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和辻哲郎「風土」の第四回目  気合いによる説明と寺田寅彦

和辻哲郎「風土」の第四回目  気合いによる説明と寺田寅彦
前回の「気合い」による日本文化の説明の続きとなっています。
日本人特有の美的感覚は、この「気合い」にあるということを和辻は述べている。それは、連句、文芸、歌舞伎、茶の湯、能楽といった日本文化の中に秘められている。これは日本人は直観力に優れているからだといえるだろうというのが和辻の考えであった。
Wikipediaの日本文化の項目に上手い説明があった。(Wikipediaだといってバカにしてはいけない。上手いまとめ方や秀逸な記事を発見して、思わず感心してしまうことが多々ある。誰が書いているのか?ちょっと尊敬してしまう)
季節の部分から。

国土の大半が温暖湿潤な気候帯に属し、春夏秋冬がはっきりと推移するこの国においては、この気象条件から、稲作による定住生活が生活の基盤となった。それゆえ、この国に棲む人々は四季の移ろいに敏感で、穏やかではあるが自然に対して感受性の鋭い国民性が育まれた。また、周囲を海に囲まれ個立した島国であることで、他民族との接触に一定の制御が加えられ、前記の特質に加えてさらに、独特の繊細で豊穣な文化を醸し出す下地ともなってきた。

これがまさしく和辻の「風土」論だろう。

では、以下引用。

この種の特殊なまとめ方を思うとき、連想は我々の文芸の一つの特殊な形式「連句」に連れて行く。連句においてはおのおのの句は一つの独立した世界を持っている。しかもその間に微妙な「つながり」があり、一つの世界が他の世界に展開しつつ全体としてのまとまりを持つのである。
この句と句との間の展開は通例異なった作者によって行われるのであるから一人の作者の想像力が持つ統一は故意に捨てられ、展開の方向はむしろ「偶然」にまかされることになる。従って全体としてのまとまりは「偶然」の所産であるが、しかもそのために全体はかえって豊富となり、一人の作者に期待し得ぬような曲折を生じるのである。しかしながら「偶然」がどうして芸術的な統一を作り出し得るのであろうか。ここでも答えは気合いである。しかも人格的な気合いである。一座の人々の気が合うことなしには連句の優れたまとまりは得られない。人々はその個性の特殊性をそのままにしつつ製作において気を合わせ、互いの心の交響・呼応のうちにおのおのの体験を表現する。かかる詩の形式は西洋人の全然思い及ばなかったものであろう。
連句以外にも日本文芸はこれに類似した特殊性を持っている。かけ詞(ことば)による描写のごときがそれである。内容的には何のつながりもないように見えるものが、ただ言葉の連想によって次から次へ並べられる。内容の論理的な脈絡に従って描写するやり方に比べると、これはまさしく非合理的のはなはだしいものである。しかもこのような連想による言葉の羅列が、全体として強く一つのまとまった情調を浮かび出せる。なぜならばそれは言葉の知的内容から見て脈絡のないものであっても感情的内容から見て互いに相つながっているものだからである。人はこの種の描写の代表的なものを『太平記』や近松の戯曲の道行きなどにおいて容易に見出し得るが、さらに現実の直写をもって聞こえた西鶴においてさえも著しく目立つものであることに気がつかねばならなぬ。西鶴は確かにその作品のとことどころを連句の呼吸で描写した。前句の言葉の感情的内容が、その知的内容と独立に次の句を呼び起こし、かかる句の連鎖をもって事件の率直な描写に代えている場合が少なくない。このような言葉による一種の点描法も、知的内容において合理的な脈絡を見るのではなくただ気合いにおいて言葉の脈絡を感ずるという特性によってのみ可能とせざるものであろう。
この種の特徴の気合いの芸術としての能楽においても、茶の湯においても、歌舞伎においても、それぞれに見出し得ると思う。はるかギリシアの伝統を引いている仏教美術においてさえ、それはいくつかの適例を持っている。元来日本人は芸術的な国民として世界に許されているものであり、また実際内なるものを直観的な姿においてあらわにするという能力には優れた国民である。
しかしギリシア人が「見ること」において感じたのに対して、日本人が「感ずること」において見たという相違は見逃すわけには行かない。そうしてこの特殊性においては日本はシナやインドと共通である。ただ異なるのは気合いによるまとめ方であって、その点から見るとインドの芸術はまた全然異なったものになる。想像が混沌として群がっているようなアマラヴァティの浮き彫り、尖塔が混沌として集まっているようなヒンドゥの殿堂、――それらに見られるまとまりは合理的な規則にもとづくものでないとともにまた右に言うごとき気合いによるものでもない。われわれはそれが何であるかを言うことはできぬが、ただそれが合理的を圧倒することによって、また感覚を酔わせることによって得られるものであるとだけは言い得ると思う。
我々は「規則にかなうこと」を視点として東西の芸術を比較してみた。そうしてそれが西洋の芸術の性格であるとともに東洋の芸術の性格ではなかったことも明らかにした。我々はなおこのほかにもいくつかの視点を選ぶことができるであろう。特に「人間中心主義」ごときを。しかしここには問題を簡単にするためにただ右の一つの視点を保ちつつ次の問いに移ろう。右のごとき特殊性は「ところ」の相違とどう関連しているであろうか。

ブルーノ・タウト的表現部分を太字にしてみた。
日本文化の特長である滋味を、「味」とか「粋」とか表現することがあるが、和辻はこれを「気合い」という言葉を使って言い表している。
ここではその妙味を「連句」・「俳諧」で説明しているが、似たようなものを読んだのを思い出した。
同年代の物理学者・寺田寅彦の随筆の「涼味数題」だった。
寺田寅彦 随筆集

 ……少なくも日本の俳句や歌に現われた「涼しさ」はやはり日本の特産物で、そうして日本人だけの感じうる特殊な微妙な感覚ではないかという気がする。単に気がするだけではなくて、そう思わせるだけの根拠がいくらかないでもない。それは、日本という国土が気候学的、地理学的によほど特殊な位地にあるからである。日本の本土はだいたいにおいて温帯に位していて、そうして細長い島国の両側に大海とその海流を控え、陸上には脊梁山脈がそびえている。そうして欧米には無い特別のモンスーンの影響を受けている。これだけの条件をそのままに全部具備した国土は日本のほかにはどこにもないはずである。それで、もしもいわゆる純日本的のすずしさが、この条件の寄り集まって生ずる産物であるということが証明されれば、問題は決定されるわけであるが、遺憾ながらまだだれもそこまで研究をした人はないようである。しかし「涼しさは暑さとつめたさとが適当なる時間的空間的週期をもって交代する時に生ずる感覚である」という自己流の定義が正しいと仮定すると、日本における上述の気候学的地理学的条件は、まさにかくのごとき週期的変化の生成に最もふさわしいものだといってもたいした不合理な空想ではあるまいかと思うのである。
 同じことはいろいろな他の気候的感覚についてもいわれそうである。俳句の季題の「おぼろ」「花の雨」「薫風」「初あらし」「秋雨」「村しぐれ」などを外国語に翻訳できるにはできても、これらのものの純日本的感覚は到底翻訳できるはずのものではない。
 数千年来このような純日本的気候感覚の骨身にしみ込んだ日本人が、これらのものをふり捨てようとしてもなかなか容易にはふりすてられないのである。昔から時々入り込んで来たシナやインドの文化でも宗教でも、いつのまにか俳諧の季題になってしまう。涼しさを知らない大陸のいろいろな思想が、一時ははやっても、一世紀たたないうちに同化されて同じ夕顔棚の下涼みをするようになりはしないかという気がする。いかに交通が便利になって、東京ロンドン間を一昼夜に往復できるようになっても、日本の国土を気候的地理的に改造することは当分むつかしいからである。ジャズや弁証法的唯物論のはやる都会でも、朝顔の鉢はオフィスの窓に、プロレタリアの縁側に涼風を呼んでいるのである。
 この日本的の涼しさを、最も端的に表現する文学はやはり俳句にしくものはない。詩形そのものからが涼しいのである。……

なるほどなるほど、面白いなあ。
ほかにもこんな文章がある。「場面から場面への推移の「うつり」「におい」「ひびき」には、少しもわざとらしさのない、すっきりとして気のきいた妙味がある。これは俳諧の場合と同様、ほとんど説明のできない種類の味である。」(「映画雑感2」)「二十余年前にワシントン府の青葉の町を遊覧自動車で乗り回したことがあった。とある赤煉瓦の恐ろしく殺風景な建物の前に来たとき、案内者が「世界第一の煉瓦建築であります」と説明した。いかなる点が第一だかわからなかったが、とにかくアメリカは「俳諧のない国」だと思ったのであった。」(記録狂時代」)などなど、寺田寅彦は日本文化が持つ独特な妙味を「俳諧」で言い表しているのがわかる。

このころの日本人の知識人や日本に興味を持ち研究した外国人は、日本人が持つこの独特な「味」(日本文化のグルタイン酸、うまみ成分)を何とか説明しようとしなんですね。
実に面白い。

まだまだ続くよ。
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和辻哲郎「風土」の第三回目 「気合い」による日本文化の説明

和辻哲郎「風土」の第三回目 
今回より「第四章 芸術の風土的性格」から、日本に関する部分を引いていきます。
前回は「第三章の日本の台風的性格」からでしたが、第四章はこのすぐ後に続いている章で、この本の総まとめ的記述となっている。(この後、第五章があるが、そこではヘーゲルやヘルデル、ハイデッカーなどの考察となり、哲学的内容となっている。「風土」との論考としては第四章が全体の総括となっている)
その第四章の前半部分ではヨーロッパの芸術・美の説明があり、それを受けて日本の芸術・美の解説に入っている。
この比較文化論的展開は、ブルーノ・タウトの日本文化の説明と同様で、日本の独自性が「日本文化の美」となっているという説明である。
引用する部分で和辻は、特に「気合い」という言葉を使って、日本文化の特異性を説明している。
気合といっても、体育会系の人(松岡修造のような)が好きな気合、つまり「あることに精神を集中してかかるときの気持ちの勢い。また、それを表すかけ声。」というのではなく、「物事を行うときのこつ。また、互いの間の気分。息。呼吸。」といった意味の「間合い」とか「絶妙な組み合わせ」とか言った意味合いで使っている。
文章を読むと分かるが、日本人が持つ特有の美的感覚である「味」といった意味と同じであろう。(過去記事「ブルーノ・タウトの「日本文化私観」その9 「味」と「まがいもの」)
ではどうぞ。


(前略)
西洋の庭園が人工的な秩序的であり、シンメトリーや統一性に「美」を求めたのと違い、日本の庭園は全く違う。
無秩序な荒れた自然のうちに自然の純粋な姿を探り求めた。それを日本の庭園は自然の美の醇化・理想化にほかならぬ。仕事そのものにおいてはギリシアの芸術と規を一にすると言ってもよい。
そこでかくしてできあがった庭園はいかなるまとまりを持っているであろうか。簡単なものになると、それはただ杉苔の生い育った平面に一本の松、あるいは五七の敷石があるきりである。(たとえば大徳寺真珠庵方丈の庭、玄関先、桂離宮の玄関先など)それは統一すべき多様さを持たない、従って本来統一されている単純なものに過ぎないとも言えよう。しかしこの杉苔は自然のままではこのように一面に生いそろうこともないのである。それはただ看護(人の手を加えるといった意味)によって得られた人工的なものにほかならぬ。しかもこのように生いそろった杉苔は刈りそろえられた芝生のような単純な平面ではない。下より盛り上がって微妙に起伏する柔らかな緑である。その起伏のしかたは人間が左右したのではない自然のままのものであるが、しかし人間はこの自然のままの微妙な起伏が実に美しいものであることを知って、それを看護によって作り出したのである。従ってこの起伏する柔らかい緑と堅い敷き石との関係にも庭作りには非常な注意を払っている。敷石の面の刻み方、その形、その配置、――面を平面にし、形を方形にするようなことも、幾何学的なシンメトリーとして統一を得るためではなく、苔の柔らかい起伏に対する対照のためである。
従ってその配置は、苔の面が細長い道である時には直線的に、苔の面がゆるやかに広がるときには大小呼応して参差(しんし)と散らされる。それは幾何学的な比例においてではなく、我々の感情に訴える力の釣り合いにおいて、いわば「気合い」において統一されている。ちょうど人と人との間に「気が合う」と同じように、苔と石と、あるいは石と石の間に、「気」が合っているのである。
西芳寺(京都・西芳寺。通称「苔寺」)

庭園のまとめ方に最もよく似たまとめ方を持つものは、恐らく庭作りがそこから多くを学んだであろうと思われる絵画である。長方形の画面の上部左寄りに濃淡を異にする四五の竹葉が墨をもって描かれている。それを受けた淡い竹幹が左の縁に沿って立つ。その他の大部分の画面は空白であるが、そのただ中に、竹葉のやや下に、濃く描かれた一羽の雀が飛んでいる。かかる絵の構図にはシンメトリーというごときことはいかなる意味でも認められない。しかもそこには寸分の隙もないつり合いが感ぜられる。何ものも描かれざる空白が、広い深い空間として濃い雀の影とつり合い、この雀の持つ力が、淡い竹葉のうちに特に際立って濃くされた二三の竹葉の力と相呼応する。こうしてそれぞれのものが動かすことのできない必然の位置を占めている。このような気合いとしてのつり合いの関係によって、物象がただ片隅に描かれているようなこの画面をも豊かなまとまりあるものとして感ぜらせしめるのである。この種のまとめ方は宋元舶載の小さな画帖の絵にも、足利桃山から徳川へかけての大きい襖絵・屏風絵にも、非常に多く認められる。梅の枝に雀のとまった小画、梅花が水に面して立つ屏風絵、御所車のまわりに人の群れている小屏風絵、――そういうものにおいて不規則に画面の横から突き出た梅の枝の形や、その上の梅の花の配置や、その中にとまった雀の位置などの間の実にほどのいいつり合い、あるいは咲き乱れた紅梅の木の形とそれに面する水や築山の間のほどのいい色や線の調和、あるいは御所車を画面の端に寄せて、人物の向きを巧みに配合しつつ空白である他の側に向かって漸次人の群を薄め減らして行く構図のほどのいい動きかた、――これらのほどのよさは一見して明瞭であるが、しかしこのほどのよさの基礎となっている規則を我々は見いだすことができない。それはただ直覚的に得られた、そうして一分も動かすことのできない「気合い」である。
武蔵(宮本武蔵の「竹雀図」)

が、絵画のまとめ方の特殊性はこのような「気合い」によるもののみではない。それは空間芸術として一目に見渡せる場合のまとめ方、すなわちシンメトリーや比例に代わるものとしてのまとめ方であるが、我々の絵画においてはさらに時間的な契機を入れた特殊なまとめ方が重要な位置を占める。すなわち絵巻物のまとめ方である。西洋の絵画においては物語を題材とした続きものを描く場合でも、続いているのはただ物語の内容だけであって、絵自身は一々独立した構図を持つか、あるいは一々独立しつつ装飾的な大きい全体にまとめられているかである。しかるに絵巻物においては構図そのものが時間的に展開し行くように作られている。物静かな構図に始まってそれが徐々に複雑の度を加えつつついに無数の物象の組み合わせによる極度に複雑な構図となり、やがてまた徐々に単純に帰りつつきわめて簡素な構図をもって局を結ぶというごとく、それはむしろ音楽の展開のしかたに似たものである。我々はこの集まっては散り散っては集まるというごとき移り変わりによってしばしば胸を打つごとき美しさを感じせられることがある。もとよりこの種の絵のおのおのの部分は、それだけ切り離してもまた絵としてまとまった構図を持ち得るであろう。しかしそれは本来展開し行く全体のある一定の部分として作られたものであって、その部分の意義は全体において初めて充分に発揮される。伴大納言絵巻のごとく一つの物語を題材とするものはもとよりであるが、鳥羽僧正筆と称する鳥獣戯画巻のごとき、あるいは雪舟の山水長巻のごとき、全然題材の束縛を受けないものにおいても、全体としての構図の展開は確かに主要事とされている。構図の移り変わりに従って筆調もまたおのずから移り変わっているごときは、展開し行く全体についての充分な理解を示すと言えよう。しかしこの展開の仕方においても我々は音楽におけるような規則的なるものを見いだすことができない。それは同じテーマを繰り返す展開ではなくして常に他の姿に移りゆく展開であり、しかも全体として一つにまとまっているのである。それはもし比すべきものを求めるならば、非合理的なる契機に充たされる生の統一的展開のほかにないであろう。
20110110125328.jpg
(鳥獣戯画巻)



続く

和辻哲郎「風土」から。 第2回目 日本人特有の性格「しめやかな激情」

和辻哲郎「風土」の2回目ですが、その前に、読売新聞の投稿欄の記事から。(平成24年2月8日付け)

住民を救った町職員、尊い使命感学んで(埼玉県 農業 78)
東日本大震災で忘れられない報道がある。宮城県南三陸町で、住民に避難を呼びかけ続けた町職員の遠藤未希さんが、津波の犠牲になったというものだ。この出来事を、埼玉県が4月から県内の公立小中高校で使う道徳の教材に、「天使の声」というタイトルで取り上げるという。
当時24歳だった遠藤さんは、防災対策庁舎の2階から「津波が来ています。早く逃げてください」と呼びかけていた。この防災無線を聞いて、どれだけ多くの住民の命が救われたことだろう。
思いやりの心や使命感を持つ尊さについて、児童や生徒に学んでもらうことは真の教育と言えるだろう。
我々は、大きな悲しみをもたらした震災から、様々なことを学び、将来を担う子供たちに伝えていかなければならない。

さて、同じ事柄を扱いながらも、全く方向性の違うものが朝日新聞の投稿欄に出ていた。(2月6日付け)

職員の犠牲 美化より教訓に (フランス在住 大学院生 25)
宮城県南三陸町で津波避難を防災無線で叫び続けて亡くなった遠藤未希さんが「天使の声」と言う題で埼玉県の公立小中学校の道徳の副読本に載るという。「人を思いやる心を育む」ために使われるそうだ。 だが、果たして、皆の為に自分の命を犠牲にすることが、本当の意味での「思いやり」になるのだろうか。確かに、町職員が町民の命を守る使命を全うしたことは尊いことである。ただ、職員がなぜ自分の尊い命を犠牲にせざるを得なかったのか。その原因の中には、避難を誘導する放送が無人で機械化がされておらず人力に頼った対策の不備はないか等を考えることも大事なように思う。尊い犠牲は美化した悲劇にするよりも、有事に命を救う対策にこそ生かされるべきだ。

実にアサヒ的発想で恐ろしくなる。(こういう否定の仕方はないだろう。そう感じるのは私だけなのだろうか。そして行間からあふれ出てくる何ともいえないこの冷淡さは何だろうか)
そして読売と朝日のカラーがこれほどはっきりと出ていることにも驚く。(投稿記事といえども、選ぶ側に思想や意図や思惑があることは間違いないからだ)
さてさて、ここでは二紙の違いを書きたいわけではない。
この話を聞いて、何故、特別な感情が湧きあがってくるのかということ。
遠藤未希さんのあの最期の映像を見て思うのは、実に「日本人的」だということ。イタリア客船座礁事故では、イタリア人の船長は乗客を置き去りにして真っ先に逃げたが、遠藤さんはそうしなかった。
多くの日本人(アサヒ的思考者以外)は、遠藤さんの行動の中に何らかの「美しさ」を感じたのだ。
そして、そこに日本人が求める真の精神(そうありたいと願うもの)」が、そこにあるとも気が付いた。(だから教科書に載せようとしている)
では、どこに感応したのか。
それは教科書的な「思いやり」や「使命感」、ましてや「アサヒ的教訓」以外のもの、(いや、それ以上の)のものがそこにあると直観したからだと思う。
多くの日本人が、日本人特有の精神を、「遠藤さんの最期」に感じ取ったのだ。
では、その「特有の精神」とは何か。
ということで、それが今回の和辻哲郎「風土」の2回目のテーマとなる。
この件に関して言えば、和辻の説くところの、「激情」と「死へあきらめ」がない交ぜとなった「日本人的」性格だということだ。
その説明が以下にある。(文章は前回「第三章モンスーン的風土の特殊形態・日本 ・台風的性格」からの続きなので、前回分も読むともっと分かりやすくなる)

次にモンスーン的な忍従性もまた日本の人間において特殊な形態を取っている。ここでもそれは第一に熱帯的・寒帯的であるここでもそれは第一に熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、従って非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の長い辛抱強さでもなくして、あきらめでもありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従である。暴風や暴雨の威力は結局人間をして忍従せしめるのではあるが、しかしその台風的な性格は人間の内に戦争的な気分を湧き立たせずにはいない。だから日本の人間は、自然を征服しようともせずまた自然に敵対しようともしなかったにもかかわらず、なお戦闘的・反抗的な気分において、持久的ならぬあきらめに達したのである。日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)は、右のごとき忍従性を明白に示している。
第二にこの忍従性もまた季節的・突発的である。反抗を含む忍従は、それが反抗を含むというその理由によって、単に季節的・規則的に忍従を繰り返すのでもなければ、また単に突発的・偶然的に忍従するのでもなく、繰り返し行く忍従の各瞬間に突発的な忍従を蔵しているのである。忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐のあとには突如として静寂なあきらめが現れる。受容性における季節的・突発的な性格は、直ちに忍従性におけるそれは相まつのである。反抗や戦闘は猛烈なほど嘆美せられるが、しかしそれは同時に執拗であってはならない。きれいにあきらめるということは、猛烈な反抗・戦闘を一層嘆美すべきものたらしめるのである。すなわち俄然として忍従に転ずること、言い換えれば思い切りのよいこと、淡泊に忘れることは、日本人が美徳としたところであり、今なおするところである。
桜の花に象徴させられる日本人の気質は、半ばは右のごとき突発的忍従性にもとづいている。その最も顕著な現れ方は、淡泊に生命を捨てるということである。この現象はかつてキリシタンの迫害に際しての殉教者の態度としてヨーロッパ人を驚嘆せしめたように、近くは日露戦争において彼らに強い驚きの印象を与えた。反抗や戦闘の根底に存するものは生への執着である。しかも生への執着が大きい・烈しい客観的な姿に現れたときに、その執着を全然否定する態度であった。日本人の争闘はここにその極致を示している。剣道の極致は剣禅一致である、すなわち闘争をば執拗な生への執着から生の超越にまで高めることである。これらを我々は台風的な忍従と呼ぶことができる。
そこで日本の人間の特殊な存在の仕方は、豊かに流露する感情が変化においてひそかに持久しつつその持久的変化の各瞬間に突発性を含むこと、及びこの活発なる感情が反抗においてあきらめに沈み、突発的な昂揚の裏に俄然たるあきらめの静けさを蔵すること、において規定せられる。それはしめやかな激情、戦闘的な恬淡である。これが日本の国民的性格にほかならない。

本当にいい説明だと思う。日本人の性格をこれほど上手く表現しているものはないと思う。
そして和辻は、「しめやかな激情」という語の注釈をしている。

「しめやかな激情」
愛情を「しめやか」という言葉で形容するのは、ただ日本人のみである。そこには濃やかな感情の静かな調和的な融合が言い現わされている。「しめやかな激情」とは、しめやかでありつつも突如激情に転じ得るごとき感情である。すなわち熱帯的な感情の横溢のように、単調な激情をつづけて感傷的に堕するのでもなければ、また湿っぽく沈んで湧き立たない感情でもない。

なるほど。いい言葉だ。
また「恬淡」(てんたん)という語を辞書を引いてみると「心やすらかで無欲なこと。あっさりしていて物事に執着しないさま。」とある。まさに「さくら」だろう。
新渡戸稲造の「武士道」でも、同様に、日本人の精神を「さくら」に例えているが、まさしくその通りだ。
過去記事「資料編を追加します。 第28回 新渡戸稲造「武士道」の後半部分から。
そして「突発的忍従性」や「しめやかな激情」、それは日本人特有のものであるから故に、なおさらそこに美しさを感じるのだ。

だから、日本人的精神のあふれた「さくら」のごとく美しい行動を示した遠藤さんに、多くの日本人は心を動かされたのだ。
参考資料 桜(画像はアニメ「ちはやふる」から。日本人は昔から「桜」を描いてきた。その精神はアニメやマンガにも受け継がれている)

……続く。

和辻哲郎「風土――人間学的考察」 第1回 日本の台風的性格 

しばらく、「和辻哲郎「風土――人間学的考察」(岩波文庫)を引いていきたいと思います。
和辻 風土

過去記事「「アニメは日本文化を救えるか」シリーズ 第9回目 こんな感じでまとめる予定でした。」でも触れたように、和辻の風土を引用しようとしましたが、うまく要約できないのかったのは、どこを引いても面白かったからだ。したがって、重要なところをそのまま引用していくことにします。
形式としては、ブルーノ・タウト「日本文化私観」のときのようになります。
さて、第一回目は「第三章」の部分から。モンスーン的風土として大陸型「シナ」の説明に続いて、日本の説明部分を引いてみます。
「受容的・忍従的」というのが日本人を表す特徴であり、日本を代表するような、桜や竹や稲といったものでそれを説明している。

第三章 モンスーン的風土の特殊形態
二 日本
イ 台風的性格

人間の存在は歴史的・風土的なる特殊構造を持っている。この特殊性は風土の有限性による風土的類型によって顕著に示される。もとよりこの風土は歴史的風土であるゆえに、風土の類型は同時に歴史の類型である。自分はモンスーン地域における人間の存在の仕方を「モンスーン的」と名付けた。我々の国民ものその特殊な存在の仕方においてはまさにモンスーン的である。すなわち受容的・忍従的である。
しかし我々はこれによって我々の国民を規定することはできない。風土のみを抽象して考えても、広い大洋と豊かな日光を受けて豊富に水を恵まれ旺盛に植物が繁茂するという点においてはなるほど我々の国土とインドはきわめて相似しているが、しかしインドが北方は高山の屏風にさえぎられつつインド洋との間にきわめて規則的な季節風を持つのとは異なり、日本は蒙古シベリアの漠々たる大陸とそれよりもさらに一層漠々たる太平洋との間に介在して、きわめて変化に富む季節風にももまれているのである。大洋のただ中において吸い上げられた豊富な水を真正面から浴びせられるという点において共通であるとしても、その水は一方においては「台風」というごとき季節的ではあっても突発的な、従ってその弁証法的な性格とその猛烈さとにおいて世界に比類なき形を取り、他方においてはその積雪量において世界にまれな大雪の形を取る。かく大雨と大雪との二重の現象において日本はモンスーン域中最も特殊な風土を持つのである。それは熱帯的・寒帯的の二重性格と呼ぶことができる。温帯的なるものは総じて何ほどかの程度において両者を含むのではあるが、しかしかくまで顕著にこの二重生活を顕すものは、日本の風土を除いてどこもにも見いだされない。この二重性格はまず植物において明白に現れる。強い日光と豊富な湿気を条件とする熱帯的な草木が、ここでは旺盛に繁茂する。盛夏の風物は熱帯地方とほとんど変わらない。その代表的なるものは稲である。しかるにまた他方には寒気と少量の湿気とを条件とする寒帯的な草木も、同じく旺盛に繁茂する。麦がその代表者である。かくして大地は冬には麦と冬草とに覆われ、夏には稲と夏草とに覆われる。しかしかく交代し得ない樹木は、それ自身に二重性格を帯びて来る。熱帯的植物としての竹に雪の積もった姿は、しばしば日本の特殊の風物としてあげられるものであるが、雪を担うことに慣れた竹はおのずから熱帯的な竹と異なって、弾力的な、曲線を描き得る、日本の竹に化した。
風土のみを抽出して考察した場合に見いだされるこれらの特徴は、具体的には日本の歴史的生活の契機である。稲及びさまざまの熱帯的な野菜や、麦及びさまざまの寒帯的な野菜は、人間が自ら作るのであり、従ってそれに必要な雨や雪や日光は人間の生活の中へ降り込み照らし込むのである。台風は稲の花を吹くことによって人間の生活を脅かす。だから台風が季節的でありつつ突発的であるという二重性格は、人間の生活自身の二重性格にほかならぬ。豊富な湿気が人間に食物を恵むとともに、同時に暴風や洪水として人間を脅かすというモンスーン的風土の、従って人間の受容的・忍従的な存在の仕方の二重性格の上に、ここにはさらに熱帯的・寒帯的・季節的・突発的というごとき特殊な二重性格が加わってくるのである。

まずモンスーン的受容性は日本の人間においてきわめて特殊な形態を取る。第一にそれは熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、単調な感情の横溢でもなければ、また単に寒帯的な、単調な感情の持久性でもなくして、豊富に流れ出でつつ変化において静かに持久する感情である。四季おりおりの季節の変化が著しいように、日本の人間の受容性は調子の早い移り変わりを要求する。だからそれは大陸的な落ち着きつきを持たないとともに、はなはだ活発であり敏感である。活発敏感であるがゆえに疲れやすく持久性を持たない。しかもその疲労は無刺激的な休養によって癒されるのではなくして、新しい刺激・気分の転換等の感情の変化によって癒される。癒された時、感情は変化によって全然他の感情となっているのではなく、依然としてもとの感情なのである。すなわち感情は変化においてひそかに持久するのである。
第二にそれは季節的・突発的である。変化においてひそかに持久する感情は、絶えず他の感情に変転しつつしかも同じ感情として持久するのであるがゆえに、単に季節的・規則的にのみ変化するのでもなければ、また単に突発的・偶然的に変化するのでもなく、変化の各瞬間に突発性を含みつつ前の感情に規定せられた他の感情に転化するのである。
あたかも季節的に吹く台風が突発的な猛烈さを持っているように、感情もまた一から他へ移るとき、予期せざる突発的な猛烈さにおいて現れた。それは執拗に持続する感情の強さではなくして、野分のように吹き去る猛烈さである。だからそれはしばしば執拗な争闘を伴なわずして社会を全面的に変革するというごとき特殊な歴史的現象さえ作り出している。さらにそれは感情の昂揚を非常に尊びながらも執拗を忌みという日本的な気質を作り出した。桜の花を持ってこの気質を象徴するのは深い意味においてもきわめて適切である。それは急激に、慌ただしく、華やかに咲きそうろうが、しかし執拗に咲き続けるのではなくして、同じように慌ただしく、恬淡に散り去るのである。

季節の変化と、突如として猛威を奮う台風が、日本人の性格形成に大きく影響している。自然が与える良い面と悪い面の二重構造が、日本人の宗教観に大きく影響している。これを和辻は「風土」としてこれを説明している。
そして、それが日本人の精神・神道に反映しているということなのだろう。

……続く。

「皇室論」を紹介するなら、左巻きばかりじゃなく他にいくらでも推す本はあるだろうに

平成24年2月18日 産経新聞から

【陛下心臓手術】無事終了で医師団に「ありがとう」
天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術が18日、ご入院先の東京大学医学部付属病院(東京都文京区)で行われ、無事終了した。執刀医は「ベストのタイミングだった。予定通りの成果」としている。陛下は前後の処置を含めて手術室に約6時間半おり、その後、集中治療室(ICU)に移られた。経過が順調なら2週間程度で退院できる見通しとしている。

 陛下は手術室に午前9時24分に入り、午後3時55分に出られた。手術時間は3時間56分だった。陛下は手術後の午後5時すぎ、皇后さまと長女の黒田清子(さやこ)さんと集中治療室で対面された。陛下はお二人にうなずき、皇后さまが清子さんと手をさすられると「気持ちいい」と話された。医師団にも「ありがとう」と声をかけられたという。

ほんとうによかったです。

さてさて、陛下のご病状が報道され始めたころ、朝日新聞の別刷り土曜版「be」の本を紹介するコラムに、「皇室論」を特集するものがあった。(2月11日版「再読 こんな時、こんな本」)
有隣堂の高樋純子という人が天皇論の本を4冊推薦している。
これが面白いほど偏っている。(もちろん左に)
梅原猛、網野善彦、上野千鶴子、宮田登、多木浩二って、「皇室論」の本の推薦なのに、「天皇制反対」を主張する人たちの本ばかりを紹介するとは。
(松本健一の「昭和天皇」もあったが、これは今上天皇に対して批判的すぎる。ちなみに松本健一は太田市出身)
もうちょっとバランスを考えた方がいいんじゃない。
いくら朝日新聞だからっても、これは左過ぎる。(しかもこのタイミングでこんな記事をぶつけてくるんだから)
平泉澄や安岡正篤とまでは言わないが、「皇室論」なら福沢諭吉や、三島由紀夫だろうが。あるいはアサヒ的には九条もからめて佐藤優でもいいんじゃない。とにもかくにも、天皇制反対の人の本を紹介したいのなら、それに対する保守思想の「皇室論」も合わせて紹介すべきではないのか。
それに、「皇室論」の映画として紹介していたのが、ロシア人が監督した「太陽」というはどうなのだろう。ウソと偏った思想で作られた最悪の映画だった。こんな映画を推すくらいだから、朝日新聞が「皇室」に対いして隠し持っている悪意が滲み見えて気味がわるい。
映画批評は「http://movie.maeda-y.com/movie/00771.htm」ここが的確に批判しているので、参照していただきたい。


で、先日、古本屋に行ったら、小室直樹「天皇恐るべし」(ネスコ・文藝春秋)を発見した。アマゾンでは古本で2500円(定価750円)のものが、100円だった。もう狂喜乱舞状態で、速攻レジに向った。
小室直樹 天皇論
過去記事「小室直樹にはまる。」でも紹介した「天皇の原理」(文藝春秋)と同じ内容なので、キリスト教や儒教の説明が詳しい。ただより一層さらに読みやすく平易な文章で書いてある。そして、ひたすら「熱い」のだ。(進歩的文化人が全盛の時代にあって、これに対抗したこの時期の保守派ってみんな「熱い」んですよね。谷沢永一とか山本七平とか、みんな一癖があって、とにかく惹かれます)
まあこのくらい皇室愛のある本を持ってこないとバランスが取れないんじゃないか。

これがだめだなら、津田左右吉の「建国の事情と万世一系の思想」でも紹介しやがれ!
津田左右吉
「津田左右吉歴史論集」(岩波文庫)から、「建国の事情と万世一系の思想」の最後の部分だけ抜き出すよ。(ここだけ引いても分かりづらいけど、皇室を擁護する文章がいいのでそのまま抜いてみた)

天皇の存在は民主主義の政治と相容れぬものであることが、こういう方面で論ぜらてもいる。このような天皇制廃止論の主張には、その根拠にも、その立論のすじみちにも幾多の肯いがたきところがあるが、それに反対して天皇制の維持を主張するものの言議にも、また何故に皇室の永久性の観念が生じまた発達したかの真の理由を理解せず、なおその根拠として説かれていることが歴史的事実に背いている点もある上に、天皇制維持の名の下に民主主義の政治の実現を阻止しようとする思想的傾向の隠されているがごとき感じを人に与えることさえもないではない。もしそうならば、その根底にはやはり民主主義の政治と天皇の存在とは一致しないという考えかたが存在する。が、これは実は民主主義をも理解せざるものである。
日本の皇室は日本民族の内部から起こって日本民族を統一し、日本の国家を形成してその統治者となられた。過去の時代の思想においては、統治者の地位はおのずから民衆と相対するものであった。しかし事実としては、皇室は高いところから民衆を見おろして、また権力を以て、それを圧服しようとせられたことは、長い歴史の上において一度もなかった。いいかえると、実際政治の上では皇室と民衆とは対立するものではなかった。
ところが、現代においては、国家の政治は国民みずからの責任を以てみずからすべきものとせられるので、いわゆる民主主義の政治思想がそれである。この思想と国家の統治者としての皇室の地位とは、皇室が国民と対立する地位にあって外部から国民に臨まれるのではなく、国民の内部にあって国民の意志を体現せられることにより、統治をかくの如き意義において行われることによって、調和せられる。国民の側からいうと、民主主義を徹底させることによってそれができる。国民が国家のすべてを主宰することになれば、皇室はおのずから国民の内にあって国民と一体であられることになる。具体的にいうと、国民的結合の中心であり国民的精神の生きた象徴であられるところに、皇室の存在の意義があることになる。そうして、国民の内部にあられるが故に、皇室は国民と共に永久であり、国民が父祖子孫相承けて無窮に継続するのと同じく、その国民と共に万世一系なのである。民族を統一せられた国家形成の情勢と、事実において民衆と対立関係に立たれなかった皇室の地位とは、おのずからかくの如き考え方に適応するところのあるものである。また過去の歴史において、時勢の変化に順応してその時々の政治形態に適合した地位にいられた皇室の態度は、やがて現代において現代の国家の精神としての民主政治を体現せられることになるのである。上代の部族組織、令の制度の下における生活形態、中世にはじまった封建的な経済機構、それらがいかに変遷して来ても、その変遷に順応せられた皇室は、これから後にいかなる社会組織や経済機構が形づくられても、よくそれと調和する地位に居るられることになろう。
ただ多数の国民がまだ現代国家の上記の精神を体現するに至らず、従ってそれを現実の政治の上に貫徹させることができなかったために、頑迷な思想を矯正し横暴または無気力なる為政者を排除しまた職責を忘れたる議会を改造して、現代政治の正しき道をとる正しき政治をうち立てることができず、邪路に走った為政者に国家を委ねて、遂にかれらをして、国家を窮地に陥れると共に、大いなる累を皇室に及ぼさせるに至ったのは、国民みずから省みてその責を負うところがあるべきなのである。国民みずから国家のすべてを主宰すべき現代においては、皇室は国民の皇室であり、天皇は「われらの天皇」であられる。「われらの天皇」はわれらが愛さねばならぬ。国民の皇室は国民がその懐にそれを抱くべきである。二千年の歴史を国民と共にせられた皇室を、現代の国家、現代の国民生活に適応する地位に置き、それを美しくし、それを安泰にし、そうしてその永久性を確実にするのは、国民みずからの愛の力である。国民は皇室を愛する。愛するところにこそ民主主義の徹底したすがたがある。国民はいかなることをもなし得る能力を具え、またそれをなし遂げるところに、民主政治の本質があるからである。そうしてまたかくのごとく皇室を愛することは、おのずから世界に通じる人道的精神の大いなる発露でもある。

民主主義と天皇制(あえてこの用語を使っています)は相反するものではない。むしろ国民が皇室を愛すことが民主主義の真の姿だ、とまでと説く。
これも「熱い」ですね。
この論文が極左誌「世界」に掲載された経緯はWikipediaでも読んでください。そこも興味深いから。

日本を代表するような学者や思想家(福沢諭吉はもちろん、和辻哲郎や西田幾多郎などなど)が皇室を擁護したところや保守的な部分を、戦後民主主義の進歩的文化人らがこぞってベールに隠し、自分らの陣営に取り込んできた。

三島由紀夫は「コンピューター時代(つまりネット時代)の天皇制(皇室の重要性)」が来ると言ったが、いまこそが、そのベールを引っぺがす時期に来たのだ。
過去記事 「日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。

近い将来にかならず起こる「皇室」の論争のためにも、今のうちから「右派」の論理を拡散しなければならい。

死んでからも子供に語られるような父親になりたいなぁ

平成24年2月11日 読売新聞・橋本五郎「五郎ワールド」から。

森鷗外の父なるもの
<夜中に目をさまして、「パッパ、おしっこ」そう言うと、隣の布団がむっくり持ち上がって、父が立ち上がって便所へ連れていってくれた。握られた父の手からは、無限のやさしさが伝わり、廊下はつめたかった。
用をたすあいだ父は廊下に立っていた。父は細長く三つに折った懐紙を取り出して、一二滴の粗相のあとをていねいに拭いてくれた>
三男・類の『鷗外の子供たち』(ちくま文庫)で描かれた父親としての森鷗外である。次女・小堀杏奴は『晩年の父』(岩波文化)で回想している。
<父は一緒に寝床までついて来てくれて、枕許に坐って話しているか、そうでなければもうとってある父自身の寝床に横になって話して行った。「パッパ、手」。そういって私は父の差し出す手を両手で大切そうに持って寝た。(弟の類も)「パッパ、僕にも手」。そうして何時の間にか、私は知らない中に寝てしまった>長女・茉莉の「幼い日々」(小池真理子選『精選女性随筆集 森茉莉・古屋信子』文藝春秋)
〈私は軍服を着た父が、好きだった。……その軍服の胸の中に、小さな胸一杯の、私の恋いと信頼とが、かけられているのだった。「パッパ」。それは私の心全部だった。父の胸の中にも、私の恋しがる小さな心が、いつでも、温かく包まれて入っていた〉
(中略)
鷗外のもっとも根本にあったのは「嫡男意識」だった。唐木順三は漱石との比較で論じている。(『唐木順三全集』筑摩書房、第二巻)漱石には末子でなければ持ち得ない自由さがあった。鷗外は常に舵を取って難所を切り抜けていかなければならない嫡男、船頭だった。〈鷗外は一家の家長としての体面を立派すぎるほど立派に保った。賢くて気の強く美しかった母峰子に対して一生鞠躬如(きゅきゅうじょ)として仕えた。これもまた気の強く美しくもあった己が妻と母との、ともすれば波も風も起ってしかるべき間柄を、できるだけ小波風でとどまらせようして巧みに「舵を取った」〉
鷗外は母に仕えて鞠躬如であったように、陸軍の長老山県有朋に仕えてもそうであった。さらに天皇に仕えてもまことに鞠躬如であった。
1929年7月9日、鷗外は60歳の生涯を終えた。最後まで医薬を斥け、延命治療を拒否した。死の3日前、親友の賀古鶴所に遺言を口述した。
〈余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス……墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラズ〉
死因は「萎縮腎」と発表された。直接の死因が「肺結核」だったと公表されたのは32年後のことである。鷗外三十二回忌に際し、長男・於菟が鷗外の主治医額田晋博士から聞い話として明らかにした。(森於菟『父親としての森鷗外』筑摩書房)
鷗外は主治医に「このことだけは人に言ってくれるな、子供もまだ小さいから」と頼んだという。唐木は「未婚の子女をもった鷗外は、結核の家系とみられることを怖れて、おのが死病の名を変えて発表させる工作をした」と書いている。鷗外は最後まで子供たちを守ろうとした。それに比べ、自分はいかなる父親なのか。深く自問せざるを得ないのである。

小学生の娘がいる私には、とても感慨深いコラムだったので、書き起こしてみました。
娘からみて、果してわたしが、尊敬される父親となっているのか、まあ尊敬とまでいかないまでも慕われる存在ととなっているのか、少々心配ではあります。(まさに本文にあるように父親として自問してしまいます)
娘や息子たちに「父親」として敬慕される森鷗外は、人間として素晴らしく、いい人生であったと言えるでしょう。
私もかくありたい、と思いました。

ここで話は一気に下品になる。
「デリカシーがなさすぎる」″ロリコン特需″のラサール石井に一家離散の危機」という記事を読んだ。
この男がどうなろうと本当にどうでもいいことだが、浅田真央への侮辱ツィッター事件以来、顔を見るのさえ気持ち悪い。過去記事
こいつが、自分の娘より年下の女と再婚し、それがどこぞの女優に似ているとか、挙句は嫁とは週2回やっているとか、そんなお前の性生活の情報などマジでどうでもいい。ただ思うのは、いい歳こいて人前でアホを曝すバカな男だということだけ。
それでも、高学歴の知識人タレント(ただし何が本業なのかは分からないし、タレントといっても何の芸があるのかも分からないが)としていまだにテレビで持て囃されているというのはどういうことだろう。テレビ・マスコミのバカさ加減にもとことん呆れてしまう。
だが、元妻をテレビでコケにして、捨てた娘とは絶縁状態にあるというから、これはこれで笑ってしまうではないか。

さてさて、鷗外とこんな人物を一緒の記事にするには訳がある。
「人の父親」としては同じ立場にあるからだ。
だが、この違いは何なのだろう。
自分の子供らに尊敬され後々まで語られる人生と、
自分の娘と同じくらいの女と再婚して、自分の妻子らを見捨て、その子らと絶縁状態になる人生と、
どちらの人生が「人として」いいのか。
……。
まあ、人によっては「ラサール石井」的人生がいいという人もいるでしょうが……。やはり私は「鷗外的父親」になれればいいなと思いを新たにしました。

追記 
翻って、自分の娘はといえば。
進研ゼミの全国実力診断テストで「全国1位」になっていました。
これは、ワロタwww。
全国1位

まあ、後になって「こんなこともあったなぁ」という記念として載せてみました。(そうあるもんじゃなから)
別に、勉強をやれ!やれ!なんて強制もしてないんだけどね、軽く全国1位って(親バカぶりを発揮しています)
家じゃ、ちびまる子とかプリキュアとかアニメばかり見てるけど、軽く全国1位って(しつこいですね)

でも思うんですよ。成績も大切ですが、頭がいいだけじゃダメなんじゃいかと。勉強が出来て、ラサール高校行ったって、自分の子供と絶縁状態になる人を見ると、それは何か大切なものが抜け落ちた不幸な人生なんじゃないかと。(まあ幸不幸の価値観は人によって違うけど)

そして親として願うのは、健康であることと、「けいおん」とか「ちはやふる」とか「コボちゃん」とか観て、これは面白い話だなと感得できる力を養って欲しいということ。そして、その物語の中に大切なものがつまっていると感じ取ることのできる感受性をいつまでも失わないでほしいということだ。

過去記事「クリスマスイブに娘と映画「けいおん」を見てきたよ」で書いたように、それが娘と父親とのいい思い出となればいいんです。そう、森鷗外の子供らが夜中にトイレに付いていってあげたように、何気ないことが父子の記憶として残ればいいと願うのみです。

と、「五郎ワールド」の記事からいろんなものをくっつけてみました。

「海外や国際機関からの主な支援物資」でもお国柄が出て興味深い

2月11日の読売新聞に、東日本大震災の時の「海外や国際機関からの主な支援物資」の国別表が出ていた。
これが、各国の「お国柄」が出ていて興味深い。

『アメリカ……  放射能防御服、放射能線量計、核・生物兵器対処用防護服、ホウ素』
『フランス……マスク、防護服・防護マスク・消毒用アルコール』
なるほど米国は科学の最先端国でありこういうモノを支援してくれんですね。フランスも原発国だがらマスクや防護関係というのが分かりやすい。
『韓国 …… レトルト焼飯、ラーメン』
『英国 ……カップ麺』
『豪州 ……牛肉』
『イタリア……パスタ』
食料関係は、これらの国々。オーストラリアが牛肉、イタリアのパスタっていうのが面白い。それぞれその国を代表する食材を送ってくれたようです。
韓国のラーメンは「キムチ味」だったとか?

『モンゴル…… セーター、靴下などの防寒衣類』
『ウズベキスタン…… テント』
モンゴル・ウズベキスタンは山岳・高原地帯にある国なので、寒さ対策のものを送ってくれたようです。ほんと有り難いなぁ。

『イラン  ……ツナ缶、インゲン豆缶詰』
『パキスタン …… 常温保存可能牛乳パック、高カロリービスケット』
『モルディブ…… ツナ缶』
『トルコ…… ウズラ豆缶』
『タンザニア…… インスタントコーヒー』
『スリランカ…… 紅茶ティーパック』
モルディブ、イランは漁業盛ん、マグロの冷凍品や缶詰の輸出する国とあったから、国の特産品を送ってくれたようですね。
タンザニアはアフリカのキリマンジャロ山のある国、スリランカはイギリスの元植民地、旧国名・セイロンであり、各々その名を表す品物を送ってくれたんですね。
やはり、保存できる缶詰め類が多いようです。災害時には助かりますね。

『クェート…… サッカーボール、原油』
『サウジアラビア…… LPガス、カセットガス』
中東は産油国なので、天然資源のものを送ってくれたようです。
そして、クェートのサッカーボールっていうのがいいですね。確かに日本と中東の国々はサッカーではいいライバルですから。スポーツによって互いの国を知りあえるというのがいいです。ほんとスポーツも捨てたもんじゃない。

こういう表を一つ見てもお国柄が出てためになるなぁ。
それにしても世界各国のつながりを感じて、うれしくなる。

ホイットニー・ヒューストン死去を一言も伝えない朝日新聞って役に立っていないよね

ホイットニー・ヒューストン死去のニュースを聞いて、驚いた。
80年代・90年代に青年時代を送った私が、ちょうど洋楽を聴いていた時期だったので、これはちょっとショックだった。

さて、今日(2月14日)の読売新聞を見ると、社会面では現地からの記事、文化面では音楽評論家による追悼記事、それぞれに大きな記事が出ていました。(2月13日は新聞休刊日なので、新聞報道では14日となる)
世界的な歌手だったので、当然のことでしょう。
そして、朝日新聞を見てビックリ。なんと一行も書いていない。おくやみ欄にもない。全く触れていないのだ。私の家に来る朝日新聞だけ書いてないのかな。
それにしても、おかしくないか。
情報を伝えるということの義務さえ果していないということだ。
朝日新聞だけを見ている人は、このことを知らないということだ。(朝日新聞を後になって見返すときもこの情報を知らないということになる)
こんな新聞は全く役に立たないということだろう。
これ、芸能記事だから後回しでもいいやと思っているのかな。
それとも朝日新聞独自判断で、事件や出来事を取捨選択しているのかな。
とすれば、都合の悪いこと報道しないで、自分らに合うことは大々的に扱うということなのだろう。
ほんと朝日新聞って偏っているだけだと思ったら、情報伝達力もないんだね。

読売新聞の文化面の紙面が最高だった件

平成24年2月10日の読売新聞の文化面の紙面が最高だった。

『今、海外から熱い視線を注がれる日本人歌手たちがいる。人気の秘密を探ると、米英のスタイルに合わせるのではない、日本らしさというキーワードが見えてきた。(文化部 清川仁)』とあり、「日本らしい音、海外酔う」ということをテーマにし、ここでは「由紀さおり」「初音ミク」「きゃりーぱみゅぱみゅ」「「アニソン」の4つを取り上げている。
平成24年2月10日
この「括り」が絶妙だった。
書き起こしてみましょう。(重要部分を太字にしてみた)

由紀さおり
海外で火がついた由紀さおりのアルバム「1969」の売り上げは、日本でも20万枚に迫る勢い。米国のジャズオーケストラ「ピンク・マルティーニ」と組み、自身のデビュー曲「夜明けのスキャット」をはじめ、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、左良直美の「いいじゃないの幸せならば」など1969年のヒット曲をカバーした。
由紀は「童謡も歌ってきたけれど、情念を歌う歌謡曲でももう一度、復活したかった。外国の人に聴いてもらおうとは思っていなかった」と海外の反応に驚く。
昨年の10月、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでは総立ちの喝采で迎えられ、12月の米国での公演では、終演後、観客から「声や立ち居振る舞いが素晴らしかった」「日本語がきれい」「言葉の意味は分からないけど感情は伝わった」などと絶賛されたという。音楽販売サイト「itunes」では、米国ジャズ部門などで1位を獲得した。
(中略)
由紀は当時の歌謡曲の魅力について、「外国のヒット曲から上手にエッセンスを吸収し、日本の言葉と心地よいリズムの融合にあふれていた。カンツォーネ、シャンソンもあったし、ブルースやロックももちろん。日本語がしっかり乗り、独自の世界観で我々のヒット曲になっていった歌があった」と振り返っている。

初音ミク 美少女キャラ展開
海外人気は、架空の歌手も先導している。音楽ユニット「livetune(ライブチューン)」が、音声合成ソフト「初音ミク」で手掛けた楽曲「Tell Your World」は、邦楽歌手史上最多の217カ国・地域で配信された。楽曲を使った「Google Chrome」のCMが動画サイトで人気を呼び、各国のファンから曲の購入希望が寄せられた。
(中略)
「アレンジを、海外風にしようとは思っていない。日本のポップスは独特な進化を遂げている」と話す。
日本語はそのままで伝えていきたい。……(歌詞の中の「穿つ」は)普段使われていないけど、意味や響きが美しい。いろんな選択肢があるところも日本語の美しさだと思う」と話している。(ライブチューンのkzさん)

きゃりーぱみゅぱみゅ  かわいさ受ける
(前略) 「もっと日本を楽しもう」が2012年のテーマという。伝統にも目を向け、「音楽のファッションってすごいおしゃれ。着物を着ていたいし、ちょんまげも斬新。かんざしも、いろんなものがあって、かわいくて、普通のファッションにも取り入れられると思った」と話す。

アニソンにも大きなニーズ
音楽評論家の富澤一誠さんは「日本ならではのオリジナリティーが出ているアーティストが人気なのではないか」と話す。これまで、ロックやポップスの歌手の海外進出が十分に成功しなかったのは、米英の影響を受けていたためで、本場ではものまねに感じられてしまったという。
由紀さんのヒットについては、「欧米では、声域や声量で勝負されるが、由紀さんのような透明感のあるささやくような声はなかったから」と分析する。ピンク・マンティーニのアレンジの良さも手伝って、美しい日本語をきれいに歌ったことも評価されたという。
「オリジナル・コンフィデンス」の葛城博子編集長も、「海外で注目されるには、日本らなではのオリジナリティーを打ち出すこと」と同意見。欧米では、日本のビジュアル系バンド、JAM Project などのアニメソングを歌うグループも人気。「欧米やアジアでは、毎年数多くのアニメ関連のイベントが開催され、アニメと同様にアニソンも大きなニーズがある」と話している。

それぞれタイプは違うが、共通しているのは「日本語の持つ美しさ」「日本独自のもの」を大切にしているというところだろう。そして、その部分が海外で受けているのだ。
文化は独自性にこそ意義があり、目指すはソフトパワーの「ガラパゴス化」であって、欧米化を意味する「グーローバルスタンダード化」ではないのだ。その道を見誤って進めば、目先の儲け主義に走り、結果的に持っていた独特の「文化」を失うことになる。
この辺りは当サイトで何度も繰り返し繰り返し書いているところ。
関連カテゴリー
ブルーノ・タウト「日本文化私観」
「アニメは日本文化を救えるか」シリーズ
ドナルド・キーン」などなど。

この新聞記事の見出しである「日本らしい音 海外酔う」の「音」の部分をいろいろ変えてもいいだろう。
「日本らしいアニメ 海外酔う」でも「日本らしい絵画 海外酔う」でもいい。それこそ「日本らしい文化 海外酔う」でも「日本らしい伝統 海外酔う」、「日本らしいソフトパワー 海外酔う」でも成り立つのだ。
大切なのは「日本らしさ」
ここを護っていかなければならない。
では、その日本らしさ=日本文化はどこからくるのだろうか。それこそまさに、古来から続く歴史・伝統、語り継がれる伝承、過去から未来へと受け継がれる継承……、そういうものが織り重なって独特の文化となっているのではないだろうか。
これを「古臭い」「干からびたモノ」だとバカにしてはいけない。
それは現代にもしっかりと受け継がれているのだから。


初音ミク(こんな新しいモノの中にも日本独特の文化を受け継いでいるのだ)

それを上記の新聞記事は伝えている。
「日本らしさ」、日本再生のカギはここにある。

日経MJ新聞から。「アキバ化」と「三世代の将棋ブーム」と「ちはやふる」

日経MJ新聞は流通関係の業界誌だが、ブーム・流行に関する記事が多く載る。これが結構面白い。
当サイトでも「墓マイラー」、「萌え系絵馬、アニメキャラ寺社」、「タカラトミーのトランスフォーマー」、「けいおん」などなど、いくつか記事を引いてました。

そこで、ここ最近、掲載されたもので面白かったものを3つ載せてみましょう。

平成24年2月8日 
原宿「アキバ化」進行中
原宿「アキバ化」
『数々の新しい服装を生み出し、「ファッションの街」の印象が根強い東京・原宿。だが、実は最近ここでアニメ「エヴァンゲリオン」やアイドルグループ「AKB48」などをテーマとした店が次々と開業。アキバ(秋葉原)とみまごう新たな色彩を帯び始めた。若者の街の変化は、最近の10~20代男女に意外に複雑な人間関係とも密接につながっているらしい。
(以下略)』とあった。
群馬県人(グンマー)の私には原宿がどう変化しようとあまり関係がないけど、本文の原宿に限らず、世の中全体が「アキバ化」しているように感じるんですが……。原宿の「アキバ化」はその象徴なのでは、と思う。

1月16日
将棋キッズ 三世代好リレー
将棋ブーム
『子供の将棋熱が一段と高まっている。各地の大会は参加者が軒並み増加。町中の将棋クラブに通う小学生らも多い。羽生善治さんら人気プロや女流棋士の活躍、数年前の将棋マンガなどで火がついたブームが息長く続く背景を探ると、団塊や第2次ベビーブームといった「人口の山」を構成する祖父、父親世代が、優しく子供の背中を押す姿が浮かび上がる。
(以下略)』
他に本文から拾っていくと、「大人と子供のコミュニケーションになる。86歳の祖父も孫との対局が楽しみ。おカネがかからないのもいい」「親だけでなく祖父母と来る参加者もいる」祖父の世代は「教えてくれたのは父や年上の仲間」「息子と新しい接点ができたし、老後の楽しみ」とか「日本の伝統文化を重視する新学習指導要領の実施も追い風となっている。」とか「3世代にわたる家族の絆。」といった文章が並ぶ。
これはいい記事ですね。文化・伝統は次の世代へと受け継がれていくことが大切なのです。
関連記事「「銀魂」考 第7回 継承の物語

1月20日
この歌に乙女心を詠み込んで…競技かるたは“スポ根”を燃やす
ちはやふる 新聞
『10~20代の若い女性に短歌の愛好者が増えている。女子高生を中心に百人一首の「競技かるた」の人気が急上昇。関連するマンガや文芸書の出版も相次ぎ、ファンの拡大を後押しする。「五七五七七」のリズムの心地よさ、平安貴族が詠んだ優美な恋愛への共感など、きっかけは人それぞれだが、教科書の世界から飛び出して、短歌はぐっと身近な存在になりつつある。
(中略)
競技かるたに関心を持った関心を持ったきっかけは少女マンガ「ちはやふる」(末次由紀さん作)。15巻までのコミック累計発行部数は約600万。11年秋にはテレビアニメも始まった。高校の競技かるた部というマイナーな存在を題材にした「スポ根」タッチの青春マンガは百人一首の歌そのものの魅力も描く。
3~4年前までは、400人前後だった高校選手権の個人戦出場者が11年に約620人。7割を女子が占める。「『ちはやふる』の影響が大きい」と認める関係者は多い。
(以下略)』とありました。
確かに「ちはやふる」はいい物語なので、若者が影響されてカルタをやり始める気持ちは良く分かります。
アニメから入った私も、思わず原作コミックを買ってしまいました。(取りあえず2巻)
ちはやふる コミック
人生初の少女マンガ購入。まさかこの歳になって少女マンガを買うとは思わなかった。
(ちょっとレジに並ぶのが恥ずかしかったけど。)
それにしても「ちはやふる」はいいアニメだなぁ~。
これは立派な「国ほめアニメ」!(私の造語。この言葉少し推していきますよ)
過去記事「「アニメは日本文化を救えるか」シリーズ 第9回目 」
こういう良アニメは深夜じゃなく、夕方か夜に放送した方がいんじゃないの。
下らないバラエティー番組や韓国ドラマの垂れ流しする時間があるなら、「国ほめアニメ」をもっと放送したほうがいい、と思う。

と最後は違う話になってしまった。

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