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アニメは日本文化を救えるか  第5回 こんな時代だからこそ、海外で日本文化を広めて日本ファンを増やそう。切っ掛けは「タイ焼き」から?……。

アニメは日本文化を救えるか 
第5回 こんな時代だからこそ、海外で日本文化を広めて日本ファンを増やそう。それが日本を守ることになる。


さて、このシリーズも5回目。
ここまでのまとめ。
日本のアニメの世界的な広がりや、アニメ文化を生かしてビジネスに生かそうといった、櫻井 孝昌 の著作を立て続けに読んだ。アニメ文化外交 (ちくま新書)、ガラパゴス化のススメ(講談社)などで、まさしくこれらの意見に賛同するばかりである。(日本アニメが海外に広く浸透していることが良く分かる)
日本において「ガラパゴス化」ともいうべき形で独自に発展したアニメ文化だが、これをコンテンツ産業として世界に発信していこう、というのがいまの識者の考えていることのようで、実際この流れに沿って進んでいるようだ。
外務省や産業通産省など官僚・国がアニメ産業に関わることを皆が強調しているが、これに対する不安感はどうも拭い切れない。これによって、この文化が衰退していくのではないかという危惧は多くの人が感じているところで、Amazonのレビューにもあった。
こういった点について、杉山知之著「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)から抜粋してみる。
杉山知之著「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」

一方で、「国が支援・育成するというと業界がダメになる」「サブカルチャーが国に庇護されるのはいかがなものか」という声もある。この意見にも一理あるけれども、国が取り組むことには、金銭面以外での意味が大きい。
イギリス王室は、1965年、わざわざ女王陛下の誕生日にビートルズをバッキンガム宮殿に招いてMBE勲章を贈ったが、ビートルズだって当初はサブカルチャーだったはずだ。
端的に言って、これまでマンガ、ゲームといったオタクの好むものは、個人の進路としても産業としても、メインストリームではなかった。あえて極論すれば日蔭者扱いされていた。中学生くらいの子どもが「マンガ家になりたい」「アニメを作りたい」「ゲームデザイナーになりたい」などと言い出したとき、諸手を挙げて応援する親は少数派だった。
日本の場合「国や政府(お上)が勧めていないことはやらない方がいい」と、影響を受けやすいように思う。
しかし逆に、国が注目して本気で取り組んでいるとなると、人々の意識は確実に変わってくる。2004年、アニメやマンガなどの日本のコンテンツ法(コンテンツ産業の保護・育成及び活用の促進に関する法律案)が成立し、省庁が正面から取り組みはじめたことは、その意味からも大きい。
もちろん「オタクな業界」が、日本の将来を背負って立つという保証を国がしたわけではないし、就職後の安泰を約束したわけでもない。だが、日本にとって大切な産業であることをはっきりと国が認識したことを示している。
国外においては日本ファンを増やし、国内では表舞台の産業の認識を改める。こうした側面からコンテンツ産業を捉えることが欠かせないと思う。

確かに、これはこれでいいことではある。
ただ、私が憂慮するのは、アニメを必要以上に金儲けのためのビジネスとして利用することを第一優先させていいものだろうかという点にある。
市場を睨んで一般受けする無難な作品ばかりが作られようになれば、日本のアニメの独自性がいつしか失われていくことになるだろう。これでは本末転倒となる。
日本のアニメを経済原理に晒せば、例えば、ハリウッド映画のようにいつしか13億人の中国市場を狙ったものが作られ、一般受けの無難な作品ばかりとなるだろう。それが果して「クール・ジャパン」といえるのか、ということで、この辺はこのシリーズの一回目で触れたところだ。

では、私がなぜ日本のアニメを強く推すのかといえば、アニメを通じて日本文化が世界に広まり、それによって海外の日本ファンを増やすことになり、それがひいては「日本」を守るということにつながるからだ。
これはこのシリーズで一貫して訴えているところである。
だから、コンテンツ産業として、経済効果を狙って、といった形でアニメ文化を世界に広げようということとは、根本的に違う点である。

上記、杉山知之著「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」には、「日本アニメファンを日本のサポーターにしょう」といった内容のことが書かれている。その部分を抜粋してみる。

21世紀、国の力量を計る指標は、経済の規模だけではない。文化が発信する面白さや、その影響力が比重を増してくる。地球全体のキャパシティからも経済発展には限界があるが、文化力はそうではない。
コンテンツ産業が日本の強みであるという認識が広まって、注目されているのは喜ばしいことだ。ただ経済的観点からの数字に重きが置かれて、それ以外の価値があまり注目されていないように感じる。
本来なら「海外のアニメファンは日本のサポーターだ」と云えるような政策をとるべきだと思うのだ。国策として「日本のファンを作る」イメージだ。
海外のアニメファンは、日本文化は素晴らしいと感動し、日本に好感を持ってくれているのだから、まぎれもなくサポーターである。彼・彼女たちは、アニメだけでなく、さまざまな日本製品を買ってくれるはずだ。そんな見方があってもいいのではないだろうか。たとえば外務省や経済産業省を挙げて、大々的に「世界オタク大会」を開催するようなことを、なぜ行わないのかと不思議なくらいである。
政治家や官庁の人たちが、コンテンツ産業によって日本の存在感が示せることを認識したことで、振興策がとられるようになったのだから、首尾一貫が望まれる。前章で述べたクリエイター育成分野の問題を含め、このあたりの整合性が今後の課題だろう。

海外の日本アニメのファンが日本文化に好感を持って、日本サポーターになること、ここが重要だ。実際にアニメから日本文化に目覚めたという海外の人はかなり多い、という。こういう市民レベルでの日本文化の普及が、今の日本に必要ではないのか。

こんな新聞記事を読んだ。

中ロ、領土問題で日本けん制 「歴史認識」共有の声明
平成22年9月28日 毎日新聞から
 【北京=池田実】中国を公式訪問中のロシアのメドべージェフ大統領は二十七日、胡錦濤国家主席らと会談した。両首脳は第二次大戦終結六十五周年の共同声明に調印し、対日・対独戦勝の歴史観共有をアピール。資源・エネルギー分野などの協力文書にも調印した。
 大統領の訪中は二〇〇八年五月以来で、両国首脳の会談は今年五度目。沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、日中両国の対立が深まるなか、中ロとしては終結六十五周年の共同声明を出すことにより、領土問題で日本をけん制する狙いもあるとみられる。
 中国国営の新華社通信によると、会談で胡主席は領土問題などでロシア側の協力、支持を求めた。これに対し大統領は「戦略的提携を強化していきたい」と応じた。

領土問題で、中国、ロシアは手を組んで日本に対抗しようとしているようだ。そんな中で、日本の民主党政権の反米政策でアメリカは反発し、韓国は相変わらず反日感情を弱めることなく、オーストラリアは捕鯨・イルカ漁で日本バッシングし、東南アジア諸国は中国漁船衝突事件で日本の対応に呆れ返り、北朝鮮は日本にいつテポドンを撃ち込んでくるかわからない。
世界地図で環太平洋を眺めてみれば、これこそまさに日本は四面楚歌であろう。
反日勢力に囲まれて孤立無援の中にいるようなものだ。
それでもまだ日本に「東アジア共同体」って唱えている人がいるのだから驚いてしまう。
経済力も影響力も弱まり、政治も外交も存在しないような状態で、領土もカネも奪われていく日本。
これから何が日本を守っていくのか。(「憲法9条」って言わないで!)
それは「文化」しかないのではないか。
そう強く思うのだ。
世界中に「日本ファン」(「親日家」「知日家」)を増やすことが必要なのだ。

だから私のアニメの見方は少し違う。
例えば、「フルメタル・パニック!」というアニメがある。(これは「ふもっふ」を含め傑作だと思う。ハリウッドで実写版が制作予定)
これが動画サイトにupされているスペイン語字幕が付いたものに、登場人物のセリフの中に「宮本武蔵」が出てくる。そうすると、画面上には、その宮本武蔵の説明がスペイン語で紹介される。
フルメタル・パニック 宮本武蔵
こういうのが重要。これで、スペイン語圏の人が「宮本武蔵」を知る。もしかしたら、それに興味を持ち「そういえば『バカボンド』っていうマンガも宮本武蔵だったけ」「宮本武蔵のチャンバラ映画っていうのもあるんだって」といって内田吐夢監督の映画に興味を持つかもしれない……。
もう一つ「フルメタルパニック!」から。
今度は、主人公「いい国つくろう鎌倉幕府」と言おうとして「室町幕府」と間違い、他の登場人物が「鎌倉だろ」と突っ込む場面。これは英語字幕版。
フルメタルパニック 「いい国作ろう室町幕府?」
ここで、画面上に「This means make a good country……」と解説が入り、セリフには「muromachi shogunate」と入る。shogun(将軍)+ate(「…の職務」の意の名詞語尾)→将軍職、つまり幕府となるのか。
英語圏の人がこれを理解できるのか分からないが、「shogun(ショーグン)」って「サムライ」で一番偉い人じゃなかったけ、といった感じで「日本の歴史」に興味を持ってもらえればいいわけだ。
こういう一つのアニメからでも、「日本」へますます興味が湧いてくれる可能性があるのだ。

杉山知之著「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」はいい本なので、もう少し面白いなと思ったところを引いてみます。

フランスでは1980年代に日本のアニメからマンガへ広がっていくブームが起こった。きっかけは「めぞん一刻」。多少カットされた部分はあったようだが、基本的にアニメがそのまま放送されて、大変な人気を博した。
今や日本でも廃れてしまったキッチン・風呂なし、玄関とトイレ共同の下宿館を舞台に、若くて美貌の未亡人が管理人としてやってきて、優柔不断な主人公が恋心を抱くところから物語はスタートし、ライバルの登場やささいな事情からのすれ違いをドタバタと繰り返す。
このアニメもやはり日本製とは思われていなかった。古い下宿館が舞台だから、登場人物は靴を脱いで建物に入って行くわけだし、ヒロインは竹箒で下宿館の庭を掃いている。けれども、子どもたちは不思議と思わずに見ていたらしい。
魅力的な作品だったことは間違いない。大人になっても忘れられず、どこに国のものかと興味を持つと日本製だった。そこでオリジナルのビデオを取り寄せて見るというブームが起きたのだ。
私が驚いたのは、フランス人が、描かれた文化の違いをものともせず「面白い!」と受け入れていることだった。多くの日本製アニメは、無国籍だったり、西欧的な雰囲気への憧れが底流にあったりしたので、ヨーロッパで放送されても受け入れられるようにと思っていたが、「めぞん一刻」が受け入れられるとなると話はまったく違ってくる。
色濃く描かれた日本の生活習慣はともかくとして、そんなことよりも注目すべきは、本質的にこの作品が日本人同士の心の機微を背景にした壮大なすれ違いの物語である点だ
浪人生だった主人公は恋心を抱き続けても踏み出せない。別な女性から言い寄られても断れない。ヒロインの「管理人さん」も、主人公の思いに気付きながらも、優柔不断な態度を取り続ける。つまり「めぞん一刻」の世界には、日本文化そのものが凝縮されていた。
原作は青年誌「ビッグコミック・スピリッツ」に連載されたが、キスひとつするまで大騒ぎするような、青年誌よりも牧歌的な物語だった。日本人が見ても「まどろっこしい」と思うエピソードの繰り返しを、驚異的なストーリーテリングの巧みさで引っ張っていた。
それが、アニメとしてテレビで放送されることで、ときに高慢な自国の文化に誇りを持つフランスのような国にもブームが起こる。アニメは文化の違いを超えて、夢中になれる表現形態である可能性を示す好例だと思う。

絵柄や卓越した作画技術で、まず度肝を抜いたわけだが、二十一世紀になると日本的な心性や文化を含めて受け入れられるようになった。この数年、それまでの海外アニメと、注目される日本のアニメのどこが違うのかという分析がなされるようになった。
大勢の結論には、私も賛成するのだが、こういうことになる。
日本のアニメにしてもマンガにしても、まずキャラクターがいる。当然のことながら、このキャラクターたちには性格や個性の違いがあり、それぞれに生い立ちや背景が設定されている。作品中で語られない部分までも徹底的に作り込んでいるのである。そうしたキャラクターが複数登場して、その中で話が構築されてくる。
しかも、日本では、一話完結だけでなく、大河ドラマのように物語の中の時間が流れていくことが多いので、その中でキャラクターの個性や背景が絡み合って、事件が起きたりエピソードが語られたりするわけだ。
それに対して、とくにアメリカのアニメに顕著なのだが、海外のアニメではストーリーに重きが置かれている。主人公が置かれた状況の面白さや突飛さを生かすために、ストーリーが作られることろがあるので、キャラクター自身がそれほど緻密に描かれない。
なおかつ通常は一話完結なのである。
考え方や作り方がまったく違っているわけだが、やはり日本のアニメやマンガのほうが、海外の人もキャラクターに共感できるし、思いを込められるようだ。
感情移入して自分のことのように思い入れたキャラクターが、困難にぶつかったり悩んだりしながら目的を遂げていくのだから、作品の世界に引き込まれるのは当然だ。気が付けばすっかりハマっているということになる。

さらに、杉山知之氏は、これら日本アニメの根底には「日本の文化、伝統や日本の世界観など長い歴史の中で蓄積されたもの」があるからこそ、この隆盛があると書いている。
「日本文化」を守ることが大切である、と改めて思い知らされる。

さて、最後に、もう一つ。今度は「瀬戸の花嫁」という傑作ギャグアニメの英語版から。
瀬戸の花嫁 タイ焼き
「夏祭りの屋台でタイ焼きを買う」という場面(これだけで日本的風景)で、「タイ焼き」の説明が英語で付く。
「A Taiyaki is fish-shaped pancake with bean filling」とある。

次に「けいおん」から。登場人物のあずにゃんが「タイ焼き」を食べて喜色満面の表情を浮かべる場面。
けいおん Do you like taiyaki? 
英語字幕では Do you like taiyaki?と出る。

タイ焼きを見たこともない外国人が、「アニメに出てくるなんだこのタイ焼きという食べ物は?」と思うはず。これで日本の食べ物を知る一つの切っ掛けとなるのだ。(他の日本の食べ物でも英語で解説が付いていた。)
日本のアニメをよく見ると、食べ物を食べるシーンは異常なくらい多く描かれ、それが「日本の独自の食べ物」であることも多い。(例えば「たこ焼き」だったり「タイ焼き」だったり「焼きそば」だったり……。「流しそうめん」をギャグにしたアニメも見た。それに英語やスペイン語、ハングル語、中国語などの字幕が付いて、ネットによって世界中に配信されている)
それを登場人物がウマそうに食う場面を見れば、「あれは何だ、俺も食いたい」と思うはずである。
何度も言うがこう言うことが大事なのではないか、と思う。

大仰に「日本文化」を広めようとするより、こういった身近なことの方が「文化」というものは浸透していくのではないか、最近はアニメを見ながらそんなことばかり考えている。

さて「アニメは日本文化を救えるか」シリーズはあと1回だけ続けます。

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