないと後につながらないので、我慢して読んでください。

ああー誰か、恋愛描写の上手い方、義貞と内侍のことを書いてください。
結構いい逸話ですよ。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 5



ふたりは歩いて次の目的地である愛宕神社に向かうことにした。距離的にはそれほどないが、午前中、上野公園を歩き回ったせいで、大分疲れていた。
地図を片手に歩いて初めて気付く。いつも通い慣れていたはずの赤坂周辺にこれほど神社があるとは思ってもみなかった。
江戸案内の本を見て分かったことだが、このあたりは浅野家とは随分関係が深いそうだ。家康は江戸の町作りのために、上水路の水源確保のために貯水池の必要性を感じた。そこで日枝神社の西一帯にため池を作ることになり、その任に浅野家が当たったのだ。このため池は貯水池として利用されただけでなく、城のお堀としての役割を果たした。今その池は存在しない。しかし外堀通りなどでその名前を残している。
またこの近くの氷川神社も浅野家と縁がある。浅野内匠頭長矩の夫人阿久里、後の瑤泉院が余生を送った屋敷があった場所に、八代将軍吉宗が氷川神社を建てたということだ。そしてこの辺りで忘れてはならないのが勝海舟だろう。氷川神社の近くに邸宅があって、氷川清話という回想録も書かれた。

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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 4


上野駅から地下鉄を乗り継いで赤坂を目指した。
その車中で「家康暗殺計画!」と琴音は思わず大きな声を上げてしまった。回りの乗客が一斉にこちらを見て、琴音は手で口を押さえた。
真船が、家康暗殺計画を立てたのは信長であったと、仮説を言ったからだった。
家康暗殺をネタにした小説やドラマは良く目にするが、信長がその計画を立てていたという話はそれほどないであろう。しかも琴音にも信じがたい説と言えた。奇説珍説はテレビ的には面白いし、物語のネタとしては意表を突くだろうが、これもある程度は信憑性がないと成り立たない。
家康信長の同盟者であり、幾多の合戦にもともに戦っていた。本能寺の変のとき、家康信長が討たれたと知ると、京に上って弔合戦をしたいと言い、叶わぬのならここで腹を切るとまで言ったと伝わっている。まあ、これほど家康信長に心酔してはいなかっただろうが、同盟者の死に対して表面上は嘘でも言ったのではないか、と琴音は思った。
真船は琴音の心中を察したのか、話を始めた。

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司馬遼太郎「北斗の人」と伊香保温泉

先日、群馬県の伊香保温泉に行って来ました。伊香保温泉には何度も行ったことがありますが、有名な階段上にある伊香保神社にいったのは初めてでした。
気にはなっていたのですが、なかなかその機会がなかった。
で、今回はある期待をもって伊香保神社へ。
それは、司馬遼太郎作「北斗の人」に伊香保神社が重要な場面で出てくるからです。
「北斗の人」は江戸時代末期に北辰一刀流の開祖である千葉周作を描いた作品です。
若き日の千葉周作は剣名を上げるために、兵法の国である、上州で名を売ろうとします。その舞台となったのが伊香保神社です。当時最大の剣門である馬庭念流と対決するんですが、そこがこの小説の山場となっていて、伊香保神社が頻繁に登場します。
それに、当時の名主としての名前が、今は旅館の名前として残っているので、温泉地を散策するのは興味深かった。
ただ、温泉地として、観光客は少なく、寂れた感じがして残念だった。
伊香保温泉を盛り上げるのに、司馬作品の舞台になっていることを少しアピールしてみればと思った。
司馬遼太郎ファンは多いし、剣豪ファンみたいな方も多いので、結構いいと思うんですが。なんせ千葉周作の門下生には清河八郎、山岡鉄舟、新撰組の幹部山南敬助、そして、坂本竜馬を輩出しているんですからね。



歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 3



「本能寺の変を計画していたのは、近衛前久であるといいましたけど、朝廷が関与していたと唱える人は結構多いんです。立花京子氏や小説家の安部龍太郎氏もこの説を推しています。桐野作人氏もかつては朝廷関与説であったけど、今は否定しています。否定派の意見としては、戦国時代は朝廷の力は衰微していて、信長を暗殺できるほどの力も他の武将を動かす勢力も持っていなかったという意見と、公家と武家の間には対立がなかったという見解で一致しています」
「でも、真船さんは朝廷関与説を推すのね」
「少し違いますがそうなります。それは近衛前久の行動を調べる内にそう思えるようなってきたんです。それまでは、朝廷にはそんな力はないと思ってたんだけど……」
「そうなると近衛前久の経歴が気になるわ」

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問題発生!!!

歴史ミステリー小説を順調に掲載してきましたが、ここで問題発生。
文章データはワードの中にあって、これを少しずつ、コピー、貼り付けしてブログに掲載していました。
だが、ワードで作った表がブログに載らないことがわかりました。
おいおい、そんなことも分からないのか、と突っ込まれそうですが……。
何かいい方法はあるんですか?
小説を載せるにもこの表がないと、何を書いたのか分からなくなってしまいます。
いい方法があれば教えて頂きたいのですが……。

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すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

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消えた二十二巻

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