スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年・平成21年を総括してみました。

年末ということで、当サイトのアクセス数と拍手数を集計してみました。
前回は2008年10月にアクセス数が10万を超えたということで集計していました。
過去記事
ここから約1年経って、現在25万アクセスになっているので、やや右肩上がりとなっています。

拍手数は当サイトが2445個、東毛奇談サイトが163個、合計2608個となりました。
去年が903個なので、だいぶ増えました。

そこでベスト10
1位 「人によって常識の尺度は違う。 神田うのって 」 268個。
これがダントツの数、1年前の72個から4倍に増えている。どういうことなのか、全く不思議だ。ただこの記事が当サイトで一番支持があるというのは、私にとっては微妙な感じがする。

2位 「東毛奇談」で、当サイトと別サイトを合わせた数が210個。これはほとんど増えていない。がっくり。

3位 一連の「東国原知事批判記事」すべて合わせて、108個。選挙前の「東国原知事批判のまとめ。やはり東国原は自民党つぶしの自爆テロだった。」から書いてませんが、また書くつもりです。今考えるとこの記事あたりから当サイトは右傾化したようです。やはり現在の民主・小沢の独裁を許した大元はこの東国原騒動にあるとみているからです。あとは、政治関連の記事が増えました。中川昭一さんの記事もいくつか書いてました、こちらは合計すると38個。これ以降「政治ネタ」(ネットウヨ化?)ばかりとなっていまいました。

4位 アンパンマン考 で合計99個。これは本当にうれしい。時間も手間もかかったのでこれを褒められると素直に喜んでしまう。

5位 「新田義貞伝承を追う! 実は「東毛奇談」の続編」シリーズ 合計で84個。やはり新田義貞の墓や首塚のものが多く付いていた。いま、天海・児島高徳、井上馨、新井白石と続いております。

6位 お~新登場、「ミス・ユニバース日本代表」の卑猥な衣装に見る、日本文化の破壊」で、73個。不思議だ、このネタで。ただタイムリーだったことは確か。

7位 「新説!?日本ミステリー・関東・謎の日本王国」のまとめ、そして太田市 」で56個。これは太田市が歴史的遺産を放置しているというネタの一環で書かれたもの。結構、太田市批判の記事は多い、これに関連して「「新田市を誕生させる会」発足。いまこそ新田源氏の名を地名に!」につながるわけです。

8位 「デマ、噂の真相」シリーズ、合計で55個。これも地道に付いてます。今読むと結構変。何しろ、「木村拓哉」と「徳川埋蔵金」と「群馬国際アカデミー・英語学校」と「国家の品格」を組み合わせた強引なものなので。むかしは変なのが多い。シリーズ第6回

9位 「宮嶋茂樹の意見に全面賛成。日テレの「サプライズ怒(ど)っとJAPAN」は腑抜けだった。」と続きの「日の丸の話」で合計42個。これもタイムリーなネタだった。

10位 歴史の話なんて全部ウソ、司馬遼太郎の話もや」島田紳助の暴言に激怒 で34個。これは急上昇、「紳助の暴言」とか「島田紳助 激怒」なんていう言葉でアクセス数が急激に伸びていました。理由はあの「東京03」の件があったからで、これとは全く違う話が出ていたので面喰ったのではないでしょうか。だが一応読んでくれて、拍手をくれた人もいたということのようだ。

次点は、「奇妙な話」「その続き」で32個。これも何となく増えてました。

ほかにも拍手が付いたものを見ていくと、軽いもの、タイムリーなもの、芸能ぽいものが読まれるようです。(そりゃそうだ)

また、手間暇かけた割には、評判の良くないものも多いが、そんな中で私のお気に入りも結構ある。今年の中では、
足利尊氏と映画「ゴッドファーザー」のマイケル・コルレオーネは同じ境涯にあった。とか
「スイカ割り=稲作農耕民の祭祀説」 その1 これは直会だ!とか、
渡辺千賀の「日本はもう立ち直れない」と忌野清志郎と小室哲哉とか、
「うの」と「カツマー」と「清貧の思想」
などは、特に思い入れもある。(まあいいんですけど)

ということで、平成22年、2010年も続けていきます。
スポンサーサイト

亀井静香が天皇陛下に転居を勧めるとは、世も末だ……。

「お住まいは京都、広島に」=陛下との会話明かす-亀井氏

 亀井静香金融・郵政改革担当相は27日のテレビ朝日の番組で、天皇陛下と言葉を交わした際に「権力の象徴であった江戸城(跡の皇居に)にお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか」と語ったことを明らかにした。
 閣僚が陛下との会話の内容を明らかにするのは極めて異例。亀井氏は24日の宮中午さん会で陛下と会った際、「恐れ多くも陛下に、『こういう権力の象徴であった江戸城(跡)にお住まいになられるのでなく、京都か広島に(お住まいになれば)』と一方的に申し上げた。陛下は黙っていた」と述べた。番組終了後には記者団に「(陛下は)『京都好きです』とは言っておられた。広島が好きですとまでは言われなかったけど」と語った。
 また、亀井氏は番組で司会者に「天皇陛下とは日本人にとって何か」と問われ、「象徴であり、かつ元首だ」と答えた。ただ、亀井氏は「(憲法には)元首という規定はないけど。天皇という存在が日本を代表しておられるという意味では象徴だ」とも述べた。
 この発言に対し、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は同じ番組で「憲法上、元首だと言明するのは違う」と指摘。共産党の志位和夫委員長も「憲法で元首というのは無理だ」と批判した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009122700080時事通信から

またこの件について、毎日新聞のサイトにノンフィクション作家の保阪正康氏のコメントがあった。

「(閣僚が所管事項を天皇陛下に報告する)内奏ではないが、現職閣僚が陛下との会話を明らかにすることに軽率さがある。陛下には反論権がなく、我々も亀井氏の話が正確か、判断する根拠がない」と指摘。その上で「現政権は皇室問題についての基本的な考え方を説明すべきだ」と注文した。
 内奏の場合、内容が外に漏れることは天皇の政治利用につながるとの指摘があり、口外しないことが原則になっている。1973年に増原恵吉防衛庁長官(当時)が昭和天皇のお言葉を引き合いに、政府の防衛力増強を合理化するような発言をし、閣僚辞任に追い込まれた例がある。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091228k0000m01から。

この番組は「サンデープロジェクト」(平成21年12月27日放送)だ。
たまたま見ていたが、田原総一郎にうまく乗せられてしゃべったような感じだった。
また田原総一郎の「天皇に聞いたのか」とか「玉(天皇)を奪う」とか全く尊崇の念がないのも気になった。
サンプロ 亀井

で、皇室が京都にお戻りになされた方がいい、というのはよく聞く話だが、これにも二種類ある。東京にいればマスコミ格好のネタにされ皇室の権威が失墜させられる、また、なにかと政争の具に利用されるのではないか、などといった危惧もあって、真に皇室を心配しての「京都転居」を考えている人たち(尊皇的右派)がいる。
もう一つは、天皇制を廃し、日本の根幹を変えようと考え、皇室をただの一地方の名家のような扱いにしたいと思っている左派系の人々がいて、そんな方々は、まずはやんわりと「天皇に京都にお帰りいただく」などと言うのだ。同番組「サンデープロジェクト」で数カ月前に「皇位継承」の問題を取り上げたとき、出演者の高野 孟が「天皇は京都に帰って田んぼでも耕していればいい」と言い放った。まさにこの中国共産党心酔のバリバリの左翼が考えていることはこれで、まず天皇排除を狙っているのだ。(この高野 孟は民主党結党の立役者と言われる) こういう人々が言う「天皇京都転居説」は怪しいと疑った方がいい。

それにしても亀井静香がおかしいのは、元首は天皇陛下であるのに京都に移れ、と言う点にある。元来、元首がいるところが首都になるわけだから首都も京都に移転することになるわけだ。まして、広島に転居すれば首都は広島になるということだ。(亀井氏は広島からの選出だから「首都を広島に」という考えとなるのか、ただの地元贔屓か、そう取られても仕方ない。私が新田源氏の地に「皇室」をというのと同じことになる。「上州遷都論」)
ということは、究極的に、今の政治形態を根底から変えるのか、首都を移転するのか、二者択一を「天皇陛下」に迫ったということになる。こんな日本の根幹に関わることを、ただの大臣が、昼食の席で、訊くことではない。まして明治維新に匹敵するような重大なことを、「いい」とか「できない」とか陛下が簡単に答えられる訳ないじゃいか。
聞く前によく考えろ! それにそんな大事を外に漏らすな!しかもテレビで! 情けないよ! 政治家としてよりも、まず大人・社会人として、いやその前に人として、恥ずべきことだ!
一般の会社で、平取レベルの人が創業の名誉会長に向かって、「会社を勇退しろ」あるいは「本社を移転しろ」と質問して、答えを迫るなんてことあり得るだろうか。しかも昼食の席でだ。こんな失礼はない。しかもその内容を外に漏らすなんてことになったら、まさに会社としての存続に関わることだ。そんな人は、即クビ、あるいは良くてどこかの地方に飛ばされるかだろう。でも、こんな「短慮なバカ」が例え会社に残って
たとしても、社内では白い目で見られて、誰も相手にしてくれなくなるだろう。会社員なら分かるでしょう、言いたいことが。
まず、一体、亀井氏はどんな意図でそんなこと申し上げたのか。そこをマスコミは突いて欲しい。
象徴天皇制から大統領制にでも移行させるつもりなのだろうか。まず、この質問の本当の真意を説明させるべきだ。

まだ調子づいていたころの東国原英夫が「大統領制いいじゃないですか」と軽々しくバラエティー番組で言っていたが、これは今の天皇を象徴とした政治形態を解体するということを意味するといったことがまるで分かっていない様子だった。こんな口先だけの浅はかな思考しかできない軽薄政治家ばかりが増えた。(小沢一郎独裁政権を許した第一戦犯。だが、「民主党」へ与えたこの戦功によって、またテレビに出られるようになったのだろう。)
「この国がどういったかたちで成り立っているのか」これを思う人が政治家にいないのか。
いまは、こういった考量もなしに、思いつきでパッパッと軽々しくモノを言う政治家が注目されている。
おかしな状況だ。

それにしても、ここ数カ月、政界であまりにも不遜な言動が多すぎる。岡田克也、小沢一郎、鳩山由紀夫、それに亀井静香、福島瑞穂(天皇制反対、天皇は元首ではない)など、こんな人々が結束している現政権とは一体何なのだろうか……。
あまり天皇陛下に御負担を掛けぬようにしてもらいたい。
何一つ政策はうまく行っていなのだから、とりあえずはそれ位はして欲しいと心から願うのみだ。

そのうち小沢一郎は……される。

小沢幹事長事務所に銃弾、封筒に入れ届く

25日午前11時40分頃、東京都千代田区永田町の衆院第1議員会館にある民主党小沢一郎幹事長の事務所で、郵送された封筒にライフル銃の実弾と見られる弾が入っているのを男性秘書が見つけ、警視庁麹町署に届け出た。
同署幹部によると、白い縦長の封筒の中に、さらに小さな封筒が入っており、弾はその中にあった。弾は直径約1センチ、長さ約10センチで、形状などからライフル銃の実弾とみられる。封筒の表には、事務所の住所と「小沢一郎殿」というあて名が手書きで記されていた。
20日前後に東京23区内から投函(とうかん)された可能性が高いという。同庁は弾の鑑定を急ぐとともに、脅迫や火薬類取締法違反の疑いで調べている。
読売新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091225-00000905-yom-sociから

このところの小沢一郎の言動を見ていると、自らを危ういところに追い込んでいるのではないかと感じられてならない。
特に天皇陛下・皇室を飛び越えて権勢を振るう人物の末路はどうなるか、それは、日本の歴史を見れば分かる。
関連記事
この中で私は、小沢一郎=清河八郎説を唱えている。
となれば最期は「暗殺される」ということになる。

12月12日、韓国を訪問した小沢一郎がソウル市内の国民大学で講演したときの模様がユーチューブに上がっている。
マスコミでは全く取り上げず、週刊新潮の12月31日・1月7日号で、「天皇家は韓国から来た」喝采を浴びた「小沢一郎」幹事長 ソウルの不敬発言、という記事が出ていたくらいだった。
で、その時の講演の模様が上がっているので見てみた。デタラメ内容で、トンデモ話、まさに噴飯ものだった。
そして肝心の根拠としているもの何かといえば、
江上 波夫 騎馬民族征服王朝説だった。
これはいつの時代の説だよ。昭和40年代ころの説で、散々否定された説じゃないか。
そんなものを引いて、韓国にまで行って堂々と述べるとは、どういうつもりなのだろうか。
これについては「チャンネル桜」が詳しかった。(もちろん小沢一郎を罵倒してます)

それにしても、小沢一郎の皇室に対する尊崇の念は全くないようだ。
週刊新潮12月24日号の福田和也の記事がこの点をよく突いているので、一部引用しておく。

小沢は歴史観がない。切腹ものだ。
 (前半部分は略)……過去に小沢氏はインタビューで「昭和天皇は内閣の意思を無視して、もしくはそれに反して、いわば形式的な権限である天皇大権を活用して終戦の詔勅を出した」(週刊ポスト05年1月1・7日号)と語っています。彼は「本来、天皇は内閣の意を受けて行動するもの」と考え、今回の発言に至っている。歴史観、政治観の根本から腐っています。
時の総理大臣は、長く侍従長をつとめた鈴木貫太郎でした。鈴木は終戦の道筋を作るために総理大臣に就任したのです。先帝陛下は総理大臣と阿吽の呼吸で動きながら、終戦という大きな決断をなされた。当時、国内の最大勢力であった陸軍を抑えて、ぎりぎりのところで国家、国民を保持したのです。この機微を感得できない小沢氏には、即時に国政の場から退場していただきたい。二・二六事件のとき岡田啓介総理以下、閣僚が襲撃され内閣機能が失われた際、軍事クーデターを防いだのも先帝の決断、大きな意味での政でした。
今回の騒動の本質的な問題は、千年、二千年の歴史を持つ皇室に対する畏怖の念が決定的に欠けているということです。<中略>……お祭りを大事にし祈念することに精励されてきた今上天皇の意思を否定するものに他なりません。
そもそも、総理でも閣僚でもない一党の幹事長というだけの人間が、皇室の営為に口を出し、ルールをねじ曲げたということは許されない。
戦前だったら不敬、国賊と言われ、切腹して償わなければならないでしょう。

「切腹」というのは武士による名誉の死なので、国賊の小沢一郎には勿体ない。
このまま、右派が放っておくとは思えない。事務所に銃弾なんてことじゃ済まないのでは……。
ほんとうに危ないのは、鳩山由紀夫の首相のイスではなく、小沢一郎の生命だ……。
すでに、彼はそういった領域に踏み込んでいる。



「南京事件」なのか「南京大虐殺」なのか……。

http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-671.htmlの記事の続き。

朝日新聞でこの件に関しての記事が出ましたが、少々奇妙なことに。
http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY200912230377.htmlから

「南京で大虐殺」認定 規模は今後の課題 日中共同研究 日中両政府が進めてきた有識者による初の日中歴史共同研究の報告書の内容が明らかになった。1937年の南京大虐殺は「大規模な虐殺行為」との認識では一致したが、犠牲者数は今後の研究課題とした。一方、日本の途上国援助(ODA)が中国の発展に貢献したと評価。共同研究の日中両座長は「相互理解を促進する第一歩」と位置づけている。
 報告書は「古代・中近世史」「近現代史」の2部構成で、同じテーマに関する日中双方の論文を収録している。
近現代史の「総論」によると、日中全面戦争の発端となった37年の盧溝橋事件について、日本側は事件の「偶然性」を、中国側は事件発生の「必然性と計画性」を重視。毒ガス兵器の使用や市民への無差別爆撃など、日本軍の中国での侵略の傷跡が今も残っているとの考えで一致した。
 南京大虐殺については「大規模な虐殺行為であることを認めこれを討論した」と明記。ただ、規模、原因、背景などについては「深く追究する必要がある」とした。
 虐殺の規模をめぐっては、中国の大虐殺記念館が「30万人」と表示。日本の研究者の間では「数万~20万人」などの諸説があり、虐殺そのものを否定する研究者もいる。日本政府は「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できない」としつつも、犠牲者数について「諸説あり、政府として正しい数を認定することは困難」との見解を示している。
 戦後の歴史については、日中双方が、日本が新憲法のもとで平和国家として歩んだことを肯定的に評価。靖国神社参拝問題や日本の歴史教科書問題などについては、今後研究する必要があるとした。
 共同研究は、小泉純一郎首相(当時)が靖国神社に参拝し、日中関係が悪化したことを踏まえ、2006年10月に安倍晋三首相(同)が中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席と合意。日中それぞれ10人の有識者による委員会が設けられ、座長は日本側が北岡伸一・東大教授、中国側が歩平・社会科学院近代史研究所長が務めた。両政府は研究を継続することで合意している。(東岡徹)


同じ事を扱っているのに、読売新聞は少し違う。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091224-OYT1T01198.htm

「戦争理解に困難ある」日中歴史研究委が総論公表
 日中の有識者による「日中歴史共同研究委員会」(日本側座長=北岡伸一・東大教授)の最終会合が24日、都内のホテルで開かれた。
報告書の発表は来年1月に先送りされ、「総論」のみが公表された。
さらに、中国側の要請で、1945年以降の現代史の部分は今回の報告書に掲載しないこととなった。
多くの論点で日中双方の見解は隔たりが解消できず、今後、委員を入れ替えて第二期の研究を始める。
 近現代史に関する総論では、「日中両国民の間で、戦争の本質と戦争責任の認識に関し、相互に理解するにはかなりの困難が存在する」と指摘。研究者の歴史認識にも違いがあることを考慮し、報告書は「完全に意見が一致することを求めず、研究者が各自の視点で論文を執筆し、相手側の意見を取り入れて修正した後、双方の論文を併置する形式で発表する」ことにした。
 会合後の共同記者会見で、北岡氏は「一定の進展があったので第二期(の研究)をやる意義があり、逆に言うといろいろ問題があって、第二期をやる必要がある」と述べた。一方、中国側座長の歩平・中国社会科学院近代史研究所長は「日本による侵略戦争は中国人民に多大な厄災をもたらした。この点に関して日本の学者が明確化した」と語った。
 来年1月に公表される報告書は「古代・中近世史」と「近現代史」の二部構成となっており、主として古代・中近世史はテーマごと、近現代史は時代ごとの構成になるとしている。
(2009年12月24日22時15分 読売新聞)

朝日新聞だけが、南京で大虐殺が行われたということを日本側が認めた、という部分を大きく取り上げている。
各マスコミの見出しは以下の通り。
「日中、来年も歴史研究継続へ 南京事件など隔たり」 日経新聞
「南京事件の犠牲者の数などは両論が併記されることになりました。」NHKニュース
「歴史共同研究を継続へ=日中、南京事件など隔たり」 時事通信
「日中歴史研、報告書1月に延期 南京犠牲者数で対立「南京大虐殺」の犠牲者数」 共同通信 
など。
各マスコミは、すべて日中の意見が対立してまとまらなかったという方に重点を置いているのに朝日新聞の取り上げ方はどうなのだろうか。
それに、「南京事件」なのか「南京大虐殺」なのか表記の仕方でも、各紙のスタンスがよく分かる。

まだこの件は続く。


 

メッテルニヒとオバマ大統領

読売新聞 平成21年12月12日 特別編集委員 橋本五郎のコラム「五郎ワールド」から

大変申し訳ないことに、腸閉塞で緊急入院、11月の本コラムを休載してしまった。9年前に胃ガンの手術をして以来、腸閉塞に見舞われること4回。繰り返し繰り返し襲ってくる腹痛と吐き気に耐えながら病室で読んだのが、発売されたばかりの塚本哲也さん(80)の「メッテルニヒ」(文藝春秋)だった。震えるような感動を覚えた。
伝記の醍醐味を堪能させてくれるだけではない。塚本さんが脳出血で半身不随となり、車椅子の生活を強いられていることを知っていたからだ。この本には「政治とは何か」が凝縮され、日本の政治の卑小さを思い知らされたからである。
塚本さんは東洋英和女学院の学長時代に脳出血で倒れ、5年前に妻のルリ子さんと群馬県榛名山麓の老人ホームに入居した。翌年ルリ子さんは脳出血がもとで帰らぬ人となった。
亡くなる直前、深夜の集中治療室で、妻が左手を上げて空中に書いた文字は「ありがとう」だった。立ち上がれない悲しみの中で、教会の司祭の言葉が深く心に染みた。
「立ち上がれなくてもいいではないですか。心ゆくまで悲しんでやることです」 妻との永別のあまりの寂しさを紛らわすため、左手だけのパソコンで1年半かけ書き上げたのがこの本である。
塚本さんは毎日新聞のウィーン、プラハ、ボンの支局長を務めた。当時から中部ヨーロッパに君臨したハプスブルク家の資料を集めた。「エリザベート」「マリー・ルイーゼ」(文藝春秋)として結実した。
それにしても今なぜメッテルニヒなのか。塚本さんと電話で話した。手紙もいただいた。そこには、あふれるばかりの思いが凝縮されていた。
日本ではほとんど知られていないメッテルニヒの伝記を残そうと思ったのは、日本の政治の幼稚さ、貧困さのゆえだった。精神の高貴さが失われていると思ったからだ。
メッテルニヒの視野の広さ、遠大な将来図、自国のみならずヨーロッパ全体を見渡す「鳥の目」俯瞰図、細心、大胆な行動力と度胸、全体を貫くコスモポリタニズム。とても「保守反動」などという小さな尺度では測れない人物だからだ。
メッテルニヒが一貫して目指したのは何だったろうか。本を読めばよく分かる。<ナポレオン時代のように一つの国が圧倒的に強大で、他の国がその軍事力に降伏従属し、息もつけないような「一国独裁」のヨーロッパではなく、「勢力均衡」で平和を第一とする政治社会秩序だった>
それは決して消極的な勢力均衡論ではなかった。ロシア遠征の失敗でフランスは大きな打撃を受けた。しかし、あまりにも弱体化してはロシアが強大になってしまう。欧州の均衡を守るため、フランスにも執拗に和平を呼び掛けたのだった。
その一方で、着々と自国オーストリアの軍備を増強、フランスが和平に応じないとみるや、オーストリア、ロシア、プロイセン連合軍総司令官として、ライプチヒでナポレオン軍を殲滅した。平和を乱す者には断固として戦ったのである。
キッシンジャーはハーバード大での博士論文「回復された世界平和」(原書房)で、カッスリー英外相とメッテルニヒによって、ヨーロッパは百年の平和を維持したと評価した。そして「20世紀のメッテルニヒ」として、ニクソン政権下で勢力均衡論を実践、米中国交正常化はじめ数々の実績を上げた。
メッテルニヒは、革命は「巨大な幻想」であり、陰惨な結果しか招かないと激しき批判するとともに、偏狭なナショナリズムの危険性についても警鐘を鳴らした。プロイセンの激しいナショナリズムはドイツ帝国を生み、やがて第一次、第二次大戦へと突き進むことになった。メッテルニヒは百年後を見通していたのである。
メッテルニヒは外交家である前に高い教養人だった。ゲーテやシラーなどのドイツ文学、フランス、英国の文学書や歴史書をよく読んだ。数百の詩を暗唱できたという。
しかし、メッテルニヒにも大きな限界があった。貴族以外の庶民と接する機会がなく、民衆との距離を埋めることができなかった。秩序を守ることを第一義に考えたゆえに、産業革命というもう一つの革命による人々の意識の変化が理解できず、時代に取り残された。
故高坂正堯教授に「古典外交の成熟と崩壊」(中央公論社)という名著がある。メッテルニヒは「保守主義者」であっても「反動」ではなかった。「自制」を重んじ、粗暴な形で現状を守ることにも反対だったと指摘、こう書いている。<秀れた外政家は諦念と使命感を持つことが多かった。(中略) 彼らはその行為のもたらすものの不十分さを熟知しながら、対立をやわらげ、協力関係を広げ、秩序らしいものに接近すべく懸命に努力した>

前半の文章などを読むと、橋本五郎氏の視線は優しいと、「五郎ワールド」を読むたびに思う。
この塚本哲也氏の記事が翌日の読売新聞・群馬版に出ていた。こちらは本人の写真があり、経歴も載っていた。それを読むと、塚本氏は「館林」出身だとか。お~同じ「東毛地区」で同郷人。
メッテルニヒ 塚本哲也

さて、上記本文が掲載された時期に、「オバマ大統領のノーベル平和賞授賞式」があった。
その「スピーチ」の中で、「正しい戦争がある」と主張し、戦争・武力行使を肯定したということで、今まで支持してきた左派系の人がひどく失望し、落胆していた。
朝日新聞の読者欄「声」には度々このオバマ大統領のスピーチに対する「裏切られた」などといった失望感に満ちた投書が掲載されているが、こんな左派系の人々の意気消沈ぶりには嗤ってしまうと同時に、あまりも妄想的な「平和主義」には呆れてしまう。(まあ人によっては「お花畑」状態と罵るだろうか)
もともと責められるべきは、現職アメリカの大統領などに平和賞を与えた人たちであり、そこに何らかに思惑があったのではないかと疑うべきものだった。このオバマ大統領の受賞によって「核兵器がなくなり、戦争のない平和な世の中がやってくる」などと白昼夢に似た幻想を抱き、過度に何かを期待した方々があまりにも滑稽であり、かつ憐れに見える。
TBSの日曜朝の情報番組「関口宏のサンデーモーニング」は、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したときは、まるで日本人が受賞した時以上の喜びようで、30分以上もかけてこれを放送していた。(この日に中川昭一さんの葬儀の報道があったがフラッシュニュース扱いで1分もなく、コメントもなし。他局の日テレは「THE・サンデー NEXT」はしっかりと特集を組んで追悼特集をしていた。またフジテレビ・テレ朝の同日の報道系はしっかり放送もあり、追悼のコメントがあった。)しかし、今回の授賞式スピーチのときは打って変わって、コメンテーターが「裏切られた」「やはりアメリカは戦争が好きだ」などといってため息をついてコメントし、挙句に溜息をつく始末。あたかも葬式のような暗さだった。(浅井信雄、浅井慎平、 江川紹子など。) これほんと、選挙前に民主党へ過度に期待を寄せて持ち上げていたくせに、今は「思っていたのと違う」「私が描いていた政権交代はこんなんじゃない」と勝手に失望しているのと同じ状態だ。期待する前に、少しでも頭をひねれば分かることなのに……。

そこで、オバマ大統領のノーベル平和賞授賞式のスピーチを読んでみた。
ただ、単にマスコミが抜粋したものを鵜呑みにすれば、ただオバマが「戦争を肯定」をしているように聞こえるが、これが微妙に違う。よく読めば、全くの正当な主張であり、現実的正論である。それに全文を何度か読み返してみれば、戦争が「正しい」のか「間違い」なのか、両極端にして分けるほど簡単な問題ではないと、問いかけているのが分かる。
これは、メッテルニヒの考えにも近いというのがよく分かるのである。

では、気になった箇所だけざっくりと抜き出してみた。
元サイトは西日本新聞 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/140028

「時を経て、集団間の暴力を規制する手段として法律が登場すると、哲学者、聖職者、政安易に「治家が戦争の破壊的な力を制御しようとし、そこで「大義のある戦争」という概念が登場した。それは、戦争は自己防衛の最終手段として、適正な武力により、可能な限り非戦闘員は犠牲にしないという条件に合致する場合のみ正当化されるというものであった。」
「歴史上、「大義のある戦争」という概念はほとんど実現していない。人類が殺し合う方法を新たに考え出す能力を無尽蔵に有することは証明済みだ。そして外見の違う人々、異なった神を信仰する人々に対し無慈悲にその能力を行使した。」
「大義ある戦争の概念と平和の必要性について新思考が求められるだろう。われわれが生きている間に暴力的な紛争を根絶することはできないという厳しい真実を知ることから始めなければならない。国家が、単独または他国と協調した上で、武力行使が必要で道徳的にも正当化できると判断することがあるだろう。
しかし国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。私は現実の世界に対峙(たいじ)し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの 指導者たちに武器を放棄させられない。時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ。」
「そう、平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。ただ、この事実は、 いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。兵士の勇気と犠牲は栄光に満ち、祖 国や大義、共に戦う仲間への献身の現れでもある。しかし、戦争自体は決して輝かしいものではない。決してそんなふうに持ち上げてはならない。
両立させるのは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることも、私たちの課題なのだ。戦争は時として必要であり、人間としての感情の発露でもある。具体的には、かつてケネディ元大統領が訴えた課題に向け、私たちは努力しなければならない。彼は「人類の本性を急に変化させるのではなく、人間のつくる制度を少しずつ発展させた上で、実際的かつ達成可能な平和を目指そう」と語った。」
「この発展とはどんなものだろう。実際的なステップとは何だろう。 まず初めに、戦力行使について規定する基準を、強くても弱くてもすべての国々が厳守しなければならないと考える。ほかの国々の元首と同じように、自国を守るために必要であれば、私には一方的に行動する権利がある。しかしながら、基準を厳守する国々は強くなり、守らない国々は孤立し弱くなると確信している。」
「同時に、平和を求める信条だけでは、平和を築き上げることはできないということも分かっている。平和には責任が不可欠だ。平和には犠牲が伴う。」
「自分の安全保障を心配する者は、中東や東アジアでの軍拡競争の危険性を無視することはできない。平和を追求する者は、核戦争のため各国が武装するのを何もせず傍観してはならないのだ。」
「なぜならもしわれわれがその信念を失い、ばかばかしい、甘いと言って退けたり、戦争や平和に関する決定を下す際に無視したりするなら、人間性の最も優れた部分、可能性にかけたわれわれの思い、そして道義上の羅針盤を喪失することになってしまうだろう。
だから、あるべき世界に到達するよう努力しよう。われわれの心の中をかき立てる神聖な輝きの世界へと。今日、世界のどこかには、戦闘で不利になりながらも 毅然と平和を守る兵士がおり、残虐な政府に対し勇気をもって行進を続ける女性がおり、極貧にあえぎながらも子供に教える時間を取り、この残酷な世界でも子供の夢が実現する余地がどこかにあると信じる母親がいる。
 こうした手本を見ならおう。この世界に抑圧はいつも存在することを認めながらも 正義に向かって進むこともできる。腐敗が手に負えないことを認めながらも尊厳を追求し、戦争がこれからもあると知りつつも、平和への努力を続けることができる。われわれにはそれが可能だ。なぜならそれこそが人間の進歩の物語であり、全世界の希望であり、この困難な時代にあってわれわれが地上で果たすべき仕事であるからだ。」
以上抜粋。
これらを読むと、宮崎哲弥が勧めるマイケル・ウォルツァーの『正しい戦争と不正な戦争』(Just and Unjust Wars)が最も近いのだろうか。

世界平和が保たれるのは、やはり「秩序」が必要なのだし、オバマのスピーチを読むと「自分の国は自国で防衛しろ。わが身はわが身で守れ」と強く訴えているようにも聞こえます。

では、
真の独立とは?
自国で自国を守ること?
となれば、
日本はまだ独立国ではない。

日中歴史共同研究、「南京事件」は両論併記へ

気になったニュース

日中歴史共同研究、「南京事件」は両論併記へ
日中両国の有識者による「日中歴史共同研究委員会」(日本側座長=北岡伸一・東大教授)が24日にも最終報告をまとめ、このうち「総論」を発表することが明らかになった。
時代ごとに担当委員が執筆した論文を盛り込んだ「各論」も近く公表される見通しだ。
ただ、南京事件の犠牲者数など両国の争点となっている論点を巡っては溝が埋まらず、両論併記になる見通しだ。
1945年以降の現代史については公表を見送る方向となった。中国側が現在の中国政府への批判につながることを懸念したためとみられる。
日本軍が37年に中国・南京を占領した際に起きた南京事件に関しては、中国側は政府の公式見解「犠牲者30万人」を譲らず、日本側も「数万人から20万人まで」など様々な説があると主張したため、両論併記とすることとした。日中戦争についても、日本側は「軍部の一部勢力に引きずられて戦線が拡大した」との見解を示したが、中国側は「計画的な中国への侵略」と結論づけ、かみ合わなかった。
現代史に関する公表が見送られるのは、米英など連合国がいわゆる「A級戦犯」を裁いた東京裁判(46~48年)や、天皇陛下の中国訪問(92年)などの評価で意見が対立したためだ。89年の天安門事件なども、「中国側には触れられたくないテーマ」(関係者)だという事情があった。


(平成21年12月22日 読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091222-OYT1T00026.htm?from=nwlbから
この件に関しては読売新聞だけに載っていた。「南京事件」について関心の高い朝日新聞にも産経新聞にもこれは出ていなかった。(これから議論になりそうな話題) 「日中歴史共同研究」についての詳しい経緯などは産経新聞に載っていた。

さて、上記のものを見ると「天皇陛下の中国訪問」というのもいまだに日中関係で尾を引いているですね。となれば今回の特例会見も後々になってから、様々な解釈が出てくるのではないだろうか。

大作家に大新聞なのに、この内容。

久振りにアホな記事を読んだ。(平成21年12月22日)

自民に愛想尽きた。でもチャンスある。
総選挙直後は「やれるものならやってみな」って思っていた。でも、テレビに出てくる閣僚を見ていると、格好いいじゃない。新しいことをやってくれそうで。
私の周りも「岡田克也さんってまじめそう。このまま筋を通すのかしら」「鳩山さんって優柔不断だけど母性本能をくすぐるのよね」って。政策は関係なく、誰が良いとかミーハーな感覚で応援している。
小沢さんが総理だったらこうはならなかった。小沢さんは利口だから、表に出たら嫌われると思っているのよ。
私たちにとって自民党政権はともに歩んできた同志。なのに料亭でお金ばっかり使うような政治をする。長年連れ添ってきた夫が定年退職を迎えて老いぼれて、愛想が尽きたようなもの。
でも鳩山さんは普天間飛行場も予算編成も全然できていない。「何かやってくれる」というイメージが少しずつ崩れつつある。自民党も、民主党の若手みたいな強烈な人を持ってきたらチャンスよ。小泉(純一郎)さんの息子さん(進次郎氏)みたいな人をね。

まるで、おばさんの立ち話のような内容。一応は、政治の話のようだが、まるで「韓流スター」か「ジャーニーズ」の話でもしているかのような中身のなさ。
だが、これを書いたのは素人ではない。
これ、大大大脚本家の橋田寿賀子の書いたものだ。
そんな有名作家、自身の名前を冠した賞がある人なんだから、もう少し実のある事が書けないのだろうか。
ハッキリ言って、こんなバカが「先生と呼ばれ」おだてられ、テレビを仕切っている。だからテレビが面白くなくなるのだろう。
小泉ジュニアがカッコイイとか岡田がまじめそうとか、容姿・雰囲気そんなとこしか見ていない。こんなアホが選挙に行くのだから、日本の政治はどんどん悪くなるのだろう。
最初にこう書いてある。

「渡る世間で鬼ばかり」の脚本で知られる橋田寿賀子さん(84)に、民主党支持に回ったおばちゃんの胸の内を分析してもらった。橋田寿賀子さん語る。

「分析」って……。「語る」って……。そんな大層なこと書いてないけど。ちょっとした小学生高学年でもこれよりマシなことが言えると思うけど。

さて、ではこの記事が載っていたのはどこでしょうか。
「東スポ」「週刊大衆」それとも「週刊女性」……。
いやいや違います。
これが、なんと、天下の朝日新聞
しかも政治面だぞ。
写真付き、一面には目次で紹介付き。
恐れ入ったか。朝日新聞と橋田寿賀子という最強(?)タッグで、この内容だぞ!
アホくさ……。
序文にこうある。

鳩山内閣の支持率は急落しても、民主党の支持率は高齢女性に至るまで全世代でなお底堅い。自民党に政権離反層を取り込む力が乏しいからだ。政権交代によって新たな「与党支持層」が出現した今、書く政党は今後政権を目指す上で内閣支持率よりも政党支持率に重点を置かざるを得なくなるのではないか。

要点は、鳩山首相の首が危ういので、ここは民主党を全社を挙げて応援している朝日新聞としては、少し軌道修正。鳩山政権は人気急落だけど、細かいところを突いて、まだまだ高齢女性には人気があるんだぞ、ということを主張したかったわけだ。
これを受けて、ヨイショのコメントを橋田寿賀子に書いてもらいたかったわけだった。しかしその内容はといえば、実にお寒い「おばさんの立ち話」みたいなことが書いてある。
しかし、読み返してみても、これはヒドイね。
こういう名の通った人(特に、物を書いて金をもらう人)に、こういった気の抜けた記事を書かれると、なぜか無性に腹が立つ。
これ、まるで、前に書いた「宮藤官九郎」のときと同じような感じだ。

朝日新聞にはこういったトンデモ記事が度々載るので、やめられない。「上野千鶴子の人生相談」とか「読者投書・『声』の反日記事」とかとにかく笑えます。



韓国って品位のない国だな……。

平成21年12月12日 産経新聞から

ハリウッド映画で大衆的人気を誇るジャンル「オリエンタリズム(東洋趣味)」に中国系のカンフー物と日本系のニンジャ(忍者)物があるという。その米国のニンジャ映画に最近、韓流スターのイ・ビョンホンやピが出演したといって韓国で話題になっている。
2人とも一見、やさ男だが意外に引き締まったいい体をしていて結構、忍者アクションもさまになっているとか。話題のポイントは「韓国スターがなぜ日本の忍者役なのか?」という、例によって愛国心がらみの是非論だ。韓国では以前、韓国女優が米国映画で日本のゲイシャ(芸者)役を持ちかけられ、それを果断に断ったため愛国者として拍手喝さいということもあった。
ところが今回は官民挙げて韓流スターの海外進出が奨励されているせいもあるのか、批判より歓迎論の方が多い。
「英語をしゃべる米国映画だからいいじゃないか」とか「東洋人のソプラノ歌手がオペラ『蝶々夫人』のヒロイン役で世界進出するのと同じだ」「愛国心や民族意識で魔女狩りをする日本アレルギーはもう卒業しよう」など。
韓国では今年、韓流スターのチャン・ドンゴン出演のコメディー映画「グッドモーニング大統領」がヒットしたが、“チャン大統領”が日本自衛隊の韓国侵攻を防ぐ場面が見せ場になっていた。こちらは相変わらず日本悪者の仮想シナリオだが、ぼくらもこんなストーリーにはもう目くじらを立てなくていいのかな。<黒田勝弘>

前に書いた「中国、「愛国映画に外国籍俳優」ネットで批判」と似たような話ですね。
こういったネタは、国民性が出て面白いです。
気になったのは、「グッドモーニング大統領」なる映画。日本の自衛隊が韓国を攻めるのを防ぐといった場面では、韓国人はこれを見て拍手喝采をするんでしょうね。
やはり、韓国人にとっての第一仮想敵国は「日本」なんでしょう。

韓国の国民性といえばこんなニュースも
http://news.livedoor.com/article/detail/4510326/

金国会議長「習副主席の前で国の恥さらし」
予算決算委員会の議場占拠が行われている間に、訪韓中の習近平中国国家副主席が金炯旿(キム・ヒョンオ)国会議長を訪ね面談した。
習副主席は「4年前に韓国を訪問したが、美しい国土を訪れうれしく親切さを感じた」と述べた。金議長は「(習副主席の)国会訪問を通じて韓中議会間の交流がより活性化するものと信じる」と答えた。面談を終え帰ろうとした習副主席は、予算決算委員会の議場の外にいた取材陣を見ている。
面談後に占拠状況の報告を受けた金議長は、「もし(習副主席が見ているところで)もみあいでも起きていたなら国家的にどれだけ恥ずかしい状況になったか」と憤慨したという。

画像ありは、国格どこに行ったか…習近平国会訪問時にも乱闘で。
来日時に天皇陛下と異例の会談をしたあの習副主席は、その後韓国に行ったようで。その国で見たのは、国会で国会議員が暴れ回っている場面だったとか……。
まあ、それが国民性といえばそれまでですが、何か笑える話です。
日本では中国の要人が来るといっては、まるで神様が来るかのように、「粗相がないように」「ご機嫌を損ねないように」と異常なほど気を使っていたのに、韓国ではそんなのお構いなし。「世界は中国を中心にして回っている」「これからはドルではなく元だ」と驕っている自称超大国中国のお偉いさん(?)が来るというのに、中華思想の一番弟子・韓国は「そんなの知るか」ぐらいの乱闘騒ぎですから……。
習副主席も、日本では品位と権威のある天皇陛下と会ったあとでは、余計に韓国の「国家の品格」の低さがよく見えたのでは。
しかしそんな国の英雄(李氏朝鮮の第22代国王・正祖)を政治の目標としている日本の鳩山首相もどうかしてますけどね……。

過去記事
やはりこんな国に、天皇陛下が行かれるのは反対だ!

「奇妙なり一郎」、小沢一郎は平成の清河八郎だ! ということは最期は……。

前回の続き
平成21年12月16日 産経新聞から

小沢氏の言動、民主党などに批判殺到
140人以上の国会議員を伴っての訪中や、天皇陛下と習近平・中国国家副主席との特例会見に対する発言など、最近露出が頻繁な民主党の小沢一郎幹事長に対しても批判の声が高まっている。民主党や産経新聞には「国民をばかにしている」など厳しい声が相次いだ。
 民主党本部には、新聞やテレビで小沢氏の言動が取り上げられると、多くの意見が寄せられる。党本部によると、「賛否両方あります」。件数は把握していないというが、批判に熱が入るのか、「1時間以上も話す人もいます」と打ち明ける。
 産経新聞東京本社にも、小沢氏の言動についての意見が多く寄せられるが、600人以上の民主党関係者らを引き連れた訪中団については、「日米同盟や不況など難問が山積しているこの時期に異常だ」「ご主人の機嫌を取っているようだ」と批判が殺到した。
 習氏との特例会見や訪韓容認発言など天皇陛下にかかわる小沢氏の言動については、「天皇陛下を部下だと思っているのではないか」と指摘する声も。インターネット上でも議論が過熱し、「独裁者だ」など過激な発言が目立つ。


昔から、小沢一郎の言動を見ていると、私の中でいつも幕末の策士・清河八郎とイメージが重なる。
正確にいえば司馬遼太郎の短編小説『奇妙なり八郎』の中で描かれる清河八郎だろうか。
司馬遼太郎 幕末(短編集「幕末」文春文庫。12編の中の一編)
後に、「暗殺」という題名で映画化さた。(篠田正浩監督、丹波哲郎主演、1964年)
ストーリー解説(ヤフー映画から)

幕末に現れた尊王攘夷派の清河八郎という人物が暗殺される過程を追っている。清河八郎は庄内藩清川の出身で武士の身分ではないが、江戸に出て千葉周作の道場で剣の技を磨き、免許皆伝を得ている程の使い手であった。また幕府の昌兵坂学問所で学問を学び、文武両道に長けた人物であり、自ら開いた私塾「清河塾」には清河を慕う人物が集まった。
 清河八郎(丹波哲郎)は「浪士組」の結成を発案した人物であり、ときの老中板倉周防守(小沢栄太郎)の同意を得て実現をみた。「浪士組」にかき集められた人間は武士ばかりではなく、町人も多く含まれていたが、清河を「先生」と仰ぐ人間たちがその核となっていた。その過程で、老中の片腕、松平主税介(岡田英次)は清河の人物に懸念を抱き、佐々木唯三郎(木村功)に監視を命ずる。
「浪士組」は将軍家茂の上洛に先がけて、その身辺護衛の目的で京に上るが、壬生の新徳寺に集った「浪士組」の面々に対し、目的は将軍の身辺警護ではなく、「尊王」の大義にあると説く。そして、動揺する面々に対し、入手した天皇からの「勅諚」を読み上げる。しかし、これに納得のゆかない芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らが袂を分ち、この三名が後の「新撰組」の幹部となる訳である。ほぼ目的を成就した清河は「清河幕府」を豪語するが、意気軒昂と江戸に戻った直後、佐々木唯三郎ら六人の手で暗殺されるのであった。

実権を握って策を弄す、腹の読めない人物像、独裁者のような振る舞い……、やはり似ている。小沢一郎も自ら「小沢塾」を作りシンパを集め、自分を「先生」とするあたりも同じような有り様だ。(小沢ガールズは、記者に向かって「小沢先生とお呼び」と言ったとか)
清河は、幕府を守るために集めた浪士組を上洛させ、一転して倒幕派に転じるなどといった一件、これなどは、かつて小沢一郎が自民党・福田元総理と画策した「民主自民の大連立構想」を思い起こされる。
何をするにもまず数の力で押し切ろうという点も同じだ。

では、司馬遼太郎の「奇妙なり八郎」から、いくつか引いてみる。
「諸事、高飛車なのが清河のわるい癖であった。この男からみれば世の男は愚鈍に見えて仕方なかった。」
「清河は一座の中心であった。彼が笑えば、一座が笑った。」
「ひとたび論難すれば相手の肺腑をつかねば我慢のならぬところがあった。論敵には必ずとどめを刺した。自然、清河自身こそ気がつかなかったが、かれにはじめて会う者は、はげしく彼を嫌悪するか、もしくは信者のようになるか、どちらかであった。」
会話文からは、
「……清河の説くところを聞き、かつその行動を見ていると、あの男はゆくゆく清河幕府でも作りかねまじきところがございますぞ」
「稀代の策士だ。勅諚をかさに何をやりだすか。……騒ぎをまきおこして、あわよくば天下の一角に旗をあげようとするだろう」
「(薩長の浪人には後盾があるが、清河は)たった一人だ。一人で天下の大事をなそうとるれば、あちらをだまし、こちらをだまし、とにかく芸がこまかくなる。……」
などなど。
「傲岸不羈」「弁舌が巧み」「押しの強さに反感を与え、相手を気圧する。」それでいて「やさしいところがある。」
などといった表現が使われる。

やはり、小沢一郎は、平成の清河八郎だ。

そんな清河も最後は暗殺される。
そしてラストはこんな一文で締めくくられる
「清河は、素朴すぎるほどのわなにかかったことになる。策士だっただけにかえって油断した。おそらくかれ自身が不審だっただろう。ひとが自分をだますなどとは、夢にも思っていなかったに違いない。」

小沢一郎もこんなことにならなければいいが……。

私が、「小沢一郎=清河八郎説」をさる右派の人に語ったら、「いや、そんなもんじゃない、小沢は道鏡だ!」と言って、小沢一郎と民主党の所業、言動を逐一挙げ、猛烈に怒っていた。
いやはや、自らの権勢をもって政治を動かし、天皇陛下さえも政治利用しようとするその姿勢が、天皇の位まで簒奪しようとした道鏡と同じくらいの「大悪人」とすでに重さなっているようだった。
大丈夫かな、小沢一郎……。

そんな小沢一郎に長い一文を載せておきます。
谷沢永一著「大国・日本の正体」(講談社文庫)から。

日本的「暗殺」の図式
「信長横死」―。 織田信長が、天正十年(1582年)六月二日、本能寺で殺された。これは戦国時代最大のドラマであって、これは永遠に語り伝えられるだろう。そして、あらゆる場合の話の材料として使われるに違いない。
司馬遼太郎氏が言い出したことだが、なぜ明智光秀が起こったかというようなことはさておいて、やはり織田信長のようなタイプは、日本社会においてはどこかでああいう運命に立ち入る危険な要素を持っていたのではないか。権力を一身に集中した独裁者というのは、日本社会では例外なく排除される。私は、日本人社会の根本は嫉妬心だと思っている。とにかくすべてを兼ね備えたような人物は出てほしくないという気持ちが強い。
(安国寺恵瓊の「信長没落」の予言を引いて) つまり安国寺恵瓊は、日本の国民世論を反映しているといえる。(信長のこと)あれほどまでに一歩的な独裁者、全権を手元に集めた男。周辺に補佐役も置かない。筆頭家老の柴田勝家といえども相談役ではなかった。そういうまったく一人で闊歩している独裁者に対して、日本人はどう反応するかについての予測がよく現れている。どんなメカニズムでどう反応するかそのときの偶然によるものしても、何かそこに独裁者を排除しようという力がどうしても働くということだろうと思う。
時代が下がって、明治十一年、明治維新の指導者・大久保利通が東京・紀尾井坂(東京港区)で不平士族の島田一郎らに暗殺される。暗殺したのは石川県のほうの士族であって、「西南の役」とは関係がない。しかし、少なくともこの時期の大久保利通は、明治政府イコール大久保というぐらいの全権を握っていた。いわばそういうオールマイティの存在になると、そこに何らかの政治的排除の力学が生じる。
明治三十四年、政治家・星亨が東京市参事会室で暗殺された。彼は陸奥宗光の知遇を得て、イギリスに留学。帰国すると立憲自由党に入党する。この政党が、自由民権運動で生まれて、ほとんど四分五裂の状態だったのを、星亨一人がまとめるなど、政界の大物として活躍した
星亨は、日本の政党政治の一番の源泉を成す立憲自由党を再建して、それを軌道に乗せた。その星亨が、当時の自由党といえば星亨である、というくらいの大きな勢力を持っていた。その彼がまた暗殺された。
それから大正十年、原敬が東京駅頭で暗殺された。大正七年に内閣を組織してから亡くなるまで、その原敬内閣は、史上空前絶後の絶対多数内閣であった。原敬の政治力は万人が認めるところで、一に原敬、二、三なしといわれるほど傑出しており、誰が出てきても覆すことはできないであろうと思われた。そういう一世を負う大政治家というのになると排除が働く
個々の暗殺の動機を探していったらてんでんばらばらである。原敬の暗殺の場合も、昭和天皇が皇太子のときに天皇を含めて史上初めての外遊をされた。その外遊を促進したのが原敬で、それに対して国家主義者であった頭山満(大正・昭和の右翼運動の中心人物)が猛反対した。これはまさに偏見であって、「一天万乗の君が毛唐の国に行くのはけしからん」というだけのことだった。
原敬は、その頭山満の手が働いて暗殺されたのではないかと思われる。原敬を暗殺した男は、人を殺す技術を十分に身につけていて、まったくやりそこねることなく一発で死命を決するだけのことをやった。要するにこれは訓練された殺し屋と思われる。
このように、具体的に例を挙げていくと、いくらでも問題はある。それは別にして、日本社会においては、一人が全部の名誉というか権力を一身に集めると、国民はどうも穏やかな気持ちでいられなくなるという奇妙な「心理」「力学」が働くようだ。そういう見方もできると思う。
これはなにも一国の政治を取り仕切る立場だけではなしに、大企業などの場合もそうである。中小企業のオーナー社長は別だが、競争によってのし上がった最高実力者があまりにもすべての権力を一手に握ったとき、何か穏やかならぬ反応が社会的に生じると言い換えてもよい。日本社会には、そういうパターンがどうもあるのではないかという自戒を持って事に臨むほうが、身の安全のためであろう。

ということで、権力を一身に集めた政治家の最期は「暗殺」だった。平成のいまでも、横暴な権勢を揮う人物に「排除の論理」が働かないとも限らない。まあ「中国」をバックにしている彼にはいらぬ心配でしょうけど……。

あと一言。
「天皇の政治利用」について、「憲法、国事行為がどうだ」「民主主義を理解してない」とか「宮内庁がどうだ」「羽毛田長官やめろ」とか、「実は中曽根氏が指示した」とか、あれこれ言われていますが、とにかくまず、どうしてこれがいけないのかは、福沢諭吉の「帝室論」を読めば分かると思います。
小沢一郎は「慶応義塾大学」出身なんだから、まず人に「憲法を読め」とか言う前に、「帝室論」を読め!
平沼赳夫さん、そうですよね!

追記 「たかじんのそこまで言って委員会」の中で宮崎哲弥が、福沢諭吉の「帝室論」の一節を引いて、「天皇陛下の政治利用」がなぜいけないのかを説明していました。そういえば宮崎哲弥も慶応出身だった。

強く生きる。

読売新聞 平成21年12月13日付 編集手帳から

 はじけるような笑顔で、高く高く、縄跳びをする少女の写真に胸が熱くなった。1週間前に小欄で紹介した熊本県の南阿蘇村立久木野小4年、藤崎未夏さんの記事だ。10日朝刊の社会面である◆生まれつき左足がない未夏さんは、義足を見た幼い新入生から「偽物の足」と心ない言葉を聞く。担任の先生は「1年生に足のことを話してみようよ」と説いた。その体験を作文にし、内閣府が障害者週間に合わせて募集したコンクールで総理大臣賞を受賞した◆あらすじのみの小欄に100件近くも反響を頂戴(ちょうだい)したため、首相官邸のホームページに掲載中の全文を、了解を得て紙上に再掲させてもらった。併せて伝えられた未夏さんの近況に、またエネルギーをもらった人も多いだろう◆未夏さんは作家になるのが夢だ。パラリンピックへの出場を目指し、バスケットボール部にも入っている。来年また、成長した自分を作文にするそうだ◆なんと大きな可能性に満ちていることか。未夏さんとすべての子供たちへ。頑張る君たちを、父母のように、祖父母のように、目を細めて見守っている大人が全国にたくさんいます。

早速12月10日付けの新聞を見てみた。ここに全文と写真などが載ってました。
総理大臣のメールマガジンに掲載されているので読むことができます。http://www.mmz.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2009/1203e.html

なんだか分からないが心に響いた。


 | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

11 | 2009/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  └ 月別アーカイブ
        └ 2009年12月
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。