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「時をかける少女」をめぐる話

アニメ版「時をかける少女」がテレビ放送されてから1週間。

時をかける少女
見るのはこれで、3回目。「良くできてますね。かっちりした話で、何度見てもいいですね」ぐらいの簡単な感想だけをブログに書くつもりで、テレビを見てました。
しかし、……。
見終わってから、ネット検索してみると、批判的な意見が載っているサイトが結構あって、意外だった。読んでみると、そこを突くか、といった些細なことや、SF的な設定の欠陥を突くものが多かった。http://d.hatena.ne.jp/mine-o/20070629/1183093203、など。またBSアニメ夜話での岡田斗司夫の批判発言など( 「時かけ」に対する発言集)も読んでみた。
しかし、これは何か違うのではとも感じて、反論記事を書こうとしたのが……。
これが間違いの元だった。
それから一週間、「時かけ」を何度も見直し、書かれているサイト見て回り、実写版「時かけ」を何十年ぶりに見て、筒井康隆の原作も読み返し、過去の細田守監督作品を探し、関連しそうなジブリ作品や何かと比較されている「秒速5センチメートル」の新海誠監督作品を何本か見た。
ほとんど「時かけ」漬けの一週間でした。(もちろん会社に行って、しっかりサービス残業をしています。)
しかし、これがなかなか考えがまとまらない上に、思ったようにうまく書けない。もうぐったりとなってしまった。
それにいつまでも「時かけ」にかまってもいられないので、取りあえず、中途半端でも載せてしまうことにしました。まあ言うなれば「時かけの個人的感想と、思ったことをただダラダラと書き綴る」といった内容となっております。(それって、いつものことなんですけど。)
こんなことをするのは「デスノートのリンゴとひょっとこ」「エヴァンゲリオン・沢尻エリカ=アスカ・ラングレー論」「アンパンマン考」以来のこと。いつものように、大した情報も知識もなく、見ただけの感想と、思ったことをいろいろとこねくり回して書いていっただけなので、見当違いのことを書くかもしれませんが、どうぞご容赦下さい。
と、前口上はこのくらいにして、本題へ。


①「桃と胡桃」


そもそも「時かけ」といえば、大林宣彦監督、原田知世の「実写版」でしかなかった。(まさに尾道3部作、直撃世代)
しかし、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャフル」に細田守監督が出演したときに、あまりにも宇田丸がアニメ版「時かけ」を褒めるので、(宇多丸は私と同年代で、大林版「時かけ」のファンだと公言している人)見てみた。これが最初だった。(素直、良かった)
何しろ、「時かけ」といえば、真っ先に「ラベンダーのかおり」を連想する年代なのだ。
ということで、まず「ラベンダー」の説明から、
『ラベンダーという名が、ラテン語のラヴァレ(洗う)に由来するのは、古代からこの花を入浴に使っていたからだといわれている。ヨーロッパでは、そのさわやかな香りは清潔、純潔の象徴とされていた。
ローマ人が地中海から英国へラベンダーを持ち込んで以来、初期の修道院や薬草園に欠かせないハーブとなって、ラベンダーの甘い香りはほかのハーブとまちがいようもなく、抗うつ病と気持ちを高揚させる効果がある』とある。

また大林版「時かけ」では
深町一夫(未来人ケン・ソゴル)が芳山和子に「ラベンダーから香水を作るとね、男性的な匂いとしては欠くことのできない匂いとなるんだ」と語りかける場面がある。和子はここで、ラベンダーが自分に異変をきたすものだと知る。この「ランベンダー」がとても意味深な使われ方がされているために、性的な連想を引き起こすものと捉えている人も多い。(大林版「時かけ」が恋愛映画だといえるのは、この辺りに理由があるともいえる)
大林版「時かけ」では、「ラベンダーのかおり」がタイムリープを行うものとして用いられていると同時に、異性を意識させるものとして位置づけされている。
tokikake
 また、小山昌宏氏のサイト、映画「時をかける少女」のコスモロジー・ラベンダーの甘き香りhttp://www1.odn.ne.jp/~ccu48870/tokikake.htmによれば、
『ラベンダーのかおり、土曜日の実験室、温室、弓と的、屋根裏部屋、暗い階梯、袋小路、闇と魔手など、これらのタームはフロイト流に解釈すれば、すべてセクシャルな概念である。土曜日の実験室の扉を開く鍵は、少年が大人になる時、一度はくぐりぬけるイデアとエロスのアンビバレンスな心象風景を妄想的にかきたてることにある。』
とあり、実に分かりやすい。
さて、アニメ版「時をかける少女」が大林版を受け継いでいることは分かっている。
となれば、アニメ版「時かけ」で、ラベンダーにあたるものは何かというそれは、「」ではないかということ。
時をかける少女 桃
真琴が最初にタイムリープするときに象徴的に出てくる桃。
多くのサイトで、なぜここで「桃」が登場しているのか謎だ、ということが結構書かれている。しかしその問いに答えているものはなかった。ただ、この「桃」に注目し、的確な答えを書いたサイトが一つだけあった。
アニメの話題「時をかける少女 上昇と転落のダイナミズム」
http://www.green.dti.ne.jp/microkosmos/anime/timeleap.html
以下引用。
『真琴の成長物語という側面を暗示する小道具がある。冒頭のシーンで、真琴が和子に届ける「桃」だ。「魔女おばさん」に届ける果物なのだからリンゴの方がふさわしそうなのに、なぜ桃なのか?初夏だからというのはもちろんだが、他にも理由がありそうだ。』
とある。
そしてこのサイトでは「桃を女性の象徴」と捉え、論を進めていた。
同じような考えに至った私も、ここで、この説を更に押し進めてみる。
まず「桃」の説明から
『「もも」の語源には諸説あり、「真実(まみ)」より転じたとする説、実の色から「燃実(もえみ)」より転じたとする説、多くの実をつけることから「百(もも)」とする説などがある。
また、中国において桃は仙木・仙果(神仙に力を与える樹木・果実の意)と呼ばれ、邪気を祓い不老長寿を与える植物とされる。3月3日の桃の節句は、桃の加護によって女児の健やかな成長を祈る行事である。果実は形状と色彩が女性の臀部に類似してることから、性と豊饒の象徴でもある
また、折口信夫「桃の伝説」http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/46966_26573.htmlから。
『何はしかれ、千五百年、或は二千年も前から、此桃の偉力は信ぜられてゐた。桃の果実が女性の生殖器に似てゐるところから、生殖器の偉力を以て、悪魔はらひをしたのだといふ考へは、此民俗の起原を説明する重要な一个条であらう。桃に限らず、他の木の実でも、又は植物の花にすら、生殖器類似のものがあれば、それを以て魔除けに利用する例はたくさんある。

そして、タイムリープに必要なものとして使われているのの、形状が「くるみ」である。
時をかける少女 胡桃
漢字では胡桃と書く。
『ヨーロッパでは古くから栽培されていましたが、日本へは江戸時代にやっと伝播しました。古代ギリシャやローマでは「クルミの実には催淫性がある」とされていました。実際、多量の良質な脂肪、タンパク質、ビタミンEが豊富に含まれ、強壮・強精性が極めて強いことからも首肯できます。』(食べ物辞典より)
また、胡桃の「胡」の意味は全体に大きくかぶさる、うわべをぼかすの意味。で、桃を隠す、覆っているの意味包み「くるむこと」何を意味する。そして、その実の断面は女性器に似ている。折口信夫の説にもあるように「生殖器に似ているものは、魔除けとなる」、つまり桃、胡桃には不思議な力が宿っていると思われていた。それを暗示するかのようにアニメ版「時かけ」で使われている。
時をかける少女 胡桃割る
この場面は2度登場する。
千昭が握りつぶす場面と、終盤に真琴が握りつぶす場面がある。
ともに2人の会話場面で、物語の重要なシーンで出てくる。
これもかなり象徴的に使われている。
私が思うに、これは「殻を破ることによって、大人への成長」を暗示しているのではないか、ということ。


さて、芳山和子である。

時をかける少女 大林版
大林版「時かけ」から数十年経て
芳山和子
になる、という設定になっている。

この人物の描かれ方に、かなり批判的意見がある。
「真琴が時間を飛び越えて過去に戻ったのよ。そう珍しいことじゃない。真琴くらいの歳の女の子にはよくあることなんだから」というセリフがあって、これは、タイムリープを説明しないために、『自分の若い頃に真琴を照らし合わせ、色々と助言のような、適当に調子を合わせているようなことを語る。 』などと説明されている。
しかし、この物語が「大人への成長物語」であるとするならば、彼女は物語上、真琴の助言者でしかない。(理由は③で)
和子が原作や大林版「時かけ」の主人公であることは分かっている。ならば、すでにタイムリープの意味を知り、その特別な能力を使うことによって苦しみや痛みを伴うことをすでに知っていることになる。(和子の記憶は消されているはずだが、アニメ版では明らかに和子はタイムリープのことを知っているし、そのとき起った悲恋も知っている。よってこれは、和子という存在が観客に示された時点で、物語上主人公・真琴を導く者としての役目を担っている人物だと示されているわけだ。)
これは、和子の研究室に飾られていた写真でも分かる。(高林の記憶や痕跡はすべて消去されているはずなので、3人の写真は存在しないはずだが、ここでは提示されている。またあったとしても和子にはその写真の人物の存在意味が分からないはずだ)
芳山和子 2
記憶を消されているなら、これが重要な写真だとは思わないはずだが、和子は確実に知っている(覚えている)のだ。
原作では、理科の福島先生というのが、和子の相談役となり、タイムリープやテレポーテーションの説明役となって、和子を導いている。
アニメ版では、和子が主人公を導く役である。
ジェームズ・ボネット著「クリエイティブ脚本術」によれば、「(このような役目の人物は)主人公に示唆をする役割となる。ヒーローがそのゴールを成就するのに必要な知識をもっているということだ。「スターウォーズ」のヨーダ、オビ・ワン、「ゴースト」のw・ゴールドバーグ、「ライオンキング」のシャーマンヒヒのラフィキなどにあたる。」
では、真琴をどこに導いているかといえば「人間(女性)の成長」を促す役目なのである。
アニメ版「時かけ」というのは、真琴の成長物語であり、彼女自身のストーリーなのである。
よって、和子の物語を広げたり、歴史的過去(邪馬台国や明治維新)にタイムリープしたりする話が挿入されれば、この映画の持っているテーマがたちまち崩壊してしまうのではないだろうか。
私が、岡田氏の「時かけ」への批判的意見に違和感を覚えるのは、(「時をかける少女」を制約の多い恋愛ドラマとしてとらえている)、この物語が「人の成長の物語だ」という認識が彼には薄いように感じられるからである。

とりあえず、①の結論
よって序盤に登場する「桃」と、後半に登場する「胡桃」は、実に象徴的だ、ということ。


②人生の分岐点「Y」
さてアニメ版「時かけ」で象徴的に登場するのが「Y」字の標識である。
時をかける少女 2


このY字が「人生の分岐点」を示しているのは分かりやすいだろう。
時をかける少女 1
細田守監督のWikipediaを見て、過去の作品を幾つか見てみた。(ワンピース「お祭り男爵」は監督本人が語っていたが「ダーク」な部分が最も出て作品というだけあって、かなりグロい。最も善の部分が出ているのが「時かけ」だと言っていた)
その中の「おジャ魔女どれみ」
『監督の細田が演出を務めたテレビアニメ『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』第40話(2002年11月10日放送)を見たマッドハウス取締役の丸山正雄が筒井作品のアニメ化を持ちかけたのがきっかけである。 この第40話には、魔法を捨てた魔女・未来が登場し、未来の声優を務めたのは大林版『時かけ』で主役を演じた原田知世であることから、『時かけ』のオマージュではないかという見方もある』

ということなので早速探して見てみた。
驚いた。
アニメ版「時かけ」と同じモチーフが使われていて、同じ「Y」字の標識が登場する。
魔女どれみ

「どれみ」にも「時間」「魔女おばさん」「人生の選択」「時の残酷性」が扱われている。
そして主人公はほろ苦い経験をするが、確実に人間として成長していく物語となっていた。(これも③へ続く) 

さて、人生は選択の連続であり、それが後の人生に影響していく。
アニメ版「時かけ」を見て思い出したのが、なぜか宮部みゆきの短編小説「だだ一人」だった。
この小説の中に「どの角を曲がれば一度手放してしまった彼に住む次元へ行ける……」といった一文があって、かなり切ない話だった。その「切なさ」印象がどうやら重なったようだ。
もうひとつ思い出した小説は佐藤正午の「Y」。
Y 佐藤正午
この帯コピーには「アルファベットのYのように人生は右と左に分かれていったー」とあった。「Yとはすなわち人生の分岐点のことだ」というのが解説に書かれていた。
『貸金庫に預けられていた、一枚のフロッピーディスク。その奇妙な"物語"を読むうちに、私は彼の「人生」に引き込まれていった。これは本当の話なのだろうか? 時間を超えるラヴ・ストーリー。』
とあり、筆者が筒井康隆の「時をかける少女」も参考にしたというので、大人のタイムリープ物語となっていた。

さて、
どんな人間も人生の分岐点に立ったとき、どちらに進むかを選択しなければならない。
この人生の「選択」というのが、あらゆる映画や小説などの物語で重要テーマとなっている。
どんな映画でもドラマでも、私たち観客は、主人公がどんな選択をし、それによってどんな行動をしたのかを見ているのに過ぎないのだ。だたそれだけしかなんです。しかし、物語に入り込んでいればいるほど、物語の登場人物と同化し、彼らが嬉しければ喜び、悲しければ泣き、愛しい人を失えば傷つく。共に感情を味わうことができる。アニメ版「時かけ」を見て心を動かされた人は、真琴とすでに同化し、感情を共有したことになる。この物語を愉しむために必要なのは、どれだけ主人公と同化できるかだ。

岡田斗司夫氏がアニメ版「時かけ」を見て評した言葉がある。「俺ねぇ、これ見て、すごく「冬ソナ」の感じがしたんですよ。」と言ったという。
本人はどういった趣旨でこれを言ったのか分からないが、ここに実は、「時かけ」が多くの人に支持される理由が示されていると思う。
ヒロインを主人公に据えたとき必ずといっていいほど、女1人、男2人の設定が組まれる。
「冬のソナタ」を例に出したなら、アニメ「キャンディ・キャンディ」はそのままだし、(冬ソナはそのアニメをヒントにして作ったとスタッフが語っている。)ハリウッド大作の「風と共に去りぬ」「タイタニック」から昼ドラの「スィート10」などと、女性が主人公となるときに、この設定にするものは実に多い。
女1、男2の三角関係は、ヒットする要因のひとつだと、密かに思っている。
本題からそれていくので、ここでは多くは触れないが、「タイタニック」では、ヒロインが多くの場面で、自身で決断をして行動していることが分かる。(いつか書きます) そこに女性客は自らを重ね合わせ、共感し、同化し、感動している。感情移入しやすい物語は、何度も見るんですね。

この要素をアニメ版「時かけ」も持っているということです。


③アニメ版「時をかける少女」は「千と千尋の神隠し」と同じ「少女の成長物語」である。

千と千尋の神隠し

2つの物語が「少女の成長物語」だという説明はいらないでしょう。テーマが同じだというのは分かるが、実は物語の構造も同じなのです。

起承転結の
「起」
主人公のヒロインたちは明らかに成長すること、大人になることへの不安や焦燥をあらわしている。
「時かけ」野球グランドでの会話、真琴は将来・未来に対してかなり不安である。(「石油王になる」なんて言っている。)
「千尋」転校による不安、かなり不機嫌な顔で物語は始まる。

「承」
ともに様々なエピソードが盛り込まれ、物語が発展していく。様々な困難があり、現実ではありえない経験をする。

「転」

大きな転機を迎える。
「千尋」はハク、真琴は「千昭」という異性によって、主人公は変化する。そして彼女らは重大な決断を迫られ、決意し、行動する。
千尋は湯ババに会いに行く。真琴は過去に戻って千昭に会う。
この決断が成長の証となる。

「結」

大きな困難に立ち向かい、心の葛藤があって決断をして行動する。しかし、互いに異性との別れがあって、最後には日常に帰っていく。
千と千尋の神隠し3

時かけ 9
(別れの場面)
重要なのは、主人公の心的成長があって、現実に戻っていくということ。
ギリシャ神話や日本神話で描かれるように、旅をし、そこで様々な困難を経て、成長して、故郷に帰るという英雄譚に、この物語の構造が似ているということだ。

そして、実際の時間では、それほど経過していない。物語の彼女らは「一炊の夢」のような経験をする。(そこが重要。だから岡田氏が言う3日前に戻らない話で、スケールが小さくて面白くないというのは、あまりにも的外れだ) 
だから物語の始めと終わりは同じ場面である。「千尋」は家族の車で来て、車で帰っていく。(現実では数分)「真琴」は野球のグランドで始まっていて、同じグランドで終わっている。(現実では数日)
しかし、観客はすでに、最初の人物と終わりの人物が同じではないことを知っている。
そう、彼女たちが成長していることを知っている。
主人公が、変化した姿をそこに発見して、
私たちは、そこに感動するのだ。

他人から見れば本人たちが様々な経験をしたことは分からない。(もしかしたら、思春期特有の空想の世界だったのかもしれない)
しかし経験後に主人公たちは何かを得て、確実に成長している。
だからこそ、ラストでは、経験前の不安な表情ではない、晴れやかな笑顔で物語は終わっている。

スティーブン・スピルバーグは言った「主人公が変わると(成長すると)、観客は心を揺すぶられる」と。

以下駄文。

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北京オリンピック代表・森田あゆみ選手は太田市出身。ということは……。

北京オリンピックのテニス、シングルとダブルスで出場する森田あゆみさんが上毛新聞に出てました。

森田あゆみ 上毛新聞

なぜ上毛新聞に、って?。
それは彼女が群馬県太田市出身だからです。

森田あゆみ選手のプロフィール
1990年3月11日生まれ。パームインターナショナルTA所属。
2004年全日本ジュニアテニス選手権で14歳ながら18歳以下の女子シングルスで優勝。
同年全日本テニス選手権でベスト8まで進出する活躍を見せる。
2005年4月12日、史上最年少のプロとして承認される。
同年全日本テニス選手権、15歳4カ月の雉子牟田明子(83年)、
15歳6カ月の沢松奈生子(88年)に次ぐ史上3番目の若さで優勝。
2006年全豪オープン女子ジュニア出場
2007年全英オープン、2008年全仏オープン、4大大会出場。
現在、18歳。
これからの活躍が大いに期待される、テニスの「天才少女」なのだ。

北京五輪のテニス日本代表として、女子シングルスと、ダブルスでは杉山愛と組んで出場する。男子は錦織圭(通称、テニス王子又はテニスの王子様)が出場する。

さて、この森田あゆみ選手の出身地が群馬県太田市だ。
出身校が休泊小学校、休泊中学校なんですね。(弟さんは野球で休泊リトルリーグに所属していたそうです)
つまり、森田あゆみさんは立派な(?)「太田市民」ということになります。

そして、休泊中学校は太田市龍舞町にあります。

龍舞?

太田市周辺の地図を見てみると、「由良」「脇屋」「細谷」「堀口」「大島」「鳥山」「綿打」「高林」「世良田」などなど、新田一族・家臣の名前が今でも残っていることが分かる。

そこで「龍舞」。
これは「東毛奇談」で、龍舞琴音という名前に設定したのもここに理由があります。
そして休泊中学校の近くには「金山」「子育て呑龍・大光院」「天神山古墳」があります。
こうなるとこのサイトで、彼女を取り上げないわけにはいきませんね。
となれば、森田あゆみさんも斎藤佑樹くんと同じように……。
http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-category-5.html
nit_hiki.jpg


何はともあれ、このサイトでは、森田あゆみさんを応援していきます!

「爆弾を仕掛けた」中学校へ電話、避難騒動に、生徒ら3少年を逮捕

あの事件の犯人が捕まりました。
http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-329.html
「爆弾を仕掛けた」中学校へ電話、避難騒動に、生徒ら3少年を逮捕。

検索すると、新聞記事として、全国ニュースとして、多く掲載されてました。

その中でも、地元誌の「上毛新聞」が、一番詳しく載ってました。

県警少年課と太田署は15日までに、太田市の市立中学校に「爆弾を仕掛けた」と電話をかけたとして、威力業務妨害の疑いで同校3年の男子生徒(14)と卒業生の無職の少年2人ーいずれも(16)ーの計3人を逮捕した。
調べによると、3人は今月2日正午ごろから9回にわたり、男子生徒の自宅から同中学校に「爆弾を仕掛けた」などと電話をして生徒ら約440人を校庭に避難させるなど授業を中断させた疑い。
同署員らが同校周辺で聞き込みをし、無職少年のうち1人が浮上。少年に事情を聞いたところ、他の2人と共謀したことを認めた。3人は「いたずら目的だったが、こんな大げさになるとは思わなかった」などと供述しているという。
同校の校長は「指導を重ねてきたが、いたずらとはいえ非常に残念」と述べ、16日にも生徒や保護者らに説明する方針。

上毛新聞 平成20年7月16日付

ということで、噂されていた犯人像に近い人物が逮捕されていました。
・中学の卒業生
・現在無職
・近所のひきこもり
2ちゃんねるに書き込みした人は当たってました。
私は深読みしすぎました。

この3人は遊び仲間で、代わる代わる電話していたので、電話の回数が9回になったようです。
まあ勝手に想像してみると、
中学卒業しても働く気も、高校行く気もない暇な少年2人と、学校さぼっても誰からも文句を言われなくなった中学生が、平日の昼間、外は暑いから、部屋に籠って、やることもないし、「何か面白いことねぇーかな」と思って、考え付いたのが、何か巷で流行っている刺激的な「イタズラ」。でもパソコンねぇから、書き込みもできねぇーし、「まっ、イタズラ電話でもするか」っていう軽いノリで、地元の中学校に電話。「殺すぞ」っていうんじゃリアルだから、爆弾なんて作れないけど、適当に思い付いたので「爆弾しかけた」ってことにしといて、「俺が今掛けたから、次はお前だ」なんて順番決めて、9回も掛けてみたけど、結局は面白くもなかった。
まあ、そんな軽~い気持ちだったんでしょうね。
(でもね、浅はかというか、自宅の電話を使うっていうところが、ありえない。)

そんな軽はずみな行動も、事件となれば、その情報は瞬く間に全国を駆け巡り、ネット上では半永久的にこの事件の顛末は漂い続けることになる。20歳以上だったら実名も出て、それこそ目も当てられない事態になるんですよ。
怖いですね。

でもね、少年なので、逮捕されたといっても、「注意する」ぐらいで出てくるんだろうな。
それが最も怖いです。

「さい銭泥棒」のニュースにグッときた。

心に残ったニュース。

上毛新聞 平成20年7月12日社会面から。

「津軽三味線が聞きたくて、 さい銭盗んだ男逮捕 岩手県警。

岩手県警北上署は十一日、さい銭箱から現金を盗んだとして窃盗の疑いで、住所不定、無職、Y容疑者(52)を逮捕した。自転車で茨城県から青森県へ旅行中だったといい、「津軽三味線を聞きに行きたかったが、金がなかったのでやった」と容疑を認めているという」 所持金はほとんどなかった。調べでは、Y容疑者は十日午後二時ごろ、岩手県金ヶ崎町にある神社のさい銭箱の錠をドライバーで壊し二千数百円を盗んだ疑い」

52歳の初老の男が、憧れの音楽を求めて旅をする。
金なんかなくたっていい、自転車のペダルをこぐ情熱があればいい、向う先は音楽の聖地だ。

ちょっと憧れます。
なんか「ロードムービー」みたいで……。
でも、目的地の青森に行けなかった。その手前で、捕まった。
無念。
でもね、きっとね、釈放された後に、気のいい刑事さんがいて、青森に連れていってくれるんですよ。そして津軽三味線を聞きながら、各々自らの(不幸な)人生を振り返って、涙するんですよ……。
こんな2時間ドラマのような展開を想像したりしてしまいます。

私はこんなニュースにグッときます。




確かに津軽三味線の音色は、心を引きつけます。

笠倉出版社の「歴史ミステリー」本を読んでみました。

テレビ東京系「新説!?日本ミステリー」で、CM放送されている本が気になっていた。
それは、劇薬の日本史笠倉出版社(謎ロマンシリーズ・歴史ミステリー SAKURAMOOK72)というもので、さっそく買って来ました。
笠倉出版社 1

デアゴスティーニの「週刊歴史のミステリー」と似たような感じですが、こちらの方は、奇説・珍説を扱っていて、まさしく私好みです。
目次は、
1、歪められた歴史   「阿弥陀寺に埋葬されていた織田信長の亡骸」
               「明智光秀は生き延びていた!これだけの動かぬ証拠」
              「真田幸村・秋田生存説」
              「石田光成は71歳まで生きていた」
2、真実はどっちだ   「2人いた美濃のマムシ、どっちが本物の斉藤道三」
              「柴田勝家とお市の方・謎多き再婚」
3、細川ガラシャ謎の生涯  「焼死したのは身代わり説もある!悲劇の美女」
4、父親は誰だ!? 豊臣秀頼 仮想DNA鑑定
5、戦国の呪い    「西軍を裏切って変死、呪い殺された小早川秀秋」
             「主家を滅亡へ追い込んだ太田道灌の執念」
             「敗将・小西行長に祟られた!美濃山中・密告した村の悲劇」
6、これが真実だ! 「秀吉は本能寺の変を知っていた。内通したのはこの男」
             「本当は女だった!上杉謙信」
             「信長による比叡山焼き討ちはねつ造だった」
             「桶狭間の戦い・信長の勝利は亡き父のおかげだった」
7、歴史舞台を歩く  「温泉マニア・武田信玄の七つに隠し湯」
             「戦国武将が愛した秘湯」

と、やたら多い。(したがって中身は薄い。ただ、お買い得感はかなりある。)

「本能寺の変」で秀吉と内通していた男、というのが気になっていたが、これは「千利休」ということでした。テレビ番組「新説!?日本ミステリー」では「千利休は徳川家康のスパイ」ということでしたね。関連記事①  関連記事②

笠倉出版社の歴史ミステリーシリーズは他にもあって「陰謀と暗号の歴史ミステリー VOL.1、VOL.2」
「 陰謀と暗号の世界史 歴史の闇ファイル」などがありました。http://www.kasakura.co.jp/

笠倉出版社 2

とこんな感じ。(いいですね。この猥雑な感じが)

石原都知事「宮内庁ごときが」発言と「週刊ポスト」の記事。東京五輪は必要?

人に物を頼むときには、頼み方というものがある。
それに、目的のためには手段を選ばない人間はいつしか信用を失くす、という。


「日テレニュース24」から
『五輪招致活動をめぐり、宮内庁が「皇太子さまの協力は難しい」との姿勢を示したことに対し、東京・石原知事は11日、「五輪招致は国家事業。宮内庁ごときがそんなことを言うのは僭越」と怒りをあらわに。石原知事は皇太子さまの協力を得たいと表明していた。

 オリンピックの招致活動をめぐり、東京・石原都知事は11日、宮内庁に対し怒りをあらわにした。招致に向け、石原知事は皇太子さまの協力を得たいと表明しているが、宮内庁幹部が先週、「皇太子さまがかかわることは難しい」との姿勢を示したことに反発したもの。
 石原知事「宮内庁の役人が何を考えているか知らないけれど、ナショナルイベントなんだよ。(オリンピック招致は)国家をかけた事業なんだよ。宮内庁ごときが出てきてだな、そんなことを言うことは僭越(せんえつ)の限りだよ。そういう役人が日本を滅ぼしてきたんだよ。とんでもないやつだ、本当に。誰も許さないよ、そんな宮内庁の役人」
 石原知事は、オリンピックの招致議連の会長で今月の皇太子さまのスペイン訪問に同行する森元首相を通じ、皇太子さまご本人の意向を確認した上で、政府を通じて正式に招致活動への協力を要請する構え。』

第一印象として、どうにも、この言い草がイヤですね。
「宮内庁ごとき」って、言い方ないですよ。
「東京都知事ごとき」ってことにもなります。
それに、こういったことを断るのに皇室から直に声明が出るとも思えず、まずは宮内庁あたりがやんわりと断るというのが筋となるはずなので、その点で「宮内庁」の役人に怒るのはおかしなことではないのか。
それに、テレビでの都知事の発言をよく見ていると「皇太子っ」と言っている。
本来、「皇太子殿下」「皇太子さま」というべきであり、これでは呼び付けと同じだ。
とてもではないが、これは物を頼む言い方ではない。
(ネットニュースなどでご確認ください。)
この言い方はあまりにも不遜であり、ここにはどことなく、「皇室ごとき」がという物言いで軽侮な印象も感じられる。「将棋の手駒」のような手軽さで、皇室を政争の道具に使うとは、まさにこれこそが「僭越」なのではないか。
私が宮内庁の役人の立場であったなら、この高飛車な態度で物を頼む人物には、何があっても、どんなことがあっても、意地でも協力しない。
それにしても「東京都知事」って、いつからこんなに偉くなったんですかね? 知らなかった。本人は、総理大臣より偉いと思っているんでしょうね。それが、態度に、物言いに、よく表れている。

それにしても、「東京にオリンピック招致すること」ってそんなに大事なことなのだろうか?
「オリンピック」「五輪招致」なんて口に出せば、何を言っても何をしてもいいというわけじゃないはず。
皇室が自らオリンピック招致に協力すると、言うのならいいが、それを「都知事ごとき」が強要すること自体がおかしい。
また、どうもこのニュースで違和感を感じる点は、都知事の言う「国家事業(?)」に皇室を参画させよう、というのが筋違いではないのか、ということだ。
これについて書こうと思ったら、「週刊ポスト」七月二十五日号に、このことが詳しく載っていて、どこが争点になっているのかが良く分かった。
週刊ポスト

タイトルは「石原慎太郎激怒で大波紋」

以下、「週刊ポスト」の要約です。
石原都知事が皇室の協力を得ようとしているのに訳があるという。
本文では「ロンドン開催が決まったのも英国ロイヤルファミリーの活躍があったからこそ。エリザベス女王の長女で、チャールズ皇太子の妹にあたるアン王女が五輪招致合戦で大活躍し、プレゼンテーションではエリザベス女王のスピーチVTRが流された。こういった王室ブランドを利用することが、IOCの印象を良くし、他候補地との戦いに勝利した、と分析している。そこで皇室の協力こそが他の候補地との差別化となると、石原氏は考えている」という。
文化女子大の渡辺みどり氏は「積極的な皇室外交は雅子さまの希望もあるだけに、皇太子さまにも招致活動に関わりたいという意思があるのではないか」と見ている。

しかし、皇室の関与に否定的な意見もある。皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏の意見「英王室など欧州の王室は私有財産があるがゆえ、その活動に制限がない。しかし皇室の活動費は国の税金から出ているため、活動は原則、国家が決定したものに限定されます。東京五輪の招致は東京都の意向です。野村東宮大夫は慎重な人だから、そうした点まで考えて発言したのでしょう」
スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏の意見(「日の丸とオリンピック」の著者)「五輪の開会式に皇族が出席することはありますが、それは開催が決定してからの話で、招致活動の段階で皇室が全面的に乗り出した例はない。東京五輪には〝石原氏の政治的活動〟という印象がつきまとうだけに、皇太子殿下が利用されていると受け止める国民は少なくないと思います。」
とある。

私はこの辺りに詳しくはなく、よく分からないが、「こういったオリンピック招致活動が厳密にいえば政治活動となるはずで、外国人から見ればこれは立派な政治活動に見えるのでは?」と思っていた。
それが今号の「週刊ポスト」の記事でよく分かった。
 また、皇室の政治活動となれば、近隣諸国(中国、韓国など)の反発はないのか?といった疑問も浮かぶが、この辺りはどうなのだろうか? 
また、石原慎太郎が持っている何らかの政治的思惑や思想的意図が別にあるのではないか、とも勘ぐってみたが、この辺りもどうだろうか?
とまだまだ疑問は浮かぶ。

ただ今回の騒動の原因は他にありそう。それは過去に、宮内庁と石原氏との間に確執があったというのだ。
以下も「週刊ポスト」の記事。
四年前の「皇室ライトアップ論争」で、「観光振興のために皇室をライトアップさせてほしい」と石原氏は提案し、これを羽毛田信吾・宮内庁次官(現長官)が撥ね退けた。そのとき羽生田氏は、石原氏を「良識がない」と嫌味を言ったという。これに石原氏が相当に頭に来ていて、それが今回の「木っ端役人」「宮内庁ごとき」という発言につながっているというのだ。
まあ、これが今回の騒動の原因だとすれば、石原氏は大人げない。

また、宮内庁サイドとしてみれば、「夏季五輪はシカゴが圧倒的有利であり、東京が勝てるはずがない。そうなると殿下に恥をかかせることになり、その批判の矛先が宮内庁に向くことを懸念している」と見ているというのだ。
週刊ポストではこの記事の最後に「世界の名だたる大都市と争うのに、〝内輪モメ〟をしている場合ではないと思うのだが……。」と結んでいる。
全くその通りである。

そもそも、石原都知事がこれほどオリンピックにこだわるのは、五輪利権がからんでいるんじゃないのか?とも疑いたくなる。
都知事の発言を見てみると、「スポーツの祭典としてのオリンピック」という純粋な精神ではなく、「東京再開発のためのオリンピック招致」としかに聞こえないのだ。
(検索すれば、そういった意見が多数ある)

それよりも、まず先に、宮内庁にケチを付けるより、「新銀行東京」をどうにかしたら?とも思う。
発足した04年度から07年度の4年間で累積赤字は456億円を出し、新たに400億円もの追加投資をするなんて、税金の無駄使いでしょう。
それともこの損失を「オリンピック招致」による開発事業で穴埋めする腹積もりなのか。新銀行東京の失敗による非難を五輪招致で誤魔化し、うやむやにしようとしているのか。そう見えます。
本当に知事がいうように、「オリンピックを国民全員が望んでいる」のだろうか?(反対している都民、都議会議員は多くいるようで、活動もしている)

まあ、どっちにしても2016年の東京オリンピック開催は難しいと思うけど……。

ということで群馬県人が東京都知事にケチをつけてみました。

それにしても、都知事のこの言い方はないよな。VTR何回も見ましたけど、これまさに「恫喝」ですね。

奥富敬之さん死去。 本当に感謝しております。

奥富 敬之氏(おくとみ・たかゆき=日本医大名誉教授、歴史学)7日午後2時54分、胃がんのため東京都文京区の病院で死去、71歳。東京都出身。告別式は10日午前11時から文京区本郷2の15の6、三念寺会館で。喪主は妻雅子(まさこ)さん。
 著書に「鎌倉北條氏の基礎的研究」など。NHKの歴史番組の時代考証を担当した。
(共同通信) 2008年07月08日(火)から。

奥富 敬之さんの本は本当によく読みました。特に、源氏に関するもの、北条家や鎌倉に関する知識は奥富さんの本から吸収しました。

手元にあるのは
源氏三代101の謎  新人物往来社
天皇家と源氏  三一新書
源義経のすべて  新人物往来社
源頼朝のすべて  新人物往来社
など。

そして、私のバイブル
上州 新田一族

上州新田一族  (新人物往来社)
新田義貞を書いた本は結構あるが、新田一族そのものを書いた本はほとんどない。その中でもこの本は決定版といっていいでしょう。
新田氏の発祥から始まり、新田義貞、脇屋義助の時代、その後の新田一族の行方までを分かり易く追った歴史書です。
そしてこの本には「稲村ケ崎徒渉伝説」「新田肩衝」「義貞の首の伝説」「鬼切 鬼切丸」のことにも触れていて、ただ単に歴史的事実のみを扱っていないところがすごい。そういった伝説・伝承の部分にも目を向けている点が、奥富さんの鋭いところ。そこに歴史の面白味があり、興味が湧くこところだ、と分かっていらしゃったということでしょう。
したがって、この本がなかったら、新田源氏や、新田義貞に興味がわくこともなかったし、ましてや「東毛奇談」を書くこともなかった。

本当にお世話になりました。

他にも新田一族について書いた本も多く、

清和源氏の全家系( 新田諸族と戦国争乱 ) 新人物往来社
清和源氏の全家系( 南北朝争乱と足利一族 ) 新人物往来社
清和源氏新田堀江家の歴史 高文堂新書
などがある。

ご冥福をお祈りいたします。

うまい記事だな、と感心した。

最近読んだ中で、かっちりした記事。

『映画監督の山本嘉次郎は通行人の役など“その他大勢”の役者も、一人ひとり名前で呼んだ。「青い服の君、少し右に」などと指示する助監督を、「人には名前があるのだ」とたしなめたという◆できそうで、できない。道行く人々から挨拶される古代ローマの有力者も相手の名を思い出すのには苦労し、「ノーメン(=名前)クラトール(=世話役)」と称する記憶係を従えていた◆米国のブッシュ大統領もそういう係をそばに置きたかったに違いない。日本の報道機関と会見し、「コイズミ」は4回、「アベ」も口にしながら、ついに「フクダ」の名は出ず、「いまの首相」でお茶を濁したという◆アウン・サン・スー・チーさんの名前を何度も間違え、サルコジさんの名前には演説草稿にふりがなを振ったと伝えられる人である。“その他大勢”と考えたわけではなく、ただ単純に覚えられなかったのだろう◆誰にも苦手はあるから映画監督の記憶力は望まないが、忘れてほしくない名前がひとつある。母親の切ない訴えを聴いて、目を潤ませた日のことは大統領も覚えておいでだろう。「メグミ」という。』
(2008年7月5日 読売新聞)


最近の読売新聞のコラム「編集手帳」は、紙面の文字が大きくなり、字数が減って、つまらなくなった。
その中にあって、久々にうまい記事だと思った。内容もいいけど展開もうまい。

最後の一文が効いてます。

平泉、世界遺産「登録延期」事実上の落選 。そして「世界遺産」の現状。

2008年7月7日、ユネスコは「平泉」の世界遺産登録認めなかった、というニュースが流れた。

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20080707-380859.htmlから
『平泉、登録延期に落胆の声相次ぐ

 「非常に残念」-。世界遺産委員会が「平泉の文化遺産」(岩手県)の世界遺産登録の延期を決めた7日、地元関係者が一様に落胆した。

 平泉町民らで組織する平泉町世界遺産推進協議会の穂積昭慈会長(81)は「相当期待していたが、非常に残念。世界遺産委員会の委員が全員(平泉町などの)現地に来たわけではなく、平泉の持つ雰囲気が伝わらなかったのではないか」と言葉少なに話した。

 ユネスコへの推薦状作成に当たった工藤雅樹福島大名誉教授(70)も「正直、残念。あらためて国や県が協力して地元自治体としっかり協議して今後の対策を考えてほしい」と述べた。

 厳しい表情で審議結果の電話を待った岩手県平泉町の高橋一男町長。「34分間慎重に審議してもらった結果、残念ながら登録延期だった」と落胆ぶりは隠せない様子で「道が閉ざされたわけではない。審議の内容を精査して今後とも全力で取り組んでいく」と声のトーンを落としながら話した。

 県の大月光康生涯学習文化課総括課長は「誠に残念(という)以外言葉がありません…」と話すのが精いっぱいだった。』
また、
『日本推薦の世界遺産候補地が「落選」するのは初めて。平泉の世界遺産登録を再挑戦するには、推薦書の提出からやり直さなければならないため、最短でも2年後の世界遺産委を目指すことになる。』
ということで、再挑戦は最低でも2年かかる、とのことだ。

では落選した理由はどこにあったのか、ネットで検索してみた。
そこで、いい記事があったので転載しておく。
以下の記事は、佐藤弘弥氏が書かれた1年前の2007年5月14日のもの。
石見銀山が一時「世界遺産登録延期」になったときのもので、これに合わせて平泉のことも書かれている。
今回の落選がどこにあるのかを既に予測されていて、実に秀逸である。
http://www.news.janjan.jp/culture/0705/0705145503/1.php

『平泉は大丈夫か?!
 遺産の範囲を当初よりも拡大したということについては、同じ年(2001)に暫定リスト入りした平泉にも当てはまる可能性がある。平泉には今秋にイコモス委員会の調査委員がやってきて、来春に調査報告書をユネスコに提出し、夏にも登録される運びとなっている。

 また「銀山」というものの普遍的な価値が証明されていない、というのであれば、「浄土思想」というものも、同じことが言えるのである。「浄土とは、いったい哲学なのか、宗教なのか」と正直な見解を吐露されたイコモスのオランダ委員のロバート・デ・ヨング氏の昨年6月の指摘は、まだ生きていると考えるべきだ。

 昨年12月にユネスコ世界遺産委員会に提出された平泉の「推薦書」によれば、「浄土思想に基づく……」という言葉を簡単に言って、日本人の認識を前提にして記述しているが、浄土思想そのものが、西洋人にとっては、極めて難しい概念で、私は「浄土思想」を持ち出す前に、平泉を中心とする東北地方で起こったゴールドラッシュとそれに伴う戦争の悲惨を説明し、初代清衡が到達した平和思想をこそ、強調すべきであると考えている。

 浄土思想という時には、マミダーバ(阿弥陀信仰)の説明も必要となる。それであれば、西洋人に対して、世界遺産条約の前文の先取性も比較的容易に証明できる「中尊寺落慶供養願文」の平和思想の根本を詳しく説明し、恒久平和の理念を持って建設された都市「平泉」の普遍的歴史的価値を全面に押し出すべきである。
遺跡を荒らす平泉の愚 
 昨年の「平泉文化遺産」国際専門家会議では、そそくさと見せたくないところは、さっと流して見せたので、問題も指摘されなかったかも知れないが、世界中の遺跡を調査しているイコモスの専門家が独自の視点で、様々なチェック項目を持っているはずだから、現在の工事現場そのものにしか見えない北上川、衣川周辺の遺跡群を見て、何でここまで遺跡を荒らすのか、と思わない方が不思議である。
 さて平泉の推薦書には、その柳の御所跡について、『奥州藤原氏の政庁「平泉館」に比定され、政治・行政の中心的な施設であったことを示す地下遺構や豊富な遺物が良好に残されている』というが、往時の景観が平泉バイパスによって、完全に破壊され、何をもって良好に残されていると言えるのか、この推薦書を策定した人物の思いを知りたいのである。
それは、はっきり言えば、外国人がその遺跡を一目見て、「美しい」とか、「これは価値がある」とシンプルに理解できるような景観を整備することだ。それこそが「コア・ゾーン」(核心地帯)の概念なのである。
 問題なのは、過剰な開発思想によって、バイパスができ、河川改修が進み、あってはならない遺跡のすぐ脇が工事現場そのものと化していることだ。特にコア・ゾーンとして、景観破壊の著しい柳の御所跡、無量光院があることは、ネックになることが予想される。

 現在の平泉で、世界遺産としての価値を十二分に有していると思われる地域は、中尊寺、毛越寺、達谷窟(西光寺)、骨寺遺跡の4つと言ってよい。一関骨寺の場合は、村の中央を流れる本寺川のコンクリートを自然工法で、本来のせせらぎに戻すことが早急に必要である。 』


世界遺産登録から外された今、この記事を読むと、問題点がどこにあったのかが分かる。

やはり、西洋人に「浄土思想」を理解させるのは難しいし、その点を押しすぎたのではないか。
平泉が、奥州藤原氏や源義経などが登場する日本史上で重要であることは日本人なら分かる。だが、その歴史的の価値を外国人に伝えることは困難だろう。よって世界遺産の登録基準である「人類が共有すべき顕著で普遍的な価値をもつもの」に平泉があたらないとなるわけだ。
だが、登録されなかったからといって、これで平泉の文化的価値が下がるわけではない。しかしこの落胆ぶりはどういうわけか。
「世界遺産」という名の冠があまりにも大きくなり過ぎているのではないか。この「世界遺産」という権威付けは、その本来の目的からだんだんと外れてきていると思うのは、私だけだろうか。
世界遺産登録に躍起になっている自治体が、日本にも多くある。そこに多くの金と人と時間をつぎ込んでいる。「世界遺産」という名を出せば、予算が取れる、地域開発の名目が立つ、といった状況になっているのではないか、と疑っている。
今、日本ではちょっとした観光地、名所でも「○○を世界遺産に!」なんて看板が立ち、その自治体の役所にいけば垂れ幕さえ掛かっている。どこもかしこも「世界遺産を目指そう」ブームとなっているのだ。これ、数が増えると質が落ちるのと同じように、これでは「世界遺産」の威光も有難味も薄れていくのではないか。
世界遺産に登録された850件以上もある飽和状態の中、登録数を押えようという意向がユネスコにある限り、日本で登録される所も少なくなるだろう。
そんな中で、「世界遺産登録」なんて望みも薄いのに、懸命に金をつぎ込むのはどういったことなのか。(なんか東京のオリンピック招致にも似ている)
そういった意味でも、世界遺産について考える時期にきているのかもしれない。


またWikipediaには世界遺産に認定された後の「観光地化」の問題点を挙げている。
『観光地化
世界遺産に登録されることは、周辺地域の観光産業に多大な影響がある。 白川郷、五箇山では、登録後に観光客数が激増した。一方でそれにともなう摩擦もある。世界遺産の公共性を曲解した一部観光客が住民の日常生活を無遠慮に覗き込むなどのトラブルも発生している[4]。 また、観光地化を目的として世界遺産に認定してもらおうという動きが少なくとも日本においてなされており、それが長年に渡って世界遺産認定を目指している鎌倉で2007年11月に神奈川県職員の公文書偽造という事件となって表面化した。また観光地化することで保全の妨げになってしまうなど、世界遺産の意義が問われている。そのため、世界遺産認定に反対する人も存在する。』

やはり、観光地されたときの経済効果を狙った自治体も多く、それによる弊害も増えることになる。
ちなみに
現在、日本の暫定リスト掲載物件は9ヶ所ある。
古都鎌倉の寺院・神社ほか
彦根城
平泉-浄土思想を基調とする文化的景観
富岡製糸場と絹産業遺産群
長崎の教会群とキリスト教関連遺産
飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群
富士山
国立西洋美術館本館
小笠原諸島
ほかに琉球諸島の暫定リスト記載内定。

そして日本で世界遺産に登録されたものが14か所。
法隆寺地域の仏教建造物 - (1993年12月)
姫路城 - (1993年12月)
古都京都の文化財 - (1994年12月)
白川郷・五箇山の合掌造り集落 - (1995年12月)
原爆ドーム - (1996年12月)
厳島神社 - (1996年12月)
古都奈良の文化財 - (1998年12月)
日光の社寺 - (1999年12月)
琉球王国のグスク及び関連遺産群 - (2000年12月)
紀伊山地の霊場と参詣道 - (2004年7月)
石見銀山遺跡とその文化的景観 - (2007年6月)
屋久島 - (1993年12月)
白神山地 - (1993年12月)
知床 - (2005年7月)

やはりこの表をみると、石見銀山が登録されて、どうして他がダメなのか、といった基準判断の曖昧さが出てくる。これで、富岡製糸場が登録されたら、平泉が落選された意味が分からなくなる。
それに、ここに名が上がっている所よりも、もっとふさわしい場所が思い浮かんでしまうのは、私だけか。そう考えていくと「あそこは」、「ここは」といった場所が次々と出てくる。
でも、今回のように、平泉が登録されないのなら、他もダメだということになるでしょうね。

7月7日に思ったこと。

本日は、7月7日の七夕ということで、6歳になる娘は学校から帰ってくると、一生懸命に「七夕飾り」を作っていた。
飾れた七夕飾りの娘の願い事を、こっそりと見てみたら、「水に顔がつけられますように」と書かれてあった。(プールや頭を洗うのが苦手なのだ)
なんとも、現実的なお願いだった。確か、去年は「プリキュアになりたい」と書いていた。
私にもなにか願い事を書くように言うので、とりあえず「3億円が当たりますように」と書いておいた。
私の願いは一生叶わないでしょうが、娘の願いは努力すれば、すぐにかなうでしょう。

そして、先日、娘と「風の谷のナウシカ」を見た。
自分が学生時代に見た「物語」を、何十年も経ってから、自分の娘と見るとは、何とも不思議な気分でした。
アンパンマン考」のときのように、質問攻めにはならなかった。まだ少し難しかったのかもしれない、ただ、無言で見入っていた。
こう考えると、なんとも呑気で平凡な日々を過ごしているな、とつくづく思う。(仕事の面では、別ですが…)
そういえば、こんなようなこと前にも書いたなあ~、と昔の記事を見てみたら、一年ほど前にも娘に関する記事があった。今、読み返えしてみると気恥ずかしくなるものだ。
その中にこんな内容があった。『栃木県で起こったリンチ殺害事件というものがあった。詳しいことは忘れたが、20歳くらいの男性を友人たちが暴行して、殺した事件だった。そのとき被害者の父親がインタビューに答えていた。「息子のことを思い出すが、なぜか、5歳くらいのときばかりが思い出されて、悲しい」と。いま自分の娘が5歳になって、この被害者の父親の言葉がよく分かる。……』

だからというわけではないが、娘を持つ身としては、幼女連続誘拐殺害の宮崎勤死刑囚に対する怒りは今の方が大きい。また、死刑が執行されたことに関して「死に神」などと書きたてた朝日新聞や、ただお題目のように「死刑反対」を唱える人々に対しても同様に怒りを覚える。
news08-2257_pho01-small.jpg

また、川田亜子元女子アナウンサーの自殺に関して、真実を追究しようとする父親に対して、それを「やめろ」「やめた方がいい」なんてことも決して言えない。父親が娘の不審な死を解明しようとする行為を、止める権利など誰ももっていない。(真実を追究するなと書いた記事が結構あった)
それに、北朝鮮に拉致された家族の思いなど逆なでするように『拉致被害者「めぐみさん」は幸せ』だと書いてしまう瀬尾佳美・青山学院大学准教授もいる。

これらのみんなさん、娘や息子を不本意な形で失った親たちに対して、あまりにも惻隠の情がない、と私は思う。


7月7日の夜、何ともまとまりのない文章を書いた。

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