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「銀魂」考 第3回鎮魂とカーニバル その3 「桜は死と再生の樹」と「国ほめ」

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「銀魂」考 第3回鎮魂とカーニバル その3 「桜は死と再生の樹」と「国ほめ」

「銀魂」考 第3回 鎮魂とカーニバル その2 「銀魂」は「カーニバル」と「ええじゃないか」だぁ、だぁ、だあ! からの続き。(少し追記しました)

歌舞伎にあれほど桜の場面が多いということの納得がいきますね。
つまり、歌舞伎そのもの農村から都市への乱入だったわけですね。文字通り「かぶいた」わけです。秩序を傾けてしまった。そういう由来と桜の連想は、のちの歌舞伎にもどこか残っていたかもしれませんね。
そうとにかく、いい場面になると、必ず爛漫と花が咲くという、実にたわいもないしかけになっているんだな。
ほんと、あれはちょっと興奮させられますね。「道明寺」「義経千本桜」から桜を抜くと、すいぶん変なものですよ。
そうそう、とにかく理屈抜きに楽しい。どうもとことどころ「こんなところで桜が咲いていいのかな」と思うときがあるんだけれども、それはちらっと思うだけのことで、すぐにいい気持ちになってしまう。そういうのが歌舞伎の桜ですね。
(丸谷才一・山崎正和「見わたせば柳さくら」から。)


銀魂 生と死の桜(映画版に登場する桜)
アニメ「銀魂」では「桜」がよく描かれる。
これが実に象徴的で、OPやED、本編中においても、桜の花びらが舞うシーンは異様に多い。
銀魂 桜舞う(エンディング曲「sanagi」から)
桜の樹そのものよりも、登場人物にかぶさるように桜の花びらが舞い散るという使われ方の方が多い。
次郎長 桜(画像は若き日の次郎長)
これには意味があるはずだ。単純に、日本=桜といった単純な発想というわけではないだろう。
思うに、桜には「死と再生の樹」という意味があるからに違いない。
「見わたせば柳さくら」からいくつか引いてみよう。(以下、引用部分はこの本から)

「桜というものと人間の死のイメージとは、ひじょうに古くから結びついています。……だから桜の花が散るということと人間の死というのは、古くからイメージの上で結び付いていたようです。」
「(桜について)詩人は美しいものに死を読み取り、その美しいものの死の中に農民たちは逆に再生のエネルギーを読み取った。」
「桜の花は極端にはかなく散っては咲き変わる。つまり松はいつも変わらないということで、一方、桜は咲いて、散って、再生するということで、両者は時間の中で永遠をとらえる」


生と死のイメージとしての「桜」
銀時と桜の花びら 1(オープニング曲「桃源郷エイリアン」から)
だから、銀さんに桜の花びらが舞うというイメージのシーンは多い。(そしてあの「塔」も。これは次回で)

また、桜には再生のイメージもある。

つまりあれは舞台装置なんですね。そこに人間がいたり、何かお祭りがあったりする世界。桜というのは「世界」をつくる植物なんですよ。ですから、まさに歌舞伎の舞台装置にうってつけであるし、同時に現実の花は、人間の花見の舞台でなくてはならないんでょうね。

田楽は狂うんですね。江戸初期の「かぶき」踊りもそうかもしれない。どうも私は、田楽や「かぶき」踊りと花見というのはうんと深いところで共通性があるような気がします。
田楽狂い、「かぶき」狂いというのは歴史の中の一回的な事件でしたけれど、花は毎年人を狂わしてくれる。
だから、やはり桜の花見というのは、日本人にとってのカーニバルの代表だと思います。


したがって、「銀魂」には「花見」というシーンは多い。(特にOPやED)
銀魂 酒と桜とおにぎり(OP曲「アナタMAGIC」から)「酒と桜とおにぎり」とはまさに日本的。おにぎりは日本人にとっての「魂」ですよね。過去記事「「こめ」「弁当」「おにぎり」で「文化防衛論」、その続編「「サマーウォーズ」と「エヴァ」と「コボちゃん」
銀魂 酒と銀さんと土方(お花見の回、総集編やジャンプフェスタなどで何回も使われた。)

……つまり並木の下に人が集まってワイワイやる、その雰囲気全体が、江戸の花っていう感じなんですね。歌舞伎の舞台というとやはり群がった桜の花が出てきますけれども、あの賑やかな感じは江戸そのものですよ。

「火事と喧嘩は江戸の華」っていうんだけれど、つまり、あれは別の見方ができるんでね。火事と喧嘩というのは、文字とおり江戸の桜なんです。どちらも血を流したり、ものを灰にしたりしますよね。そこから雄々しく蘇っているんですよ。


「銀魂」世界での花見のケンカはピコピコハンマーですが……。
銀魂 定春と土方

銀魂 花見とケンカ

歌舞伎というのは、いったいにゴチャゴチャした美なんですね。すっきりした美なら、お能に任せておけばいいのであって、歌舞伎というのは賑やかにいろいろなものが乱雑にゴチャゴチャしている。

銀魂見て思うのは、これは現代の「歌舞伎」なんじゃないかとうことだ。
花見 錦絵
歌舞伎もいまや日本の伝統芸能として高く持ち上げてられているが、江戸時代はまさに庶民が楽しむ大衆文化だったわけだから。(今の歌舞伎の地位があるのは井上馨のおかげなんだから、少しは彼を顕彰した方がいい。過去記事)

そして、桜は「大和魂」を意味するが、これは第5回で。

さて、もうひとつ、「国ほめ」だ。
丸谷才一の「忠臣蔵とは何か」から。(資料編にもあるが、要約は面倒なので、そのままここにも引用した。)

地理への関心ないし国ほめの要素がある。これは一方では、すこし前から盛んになった東西交流のあらわれであり、他方では、王朝和歌の歌枕や古代の国見にまでさかのぼることのできるものだが、丸本歌舞伎時代物は諸国名所を舞台にすることを好んだ。たとえば『義経千本桜』では、大物浦にもその気配はあるけれど、吉野山が典型的にそうだった。「吉野の花の爛漫と、吹雪にまがふ山おろし」に、もうひとつ、狐火などというしゃれたおまけまでつけてもらって、観客は居ながらにして名所見物を楽しみながら、国土を賛美したのである。この国ほめにはもちろん呪術的な意味合いがあって、古代人の場合ほど単純ではなかったにしても、賛美された国土は豊饒と安穏をもってお返ししてくれるはずだと心のどこかで期待していたにちがいない。地理に対する知的な関心や観光趣味の底で、古代信仰の名残りが脈打っていたのである。


歳時記性という要素がある。これも至って分かりやすい。例えば『義経千本桜』、伏見稲荷鳥居前の場で、梅が咲いている。下市村椎の木の場は秋で、いがみの権太が木の実を拾うコツを教える。吉野山道行の場と川連法眼館の場は春で、芝居小屋のなかで豪勢な花見酒である。四季の移り変わりで情趣を出すという狙いもあるが、俳諧の場合でも季語を支えているのは、四季の正しい循環とそれによる五穀豊穣を祈る心だった。丸本歌舞伎時代物に同じ信仰がはたらいていることは念を押すまでもない。

(「忠臣蔵」の説明から)足かけ三年にわたる出来事なのに、陽春にはじまり早春に終わり、結末は発端にきれいにつづいて、季節は円環を形づくるのである。これが人々の心に与えた不思議な感銘は、やはり見逃してはなるまい。
(仮名手本忠臣蔵は)そこでは、御殿から陋屋まで、遊所から高家の邸の炭部屋まで、征夷大将軍の弟から盗賊まで、足軽から大名の夫人までという構図によって、社会全貌が示させる。南北朝時代は江戸時代とそっくりな身近なものとなり、その異様な混淆は、年号のある歴史ではなく歴史一般を差し出す。舅殺しかもしれない猟師は忠義な武士であり、遊女は猟師の妻であり、もっとさかのぼれば武士の恋人である腰元だった。しかも、大星由良之助の向こうには大石内蔵助が透けて見え、顔世御前の面輪はまるで瑶泉院の色っぽい妹だという、事実と虚構との二重構造によって、「実は――」はいっそう込み入ってくる。大名と浪人の切腹は社会の礼法を保證し、長く長くつづく焼香の手本となるだろう。鎌倉、東海道、山崎街道、祇園、山科は日本の地誌を代表し、道行の桜と菜の花、水無月の鉄砲雨、討ち入りの雪は、この風土の暦の全体を暗示する。このような秩序のなかでこそ、巧妙に秘匿された御霊神(歌舞伎役者たちは今でも塩谷判官のことを「判官様」と呼ぶ。ちょうど「東海道四谷怪談」のお岩を「お岩様」と呼ぶように。これは明らかに御霊神への畏怖の名残りである)は天下をおびやかし、それを慰撫しようとして四十七人の浪人は画策し、供物としての首は見事に献げられ、そして茶を飲んだり、弁当を使ったりしながらゆるゆると見物していた人々は、物騒な祭儀がとどこおりなく終わったことを喜んで、一種晴れやかな祝意を表しながら、この興行は四十七人の怨魂を鎮める祭だから彼らが自分にたたることはまずなかろうと、意識下の仄暗いところで楽観することができた。「仮名手本忠臣蔵」はそういうそれまでの演劇の集大成でありながら、しかも呪術性があらわではないという点でも、当時としてはまったく新しい形、未来に向けて用意された宗教劇であった。
(中略)
この事件それ自体が、芝居ごころのふんだんにある祭祀、式次第にきちんとのっとった大がかりな祭典劇であるということを漠然と感知している……。

四季豊かな日本を描くことは、「国ほめ」につながる。これは読んでいてなるほどと深く感心した。
実はこの「国ほめ」がアニメ「銀魂」にもよく表れている。
アニメ「銀魂」を見て感じることは、春夏秋冬の四季が実に良く描かれていることが分かる。
「なに、そんなのサザエさんやちびまる子だってそうじゃないか」と言うだろう。
そうだ。確かにそこにも日本の四季や季節の行事が随所に描かれている。(「サザエさん」には日本各地の名所を紹介するようなOPもある)
参考

そう、これが「国ほめ」ということなのだろう。
だからこそ、国民的アニメと言われるのだ。日本人があれを見て和むのは、そこに日本という国を称える「国ほめ」という要素が多分にあるからだ。

歳時記性という要素が……豪勢な花見酒である。四季の移り変わりで情趣を出すという狙いもあるが、俳諧の場合でも季語を支えているのは、四季の正しい循環とそれによる五穀豊穣を祈る心だった。

日本人の好きなものは、雪・月・花でしょう。花と月は待つものです。みな共通性がある。とにかくうつろいやすく消えやすい。

銀魂・秋(ED曲「I、愛、会い」から)秋・鮮やかな紅葉。銀魂ではこの紅葉もよく描かれる。

銀魂・夏(ED曲「This world is yours」から)夏になると浜辺がよく描かれる。

銀魂 雪(ED曲「雪のツバサ」から)冬になると雪が舞う美しい場面が多く描かれる。

銀魂 沖田と月と刀とすすき(ED曲「SIGNAL」から)「沖田と月と刀とすすき」。月を愛でる日本人、このアニメには「月」が印象的に使われる。(高杉の「今日は、でけぇ月が出てるな」とか、OP・EDの巨大な月とか)
銀魂 こたつ
本編で良く使われるコタツの場面。お茶にミカンにちゃんちゃんこ……、実に日本的。

まあこれらは一例。全編を通じて表現される「日本」の四季、風景。
春になれば春の景色を、夏になれば夏の風物を、秋になれば秋の風景を、冬になれば雪景を、それぞれの季節に合わせて描いていく。まさに「サザエさん的国ほめ」なんですよ。
こういう細かいことをするギャクアニメって他にあるのだろうか。ここはもっと褒められてもいいと思う。


さてさて、第3回 鎮魂とカーニバルのまとめ。
ここまで、「慰霊」、「悲劇の死者」、「カーニバル」、「祭り」、「桜」、「国ほめ」……、これらのことを書き連ねてきましたが、これらはすべて、「鎮魂」ということを説明しているのです。
なぜ「鎮魂」なのか。
そう、今年、あの震災があったからだ。
その失われた魂を鎮める「祭り」が、いま東北を中心に全国各地で行われている。
日本人の魂の源である「祭り」を行うことが、いま必要なのだと感知しているからに他ならない。
過去記事「いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!

「日本人の花見は、外側から眺めるだけでなく、花の下に入って酒を飲んだり、踊ったりするするところの特徴がある。この習慣は、ウメやサクラの花の下に入ることによって、花の精気を全身で受けとめ、自分の生命力を補強するという古代以来の自然信仰のあらわれと思われる。
本来は風流の催しではなく、物忌み祓いのため、家を空けて集団で花見をしたり山遊びをするという、古代の信仰行事であった。」
「柳田国男は、死者の霊魂を慰める祀りの場所が桜の花であり、花見というのは死者の祭りをすることだった。折口信夫は、「花」というのは桜の花も基本的に先触れである、何かが出て来る、そこから稲が実る、その花は稲の豊作を予言してくれる花だった」


なぜ、「桜」を愛でるのか、そこには鎮魂と安寧を願う心があり、自然を敬意する気持ちがあるからだだろう。
だからこそ「花見」に行って死者の霊魂を慰めるために祈り、復興を願う、こういうことが行われるべきなのだ。(これは「花火大会」や「祭り」や「伝統的行事」も同様)

少し横道にそれました。
言いたいのは、桜の樹や祭り(カーニバル)には「死と再生」の意味があるということです。
銀魂 花見2


まだまだ続きます。

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