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「タモリ'sヒストリーX」第5弾

「タモリ'sヒストリーX」が2008年4月26日に放送された。
今回は放送時間が45分とだいぶ短い。

それにしても、「歴史もの」「日本もの」(県民性とかしきたりとか)のバラエティー番組が増えましたね。
まあ「日本文化」を取り上げること自体はいい傾向なんですが、前にも書いたように歴史や偉人を馬鹿にしたものも相変わらず多いですね。関連記事①、関連記事②、関連記事③


ということで、「タモリのヒストリー」。今回の放送では、ネタが4本。

①「篤姫」を女の一代記として紹介。千原ジュニアが担当。
感想としては、随分と無難な説明で、ただのNHK「篤姫」のダイジェストとなっていました。

②小島よしおが歴史上の人物の名言を紹介。
豊臣秀吉、足利尊氏、柳生宗矩、勝海舟、伊達正宗の5人の言葉を挙げてました。
小島よしおが熱くて、笑えますが、それだけ。何の知識もえられません。
BGMがガンズ&ローゼス、エアロスミスとか使われていて、それが懐かしくって、良かった。

③石原良純が「あんパン」が生まれた背景を紹介。
「木村屋(現・木村屋總本店)創業者であり茨城県出身の元士族・木村安兵衛とその次男の木村英三郎が考案し、1874年に銀座の店で売り出したところ好評を博したとされる。翌年、1875年(明治8年)4月4日に山岡鉄舟を通して明治天皇にも献上された。」という話をしていた。
詳しいサイトはhttp://www.pref.ibaraki.jp/hakase/info/04/index.html石原良純は、意外に語りが上手い。

④森田一義がお寺紹介。山口県「常栄寺」と京都の「神護寺」の2ケ所。


今回は、とてもシンプルな内容でした。変な説を取り上げることもなく、再現ドラマもない。高島彩がお姫様の格好をして「~じゃ」なんて変な言葉遣いをすることもなかった。

でもこれじゃ、逆に地味過ぎるのでは?



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瀬尾佳美准教授の件。思った以上に最低な人物だった。

青学大国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授の件は思った以上にひどいようだ。

J-CASTニュースより引用(ニュース記事はすぐに消えてしまうので、記録のためにも全文載せておきます。)

山口県光市の母子殺害事件判決について、青山学院大学の准教授が自身のブログに、「判事はテレビに洗脳された妻から影響」「元少年が殺されれば遺族は幸せ」といった内容を書き込んでいたことが分かった。ネット上で、被害者側に失礼だなどと批判の集中砲火を浴びている。さらに大阪府知事や拉致被害者家族についても、関係者の心情を逆なでしかねない書き込みが波紋を呼んでいる。

■「国は復讐代行業になった感じ」

 ブログを書いたのは、青学大国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学など)。IT企業のSE、防災関係の研究員などを経て、同大で教えている。

 瀬尾准教授は、ブログ「おいしいものが食べたい」で、2008年4月22日に被告の元少年を死刑とする差し戻し控訴審判決が出た光市事件について、長文で思いをつづった。もともと07年9月21日に書いた日記「光市母子殺害事件と死刑廃止論」に、判決を受けて08年4月23日に追記したものらしい。

 その追記「元少年に死刑判決」で、瀬尾准教授は、日本の刑事裁判が被害者遺族の報復の手段になったという意味で、歴史的な判決になったと主張。この事件をきっかけに、「国は復讐代行業になった感じ」と述べた。

 そのうえで、マスコミが前代未聞の騒ぎをしたことが量刑の背景にあるとして、次のように書き込んだ。

  「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう(判事の判断は、思いのほか被告の外見とか、外野のヤジとかにかなり影響される、という実証研究がある)」

 つまり、最高裁判事がテレビに影響され、無期懲役とした広島高裁に差し戻し審理を命じ、その影響が控訴審判決でも出たという意味らしい。そして、最後に、死刑判決が出たことに対してこう述べた。

  「いずれにしても、元少年が殺されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺したときみたいにね。それだけは喜んであげたい」

■大阪府知事を中傷するような書き込みも

 「青学の美人准教授」と話題にして祭り状態の2ちゃんねるでは、追記前の日記についても、疑問視するスレッドがいくつも立っている。

 その日記で、瀬尾准教授は、選挙権もない少年への死刑には原則反対だとして、死刑にする場合には、4人射殺の少年事件(1968年)をきっかけにした永山基準をラインにしてほしいとした。そして、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまう」として、光市事件で殺された母子のうち幼児を1人と数えず、「永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」と書き込んだ。これに対し、「(幼児も)命には代わりが無い」などと批判が相次いでいるのだ。

 ただ、日記では、幼児が傷害致死、殺人どちらで死んだか分からないとして、「ここでは1.5としておく」と釈明してはいる。

 日記には、関係者に失礼ではないかとみられる書き込みも多い。例えば、次のようなものだ。

  「『死刑廃止論者の言うことはなにからなにまで欺瞞なのだ』みたいな思考停止は、先進国人というより中国人に近い」
  「夏の夜なんかに、日比谷公園で絞首刑の執行。そのぶら下がった屍骸の前で、稲川順二の怖い話ライブなんて結構いいかもしれない」

 瀬尾准教授は、橋下徹大阪府知事が弁護士時代に光市事件の弁護人懲戒請求をテレビで呼び掛けていたことについても非難。07年12月19日の追記で、府知事を中傷するような書き込みまでした。

  「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」。

■拉致被害者「めぐみさん」は幸せ?

 ところが、この日記で終わりではない。瀬尾准教授が07年初めごろまで書いていたブログ「日々の気になるトピックス」でも、関係者を刺激しかねない書き込みが見つかったのだ。

  それは、2006年12月25日付の日記「6ヵ国協議成果なし」。そこでは、北朝鮮の拉致問題を取り上げ、拉致は2か国の問題だとして、他国を巻き込むことに疑問を呈した。そして、拉致被害者の家族に対しても、「違和感」があると打ち明けたのだ。

  「私は子供をなくした経験がありますが、『めぐみちゃん』はちゃんと育って、結婚までして、あまつさえ子供まで儲けています。私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います」

 ただ、瀬尾准教授は、日本にいることに不満を漏らして、拉致被害者と替わってあげたいともした。そして、「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」と明かした。

 一連のブログの書き込みについて、J-CASTニュースでは、青学大広報課を通じて瀬尾准教授に取材を申し込んだ。これに対し、広報課では、「取材についてはお引き受けできないとの回答でした。その理由については確認しておりません」と答えた。



まったく悪魔のような心を持ってますね。
また、http://www.potterist.com/potarodiary/diary3/000718.html によれば、2004年にも問題を起こしたようだ。
こんな人物が教鞭をとっていた青山学院にも責任があるでしょう。
ちなみに青山学院の教育理念を載せておく。

「青山学院教育方針
青山学院の教育は、キリスト教信仰にもとづく教育をめざし、神の前に真実に生き、真理を謙虚に追求し、愛と奉仕の精神をもってすべての人と社会に対する責任を進んで果たす人間の形成を目的とする。」


この文言をよく噛みしめてもらいたいものです。

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光市母子殺害事件の「被害者は1・5人」赤子は0.5人でカウント、青山学院大学准教授・瀬尾佳美と「青山学院高等部の入試問題」

世の中には、変なことを言う人も多いけど、これが大学の准教授だというから、驚いた。

青山学院大学の准教授 瀬尾佳美 のブログから
http://okame21.blog87.fc2.com/blog-entry-109.html
魚拓 
http://s04.megalodon.jp/2008-0423-0932-06/
okame21.blog87.fc2.com/blog-entry-109.html

ホームページ
http://www.sipec-square.net/~kseo/topics/shikeihaishi.htm

「光市母子殺害事件:元少年に死刑は重すぎる。
永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので、傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている)。一審、二審の判断は、相場から言えば妥当なところではなかったろうか。」


赤ん坊は0.5人だって、


こんな人が青山学院大学で人を教える人だなんて。
経歴とかがプロフィールにずらっと書かれて、何かの賞も貰ったようで、だいぶ自分が優秀だと書いてあるようだ。
だけどどんなに偉そうなこといっても、倫理観のかけらもない奴っていうのは、どうにもなりませんね。

そういえば青山学院って過去にも「青山学院高等部の入試問題」っていうとんでもない事件があったけ。

 2005年6月、「東京の私立高校・青山学院高等部が、2005年度入試の英語の試験問題として出題した長文読解問題で『語り部の話は退屈だった』などと、元ひめゆり学徒の語り部を非難するとも受け取れる文章を出題し、学校側が謝罪した」という内容の報道が、大きく報じられました。

 この騒動については、6月13日に青山学院側がひめゆり平和祈念資料館や沖縄県庁を訪れて謝罪しました。
http://www.geocities.jp/kyouiku_hiroba/03/aoyama-exam.html教育を考えるのサイトから引用。


ひめゆりの塔の話は退屈だ」というのを入試問題にする「青山学院」っていったい何?

それに今回の「赤ん坊は0.5人っていった青山学院大学准教授」

青山学院っていえば、超人気の私学校だけど、「倫理」「常識」とか必要ないみたいですね。

テレビ番組「新説!?日本ミステリー~ 西郷隆盛本当の顔!?~」より

前回の続き

2008年4月22日、テレビ東京「新説!?日本ミステリー」2時間SPの放送から、
「教科書の顔は別人だった テレビ初公開!! 西郷隆盛本当の顔!?」についてまとめておきます。
一般に「西郷隆盛の肖像画」といわれているのは、イタリア人画家・キヨソーネが明治16年に描いたものである。
番組では、西郷隆盛の写真は、隆盛の弟・西郷従道と、隆盛の父方の従弟・大山巌のモンタージュしたものだと放送していた。(これ分かりやすい)
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画像は番組から

ここで、作家・中津文彦氏の解説。(江戸川乱歩賞作家、歴史ミステリーの名手で、私の好きな作家)
西郷隆盛は写真嫌いで、暗殺を恐れたため極力顔を出さないようにしていた、と説明。
番組ではここで、西郷隆盛の写真を探すことになる。
まず1つ目は、秋田県仙北市角館町の青柳家で発見されたものから。
ここでは、「カルタ写真」と言われるものの紹介。明治の元勲と呼ばれる板垣退助、大久保利通、大隈重信らの人々がブロマイド写真となっていて、これが発見されたということから説明。(青柳家当代・高橋左知氏が説明)
そして、西郷隆盛の写真として、紹介されたのが、「フルベッキ写真」
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がっくり!
フルベッキ写真」は偽物であり、長崎で塾生を撮ったものだと言われている。
これは、明治2年ころに佐賀藩の若者がフルベッキ博士を囲んで撮ったもの。中に、大隈重信や副島種臣らが写っていたために、ほかに幕末の志士たちもいたのではないかと言われたもので、西郷隆盛は中央に写っていると言われたものである。
詳しい解説や大きい画像などはこのサイトへhttp://www.nextftp.com/tamailab/verbeck.htm

そしてもうひとつの写真、岩手県二戸市の郷土史家の小船浩幸氏が持っているものを紹介。
「15年くらい前の八戸の骨董市で見つけたもので、現物は譲ってもらえず、写真のコピーである」とのこと。
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写真の裏書には、左側が西郷隆盛、中央が西郷吉之助、右側に生保内(小保内、「おぼない」と読むらしい)と書かれている。

左側の人物は、西郷隆盛の影武者であり、偽写真で有名になった薩摩藩士「永山弥一郎」という人物。西郷隆盛の写真といわれているものは、ほとんどがこの永山弥一郎だという。
で中央の人物が西郷隆盛ではないかということ。
中津文彦氏の解説によれば、「当時は現代の記念写真と違って、正装で共に写真に収まる事は非常に強い同志的結合や連帯感の証だった。」ということ。(ただし、西郷隆盛の写真であるとは言ってない)
この写真がなぜ、東北にあるかというと、西郷隆盛が決起した西南戦争に呼応した形で東北でも南部藩の士族が明治政府転覆を試みた「真田事件」が起こった。西郷が東北の同志と連帯を強める意味で写真を撮ったということらしい。
で、今度は右側の人物を捜索。岩手県の呑香稲荷神社宮司・小保内道彦氏が写真の右側の人物の子孫にあたる人らしい(あくまでも推測)に接触した。で、写真を見せて「これは先祖の顔に似ている」というところで番組は終わり。


さて、これも、嘘臭いですね。

他のサイトなどを見ると結構この写真出てます。
http://www.geocities.jp/michinokumeet/kikou/kikou11.htmここで見ると下に子供も写っている。
番組では上の部分しか放送されていなかった。これでは意味合いも違ってくるのでは?

ということで、この「新説 日本ミステリー」、いろんな意味で結構楽しめます。

関連「歴史ミステリー小説の本」
風野真知雄の「西郷盗撮」
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中津文彦の「西郷暗殺指令」
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加治将一の「幕末維新の暗号」
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など。

他に興味のある方は、歴史ミステリー小説「東毛奇談」へ。


テレビ東京「新説!?日本ミステリー」2時間SP

2008年4月22日、テレビ東京「新説!?日本ミステリー」2時間SPの放送があった。
「みのもんたの日本ミステリー」のレギュラー化。
ただし「みのもんた」の出演はない。

内容は
「本能寺の変に新証拠発見!? 信長の首に秘められた暗号」
「和歌山の海底遺跡は桃太郎伝説の鬼が島だった!?」
「世界三大美女の一人 楊貴妃は日本で死んでいた!?」
「教科書の顔は別人だった テレビ初公開!! 西郷隆盛本当の顔!?」
「超能力者・御船千鶴子の千里眼は本当だった!?」
「関東にも大和朝廷に対する日本王国があった!?」

となっていた。


「本能寺の変に新証拠発見!? 信長の首に秘められた暗号」
から

まず本能寺の変のあらましから、信長の遺骸が発見されなかった経緯を説明したあとに、「通説通りに、信長の首は焼けてしまったのか」それとも「どこかにあるのか」、といったことを検証している。
この番組では、
静岡県富士市にある西山本門寺の本堂裏手にある「信長の首塚」を紹介していた。


解説者は、歴史研究家の天堂晋助氏。(1968年生まれ。第2回歴史群像大賞で奨励賞受賞。「歴史読本」「歴史と旅」等でライターとして活躍。著書に『都市伝説百物語』『恐怖のホラー怪談』『秦始皇帝と暗殺者』『陳勝・呉広の反乱』。河出書房新社のページより)
番組では、静岡の歴史をまとめた書物「嶽南史」から引いている。

寺の住職が「信長の首塚」の由来を説明。「信長と一緒に本能寺にいた原志摩守宗安が、信長の首を介錯したあと、本能寺を脱出、山伝いに駿河まで首を運んだという」ということだ。

ウィキペディアなどの説明ではもう少し詳しくなり『第18世住職、日順上人の父、原宗安(原志摩守)が本能寺の変の際、戦死した自分の父原胤重と兄原清安(原孫八郎)の首と本因坊算砂の指示で信長の首を本門寺まで持ち帰り柊を植え首塚に葬ったという。』となっている。

信長の首塚に植えられた「ひいらぎの木」がキーポイントになるようだ。
「ひいらぎ」は魔除け、祟り除けであることから、これを植えた人物が本能寺の変の首謀者であったと、天堂氏は言っている。つまり「信長の祟りを恐れていた」ということが言いたいらしい。

さらに、原宗安の子であり、寺の住職・日順上人の過去帳によれば「信長 明智の為に被誅さる」と記述がある。
「誅される」という言葉から、「信長より上位の者が光秀を使って襲わせた」ということになると解釈して、そこから導き出されるのが、「朝廷関与説」「近衛前久首謀者説」。

またこの寺には、「尊霊殿」と呼ばれる部屋があり、そこには百八代御水尾天皇と皇后、御息女常子内親王の位牌が納められていた。朝廷から厚い帰依を受けていたということらしい。

ここで結論。
天堂氏の解説によれば「天皇のご位牌が納められている場所の後ろに回ることは、失礼に当たるので誰も立ち入れない。信長の首塚は本堂の裏側にある。つまり信長の首塚がこのお寺にあることを知られないように後水尾天皇のご位牌を納めた。そしてヒイラギを植えることで(近衛家に対する)信長の祟りを封じようとしたのではないか」
ということで、信長の首塚から本能寺の変の首謀者は「近衛家」ではないか、としています。
番組では「日本の歴史が覆される」と煽っていますが、まあ「近衛家(前久の名前は余り出していない)」という今では一般的な説。

確かに私も『東毛奇談』では「朝廷関与説」(近衛前久と周辺の人物たち)で、書いているのでこの説を取っていますが、この「信長の首塚」については、どうも納得が行きませんね。
理由としては、
①原宗安が「信長の首」を持って逃げることなど果たしてできるたかどうかが大いに疑問だ。本能寺を囲まれた最初の時点では逃げることもできただろうが、信長が死ぬ段階となれば、かなり戦いの後半となるわけでだから、その段階からの脱出は無理なのではないだろうか?
② では実際に本能寺から逃げることができたとしても、京から駿河まで、「信長の首」を持って逃げることが出来ただろうか? もしかしたら、首ではなく遺髪だったとか。
③「近衛家が信長の祟りを恐れてヒイラギを植えた」と番組では説明しているが、どのサイトを見てもヒイラギを植えたのは「本因坊算砂」となっている。本能寺の変の首謀者とこの件を結びつけるのは、無理がある。
④後水尾天皇の位牌を納めたのは1678年、近衛煕子は6代将軍徳川家宣に嫁ぐのはその翌年となっている。本能寺の変が1582年だ。近衛家が信長の祟りを恐れたというわりには、100年近く経っている。また、祟り除けのヒイラギは樹齢400年以上といわれている。近衛家が植えたとなると、樹齢と位牌を納めたという年代が合わないことになる。この100年のタイムラグが気になる。江戸時代になってから信長の首塚の存在を隠す意味があるのか、この点が天堂氏の意見と矛盾する。
と、どうも無理がありそうだ。

でも、番組的にはよくまとまっていて面白かったですよ。

それに「信長の首の行方」というラテ欄に書いてあったので、
加藤廣の「信長の棺」とか
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安部龍太郎の「信長燃ゆ」とか
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岡田秀文の「本能寺六夜物語」(第1話)とかみたいなことをやるのかと思っていたが、予想が外れた。
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「西郷隆盛の写真」とかは、明日書きます。

50歳から独学で研究を始め、タブーを破る新説を次々と打ち出した民俗学者、吉野裕子さん死去。

一番詳しく書かれていた「asahi.com関西」から引用します。

『50歳から独学で研究を始め、タブーを破る新説を次々と打ち出した民俗学者、吉野裕子(よしの・ひろこ)さんが18日、心不全のため奈良市内の病院で死去した。
91歳だった。葬儀は故人の遺志で行わない。お別れの会を予定しているが、日時・会場は未定。自宅は奈良市大宮町。
 東京都出身。女子学習院卒。津田塾大学を卒業後、英語教師を経て主婦をしていた。50歳のとき、習っていた日本舞踊の扇に関心を持ち、独学で研究。最初の著作「扇」(70年)で「日本の祭事に使われる扇は男の性を象徴している」、「蛇」(79年)では「日本民族は縄文時代から蛇を祖先神として信仰している」と大胆な説を唱え、「在野の民俗学者」として注目を集めた。蛇信仰と並んで、古代中国の哲学、陰陽五行の考え方をもとに研究を進めた。
 95年に東京から奈良市へ転居。生前、「素人の晩学だったからこそ、学界の既成概念にとらわれなかった」と話していた。昨年1月から「吉野裕子全集」(人文書院)が発行され、最終の12巻の発行を今年6月に控えていた。
      
 〈親交のあった元帝塚山短大教授で万葉研究家の猪股静弥さんの話〉 電話の最後に「ごめんあそばせ」と話す東京・山の手の温和なお嬢さんだが、学問には厳しく、「東京では本当の学問ができない」と奈良に移ってきた。独歩の学説だった。業績は、明治維新で「迷信だ」と排除された陰陽五行思想を用いて日本の祭りや行事を解明したことだ。著書の中では、天皇即位の際の儀式や装束を分析した「大嘗祭(だいじょうさい)」が印象深く、学界からも注目された。 』
( http://www.asahi.com/kansai/okuyami/OSK200804190115.htmlからの引用)

私も「蛇信仰」を調べたときにかなり読みました。面白かったですね、本当に大胆な説が多かったですね。
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感心するのは、50歳過ぎから独学で「民俗学」を始めたということ。
この向学心すごいですね。
私は40歳ですが、こういった点でも見習いたいです。


ご冥福をお祈りします。

スティーブン・スピルバーグの最高傑作は?  あくまでも私見

スティーブン・スピルバーグの最高傑作はどれでしょうか? 

あくまでも私見です。

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「歴史のミステリー」第13号

「歴史のミステリー」第13号
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歴史検証ファイル   西郷隆盛はなぜ自刃に追い込まれたのか?
              幻の中国王朝「夏」は存在したのか?
遺跡に眠る謎     ギザの大ピラミッド
疑惑の真相      モーツアルトは暗殺された!?
芸術の裏側      国宝「稲葉天目」
語り継がれる伝説  仮面の男
人物再発見      宮本武蔵


「西郷隆盛はなぜ自刃に追い込まれたのか?」

「明治維新の最大の功労者といわれる西郷隆盛は、新政府樹立後、岩倉具視、大久保利通、木戸孝允らと対立。西南戦争を起こした反逆者として、鹿児島で自刃した。いったいなぜ、英雄西郷は逆賊とされ、非業の死を遂げたのだろうか」(本文より)
ということで、西郷隆盛が西南戦争に追い込まれた原因を解説している。


「幻の中国王朝「夏」は存在したのか?」
「これまで、中国最古の王朝は「殷」とされてきた。ところが近年、黄河流域から古代の遺構が続々と見つかり、伝説上の王朝「夏」が存在した可能性が高まりつつある。幻の王朝・夏は実在したのか。最新の発掘調査をもとに実像に迫る。」(本文より)

ギザの大ピラミッド
ファラオが築いた古代文明最高峰の建造物。ということでピラミッドの解説。
面白いエピソードは、ナポレオンがピラミッドで過ごした一夜の話。もっと詳しく知りたい。

モーツアルトは暗殺された
1791年12月5日、音楽家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは35歳で死んだ。その死因は今もって特定されていない。
モーツァルトは、死の床に臥す前に、体調不良を訴えていて、毒を盛られたのではないか、と妻のコンシタンツェに自ら語っていることや、毒殺の際にみられる症状を示していたことなどもあって、毒殺説が今も囁かれている。
本文では、疑われた人物として、①アントニオ・サリエリ ウィーンの宮廷楽長。これは、ロシアの作家プーシキンの書いた戯曲があって、これをもとにした映画「アマデウス」が有名。
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②秘密結社フリーメイソン説。モーツァルトがフリーメイソンに加入していて、この秘儀をオペラ「魔笛」で暴露したために暗殺されたという説。首謀者は葬儀を取り仕切ったヴァン・スヴァーテン男爵。
③マグダーレナの夫・ホーフデーメル説。マグダーレナは、モーツアルトのピアノの生徒であり、愛人だった。嫉妬心からだという。ホーフデーメルは、モーツアルトの死の翌日に妻を殺し、自殺した。
④妻のコンスタンツェ説。莫大な借金を抱えていたためとか、姉とモーツアルトの関係を疑っていたとかがいわれる。
⑤妻と内弟子のジュスマイヤーとの共謀説。妻と弟子が不倫関係にあったから。この弟子はモーツァルトの葬儀直後に行方知れずとなる。

また2001年、アメリカのジャン・ハーシュマン博士は「モーツァルトは生焼けの豚肉を食べたことで寄生虫症・旋毛虫症に罹患し死亡した」という説を発表した。本文では「楽聖はドンカツを食べて死んだ!?」と書いてあるけど、これが事実だとしたら、ちょっとイメージダウンとなるかな。

国宝「稲葉天目」

「稲葉天目の通称で知られ、曜変天目茶碗の中でも最高の物とされる。元は徳川将軍家の所蔵で、徳川家光が春日局に下賜したことから、その子孫である淀藩主稲葉家に伝わった。そのため、「稲葉天目」と呼ばれるようになった。その後、三菱財閥総帥の岩崎小弥太が入手したが、岩崎は「天下の名器を私如きが使うべきでない」として、生涯使うことはなかったという。現在は静嘉堂文庫所蔵。国宝。」ウィキペディアから
ほか3点の国宝・天目茶碗の解説。

仮面の男・バスティーユに幽閉された「高貴な囚人」
『フランスでは「太陽王」と称されたルイ14世の時代34年間にわたって監獄に収監されていた仮面で顔を覆った囚人がいた』
ということで「鉄仮面」伝説を解説している。
ルイ14世双子説、異母兄弟説などを紹介。
映画はレオナルド・ディカプリオ主演の「仮面の男」
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なおこの件に関しての詳しいサイトは「超本格歴史ミステリー~鉄仮面の男http://www.nazoo.org/misteries/ironmask1.htm です。かなり詳細に書かれてます。

今回は、軽く紹介したのみでした。

どうでもいい話、その② 、③  ネイルアートは纏足?、昼メロドラマと葉山レイコ

 どうでもいい話、その②   「ネイルアート」は「纏足」だといったら呆れられた! 

先日、会社帰りにコンビニに立ち寄ったときのこと。
そのとき、レジの店員の手を見て驚いた。
爪先にネイルアートをしていたのだ。
大学生くらいの女の子だから、バイトだったのかな。
コンビニの店員がネイルアートなんぞをしていては、まったく仕事にならないだろうに……。
ネイルアートがしたいのなら、コンビニのバイトではなく、他のバイトでも行けばいいのに、とも思った。
その爪を見たら、店長あたりから「ダメだよ」と怒られるだろうな、と余計な心配までしてしまった。

考えてみると、私の周りにネイルアートをした人はいない。だから見かける機会もない。
周りを見渡してもネイルアートをするような年代の人はいない。(マニキュアくらいならするだろうけど)
それに仕事でネイルアートをしている人なんてまずない。バイトの子とか、年頃の人はいるにはいるけど、実際にしているのを見たことがない。(休みの日や夜はするかもしれないけど、残念ながら見る機会がない)
だから、勝手な思い込みで「ネイルアート」をしている人は
セレブのような人や夜のお勤めをしている人だと思っていた。
仕事や家事までも放棄することになるから、そんな心配をしなくて済む人がするものだと思っていた。(勝手な思い込みです)

それに長く伸ばした爪に派手な装飾を施したものを、指先に書いていたら、仕事にもならなきゃ、日常生活にも支障がでるだろう。
美しくなるためには、体に無理をしてまでするというのなら、
それこそ、

中国の「纏足」だ!(子どものころから無理に小さい靴を履いて足を小さくする風習。足が小さいことが美しいと云われるが、実際には歩行困難になる)
アフリカの首長族だ!(首にリングをして無理に首を長くする女性たち)
とそんなことをぶつぶつ言っていたら、

まったく、おんな心が分からない人ね」とかみさんに呆れられた。
まあ、うちのかみさんの手は、水仕事で手が荒れている。
あかぎれが酷くって、ハンドクリームなんかじゃ効かないので、「サカムケア」なるものを塗っている。
「ネイルアート」なんてものに程遠い世界にいるけど、
「爪をきれいに絵を書く」人の気持ちは分かるようだ。
そうか、実際にはしなくても、心になかには、そんな願望があったのか。

そう思ってかみさんの指先を見る。

……。

なるほど「おんな心」は難しいということか。



追記 以下はまとまっていないが、記しておく。

 「今日はネイルを塗りました」「ネイルアートしてみました」という写真付きのブログ記事をよく見かける。これが結構多い。
やはりネイルを塗るという行為の中に、「特別なもの」「特別なこと」が含まれていて、「ケ(日常)」に対する「ハレ」ということになるのだろうか。
日常的なことができない、(指先が使えないということは)、つまり非日常である、という意味なのだろうか。
という展開で、「化粧」をすることによる非日常を書こうとしたが、まとまりそうになかったのでやめました。


どうでもいい話その③ お昼休憩の「昼メロ」拷問。  

会社での私の昼休みは、午後の1時から。
食堂兼休憩室で、昼食をとることになる。正社員やパート・アルバイトはそこで休憩するのだが、そこには古ぼけたブラウン管のテレビが据え付けられていて、食事を取りながらみんなでテレビを見るわけだ。
ただチャンネル権は、我々社員にはない。
リモコンは、パートのおばさん達が握って放さない。
どんなに、大事件が起ころうとニュースを見るわけでもなく、大雨で天候が悪くても天気予報にチャンネルを回すことはない。
その理由は、
昼メロドラマ「スィート10 ~最後の恋人」を見るためだ。

(詳しい説明は番組ホームページでhttp://www.tbs.co.jp/ainogekijyo/sweet10/ )
しかし何が悲しくって、おばさん達と「不倫だの、セックスだの」の会話が出てくるドラマを、貴重な休憩時間にみんなで見なくちゃならないんだ。
しかも、別に見たくなくても、自然とストーリーは耳に入ってくるのだ。(音量ボリュームは異様に大きくなっている)

これがなかなかの拷問なのだ。
物語は主役・三浦理恵子の視点で進み、私は男の目線で見てしまうので、これが中々ムカムカする。
しかも、夫(葛山信吾)が浮気されてて、それに気付かない(または薄々気付いていても、それを切り出せない)姿がイライラする。
また、設定が30代の主婦で娘が一人という設定も、私と同じような環境なので余計に苛立ちを覚えるのかもしれない。

ということで、家に帰ってから、「スィート10」のことをブーブーと文句を言っていたら、
かみさんに「私も見てるけど……、」と言われた。
そして「相変わらず、おんな心の分からない人ね」と一言付け加えた。

えっ、かみさんの心になかにも、そんな願望があったのか。

そう思ってかみさんの顔を見る。

……。

やはり「おんな心」は難しいということか。

(オチは前の記事と同じ)


追記   そして、1時半からは「みこん六姉妹2」が始まる。これも付き合いで見ることになる。
う~わ~勘弁してくれ、って思っていたら、

なんと「葉山レイコ」が出てる。
しかも看護師姿。
hayamareiko.jpg
きゃ~、こんなところで見かけるとは!
相変わらず、美しいですね。

そして、「葉山レイコ」は「山本モナ」に似ていると気が付いた。



どうでもいいような話①  伊集院光が中二なら、太田光は高一で、品川祐は小五かな?

「ウィキペディア」でいろいろ言葉を見ていたら、「中二病」という言葉の説明が目に付いた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85

『中二病(ちゅうにびょう)とは、タレント・伊集院光がラジオ番組「伊集院光 深夜の馬鹿力」で提唱した、特に日本の思春期の少年に見られる特徴的な言動・行動例を病気として比喩した俗語である。』と説明がある。
『子供と大人の過渡期、思春期特有の思想・行動・価値観の総称、成長過程における一種の熱中的な精神状態を、「熱病」に似た「症状」に比喩して、その「発症」時期が日本の教育制度において中学2年生前後となることから、「中二病」と指し示している。また、その状態の者を「中二病患者」と称する。
かつて「中二病患者」であった高校生や成人が、当時の自分を振り返ったり、「発症」中の人間を見た時に、その言動が余りに幼稚で滑稽に見え、その上「病的」と言ってもよいほど無駄に熱く微妙に歪んでいると感じることから、自嘲と皮肉をこめて「中二病」と称する。』
ここでは様々な症例というのが載って、それが可笑しかった。
そして、伊集院光は40歳になったいまでも、「自分は未だ中二病を発病している」と言っている。
確かに、ラジオでは、子供ぽい愚痴を言って、明らかに年下の女子アナ(長岡杏子、山内あゆ)に「大人気ない」とよくたしなめられていました。
そこで、思ったのが、伊集院光が「中二病」なら、爆笑問題の太田光は「高一病」だろう、ということ。
高校生になると急に自分が大人だと意識し始め、そこで改めて世の中を見てみると、世間では不義、不正が横行し、世界では正義が貫かれず、理不尽なことだらけだと気付く。ある程度大人になれば、「世間はそんなもんだ」とか「世の中そう正しいことばかりじゃ通じない」ということが分かってきて、どこか冷めたものになり、諦観したものになっていくのでしょう。しかし、世間を知らず、まだ世の中にもまれたことがない初心な精神をもつ若者とっては「なぜ世の中では正しいことが行われないのか」と疑問をもつことになる。そして義憤に駆られて、自己の(思い込みの)正当性を主張することになる。また、そういった気持を持ち、主張することが「大人」なのだと思い始めるでしょう。そういった「妙な正義感」を持つ人が出始めるのが、高校に入った時期のころからだということ。昔なら、学生運動に目覚めるとき、かな。いわば「中二病」+「社会性の萌芽」→「高一病」といったところ。
そしてこんな意識が芽生えた人々は、自分が正しいと思うことを主張して、相手を論破しょうとする。太田光はまさにこんな感じ。「太田総理」なんかを見ると、「正論」「正義」ばかりを押し並べて取り憑かれたたように論じ立てるが、その内容があまりのも「奇麗ごと」ばかりなので、見ているこっちが辟易してしまう。そんなタイプの人が、同じ学級に一人位いますよね。生徒会長に立候補して、ウザったがられて落選するような人、そんなタイプを思い浮かべます。(まあ、こんな人がいて、勿論いいんですよ)

そこへ行くと品川庄司の品川祐は、「小五」ぐらいかな。覚えたての知識を必死になって言いまくる姿は、先生にあててもらいたくて懸命に手を挙げる子供のように見える。小学校高学年になると、「○○博士」(怪獣とか昆虫とか国旗とか) みたいな一分野だけに物凄い知識を持つ子供がいて、それについては滅茶滅茶しゃべり出す、そんな子供がクラスに必ずいたもんです。品川祐をみると、小学校時代にそんな子供がいたっけ、っていうのを思い出すんですよ。だから「品川は小五病だ」と勝手に決めてしまいました。
この方式でいえば、「みうらじゅん」とか「リリー・フランキー」とかサブカル世代は「浪人生病」かな。
覚え始めたSEXの話とかオナニーの話とかのそんな話ばかりをする大人に成りきれない浪人生。大学生じゃなく、浪人生というのがミソ。サブカル世代って、どこか浪人生のような暗さがあるんですよね。そして、サブカル世代っていつもノスタルジーな世界に浸ってます。怪獣の話とか、昔の映画、音楽とか、自分が創作するものも自身の昔をもとにする。(「ブロンソンズ」しかり「東京タワー」しかり) そして、みんな昔の話をする。それを喜んでする。それでいて、「これでいいのか」「こんなことしていていいのか」っていうどこか後ろ向きのような感じもある。この内に籠っていく閉塞感がどこか「浪人生」のもつ印象と重なるということです。この人たちはどうもこの時期の年代の話が多いような気がするので、ここでも勝手に「浪人生病」と名づけました。(みうらじゅん曰く、団塊の世代の後がサブカル世代というらしい。この後に続くのが「おたく」だということ)

こうして見てみると、みんな「モラトリアム人間」なのかな。この手の病気で重症なのは、みんな子供がいないような気がします。子供がいると必然的に社会と関わることが多くなるから、好むと好まざる関係なく、学生時代・「~病」の卒業を迫られるということなのかな、と思う。
でも、だれもがみんなどこかの年代の「~病」を引きずって生きているような気もします。そういう私は「小五病」ぐらいかな。
ただこれは自分ではなかなか客観的に見られなそうにもない。自分をよく知る他人に判断してもらうのがいいかも。自分がどの時代の昔話を一番するかで「~病」にかかっているか分かるような気もします。まあ、人によっては学生時代ではなく、「社会人病」「中年病」っていうのがあるかもしれない。

とまあ、どうでもいいような話で、思い付いたことをダラダラと書いてみました。

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消えた二十二巻

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