スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

震災から半年。 不思議だと思った話。

物語を物語る

震災から半年。
不思議だと思った記事。
平成23年9月11日付 朝日新聞から。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201109100599.html?ref=comtop_middle_openからそのままコピペ。
当日の新聞では一面に載っていた。

「原発が爆発します」自衛官告げに来た 検証・住民避難
東日本大震災発生から4日目の3月14日午後9時40分すぎ。福島県南相馬市役所1階にいた江井(えねい)芳夫課長(56)は、正面入り口から入ってきた迷彩服姿の自衛官が発した言葉に驚いた。
 「原発が爆発します。退避してください」
 自衛官は階段を駆け上がり、各階で「100キロ以上離れて」と呼びかけた。
 25キロ南の東京電力福島第一原発では、12日午後3時36分に1号機で爆発が発生。約3時間後、政府は半径20キロ圏内に避難を指示した。南相馬市では1万4千人の避難が翌日までにほぼ終わったが、この日の午前11時1分、今度は3号機で爆発が起きていた。
 原発の状況は、放射能汚染は……。市は情報を集めようにも、地震と津波で通信網がやられ、外部とつながるのは災害用の衛星携帯電話一つだけ。県の災害対策本部からは情報がほとんど来なかった。
 駐車場の自衛隊車両は赤色灯を回し、内陸方面に向かっていく。職員たちは色を失った。
 7万人の市民をどうやって100キロ動かすのか。高野真至主査(41)は「防災無線で流せばとんでもないことになる」と思った。自衛隊がなぜ動いたのか、いまも分かっていない。
 情報は正しいのか。急いで県の災害対策本部に真偽を確かめた。「原発にそうした動きはない」と確認が取れたのは午後10時5分ごろ。その10分後、桜井勝延市長(55)も県から同じ回答を得た。市職員が説明のために避難所を回った。
 しかし、市民は目の前の光景を信じ、情報はメールや口づてで広がっていた。避難所を出ていく人が続出。石神第一小学校では、1100人の避難者が翌朝には800人に減った。
 ほかの自治体でも、情報の乏しさが混乱を生んでいた。
 南相馬市で自衛隊に動きが出始める少し前の14日午後9時ごろ。第一原発の西25キロにある葛尾村役場では、松本允秀(まさひで)村長(73)らがテレビを囲んで情報収集していた。電話はすでに使えなくなっていた。
 役場裏の浪江消防署葛尾出張所から消防職員が駆け込んできた。
 「消防無線で聞いたんですが……」。第一原発の南西約5キロにある指揮所・オフサイトセンターに撤退の動きがあるという。国や県、東電などの幹部が集まり、事故の制圧にあたっているはずだった。
 「我々で避難の判断をするしかない」。決断した松本村長は午後9時25分、防災無線で村民1500人に避難を指示した。
 オフサイトセンターは震災当日から機能を失っていた。停電したうえ非常用電源は故障。電源は12日午前1時ごろに復旧したが、屋内で使える電話は1台だけ。ファクスは使えなかった。14日午前11時すぎに内部の放射能汚染が分かり、15日に閉鎖した。
 もう一つの拠点、県の災害対策本部は、耐震性に難がある本庁舎を避け、隣の自治会館に置かれていた。初めは電話5台とファクス2台、防災無線2台だけ。ファクスは大量の送受信ですぐにパンクした。市町村に電話連絡しようにも、ままならない状態だった。
 情報伝達と対応の拠点となるべき二つの拠点が機能を失い、市町村は孤立していた。15日朝、第一原発2、4号機で相次ぎ爆発が発生。政府は午前11時、半径20~30キロ圏内に屋内退避を指示した。原発の状況がつかめない中、市町村は判断を迫られた。=肩書は一部当時

実に不思議な話だ。
「原発が爆発します」と告げに来た自衛官、今もってどの部隊のどの隊員か分かっていないという。
自衛隊という組織の中で単独行動ができるとも思えないし、まして被災地の混乱に拍車のかかるようなことを個人判断で自衛隊員がするとも思えない。
では上からの命令? でもそんな司令も出てないようだ。(厳格さを求められる組織の中で勝手な行動は許されるはずもない)
TBSの「朝ズバ」でもこれを取り上げ、これが自衛官であれば調査すれば分かるはずだ、それが分からないのだから自衛隊を装った人が行ったのではないか、と解説していた。
もし、そうだとしてもなぜそんな手の込んだことをするのか?
あの状況下で自衛隊の真似をして何の意味があるのか?
それに、内部事情に詳しく、これから起こる原発の爆発という事実を知っている人など、この時点でいたのか?
どれにも合致する人はいないのだ。
まさしく、「謎の人物」だ。

では3月14日の福島第一原子力発電所の状況はといえば、以下の通り。Wikipedia「福島第一原子力発電所事故の経緯

13時25分、それまで安定していた2号機でも原子炉内部に冷却水を送り込むことができなくなったため、「冷却機能喪失」として原子力災害対策特別措置法第15条に基づく特定事象の通報を行った。これにより2号機の原子炉の水位が下がったため、
16時34分より海水の注水による冷却が開始された。
19時45分、2号機の冷却水が大幅に減少し、燃料棒がすべて露出した。14日夕方より海水注入を行っていたが、ポンプの燃料が切れて注入できなくなっていた。東京電力は20時頃から再び海水注入を開始し、次第に水位は回復した。
21時37分、福島第一原発の正門付近でこれまでの最高となる3.130ミリシーベルト/時の放射線を観測。
22時7分、福島第一原発の10km南に設置されていた放射能のモニタリングポストで、通常の260倍にあたる9.6マイクロシーベルト/時の放射線量が観測された。
23時39分、2号機の「原子炉格納容器圧力異常上昇」により、原子力災害対策特別措置法第15条に基づく特定事象の通報を行った

自衛官が避難を告げに来た時刻が午後9時40分すぎで、原発付近で放射能が観測されたのが9時37分、10km付近で観測された時間が10時7分。
つまりこの自衛官は、原発が爆発するという情報をどこで知ったのか。原発内部情報に詳しいお偉いさんなら動けるはずもなく、すぐに南相馬へと行けるという状態でもないだろう。(しかもなぜ南相馬市役所だけ?)

しかも翌日(この数時間後)の3月15日に、原発の爆発・火災があって、放射能は関東全域に振りまかれることになる。
そうこの日にあの出来事が起こった。
まるでこの人物が未来を予測したかのように……。

もし近い将来タイムマシンができたら、何に使うだろうか。
本能寺の変の真相を見てみたい、写楽が誰なのか知りたい、邪馬台国はどこだったのか確かめたい……。
でも、被災地の子孫がタイムマシンに乗ることができたらどうだろう。
平成23年の3月の東北へ行って、少しでも被災された人を助けたいと思うのではないか。(あるいは特定の誰かを)
SFチックな話だが、そうでもなければ説明がつかない。
原発が爆発します、と事実を告げに来た自衛官、あたたはだれですか?
そして私に教えてほしい。
これから被災地はどうなるのか、日本はどうなるのかを
……。

すいません、妄想が過ぎました。
ハルヒやマギカやシュタゲやらを見過ぎたようです。

でも、あなたが未来から来た人なら、
一言言って欲しいんですよ。
大丈夫だ、問題ない」と……。     
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2011年09月 13日 (火)
  ├ カテゴリー
  |  └ 時事ネタ
  └ 震災から半年。 不思議だと思った話。
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。