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新田氏情報のまとめ。最後は強引に「中島知久平邸」は保存すべきだと主張してみる。

勇壮!人形山車巡行、三国祭中日 終日、子ども囃子の音色も熱気

(2012年5月20日午後7時09分)北陸三大祭りの一つで県指定無形民俗文化財の福井県坂井市の「三国祭」は、中日を迎えた20日、呼び物の人形山車(やま)が三国町の市街地を練り歩いた。朝から青空が広がる快晴に恵まれ、日曜日ということもあり勇壮な山車の姿を一目見ようと大勢の見物客でにぎわった。
 今年は6基の山車が登場した。午前中に各区を出発し正午ごろに三國神社前に勢ぞろい。午後1時過ぎに四日市区の「新田義貞」を先頭に巡行を開始した。山車を動かす男衆は力強く巧みなかじさばきを披露。6メートルを超す巨大な山車が露店や見物客であふれる細い路地を縫うようにして練り歩いた。
 各山車には、この日に向けてけいこを積み重ねてきた子どもたちが囃子(はやし)方として乗り込み、「えーいやー」と掛け声を掛けながら演奏。三国の港町は笛や太鼓のお囃子の音色がこだまし、終日熱気に包まれた。(高村友基)


義貞 山車新田義貞の山車(中日新聞から)

新田 山車2祭りを巡行する義貞公の山車
ほんと、立派な山車ですね。「義貞愛」あふれる福井の方々には感謝します。(それに引き換え群馬は……)
過去記事 各地で「新田義貞」「新田一族」を祀る大祭が行われました。しかしその一方で、群馬県太田市は……。

では次、平成24年5月19日 読売新聞 群馬版から
「榊原康政 正室の墓所は?」 館林市史編さんセンター 岡屋紀子さんの記事

ツツジでにぎわった館林は、まもなくハナショウブの季節を迎える。城沼の水面に映える陽の光は早くも夏を感じさせる。
その城沼の東端にある浄土宗の名刹善導寺の境内には、初代館林藩主で、徳川四天王の一人として武勇に名高い榊原康政が眠る。昨年3月の東日本大震災で榊原家墓所でも墓石が倒壊し、1年を費やして修復を行い、このたび善導寺で開眼落成式が行われた。
墓石には、長男の大須賀忠政、二代藩主康勝、康政の側室花房氏の墓もある。榊原家は康政、康勝、忠次と三代にわたって館林を治めた後は、奥州の白河、播州の姫路、越後の村上、高田へ転封した。
このため、榊原家の墓所は館林のほか、姫路、東京など全国に約三十ヶ所あるが、善導寺の榊原家墓所をめぐっては不思議なことがある。
康政と同じ墓所に眠るのは、正室ではなく側室の花房氏なのだ。実は、江戸中期に正室の墓を調べた記録が榊原家に残るものの、そこには「葬所不詳」とだけ、記載されている。
康政の正室となったのは、徳川家康に仕えた大須賀康高の娘であるが、名前は分かっていない。正室との間に生まれた康勝だった。
康勝は大坂夏の陣で患い帰路に亡くなり、榊原家は断絶寸前になったが、家康の命令によって忠政の長男忠次が10歳で榊原家を継ぎ、大須賀家が絶える羽目に。結局は、正室の系統が榊原家を継ぐことになった。
江戸時代、大名家の家系を守るためにはいろいろな方策が取られた。記録には書かれていないが、そこからは当時の女性たちの生きる姿が垣間見え、家名の重さをどんな思いで支えたのかと想像を巡らせてしまう。全国にある榊原家ゆかりの寺院のどこかに正室の墓は今も残っているのではないか。いずれは探し出し、市史に残したいと思う。館林の歴史秘話をこれからも掘り起こしていきたい。

えっ、新田氏と関係ないって、声も聞こえそうですが、そんなことはありません。 過去記事「新田氏関連ニュース。「里見氏」と「榊原康政と俳優・川野太郎とつつじが岡公園」」にあるように、ツツジが関係してくるのです。

では、次 上毛新聞に折り込みで配布されるタウン紙「太田タイムス」のコラムから

先日みた、ある番組で脳裏から離れないものがある。「太」と「大」である。両方とも「おおきい」という意味があるが、聖徳太子は「太」で「お大師様」は「大」である。点があるかないか、が気になるのである。そのきっかけはある寺の山号でのこと。太田市の由緒ある寺で金龍寺がある。武将・新田義貞の菩提寺である。そこは「大田山金龍寺」と書く。秀吉が天下統一の頃、その寺は常陸国の牛久(茨城県)に移転し荒廃したが、江戸時代に復興した。そこの山号は「太田山」である。この点のあるかないかで深い意味があるかもしれない。「画龍点睛を欠く」という言葉があるが点は重い。

これは金龍寺。過去記事でいえば、「新田義貞伝承を追う②  義貞の墓」や「中島知久平と新田義貞  新田義貞伝承を追う! 実は「東毛奇談」の続編 シリーズ第26回」あたりになります。
金龍寺・扁額画像は金龍寺の扁額

上記の過去記事を見ていただければ、新田氏関連の寺社の再建・再興、記念碑の建立など新田氏の顕彰に中島知久平が大きく関わっていること分かるでしょう。その知久平についての新聞記事があったのでコピペしておく。
平成24年年4月9日付け 読売新聞から

「飛行機王」中島知久平邸大修理…群馬・太田市
群馬県太田市教委は、同市押切町に残る市重要文化財「中島知久平邸」について、1億円以上かけた初の大規模修理に乗り出すことになった。ロの字型をした屋敷の西側の玄関棟を耐震補強し、2013年度の公開を目指す。市民行事に貸し出す地域交流センターとしての活用も決めており、同市教委文化財課は「建物の素晴らしさとともに、太田市の歴史に関心を持ってほしい」としている。
 屋敷は、現在の富士重工業の元になる中島飛行機を興し、「飛行機王」と呼ばれた中島知久平(1884~1949年)が、両親のために1930年に建てた大邸宅。玄関棟と客室棟、居間棟、食堂棟が回廊式でつながった計約970平方メートルの一部2階建てで、1万平方メートル以上の敷地に建つ。
 現在の工業都市太田の基礎を築いた人物ゆかりの屋敷としての歴史的な価値を持つほか、和風建築に応接間で洋風を取り入れ、昭和初期の和洋折衷様式を色濃く残している。ヒノキなど高級建築材も使われていることから、2009年5月に市重要文化財に指定された。
 その後、市教委は公開も考えたが、09年度に耐震補強が必要と判断されたため、一度見送っていた。
 今回の修理は事業費が1億1950万円。約40%分は、国土交通省の社会資本整備総合交付金が受けられる見通しとなったため、実現することになった。
 同課によると、いったん壁を取り崩し、中に合板様の補強材を入れたり、天井の目に見えない部分に筋交いを入れるなどの修理が予定されている。玄関棟前の庭には砂利も敷き、南に面した庭に芝を張ることも計画されている。
 ただ、二つの応接間にかかる高級カーテンは「予算的に修理が難しく、取り外し保管する」という。 同課は、昨年行った一般公開の日を今年も設け、市民に屋敷の価値への理解を深めてもらう予定だが、1億円以上をかけても今回の修理は屋敷の西側のみで、残りの4分の3の修理日程は未定という。

新田氏(高山彦九郎も含む)関連の寺社に行って、石碑の碑銘などを見ると、寄付者や発起人などといった形で中島知久平の名を多く見つけることが出来る。新田氏の歴史的功績を最認識させた功労者だといえるのだ。むろん南朝方の武将たちが必要以上に軍国主義に利用されたという面もあるが、それを差し引いてもなお中島知久平が果たした意味は大きい。いま新田氏関連のものを見ることができるのは知久平の力(財力・政治力)の賜物だともいえるからだ。
ならば、新田義貞及び一族・一門の遺蹟を残そうとするなら、中島知久平の功績・遺物もセットで保護すべきではないか、と思う。
何度も書くけど、中島知久平邸の周辺を眺めてみれば、ここが歴史物の宝庫だというのが分かる。
市内へ向かえば金山、呑龍さんの大光院、金龍寺。旧新田町方面へは斎藤佑樹とも縁が深い生品神社、反町薬師。
そして、この川を上がっていけば世良田東照宮や長楽寺へ続き、そこは徳川氏発祥の地だ。そして、幕末の志士に影響を与えた高山彦九郎の生家(記念館)があり、下っていくと大泉町にある児島高徳の墓・高徳寺へ、さらに下ると館林へ行き美智子皇后陛下を生む正田家へ続くことになる。(川向こうの深谷には渋沢栄一の生家(記念館)がある)
実はこの地は、太平記の時代から現代まで綿々と続く歴史的秘史を持つ場所なのだ。
これらを地理的に結ぶ点となるのが、「中島知久平邸」だと思う。
東毛の歴史的遺蹟として残す意味は十分にあると思うのだが、どうだろうか。
理由は、「東毛奇談」で。
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金環日食よりもそれを見ていた人たちの方が良かった

金環日食:館林の小学校に観察メガネ--向井千秋記念館 /群馬
5月21日の金環日食に合わせ、館林市の向井千秋記念子ども科学館は、市内の全小学校11校と特別支援学校に約2200個の観測用メガネを配布し、校内での観察を呼びかけている。
 同館などによると、館林市内での日食は午前6時20分ごろから欠け始めて、同7時33分ごろから同37分ごろにかけて太陽がリング状になる金環日食となり、同9時3分ごろに終わる。平日の通学時間帯にあたるため、子供たちが登校中に道路に立ち止まって危険な状況となることが予想される。このため早めの登校により校地内で観察会を開くよう各校に呼びかけた。
 また各校での観察会に必要な観測用メガネとして、同館が企画した製作キットを用意=。太陽が学習単元となる3年生は約700人全員分、4年生以上は希望した約1500人分を各校に送った。希望者は全体の7割近くで、関心の高さがうかがわれるという。
 同館の担当者は「日食を見上げながら登校するのは非常に危険。先生らが付き添って正しい方法で安全に観察してほしい」と話している。(5月8日付 毎日新聞)

ということで本日の朝、金環日食だったわけですが、その時間、私はまさに通勤途中の車の中。東から西へ移動中(つまり太陽を背にして)で、見れませんでした。
ただ、面白かったのは、日食を見ていた多くの人たちを見たことだった。7時30分前後から住民たちが家から出てきて空を見上げている姿がかなりあった。群馬的には、元日に行われる「ニューイヤー駅伝」を沿道で応援する人たちぐらい道端に出ていた。(ちょっと大げさだけど) とくに住宅街では、家の玄関先や庭、2階のベランダで、まさに家族総出。祖父や祖母、母親、子供、幼児などなど、各々の組み合わせで、平日なのか父親というのはあまりいなかったが、なぜか犬を連れた人が多かった。皆が空を指さし、観測用メガネで太陽を見ていた。声は聞こえないが歓声を上げていたに違いない。その顔はどれも笑顔だからだ。
それを車中から眺める。
なかなか、いい光景だった。
私には、金環日食という何百年に一回の天文ショーよりも、それを笑顔で見ている人たちの方に心を動かされた。
やっぱり、人間って面白いな。(なぜか相田みつお風)
こういう風景もなかなかないから。

「皇室外交」の大切さ

ここからの続き
握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

 両陛下、昼食会に出席=英女王の隣で即位60年祝う【ロンドン時事】英国公式訪問中の天皇、皇后両陛下は18日午後(日本時間同日夜)、ロンドン郊外のウィンザー城で開かれたエリザベス女王の即位60周年を祝う同女王夫妻主催の昼食会に出席された。
 天皇陛下は紺のスーツ、皇后さまは和服姿で同日正午前、宿泊先のロンドン市内のホテルを出発。ウィンザー城で出迎えたエリザベス女王夫妻と笑顔で握手を交わした。宮内庁関係者によると、女王は本当にうれしそうな様子だったという。
 昼食会にはベルギーやスウェーデン、トンガ、ヨルダンの各国王夫妻ら世界二十数カ国の王族・旧王族が出席。英王室からもウィリアム王子とキャサリン妃ら主要メンバーが顔をそろえた。
 同庁によると、両陛下はエリザベス女王と同じテーブルで、陛下とスウェーデン国王が女王を挟む形で座った。昼食にはアスパラガスやラム肉などが出たという。(2012/05/19-01:32)http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012051801052から

重要なのは、席が主催者であるエリザベス女王の隣ということ。それだけで何を意味するのか、いまさら説明することなないでしょう。
天皇陛下 チャールズ皇太子天皇陛下に敬意を表して頭を垂れるチャールズ皇太子

さて、平成24年5月19日付け上毛新聞に、いい記事があったので載せておく。

天皇訪英インタビュー 福田元首相に聞く
天皇、皇后両陛下の英国訪問に伴い、皇太子時代を含め50を越える国々を訪れた両陛下の旅先での素顔を、同行のトップ・首席随員を努めたことのある福田康夫元首相に聞いた。
福田元首相は2009年7月、カナダと米国ハワイを訪問された両陛下に首席随員として同行した。「陛下の外国交際は、国民、政治とは違う次元で、他の国にはできないことをしてくださっている。国格、国の格を高める、大きくするのに陛下の存在は大きい」と話す。
カナダでは、ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアを訪れた。1953年、皇太子時代の陛下が英国のエリザベス女王の戴冠式に向かう途中、初めて外国で宿泊した地。集まった日系人や地元の人たちに対する陛下の姿を思い起こすと、東日本大震災で被災地を見舞った姿と重なる。
「被災地での思いはもちろん違うと思うが、その接し方が変わらない。真摯に、誠実に、相手の気持ちを察しながら話していらっしゃる印象だった」
ビクトリアをはじめ、日系人と会う機会がいくつか設定された。
「両陛下には、遠い地で苦難の時期を過ごした人たちへのお気持ちを持っていらっしゃったんじゃないですかね。そして同時に日系人の方々の祖国に対する強い思いにお答えになった」
首相が行くのとは違うのだろうか。
「全然違う。よく分かる。日本の皇室のありがたみを痛感します」
数々の経験から、外国に映る皇室について思う。
両陛下に接するとき、外国の偉い方でも緊張するという話をよく聞きますよ。ほかにはない威厳があるからだと思う。その威厳は皇室の歴史からくるもの。こんな長い歴史を背負った象徴的な方は他の国にはないでしょう。そのことが一番重いと思いますね」

最後の一文がいい。外国の偉い方でも緊張するという、そういった存在が日本にあるということを、この国の人々はもっと深く感じ入ってもいいのではなかろうか。どこぞの国は、そういった存在を跡形もなく失ってしまい、ただノスタルジックにドラマの世界でひたすら王朝物語を作るだけなのだけだ。あとは妬み嫉みの罵詈雑言を浴びせ、隙あらばこの存在を消そうと心の奥底でたくらんでいる。そんな民族が作るドラマを喜んで見ているバカがこの国の中にいるのだから、ただ呆れるばかりだ。
横道にそれてしまった。

英国チャーチル首相との逸話がよく取り上げてられていましたね。詳しかったのは四国新聞。そこからのコピペ。http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/column/20120516000143.htm

敗戦国日本からやってきた19歳の青年皇太子を、老宰相チャーチルは手厚く遇した。歓迎レセプションでは、慣例を破って女王への乾杯の前に皇太子に杯を捧げ、長い歴史に培われた日本の優れた文化と芸術をたたえた。
1953(昭和28)年4月のことである。
 第二次大戦の終結から8年。戦争で疲弊した英国はまだ物資の配給制が残り、敵国だった日本への嫌悪が強かった。
チャーチルは接遇の陣頭指揮を執り、対日感情を和らげるのに腐心したという。大の親日家だった母ジェニーの影響があったと、「チャーチルが愛した日本」(関栄次著)に書いてある。
 随員だった吉川重国氏(故人)の著作「戴冠紀行」にも「あたかも孫を扱うようにほんとうに打ちとけて」と、チャーチルへの感謝が記されている。この日を境にメディアの反日キャンペーンは収まり、6月2日、皇太子はエリザベス2世の戴冠式に参列、天皇の名代として大役を果たした。
 初の海外歴訪で親愛に満ちたもてなしを受けた記憶が皇太子の胸に深く刻まれたことは想像にかたくない。きょう、皇后とともに向かわれる英国は8回目の訪問。心臓手術から日の浅い今回も「ぜひ」と希望されたという。 59年前の戴冠式に参列し、今回の祝賀行事にも招待されているのは陛下とベルギーのアルベール国王だけ。86歳の女王と78歳の陛下。お二人だけに通じる滋味深い会話がきっと交わされるだろう。よい旅になることを心からお祈りする。(L)

チャーチル首相の母が親日家だったというのは、年代的に見て、たぶん欧州で起こった「ジャポニスム」の影響ではないかと思われる。
やはり海外で自国の文化を広めることは大事なのだ。
過去記事で。 ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた

そして、拾った画像は、当時の英国デイリー新聞。
天皇陛下 チャーチル首相皇太子殿下(当時)に深々と頭を垂れるチャーチル首相。
この写真を英国民が見て日本への意識が変わったそうです。

さて、平成24年5月16日付け 読売新聞 「論点」から、馮寄台(フォン ジータイ)氏(台湾の代表機関・台北駐日経済文化代表)の文章がいいので長いが載せてみた。

大震災克服を確信
五十数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意は揺るがず、私は戦々恐々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半がたち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の三十数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残惜しい気持ちで、日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物でないと分かると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この1年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一所懸命に学んでおり、我が馮家には3代にわたり日本と縁ができたようだ。
昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子供たち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえもテレビに映し出された優勝シーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が大震災発生直後から、義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾ー中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引き続き力強く前進していくものと確信している。

天皇陛下のお言葉によって、民主党の外交的失態をカバーしたのがわかる。ほんとうにこういった皇室外交によって何度救われただろうか。この大きな存在がなかったら日本の外交はどうなっていただろうか、想像しただけでも恐ろしい。
かつて経済大国と呼ばれ持ち上げられていた日本も、お隣の国の会社(サムソン)ごときに「日本の実力は落ちてきた」なんて愚弄されるくらい落ち込んでいる。もう経済力だけでは国の再興は望めないだろう。
いま日本には何があって何がないのか、再考すべき時なのだ。
そう、日本にはまだ海外から尊敬の目で見られる「格や権威」というものがある。これはいくらカネがあっても買えるものではい。まして数年、数十年単位で作られるものではない。ここを大事にしないでどうするのだ。
そうなれば、どこを堅守せねばならぬのか自ずと分かるであろう。
ただそれは逆にいえば、どこを突き崩せばこの国は衰滅するのか、ということになる。もうそれは周辺諸国には知悉のごとくであろう。もう時はあまりないのだ。
あとは、過去記事 「日本人は土人だ」と罵った浅田彰、それを叩いた谷沢永一、あたりで。

「宇宙兄弟」と「キムチ」と「矜持」

「銀魂」や「ちはやふる」、「夏目友人帳」などの「国ほめ」アニメの放送が終わって見るものがないと嘆いていたら、「宇宙兄弟」なんかいいんじゃないと友人に薦められた。(小栗旬の実写版じゃないよ、アニメの方だよと、強く念を押された)
早速、録画してあったものを借りて見てみた。
面白い、抱腹絶倒、そして所々泣かせる。なるほどなるほど、これはいいアニメ(マンガ)でしょう。
だが、5話を見て愕然とした。
なぜ、キムチなのだ。
宇宙兄弟 キムチ
内容はこう、アメリカへ行った弟への日本のお土産の一つとして「キムチ」があるのだ。そして、それは母親が持たせたものだ。 なぜ? こういう時は「日本的」なものが選ばれるんじゃないの?
そして、番組後半ではこのキムチを使って兄が弟に「キムチ定食」を作って食べさせる。 こうなれば確信犯だろう。
気にならない人は気にならないだろうが、俺はものすごく気になる。
実際、検索してみると、これをネタにして叩いている人がいて「キムチ兄弟」と揶揄していた。(原作でもここはキムチだったようだ。)
この「宇宙兄弟」は日本人が宇宙飛行士になる話で、「日本人初」とか「JAXA」とか「日の丸」とか、とにかく日本人テイストにあふれている。(ここが気に入って見ていたのだが)
それがなぜかここで唐突に「キムチ」。
画像を見ると「国内生産」と表記されているが、兄のセリフでは「韓国キムチ」と言っている。
そうか2025年では、韓国も日本も同じ国なのか……。(東アジア同盟とか?統一韓国による日本併合とか?)
こだわらない人はいいけど、やっぱり「キムチ」と聞けば韓国・朝鮮をイメージするし、このアニメが海外で売り出されれば外国人は日本は韓国・朝鮮文化圏内なんだと誤解されるだろう。(実際、動画サイトでは英語字幕が付いて世界に配信されているし、違法だけど)
これで、日本国内がハングル文字で汚染されているのを見れば、そうかと納得するだろう。
過去記事  日本は韓国の文化植民地に成り果てたか?

さて、キムチと聞いて思い出すのが、「朝青龍のキムチ野郎発言」。
元記事 http://blog.livedoor.jp/morinhoor/archives/51666150.htmlからそのままコピペ。

韓国人記者「横綱はちゃんこ鍋が好きですか?キムチは食べないのですか?」
朝青龍「好きだ。キムチは食わんな」
韓国「キムチは優秀な食べ物で体によく、食べれば食べるほど壮健になります」
朝青龍 「食べないと言っているだろうが!!」
韓国「キムチはSARSも予防するし、たとえモンゴル人であろうとも食べなければならない」
朝青龍 「うるさい!キムチ野郎!」
韓国「日本での差別はひどかったでしょう?」
朝青龍「いや、別になかったっス」
韓国人記者「隠さなくてもいいですよ。どんな差別にあいましたか?」
朝青龍「いや、だから特になかったっス」
韓国人記者「"特に"ってことは、やっぱりあったんじゃないですか?! どんな差別でした!?」
朝青龍「だから、ねえって言ってんだろ!このキムチ野郎!!」

なぜこれを引いたのかといえば、やはり韓国・朝鮮人にとってキムチは、国を代表する食べ物だということが、自他ともに認めているということが分かるからです。
だから日本人がキムチを食べると複雑な心境となるのだろう。
元記事 http://japanese.joins.com/article/800/151800.html

「なぜ韓国キムチで日本が金儲け…」 韓国人を皮肉るウェブ漫画
韓国のウェブ漫画家ユン・ソインが、日本の「キムチ」に怒る韓国人を皮肉る漫画を描き、物議をかもしている。
ポータルサイトのヤフーに「ジョイライド」というウェブ漫画を連載しているユン・ソインは2日、「私たちが元祖なのに…」編を掲載した。太極旗が描かれた服を着た韓国人が「なぜ大韓民国のキムチで日本が金儲けをするのか」「大変だ。このままではキムチを奪われる」と怒る場面が出てくる。

となれば、日の丸背負った宇宙飛行士を描くアニメで、キムチを自国の食物かのように食べている姿があったら、怒るのは韓国・朝鮮人の方なのではないのか。

むかし、当サイトで、日本人宇宙飛行士たちが、宇宙へ日本文化に関するものを持っていくのが不思議だったことを書いた。
過去記事 「理系女子から宇宙飛行士へ。そして宇宙で日本文化を語れ!」
それは、日本の宇宙飛行士の応募要件にこんな項目があるからだった。

日本人の宇宙飛行士としてふさわしい教養等(美しい日本語、日本文化や国際社会・異文化等への造詣、自己の経験を活き活きと伝える豊かな表現力、人文科学分野の教養等)を有すること。

日本文化(食文化)の中に、キムチはない、あれは朝鮮の食文化だ。異文化への造詣があれば、他文化を尊重すれば、それを自国文化のように扱うことはできない。別にここでキムチを軽蔑しているわけではないのだ。
だから日本人飛行士を描くアニメで「キムチ」はないはずだ。

まあ、細かいこと言ってすいません。アニメ・マンガとして「宇宙兄弟」はとてもいい出来なので、そういうことが気にならなければお勧めでしょう。

でも、私は、5話以降見ていません……。これは矜持にかかわることなので……。
だれか他にいいアニメを薦めてください。

最近の事件から。 酒と本とカネ

最近、気になった出来事で思ったことを書き連ねてみました。

1、酒

小樽商大、アメフト部花見で急性アルコール中毒 19歳男子(心肺停止)ら男女9人病院搬送
北海道小樽市の小樽商科大学グラウンドでアメリカンフットボール部員が飲酒し、9人が病院に搬送された問題で、同部の顧問を務める男性教授(55)が9日、読売新聞の取材に応じ、バーベキューパーティーで飲酒することを「知らなかった」と語った。
 また、大矢繁夫副学長(教育担当)は大学敷地内で飲酒を容認していたことなどについて「対応が甘かった」と責任を認めた。今後、学生の処分とともに、大学側の管理責任の所在が問われるのは必至だ。
 顧問によると、パーティーを開くことは7日当日の昼に偶然会った部員から聞かされた。参加は求められなかったという。顧問は「飲酒を伴うものだとは全く知らなかった。知っていたら止めていた」と述べた。グラウンド内での飲酒も「考えられない」とし、未成年に酒を飲ませていたことは「2年前に別の部で発覚して問題になっており、まさか(アメフト部で)しているとは思わなかった」と語った。
 顧問は、普段の部の練習や遠征には参加していなかった。大矢副学長は「顧問が管理監督していなかったと言われればそうなる。ただ、すべて管理するとなると、なり手もいなくなる」と述べた。
 大矢副学長は、学内で飲酒を禁止しなかったことは、学生の自主性を重んじるという観点からで、「教育の一環という認識だった」と説明した。
 その上で「これまでは大きな問題がなかったが、思わぬことが進行していた。未成年の飲酒禁止を含め、大学側の指導が徹底していなかった。甘かった」と責任を認めた。同大は山本真樹夫学長を中心に大学としての責任の明確化を検討する方針だ。(2012年5月10日10時20分 読売新聞)

ほんとこういう事件多いですね。検索すると、近年では、熊本大学医学部漕艇部、一橋大学生寮内での飲酒死亡事件、立教大のテニスサークル合宿で一人死亡、その数日後サッカーサークルでは一人意識不明の重体……などなどわんさと出てくる。またそれに関連した酒気帯び運転や強姦未遂といった大学生もいて呆れるばかりだ。
それにしてもいまの大学生ってバカなの?次から次へと……。
「学生の自主性を重んじるという」上記の副学長の言葉もあるが、今の大学生なんて小学生程度の思考しかないのだから、学業よりもまず手始めに道徳教育から始めた方がいいだろう。(「甲南大ラグビー部員」みたいなアホもいるのだから) 体育会系の部活動の不祥事も多過ぎだ。事件・事故を起こすほどの体力が余っているのなら、被災地へ行ってボランティアでもさせるべきだ。社会的にも教育的にも、その方が有意義だろう。 それが出来なければ酒は禁止してしまえ。あと今や「バカ発見器」となったツイッターとかブログも禁止した方がいい。その方が彼らの今後の人生にもよいだろうから。

「酒」が原因の事件を聞くと、戦国時代の日本を訪れた宣教師・ヴァリニャーノの記述を思い出す。
元記事 
ヴァリニャーノの『日本巡察記』から・その2 日本人の美点と欠点

日本人は全世界でもっとも賢明な国民に属していながら、飲酒と祝祭・饗宴に耽溺する悪癖があると書いている。そして「その為には多くの時間を消費し、幾晩も夜を徹する。この饗宴には、各種の音楽や演劇を伴うが、これらはすべて日本の宗教を日本人に教えた人々が考案したもののように思われる。この飲酒や類似の饗宴、過食は、常に他の多くの堕落を伴うので、これによって日本人の優秀な天性ははなはだしく損なわれている。」と綴っている。
これはもう日本人の国民性といっていい習性なので、飲酒に関してはどうしても寛容となる。たとえ酒によって不始末を起こしても、寛大な処置で済まされてしまうのだ。ただ、今回のように上級者による酒の強要があったとなれば、パワハラと同じことなので、笑っては済まされない問題だろう。

2、本
こんな記事を読んだ。「市長の毒舌で知名度アップ?」佐賀県武雄市の“新図書館”構想が大炎上中」

 4日、佐賀県武雄市が市立図書館の運営を、レンタルビデオ店「TSUTAYA」を所有する「カルチュア・コンビニエンス・クラブ」(CCC)に委託する計画を発表した。市の狙いは、年中無休の開館、雑誌や文具の販売コーナー、カフェの設置といった利便性を向上させつつ、運営費を削減できることだ。ところが、この事業には図書館の存在意義を崩壊させる危険性があり、早くも図書館関係者から異議の声が上がっている。
 この新たな図書館の構想でもっとも問題視されているのが、利用者の貸し出し履歴の取り扱いだ。同市の構想では、貸し出しカードもTポイントカードに置き換えるという。図書館を利用するだけでTポイントが貯まるのは、一見、オイシイ話に思える。ところが、ここで問題が発生する。Tポイントカードの利用規約では、利用者の購買履歴が記録され、CCC以外の事業者に提供されることになっているのだ。
 利用者の個人情報を守ることは、図書館にとってもっとも重要なこと。図書館の基本原則を定めた「図書館の自由に関する宣言」では、資料収集の自由、資料提供の自由、検閲への反対と並んで「利用者の秘密を守る」ことが掲げられている。
 利用者の貸し出し履歴は、個人の嗜好や政治信条などを調べる情報となり得るため、決して外部に明らかにしてはならないことは図書館関係者にとっては常識だ。貸し出し履歴自体、貸し出し中は誰が借りているかを図書館は把握しているが、それを外部に漏らすことはないし、返却後は速やかに破棄されるシステムになっている。名作映画『耳をすませば』(近藤喜文監督)では、一昔前の本に挿された貸し出しカードに名前を記入するシステムが物語のカギになっているわけだが、現実に物語のようなことが起きたら大問題である。
 つまり図書館にとって、利用者が国家権力から個人に至るまで、ほかの誰にも自分がどんな本を読んでいるかを知られないことを保障するのは当たり前のこと。たとえ国家権力であっても、おいそれと図書館の利用者情報を入手することはできない。1995年の地下鉄サリン事件の際に警視庁は国立国会図書館利用者のデータを大量に押収したが、これも捜査令状があって初めて可能になったもの。図書館が利用者のデータを外部に出すのは、それほどの一大事である。
 ところが、同市の新図書館構想を進める樋渡啓祐市長の発想はまったく違う。4日夕方の記者会見をUstreamで中継した樋渡市長は、高木浩光氏(産業技術総合研究所情報セキュリティ研究センター主任研究員)からの「Tポイントカードで図書を借りたときに、“借りた”という情報はCCCに提供されるのか」との質問に答え、
「これね、今までね、これ個人情報だって名の下にね、全部廃棄してたんですよ。なんで本をね、借りるのが個人情報なのか、って僕なんか思います」と発言したのである。その後、樋渡市長は自身のブログで、
<僕が言っているのは、「5月6日20時40分、42歳の市内在住の男性が、「深夜特急」「下町ロケット」「善の研究」」を借りた。」ということそのものについては、個人が特定できないし、仮にこれが外部に出ても法令に照らし、全く問題がない、これが僕の見解であり、図書館の貸出履歴は、これをもとに、個人情報に当たらないって言っているんです。個人が特定できない。その中で、この情報はとっても貴重で、図書館の本の品揃え(武雄市立図書館は市民から成る選書委員がいます。)に当てたり、リコメンド(本を借りる人に、別の本の推薦)にあてたいって思っています。>(原文ママ)
と、さらに説明を加えている。つまり、樋渡市長の構想では個人が特定されない方法でデータを集積し、それをもとに「おすすめの本」を推薦する、Amazonのようなシステムを提供しようとしていると推測される。これ自体は便利なシステムのように見えるが、当然、図書館には膨大なデータが蓄積され、それを一企業が管理することになるわけだ。個人が識別できなくても年代や性別などを含んでいれば、数が揃えば貴重なマーケティングのデータになる。図書館関係者が危惧しているのは、まさにこの部分である。
「CCCが狙ってるのは、膨大な図書館利用者の情報です。彼らの目的は、片田舎にすぎない武雄市を突破口にして図書館事業を全国展開することにあるんです」
と、ある図書館関係者は話す。すでに、全国の図書館関係者による組織である日本図書館協会や図書館問題研究会では、武雄市の構想を問題視し、阻止のための行動を準備中だという。

これは、アカン!
ここでは個人情報という点ばかり注目されていますが、私はここで図書館本来の存在意義・役割が全く問われていないことに問題があると思う。
図書館の存在意義は、利用者に本を貸すだけではない、本や資料の収集と保管という重要な役割があるというのを忘れてはならい。
私は地元の図書館に「新田氏関連」の本を見に行く、それはそこでしか見られない貴重な本・資料があるからだ。そして郷土史家や公的発行物(○○町誌とか○○遺跡調査報告書とか)を見に行く。あるいは絶版となった本やネットでも見つかりにくい小説などを借りに行く。図書館にはそういう利点がある。たとえ読まれることが少ないものであっても、それは過去から伝えられた貴重な「情報」なのだ。図書館はそれを集め、大切に保存している。まさに図書館は「知」の集積所だ。
だがどうだろう。ここに民間企業が入ったらどうなるか。利益・収益追求・合理化、経費削減を追い求める経済的視点に立てば、そのとき図書館本来の役割を保てるだろうか。利用者の利便性を図るといったお題目の下で、上記のような本は不良在庫となって真っ先に見捨てられるだろう。今でさえ、除籍本となって図書館から消えていっているのだ。そういう本の中に希少本や資料的価値がある本、あるいは古い小説の本が多く混じっているのに。
詳しくは、むかし書いた記事で。過去記事 図書館は、「ハリーポッター」や「ホームレス中学生」よりも、利用者の少ない本こそ大事に!
(この前、某図書館では、「松本清張全集」が除籍本となって、無料配布コーナーに置かれていた。それでいいの?)
今でさえこんな状態なのだから、民間企業が運営したら、合理化の名の下で古い本はドンドン処分され、新しい本、利用者の多い本、要望の多い本、そんなものだらけになるだろう。
それに、どうやらこの市長は、図書館を本を借りるための施設としか考えていないようだ。それがそもそも問題だ。「深夜特急」「下町ロケット」「善の研究」(西田幾多郎の名著)を図書館で借りたとあるが、これらは、本屋に行けば買えるし、ブックオフにでもいけば安く手に入る、それでもなければアマゾンで検索すればいい。いつでも手に取れるような本が図書館にあることが、図書館本来の使命なのだろうか。どうも「利用者の利便性」の意味を履き違えているように思えてならない。
(むろん資料として人気作家の小説を揃えるのはいいが、ベストセラー本を何十冊も揃えておく図書館のいまの姿勢にも疑問があると思う。著作者の印税といった観点からも)
図書館は、読みたい本を借りるだけの「貸し本屋」じゃないだろうが。(TBSラジオの朝の「森本タケロウスタンバイ」の中でこの案を出していたこの市長を絶賛していた人がいた。たぶんこのコメンテーターはアホだと思う)
日本図書館協会の「図書館員の倫理綱領」に以下の規定があった。

第4 図書館員は図書館の自由を守り、資料 の収集、保存および提供につとめる。
図書館員は、専門的知識と的確な判断とに基づいて資料を収集し、組織し、保存し、積極的に提供する。そのためには、資料の収集・提供の自由を侵すいかなる圧力・検閲をも受け入れてはならないし、個人的な関心や好みによる資料の収集・提供をしてはならない。 図書館員は、私的報酬や個人的利益を求めて、資料の収集・提供を行ってはならない。

第11 図書館員は住民や他団体とも協力して、社会の文化環境の醸成につとめる。
図書館は孤立した存在であってはならない。地域社会に対する図書館の協力は、健康で民主的な文化環境を生み出す上に欠くことができない。他方、この文化環境によって図書館の本来の機能は著しい発達をうながされる。図書館員は住民の自主的な読書運動や文庫活動等をよく理解し、図書館の増設やサービス改善を求める要求や批判に、謙虚かつ積極的にこたえなければならない。さらに、地域の教育・社会・文化諸機関や団体とも連携を保ちながら、地域文化の向上に寄与すべきである。

「TSUTAYA」さんがこれをするのか。民間企業にこういった公的役割が担えると思っているのだろうか。「個人的利益を求めて、資料の収集・提供を行ってはならない。」とあるが、利益追求を行わない民間企業など存在しない(できない)ので、「企業的利益を求めて、資料の収集・提供を行う」となるだろう。となれば削減されるのはどういった本であるか、棚に並べられる本がどういったものになるのか、すぐに察しがつくだろう。
そもそも、本を売る企業が、本を貸すのか? 無料で? しかもその施設運営費は公費(税金)を使うわけでしょ? そこはただ単に無料レンタル本施設となるだけじゃないのか? ツタヤのレンタルビデオのノウハウが図書館運営に生かせるって、何? おかしくないか、疑問符だけが頭に浮かぶ。
また市町村の地方自治体が図書館を運営しているのは、これが地域文化の向上を目的としているからである。郷土資料や公的発行物の収集・保管なども公的機関であればこそ出来ることではなかろうか。この社会的・文化的役割を「継続的」に行う必要があるのだ。これを民間企業が担うことができるのだろうか。(TSUTAYAさんは未来永劫倒産しないのかい)

頭が固いって言う人もいるだろう。いいんだよ、固くって。図書館は保守的でなければならない。過去からの著作物や資料・史料を集め、現在は保管し、それを利用者が読む、そしてこれを未来のために残す、それが図書館の大きな役割の一つなんだから。何が何でも経費削減の合理化、民主党の事業仕分け的発想はやめていただきたい。

もし、ツタヤが図書館事業を始めたら、有川浩の小説ではないが「図書館戦争」になるだろう。
図書館戦争


3、カネ 

次長課長の河本準一 事情聴取
年収5000万円の人気お笑いタレントの母が生活保護を受給しているとされる件で、世耕弘成参院議員(自民党)が11日、厚労省から事情聴取をしたことを明らかにした。
 世耕議員のツイッターによると、「次長課長の件厚労省から事情聴取しました。個人情報を理由に彼の状況に関する個別説明は無し。一般論として扶養義務者には生活保護開始当初に加え、毎年扶養の可否の確認が行われているとのこと」と説明した。
 個人情報の壁があるとのことだが、「うやむやにはさせません。生活保護法77条に扶養義務者への費用請求が規定されていますので、これに基づき彼には過去の分も払わせねば」とした。
 先日は、片山さつき参院議員(自民党)も、厚労省の担当課長にこの件を話したことを明らかにし、それを受けたもの。
 自民党PTチームによると、平成21年12月に政府が、生活保護の申請については「速やかな保護決定」をするよう地方自治体に通知したが、それ以降、目立つように生活保護世帯が増加し、生活保護費は、すでに3.7兆円に急増しているという。

なぜ、これをテレビや新聞といったマスメディアは取り上げないの? こういうことを知るのはいつもネットというのはどういうことなのだろう。これまでもテレビ・新聞がいかに偏向していて、ニュースを取捨選択し、自分らの都合のいいものだけを報道してきたのが、こういう下らないことでもよく分かる。
それにしても、こんな疑わしき人物がいまだにテレビに出ているのはなぜだろう。こいういった情報が流れたあとも普通の顔して生番組に出ていた。他の出演者が突っ込まないのはなぜだろう。
テレビのワイドショーもなぜ報道しないのか、塩谷瞬が二股したとか、オセロ中島の占い師がテレビに出たとか出ないとか、カンボジア人の猫ひろしがオリンピックに出ないとか……、よほど河本の詐欺まがいの事件の方が大きいと思うが。
これを追及して、生活保護受給者の実態とか在日特権の闇とか報道番組でやればいいのに……、でもやれない事情があるのか、どこに遠慮して問題提起しないのか、ほんと日本のマスコミは腐っている。

と3つつなげてみました。

ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた

「ドナルド・キーン自伝」(中公文庫)を読んでいたら、50年代のアメリカで起こった「日本ブーム」に触れている個所があったので引いてみた。
ドナルドキーン自伝


(有名人や知識人が集まったフォビアン・バワーズ夫妻のパーティーにキーン氏はよく招かれた) こうした集まりで、私が名士たちのちょっとした関心の対象になったのは、日本が俄然人気の的となっていたからである。それまで日本の文化が中国の模倣に過ぎないと決めかかった人々でも、ニューヨーク近代美術館に建てられた日本家屋や、アメリカの様々な都市で開かれた日本の国宝の展示会を見た後では、考えが変わったようだった。その頃初めてアメリカに紹介された禅の教えも、神のいない宗教として知識人たちの人気を集めた。もっと重要な要因となったのは、「羅生門」に始まる日本の思いがけぬ流行だった。ふつうであれば日本文学の教授に何を話かけていいか戸惑うカクテル・パーティーの参加者たちも、日本が流行の先端になったからには私を質問攻めにせざるを得なかった。
隠し砦の三悪人(画像は黒沢明の「隠し砦の三悪人」)

私が直接関わっている分野で言えば、数々の出版社が現代の日本文学の翻訳に新たな関心を持ち始めた。その口火を切ったのはクノップ社の編集長ハロルド・ストラウスで、クノップ社は翻訳文学を手掛けるアメリカの出版社の中では最王手だった。ストラウスは戦時中に多少の日本語を身につけ、(助けを借りながら)日本の小説の世界に分け入っていったのだった。
ストラウスは、愛すべき人物ではなかった。彼はいかにも尊大に構えていて、「翻訳者など掃いて捨てるほどいる」といったようなことを平気で言う人間だった。エドワード・サイデンステッカーの素晴らしい翻訳にかかわらず川端康成の『雪国』が売れなかった時、ストラウスは二度と川端のように「淡泊で無力な文学」は出版するものかと宣言した。しかし川端がノーベル文学賞を受賞するとストラウスは考えを変え、『山の音』を出版した。三島が自決した夜、ストラウスは私に電話してきて、翻訳にもっと高い原稿料を払う用意があると言った。
三島由紀夫 英語版(画像は三島由紀夫の「豊饒の海・奔馬」英語版)
これら数々の欠点にかかわらず、ストラウスは現代日本文学に関わりのある人間すべてから感謝されていい人物だった。大佛次郎『帰郷』の翻訳を企画したのはストラウスで、これは二十五年前に二葉亭四迷の『其面影』の翻訳が出てから初めてアメリカで出版された日本の小説だった。『帰郷』は、日本人の主人公が自国の文化を再発見する物語である。もともと日本の文化に馴染みのない多くのアメリカ人にとっては、この小説は再発見というよりはむしろ発見そのものだった。クノップ社が出した次の小説、谷崎潤一郎の『蓼喰ふ蟲』もまた、伝統の再発見を描いた作品だった。
大佛次郎(画像は大佛次郎の「帰郷」英語版)
他のアメリカの出版社もクノップ社の例に倣ったが、中にはどちらかというと伝統的ではない作品を好んで出した出版社もあった。こうして、おそらく一九五〇年代の「日本ブーム」が最長記録を作る結果となったのだった。

なるほどなるほど、アメリカで起こったちょっとした日本ブームは、ヨーロッパで巻き起こった「ジャポニスム」と同じように、知識人や文化人に広まったというのが分かる。
50年代・60年代の日本ブームは静かながら、アメリカの文化人に浸透して広がっていったのだろう。それはハリウッド映画人を見ればよくわかるのだ。フランシス・フォード・コッポラ監督は三島由紀夫の愛読者で、「地獄の黙示録」の撮影中に「豊饒の海」を読んで構想を膨らませていた話は有名だし、同様のことは「ゴッドファーザー」のオーディオコメンタリーでも語っていた。またルーカスやスピルバーグは黒沢明の影響をモロに受けたことを公言していることでも分かる。(映画スターウォーズではあちこちに日本文化が散りばめられていることについては、今さら説明不要だろう)
50年・60年代に日本文学が翻訳されたり、日本映画が紹介されたことによって、これが後々「日本文化愛好家」を増やす切っ掛けとなったのだから、まさしく先駆的役割を果たしていたとみて間違いないだろう。
そういえば、日系のナンシー梅木がオスカー助演女優賞を獲った「サヨナラ」やマーロンブランド主演の「八月十五夜の茶屋」など50年代には日本を舞台にした映画が多数作られていたし、ビルボードNO1になった坂本九の「スキヤキ」は60年代だった。(現在まで多くの海外アーティストにカバーされている) これらも日本ブームの一つの傍証となるだろう。
日本といえば「ニンジャ・サムライ・スシ」といったイメージが、現代のアメリカで広まっているのも、前段階でのこの「日本ブーム」という下地があったからと言えるのではなかろうか。となれば今の日本のアニメ・マンガ人気も、形は違えど日本文化人気が継続して引き継がれていったと見ていいだろう。
さて、アメリカで日本ブームが起こっていた50年代、そのころの日本はどうだったのか、興味深い逸話が載っていたので引いてみる。

雑誌「文学」の編集長・玉井乾介から依頼されたのは「日本文学の古典」という本の書評で、これは日本文学をマルクス主義に基づいて解釈した本だった。もちろん私はマルクス主義のこと知っていたし、当時流行していた反米主義についてもよく知っていた。毎月、私は三大総合雑誌(「中央公論」、「改造」、「文藝春秋」)の目次に目を通し、時にはその原稿を読むこともあった。アメリカの独占企業的な資本主義の脅威を暴く記事が、常に少なくとも一つはあった。しかし、日本の古典文学をめぐる議論でマルクス主義に出会ったのは、これが初めてだった。私は読んで、愕然とした。この本が『古今集』に触れていないのは、それが貴族によって書かれたもので、民衆の手で書かれたものではないからだった。『源氏物語』は、支配階級の矛盾を暴露した作品として取り上げられていた。他の作品が賞賛もしくは貶される基準は、すべてそれが「民主的」であるかどうかに掛かっていた。
私の書評は数ヶ月間、発表されなかった。ついに発表された時には、三人の著者の一人による反論が一緒に掲載されていた。(中略)反論は、私のことを「貴族的プチブル的腐敗した西欧人」と非難していた。

まさに戦後民主主義の名の下で、「文化大革命」のようなことをやっていた。アメリカでは日本文化の発見で流行となっている一方で、当の日本はその自己文化を否定して、反米主義のマルクス主義礼賛という状況だった。おかしな話だ。
これも昔話かといえばそうでもないでしょう。こんな思想の人たちが、手を変え、口調を変えながらいまだに大学や論壇・文壇・文芸分野・新聞業界の中に蟠居して、日本は悪い国だ、日本人は島国根性で閉鎖的だ、とネガティブキャンペーンをしているのだから、恐ろしいことです。

では、今度は、『ドナルド・キーン著作集〈第1巻〉日本の文学 (新潮社)』から引いてみましょう。
日本の文学

日本人は現在も、自分たちのはぐくんできた文化がいま外国で高く評価されているという事実を、すなおに受け入れかねている者が少なくない。それについては、日本人は海外の事情をちゃんと知っており、また外国のおびただしい事物に関してずいぶんと精通しておりながら、日本が外部社会との接触を絶ち、孤立していた徳川幕府下二百年の鎖国時代の影響から、なかなか抜け出せずにいるという印象がある。日本人のなかには、自分がいまもなお「島国根性」をぬぐいきれず、そのことが日本人をして外の世界と自分たちを隔てる差異をことさらに、ときには大げさまでに、意識させてしまうことを認める者もいる。しかし、いまの日本の若い作家たちには、そうしたことはもうあてはまらなくなっている。そうだとすれば、それほど遠くない将来、全世界の文化に占める日本の重要性が、外国人ばかりではなく、日本人にも認識される日がくることを期待したい。

キーン氏は日本文学が近いうちに世界で注目されるであろうと、予測している。そのためには、日本人が己の文化に自信を持つことが必要だと主張しているのだ。
過去記事 ドナルド・キーン「日本人よ、勇気をもちましょう」から。 

さて、キーン氏が日本文学に魅かれた切っ掛けの一つに「源氏物語」がある。自伝から引いてみよう。

(時代は第二次大戦中)当時、ニューヨークの中心にあるタイムズ・スクエアに、売れ残ったゾッキ本を専門に扱う本屋があった。その辺りを通りかかった時に、いつも私は立ち寄ったものだった。ある日、「The Tale of Genji 」(源氏物語)という題の本が山積みされているのを見た。こういう作品があるということを私はまったく知らなくて、好奇心から一冊を手に取って読み始めた。挿絵から、この作品が日本に関するものであるに違いないと思った。本は二巻セットで、49セントだった。買い得のような気がして、それを買った。
やがて私は、『源氏物語』に心を奪われてしまった。アーサー・ウェイリーの翻訳は夢のように魅惑的で、どこか遠くの美しい世界を鮮やかに描き出していた。私は読むのをやめることが出来なくて、時には後戻りして細部を繰り返し堪能した。

The Tale of Genji(「源氏物語」英語版)
本文に出てくる「ゾッキ本」とは、「古本・古書市場にて極めて安い価格で売られる新品本を指す。赤本、特価本、新古本、バーゲンブック」のことをいう。キーン氏と日本文学の出会いが、偶然の巡り合わせであり、これがどこか浮世絵が海外に広まった状況(陶器の包装紙だった)と同じように、何気ない「発見」にあったというのが面白い。
重要なのはこの「出会い」でしょう。
ブルーノ・タウトが日本の美を発見したように。
過去記事 ブルーノ・タウト「日本文化私観」シリーズ

以下、ドナルド・キーン著作集〈第1巻〉から。

これらの訳書をはじめ、そのあとに世に出た英訳書は、おおかたが戦時中に日本語を修得した旧軍人たちの手になるものである。そうした人たちの翻訳と研究の成果は、日本の現代文学にとどまらず、古典文学の作品や歴史書、哲学書など広範な範囲にわたる。そのおかげで、世界の文明に日本人が寄与してきた事実があらためて認識されるようになった。以前なら、世界各国の詩を網羅した詩選集を公刊するにしても、日本の詩についてはほんの申し訳程度の(まずは二句か三句の俳句を紹介するくらいの)配慮でお茶を濁すのが通例だった。しかし、一九六六年に出版されたスティーブン・マーカス編纂の『現代小説の世界』は、きちんと日本の作家たちの作品を取り上げていて、そのあと公刊された文学選集を見ても編纂者たちは日本の作品を無視するわけにはいかないことを認識するようになっている。
日本の文学に対する見方のこうした様変わりぶりは、決して一朝一夕にもたらされたわけではない。たとえば「一九七〇年代の文学」といったテーマで調査した結果を公刊した文芸評論家たちにしても、北アメリカとヨーロッパ圏の外で書かれた作品については、たとえ翻訳書があろうとも、議論の対象にしようとはしていない。しかし、変化はまず世界の主要な大学のカリキュラムの中で起こってきた。つまり、大学教育のなかでアジアの重要性が再認識されるようになって、学部の学生には欧米以外の地域の文明を専攻する講座は少なくとも一つは履修することを義務づけることになったのだ。各大学がいま特に重視しつつあるアジア各国の文明の中で、日本の文明は学生たちがいちばんとりかかりやすく、その講座は最も人気が高い。
もう一つの変化は、アメリカ人の「海外渡航」についての考え方をめぐって生じてきた。以前は、アメリカ人が海外に出かけるといえばヨーロッパに行くことをさしていたのだが、いまでは行き先に日本が含まれるようになった。日本の文学と文化を学ぶ大学生たちのあいだでは、ある程度まとまった期間を日本で過ごしたいと希望する者が増えている。
同じような変化は、ヨーロッパでも起こっている。以前、ヨーロッパでは日本語を教えている教育機関は、ほんのひと握りしかなかったが、日本が世界でも重要な国だという認識が広まるにつれ、ヨーロッパのほぼすべての国で日本語の講座が開設された。日本のことを専門的に研究したいと念願する者を別にすれば、将来の自分の職業として日本人旅行者のガイドとなることを選び、その手段として日本語を取得する者が多い。日本が経済的に豊かになったおかげで、近年大挙してヨーロッパの名所旧跡を訪れる日本人観光客が増えたことも、こうした風潮に輪をかけている。当初はまったく実利的な目的から日本語を学んでガイド通訳者となった者のなかには、途中から日本語の書物の翻訳者に転じた者もいる。こうした人たちは、アメリカ人が手がけた英訳書からの重訳ではなく、日本語の書物から直接、自分の国のことばに翻訳するのがならわしになっている。


「クールジャパン」と叫びながら官僚主体となって、日本のソフトパワーを売り出そうとしている。これはこれでいいだろう。しかし、それが金儲け優先、売上至上主義に堕ちれば、たちまち廃れていくだろう。
これは過去記事で詳しく、「アニメは日本文化を救えるか」シリーズで。
重要なのは「日本ファン」や「日本文化サポーター」を増やすことだ。「ジャポニスム」で日本文化に興味を持った美術家や審美眼のある好事家たちが日本文化を世界的に広めたように、上記のキーン氏のような知識人や文化人そしてその卵である学生たちの中から「日本文化愛好家」や、海外で日本文化を紹介する「仲介者」を増やすことが必要なのだ。金をかけるなら、そこに使うべきなのだろう。
ワゴンセールの中から出てきた『源氏物語』や陶器の包装紙に使われた『写楽』や『北斎』。これらは莫大な公費を使って宣伝されたわけではない。そういう「発見」を促すこと、日本文化の良さを知ってもらえる「人たち」を海外に作る(増やす)ことこそ重要なのだ。
優れた文化は人気を得て、愛される。そしてそれが本物の文化なら廃れることなく好まれ続けるであろう。表現形態は変われども、その根本にある「日本文化」を持ちづけれていけば、一過性で終わることはないはずだ。
だから一時的に売れた・ヒットしたからといってそれは「文化」は言えない。ケツ振りダンスのK-POPやおばさんを喜ばせるだけの韓流ドラマがいくら売れようが、それが「文化」とまでに成り得ているのだろうか。ゴッホやセザンヌのように偉大な画家が、浮世絵を真似た絵を描くのであれば、それはもう疑うべきもなく一つの「文化」だろう。黒沢だ、小津だ、と海外有名映画人がリスペクトし語り継いでいったなら、それは一つの「文化」だ。ドナルド・キーン氏といった超一流の大学教授が感嘆するような三島や谷崎や安部公房、そして源氏物語や俳句といったものが、優れた文学と世界で認められれば、それは一つの「文化」だといえるだろう。
しかし、それらは経済的にみれば大した金額にはならない。だがここで見誤ってはいけないのは、「文化」を売上ベース、経済的視点で見てはいけないことだ。
アメリカやヨーロッパの文化人や知識人の中で、私は韓国文化に影響を受けましたという人が出ればそれは認めてもいいだろうが、果たしてどうであろうか。何万枚CDが売れようが、視聴率が取れようが、CMに出て契約金が何億円だとか、そんなものは文化的視点に立てば大したことではない。数年経てば忘れ去れらるようなものは、決して文化とはいえないだから。あれらがただの消耗品や商品物であったのか、それとも他国に影響を与えた偉大な文化だったのか、そのうちいずれはっきりするだろうから慌てる必要もないが。
ただ問題なのは、日本の文化政策を推進するお役人さんが、韓国の真似をして「金儲け」主義に走るような気がしてならないのだ。
日本文化を愛し、一流大学で半世紀もの長きに渡り日本文学を紹介し講義し続けたドナルド・キーンさんような知識人・文化人を、海外で十人二十人、いや百人二百人と増やすことこそが最重要なのだ。

関連記事 村山斉さんの言葉から「日本は外国研究者を呼び込む魅力的な国になっている。存在感を世界に発揮している、もっと自信をもっていい。」

これは、科学の分野だが、言っているのは同じこと。科学ももちろん、文化の一つだ。
だが、こういった事業の経費を削減しょうとしたのが「事業仕分け」だったことを忘れてはならない。
そして、その事業仕分けを「日本でも文化大革命が始まった」と喜んだ仙谷由人がいる政権が与党となっている現在、50年代・60年代の日本の風潮となんら変わっていないということも、認識しておかなければならない。
そしてその政権下で行われる「クールジャパン」が、果たして、日本文化を深深と広めることを重要視するだろうか、実に疑わしい。
文化に敬意を払うことなく、自国の文化を軽視する人々が……。
そうなればすることは目に見えてくる。目先のカネ・売上を優先することだ……。
これは日本文化を愛し、日本国籍まで取り、終の棲家を日本にと心に決めた、ドナルド・キーンさんを悲しませることになるに他ならない。

新田義貞の銅像再建、しかと見て参りました。

前回の「新田義貞像は5月8日にお披露目!」で書いたように9日に見に行ってきました。
新田義貞像 正面1正面
新田義貞像 正面2「中大黒」の家紋がでかくっていいですね。
新田義貞像 正面3やや離れた場所から。たぶんこの位の位置くらいから新田一門、家臣たちは、義貞さまの凛々しい姿を仰ぎ見たであろう。
新田義貞像 背面いいのは背面だ。なぜかガンダムのようにカッコイイ。日本のロボットアニメの源流がここにあるようだ。
武人埴輪から武将の甲冑姿へ、そしてロボットアニメへと続いているのだ。
過去記事 神社とは。 ガンプラとシュタインズ・ゲートと砂川神社訴訟とか「武人埴輪からガンプラへ。日本人は昔からこういうモノにワクワクしていたんじゃね。」とかで。
新田義貞像 解説板像の台座にはこれまでの来歴が刻まれている。「東日本大震災という厳しい状況の中、多くの寄付金が集まった」云々といったことも刻まれてあった。
新田義貞像 寄付者名碑銅像再建に寄付者した名前が刻まれた碑。これを見てみると、各地から募金が集めっているのが分かる。

さて、新聞各紙も結構大きく取り上げていた。

新田義貞の銅像再建、除幕
新田義貞が鎌倉に向けて挙兵したとされる太田市新田市野井町の生品(いくしな)神社で約2年前に盗まれた義貞の銅像が再建され、8日、除幕式が行われた。
 神社は国指定史跡の新田荘遺跡の一部で、義貞が1333年5月8日に鎌倉幕府倒幕に向けて挙兵した場所と伝えられている。1941年に造られたとされる境内の高さ約80センチの銅像が、2010年2月に台座から切り取られているのが見つかった。地元住民らは再建委員会を結成して約1700万円を集め、義貞の子孫にあたる千葉県野田市の彫刻家脇谷幸正さん(70)が肖像画などの資料を調べ、像を制作した。
 国指定史跡のため、元の場所に復元することはかなわなかったが、神社前の駐車場に、元の2倍以上の高さ1メートル93の像が先月29日に完成した。除幕式には清水聖義・太田市長ら約200人が参加。同委の滝沢弘一会長(82)が「像が若者たちに大きな夢を与えてくれると信じています」とあいさつした。脇谷さんは「ご先祖様の一大事に、自分の手で再建出来たことは感無量」と目を細めていた。(2012年5月9日 読売新聞)

鏑矢祭とともに大きく掲載していたのが朝日新聞。そのほか東京新聞や毎日新聞も写真付きで報道していたようだ。
まあ、生品神社が注目されるなんてことはほとんどないから、これは嬉しい限りです。

「歴文部」(仮)のバックストーリーを考える 2 背景を煮詰めてみた

「歴文部」(仮)のバックストーリーを考える 2
前回からの続き。
中二病設定をもっと発揮させて、背景や世界観を固めていきます。

さて、未来の日本が、歴史改変を阻止するために現代(平成時代)に組織を送りこんできた理由は前回までの話。ここではもう少し視野を広げてこれを全世界的規模にしてみます。過去に戻って歴史改変(または阻止)をしなければならない切迫した事態が未来で起こっているというのを今回は考えてみました。
まあ、人類補完計画とか惑星の地球衝突とか、そういう類の設定です。
こんなのはどうでしょうか。
過去への遡行方法(俗にタイムマシン)が発見されれば、人類は間違いなく、歴史の謎を解きたいと願い、有史以来の足跡をこの目にしたいと思うに違いない。「ピラミッドはどうやって作ったのか」とか「マヤ文明はなぜ滅びたのか」とか「チンギス・ハーンの墓はどこか」とか、それこそ小学生の「なぜなぜ大辞典」みたいな質問に答えるべく過去へ跳ぶことになるだろう。そして「モナリザに描かれた謎は何なのか」とか「シェークスピアは誰だったのか」とか「ケネディー大統領暗殺の真相」とかいったこれまで諸説入り乱れて論争した歴史ミステリーに今こそピリオドを打つ時だと、研究者たちの知的好奇心の名のもとにこれを利用することも考えるだろう。
何はともあれ、これらの事実は新たな歴史的・文化的発見となり、人類の進歩にも大いに役立つことになる。こうした過去・歴史に干渉しない「観察者」としてのタイムマシンの利用なら何の問題もないはずだ。
だが、ここに国家間の思惑が絡んだらどうなるだろうか。水面下で秘密裏に歴史への介入を行い、己が有利になるように改変を行おうとする国や民族は必ずや現れるはずである。
例えば「パレスチナ問題の切っ掛けとなったバルフォア宣言が書き換えられていた」とか「フセイン政権下のイラクで、なかったはずの大量破壊兵器が見つかって米国軍侵攻が正当化された」とか「第一次世界大戦の契機となったサラエボ事件が回避された」とか「メコン川流域開発で突然中国の優位性が示された歴史的文書が発見された」とか後々まで尾を引くような事件が、歴史改変によって修正されたら、一体どうなるだろう。中東やイスラエル、旧ソ連地域、アジア諸国などなど現代(未来まで)続く紛争地域で過去改変が行われたら、それこそ収拾の付かない事態を招くはずである。
北朝鮮が出来そこないのミサイルを発射するよりも、過去へ跳び、文書一枚、文言ひとこと、書き換える方が、よほど大きな歴史的影響力が発生するのだ。
「東海」のシールを貼る韓国人のような小さなことでも、将来的に大きな影響を与えるかもしれないのだから。(ここは過去記事で)
それでは、ここで設定を考えてみよう。
となれば、ここに過去改変に関する国際間の取り決めがなされるはずだ。過去遡行による歴史改変を禁じ、これを監視する国際的機関が作られ、国連的組織によってこの協定が結ばれることになるだろう。(こういう歴史改変モノでは必ず作られる設定である)
アイザック・アシモフの「永遠の終わり」では、通常の時間の流れと隔てられた「時場」の中から人類の歴史を監視し、時に矯正を行う時間管理機関『エターニティ(永遠)』という機関が出てくる。
ポール・アンダースンの「タイム・パトロール」では、過去に干渉して歴史を改変しようという時間犯罪が発生するようになったため、時間犯罪を防止し、歴史を正しい軌道に戻す機関『時間管理機構(タイム・パトロール)』が設定された。
恩田陸の「ねじの回転」では、過去に戻り歴史を修復してやり直す組織は「国際連合」が設立していて、作中では、確定担当官や日本の記録確定省などといった組織が設定されている。
谷川流の「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズには時間移動によってやって来た未来人・朝比奈みくるが登場する。彼女は時間の振動や断層を引き起こす力を有するハルヒを監視するために未来から派遣されたという設定。この未来の機関の名称や目的は詳しくは分からないが、おそらく上記に挙げたような組織であろう。

ということで、「歴文部」(仮)においても、国連時間管理機関を設定します。名称はアシモフにあやかって「永遠・エターニティ」にします。

さてさて、それによる監視だけでは面白くないので、もっと逼迫した事態を考えてみよう。
例えば、こういうのはどうだろう。
「永遠・エターニティ」が創設される前は、各国家、各民族による歴史改変が争うように行われたために、時系列がくずれ、どれが本当の史実か、改変されたものか分からないようになる。(いくつもの異説が生まれる)
それを糺すために、「永遠」は過去遡行方法が生み出された過去に戻り、過去改変されたものを修正していく作業を行うことになる。
そこで重要視されるのは、「歴史家」や「古文書解読者」となる。
「永遠」の役目は主に二つ。一つは過去改変を監視する「警察的」役目。(俗にいうタイムパトロール)
もうひとつが、歴史的事象を一つ一つ吟味し、審査し、確定して行く作業である「歴史考古学者」の役目だ。正しい歴史か改変・修正された歴史なのかを見定める「調査員」がその時代へ跳び調査する。(踏査すること)
「歴文部」(仮)の話はここを主要とします。
そして、この日本支部を「歴史・文化保護局」と設定します。
例えば、こういう感じ。
中国は唐の時代、日本にパンダを送ったという文書が発見し、当時の日本は中国の柵封体制下にあったと中国側が主張し始めた。(詳しくは過去記事で。アニメは日本文化を救えるか 第3回 ソフト・パワーの時代。中国がパンダなら、日本はアニメだ!)
それに対して日本の「歴史・文化保護局」がその時代に跳んで、その真偽のほどを確かめる。あるいは中国の未来人が書き換えた虚構古文書であるかを調査する。
別の話では、徳川家康は関ヶ原の戦いで撃たれて死亡したという説があれば、その時代に跳んで調査し、それは正史ではなく、「異説」(異巻・ことまき)であると確定する。歴史改変を繰り返しために、数多くの「異説・異巻」が生み出されたしまった。(「本能寺の変で信長は生き延びた」とか「写楽は北斎だった」とか)これらを正史と異説(異巻・ことまき)に仕分けし、確定していくのが「日本歴史・文化保護局」だ。(あるいはSF的に違う時間線で生まれたパラレルワールドとかにした方がいいかな?)
ただ、ここでもその隙を縫って中国・韓国・朝鮮の日本文化侵略があって(これが前回分の説明)、それを阻止するタイムパトロール的役をこなしながら、歴史考古学者的役目を負うという設定にしていきます。

さてさてさて、それでもまだ未来の設定が弱いと思う。もっと人類滅亡のような迫り来る危機があった方がいいだろう。
こういうのはどうだろう。
国家・民族間の改変競争によって、修正の修正またその修正と幾度も幾度も歴史改変を繰り返したために、歴史がストップする。つまり近い将来、「時間」が止まると予測された。
パソコンに例えると、CPUキャパオーバーでフリーズ状態、インストール(歴史改変)過剰のため、ハードディスクの領域不足・オーバーフロー状態。(歴史改正を糺す=アンインストールを行うことで、容量を増やす。)
時空が歪み、時系列が乱れ、あと数年後、「全停止」が予測された。(ここは曖昧。何か根拠が欲しい。例えば2038年問題とかいったものを組み込めたらいいんだけど)
それまでに歴史を糺し、元の歴史に戻さなければならない。
それがなされなければ人類は……、予測不能状態。
まさに人類滅亡、地球崩壊、危急存亡の危機だ、という設定にしてみましょうか。(この風呂敷の広げ方が、いかにも中二病設定ぽいですね)
年表にしてみると
2040年  過去遡行技術発見
2050年代 歴史改変激化
2060年  「永遠」設立 2040年に遡って歴史改変を糺す作業を行う。
       日本政府は、日本文化の危機を察知し、平成時代に「歴史文化保護局」を設置。
       (日本文化消滅の危機は2012年)
2070年  「全停止」予測

ということで、あくまでもこれは初期設定の概略。いい案が出たらその都度変えていきます。

続く。

新田義貞像は5月8日にお披露目!

平成24年4月30日 上毛新聞から。
義貞銅像 新聞

「義貞」待望の“帰還”・ 太田生品神社
地元有志らでつくる「新田義貞公銅像再建委員会」(滝沢弘一会長)が取り組んできた義貞の銅像が完成し、義貞挙兵の地とされる生品神社(太田市新田市野井町)で29日、関係者が見守る中で設置作業が行われた。“帰還”は一昨年2月に銅像が盗まれてから、2年2カ月ぶり。8日の鏑矢(かぶらや)祭でお披露目される。
 銅像は高さ約1・8メートル、重さ310キロのブロンズ製で、盗難に遭った像(高さ0・8メートル)の2倍強の大きさ。義貞の弟、脇屋義助の24代目子孫に当たる彫刻家、脇谷幸正さん(70)=千葉県野田市=が1年をかけて制作した。
 デザインは盗まれた銅像と同じ、鎌倉の稲村ケ崎に太刀を投げ入れる姿。脇谷さんは「新田のDNAを意識しながら、古武士のいかつい表情ではなく、源氏の貴公子、総大将としての姿を表現した」と言う。
 設置されたのは鳥居近くの神社南側駐車場の一角。白御影石製の欄干式の囲いの中に、赤御影石で作られた高さ1メートルの台座が設けてある。埼玉県三郷市の工房から運ばれてきた銅像は、クレーンでつり上げられ、鎌倉の方を向いて慎重に台座に取り付けられた。
 覆っていた白い布が取り除かれると、見守っていた再建委や神社の氏子ら関係者からは「いい表情をしている」「ようやく(義貞公が)戻って来られた」と声が上がり、盛んにカメラに収めた。
 滝沢会長は「感無量。多くの方々の協力で再建することができた」と感謝していた。総事業費は約1700万円。再建委には市内を中心に全国の約1100の個人・団体から寄付が寄せられた。盗難防止のため太い支柱で固定され、盗難防止のためのライトアップも行われる。

過去記事では、
義貞公の銅像再建に向け募金開始の続き。
義貞公の銅像再建に向け募金開始。しかし今は厳しいのでは……。
あたりです。詳しくはそちらを。

ということで、早速見に行ってきた。
新田義貞像 ブールシートお~、無常にもブルーシートが……。
生品神社 鏑矢祭 ポスターお披露目は新聞記事にあるように5月8日って書いてあるじゃん。つまり新田義貞挙兵の日、鏑矢祭の日だ。(当日行けない、5月9日に行く)
そのとき画像を載せます。

拾った画像
進研ゼミ 新田義貞進研ゼミの動画に、サラリーマン姿の「新田義貞と足利尊氏」を発見。


「激安」を煽るテレビにも責任はある

「関越道バス事故」について一言。
この事故の背景に業界の「格安」「激安」といった価格競争があるといい、観光バス業界が低コスト・過当競争化に陥ってその負担は運転手への過酷労働につながったと見られると、盛んにテレビの情報番組が伝えている。

これを聞いて、前に「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件のことについて書いたことを思い出した。これも激安を売りにして衛生管理を疎かにしたために起きた事件だった。その時の記事をそのまま載せてみる。(元記事「最近の事件から。「激安焼肉えびす」と「ラサール石井」と「ビンラディン殺害でお祭騒ぎをするアメリカ人」)

「激安」の裏には誰かが泣いている!
モノには適正価格というものがある。
原価があって、加工代があって、運送費があって、そこに人件費がかかる。そのほか電気代やら水道代やら事務所・工場の土地代などなどもろもろの費用が乗っかって、はじめてモノの「価格」というものが決まる。
だから極端に安いモノ、商品、サービスは、どこかでだれかがそれらの費用を無理に負担しているということである。
「激安」という名によって消費者は踊らされている一方で、その安くなっている部分は誰かが背負らされ泣いているということになるのだ。
原価を抑えるという名目でメーカーや生産者が「泣かされる」ということもある。また販売店が問屋や卸業者を「泣かして」安く買い叩くなんてこともある。あるいは運送費を抑えるということで運送業者を「泣かせる」ということもある。それに人件費削減ということで、社員やパートは必然的に少ない人員となり、そこで過酷な労働を強いられ(またはサービス残業という無給残業ということが発生)、結果、従業員が「泣かされる」ということになる。
だからマスコミでやたら「激安商品」や「激安店」なんて話題のものを見ると、「あ~これはどこかで泣かされている人がいるんだな」といつも思う。
「激安」というものが、実のところ経済全体からみればマイナス面も大きいということもよく理解しなければならない。よって、極端に安いものを利用する前には「何か怪しい」と一度疑ってかかるべきなのである。

この激安店をテレビの番組で紹介し、思い切り持ち上げていたことも書いた。(このテレビ番組を見てこの店に行った人も多かったという)
いつも思うのだが、この「激安」「格安」を煽っているのは誰であろうか。テレビをはじめとするマスコミではないのか。
夕方の報道番組(ほとんどニュースをやっていないのでただの情報番組と化しているが)では、「激安スーパー、タマゴ1パック1円」とか「格安旅館、一泊1000円」とか、ありえない値段のものを、大げさに煽り立てて放送する。
これが価格競争に拍車をかける一因になっているのだ。
旅行に関するものの「激安」パックといったものも頻繁に放送していたが、その同じ番組で、今回の事故を価格競争による人員削減(運転手一人にした)にあったとして結論付けて伝えている。おいおい、「激安」を扇動していた同じ口で、それを非難するのか。これは皮肉以外の何物でもない。

コスト削減(=格安価格の実現)で、真っ先に削られるのは衛生管理、安全管理だ。そのためには人員を削る、人件費のかかる正社員から、安くあがるアルバイトにその任を負わせる。責任の所在はあやふやになり、結果「安全」という消費者に対する最も大切な部分が切り詰められるのだ。
激安・格安競争を「善」のように喧伝し続ける「マスコミ」(とくにテレビ)にも、この事故の一因はあるのではないのか。
盛んに放送してた「激安航空パック」や「バカ安旅行パック」、「商品投げ売り店」とか大丈夫なのか。
事件・事故が起こって泣かされるのは、放送を見て飛びついた視聴者だなんてならないように、祈るしかないけど。
あの業界の人々にその責があるという自覚がない分、彼らの罪は重い、と思う。

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