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武人埴輪からガンプラへ。日本人は昔からこういうモノにワクワクしていたんじゃね。

先日、スーパーに年末の食材を買いに行ったら、「カップヌードル発売40周年記念 カップガンプラ&カップヌードル」が山積みされて売っていた。
値段がなんと「100円」って、ありえない。普通のカップヌードルでも150円くらいするのに……。
きっと値段設定を間違えたんじゃないと内心思いつつも、取りあえず2つ買いました。
カップヌードル ガンプラ
ガンダムプラモデル作るなんて、何十年ぶり。ファーストガンダムをリアルタイムで見ていた世代の私が、何年(何十年)経ってもガンプラでワクワクしてしてしまうとは。
そして、冬休みでコタツでゴロゴロしている小学生の娘を呼んで、二人でガンプラを作る。
完成品はこちら。
カップヌードル ガンダムカップヌードル仕様のガンダムじゃ!
カップヌードル ザクこれは普通のシャー専用のザク。
娘は「どれにエリザベスが乗ってるの?」と訊いてきた。おいそれは銀魂じゃないか。

それにしても中学生のころ夢中でガンプラ作っていた自分が、何十年経って自分の娘とガンプラ作るとは、夢にも思わなかっただろう。

だが、これも一種の「文化」の継承だろう。時代を超え、次の世代に受け継がれていく。
むかし見た「トトロ」や「ドラえもん」や「仮面ライダー」を、今、自分の子供と一緒に見るというのはよくある話だ。
まさしくこれこそが「文化」だろう。
文化とは継承することにある。それが伝統となり、その国の、その民族の固有の文化となる。
だから「アニメ」も「マンガ」も「ガンプラ」も立派な日本文化といえるのだ。
(簡単にまとめてみました)

さてさて、昔書いた「大発見。国宝・挂甲の武人埴輪は誰かと戦っていた!」の記事の中で、矢が一本ないことを書いた。
武人埴輪
これの解説書を読んだら、どうやら一本矢を放ち、その後、剣に手をかけている場面を埴輪にしたのではないかとあった。
そうか、まさしくこの武人は戦闘中であり、現代的にいえば戦いの最中をフュギュア化したのだ。
がんぷら
つまりこういうこと。日本人は遥か昔から、こういうモノを作ってワクワクしていたのだ。(もちろん別の意味もあるが)
「武人埴輪」から「ガンプラ」へ、日本の伝統・文化は脈々と受け継がれているのだ。
(少々強引でしたが、云いたいことが伝わればOKということで)


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劇団ひとりがブータン国王夫妻をバカにする芸をして大炎上!から思ったこと。

http://news.infoseek.co.jp/article/rocketnews_20111229168438から。

【国際問題に発展か】AKB48秋元才加と劇団ひとりがブータン国王夫妻をバカにする芸をして大炎上! 視聴者「マジ最悪」

2011年12月28日に放送された、フジテレビのバラエティ番組『笑っていいとも! 年忘れ特大号2011』で、AKB48メンバー・秋元才加さんと劇団ひとりさんが、ブータン国王夫妻をバカにするかのような芸を披露し、インターネット上で大炎上している。
多くの視聴者が不快に感じたようで、「国交断絶されるレベル」や「こういうのは気分悪いわ」、「よくこんな事できるな」などの怒りの声が出ている。
ブータン国王は新婚旅行として日本を訪れたほどの親日家で、東日本大震災の復興支援として義援金100万ドルを日本に贈っている。ブータン国民にも日本国民にも愛されているブータンとその国王夫妻だが、そんなふたりを侮辱するかのような芸を披露したとして、秋元さんと劇団ひとりさんがバッシングを受けているのである。
あまりにも配慮が足りない放送だったとして、「これはさすがにいかん。一国の国王とその王妃を、しかも日本にあんなによくしてくれた方々を、冗談とはいえこのような扱いをしてはならない」と意見している人もいた。
また、この「ブータン国王夫妻をバカにする芸」が国際問題に発展するのではないかと言う声も出てきており、秋元さんや劇団ひとりさん、そしてフジテレビが、今後どのような対応をしていくのか注目視されている。とにかく、不快に感じた人が多くいる芸だったのは確かだ。

早速、ユーチューブにUPされている動画を見てみた。
う~ん、怒るとか呆れるとかいう感情よりも、「血の気」が引いた。これはアカン。増谷キートンくらい、アカン。
そして怖いのは、観客も出演者もこれを観て笑っているということ。似てるとか面白いからとかではなく、これはマズイんじゃないと思う人が一人もいなかったのか、そこが怖い。そしてここに「韓国ドラマを観てグローバル」なんてバカなことを言う脳学者の茂木健一郎もいれば、9条バカですぐに奇声を発するキチガイの太田光もいるくらいだから、どうしょうもないか。
劇団ひとりや秋元は論外として、これを放送しようとしたスタッフの頭がいかれているとしか思えない。
きっと「笑っていいとも」のスタッフはキムチ鍋やプルコギピザの食い過ぎで日本人が普通に持っている感情を失ってしまったのだろう。

さて、「劇団ひとり」だ。
前に、こいつが「けいおん」のフュギィアをくわえ、オタクをバカにしたことに対して批判めいたことを書いた。
過去記事 「最近気になったテレビ番組のこと。「視聴率3・9%のグンソク」と「ビビりの劇団ひとり」。
こいつの人を小馬鹿にした芸風(?)のどこに面白みを見出すことができるのか。たぶん今回も「ブータン国王」を嘲った形でバカにして楽しんでるのが見えて、気持ち悪い。(これはモノマネでもない。モノマネという芸に対しても失礼だ。)
あと、何故か擁護するような人もいて、「アメリカ大統領ならモノマネしてもいいのか」とか「これが彼の芸だ、芸人魂だ」というのがあって驚いた。
では、こいつに韓国俳優とかK-POPをバカにするようなことをやらせてみな。そうしたらこれは彼の芸風だと認めるよ。
だがそんなこと絶対しないから。
嫁の大沢あかねと夫婦そろって「韓流ごり押し」で仕事を増やしているから、そんなことはしない。(これは過去記事「「フジテレビの韓流ごり押し問題」のまとめ」">「フジテレビの韓流ごり押し問題」のまとめ」でも触れています)
つまり「ブータン国王夫妻」はバカにしてもいいと判断しているからだろう。(番組スタッフも同様)
だから、アメリカ大統領とかはモノマネでバカにしても、中国の国家主席とかロシアの大統領とか確実に怒られそうなところには触れないだろう。
そこが「チキン」、「ずるい」ということだ。

そして、フジテレビよ。
ほんと次から次へと……。
これはその中でも最悪の部類。「セシウム君テロップ事件」くらいの不祥事だと思うが。

追記
前の記事「フジテレビ韓流デモは、「平成のええじゃないか運動」だと思う」を読み返して、思った。
フジデモも今や矮小化されつつあるが、デモの効果はあっただろう。
西村ひろゆきや宮台真司なんかはデモをやっても意味がない、と言ったそうだが、「フジデモ」といっただけでその名称が何を意味するかくらい世間で広まったし、効果なしと言った連中もそれを話題に挙げている時点で大いに浸透している証拠ではないか。
「フジデモ」なんて韓国・朝鮮・反日・在日問題を知る切っ掛けの一つに過ぎない。そして気になった人達が「フジテレビ、韓流、ごり押し」なんて検索する、それに関連した記事を読む、真実を知る。そんな人たちは確実に増えた。
そういう意味でも「フジデモ」は成功したのだ。
そして、上記過去記事で引用した朝日新聞の西沢秀という記者が「イギリスの若者のデモ」や「アメリカの格差デモ」がネットによって広がった、これからはネットの時代だ云々といった記事を書いていた。フジデモのネットでの広がりは「ヒマ人」のすることと嘲笑しといて、同じ口で世界革命(朝日新聞の社是)のネット普及は絶賛する。これは大いに笑った。
さずが朝日!

いいよ、ほんと、朝日新聞とかフジテレビとか揺るがないね。

「しめ飾り」で思ったこと。

年末になるとGMSやスーパーの入口や目立つコーナーで「しめ飾り」が陳列される。それを見るともう年の暮れかと思う。
さて、ある日のホームセンターのしめ飾り売り場で、店員と客のやり取りが面白かったので、品定めをしているフリをして聞いてみた。
お客さんはケバケバしい格好の東南アジア系の女性。日本語はカタコトだった。たぶん外国人女性が働く飲み屋(フィリピンバーとか)のママだろうか。クリスマスにリースを飾るように、日本ではニューイヤーには何か飾るのだと、このしめ飾り売り場に来たのだろう。(ほとんど想像だが)
ただ日本語は読めないのか、近くの店員に品物を一つ一つ手に取って聞いていた。
「コレハ、ナンテカイテアルカ?」
「謹賀新年なので、ハッピーニューイヤーです」
「コレハ?」
「商売繁盛なので、う~んと、ビジネスサクセスですかね」(この店員は英語にかなり弱いようだ)
「オッケー、コレハ?」
「交通安全なので、う~~んと、ノーアクシデントですかね」(それはないだろう)
「コウツウアンゼン? オ~、ソレハワカリマス、デハ、コレハ?」
「家内安全……、う~~~んファミリー…いや、ラブ&ピースです」
「OH! ラブ&ピース!サイコウ、コレニシマス」
これは笑った。
歌丸だったら、この店員さんに座布団一枚だろう。
それにしても、この飲み屋の店先に「家内安全」のしめ飾りが飾られるのを想像するだけで笑ってしまう。
だがよくよく考えてみれば、家庭の愛と平和(平穏)は、何にも勝る基本だから、「家内安全」の意味が「ラブ&ピース」でもあながち間違っていないかもしれない。
神道の基本理念はそこにあるといっても過言じゃないし。
家族の平穏と愛が互いの「絆」となって、それが御近所のつなかがりとなり、またそれが一つの地方のつながりとなり、どんどん広がって一つの国や民族のつながりとつながっていく。(そして世界へ) この「つながり」というのが大切だというのを、日本国民は強く感じた一年だったろう。
日本の神さま(神道)はシンプルであるようでいて、結構奥深いのだ。

そして、日本の神様や神道の包容力はどんだけ大きいのか。
ミッキーマウスのしめ飾りミッキーマウスのしめ飾り。
これが成り立つ不思議さ。外国文化を自国の神さまのモノに取り入れてもだれも怒ることはないし、何の違和感も感じないのだから。
キリスト教でもイスラム教であろうとも、どんな宗教の人でも受け入れてしまうのが、日本の神様だ。
ロシアではキリストをミッキーマウスに描いて逮捕された芸術家がいた(まあ思想的批判の意味あいもあるだろう)が、
日本の神さまではそれほどまでに怒られないだろう。なにしろ神さまを萌えキャラにしてしまうという文化を持つ国なのだから。
あとは神社・神道の過去記事で。
「神社は違憲なので撤去」、そんな日が来るかもしれない。
日本人はなぜ「神社」に行くのか!
「婚活」でも「縁結び」でも「パワースポット」でも何でもいい、とにかく日本人は「神社」に行くことに意味がある。
神社が「日本文化」の集まる場所とみるならば、現代の日本文化の象徴である「アニメキャラ」がそこで隆盛を築いていても何ら不思議なことではない!
日本人にとって神社とは?  日本人度チェック付き
アニメは日本文化を救えるか 第6回 アニメと神社
また地域コミュニティーとしての神社(祭りなども含む)の重要性は、過去記事「いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!」

さてさて、今年は家の玄関には何のしめ飾りを飾ろうかな。

クリスマスイブに娘と映画「けいおん」を見てきたよ!

クリスマスイブに娘と映画「けいおん」を見てきました。
公開されて3週目なのに、劇場は満席だった。男子学生やオタク系が多いかと思ったがそうでもなく、女子学生がかなり多く、クリスマスなのでカップルもちらほら、私たちのような親子連れも結構いた。
「むぎちゃん」の絵を上手に書いた娘の友達(過去記事「娘たちに幸せあれ!」)も、別の日に父親と見に行ったというから、けいおんは親子で見られるアニメだということだろう。

で、これが娘の初映画館体験。
プリキュアでもドラえもんでもハリーポッターでもなく、「けいおん」だ!
初めて見た映画が人生において大きな経験の一つだと本気で思っている私にとって、これが彼女の大切な思い出になってくれればいい、と思う。(私の初映画館体験は「スターウォーズ」だった。これ大げさではなく、本当に自分自身に大きな影響を与えていると思う)
それに娘と一緒に映画館なんて、父親としてもこれから先、そんなに数多くあるとは思えないから、そういう意味でも今年はいいクリスマスとなった。
ありがとう、「けいおん」!!

さてさて、感想を一言でいえば、「優しい映画」だ、といえるでしょう。(何気なく唯の寝ぐせを律とか、卒業記念の紅白饅頭を後輩の梓の分まで取っておいてあげるとか、そんな細やかな優しさがあふれていた)
そして、過去記事に書いたように、「けいおん」は、成長物語であり、継承の物語であり、さわ子目線の保護者視点がしっかりとある物語である、というのを再認識したのだ。
1、今日も部室でお茶を飲む。 「けいおん」は奥が深い!
2、資料編15回目 「継承の物語」その4 「けいおん」は「継承の物語」である。
ここで細かく説明しているので、そちらを参照してください。

そして、ラストで唯が「(けいおん部の)伝統を守る」といったセリフにもあるように、これは保守の物語でもある、といえるだろう。
継承と成長と保護者視点と伝統・保守は、アニメ「銀魂」の時に解説しました。
参考資料「銀魂」考 最終回 TPPと復興と銀の魂
やはり、私の気に入る物語は、どこか共通したものが流れているということなのか。

そして、テレビ版・映画版を通じて物語「けいおん」が、卒業までのカウントダウンをしていく時間経過を強く意識させる話であることが十分に表現されている。(映画版も時計の「カチカチ」と秒数を刻む場面で始まっている。これはアニメ版の初回冒頭でも示されている)
TBSラジオ・ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルのシネマハスラーで、けいおんの評を放送したのを聴いたが、これも卒業までのデットエンド、時間のタイムリミットという形で評していた。
凡百の日常系アニメと一線を画するのは、この時間経過(卒業までの時間)が過ぎていく青春と重なっていき、それが切なさとつながっているというのを表現しているからだろう。
だから映画版を見ると、やたら繰り返し描かれる「時計」(ロンドンの場面では秒針が逆回転する時計があった)や、自転を逆に進めば時間は戻るのかとかいった唯らの会話などが何回か描かれいて、「時間」(過ぎゆく時間)を意識させる表現が殊更になされている。(このあたりは映画を1回しか観ていないので細かいことは説明できないが、あとでDVDとかでよく確認すればよく分かると思う)

そして、新聞・雑誌にけいおんがよく取り上げられるようになりました。
けいおん 日経
これは日経流通新聞から。
ただ、朝日新聞とかで見られる評で、震災や魔法少女まどかマギカとからめて「日常系」とか「空気系」とか「成長のない少女の話」とかいう括りで解説するのは止めて欲しい。これは、「けいおん」という物語の大事な要点を掴んでいないことを露呈するだけだから。
過去記事 アニメ一つも読み解けない朝日新聞に大新聞を名乗る資格はない。
ほんとよく観ていないで解説する人が多いよね。

平成23年・2011年のまとめ

さて、年末になってきたのでいつものように当サイトの集計をしてみました。
毎年集計してみると、それなりに面白いことが分かってきますね。

では、アクセス数の累計と拍手の合計
平成20年 10万          、903個
平成21年 24万(14万プラス) 、2400個(1300個プラス)
平成22年 42万(18万プラス) 、4000個(1600個プラス)
平成23年 61万(21万プラス) 、5800個(1800個プラス)
と順調に伸びていますね。
ただ、記事の更新数を見ると、
平成21年 182回
平成22年 146回
平成23年 129回
とこちらはドンドン減っています。これはイカン。

さて、21年の総括の時に拍手の合計を載せていましたが、今回も集計してびっくり、ほとんどこの順位と変わっていないことが分かりました。
ということは、最近の記事に拍手が付いていないということか……。
1位は相変わらず「神田うの」の記事で、394個。
2位は何と震災の影響で、「金子みすず」の記事にアクセス数が増大し、比例して拍手数がついた。これが310個。
この2つがダントツで、他は100個以下のものがほとんどだった。当サイトのメインである「歴史モノ」や「日本文化モノ」、「アニメ関係モノ」ではなく、何故これって感じ。
まあそれでもこのサイトに来て支持してくれるのだから嬉しい限りなのだが……。
ほかに目立って伸びていたのが「司馬遼太郎が南北朝時代を書かない理由が分かった」の記事で、計59個だった。
今年の記事では、「フジデモのまとめ」が49個、「TBS「テレビ世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー」は久々の最悪歴史モノ番組だ!」56個、「銀魂考」が合計で65個となっていました。

今年を振り返ってみても、書いたもののほとんどが「震災」と「フジデモ」と「銀魂」で、時たま「皇室」や「新田義貞」の記事を載せるくらいだった。
アクセス解析を見ると、過去の芸能関係やテレビの関連記事でやってくる方が多いので、アクセス数を稼ぐにはそういうのを増やした方がいいのか、それとも今やっているような自分の趣味に走って地道なことやった方がいいのか、ここが悩みどころ。

来年は「中二病」を発揮して去年あたりからやりたかったことを始めようと思っているのですが、どうでしょうか?

谷崎潤一郎の「活動写真の現在と将来」の後篇。

谷崎潤一郎「活動写真の現在と将来」の後篇です。
感心したのは、最後の辺りにある、「我が国古来の有名な小説物語の類を、活動写真によって撮れるようになったなら、どんなに立派な、どんなに荘厳な映画が出来るであろうか、想像するだけでも、予は胸の踊るのを禁じ得ない」の部分だ。
そして、「東洋(日本)の歴史、人情を写した活動写真は、きっと西洋人の嗜好に合うに違いない」から精力的にドンドン作って海外に輸出すればいいと語っている。これなんかまさに映画を「コンテンツ」としてみているということだろう。日本のアニメ・マンガ文化はこれにあたるだろうし、韓国の韓流ドラマもこれに通じる。
谷崎潤一郎は、白黒・無声の活動写真の大正時代において、すでにこんなこと予見するようなことを言うのだから、ほんと一流の芸術家はスゴイなと思う。
では本文を。

予は前項に述べた活動写真の特長に基づいて、ここに彼らに二、三の警告を発したい。
目下の場合、日本特有の活動劇を撮影する営業者、舞台監督、俳優諸氏に、まずもって要求したいのは、徒に芝居の模倣をするなという一事である。自由にして自然なるべき活動劇を、窮屈にして不自然なる実演劇の束縛の下に置くな、という事である。
たとえば、彼らは、一つの場面を写すのに、いつも芝居の舞台面を念頭においている。殊に旧派の俳優のごときは、相変わらず薄っぺらな、横に長い二重舞台を使って、その上に多数並んだまま、一カ所で長いあいだ筋を運んでいる。これらは全く、活動写真の長所を殺しているのである。
西洋では、酒を飲んで酔っ払う光景を写すのに、役者に本物の酒を飲ませて、実際に酔わせる場合があるという。そのくらい自然を尊ぶ活動写真に、芝居の型通り「見え」を切ったり、変な立ち回りをしたりする必要は断じてない。なかでも、予が滑稽に感じるのは、活動劇が依然として男優の女形を使用することである。彼らはまだ、実演舞台と同じような扮装をして、それで見物客が欺かられていると思っているらしい。白粉を濃くすれば自然の白い肌に見え、墨で皺をかけば老人に見えるつもりでいるらしい。
老人は老人が扮し、女は女が扮するのは勿論のこと、なるべくなら頭も鬘を使わないで、禿頭でも白髪頭でも丸髷でも銀杏返しでも、地頭で間に合わす方がいいと思う。殊に散髪物は、日本にはいい鬘がないのだから、ぜひ地頭でやって欲しい。
芝居の模倣をしている間は、活動劇はいつまで立っても芝居を凌駕することは出来ない。これは要するに、活動劇には自ら異なった天地があり、使命があるという事を、自覚していない結果であって、今の活動俳優が、他の俳優に軽蔑されるのはむしろ当然といわなければならない。
もっともそれは俳優の罪ばかりでなく、弁士を持たなければ分からないような脚本を上場する、営業者の罪が大半を占めている。
予は決して、機関車の衝突だの、鉄橋の破壊だのという、大仕掛けな物を仕組んでくれというのではない。何よりまず自然に帰れというのである。そして、忠実に平坦に、日本の風俗人情を写してみろというのである。尾上松之助氏や、立花貞次郎氏の映画よりも、青山原頭のナイルスの宙返りや、桜島噴火の実況の方が、予にとってはどんなに面白かったか分からない。活動写真は筋は簡単であっても、ただ自然であり真実であるがために面白い場合が非常に多い。
何も最初から、高尚な文芸映画を作れなどとは要求しない。通俗な物で結構であるから、活動写真本来の性質に帰り、正しき方法によって、映写してもらいたいというのである。例の名金や、拳骨なども、極めて俗悪な筋であるが、映画にすると小説では分からない自然の景色や、外国の風俗人情が現れてくるために、大人が見ても充分に興味を感ずる。金色夜叉だとか、己が罪だとか、小説としては余り感心のできない物でも、日本の自然や風俗を巧みに取り入れて、西洋流の活動劇にしたら、きっと面白いに相違ない。
けれどももし、一歩進めて、日本に偉大なる興行者、偉大なる映画監督、偉大なる俳優が出現し、我が国古来の有名な小説物語の類を、活動写真によって撮れるようになったなら、どんなに立派な、どんなに荘厳な映画が出来るであろうか、想像するだけでも、予は胸の踊るのを禁じ得ない。たとえば平家物語のようなものを、実際の京都や、一の谷や、壇ノ浦を使い、当時の鎧衣装を着けて撮影したなら、恐らく「クオ・ヴァディス」や「アントニーとクレオパトラ」にも劣らないフィルムが出来るだろうと思われる。平安朝の竹取物語なども、トリック応用のお伽劇としては絶好の材料である。
そういうフィルムが沢山制作されるようになれば、舶来物の輸入を留めて、かえってこちらのものをどしどし輸出する事ができる。東洋の歴史、人情を写した活動写真は、きっと西洋人の嗜好に合うに違いない。音楽や文学や演劇においては、日本の芸術家が欧米に認められる事は至難だけれども、活動俳優にはそんな故障は少しもない。もし日本の俳優の名が、チャーレス、チャップリンのように世界中の津々浦々に響き渡ったら、日本人として快心の出来事ではないか。日本人で世界で名声を得たいと思うのであれば、活動写真の俳優になるのが一番いいであろう。
(弁士に関する後半部分は省略)

谷崎はここで活動写真にしたら面白い題材として「平家物語」を挙げている。
「平家物語のようなものを、実際の京都や、一の谷や、壇ノ浦を使い、当時の鎧衣装を着けて撮影したなら、恐らく「クオ・ヴァディス」や「アントニーとクレオパトラ」にも劣らないフィルムが出来るだろうと思われる。」とある。
確かに、スケールは壮大だし、人間ドラマも濃密だ。活動写真つまりドラマになった平家物語を谷崎は見たかったに違いない。

奇しくも平成24年のNHK大河ドラマは「平清盛」で、平家物語を題材としているようだ。
大河ドラマ「平清盛」
果して、谷崎潤一郎が胸を躍らせるようなドラマになるかどうか……。
最近の大河ドラマはハズレが多いからな……。

谷崎潤一郎の「活動写真の現在と将来」が面白かったので書き起こしてみました。前篇

谷崎潤一郎の全集第二十巻にあった「活動写真の現在と将来」が面白かったので書き起こしてみました。
これが書かれたのは大正6年。この頃の映画はサイレントであり、もちろん白黒、しかもスクリーンの横で活動弁士が熱弁をふるっていた時代であった。まだまだ映画は珍奇なものと見られていて、演劇や歌舞伎といったものより一段も二段も下に見られていた。そんな時代にあって、谷崎は映画がこれから大衆文化として大いに発達し、演劇や絵画などと並び称せられる芸術となるとここで予言している。
まあそれだけなら驚くに当たらないが、よく読むと、三流の俗小説も映画にしたら面白いのではないかとか、怪奇・ミステリィー(ここではエドガー・アラン・ポーや泉鏡花を挙げている)は映画に合う題材だとか、日本の物語を映画化して海外に売り込めといった今風でいうコンテンツ論を展開している。これを大正時代に言ってるのだからスゴイ。一流の芸術家というのは見る目が違う、というのが分かる。
そして、何よりも読みやすく分かり易い。谷崎潤一郎が文章が上手いなんて、もうしごく当たり前なことなんですが、こんな何気ないエッセーのようなものでも、達意の文章をつづられてしまうと、思わず感心していまう。

まあ、ウダウダ私見を書くより、本文を載せた方がいいですよね。
(旧仮名づかい、旧漢字は今風に改めてあります。また分かりにくい表現は文意を変えない程度に言い換えてあります)

活動写真の現在と将来
予は別段、活動写真について深い研究をしたこともなければ、広い知識をもっているわけではない。しかし久しい以前から、熱心なる活動の愛好者であって、機会があればフォトプレイを書いてみたいとさえ思っていた。その為に二、三冊の参考書を読んだこともあり、日活の撮影所などを見せてもらった事もあった。したがって、門外漢ではあるが、一般に活動写真というものの将来に対する考えや、特に日本の興行者に対する不平や不満足や、思いのままに述べてみたいことが沢山ある。
活動写真は真の芸術として、たとえば演劇、絵画などと並び称せられる芸術として、将来発達する望みがあるかといえば、予は勿論あると答えたい。そして、演劇や絵画が永久に滅びざるが如く、活動写真もまた、不朽に伝わるであろうと信ずる。有り体に云うと、予は今日の東京のどの劇団、どの劇場の芝居よりも、遙かに活動写真を愛し、かつそれらの中の或る物は、歌舞伎劇や新派劇でも太刀打ちできないほどの芸術性を発見する。少し極端になるかも知れないが、西洋のフイルムでさえあれば、どんな短い、どんな下らない写真でも、現在の日本の芝居に比べれば、ずっと面白いと云いたいくらいである。
芸術の甲乙はないとしても、その形式が時勢に適応するものは益々発達し、時勢に背反するものは自然と進歩しないようになる。能狂言が、歌舞伎に劣らない内容を有していながら、後者ほど流行しないのはその為であろう。今日はデモクラシーの時代であるから、貴族趣味の芸術はだんだん範囲を狭められていくに違いない。この点において、演劇よりも更に一層平民的な活動写真は、最も時勢に適合した芸術として、まだ大いに発達改良の余地があると思う。あるいは将来、演劇が能狂言を圧倒した如く、活動写真が立派な高級芸術となった暁に、演劇を圧倒する時代が来るかも知れないと思う。
ちょいと考えてみただけでも、活動写真が演劇に勝っている点は非常に多いが、その最も顕著なる特徴は、実演劇の生命が一時的なのに反して、写真劇の生命の無限に長い事であろう。(今日ではまだフィルムの寿命が永久不変ではないけれど、将来必ず、その辺は発達するに違いない。) 実演劇とフィルム劇との関係は、あたかも言語と文字、若しくは原稿と印刷物との関係に匹敵する。実演劇は、限られた観客を相手にして、その場限りで消えていくのに、活動写真の方では一本のフィルムを何回も繰り返して、至る所に無数の観客を呼ぶことができる。この特長は、観客の側からいうと、居ながらにして各国の俳優の演技を、極めて廉価にしかも甚だ簡便に見物し得る利益がある。そして俳優の側からいえば、ほとんど世界中の見物を相手にして、絵画や文学のように複製だの翻訳だのという間接の手段を持たず、自己の芸術を直接に発表し、しかも後世永遠に伝えることができるのである。古来の偉大なる詩人や書家や彫刻家が、自己の芸術によって永遠に生きているかが如く、活動写真もまたフィルムによって不朽の生命を保つことができる。俳優にこれだけの覚悟がつくという事は、その芸術をどれほど高尚にさせ、真剣にさせるか分からないと思う。現在の俳優が、他の芸術家に比較して、品性においても見識においても多く堕落しているのは、主としてその使命の一時的であるという事が頭に沁み込んでいる結果に相違ない。もしくは自分の演技がゲーテの詩の如く、ミケランジェロの彫刻の如く、永く後世に認められ、千載の後までもクラッシックとして尊重させられる所以が明らかになったら、彼らも必ずそれ相応の抱負を持つようになるだろう。
以上に述べた所だけでも、活動写真が将来芸術として発達する要素は十分であると予は信じる。しかしその他の特長を数えて見れば、第二に、取材の範囲がすこぶる広範であって、しかもいかなる場面においても、(写実的なものでも、夢幻的なものでも)芝居ほど嘘らしくないという事実を挙げたい。いうまでもなく、演劇が所期の効果を奏するためには、いかなる際にも写実らしくなければならない。段々世の中が進んできて、見物の神経が昔よりも鋭敏になっている今日、演劇はややもすると嘘らしいという感じを免れない。この点においても、活動写真はより多く時勢に適合してはいないだろうか。今日の人が、象徴的の演出として賛美している能狂言も、足利時代の人々には写実的として見えていた。そして、能狂言の後に一層写実的な歌舞伎劇が起こったごとく、これからの世の中は、更に一層写実的な活動写真によって風靡されはしないだろうか。予にはどうも、そうなるらしく感ぜられる。
写実劇が、いかなる場合にも写実らしいという事は、同時にそれが芝居よりもっと写実的な戯曲にも、もっと夢幻的な戯曲にも適していることを証拠立てる。写実劇に適する事の出来ないダンテの「神曲」とか、西遊記とか、ポオの短編小説の或る物とか、或いは泉鏡花氏の「高野聖」「風流線」の類(この二つはかつて新派で演じたけれど、むしろ原作を傷つけるものであった)は、きっと面白い活動写真になると思う。なかでもポオの物語のごときは、活動写真の方がかえって効果が現れるのではないかと感ぜられる。(たとえば「黒猫」「キリヤム、キルソン」「赤き死の仮面」など)
それから第三の長所としては、場面の取り方が自由自在で、多種多様の変化に富んでいる。それは脚本作家にとっても、実演用の戯曲を作る場合と違って、面倒な約束に縛られる煩いがなく、どれほど便利であるか分からない。限られた面積の舞台の上で組み立てる物と異なり、いかなる雄大な背景でも、いかなる大規模な建築でも、欲するままに使用し得るのみならず、長年月の間に、遠隔の土地に起こった事件をも、わずか数時間の物語に短縮することが出来る。しかしてそれがまた、取材の範囲を広範にする所以である。
ある場面のうち一部分を切り抜いて、大きく映すということ、すなわちディテールを示し得ること、これがどのくらい演劇の効果を強め、変化を助けているか分からない。この意味において、写実的の場面は実演劇のそれよりも一層絵画に近づいている。実演の舞台では、絵画と同じ構図を取ることは不可能であるが、活動写真では立派にそれが行われる。かつ、俳優と観客との位置に、絶えず一定の距離をもっている芝居とは違って、ある時は咫尺の間に迫り、ある時は十町も二十町も離れ得る(意味:アップになったり、俯瞰になったりすることができる) 活動劇の俳優は、動作においても表情においても、充分に自己の技能を発揮することが出来る。観客の側からいっても、立ち見のお客には顔が分からないというような不公平が全くない。
殊に、俳優が実物より拡大される結果として、実演の舞台ではそれほど目立たない、容貌や肉体の微細なる特長までが、極めて明瞭に映し出される。俳優はもはや実演の際のごとくけばけばしい粉飾をもってその年齢や肉体や輪郭をごまかすことは出来ない。美人の役はぜひとも美人の俳優が扮しなければならず、老人の役はぜひとも老人がつとめなければならない。(西洋の活動写真では大概そうなっている)これは、一方において虚偽の技巧を駆逐する効能があると同時に、他方においては、俳優に固有な持ち味、柄というものを尊重する傾向を生み、したがって技芸の領域を複雑にし、深甚にする利益があろうと思う。人間の容貌というものは、たとえどんなに醜い顔でも、それをじっと見つめていると、何となくその所に神秘な、荘厳な、ある永遠な美しさが潜んでいるように感じられるのである。予は活動写真の「大写し」の顔を眺める際に、特にその感を深くする。普通気が付かないで見過ごしていた人間の容貌や肉体の各部分が、名状し難い魅力をもって、今更のように迫って来るのを覚える。それは単に、映画が実物よりも拡大されている為ばかりではなく、おそらく実物のような音響や色彩がないためであろう。活動写真に色彩と音響とがない事は、その欠点なるがごとくにして、むしろ長所となっているであろう。ちょうど絵画に音響がなく、詩に形象がないように、活動写真もまた、たまたまその欠点によって、かえって芸術に必要なる自然の浄化ーーcrystallizationーーを行っている形である。予はこの一事によっても、活動写真が芝居よりは高級な芸術として発達し得る可能性を認めるものである。(キネマカラーという物があるが、現在のところでは、予はあまりあれを好まない)そして、前者は後者よりも、一層絵画や彫刻や音楽の精神に近くはないかと思っている。
以上に列挙した活動写真の長所の多くは、予が新しく説明するまでもなく、すでに誰にでも分かり切った事実である。ただ、この分かり切った事柄を、改めて書き連ねた所以のものは、主として日本の現在の、活動写真の当事者に読んでもらいたいからである。少なくとも彼らは、これだけの長所を充分に認めていない。認めているまでも、利用していないと信じるからである。

後篇に続く。

二十歳の三島由紀夫 その6 無意識的記憶とホットケーキ

二十歳の三島由紀夫 その6 無意識的記憶とホットケーキ
前回からの続き。
さて、このシリーズも佳境に入ってきました。
前回、前々回と、三島由紀夫が「二十歳」という年齢に異常なまでにこだわっていた、というところをまとめてみました。
なぜ二十歳なのか。なぜ二十歳の人物を登場させ、それを主体に据えるのか。
結論から言えば、三島はこれらの登場人物に自分自身を投影しているからだろう。この年に、終戦、失恋、妹の死…、次々と悲劇が三島を襲って、彼は「精神的な死」を迎える。これが人生の転換点になるほどの衝撃となった。これは本人が後に幾度も回想しているところだ。
つまり二十歳前のどこか夢見がちな青年期は終わりを告げ、衝撃的な出来事に遭遇することによって、現実的な成年になった、いや成らざるをえなかった。(それが後に、終戦や失恋による「文学」への強い志へつながる)
その境界線が「二十歳」なのだ。
となれば、三島由紀夫こと平岡公威が「二十歳の誕生日」の一月十四日に何をしていたのかというのが問題となろう。
なにしろ、彼の遺作「豊饒の海」では主人公が二十歳になれば死ぬ(そして生まれ変わる)ほどの最重要事項だからだ。
このとき、彼は群馬県太田市の中島飛行機製作所へと学徒動員されていながらも事務所の机で小説「中世」を書いていたということと、たまたま東京に帰省していて、母親の作ったホットケーキを食ったということだ。(このあたりは過去記事で)
これはまだ召集検査を受け遺書を書く直前であり、この時期こそ、彼にとっての最後の青春の日々だったともいえる。
私はここに着目してみた。
三島に関する論述はいくらでもあるが、本人の二十歳の誕生日に目を向けた人はいまい。
そして、ここに何かある、そう直感しているのだ。(ただし私の勘はよく外れるが)

さてさて、本題に入る前に、プルーストを。
マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」では、主人公がマドレーヌを紅茶に浸し、その香りをきっかけとして幼年時代を思い出が蘇るといった場面がある。これは食べ物と記憶の関連性としてよく取り上げられることなので有名でしょう。
プルースト
安直だがWikipediaの説明がいいので、そのままコペピしてみた。

『失われた時を求めて』は記憶をめぐる物語であり、その全体は語り手が回想しつつ書くというふうに記憶に基づく形式で書かれている。プルーストは意志を働かせて引き出される想起に対して、ふとした瞬間にわれしらず甦る鮮明な記憶を「無意志的記憶」と呼んで区別した。作品の冒頭で、語り手は紅茶に浸したマドレーヌの味をきっかけに、コンブレーに滞在していた頃にまったく同じ経験をしたことをふいに思い出して、そこから強烈な幸福感とともに鮮明な記憶と印象が次々に甦ってくる。「無意志的記憶」の要素はそれ以降物語の中にしばしば類似の例がちりばめられており、例えば『ソドムとゴモラ』の巻で「心の間歇」と題された断章では、語り手はバルベックのホテルに着いて疲労を感じながらブーツを脱ごうとした瞬間、不意に亡くなったばかりの祖母の顔を思い出して、それまで実感できないままだったその死をまざまざと感じさせられるという経験をする。

このような「無意志的記憶」の現象は最終巻『見出された時』において、マドレーヌのときと同じような経験をふたたびすることによって、その幸福感の秘密が解明される。それは、同じ感覚を「現在の瞬間に感じるとともに、遠い過去においても感じていた結果」「過去を現在に食い込ませることになり、自分のいるのが過去なのか現在なのか判然としなくなった」 ためであった。この瞬間〈私〉は超時間的な存在となり、将来の不安からも死の不安からも免れることができていたのである。そしてこうした認識とともに、語り手は自分の人生において経験した瞬間瞬間の印象を文学作品のうえに表現する決意を固めていく。このような「無意志的記憶」を文学作品において登場させたのはプルーストが最初というわけではないが、こうした現象はしばしば「プルースト現象」あるいは「プルースト効果」という言い方で知られるようになっている。


さてさて長い引用だが、これを踏まえる。

では、度々書いている三島由紀夫のホットケーキとは何かといえば、プルーストのマドレーヌにあたるのだ。
まず、中島飛行機製作所から父母に宛てた手紙。


昭和20年1月17日
……思いがけなく帰京でき、時ならぬ正月を致し候。後で思えば、十四日はわが誕生日、――寮へかへりて、速達及び御手紙拝見、殊に御母上様の御文章、感銘深く、ゆかりも深き廿一歳の一月十四日、御母上様の御廿一にて、小生を生ませ玉ひし記念の日に、わが家へかへれしも何かの縁。思えば思ふほど、御心づくしのホット・ケーキの美味しさ、忘れがたく候。――豆、乾パンなどハ同室の諸君とわけ合ひ、けふすでに一缶、消費致候。

誕生日に母親の作ったホットケーキを食べたというのが分かる。かなり美味しかったに違いない。彼にとって特別な「二十歳」の誕生日の思い出がホットケーキなのだから。そしてその二日後の手紙。

昭和20年1月19日 
……そう毎々わが家へかへりては、次第に歓迎されざるに至るべし、そのたびたびにホット・ケーキ二切れというわけにはゆくまじ、……

ここでもホットケーキのことが出てくる。戦中なので、ホットケーキは贅沢品だろうが、何度も手紙に書くほど美味かったというのか。それだけではあるまい。味覚以上のものが、三島の心に深く刻まれたのだ。

三島由紀夫の最後の作品は「豊饒の海」である。その最終巻が「天人五衰」だ。この本が三島にとって特別な意味を持っていることは周知のごとく。三島の自死直後、ドナルド・キーンのコメントに「ことしの夏、「豊饒の海」についていろいろ話された。「この小説に自分のすべてを書き入れたので、完成したら死ぬことしかできない」といった。」(朝日新聞 昭和45年11月26日)とある。
自分のすべてとは「自分自身」のすべてをこの小説の中に投じたということだろう。
三島由紀夫 天人五衰
そこにこんな文章がある。

目をさましてから永いあいだ、床の中で夢想に身を漂わせるのが、いつか本多の習慣になった。見た夢を牛のように、永いこと反芻しているのである。
夢のようが愉しく、光彩に充ち、人生よりもはるかに生きる喜びに溢れていた。だんだん幼時の夢や少年時代の夢を見ることが多くなった。若かったころの母が、或る雪の日に、作ってくれたホット・ケーキの味をも、夢が思い出させた。
あんなつまらない挿話がどうしてこんなに執拗に思い出されるのだろう。思えばこの記憶は、半世紀もの間、何百回となく折りに触れて思い出され、何の意味もない挿話であるだけに、その想起の深い力が本多自身にもつかめないのである。
改築を重ねたこの邸には、もはや古い茶の間は残っていない。ともあれ、学習院中等科五年生の本多は、その日が土曜日で、学校かえりに、校内の官舎にいる或る先生のところへ友達と二人で話をききに行ったあと、ふりしきる雪の中を、傘もなしに、腹を空かせて帰って来たのである。
いつもは内玄関から入るが庭の雪の積もり具合を見に、庭へ廻った。松の薦巻きが白く斑らになっている。石燈籠が綿帽子をかぶっている。靴底をきしませて庭を渡り、茶の間の雪見障子の中に動く母の着物の裾を、遠くから見ると心が弾んだ。
「おや、おかえり。お腹がお空きだろう。雪をよく払ってお入り」
と立ってきた母は寒そうに袂を胸に合わせて言った。外套を脱いで、炬燵に辷り込むと、母は長火鉢の火を、何か考え深そうな目つきで吹き立てて、おくれ毛を火の粉から守ってかいやりながら、吹く息の合間にこう言った。
「ちょいとお待ち。おいしいものを作って上げるから」
そして母は、小ぶりのフライパンを火鉢にかけ、新聞紙に浸した油で隅々まで潤した末、彼の帰宅を待って作っていたらしいホット・ケーキの白い粒立った乳液を、はや煮立っている油の上へ、巧みな丸を描いて注いだ。
本多が夢にたびたび想起するのは、そのとき食べたホット・ケーキの忘られぬ旨さである。雪の中を帰ってきて、炬燵にあたたまりながら食べたその蜜とバターが融け込んだ美味である。生涯本多はあんな美味しいものを食べた記憶がない。
しかし何故そんな詰まらぬことが、一生を貫く夢の酵母になったのであろう。その雪の午後、日ごろは厳しい母の突然のやさしさが、ホット・ケーキの美味を大いに増したことはたしかである。そしてこの思い出すべてにまつわる何か得体の知れぬ哀感、炭火を吹く母の横顔と、節倹を尊ぶ家風で決して昼間から灯をつけないで、雪明りはあっても仄暗いその茶の間に、母が息を吹きつのる毎に火の反映が頬を赤らめ、息を継ぐごとに忍びやかな影が頬に昇ってくる、その明暗を見守っていたときの少年の気持、……更には、いまだに本多の知らない、母の一生言わずに通した憂悶が心の裡に在って、それがそのときの母の妙に一心でひたむきな挙措や、常ならぬやさしさにひそんでいたのかもしれない。それがホット・ケーキのふくふくした旨さを通じて、愛のうれしさを通じて、突然透明に直視されたのかもしれない。そう考えなくては、夢にまつわる哀感が説明されないのである。
それにしてもその日から六十年が絶った。何という須臾の間であろう。或る感覚が胸中に湧き起って、自分が老爺であることも忘れて、母の温かい胸に顔を埋めて訴えたいような気持ちが切にする。
六十年を貫いてきた何かが、雪の日のホット・ケーキの味という形で、本多に思い知らせるものは、人生が認識からは何ものをも得させず、遠いつかのまの感覚の喜びによって、あたかも夜の広野の一点の焚火の火明りが万斛の闇を打ち砕くように、少くなくとも火のあるあいだ、生きることの闇を崩壊させるということなのだ。
何という須臾だろう。十六歳の本多と、七十六歳の本多との間には、何も起こらなかったとか感じられない。それはほんの一またぎで、石蹴り遊びをしている子供が小さな溝を跳び越すほどのつかのままだった。

まさしくこれは三島由紀夫の二十歳の誕生日の経験を基にしている。となればこの本多は三島由紀夫自身だと言えるだろう。(ちなみに昭和20年は大雪の年であり、同年の手紙や文章に雪の日のことが書かれている)
そして本文ではこの後、自らの死を予感した本多が月修寺にいる綾倉聡子に会いに行こうと思い立つ描写へと続く。
ホットケーキという一つの「記憶」から、「豊饒の海」ではすべてを覆すようなあのラストにつながり、三島本人としてはあの壮絶な最期を迎えることになる。(三島にとっては25年前の記憶)
「半世紀もの間、何百回となく折りに触れて思い出され……」と書いているほどだから、二十歳の誕生日の記憶が三島本人にとっても繰り返される思い出だったのだろう。そしてそのホットケーキとともにその時の心情や言動も思い出されたのではなかろうか。
死を前にして思い出されるのはやはり幸福な日々だったのだろうか。実際、三島はこの後自死するのだから。戦中ではあったが、三島にとっては中島飛行機製作時代はいい思い出だったのだろう。(戦時の中の青春という意味で碇シンジと同じだというはこういう点だ。)
となれば、自身の遺作となる「豊饒の海」のラストシーンの聡子のセリフも意味が深い。
『記憶と言うてもな、映る筈もない遠すぎるものを映しもすれば、それを近いようもののように見せもすれば、幻の眼鏡のようなものやさかい』

「豊饒の海・天人五衰」のホットケーキの記憶とともに語られるのは「時間の跳躍」だろうか。三島はここで「須臾」という言葉を二回使っている。「短い時間。しばらくの間。ほんの少しの間」といった意味の仏教用語だが、この短い文章で同じ言葉を二回使う意図はなんであろうか。
こう考えると、上記のプルーストの無意識的記憶の説明が、ここでもそのまま「豊饒の海」の説明にそのまま使えるだろう。「無意識的記憶」「プルースト現象」によってこの小説が書かれているようにさえ思えてくる。
小説のラストの場面とホットケーキの場面を何度か続けて読むと、案外つながっているように読めてくるのは、私だけだろうか。

何かここにこの小説の謎を解くカギが、三島自死の意図を読み解く手がかりがあるような気がしてならないのだ。
となれば、問題となってくるのは、二十歳の誕生日に書いていた小説となるだろう。

それが「中世」だ。
中島飛行機製作所の机で書いたあの小説……

……次回に続く。
(ただし次回がいつになるかは不明)

朝日新聞で「銀魂」!

朝日新聞を見ていたら、「銀魂」が出ていた。
ジャンプフェスタ 1
どうやら「ジャンプフェスタ」の広告らしい。
まさかこの歳になって「ジャンプ」に反応するようになるとは……去年までは考えられなかったことだ。

そして、紙面をめくると一面広告があった。
ジャンプフェスタ 3銀さんみっけ。
ジャンプフェスタ 4新八みっけ。
ジャンプフェスタ 5神楽みっけ。
そして、
ジャンプフェスタ 2お~マダオだ!!  おっさんの私にはマダオは心の友です。

ジャンプフェスタに反応というよりただ単に銀魂が好きというだけか。
過去記事 「銀魂」考 最終回 TPPと復興と銀の魂

こういう「コミケ」とか「アニフェス」とかいうものに行ってみたいな、と最近強く思う。

テニスの森田あゆみがバラエティー番組に出たぞ。

バラエティー番組に森田あゆみさんが出てました。
これは珍しい。
12月9日夜7時放送のTBS「体育会TV」という番組だった。
番宣にはこうある。

テニス: 女子テニス日本ランキング1位「森田あゆみ」vs「芸人軍団」
    ▼21歳森田あゆみが放つ200kmを越す強烈スマッシュに・・・
     たむらけんじが命がけのブロック!!    ▼芸人軍団…たむらけんじ/しずる/慶/チョップリン西野

これは面白かった。
森田あゆみ TBS

森田あゆみ 炎の体育会TV

森田あゆみ過去記事
北京オリンピック代表・森田あゆみ選手は太田市出身。ということは……。
北京五輪テニス代表・森田あゆみ選手と新田一族。

ということで好きな写真はこれ
森田選手2

おお、大中黒!
これからも野球の斎藤佑樹や女子マラソンの中里麗美など同郷として森田あゆみを応援していきますよ。

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