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徳川埋蔵金伝説を検証する。「週刊 歴史のミステリー」第6号から、

前回の続き。

デイアゴスティーニ「歴史のミステリー」第6号の「語り継がれる伝説」から「徳川埋蔵金伝説」が取り上げられていたので、ここでは少しだけ検証していきます。

ページ数にして、3ページ。項目は4つとなっています。

1、「徳川埋蔵金伝説」のあらましから説明しています。
『1858年、日米修好通商条約を締結させた井伊直弼は、日本の金銀が海外に流出することを恐れ、これを一時的に疎開させることにした。この命を受けたのが小栗忠順である。1864年ころから江戸城開城の1868年までの間に、小栗は幕府御用金を持ち出すことに成功した。このころ現群馬県渋川市あたりの利根川から、大きな荷物を運び出す武士の姿が見られようになったという。これが徳川埋蔵金伝説となる』ということは、小栗忠順首謀説を取っていることになります。

2、「江戸城金蔵から消えた御用金」
幕府に金があったのか、なかったのかを検証しています。
伝説では、総額360万両(現在の金額で100億円)が埋蔵金として隠されているといわれている。しかし当時、幕府にそんな大金が残っていたとはおもえない。では、通説のとおりに江戸城開城時に御金蔵には1両も残っていなかったとなると、これもまた疑わしい。
この本では、「大坂城の御用金」「金座・銀座の貨幣および金銀地金」「慶喜が水戸に運んだ2万両」「町奉行などの塵金」などを挙げて、江戸城に全くお金が残っていなかったということはないだろう、としている。となると、それらの金はどこに消えたのか、という疑問が残ることになる。

3、「本命の赤城山麓は穴だらけ」
赤城山埋蔵説の解説。幕末から昭和までの伝説の経緯を載せている。
またこの本では、某番組の地元出身コピーラーターが云々と書かれていますが、これは当然、TBSテレビの番組「ギミア・ぶれいく」赤城山埋蔵金伝説シリーズのことであり、糸井重里ということなる。
「ほとんど土木作業となっている」と糸井本人が言っているほどで、その様子は本人のホームページに出ています。http://www.1101.com/treasure/1999-12-15.html

で、本がこれ、糸井重里著『あるとしかいえない』 (集英社)。
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この本の中では「徳川埋蔵金」をテレビでやる切っ掛けとなったのが、「酒飲み話から始まった」という驚がく的事実が書かれています。

以下引用。
『……1990年6月に放送されたもので、最初は超能力者が徳川埋蔵金を探すという内容だった。当時のチーフPだったS氏は、アメリカの有名な超能力者を起用して特別番組を手掛けていたが、スプーン曲げ以外のやり方で超能力を表現できる番組はないかと考えてたのだ。「超能力を使って埋蔵金を探すという話は、PだったK氏と一緒に飲みに行ったときにたまたま思い付いたことなんですよ。まあ飲み屋での馬鹿話っていうか、そういうのって面白いじゃなかというたわいもない話でね。でもK氏がそりゃいけるかもしれないってTBSのS氏に提案したんです」と番組制作会社のDが言ったというのである。この埋蔵金の企画が、六本木のミニクラブで酔っ払いの思いつきで始まったのは、いまでも有名な逸話である。しかも赤城山を選んだのも埋蔵金を掘っている話を聞いていてこれも思いつきに近いという』

まあ、こんな感じで始まったテレビの徳川埋蔵金シリーズなので、「ないとしかいえない」。



4、「最終埋蔵地は赤城より北方か?」
ということで、まず「赤城山埋蔵説」を否定したあとに、埋蔵金研究の第一人者・畠山清行の説を載せています。
「赤城山より北の旧三国街道(国道17号)や旧沼田街道(国道120号)沿いあたりの永井宿跡で、発掘調査をした結果、90mの横穴を見つけた。このことから、そこに埋蔵金が隠されているのではないかと推測している。
また、他に日本トレジャーハンティング・クラブや埋蔵金研究家が注目しているのは、猿ヶ京周辺、旧子持村上白井の山林、片品村北部の金井沢金山跡などである。これらがすべて、群馬県北部となっているのが特徴。

で、今号のネタ本は「謎解き 徳川埋蔵金伝説」八重野充弘著(二見書房)であり、すべてがこの本にあるものです。
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この本、「徳川埋蔵金」のことが詳しく載っていて、「赤城山埋蔵伝説」の経緯などは、私も参考にさせていただきました。
画像の本もよく見るとボロボロです。

で、私の説となるわけですが、もう何回も書いているので、ここでは割愛。
書いたのは、「デマ、噂の真相シリーズ」。ここでは、「徳川埋蔵金」と「木村拓哉の太田市に引っ越してくる騒動」とを無理やり結びつけて、「群馬英語アカデミー」や「英語教育」を批判した記事を書いています。これは徳川埋蔵金伝説のダイジェスト版。

それより詳しく書いたのが「東毛奇談 第6章・徳川埋蔵金のこと」です。
なぜ埋蔵金伝説が広まったのか、徳川御用金はどこに行ったのかを超詳しく書いております。「徳川埋蔵金」についてのブログ等では一番多い文量だと自負しております。
興味のある方はどうぞ。
でも、これ、一言でいえば、「徳川埋蔵金伝説の大元が「勝海舟」であった」という説。
この説を出しているところは他には見かけないので、かなり異説であることは間違いないでしょうが……。(ただしトンデモ説ではない)

というわけで、次回は、「ハローバイバイ関の都市伝説」の中にあった徳川埋蔵金伝説を検証します。





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「週刊 歴史のミステリー」第6号

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目次

歴史検証ファイル   日本を襲った元寇の真実
           ナポレオン病死の真相
遺跡に眠る謎     イースター島・モアイ像
疑惑の真相      坂本龍馬暗殺の黒幕は薩摩藩だった!?
芸術の裏側      「叫び」エドヴァルド・ムンク
語り継がれる伝説   徳川埋蔵金伝説
人物再発見      ヘンリー・フォード


日本を襲った元寇の真実

概要「日本が被った最初にして最大の国難といわれる「元寇」。その勝因は「神風」によるものだったのか」を検証。

元寇……高麗を完全に征服した元は日本をも服属させようと企図し、元の世祖(フビライ=ハン)は数次にわたって使を日本に派遣し入貢を求めたが、時の執権・北条時宗に拒否されたため、征東行省を設け、1274年(文永の役)と81年(弘安の役)の2回九州に来寇した。前者は高麗兵、後者は南宋征服ののち、中国の降兵を利用したが、九州・四国の武士の激しい防戦と台風にあい大敗した。3回目は、フビライの死によって中断された。特に第2回目は、農具等を多く積んでいたことなどから、日本への移住を考えた作戦であったとも推察されている。
<世界史辞典より>

この本では「日本来襲の目的は何だったのか?」「北条時宗は元寇を想定していたのか?」「文永の役で元軍が敗れた理由は?」「弘安の役で日本軍はいかに戦ったのか?」「日本軍の勝利は神風によるものだったのか?」を検証している。

結論としては、元軍の大敗は、台風などの気象現象よりも、元軍側の諸問題にあったということです。
「神風」については、国威発揚を狙ったもので、大正時代から盛んに言われるようになったということである。
歴史ミステリーというほどのものは載ってませんでした。元寇を手堅くまとめた内容。


ナポレオン・病死の真相

「ナポレオンは胃ガンを患わっていたのか?」「体調が突然悪化したのはなぜか?」「検出された砒素が物語る真実とは?」「ナポレオンの死を望む人物はいたのか?」これらからナポレオン暗殺説を検証しています。

ナポレオンは胃潰瘍で死亡したという説が通説となっていますが、毒殺されたのではないかという説が根強くある。
中でも「ヒ素による毒殺説」が主流です。この本ではステン・フォーシュフットの説を載せている。
また、桐生操著の「ナポレオンは殺された」、ルネ・モーリ著「ナポレオン暗殺」、「ナポレオンの謎は解けた」、倉田保雄著「ナポレオン・ミステリー」などから、ナポレオンに毒を盛って殺したのは、モントロンという上流貴族である、と結論付けている。

またナポレオンの遺体はすり替えられているという説もあり、ここではレティフ・ド・ラ・ブルトンヌ著「イギリス人よ、ナポレオンを返せ」の説を紹介している。

また今号には載っていないが、去年のニュースに、この件に関連する記事が出ていた。

『ナポレオンのデスマスクは偽物?実は執事長では  時事通信2007年8月19日

「18日付けの仏紙リベラリオンは、パリ市内の軍事博物館に展示されているフランス皇帝ナポレオン1世のものとされてきたデスマスク(死亡時の顔の像)が実は偽物で、ナポレオンで執事長のものだった可能性があると報じた。
歴史家ブリューノ・ロワアンリ氏もAFP通信に対し、1947年~73年にロンドンの博物館にあったデスマスクが本物で、それはその後行方不明になり、2004年にニューヨークで競売に付され、人手に渡ったと話している。
同士によれば、1815年のワーテルローの戦い後、英国人画家が描いたナポレオンの肖像画には、左のほおに傷跡があるが、軍事博物館のデスマスクには傷跡がない。ロンドンの博物館には傷跡があったという。』

また、今埋葬されている遺体は、ナポレオン自身ではないという説が研究者の間で囁かれているという。その中でも突飛な説は、「ナポレオンはセントヘレナ島で死んだのではく、似た人物を代わりに見立て、生き残っていた説」もあるというのだ。

この他にもまだまだ、「ナポレオンの死」に関しては多くのミステリーがあるようです。


『坂本龍馬暗殺の黒幕は薩摩藩だった!?』

「歴史のミステリー」の中では、タイトル通り「龍馬を殺したのは薩摩藩であった」という説を解説しています。
「武力で討幕を進めたい薩摩・長州藩にとって、龍馬が掲げる大政奉還が実現すれば、両藩の大義名分が立たない。龍馬の存在が邪魔になった薩摩藩が見廻組を動かして、暗殺させた」という説だ。

では、人物往来社編の「龍馬暗殺の謎を解く」から事件のあらましを
『坂本龍馬、中岡慎太郎を暗殺したのは、新撰組といわれ、その当時、誰も疑うことはなかった。近藤勇が流山で囚われたとき、土佐の谷干城は、龍馬殺しを自供させようとして、拷問に掛けようとしたほどである。それが見廻組らしいとわかったのは、箱館戦争後、維新政府の軍事裁判にかけられた新撰組残党に龍馬暗殺の鞠問(きくもん)があり、その供述からである。同じく囚われていた元見廻組肝煎、衝鉾隊(しょうほうたい)の副隊長であった今井信郎が、龍馬、慎太郎殺害の嫌疑により、兵部省事務局糾問所で取り調べられ、その供述によって、はじめて見廻組の犯行と分かった』
龍馬を斬った実行犯は見廻組であったというのが大方の意見ですが、では「誰が」となると確定されていない。見廻組だとすれば今井信郎、佐々木只三郎、桂早之助などのいずれかの者となる。また、他の説となると、新撰組の原田左之助、富山弥兵衛、薩摩藩の中村半次郎、紀州藩の三浦休太郎、などが挙げられる。またその他に、雇われた刺客ではないか、という説を取れば、誰が龍馬を斬ったのかますます分からないでしょう。

ではそれを指示した「黒幕」となると、これも諸説あって、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、土佐藩の後藤象二郎、公家の岩倉具視、紀州藩、または薩摩藩と見廻組を結び付けた元新撰組参謀・伊藤甲子太郎などが挙げられている。
だが、近年ではこの本のように、「薩摩藩・西郷隆盛黒幕説」が有力となっているようだ。

いくつか、サイトを探してみたが、「坂本龍馬暗殺ミステリー検証」http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Vega/8361/honmei/riyhoumaansashu.html がまとまっていた。

また、中岡慎太郎の暗殺が主で、坂本龍馬が巻き添えを食ったという説もあったが、これも検討の余地がありそうだ。

さてユーチューブで「龍馬暗殺の場面」の映画、ドラマが多数あった。その中でアニメの「お~い竜馬・最終回」が、雰囲気が出ているので、載せておきます。



そして、問題の『徳川埋蔵金伝説』です。


この「歴史のミステリー」では、赤城山埋蔵説を否定し、更に北の三国街道沿いの永井宿あたりにあるのではないか、という説を載せていました。

おっ、そう、来たか!

ふ~ん。まだ「ある」と信じているんですね。ただ「赤城山」から場所を変えただけの説ですけどね。

さてさて、この「徳川埋蔵金伝説」は、別項でじっくりと検証します。

「歴史の話なんて全部ウソ、司馬遼太郎の話もや」島田紳助の暴言に激怒

これは酷い。
テレビを見て激怒しました。
島田紳助が言ったことはあまりにも許せない。

番宣にはこうある。
『2月25日にスタートした、日本テレビ系「人生が変わる1分間の深イイ話」(月曜後9・0)は、聞けばものの見方、考え方が変わるかもしれない「中身が深い話」「いい話」、略して「深イイ話」を1分間にまとめ、VTRで紹介するバラエティー。取り上げる話は、雑学、名言、感動エピソードなど。紹介後、スペシャルコメンテーターの島田紳助や10人のゲスト審査員、司会進行の羽鳥慎一アナが「深イイ話」かどうかを判定し、各自が独自の解釈を加えたりしてトークを繰り広げる。』

私が怒ったのは、この番組の中で「石田三成・処刑寸前のエピソード」を取り上げたときのこと。このとき島田紳助が「これは嘘くさい話だ」といって、これをネタにして笑い話にしていた。「石田三成が干し柿を食べるか」とか「介錯する侍が干し柿なんか持っているか」とかいって、散々話を膨らまして、最後は面白話にすり替えてしまいました。

そして「司馬遼太郎の話や歴史の話は全部ウソだから信用できん」と言い放った。

これは許せん。

まず、この逸話どこかおかしいと思って調べてみたら、
『三成は処刑される寸前、喉が渇き護衛兵に水を求めた。しかし水はなく、代わりに柿で我慢しろと護衛兵は答えた。
三成は柿だと腹を壊すと言い、柿を拒む。御衛兵は、これから死ぬ人間が腹を壊す壊さないなど関係ないと言って嘲笑った。
すると三成はこう言い放った。死ぬ直前まで家康の命を狙ってるのに、もし腹を壊せば、殺せるものも殺せなくなると』
番組では「三成が水を求めるところ」が省略されて紹介されていた。だから唐突に干し柿が出てくるとおかしな話になってしまうわけです。
それに、島田紳助は「干し柿」が戦国時代の武士の保存食だと知らずに話を進めているから、もっとおかしなことになっている。隣にいた進行役の局アナ(おまえはお飾りか) からも、そのあたりの説明がないので、どうしてそれが「いい話」なのかが全く伝わってこない。
で、ここで「干し柿」の説明
『16世紀には、城の回りに柿の木を植えて、干し柿を作り、兵糧攻めにあったときなどの武士の保存食として用いていました。ところで、世の中が戦乱に明け暮れた戦国時代。 武士たちの携帯食には「干し柿」がよく使われていました。甘味があって力の源になる上、長い間保つからです。 しかも、戦(いくさ)が長い年月にわたる場合は、武士たちは柿の穂木を持って戦地におもむき、戦の合間に接ぎ木して育て、干し柿によい品種を増やしたといいます。』
(柿にまつわるおもしろ雑学より)
http://archive.mag2.com/0000061969/20040110050000000.html?start=40
つまり「戦時」であり、武士たちは懐に干し柿を持っていた、ということになる。このくらいの説明がないと、なぜ「干し柿」なのかが分からないでしょう。
それに、「なぜ三成が死ぬ間際になってそんなことを言ったのか」という解説もない。
それがないと、ただのアホな話になってしまう。だから、歴史的知識のないタレントたちには、どこがいい話なの、って首を傾げられることになってしまうのだ。
私的に解釈すれば、生き残った豊臣方の武士たちに、不屈の意志を示したということなる。「俺は死ぬが、家康打倒の精神を受け継いでくれ」というメッセージが込められているはずなのです。
テレビ番組の作家ならもっと上手い表現が書けるはすです。こういった解説がないから説明不足になっているのです。
また司会者ならそのくらいのコメントがあるべきですが、島田紳助本人に「歴史ものの逸話はすべて嘘だ」という意識がある以上、それを求める私の方が間違っているのかもしれませんが…。
でも、島田紳助の歴史の逸話に対する認識は間違っていると思います。
逸話として後世に伝わっているものは、残るだけの意味がそこに秘められているからなのです。歴史の逸話というのは、その人物が何を言った、何をしたという表層的なことだけではなく、なぜそんな言動をしたのかという深い真意を読み取ることが重要なはずなのです。
この番組で言っているように、すべてを面白話に転換することではないはずです。「干し柿を持っているのがおかしい」とか「みんなが見ている前で干し柿は食わない」とか低レベルまでに次元を落としてしまうのは、この逸話の真意を見抜いていないからです。特に、歴史の逸話を取り上げるときは、そのくらいの読みがなければ「深イイ話」なんて出来るはずはない。

本来、それをするのが司会者の仕事であるはずでしょうが、島田紳助にそういったことができるはずもない。だったら、番組内容を変更してヘキサゴンみたいにおバカの相手でもして、アイドルの品定めでもさせおいた方がいい。

また、この後に、ロバート・ケネディの逸話が紹介されていたが、これもゲストのコメディアンらの頓珍漢なコメントばかりで、いい話もぶち壊しとなっていた。
それに、他のエピソードでは「富士山を登山する人の気持ちが分からない」「山登りのどこが面白いんだ」って言い始めた。これはまずいと感じたゲストタレントが、フォローを入れたが、「フン」って鼻で笑い、アホかって感じで「分からへんな」って続けた。
まあ、金儲けの話にしか興味のない島田紳助にとっては、「登山者」の崇高な気持ちなんて分からないでしょうよ。
すべてが、こんな感じで、いい話も自分のフィールドに持っていって、自分にとって都合のいい面白話にしてしまうのだ。
これじぁーいい話でも深い話でもない。「いい話」も島田紳助のトークのネタでしかないんですよ。まあいってみれば「深い話」ではなく、「不快話」になっている。(念のため、「ふかい」を掛けています)

以前にも書いたけど、歴史上の人物をこういったバラエティで取り上げると、必ずこういったお茶らかしに使われるのが、どうも許せない。関連記事
やるんだったら、「歴史物」を抜いて下さい。
それに、司馬遼太郎をウソつき呼ばわりする奴に、歴史を語って欲しくないですね。まあ、あまりにも耐えきれず、すぐにチャンネル替えましたけど。

あと、アンパンマンの歌の歌詞が深いといったこともやったらしく、早速、「アンパンマン考」にアクセスが来ています。どうぞアンパンマンがどれだけ深い話かを読んでください。
ちゃんと歌詞も載せてありますので。

大体1分で、深い話なんてできませんよ。





「あたご」と愛宕神社。

朝からテレビをつけっ放ししていたら、突然「愛宕神社」の名が出てきて、思わずテレビに見入ってしまった。
俳優・地井武男が東京周辺の街を散歩する番組「ちい散歩」で、愛宕周辺を紹介していた。

去年のこと、愛宕神社へ行こうとしてなかなか見つからず、あの辺りをグルグルうろついたので、「おっ、この辺歩いたぞ」って感じで見ていた。

その時の記事(愛宕神社の由来とか) http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-181.html

そして、愛宕神社から日枝神社までの道順も分からずに神社の方に尋ねた。その方も少しテレビに映っていた。
あのときは大変助かりました、とテレビに向かってお礼しました。(ほんと、歩き回りましたから)

いや、それにしても、愛宕周辺はいいですね。東京タワーに高層ビルに、下町(?)風情の露地もあって、どこか昭和レトロな感じも残っている。地井武男も「異質な風景、そこがいい」って言ってました。

で、「あたご」

最近、なにかと「あたご」の名前がニュース出てくる。
例の「イージス艦衝突事件」である。
事故の経緯とかはここでは書きません。ただ「あたご」という名を自衛隊艦なんかに使うなって、いうことだけを書きます。
名前の由来は、「京都の愛宕神社」から名前を取ったという。(東京の愛宕神社は京都のものを家康が勧請したもの)
愛宕神社といえば、「火伏せ、防火」だから、そのあたりから「防衛」というのを関連付けて
名付けたのだろうか、まあ詳しいことは分からないが……、
そうだとしたらあまりにも安易すぎる。
だって愛宕神社といえば、日本一の天狗が棲み、明智光秀は本能寺の変を起こす前に戦勝祈願をした場所であり、南北朝時代には怨念を残して死んだ後醍醐天皇らが世の中を転覆しよう集まってくる場所である。(細かいことはここで)
そういうことを知っていて名付けたのかな、その辺が実に不可解である。

この事故や名称のこと聞いて、真っ先に思い出したのが、原子力発電所「もんじゅ」の事故のこと。やたら、仏様の名前を使うから、こんな事故が起こったんだという話が当時、話題になっていた。
『「もんじゅ」の名は仏教の文殊菩薩に由来し、同じ若狭湾に面する天橋立南側にある天橋山智恩寺の本尊から来ているといわれる。原子炉の名前を釈迦三尊から取ったことに関しては、すでに運転を終了している「ふげん」(普賢菩薩に由来)と共に仏教関係者などからの批判的意見が多い』(ウィキペディアから)
『かつて、もんじゅの事故の直後、敦賀に住んでいた作家の水上勉氏が、仏教の菩薩の名前を使用している動燃の態度を“不遜”と叱ったが……』(原告団ニュース58号から引用)

つまり、安易に神仏から名前を拝借して、名付けるな、ということですよ。
名前には意味がある、ということ。
あっ、そんなことも少し前に書いたな~。興味のある方はそちらへ。http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-234.html
また長くなりそうなので、ここらでやめておきます。

アカデミー賞、作品賞が「ノーカントリー」に決まった理由。

 第80回アカデミー賞各部門が24日発表され、作品賞はジョエル・コーエン(53)とイーサン・コーエン(50)の兄弟が監督した「ノーカントリー」が獲得した。 同作品は監督賞、脚色賞、助演男優賞と合わせ、今回のアカデミー賞最多となる4部門での受賞となった。

主な受賞作

作品賞「ノーカントリー」
監督賞ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン「ノーカントリー」
主演男優賞ダニエル・デイ=ルイス「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
助演男優賞ハビエル・バルデム「ノーカントリー」
主演女優賞マリオン・コティヤール「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」
助演女優賞ティルダ・スウィントン「フィクサー」
長編アニメーション映画賞「レミーのおいしいレストラン」
美術賞「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」
撮影賞「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
衣装デザイン賞「エリザベス:ゴールデン・エイジ」
編集賞「ボーン・アルティメイタム」
外国語映画賞「ヒトラーの贋札」
脚色賞「ノーカントリー」
オリジナル脚本賞「JUNO/ジュノ」
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と「ノーカントリー」の一騎討ちと言われていたが、「ノーカントリー」の圧勝となった。

さて、TBSラジオ「ストリーム」の「コラムの花道」のコーナーで、アメリカ在住の映画評論家「町山智浩」が今回のアカデミー賞を総括していた。
その中で「ノーカントリーが受賞することは事前に決まっていた」と言った。
その理由は、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と「ノーカントリー」の制作が同じミラマックス社であり、プロデューサーがスコット・ルーディンと同じであること。となれば、映画界で先輩にあたるジョエル・コーエン、イーサン・コーエンを先に受賞させようという意向が製作者側にあったという。
ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン作品は今までに「ファーゴ」「バートンフィンク」など評価の高い作品はあるが、まだ作品賞、監督賞は取っていないからだ。
まあ、凄い読みですね。

私は、ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン兄弟作品の中では、「未来は今」と「赤ちゃん泥棒」がコメディタッチで好きでした。
今度の「ノーカントリー」はどうやらネガティブで深刻な話らしい。町山智浩も「アカデミー賞向きの作品ではなく、ラストもパンフレットを読まないと分からない内容」となっているらしい。

さて残念なのは「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の監督「ポール・トーマス・アンダーソン」。
私は、この人の作品が大好きで「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」もいいですが、1970年代の米ポルノ業界の内幕を描いた「ブギーナイツ」は傑作ですよ。(ただし万人受けする作品ではありません)
ただ今回の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は内容がハードで陰惨な物語らしい。
まあ、それでも早く見たいな~。

それにしても、なんで、アカデミー賞の放送って「WOWWOW」の独占放送なの?
これを有料放送でやるのはおかしい。
こういった映画作品でないもの独占して、スクランブルをかけて見せないようにしておいて、見たい人は契約して金払えみたいな商法は、あまりにもケチくさいぞ。
こういうときにこそ無料放送にすればいいのに……。

こういうときに分かるテレビ局の品格   市川崑追悼番組

映画界の巨匠市川崑が亡くなって1週間以上経った。
テレビ局各社がどのような追悼番組を放送するか、注目してみた。(関東の話)

NHKの教育テレビは、市川崑を特集していたドキュメンタリーを再放送していた。
またNHK・BSの方では「細雪」を放送。
一番早かったのがフジテレビの「ビルマの竪琴」、土曜の午後で、3時間放送。
TBSは「犬神家の一族」を月曜の9時から放送。
テレビ東京は金曜の昼から時代劇ドラマ「赤西蠣太」を放送した。
朝日テレビは何もしないのかと思っていたら、BS放送の方で、既に土曜日の夜に「どら平太」を放送していたらしい。

さて、日本映画界にとって重要な人であり、後の映像作家に多大な影響を与えた人物が亡くなっても、何の追悼番組を放送しないテレビ局がある。

それは「日本テレビ」だ。

そして、この局は先週「日本アカデミー賞」という映画の賞を放送していた。だが映画の授賞式の中でも、全く「市川崑」の死に触れていない。(もしかしたら、番組の前後で少しくらいは言ったかもしれないが)
先週、日本アカデミー賞がおかしいといったことを書いたけど、下らないインタビューをダラダラ流すよりも、偉大な功績を残した人物の死を悼むといったことがその中にあってもいいはずではないだろか。この授賞式に出席している人たちは、日本映画界に身を置く以上、何らかの形で市川崑の影響を受けているはずだから。俺は影響を受けていないなんて言う奴がいたら、そいつは映画界から消えた方がいい。
アメリカのアカデミー賞では、必ず、前年に亡くなった映画人の映像が流され、哀悼の意を込めて、皆が拍手で送る。
売れっ子のハリウッドスターたちも、過去の映画人の死を悼んで拍手を送るという姿は、なかなかいいもので、私はいつもここで感動してしまう。こういった形で、次の世代に映画界は引き継がれていくんだなあ、って感じがして、実にいい。
だが、日本アカデミー賞にはこういったものが全くない。だからどこか品位がなく、また権威も感じられないのだろう。
そして、そんな映画賞を主催する日本テレビだが、市川崑の追悼番組を流す気配がない。この局のしていることといったら、東京国際マラソンで女子アナを10人以上走らせて喜んでいるくらいだ。ここからまた、どうせ下らない感動の安売りを始めるんでしょうけど。


「まあ、そんなことどうでもいいじゃん」って言う人もいるでしょう。
でも、こういう時に分かるんですよ、
その局の対応力が。
バラエティー番組ばかりで品格のないと思っていた「フジテレビ」が、(そんなところが好きなんですけどね) 真っ先に、土曜の夕方の三時間も使って、「ビルマの竪琴」を放送するというは驚きでした。これだけ素早い対応を見せたわけですから、それは凄いことでしょう。これは、市川崑の強力な信奉者が局内にいたのか、それとも「ここは偉大な映像作家への敬意を示すべきだ」といった気骨のある人がいたのか、あるいは「木枯らし紋次郎」のときお世話になった人が偉くなっていたとか、まあ、何らかの動きがあったに違いない。(勝手に想像で書いてますが)

それに引き替え、日本テレビは。
本当に何もしないのか、
いいのか、それで……。
たしか、日本テレビ制作の「四十七人の刺客」があるはずだろう。
いや、映画じゃなくたっていい、ちょっとした追悼番組を流したっていいじゃないか。
別にゴールデンタイムに放送しろとは言わない。再放送のドラマだらけの平日の昼だっていい、スカスカの中身のない番組だらけの深夜だっていい、時間は空くはずでしょう。
テレビ局として、敬意を表するという態度があっていいと思うんだけど。
だって、他の局は何らかの形でちゃんと追悼番組を組んでいるんだから……。

「大統領は私が撃った! JFK事件45年目の衝撃 」

2008年2月21日(木)19:00~20:54 日本テレビ系列で
「大統領は私が撃った! JFK事件45年目の衝撃 」という番組が放送された。

丁度「週刊 歴史のミステリー」第5号でも「ケネディ暗殺の真相」という特集があって、タイミングがとてもよかった。
もしかして、連動しているの?それとも、新しいムーブメントが起こってるの?

で、早速、番組を見てみた。

日本テレビ「モクスペ」ホームページから番組案内などを引用http://www.ntv.co.jp/mokusp/contents/080221.html


今から45年前、アメリカ第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ ケネディ(通称JFK)がダラスをパレード中に凶弾に倒れました。
事件は全世界に衛星中継され、世紀の暗殺事件として歴史の1ページとなりました。
犯人は、リー・ハーベイ・オズワルドで、単独犯行といわれてきました。
しかし、その歴史を大きく覆す告白証言が、事件から45年の歳月を経て突然、事件の闇の中から出現しました。
「オズワルドは、狙撃に加わっていない。狙撃者は3人。最後に撃った オレの弾丸(タマ)がケネディに命中したんだ。」
この衝撃証言したのは、現在別の事件で終身刑を受け服役中のジェームス・ファイルズという人物。
私たちはこの情報をあの映画「JFK」の原作者から入手したのです。
しかもまだ一度もアメリカのメディアに公開されたことのないファイルズの告白VTRも存在していました。
ファイルズとはいったい何者なのでしょうか?どんな意図が あって45年もたった今、告白したのでしょうか?
もし彼の証言が真実だとすれば、世界の歴史が塗り変わることになるメガトン級のスクープです。
これまでJFK暗殺事件については、事件犯人が誰かというシンプルな疑問を大きく脱線し、背後で事件を演出した黒幕探しに終始してきたように思えます。
番組では、事件から45年という節目に改めて原点に立ち返り、「ケネディを撃ったのは誰か」という1点に徹底的にこだわりました。そこには驚愕の真実の数々が隠されていました。


■番組の5大スクープ
(1) 世界未公開映像!真犯人を名乗るジェームス・ファイルズの告白テープ その衝撃の中味を徹底分析。
(2) 事件の一部始終を記録した警察無線音声テープを入手!最新の音響科学解析によって浮かび上がってきた衝撃の新事実。
(3) 犯人に断定されたオズワルドの無実を証明する3つの証拠。
(4) 刑務所に服役中のファイルズに接触成功!ファイルズが肉声で語った犯行の動機とは
(5) ファイルズの犯行を示唆する歯型のついた銃弾(薬きょう)を オランダで発見。


といった内容。でその人物がこちら

jfk1.jpg


では、上記の5大スクープとやらが番組でどうなっていたかを見てみましょう。

(1)ジェームス・ファイルズのインタビューは2003年11月19日、シカゴ・ステートヴィル刑務所で撮られたものであり、自分がケネディを撃ったと告白している。ケネディを狙った人物は他に3人いて、3発の銃声を聞いた後、自分が撃ったもの(4発目)が頭に命中したものだという。撃った場所は教科書倉庫ビルの6階ではなく、ブラシノールの丘、ケネディの斜め前から狙ったことになる。
ファイルズが使った銃は「ファイヤーボール」と呼ばれる短いライフルであった。


(2)事件を調査したウォーレン委員会によると、銃声は3発であると報告された。しかし、護衛の白バイ無線記録に、狙撃されたときの音声が残っていて(白バイ隊員はH・B・マクレーン)、調査すると銃声は4発ある。
番組では暗殺の目撃者、ローズメリー・ウィルス(赤いスカートの少女)がインタビューに答え、銃声が4発あったと証言している。

(3)ファイルズの証言によると、オズワルトはただの案内役であり、事件のときは一発も撃っていないという。理由は3つ。①ライフルを撃てば、顔や体にも硝煙反応出なければならないのに、逮捕後の検査では、オズワルトは両手にしか硝煙反応が出ていなかった。②5,6秒に3発も撃つことは難しい。③オズワルトはマフィアから雇われたファイルズの案内役でしかなかった。

(4) 電話でのインタビューに答えたファイルズだったが、「犯行の動機とは」という問いには、チャールズ・ニコレッティという人物に頼まれたから引き受けた、ただの仕事だったという。また、この仕事を指示した人物については名前を明かさないし、その理由も明瞭ではない。では、なぜ今頃になってこんなことを告白する気になったのかといえば「事実を言いたかった」というだけだった。

(5)1988年グラシノールの丘で、住民が薬きょうを発見した。その薬きょうには人間の歯型がついていた。ファイルズは薬きょうを齧るのが癖であり、暗殺事件のとき確かに現場に置いてきたと証言していた。
この薬きょうは現在、オランダのケネディ研究家のウィム・ダンクバーが所有している。

と、こんな感じの内容でした。見ているあいだは面白かったけど、見終わったあとに何か物足りないものを感じた。
CIA関与説とか、ソ連陰謀説とか、FBI関与説とかそういった陰謀説を取り上げているのはなく、実行犯、狙撃した人に焦点を絞った内容だったからか。
私としては、誰が撃ったとかではなく、どういった陰謀だったのかが知りたいところなんですけどね。どうせ証言(告白)するなら、裏で指示した人物の名前を明かせばいいのに……。
それに、本当にこの人が暗殺犯だとしても、どうも釈然としませんね。証拠が少ないし、証言もどっかで聞いたようなことばかりだと思う。それに最大の証拠である薬きょうが、25年も経ってから発見されるってどういうことなの? グラシノールの丘が怪しいって、事件当時から言われてきたことなのに、そんな重要なものが誰も見つけられなかったって、どういうこと?
大体、狙撃した実行犯が今も生きている自体がおかしい。真っ先に殺されてもおかしくないはずだ。マフィアってそんなに甘くないはずでしょう。

さてJFK暗殺に関する公的資料は2039年まで封印されているという。
それまで真実は明かされないということなのか。
それまで私は生きているかわからないですけどね……。
とりあえずは、もう一度、映画「JFK」と「ボビー」でも見ようかな。

週刊「歴史のミステリー」第5号

「歴史のミステリー」第5号
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目次
歴史検証ファイル    「真珠湾攻撃は奇襲だったのか?」
               「ケネディ暗殺事件の首謀者は誰だったのか?」
遺跡に眠る謎      「モヘンジョダロ・謎の爆発で滅亡したインダス古代都市」
疑惑の真相       「タイタニック号は沈没していなかった!?」
芸術の裏側       「大威徳明王像・運慶  秘密の文書が隠された幻の木像」
語り継がれる伝説   「かごめかごめ  わらべ歌に秘められた本当の意味」
人物再発見       「徳川家康  不老不死をめざした薬マニア」


「真珠湾攻撃は奇襲だったのか?」
「1941年(昭和16年)12月7日午前6時、日本はハワイの真珠湾を急襲し、アメリカの太平洋艦隊に大打撃を加えた。この真珠湾攻撃は、開戦通知がなされる前の攻撃として「だまし討ち」とされたが、果たして真相はどうだったのだろうか?」ということを検証しています。

「アメリカは攻撃を予測できなかったのか?」「宣戦布告はなぜ遅れたのか?」「日本の暗号は解読されていたのか?」「真珠湾攻撃は成功だったのか?」を考察。
結果は、アメリカ大統領ルーズベルトは、事前に日本軍がハワイを攻撃することを事前に知っていて、この真珠湾攻撃によってアメリカ国民の反戦ムードは一気に払拭され、アメリカが参戦する切っ掛けを作ったということだ。このあたりが詳しく解説してありました。


「ケネディ暗殺事件の首謀者は誰だったのか?」

「1963年11月22日、アメリカのケネディ大統領が、遊説先のダラスで暗殺された。事件の調査にあたったウォーレン委員会は、暗殺直後に逮捕されたオズワルトによる単独犯行との結論を出した。だが、そこにはあまりにも多くの矛盾、疑問が残されていた。」
「暗殺事件は本当に解決されたのか?」「ケネディを射殺したのはオズワルトだったのか?」「犯人は見知らぬ男に射殺されたのか?」「事件の背後に潜む存在とは?」を検証。
この本では結果として「CIA関与説」を取っています。

さて、それ以外にも、ウッキペティアの「ケネディ暗殺」の項目に詳しく載ってました。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E6%9A%97%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
『「軍産複合体の意を受けた政府主犯説」、「サム・ジアンカーナを中心としたマフィア主犯説」、「フルシチョフの命を受けたKGB主犯説」、「フィデル・カストロ主犯説」、「ピッグス湾事件の失敗を恨む亡命キューバ人主犯説」、「解任されたことを根に持った元CIA長官のアレン・ダレス主犯説」、「FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァー主犯説」、さらには「大統領の座を狙ったジョンソン主犯説」から「大統領選挙で負けたニクソン主犯説」など、今日までに多くの仮説が提示されている。全体的にはCIA、FBIを実行部隊にした政府内部の犯行であるとする説が多い。 また、ベトナム戦争撤退した場合戦争需要の激減を恐れた軍産複合体と、ケネディの下で働くことがプライドとして我慢できなかったとされるジョンソン、後にウォーターゲート事件を起こすニクソン、FBI、CIAが関係して実行したという、批判勢力連帯説も有力である。』


私は、「JFK暗殺」のみではなく、この数年後に暗殺された弟のロバート・ケネディとを合わせて考えるべきだと思う。
2人が暗殺されたという所に、暗殺者に何らかの思惑があったと睨んでいい。
2人の兄弟が殺されたことはどこかで密接に絡んでいるはずなのだ。
私はケネディ兄弟の暗殺事件の話を聞くと、どうしても「本能寺の変」が思い浮かんでしまう。
なぜか自分の中では重なるのだ。
本能寺の変のとき織田信長が殺されたが、このとき嫡男の信忠も殺された。信長が殺されたことばかりが注目されるが、このとき、息子の信忠も殺されたことにも注目すべきなのだ。同じ政治思想を持つ者、強烈な指導者の後を引き継ぐ継承者も殺されたという点にこそ、謎を解くカギがあるような気がしてならない。
それがケネディ暗殺にも重なる。
兄のジョンを殺しても、弟のロバートが生きていれば、その政治思想は受け継がれる。
父信長を殺しても、後継者である息子の信忠が生きていれば、その政治思想は受け継がれる。
つまり、ともに生きていていては困ると思っていた人物が、彼らを殺したということではないのか、ということ。
と、ここでグダグダ書いても仕方ないですね。

まあ、ケネディ暗殺については映像で見た方が早そう。多くのドキュメンタリー番組もあるし、映画では「JFK」「ダラスの熱い日」などがありますから。
あと、オズワルトを殺したジャック・ルビーを主人公にした映画もありました。「ジャック・ルビー」(1992年、監督ジョン・マッケンジー、出演ダニー・アイエロ)  かなり昔、見たんですがストーリーはあまり覚えていません。ただ他のケネディ暗殺関係の映画と合わせて見れば、参考になるかもしれません。(DVDがあるかどうかは分かりませんが)

「タイタニック号は沈没していなかった!?」
「1912年 当時世界最大の豪華客船「タイタニック」が、北大西洋ニューファンドランド島南東沖で氷山に激突して沈没。1500人以上の犠牲者を出す大惨事となった。」
だが、このとき沈没した船はタイタニック号ではなく姉妹船の「オリンピック号」であった、という説。この説は何度かテレビ番組でも紹介されたもので、知っている人も多いと思う。

「大威徳明王像・運慶」
「2007年3月、神奈川県横浜市の称名寺光明院の「大威徳明王坐像」が鎌倉時代の仏師・運慶の作であることが分かった。この坐像の解体修理のために行われたⅩ線撮影によって納入文書が発見され、これにより運慶作であると判明したのだという。」
そして最近こんなニュースが、
「文化財未指定「運慶」、米で競売へ…海外流出の恐れ
 鎌倉彫刻を切り開いた巨匠、運慶の作と見られ、2004年に初めて紹介された木造大日如来座像(個人蔵)が3月18日、米ニューヨークで開かれるクリスティーズ社の競売に出品されることが分かった。 売却の際に国への申し出が必要な重要文化財などに指定されていなかった。落札予定価格は約1億6000万~2億1000万円。日本側から入札がない場合、彫刻史上、一級の重要作品が海外に流出する恐れがある。(2008年2月11日読売新聞)
新聞記事の一面にこの仏像が掲載されていました。珍しいことですね。運慶の作品は少ないということなので、海外に流出なんてことになったら、もったいないことですね。


そして、本号の注目記事は「かごめかごめ」です。
「かごめかごめは、こどもの遊びの一つ(後ろの正面という呼び名もある)。または、その時に歌う歌。
鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、昭和初期に記録された千葉県野田市地方の歌が全国へと伝わり現在に至った。」

多くの俗説を生んだ童謡であるが、この本では「神託説」「弘法大師、呪術説」「日本・ユダヤ同祖説によるダビデの星説」「天海=明智光秀説」などを紹介している。
また一般的には、「遊女説」が有名。
一日中(夜明けの晩に)男の相手をさせられ(鶴と亀が滑った)、いつここから抜け出せるのだろう(いついつ出やる)と嘆いているうちにもう次の相手の顔(後ろの正面だあれ)が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の鳥)の悲哀を表している。
あとは「かがめ説」。
柳田國男「こども風土記」の中で、「かごめ」は「籠目」ではなく、「かがめ」がなまったものだと解釈して、これが通説となっている。

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あとは、関裕二「かごめ歌に秘められた裏卑弥呼」(フットワーク出版)は、結構ぶっ飛んでいて面白かった。ヤマトタケルとか神功皇后とか竹取物語とかいろんなところから引っ張ってきて、自説を展開していていいです。まあ、正しいか正しくないかは別にしても、その論理の展開は参考になります。

それに、「かごめかごめ」が徳川埋蔵金の在りかを示しているといった説がありますが、これはどうにもならない俗説です。特に「ハローバイバイ関暁夫の都市伝説」の中にこの説が載っていて、信じている人も多い。
これについては書こう書こうとしてなかなか書けずに、先に延ばしていますが、次には必ず書こうと思います。
なにしろ「歴史のミステリー」の第6号では「徳川埋蔵金」を検証するらしいので……。
でも今号が「かごめかごめ」で、次号が「徳川埋蔵金」ということは、もしかしてこの2つ結びつけるということなのか?

どういう説が出るか次号が楽しみです。




コンビニ、セブンイレブンの残した功罪。①草津温泉にコンビニ出店。是か非か?

「コンビニ残酷物語」を書こうと思っていたところ、「弁当の廃棄を勧めるコンビ二本部の陰謀」の記事に、現役のセブンイレブンの経営者の方からコメントが届いた。さすがコンビニ経営をされている方なので「なるほど」と思わせるコメントだった。
また、この記事に対しては、環境問題から見た「コンビニ弁当廃棄問題」ということでコメントを頂いた。その中では古館伊知郎の特別番組で地球環境問題の一つとしてこのことが取り上げられていたようで、社会的関心もかなり高いようである。http://blogs.yahoo.co.jp/pcscd431/13100665.html#32749029

そんなときこんな新聞記事を見た。
草津温泉にコンビニエンスストアー進出で論争
『草津温泉の湯畑に面した一角に、コンビニエンスストアのセブンイレブン・ジャパンが出店準備を進めていることが、15日分った。温泉街外周にある幹線道路沿いにはコンビニがあるが、中心部への出店は初めて。「景観が損なわれる」といった住民の声を受け、草津町は同社に出店見合わせを申し入れたが、受け入れられなかった。一方で、観光客の中には「便利になってよい」という声もあり、議論を呼んでいる。
町によると、出店するのは老舗旅館やホテルなどが建つ湯畑の西側。 <中略> 湯畑にはパチンコ店などもあるが、中沢町長はこれらを「日本の温泉の情緒の一角」とし、コンビニについては「非日常を売る場所に、日常的なものを持ち込んでほしくない」と否定的な見方を示す。出店計画は法的な問題をクリアしているため、「これ以上、止める方法がない」と漏らす。<以下省略>  (読売新聞2月16日、群馬版より)』
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画像は草津温泉の湯畑のライトアップ

私がかつて某コンビニ本部に勤務していたことは、何度か書いた。スーパーバイザーといって各店舗を巡回して、経営指導という名の「本部の指示」を守らせる役だった。
その経験から言わせてもらえば、このコンビニ進出は「反対」である。
幹線道路や周辺地域に出店する分には、町の商店の売り上げを食い荒らすこともないから構わないでしょう。ただ、今回のような「草津温泉の中心地へのコンビニ進出」に反対なのは、町側にとって決して「いい結果」をもたらさないと、ある程度予測ができるからです。これは「街の景観という問題」だけではない。

それは、温泉地や観光地の中心部にコンビニが出店すれば、その地域の商業施設は地盤沈下を起こしてしまうということになるからです。

なぜか?

まずこの件を例にしてみましょう。(細かい点は省略します。ここでは大きな流れだけを書きます)
草津の温泉地にセブンイレブンが出店すれば、確実に売り上げの高い店舗となるでしょう。なんといってもライバル店がいない独占状態なわけですから、当然です。それに経験上、こういった観光地のコンビニは売れるということは分っています。観光地それ自体が客の集まる場所であり、観光客にとっても必要なものが揃っているので、黙っていても客は来ます。(日用品を売る店は観光地には少ないということもある)
しかも24時間営業なら尚更でしょう。こういった観光地の商店は早くに店を閉めてしまうが、ジュースや酒、お菓子などを求める観光客は多く、かなりの需要があることは確実だからです。よって夜間の売上も期待できるでしょう。
そうなると、こんな「おいしい場所」を他のコンビニ業者が黙っているはずはない。他の企業が進出してくるのは確実です。それまで、出店を渋っていたのは、地元住民の反対(草津温泉のように)などが出てくるのを恐れていたり、良い物件が空かない(昔ながらの観光地は商店同士の横のつながりが強いため新しい企業が入りづらい)などの諸事情があってのことだ。
ただその地域に1店でも出店すると、次々にコンビニが出来てくるのです。(これには原則がありますが、この点は後で書きます)
ファミリーマート、ローソン、いや群馬なのでセーブオンも出てくるでしょうか。観光地側もセブンイレブンの出店を許したのに、他の企業のコンビニ出店を拒否できないでしょう。
それに、ライバル企業同士だけの戦いではありません。セブンイレブンも商圏が重なるような場所に、わざと2号店を作ったりして、同じセブン同士での商圏争いも始まるんですよ。(ここが、本部が儲かる仕組みになっている。この辺りも後で書きます。) それはもう、まるで病原菌のように街の商圏が蝕ばれていくのです。

そして、始まるんですよ。セブンイレブンによる破壊が……。

周辺地域を囲むように続々とコンビニが出店してくると、もう、一般の商店なんて歯が立たない。これにあわせて回りのみやげ物店や食べ物屋の売上が食われていくんですよ。これによって今まで、酒、飲み物など自販機で売っていた物の売り上げは減る。(自販機の売り上げは小店舗にとって重要なもの)、小腹がすいたといって、観光地でラーメンを食べたりしていた観光客が、コンビニのおにぎりなんかで済ませてしまうことになる。それによって食べ物屋の売上も減っていく。(こうなると、自分の家にいていつものように間食を食っているのと同じことになるわけで、観光地へ旅行した意味がないのだが……)
そして、進出したいコンビニ本部がすることというのは、目ぼしい商店主をけしかけてコンビニ店に改装させることなんですよ。これが一番手取り早い。特に酒やたばこの販売免許を持っている商店が狙われる。
そして、夢と希望を持たされたコンビニ店主の「残酷物語」が始まるわけです。
だが、最後には、身も心もボロボロになって、自分の店をコンビニ改装したことを後悔して、店は潰れていくんことになる。(これは後で書きます)

そうなると、必然的に、これら在来の店は営業を辞めて、閉店される店が増えていく。観光地にあった個性ある店も、閉店してしまえば、残るのは大手のコンビニだけという状態になるのです。シャッターで閉まった虫食い状態の観光地になれば、他の田舎町の商店街と変わらないことになっていくのです。「街の景観」という点から言えばこれほど無残なことはないでしょう。
そして一方では、売上の食い合いをしたコンビニ同士の争いもあって、負けたところは撤退していくことになる。(これは売り上げが減るといったことだけではなく、店舗のオーナー問題で撤退していくことも多い)。そして結果、残るのはセブンイレブンだけ、という状態になる。
かなり大雑把に書いているが、これは本当にあることなのです。
私は、商店街に次々とコンビニが進出して、どんどん商店が潰れていく様を見てきた。
現実に田舎の商店街に起こっている、よく見かける光景なのです。

それだけに、今回の「草津温泉にコンビニ進出」はとても気になる問題です。

そして、いま話題になっている「コンビニ24時間営業問題」のことですが、これにも「セブンイレブンの罪」の一つなのですが、

これは、次回に書きます。

日本アカデミー賞はおかしい。

速報
最優秀作品賞が「東京タワー」って、ありえない。

無難にいけば「それでも僕はやってない」だろう。

大体、ノミネートされた作品がおかしい。
「それでも僕はやってない」以外キネ旬ベスト10にも入ってないものが選ばれている。この時点でもう既におかしい。
作品の評価とは違うところで決まっているのだろう。
何らかの力関係で選ばれているのだろうか。
そんな映画賞はやめてしまうべきだ。
それに、延々とインタビューが続いて、各賞発表が始まったのが1時間以上経ってからだった。
番組自体も全く緊張感のないものだった。

おかしい、おかしすぎる。

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消えた二十二巻

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