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安藤美姫ちゃん、ありがとう! フジテレビの韓国マンセ~はもう見たくないので……。

【モスクワ芳賀竜也】フィギュアスケートの世界選手権は最終日の30日、当地で女子フリーを行い、ショートプログラム(SP)で2位発進した安藤美姫(トヨタ自動車)は、フリーで130.21点をマークし、合計195.79点で逆転優勝を果たした。安藤は07年東京大会以来となる4年ぶり2回目の世界女王となった。
 安藤はSP1位のバンクーバー五輪金メダリスト、金妍児(キム・ヨナ)=韓国=と0.33点差でフリーに挑み、安定した演技と豊かな表現力で審判から高評価を得た。
 金妍児は2位。2連覇を狙った浅田真央(中京大)は6位、世界選手権初出場の村上佳菜子(愛知・中京大中京高)は8位に終わった。

安藤美姫ちゃんありがとう。真央ちゃん大丈夫です、まだまだ次があります。
何はともあれ、ほんとによかった「日の丸」が揚がって、「君が代」が流れて……。
女子フィギュア 日の丸(会場は日の丸で埋め尽くされた)

あそこでキム・ヨナが優勝して太極旗が揚がったら、またまたマスコミが韓国マンセ~でウルサイことになるところだった。そうじゃなくても、フジテレビの韓流特集やK-POPブームのごり押しとか、ミヤネ屋の韓国特集で新大久保にうつみ宮土理が行っていい歳こいてはしゃぐ姿とか、BS日テレの韓国ドラマ垂れ流しとか……、もうほんとにいい加減にしてほしいよ。
過去記事 グチ2。 節電、節電と唱えているのなら、まず下らないバラエティー番組や韓国ドラマばかり放送するテレビ局こそ放送するな。

それにしても、フジテレビのスケート放送のすぐ後に放送されたバラエティー番組「ピカルの定理」で面白いことがあった。
ピカルの定理 フィギュア女子フィギュアのパロディコントでのこと。下の順位表では、キムヨナが1位、2位が安藤美姫、3位が浅田真央になっていた。(名前を少し変えてある)
これって、フジテレビの願望じゃないの?
まあコントでも、普通は日本人を1位にしたくないの? 

まあフジテレビって、サッカーの日韓戦をわざわざ「韓日戦」というくらいですから……。どこの国の放送局?(ニュース番組「すぽると!」http://www.j-cast.com/2010/10/06077660.htmlなどで、これがいかにいけないことなのかは、過去記事 テレビ朝日の捏造・偏向報道はお家芸なので今さら驚きませんが……。で)


そして、最近気になったのは、「キムヨナ」が「金妍児」「金姸兒」「金ヨナ」などと漢字で表記されていることだ。
どういうことなのだろうか。どこかの圧力?
だいたい、韓国人は漢字を放棄し、自分の名前さえ漢字で書けないというではないか。
それなのに、漢字表記? なぜ?
過去記事 日本の漢字は「クロスカップリング」

ほんとマスコミは不可解なことばかりしますね。
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「在日同胞が経営するパチンコ店」なんていうのを見ると、パチンコなんてほんといらないと思う。

先日、北朝鮮系の朝鮮新報サイトを見たら、「がんばれニッポン!」の裏側で、同調の強制、異見排除と圧殺 なる記事が出ていた。どうやら朝鮮系の方々には「ひとつになろう日本」「つながろう日本」といったものは「おしきせの輪唱」であり、ここに「戦前の軍国主義」を思い起こしてしまうようで、ご不満であるようだ。
気になったのはそこに掲載されていた画像。「宮城県女川町の震災と津波の被害を受けて壊れた在日同胞が経営するパチンコ店」とあった。こういうのを見ても北朝鮮系の在日にとって「パチンコ」がいかに大事なものかがよく分かる。
他の日には「石原都知事の「パチンコいらない」暴言」の記事が出ていて、これにも「東日本大震災で被災した在日同胞が経営するパチンコ店」の画像が出ていた。
……。
この朝鮮新報には、当然のことながら金正日総書記の記事が多くあって、中には「24日発 朝鮮中央通信によると、金正日総書記が東日本大震災で被災した在日同胞に慰問金50万ドルを送った。」とか「金正日総書記は金日成主席の生誕99周年に際して、在日同胞子女の民族教育のために1億6520万円の教育援助費と奨学金を総連に送った。金日成主席と金正日総書記が総連に送った教育援助費と奨学金はこれまで157回にわたり、総額467億5945万390円に及ぶ。」といったものもある。
ちょっと、そのカネは、元々どこから集めてきているの?
在日同胞がパチンコ経営で儲けたカネじゃないの? (日本人のカネをかすめ取って……)
ほんと、こういうのを見ると石原都知事の「パチンコいらない」には賛成してしまうよ。

それにして「石原都知事の「パチンコいらない」暴言」の記事内容は笑ってしまうものだった。
よく見ると書いたのは「斎藤貴男」とある。
いや~、ほんとこの人節操ないな。あちこちよく書くよね。この執念たるや……、「反石原」が必死過ぎて引くわ。

斎藤貴男、森達也、森巣博とかこの辺の軽~いサヨクほんとイタイと、いつも思う。
 

日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。

過去記事「握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。」からの続き。
まず、平成23年3月27日 読売新聞 皇室ダイアリーから

天皇陛下が東日本巨大地震の被災地を励まされた16日のビデオメッセージでお見舞いの電報が紹介されていた。
「各国の元首からの相次いでお見舞いの電報が届き、多くの各国国民の気持ちが被災地と共にあるとの言葉が添えられていました」
モンゴル、英国、コソボ、カタール、アフガニスタン……。その数は発生から1週間で70通を超えている。
独裁政権が倒れて間もないチュニジアの暫定大統領やエジプトの軍最高評議会議長からのものもある。電子メールの時代でも、電報は各国元首との交際で重要な役割を担い、年に約500通が交換されている。陛下から記念日の祝電や弔電、お見舞い電などが送られ、両陛下の誕生日の祝電などが寄せられる。陛下は丁寧に目を通し、答電を出されるという。16日のメッセージ、陛下には「大災害に際して人々の心の支えになれば」という思いがあり、未曾有の被害にテレビで呼び掛ける例のない方法を選ばれた。
収録は放送の1時間半前。「緊急ニュースが発生した時はそちらを優先して」。意向を念押しした上での放送だった。陛下も電報がうれしかったから「これをお伝えします」と紹介されたのだろう。陛下のぬくもりと共に、各国への気遣いが伝わった。(井上茂男)

そして紙面では、英国のエリザベス女王と両陛下が並んでおられる写真が使われ、「女王からのお見舞いの電報が寄せられた。」と一文添えられている。
大震災のときにあっても、皇室外交がいかに重要な役割をしているかがよく分かる。
その一方で、政府の対応はずさんなものだった。

首相の感謝広告にも批判 限定的に7紙のみで
2011.4.14
菅直人首相名で11日付の外国紙に掲載した「感謝広告」にも批判が出ている。掲載したのは、国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙。ドイツやイタリア、台湾、インドなど震災への支援を表明した134カ国・地域の大半に広告を掲載することができていない。
ネックになっているのは広告予算。松本氏は衆院外務委で「復興にお金を振り向ける中で、ギリギリの範囲で予算の枠を設けた」と述べた。だが、広告の掲載がなかった在外公館からは「『日本に感謝されていない』との誤ったメッセージを与える」との不満が漏れている。

とある。こんなことを続けていけば、国際関係上、日本という国は全く信用がなくなってしまうだろう。
しかし、それでもなお諸外国が日本を丁重に扱ってくれるのは、この国には他に例を見ない「権威」があるからではないのか。何度も言うが、日本は20年で14人、ここ5年で6人も首相がコロコロ変わる国だ、だれがこんな国を認めてくれるだろうか。(過去記事参照してください)
乱暴な例えで恐縮するが、「日本には何かとてつもないラスボスがいる」と海外の人々はそう感知しているのではないかと思えてならない。
そしてこんな記事も見た。3月31日付け 産経新聞から。

米大統領が天皇陛下に親書 大震災受け「深い同情」

 在日米大使館は31日、東日本大震災を受け、オバマ米大統領が天皇陛下にお見舞いの親書を送ったことを明らかにした。 親書は3月24日付。大統領は日本の被災者らに対し「深い同情の念」を示すとともに、危機に際して日本国民が見せている「勇気、強さ、決意」を称賛した。
 さらに、米国は日本が必要とする「あらゆる支援」を提供しているとし、日本の復興に向け「米国は友人、パートナー、同盟国として確固たる支援を行う」と表明した。(共同)

あまり大きく取り上げられていませんが、この「親書」の意味は重大だ。アメリカ大統領の公式声明が、天皇陛下に届くということの意味をよく考えなければならない。決してこれは総理大臣宛でもなければ、日本政府宛に届けられているものではない。上記にあるように諸外国は、「お見舞い」のメッセージを天皇陛下に送る。皇室にその言葉を伝えれば、それが政府に、国民に伝わると思っているからだ。日本の中心はどこにあるのか、元首は誰なのか、ということを諸外国の方々の方がよく認識しているということに他ならないのではないのか。
しかし、こういった諸外国からのメッセージは正しく伝わってこない。それはなぜか。マスコミが「皇室」を軽視しているからである。天皇陛下の東日本大震災の被災者や国民に向けたビデオメッセージでさえズタズタにカットしてしまうほどだから、他は推して知るべしであろう。(それでいて、韓国ドラマはしっかりと放送するとはどういうことだ。)

そしてこんな記事があった。http://www.j-cast.com/tv/2011/04/25094070.htmlから。

森圭介アナが「東日本大震災に関する動きをまとめてお伝えします」と先週末にあった3つの話題を3番手でさらりと取り上げた。
「東電社長の初の被災地謝罪」「天皇、皇后両陛下の被災地ご訪問」、そして「ディズニーキャラクターの避難所慰問」。このラインアップにコメンテーターの勝谷誠彦(エッセイスト)がかみついた。
(中略)
続いて取り上げたのが、天皇、皇后両陛下が北茨城市の被災地をご訪問した様子。両陛下も膝をおつきになった状態で被災者を激励されていた。
最後はミッキーマウスなどディズニーキャラクターたちが、宮城県の避難所7か所を回って子供たちにダンスを披露した話題。
3つのVTRを見終わった司会の加藤浩次が口を開いたのが、「ディズニーシーは今年で10周年なんだね~」。それにカチンときたのか、勝谷誠彦が憮然たる面持ちで怒り出した。
「両陛下のご訪問とネズミがどっかに行っているという話を同列に報じるのはいかがなものかと思う」
隣の杉山愛(テニスプレーヤー)は笑いを抑えるのに苦労していたが、担当した森は「被災者の笑顔が見られたという部分で取りあげました」と苦しい対応だった。

勝谷誠彦が怒るのはもっともだ。ミッキーマウスと皇室を同等に扱うテレビはほんとにおかしい。これも何度も言うが、ディズニーランドってそんなに日本に必要なものなのか?
過去記事 いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!
日本人及び、日本のメディアの皇室への軽々しい扱いは何であろうか。どうもこの辺のことが不可解でならない。
この軽薄さは、あちこちで見られるが、中でも、最悪だったのは、『週刊現代』4月23日号の中の、佐野眞一と原武史の対談だった。「見えてきたこの国の本性」というお題目で的外れな皇室非難をしています。
本文を抜粋したものをネットで拾ってみました。

「もともと宮中祭祀は新嘗祭をみてもわかるように、日本が農業国家であることを前提としていたわけです。それが戦後の高度成長とともに祭祀の中身が実態を伴わなくなってしまった」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」

 これはヒドイ。「天皇の祈りは届いてない」って、あんたらバカか? 
「祈り」ってそういうものじゃないだろうが。
天皇陛下 被災地ご訪問 被災地をご訪問され、被害に遭われた人々に「祈り」を捧げる両陛下。この一枚の画像で十分、説明は省く。

しかも佐野眞一と原武史は、大震災とからめて「天皇制」を否定するという悪どい論法を使っていて、読んでいて腹立だしくなってきた。
これで、一水会のサイトがえらく怒ってました(http://ameblo.jp/issuikai/entry-10865488662.html)が、これは右翼でなくても、呆れてしまうほど、トンチンカンな対談だった。
だいたいこういう農本主義云々で皇室を語るなんていうのが古すぎる。農業から立脚した皇室だというのなら、現代において「天皇」という存在はとっくになくなっているはずじゃないだろうが。いまだにこんな論法を振り回す人が大学教授や論壇を仕切る知識人だというのだから、どうにもならない。

ここで、40年も前に、こんな論説に反論しているものを引用しておくことにしましょう。
それこそ、三島由紀夫です。
(福田恆存との対談「文武両道と死の哲学」から。文春文庫「若きサムライのために」や三島由紀夫全集にあり)

……つまりいままでの既成右翼の考えでは、農本主義が崩れたら、天皇は危ういですよ。自分が農本主義へ帰って行くことによって天皇に達する、というのはだれでも考えるんですよ。ところが、農地改革が起こったら後の日本は、昔の日本じゃないです。天皇を支える土地制度というのはないんです。天皇を支える社会制度もなければ、経済制度もなければ何もないんです。
そこで、天皇は何ぞや、ということになるんです。ぼくは、工業化はよろしい。都市化、近代化はよろしい、その点はあくまでも現実主義です。しかし、日本人は満足しているかというと、どこかフラストレイトしているものがある。その根本が天皇に達する、という考えなんです。ですから、この一つ一つの線を考えますと、つまり既成右翼的な天皇制というのは、線の一番はじのところにあるんです。ぼくは、その線が近代化、都市化、工業化に向ってドンドン進んでいる、いいよ、いいよ、ドンドンおやり、ゴーゴーも踊るがいい、テレビも見るがいい、君らがもう自分の家でかもどを使いながら電子レンジを使うがいい。そうして日本人を進ませる。
しかし、ドン尻のところまでいつか引き返してくるだろう、というのが天皇制です。天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレイションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それをいまから準備していなければならない。日本の農業は将来、昭和50年ごろは、東海道線ラインに人口の8割が来ちゃうかもしれない。そうすると、農村というものは意味をなさなくなる。その場合でも、天皇は一番極限にいるべきだ、という考えなんですよ。ですから、近代化の過程のずっと向こうに天皇があるという考えですよ。
その場合には、つまり天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ。そういう意味で、天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。その根元にあるものは、とにかく「お祭」だ、ということです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭――それだけだ。これがぼくの天皇論の概略です。


三島の予言めいた発言はことごとく当たっているし、これから日本が腑抜けで堕落した経済国家になるというのも当たっていた。
過去記事 「守るべきは日本文化! サブカル好きもポップカルチャー好きも、神社に集う歴女もアニオタも、みんな三島由紀夫が命に代えて主張したことを聴け!」

それだからこそ、日本人にとって必要なのは、日本文化の象徴となる天皇だ、と説いている。ここでいう「お祭」とは儀式、祭礼であり、これは鎮魂、慰霊に通ずるから、今まさに「祭り」が必要なのだ。(ディズニーランドやパンダじゃない)

そしてもう一つ。石原慎太郎と三島由紀夫の対談「守るべきものの価値」から。(石原慎太郎著「三島由紀夫の日蝕」新潮社から。これも全集に収録されている)

石原  三島さんのように天皇を座標軸として持っている日本人というのは、ラフな言い方だけれども、とても少なくなってきちゃったんじゃないかしら。
三島  君、そう思っているだろう。だけどこれから近代化がどんどん進んでポスト・インダストリアリゼーションの時代がくると、最終的にそこへ戻ってくるよ。
(中略)明治維新にはそんなことを考えたんだ。たとえば伊藤博文も外国へ行く船の中で、共和制にしようかって本気で考えたんだ。ところが日本に帰ってきてまた考え直したんだね。竹内好なんか君と違って、もっとずっと先を見てるよ。コンピューター時代の天皇制というのはあるだろう、それが恐ろしいっていう。ポスト・インダストリゼーションのときに、日本というものも本性を露呈するんじゃなかろうか。いまは全く西洋と同じ均一化していますね。だけどこいつを十分取り入れ、取り入れ、ぎりぎりまで取り入れていった先に、日本に何が残っているかという天皇が出てくる。それを竹内好は非常におそれているんですよ。非常に洞察力があると思いますね。
石原  それはそうじゃあないな。竹内好のなかに前世代的心情と風土があるだけです。
三島  その風土が天皇なんだよ。
石原  それが変わってきているんだな。
三島 ぼくは変わってきているとは思わない。僕は日本人ってそんなに変わるとは思わない。

と、この後も日本文化と天皇についての激論がありますし、ここだけ引いても分かりにくいかもしれません。
しかし、ネット社会(コンピューター社会)においても、「天皇制」「皇室」の価値は重要になるという点が非常に面白い主張であります。(こういうことって、本物の左翼の方が天皇の重要性を知っているからなお面白い)

グローバル化になって国境や国家はあいまいとなってくるが、逆に民族意識は高まる。その時になって、好むと好まざるに関わらず、日本人にとって「皇室」「天皇」という特別な価値に気付くのではないか、そう思う。

と、ここでその説明といきたいが、これまた面倒なので、また後の機会に。

義貞公の銅像再建に向け募金開始。しかし今は厳しいのでは……。

平成23年3月22日 上毛新聞から
新田義貞銅像再建

義貞公の銅像再建へ 委員会が発足、1年かけ寄付を呼び掛け 太田・新田の生品神社
新田義貞が鎌倉幕府討伐のため挙兵したとされる太田市新田市野井町の生品神社から昨年2月、義貞の銅像が盗まれたことを受け、復元に取り組む「新田義貞公銅像再建委員会」(滝沢弘一会長、30人)が発足した。今後1年をかけて募金活動を行い再建し、来年5月の同神社の鏑矢祭で披露したい考えだ。再建委の発足は、20日に開かれた氏子総代会(松井静衛会長)の会議で報告された。
滝沢会長ら役員によると、新しい銅像は盗まれた銅像と同じく両手で太刀を持ち、鎌倉の稲村ケ崎に投げ入れる伝説の立ち姿。高さは従来の80センチの2倍以上の1・8mとなり、新しい台座を含めた高さは3・25mになる。制作は義貞の弟・脇屋義助の子孫で、24代目にあたる彫刻家の脇屋幸正氏(千葉県在住)に依頼する。これまでと同じ場所に設置し、盗難防止用の照明なども設ける。
費用の総額は約1500万円で、太田市を中心に寄付を呼び掛けていく。「東日本大震災の復興が第一。落ち着いてきたら、広く市民や有志の方々にご協力を願い、早い時期に再建したい」と話している。問い合わせは事務局長の永田晃一さん(電話番号 0276・57・1338)へ。


事の顛末は過去記事で。
大変だ! 生品神社から新田義貞の銅像盗まれた!
新田義貞像を地元が復元へ! そして私の激しい妄想。

本文にもあるように、この時期募金活動はかなり厳しいのではないでしょうか。
それにしても電話だけで募金活動するんですかね、募金方法も分からないし、ネットにも情報はないし……。
大丈夫でしょうか。
もっと全国の新田一族関連寺社や南北朝関連自治体、新田義貞及び新田一族ファンなど広く呼び掛けてみては。
明治期の井上馨や渋沢栄一、昭和の中島知久平のように、新田氏関連の有力者がいればいいのですが。
過去記事
井上馨と渋沢栄一は、新田義貞と児島高徳で紙幣を作った! 「新田義貞伝承を追う!シリーズ第13回」
中島知久平と新田義貞  新田義貞伝承を追う! 実は「東毛奇談」の続編 シリーズ第26回
あるいは、新田一族の末裔である中曽根康弘か、歌舞伎で新田義貞を演じた市川団十郎、最近義貞役を演じた市川右近に伏して頼んでみるというのもいいかもしれませんね。

でもやはり今は、斎藤佑樹でしょう。
斎藤佑樹 お守り(生品神社で売っていた新田義貞のお守り。斎藤佑樹が甲子園で優勝したときに持っていた。両親が証言。過去記事) これを募金してくれた人に差し上げるとかすれば、募金が集まるかもしれません。
それに斎藤佑樹が、一言でも新田義貞の名を言ってもらえるだけでも状況は変わると思うのですが……。

でもやはり東日本大震災のことを考えると今は難しいだろう。(余ったお金を東北への義援金にするとか、群馬への避難者への資金にするとか、いろいろ案を出してみるのもいい、と思う。何しろ福島と新田氏は関係が深い土地なので)

マイケル・サンデルと夏目漱石

NHKの番組で、2011年4月16日放送の マイケル・サンデル 究極の選択「大震災特別講義~私たちはどう生きるべきか~」を見た。
マイケル・サンデル NHK
番宣にはこうあった。

震災の苦しみのなか、多くの人が途方に暮れながらも手を携え、未来へと踏み出している。大震災の様子は世界各地に報道され、世界の人々は、震災のすさまじさに驚くとともに、過酷な状況でも、冷静に協力し合う日本人の姿に感動し、称賛のエールを送った。その1人が「ハーバード白熱教室」のマイケル・サンデル教授だ。番組では、いま日本がおかれた状況に対し、世界の若者が意見を述べ、「わたしたちは何をすべきか」を考える。

これは良かった。サンデル教授はやはり仕切りが上手いと思う。見てる側にも思考する間を与えてくれる。
こういう議論番組は日本でもよくあるが、その辺のタレントが司会だと、感情むき出しのサルのようなやかましいものになって、見ていて腹立だしくなってくる。(田原総一朗とか太田光とかテリー伊藤とか)
サンデル教授形式の手法をまねたもの(白熱教室JAPAN)もあるが、これも見ていて何か違和感を感じる。やはり、根本的なものが違うのだろう。
内容は過去記事 マイケル・サンデルか池田信夫か、どちらが正しいのか? 大震災のときだけコミュニティーの大切さを問うのでは意味がない。にあるように「共同体」や「日本の伝統的社会」について語られていました。

さて、番組内でも「個人主義と共同体意識」ということが取り上げられていて、この2つは相反するものかどうかが議論されていた。
大災害にあっても国を危うくする事態になっても、過度な個人主義を唱える人々が出て来る。
これは、過去記事「ブルーノ・タウトの言葉を信じれば、東日本大震災からの復興は成し遂げられる。」の中でも取り上げた「自粛・不謹慎は同調圧力だ」ということを盾に取って異常なまでの個人主義を唱える人々だ。彼らは「社会・家族・国家は個人を縛るもの」という思考が根底にはあって、たとえこんな災難を向えようとも、巧言令色を弄して「過度な個人主義」主張しようとする。(サヨク思想者や新自由主義者も交じって)
これがいままで戦後日本の世の中に蟠踞していた「自分さえよければいいという意識」という身勝手な私的個人主義だったが、この災害を機会に世の中の雰囲気も変わりつつある。

さてさて、そもそも本来の「個人主義」はこういう意味のものであったのだろうか。
それほど社会や共同体と敵対するようなものだろうか。
そういうことで、ここで「夏目漱石」先生の言葉を引いてみよう。
夏目漱石 文明論集「夏目漱石文明論集」(岩波文庫)の「私の個人主義」から。
書き起こそうと思ったら、ネットの「青空文庫」にそのまま掲載されていた。http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772_33100.html そこから良い所を抜粋(コピペ)していきます。

近頃自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴(ふちょう)に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのがたくさんあります。彼らは自分の自我をあくまで尊重するような事を云いながら、他人の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の眼を具し正義の観念をもつ以上は、自分の幸福のために自分の個性を発展して行くと同時に、その自由を他にも与えなければすまん事だと私は信じて疑わないのです。

第一に自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴(ともな)う責任を重(おもん)じなければならないという事。つまりこの三カ条に帰着するのであります。

漱石の言う個人主義は、他者を尊重してこその自己ということになる。まさしくその通りであるが、現代の個人主義は「自分優先」が言われ過ぎている。 

こうした弊害はみな道義上の個人主義を理解し得ないから起るので、自分だけを、権力なり金力なりで、一般に推し広めようとするわがままにほかならんのであります。だから個人主義、私のここに述べる個人主義というものは、けっして俗人の考えているように国家に危険を及ぼすものでも何でもないので、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから、立派な主義だろうと私は考えているのです。 もっと解りやすく云えば、党派心がなくって理非がある主義なのです。朋党(ほうとう)を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動(もうどう)しないという事なのです。それだからその裏面には人に知られない淋しさも潜んでいるのです。すでに党派でない以上、我は我の行くべき道を勝手に行くだけで、そうしてこれと同時に、他人の行くべき道を妨げないのだから、ある時ある場合には人間がばらばらにならなければなりません。

「個人主義者」の漱石が今の私的個人主義者のあり様を見たら、「それは違う」といって多分怒ると思います。

ご存じの通り英吉利(イギリス)という国は大変自由を尊ぶ国であります。それほど自由を愛する国でありながら、また英吉利ほど秩序の調った国はありません。実をいうと私は英吉利を好かないのです。嫌いではあるが事実だから仕方なしに申し上げます。あれほど自由でそうしてあれほど秩序の行き届いた国は恐らく世界中にないでしょう。日本などはとうてい比較にもなりません。しかし彼らはただ自由なのではありません。自分の自由を愛するとともに他の自由を尊敬するように、小供の時分から社会的教育をちゃんと受けているのです。だから彼らの自由の背後にはきっと義務という観念が伴っています。

自由と義務はセットであるという基本的ことは今は忘れ去られているようです。大切なのはやはり教育。

個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、各人の享有(きょうゆう)するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上ったり下ったりするのです。これは理論というよりもむしろ事実から出る理論と云った方が好いかも知れません、つまり自然の状態がそうなって来るのです。国家が危くなれば個人の自由が狭められ、国家が泰平の時には個人の自由が膨脹して来る、それが当然の話です。いやしくも人格のある以上、それを踏み違えて、国家の亡びるか亡びないかという場合に、疳違(かんちが)いをしてただむやみに個性の発展ばかりめがけている人はないはずです。私のいう個人主義のうちには、火事が済んでもまだ火事頭巾(ずきん)が必要だと云って、用もないのに窮屈がる人に対する忠告も含まれていると考えて下さい

このくらいのバランスが良いのではないか。
日本大百科全書の個人主義の項目に漱石の解説があった。(http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%80%8B%E4%BA%BA%E4%B8%BB%E7%BE%A9/)
日本では、夏目漱石(そうせき)に『私の個人主義』(1915)という講演がある。彼はこの講演で、イギリス留学中に「自己本位」の思想に達したと語り、個性の発展を図る個人主義を説くが、しかし「自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性をも尊重しなければならない」とする。個人主義は「道義上の個人主義」でなければならず、「もし人格のないものが無暗(むやみ)に個性を発展しようとすると、他人を妨害する」結果になる。彼はまた「常住坐臥(ざが)国家の事以外を考えてはならない」といった偏狭な国家主義を批判するが、前述の個人主義が真の国家主義と矛盾しないことも主張する。なぜなら、国家存亡の際に、「人格の修養の積んだ人は、個人の自由を束縛しても国家の為(ため)に尽すようになるのは天然自然」だからである。漱石のこうした考えに、ヨーロッパの個人主義の反映をはっきりみることができよう。
とあった。
国家主義の強かった時代、かなり窮屈であっただろう。(本文にそんな逸話がいくつも述べられています) その中で個人主義を唱えるのだから漱石も大変であったのだろう。
以下、漱石によるこの両者の兼ね合いの付け方が述べられています。

国家は大切かも知れないが、そう朝から晩まで国家国家と云ってあたかも国家に取りつかれたような真似はとうてい我々にできる話でない。常住坐臥(じょうじゅうざが)国家の事以外を考えてならないという人はあるかも知れないが、そう間断なく一つ事を考えている人は事実あり得ない。豆腐屋が豆腐を売ってあるくのは、けっして国家のために売って歩くのではない。根本的の主意は自分の衣食の料を得るためである。しかし当人はどうあろうともその結果は社会に必要なものを供するという点において、間接に国家の利益になっているかも知れない。これと同じ事で、今日の午(ひる)に私は飯を三杯たべた、晩にはそれを四杯に殖(ふ)やしたというのも必ずしも国家のために増減したのではない。正直に云えば胃の具合できめたのである。しかしこれらも間接のまた間接に云えば天下に影響しないとは限らない、否観方(みかた)によっては世界の大勢に幾分か関係していないとも限らない。しかしながら肝心の当人はそんな事を考えて、国家のために飯を食わせられたり、国家のために顔を洗わせられたり、また国家のために便所に行かせられたりしては大変である。国家主義を奨励するのはいくらしても差支ないが、事実できない事をあたかも国家のためにするごとくに装うのは偽りである。


いったい国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂いが少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなってしかるべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すよりほかに仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。したがっていつどんな事が起ってくるかも知れない。そういう意味から見て吾々は国家の事を考えていなければならんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡(めつぼう)の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束(しょうぞく)をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈(か)け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、――考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛し個人の活動を切りつめても、国家のために尽すようになるのは天然自然と云っていいくらいなものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。この点についても、もっと詳しく申し上げたいのですけれども時間がないからこのくらいにして切り上げておきます。ただもう一つご注意までに申し上げておきたいのは、国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義にやはり重きをおく方が、私にはどうしても当然のように思われます。

平和な時なら「個人主義」もいいだろう。
だが、東日本大震災のただ中である今の日本は、国家的危機を向えている。
まさに国難の時であるのに、必要以上の「個」を訴える人、または国が危ういということに気付かない鈍感な人たちが同調圧力だなんてことを言っている。実際はこれが本物の日本の危機なのではないのか。
「国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。」と漱石は言っているが、現代日本には国の安否を考えない人の方が多いのでは……と不安になる。
漱石が生きていたら今の日本の現状を見てどう語るか聞いてみたいものである。
また共同体主義のマイケル・サンデルと個人主義の夏目漱石の対談したらどうなるか見てみたい。もちろん想像ででしかできませんが、きっと面白いものになるものに違いない。(案外似たような意見になるかも)

さて最後に漱石の「私の個人主義」から一文を。

 金力についても同じ事であります。私の考によると、責任を解しない金力家は、世の中にあってならないものなのです。その訳を一口にお話しするとこうなります。金銭というものは至極重宝なもので、何へでも自由自在に融通が利く。たとえば今私がここで、相場をして十万円儲けたとすると、その十万円で家屋を立てる事もできるし、書籍を買う事もできるし、または花柳(かりゅう)社界を賑わす事もできるし、つまりどんな形にでも変って行く事ができます。そのうちでも人間の精神を買う手段に使用できるのだから恐ろしいではありませんか。すなわちそれをふりまいて、人間の徳義心を買い占める、すなわちその人の魂を堕落させる道具とするのです。相場で儲けた金が徳義的倫理的に大きな威力をもって働らき得るとすれば、どうしても不都合な応用と云わなければならないかと思われます。思われるのですけれども、実際その通りに金が活動する以上は致し方がない。ただ金を所有している人が、相当の徳義心をもって、それを道義上害のないように使いこなすよりほかに、人心の腐敗を防ぐ道はなくなってしまうのです。それで私は金力には必ず責任がついて廻らなければならないといいたくなります。自分は今これだけの富の所有者であるが、それをこういう方面にこう使えば、こういう結果になるし、ああいう社会にああ用いればああいう影響があると呑み込むだけの見識を養成するばかりでなく、その見識に応じて、責任をもってわが富を所置しなければ、世の中にすまないと云うのです。いな自分自身にもすむまいというのです。

いいこと言うわ。ほんと偉人ですね。そして漱石は「金持ちは社会的に責任を果たさなければならない」ということを繰り返し述べています。
東日本大震災で多くの資産家が寄付をしましたが、まさしく漱石の言うところの「徳義心」(人間としてふみ行うべき道徳上の義務) ということでしょう。
こういう心がホリエモンには全くないので、私は彼を嫌悪するのです。

TBS「テレビ世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー」は久々の最悪歴史モノ番組だ!

また最悪な歴史ものバラエティー番組が始まった。
4/18(月) 19:00 ~ 20:00 TBS「テレビ世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー」
番宣にはこうある「 世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー(新番組)◇歴史上の大事件が起きたある一日にタイムスリップしての"時空超越系ワイドショー"を送る。1回目は、天下分け目の大決戦「関ケ原の戦い」当日のワイドショー。現場からは刻一刻と変化する状況を伝える中継が入る。アナウンサーは戦っている最中の武将にインタビューする。スタジオでは、めくりボードを使って戦いの模様を解説する。また、当時の世界のニュースや現在の岐阜・関ケ原のおいしい食べ物や観光スポットなどを紹介する。ゲストは佐々木蔵之介、宮崎美子、西山茉希、ビビる大木。司会は関口宏、オセロの松嶋尚美ほか。」
初回は「関ケ原の戦い生中継!?家康と三成が緊急会見戦いの裏に女の愛憎!!三角関係のもつれが…」
 
見てみた。
最悪だった。
なにより番組のノリが軽い。
特に松嶋尚美はうるさい。なんだこいつ。「小早川秀秋、顔がキモイ」「徳川家康は自分でケツが拭けないから嫌い」「加藤清正は朝鮮に戦争に行った人」「(秀吉が淀を愛人にしたということを取り上げて)気持ち悪い執念」……こんなのを連発する。キンキン声のギスギスに痩せた若作りの大阪おばちゃんが、こういうコメントをいちいち挟むのがイライラする。
だいたいこの手の歴史ものを見る人は、ある程度知識があるか興味のある人なので、見ていてムカつく人も多いかと思うんだが。(歴女なんて松嶋みたいなの一番嫌いタイプじゃなかろうか)

そして、「ビビる大木」。ほんとどうにかして欲しい。ひな壇芸人ノリの発言が、バカぽい。
「歴史好き」という売りなので、この手の番組にやたらと顔を出すが、いい加減やめて欲しい。前にも書いたが「吉田松陰」好きと広言しているが、その松陰の精神まで理解しているとは到底思えない。こういう表層的な部分しか知らずしてファンを語らないで欲しい。歴史上の人物はアイドルとは違うのだから……。

そして歴史家・作家の加来耕三が解説みたいな役割で出ている。しゃべりは上手いから別に良いんだけど……。
でも、最後の締めで「関ヶ原で勝った徳川家康がこの後徳川300年を作って日本人は『島国根性』になった。そこまで見て歴史なんです」なんてことを言って「ドヤ顔」になっておりました。「島国根性」って、もう言う言葉もありません。
いや「テレビ世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー」は久々の最悪歴史モノ番組です。

さて「じゃ~見なきゃいいじゃん」という人もいます。
確かにそうです。しかし当ブログでは何度も言っていますが、テレビで歴史モノを取り上げると、歴史上の人物や出来事を矮小化し、貶めて、お茶らかし、嘲笑するといった形があまりにも多いのです。
それを多くの視聴者が見て、その「可笑しな部分」だけが広まって固定化されていく。そこが怖いのです。
「家康脱糞」「海舟、犬に急所噛まれる」「信玄は男色」といった、そういった部分だけを取り上げていく。その影響力たるや、小説や歴史雑誌の比ではないのです。
何年か前に書いた「最近の「歴史バラエティー番組」は変だ。 TBS番組へ猛抗議の件」のように、一つ一つ抗議していかなければならないと思います。
それに、歴史研究家や歴史作家といった先生たち、あれにも気を付けなければなりません。偉人を取り上げては「実は○○だった」とか「本当は××だった」といったそんな偉人達を貶めるようなネタ(自分の飯のタネ)ばかりを、さも自分が発見したかのように言うのだ。そして小遣い稼ぎをして、結果歴史上の偉人を歪めていく。
自分で自分の職場(日本の歴史)を汚しているようなものだ。いや腹が立つ。ほんと許せないわ。

歴史モノをバラエティー番組のノリで作るのは、本当にやめて欲しい。

斎藤佑樹プロデビュー戦。感慨深い思いを胸に秘め応援する。

8年前のこと。
「なんか生品中に球の速い奴ピッチャーいるらしいぞ」、親父が言った。
そんな話をどこかで聞いたのだろうか、あるは地元の上毛新聞にはスポーツで活躍した少年少女がよく掲載されているから、それでも見たのか。
今となってはその辺の詳しいことは思い出せない。
ただ数日後、親父はわざわざ見に行ったということだけは鮮明に憶えている。
身体の少々不自由な母とベビーカーに乗った私の娘(親父にしてみれば孫)を連れて生品中学校まで見に行ったのだ。
日課にしている散歩を兼ねて、中学校までは少々遠いが、午後の散歩には丁度かったのだろう。
彼が校庭のグランドで練習をしているのを金網越しに見たという。野球好きの親父は少々うるさいが、「いい球放っていた」と何度も言っていた。
それがその晩の夕飯時の話題となった。
関心のなかった私はそのとき「ふーん」といって受け流しただけだったが。

それが斎藤佑樹だった。
そのころから地元ではちょっとした有名人だった。

新田町は斎藤姓が多いが、特に彼の実家周辺は一家(いっけ)を成している。「あ、あそこの斎藤さんか、確か父は富士重工だっけ」という話も分かってきた。そのうち「斎藤くんは頭がいい」という噂も聞こえてきた。
ということは、進学校の太田高校へ行くのか。そうなれば太田から久々の甲子園か!(83年の太田工業高校が甲子園出場。この年の優勝最有力候補は前橋工業で、そのエースが渡辺久信だった。今は西武ライオンズの監督している。こういうのも因縁を感じます。)と、そんな話になったのも憶えている。
だがそれも淡い夢。
彼は早稲田実業に進学した。
なんだ東京か……。(ちょっと落胆)
それからはもちろんのこと、我が家で斎藤くんのことが話題になることはなかった。

だがあの夏の甲子園で、彼はヒーローになった。
出身地である新田町には報道陣がわんさとやって来た。(そのころには合併して太田市になった。)
見知っている保育園や小学校・中学校がテレビで映し出される、近所の人や保育園の先生がインタビューに答えている、それはなかなか愉快な出来事だった。
そして「中学生の時代の斎藤佑樹を見た」ということが親父の自慢話になった。人生においても大して多くない自慢話の中で、今とびっきりの話の一つとなったのだ。(どこに行っても同じ話をする。それを何度も横で聞かされる身にもなってくれ)
そのとき乳母車に乗せられていた娘も今や、彼が通っていた同じ生品小学校へ通っている。
小学校にテレビ局が取材に来たと言って騒ぎになったというのは去年のドラフト後だった。(北海道のテレビ局は何度も来たらしい)

そして、平成23年4月17日のこの日、斎藤佑樹は北海道日本ハムファイターズのプロ野球選手としてマウンドに立った。
斎藤佑樹・プロデビュー戦

日曜のまったりした午後。親父と娘と私はテレビの前で応援している。
そうかあれから8年経ったのか、という感慨深い思いを込めながら……。

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などなど。

ブルーノ・タウトの言葉を信じれば、東日本大震災からの復興は成し遂げられる。

ブルーノ・タウトの「ニッポン ヨーロッパ人の眼で観た」(篠田英雄訳 春秋社)を読んだ。
そこに「大震災」について書かれていたのもがあったので引用してみました。
ちなみにこれは78年前の1933年(昭和8年)に書かれたものであるから、ここでいう震災とは「関東大震災」のことである。 

ところで私は、宮城(きゅうじょう・皇居のこと)の西方に亙ってあたる広い地域が、南北に亙って震災の厄をほとんど免れていることを実際に見たし、また地図や写真によっても知った。しかし私は、新しい都市計画をこの方向に発展させ、これによって宮城から東京湾にいたる地域の軟弱な地盤に多数の人口を集注する危険を避けようとする試みだけでも示しているような計画のあるのを知らない。依然としてかかる地域に置くことが是非とも必要な施設、例えば倉庫や貨物停車場等のある埠頭ごときは、他の場所に移すわけにはいかなっただろう。しかし現代の高速な交通機関は、業務区域や広い住宅区域を港に近接させねばならない必要を解消する、実際にも他の港湾都市――例えばマルセーユとか部分的ではあるがロッテルダムなどでは、もう疾うにこのような方法を捨てて用いないのである。他の点では受容力の豊かな日本人の近代的感覚が、かかる重要な事柄を等閑に付しているとすれば、まことに千秋の恨事と言わねばならない。

訳文なので分かりにくい。要約してみれば、「関東大震災後の復興を観たが、地盤の弱い地域に住宅地が密集しているのは危険である。人が住む場所は高台へ、港湾業務に関するものは海の近くにと分けるべきだ。例はマルセイーユとかロッテルダムにあるぞ。日本人は外国の良い点は受け入れているのに、こういう危機管理に対しては実にいい加減だ。これがのちのち災いとならなければいいが…」といったところだろう。大災害に対する日本人のおざなりな態度を危機視しているのだ。東日本大震災の津波被害を見たあとにこういうものを読むとすこしゾッとする。
大丈夫なのか、東京湾周辺。

だが、タウトは大震災の後に復興した日本を褒めている。

1923年の大震災後に成就されられた東京の復興は、無条件に賞賛されてよい。この未曽有の惨禍とかかる広大な地域に住む人達が耐えなければならなかった想像だに及ばぬ恐ろしい苦悩とがいかなるものであったかは、東京本所の復興記念館を観れば分明である。東京は、10年後の今日すでに立派な道路を構築し、また復興の業を挙げて、震災の影響はもはや直接に認めることはできないくらいである。まことにこれは日本人の実行力と組織の才能とが成就した賛嘆すべき業績と言わねばならない。当時即ち1923年の秋ドイツでは、東京がこれほど恐ろしい経験をしたのち再び同じ地域に建設せられるかどうかについて非常な関心を払っていた。私は今この国の生活と慣習、神道とこれに関連している土地への愛着とを深く識るに及んで、その然る所以を了解したのである。

東日本巨大地震を経験した日本が、10年後に再びこう言われるようになりたいものです。私は単純なのでこういう文章を読むと、なんか元気づけられます。
そして、いま日本では、あちこちで「がんばろう日本」「ひとつになろう日本」「つながろう日本」といったスローガンの下で、日本人の団結心を呼び掛けています。ただこうして一気に日本全体が「右」に針が振れてしまうのが驚きだった。こんなことは常日ごろ保守派がいつも言ってたことだろうが。
またこれに対して、当然のように、こういう傾向を嫌う人々もいるようで、「同調圧力」「イエ・ムラ・クニの押しつけ」「島国根性」「閉鎖的」「一致団結は軍国主義」「募金が強制されているようで怖い」なんてつぶやいている人々も多くいる。だが、彼らは卑怯なので、世の中がこういう状況のときは大きな声を上げない。サッカーワールドカップやオリンピックの日の丸・君が代のように国が一つになって盛り上がっているときはなりを潜め、熱が引いたときに湧き出てくる。(「プチナショナリズム」なんて揶揄する香山リカのような奴 過去記事「「がんばれ日本!」 こんな時代だからこそ、日の丸をふって応援しよう!)
また「自粛ムードは経済によくない」ということをきちんと理論立て論じる人々の中に混じって、こんなサヨクが紛れ込んでいることも見逃してはならない。
とにもかくにも今日本に必要なのは、この国難に立ち向かうために、国・自治体・家族・社会が日本人がまとまらなければならないということだろう。
佐藤優「日本国家の神髄」(産経新聞社)から

現在、日本人の同胞意識が稀薄になり、その結果、日本社会が弱体化している。社会のない国家は考えられない。社会が弱体化すれば、国家は弱くなる。逆に社会が強くなれば、国家も強化される。それではどうすれば社会は強化されるのであろうか。個人を強化することによってだろうか。断じてそうではない。個人を強化しても、アトム(原子)的な個体が強くなり、他の個体に対して競争で勝利するというような構えならば、いくら個体を強化して、社会は強くならない。社会が強くならないならば、国家も強くならない。
従って、基点は社会に置かれるべきである。アトム的な個人ではなく、共同体意識をもった、自己の能力を自分のためだけでなく、他者のために用いるという気構えがある個人を強化するのである。社会的意識から出発する必要がある。

こういうことを言うと早速「軍靴の足音」が聞こえて背筋の寒くなる人々がいる。
(思想的に全く正反対の池田信夫が佐藤優の震災の記事に噛みついていたのが印象的だった。もっと批判的だったものが書かれていたはずだが削除したのかな)
そして、2011年4月5日付け朝日新聞にこんな記事が。http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201104050161.html

「自粛」「不謹慎」同調圧力に警鐘 識者ら 
歴史的な災厄に直面する日本社会に今、「正しさ」を錦の御旗に掲げた同調圧力が働き始めてはいないか。識者たちから、そのような懸念が聞こえ始めている。オールジャパン的な体制が必要視される状況にあって、「団結」の内実を問おうとする視点だ。
「私は『自粛』『不謹慎』反対運動を立ち上げることにしよう」。ジャーナリストの佐々木俊尚は週刊ポスト4月1日号に、そう記した。
 ある音楽公演に「不謹慎だ」「節電しろ」と批判が相次いだことを紹介。「節電は必要だが、我々は普通に経済活動をし、日常生活を送ればいいのだ」と述べたうえで、こう警鐘を鳴らした。「『人がつながって一致団結する』ということと、『圧力をかける空気をつくりだす』という行為は表裏一体で、容易にダークサイドに転ぶ」
 フランス現代思想が専門の内田樹も同誌で、「『この非常時に、そんなふるまいが許されるか』という恫喝(どうかつ)から『非国民』という名指しまではわずかの距離しかない」と述べた。
 作家の高橋源一郎は3月下旬、ツイッターで「祝辞 『正しさ』について」と題する連続ツイートをした(http://togetter.com/li/114133)。
 震災を前に「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからない」と訴える学生に、「『正しさ』への同調圧力」に押しつぶされないように、と助言する。悲劇を前に連帯や希望を語ることは「正しい」。しかし「社会の全員が同じ感情を共有しているわけでは」ないのだよ、と。

まあいろんな思想があってもいいのですが……、さすが朝日新聞ですね。期待を裏切りませんね。(失笑)
それにしても「家族、社会、共同体が個人を縛るもの」としか考えられない行き過ぎた個人主義者は、こういう困難な時期でも「個」を主張するのか。
過去記事 マイケル・サンデルか池田信夫か、どちらが正しいのか? 大震災のときだけコミュニティーの大切さを問うのでは意味がない。 でも書きましたが、こういう人々は災害にあっても助ける必要はないでしょう。

では、再びタウトの一文を。

従って私はまた、日本がその運命を決定するような大問題を遂に解決するであろうことも確く(かたく)信じて疑わない。その時こそ近代文化と近代芸術との新たな興隆が≪ニッポン≫から発現するであろう。日本は、建国このかた独自の独創的文化を、外国の妨害をうけることなく今日にいたるまで独立に発展せしめ得た国土である。日本は数世紀に亙りしばしば外国の影響を同化摂取して日本的なものとし、やがてそのなかから本来の日本的なものを産み出した。
今日の日本もまたこれと同様の課題に直面している。しかもすぐれた伝統の重厚な力と囚われぬ眼で新しいものを観得する溌剌たる弾力をもって、この課題に立ち向かっているのである。
往昔、日本は数世紀に亙ってシナの影響を同化し克服した。≪ニッポン≫がこのすぐれた業績に基づいて世界に寄与したところは実に多大である。しかし今日この国が解決せねばならぬ課題は、それよりも一層困難であるように思われる。近代技術の一様的影響は、ややもすれば世界全体を退屈なものにしようとする。だが日本は、かかる影響をも摂取して日本的なものに改容し日本文化の血肉に化すであろう。そしてそのとき日本は、再び世界に新しい大きな富を贈るのである。

75年前に書かれた文章であるが、現代にも通じるだろう。ブルーノ・タウトは、この日本人の強さは独自の文化と伝統を守ってきたからこそ培わされたものだ、と断言している。
この後に日本には多くの苦難を迎えた。第二次大戦と戦後の混乱、オイルショックにバブル崩壊といった経済危機、阪神大震災に数々の震災、その度に日本人はこれを乗り越えてきた。
そして今回の東日本巨大地震。
タウトの言葉を信じればこれだってきっと乗り越えられるはずだ。
本当に大切なのは、何かさえ見失わなければ……。

シドニー・ルメットは職人だった、と思う。

http://www.cnn.co.jp/showbiz/30002401.html

(CNN)「12人の怒れる男」監督、シドニー・ルメット氏死去 
 米映画界を代表する映画監督のシドニー・ルメット氏が9日、ニューヨークの自宅で死去した。86歳だった。家族がCNNに語ったところによると、死因は非ホジキンリンパ腫による合併症。同日午前3時40分、家族に看取られて死去したという。
代表作は、米映画史上屈指の名作とされる「12人の怒れる男」(1957年)。このほか、「ネットワーク」(76年)、「セルピコ」(73年)、「狼たちの午後」(75年)、「評決」(82年)などの社会派作品で知られる。
テレビ業界の実情を描いた「ネットワーク」は同年度アカデミー賞で10部門にノミネートされ、主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、脚本賞の4部門で受賞した。2005年には「アカデミー名誉賞」を受けている。その生涯で数々の名作を手がけたが、自身の監督作品でアカデミー賞を受賞したことはなかった。
1924年6月25日、米ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。両親はポーランド系ユダヤ人で、父親はイディッシュ劇場の俳優だった。幼少時代、一家でニューヨークに移住。ルメット氏は4歳から子役として父親とともに俳優活動を開始し、ブロードウェイの舞台にも立った。その後は演出家として活躍し、後に映画監督に転向した。

シドニー・ルメットでは「狼たちの午後」が好きで何度も何度も繰り返し観ています。
狼たちの午後

BGMを全く使用していないという演出がスゴイ。アル・パチーノが最高で、これは「アクターズスタジオインタビュー」でも自身が解説してました。過去記事
セルピコ」も最初に観た時はそんなに面白くなかった記憶があった。刑事ものということで「ダーティハリー」とか「フレンチコネクション」といった派手なアクションものを期待していたようだ。しかし数10年経て見直した時は、涙が出るほど感動した。正義や正しい倫理観を実際の社会で貫くことの難しさは、自分自身が世事に関わり世の中に交じわっていくことでおのずと分かってくる。そういう社会の清濁を感取できるようになってから「セルピコ」を観ると、主人公の辛さが痛いほど分かってくるのだ。年を取ってから映画を見直すとまた違う印象を得られるということなのだろう。
また、「評決」はポールニューマンが死去したときに見直した。過去記事
これは、副音声の シドニー・ルメットの解説で観ることをお勧めします。
シドニールメットが映画ドラマを志す人に向けて、俳優の演技(ポールニューマンの抑えた演技)や脚本や演出についての細かい説明がなされていて、これがためになります。

さて、シドニールメットといえば「社会派」というイメージが強いですが、ミステリーやサスペンスにも良作が多くあります。「12人の怒れる男」や「未知への飛行」も「ネットワーク」も演出や筋立てはサスペンス仕立てで、アガサクリスティ原作の「オリエント急行殺人事件」や「モーニングアフター」はもろミステリーそのもの、中でも「デストラップ・死の罠」はどんでん返しの連続で、なかなか面白かった。(変な映画ですが)
デストラップ死の罠
「ミステリー作家90人のマイベストミステリー映画(小学館文庫)という本では、推理作家の折原一(叙述トリックの名手)が「探偵スルース」「名探偵登場」とならんで本作を推薦していたのには、思わず納得してしまいました。

シドニールメットの作品群をながめてみると、社会派といっても堅苦しいテーマの作品ばかりではない。その多くの作品がエンターテーメント仕立てであり、その中に社会的テーマを据えている。そしてその作風に「職人的」なものを感じてしまう。
私の中では、どうもシドニールメットと市川崑と通じるものがあるのだが、どうなのだろうか。
こういう映画作家が好きなので、これからこんな映画監督が増えてくれることを願っているのですが……。後継者はいるのかな。

ということで、シドニー・ルメットにはいろいろ楽しませていただきました。
感謝します、そして合掌。

被災孤児を救うのは呑龍上人の精神

良い新聞記事や考えさせられる記事はネット上に残しておきたいので、書き起こしてみた。

平成23年3月31日 読売新聞から

ままへ 岩手県宮古市の昆愛海ちゃん(4)が22日午後「ママに手紙を書く」と言い出した。親戚の家のこたつの上にノートを広げ、色鉛筆を持つ。一文字一文字、1時間近くかけて書いた。「ままへ。いきているといいね。おげんきですか」 そこまで書いて疲れたのか、すやすやと寝入った。両親と妹は11日の東日本巨大地震による津波にさらわれ、今も見つかっていない。

東日本巨大地震 災害孤児

以下、社会面本文。

「ママの帰りを待っている」 入り江を見つめる女児 父の携帯を握りしめ
「ままへ。いきているといいね。おげんきですか」
覚えたばかりの平仮名で昆愛海ちゃん(4)は母に手紙を書いた。東日本巨大地震が引き起こした大津波沿岸の街々に残された数多くの子どもたち。 被災から20日が過ぎた今も、両親との再会を信じて海を見つめる子がいる。込み上げる寂しさを吹き飛ばそうと、いつも以上に笑顔を振りまく子もいる。(立石紀和)
本州最東端の岬に近い岩手県宮古市の手鶏地区。この小さな漁村で愛海ちゃんの父親は養殖ワカメで生計を立てる漁師をしていた。
地震の日、保育園にいた時に強い揺れがあり、迎えに来た母親と自宅に戻った。入り江を望む高台の家は、震災時の避難場所となっている小学校とも隣接している。もう怖い思いはせずに済むはずだった。
だが帰宅した瞬間、巨大な津波が襲った。地元の災害対策本部によると、入り組んで狭くなった小さな湾に押し上げられ、波は30メートル以上もの高さに達したのだという。両親と2歳になる妹は引き潮にさらわれ行方不明になった。
愛海ちゃんだけ助かった。すぐに駆けつけた親類によると背負っていた通園用のリックが漁に使う網に引っかかったようだ。同地区の別の親類宅に引き取られ、道路と橋が寸断された孤立状態の地区で約4日間を過ごした。
「表情が沈んでいて、何も話さないし、言葉も忘れてしまうほど、ショックを受けたのかと……」市内の内陸部に住む祖母の根本静江さんは震災の1週間後に愛海ちゃんと会えたが、普段の元気な姿との余りの違いに不安が募った。
徐々に笑顔が戻ったものの、1階部分の室内がすべて流された自宅は今も近づくのを嫌がる。変わり果てた入り江を見下ろす時はふとつらそうな表情を見せる。
余震の心配もあり、静江さんは愛海ちゃんを自分たちの家に避難させたいと考えている。
しかし愛海ちゃんは「ママが帰ってくるまで、ここで待っている」といって聞かない。「パパから電話がかかってくるかな」同地区は現在も携帯電話が通じない。それでも電源を入れたままにしている父の銀色の携帯をぎゅっと握りしめた。

辛い話だ。いまは愛海ちゃんも幼いから、両親と妹を一気に失った「死」というものを正確には理解できないだろう。しかし、次第に大きくなるにつれ、この現実を受け入れていかなければならない。そしてこのときに負う心の傷のことを考えると、胸が締め付けられる思いになる。
だが、この子はこれからずっとこの運命に向き合っていかなければならないのだ。
神さま、幼子にこんな過酷な「宿命」を背負わせるなんて、少しひど過ぎやしませんか。
幸福に公平なんてないのか! (神田うののような人間が「幸せ」になるなんて世の中狂っている)
どうか、こういう子こそ、将来幸せになって欲しい! 

悲しいかな、私には願うことしかできないのか……。
過去記事 「娘たちに幸せあれ!」
私には小学生の娘がいるので、こんな話を聞くと身につまされます。

また、読売新聞には孤児支援の記事が載っていた。

孤児支援体制作り始まる
震災で親を亡くした孤児を支援するための体制作りも動き始めた。福島県相馬市の市立磯部中学校では全校生徒約70人のうち、少なくとも5人が父親か母親を失い、祖父母と子どもだけになったケースもある。それでも子どもたちは避難所を明るくしようと、千羽鶴を折って玄関ホールに飾ったり、友だちとはしゃいだりしているといい、松崎伯文教頭は「つらい体験を忘れようとするかのように、いつも以上に気を張って明るく振舞っている」と話す。
今後は仮設住宅などへの入居が始まる。松崎教頭は「友だちとバラバラになった時に、将来への不安も募るのではないか。専門家によるカウンセリングや経済的な支援も必要になってくるはずと訴える。被災地では孤児受け入れの場として寄宿舎型の学校の建設を求める声も上がる。
文部科学省の笠浩史政務官は記者会見で「幼稚園の段階から衣食住も提供する学校の建設が必要になる」と述べた。省内では自宅通学が困難となる僻地校に対し、国の補助(2分の1)で寄宿舎を建設できる制度の運用などの案が浮上しているという。
一方、「あしなが育英会」(東京)では、今回の地震で親を失った子どもの関係者から問い合わせがきているといい、心のケアを行う拠点施設も被災地に設けて、長期的なサポートを行う方針だ。小河光治理事は「大人になるまで彼らの人生を支えるには、多くの方の支援が必要になる」と話している。

被災孤児数百人か
東日本巨大地震で親を失った児童生徒は1995年の阪神大震災の68人を大きく上回る見通しとなっている。厚生労働省などによると、阪神大震災が早朝に発生したのに対し、平日の日中に発生した今回の地震では多くの児童生徒が下校前で学校ぐるみで避難して助かった例が多く「震災孤児」は数百人単位にのぼるとみられる。ただ震災後も混乱の続く被災地の自治体からの聞き取りは難航しており、厚労省は被災地以外の自治体から専門職員を募って現地に派遣し、実態把握を急いでいる。
阪神大震災では身寄りを失った児童生徒の大半が親類や知人に引き取られた。

やはり、ここは呑龍上人の精神が必要です。
子どもを救うのは大人にしかできないのだから……。
詳しくは過去記事「昨今の幼児・児童虐待事件」と「求められる呑龍の精神」で。

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