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「デマ、噂の真相」 その2  徳川埋蔵金の話

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前回が「キムタク」の話で、今回は徳川埋蔵金の話です。

この記事は「デマ、噂の真相」の2回目となります。
なぜ今頃「徳川埋蔵金」?と言われれば、歴史ミステリー小説「東毛奇談」が「第6章徳川埋蔵金のこと」の掲載に差し掛かったからです。
さて、早速、話を進めましょう。

では徳川埋蔵金とは、どんなものなんでしょうか?簡単に説明すれば、「時代は幕末、徳川幕府の再建を目的に、小栗上野介が江戸城にあった御用金を運び出し、赤城山山中に埋めた。これが現在も発見されずに山中に残っているといわれる」となるでしょうか。
これをネタにTBSテレビがやたらと放送してましたね。
で、私はここで、「徳川埋蔵金は作られた伝説であり、その噂やデマは故意に流されたのである」と、まず宣言しておきましょう。
それは「徳川埋蔵金伝説」の根拠は勝海舟がいったこと発端にしていますが、これが嘘くさい話なんですよ。
あらましはこうです。「1867年4月11日江戸城は無血開城をした。官軍は江戸城に乗り込むと、城内の御金蔵に行って、鍵をこじ開けた。しかし、そこには千両箱はおろか小判が一枚も無かった。そこで官軍側は、応対に出た勝海舟を問い詰めた。『まさか、御金蔵は空で通そうというお考えではあるまいな。さような馬鹿げたことが通用するはずがない。さあ、中にあったものをどこへやったか、返答をいただきたい』と詰め寄った。このとき官軍は金がなくて、幕府の御用金を当てにしていたんです。
そして、勝海舟は『さて、それがしもないとは思わぬが、金の事は一切、勘定奉行の小栗上野介殿が取り仕切っておられたので、小栗殿に聞かれよ』と答えた」

でもこれって、とてもおかしなことなんですよ。だって、このときすでに小栗は殺されていたんですから。
誰も、この点を指摘してません。本当です。埋蔵金があると信じている人も幕末研究家も、ここを不審とも思っていない。不思議なことですが……。
そう、小栗上野介が捕縛されたのが4月5日で、その翌日の4月6日には斬首されているんですよ。江戸城開城の5日前です。いくら通信手段がないとはいえ、こんなことってあるのでしょうか。小栗は官軍と戦おうと主張した危険人物で、幕府の高官ですよ。幕府からも官軍からも見張りがついていた。だれも知らないはずはない。

それなのに、勝海舟は、金の行方は死んだ人に聞けと言ったことになる。
いやこのとき、小栗が殺されたことは知らなかったんでそんな返答をしたんだ、という人もいるでしょう。だとしても、勝の言動はとても不可解なんです。
小栗上野介が江戸城を去ったのが2月28日。(伝説ではこのとき江戸城の御用金を持ちだしたことになっている)   勝海舟と官軍との金の行方のやりとりが行われるまでの1か月半の間、幕府に金が無くて、誰も気づかなかったということはあり得ないのではないか。
しかも、勝は金銭感覚に優れた人物であり、明治維新後は旧幕府の金庫番のような役目をしていた。「勝のところに行けば、金はどうにかなる」と旧幕臣に言われていたほどだった。そんな勝が、「御金蔵に金がない」なんてこと知らないわけがない。

幕末の情勢はこの時点では、どうなるか予測もつかない逼迫した状態。官軍と箱根で戦争となるか、それとも将軍とともに日光移って戦うか、また、一時的にでも官軍と和睦して反撃の機会を待つか、と策はいろいろあった。でも何をするにも金はいるのである。心情としては手元に金を持っていたいはず。山の奥深くに埋めて、どこに埋めたか分らなくなるなんていう愚策など決して行わないはずだ。

もし仮に、小栗が密命を受けて御用金を隠したとなれば、その在り処は幕府が知らなければ、もっとおかしいなことになる。それに小栗の方も幕命を行うのに、隠す場所を伝えないはずはない。彼は優秀な官吏であった。出来る男である。その小栗がそんな簡単なミスを犯すはずがない。だから、小栗は埋蔵金なぞに関わっていないはずだ。
多くの埋蔵金の伝説は、金や黄金を隠した人物や一族が滅んだために生まれるのである。徳川幕府は滅んだが、徳川慶喜は生きているし、徳川家が滅んだわけでもない。勝をはじめ多くの幕臣も残っているのである。そして、6万人もいた旧幕臣が、明治維新後も大きな反乱も起こさなかったことを見れば、無くなったと言われた御用金の行方も自ずと分かるものでしょう。

では、なぜこんな埋蔵金伝説が広まったのか。

それは、手元に金を残したい。でも金があるとなれば官軍に取られる。ではどうするか?そう、だれかが、持ち出して、その行方が分からないとすれば、金は幕府側に残る。そう、御用金は一時的に隠されたのだ。
それを指揮したのが勝海舟である。

で、場所は……。
その、行方は?  誰が協力した?  どうしてそこに、新田一族が?

と、これが「東毛奇談」第6章のストーリーとなるんです。まあ詳しくはそれを読んでもらうとして。
では、どのように、埋蔵金伝説が広まっていったのかは、
次回に続きます。

追記  「デマと噂の真相」は3回と書きましたが、この分だと4回になりそうです。
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