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「銀魂」考 第5回 滅びゆくサムライの物語

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「銀魂」考 第5回 滅びゆくサムライの物語

映画版「新訳紅桜編」、TV版では61話に、高杉と桂の対話がある。
桂と高杉

高杉、俺はお前が嫌いだ、昔も今も。だが仲間だと思っている、昔も今も。
いつから違った、俺たちの道は?

フン、何を言ってやがる。確かに、俺たちは始まりは同じだったかも知れない。だがあの頃から俺たちは同じ場所など見ちゃいねぇ。どいつもこいつも好き勝手てんでバラバラな方角を見て生きていたじゃねぇか。俺はあの頃と何も変わちゃいねぇ。俺の見ているものはあの頃から変わゃいねぇ。俺は……。
ズラ(桂)、俺はなぁ、仲間のためだ、国のためだと言って剣を取った時も、そんなものどうでも良かったのさ。考えてもみろ、その握った剣、そいつを俺たちに教えてくれたのは誰だ。俺たちに武士の道を、生きるすべを教えてくれたのは誰だ。俺たちに生きる世界を与えてくれたのは、紛れもない、松陽先生だ。
なのに、この世界は俺たちからあの人を奪った。だったら、俺たちはこの世界にケンカを売るしかあるめぇ。あの人を奪ったこの世界をぶっ潰すしかあるめぇよ。
なあ、ズラ、この世界で何を思って生きる。俺たちから先生を奪った世界をどうして享受し、のうのうと生きていける。俺はそいつが腹立しくてならねぇ!


高杉晋助高杉晋助は高杉晋作を基にしている。このマンガ・アニメにおいてかなり登場回数は少ないが、「俺はただ壊すだけだ。この腐った世界を」というセリフとともに、その存在感は群を抜いていて強烈な印象を残している。
さて、史実において、もし高杉晋作がもう少し長生きをしていたら、日本の歴史はどうなっていただろうか。
彼の持つ勇猛さ、凶猛さは、明治維新が成ったときに浮いた存在となっていたのではなかったか。
そう考えると、このアニメの高杉晋介という人物造形や桂との関係は非常に面白い。
多分、高杉晋作が明治維新まで生き延びていたなら、桂小五郎(木戸孝允)と対立したのではないか。
西郷隆盛と大久保利通が明治政府内で対立をしたような構図になったはずである。サムライ肌の西郷が高杉、実務家な大久保が木戸というように。そして西南戦争の西郷のように高杉も士族の不満分子に担がれて兵を挙げ、その一方で政府中枢にあって鎮圧兵を差し向けなければならなかった大久保のような立場に桂・木戸は立たなければならなかったのではないか、と思う。
まさに「初めの志は同じはずったのに……」という心境とともに。
そういう想像を巡らせながら「銀魂」を見ると非常に面白いのだ。(特に攘夷戦争)

そして、上記の高杉晋介のセリフに桂小太郎はこう答える。

高杉、俺とて何度この世界を更地に変えてやろうと思ったか知れぬ。だがあいつ(銀時)がそれに耐えているのに、奴が一番この世界を憎んでいるのに…俺たちに何ができる。
俺にはこの国は壊せん。壊すにはここには大事なものが出来過ぎた。
今のお前は抜いた刃を収める期を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。
この国が気に食わんのなら、壊せばいい。だが、江戸に住まう人々ごと壊しかねん貴様のやり方は黙ってみておれぬ。他に方法があるはずだ。犠牲を出さずとも、変えられる方法が、松陽先生もきっと……。


桂小太郎 桜音
ほんとよく出来てますね。これは桂小五郎・木戸孝允の心情をよく表していると思います。
下らないギャグアニメだとバカにしていはいけませんよ。NHKの「歴史秘話ヒストリア」よりもよほど、桂小五郎・木戸孝允のことを分かっていると思う。(資料編 第22回  桂小五郎のカッコいいところをどんどん書いていく! で。)
桂小五郎は生き延び明治維新を成し遂げた。そして、国づくりをし、後世に残る事蹟を数多くした。(過小評価され過ぎだ。もう龍馬はいいよ)
アニメの桂のセリフにあるように「俺にはこの国は壊せん。壊すにはここには大事なものが出来過ぎた。」というのは生き延びた彼の心情を表したセリフだと思う。
その桂・木戸は、政府のため、日本のために尽力しながらも、フト思ったのだ。このまま、サムライが滅びれば、サムライの魂までが滅びる、そして日本の大和魂が失なわれれば、欧米にその精神は蚕食される。これでは「国」は滅びる。そう、木戸は考えるようになったのだ。
この辺りは、資料編の
第23回  木戸孝允のいいところをどんどん書いていく、その1
第24回  木戸孝允のいいところをどんどん書いていく その2
第25回  木戸孝允のいいところをどんどん書いていく その3。 木戸孝允・桂小五郎は本物の「憂国の士」であり、紛う方なき真の「サムライ」なのだ。
にまとめてあります。(とくに第25回)

さて、この「銀魂」においてのキーパーソンは、銀時や桂や高杉の師匠となる「松陽先生」だろう。
松陽先生は、史実での「吉田松陰」となる。
「紅桜編」や「ED曲」でよく登場する「教本」は実に印象的な道具立てとなっていて、桂や高杉は肌身離さず手にしていることによってかつての同志だったというディテールが描かれている。(こういう小道具の使った細かい演出上手い)
銀魂 留魂録
これは、吉田松陰の松陰が処刑される前日に書いたのが「留魂録」を思い起こさせる。
桂小五郎は吉田松陰の遺書「留魂録」を手許におき、江戸在府中の知友に回覧させていたという史実もあって、銀魂の中でこの教本が出てくると、思わず胸が熱くなる。
吉田松陰「留魂録」

詳しくは資料編の
第1回  吉田松陰の母・滝も偉かった。前篇
第2回  吉田松陰の母・滝も偉かった 後篇。 
第3回  吉田松陰の魂はどこへ
で。(特に斬首された吉田松陰の遺体を引き取る桂たちの場面は何度読んでも涙が出てしまう)
この魂の叫びは、松下村塾の門下生の高杉晋作や、松陰を師とした桂小五郎らに受け継がれたのだ。
吉田松陰の高山彦九郎的「狂」の部分を高杉晋作が受け継ぎ、冷静な「思想者」「教育者」の部分を桂小五郎が受け継いだように思える。
史実の高杉と桂はまさに松陰の「動」と「静」を分け合うように受け継いだ。そういうことを踏まえて、アニメ「銀魂」を見れば、高杉と桂の対立関係はよく出来ているのだ。
そして過去に「この国を食いつくす天人ら」と戦う「攘夷戦争」にともに参加しているという背景がある。
1攘夷戦争
銀魂ではまだ間接的にしか描かれていない「攘夷戦争」。こうした背景とともに、登場人物にその重荷を背負わせている(カセ)があるからこそ、このアニメは深みがあるのだ。いくら猥雑で馬鹿馬鹿しいアニメでも、何か特別な感情が湧いてしまうのは、この点にあるといってもいい。

さてさて、そんな松陽先生こと松陰の魂が受け継がれた「サムライ」は、銀魂世界ではどう描かれているのか。
アニメ105話・「真選組動乱編」、銀時を追い詰めた河上万斉のセリフから。

白夜叉(銀時の攘夷戦争時代の名前)、貴様は何がために戦う。何がために命をかける。もはや「サムライ」の世界の崩壊は免れぬ。(高杉)晋助が手を出さなくとも、やがてこの国は腐り落ちる。おぬしが一人あがいた所で変わりはせぬ。この国を護る価値などもはやない。天人に食い尽くされ、醜く腐り落ちるこの国に引導を渡してやるのが「サムライ」の努め。この国は腹を斬らねばならぬ。
坂田銀時、貴様は亡霊でござる。かつてこの国を護ろうと晋助とともに戦った思い、それを捨てられず、妄執し、囚われ、生きた亡霊だ。お主の護るべきものなどありはしない。


過去の銀魂考の第1回や第2回でも見たように、「サムライ」とは時代の遺物であり、消えていく運命にあるということが示されている。
明治時代初頭から木戸孝允はすでに、和魂洋才という名のもとに西洋から様々なものを積極的に取り入れてきた日本が、それと同時にその根本となるべき和魂は捨て去られてしまっているのはないか、滅びゆく「サムライ」とともにその「魂」が失われていくのではないかと、危惧していたのだ。
そう、つまり現代の日本と同じなのだ。このあたりは過去記事で。
銀魂世界では「塔・ターミナル」が日本を支配しているのを象徴的に描いているが、現実の日本も同じような状況なのではないのかということ。(精神的に)
それに抗うような形で描かれるのが「サムライ」であり、これは坂田銀時や、桂小太郎や、真選組の土方や近藤らであるのだ。
それら登場人物が活躍するのが、物語「銀魂」であって、これが歴史上の人物たちへのレクイエム・鎮魂劇となっているのだ。

その中でも、史実の桂小五郎は「おくりびと」的役割を果たしている。
高杉の死を聞いて、「国家の一大不幸」「悲嘆に堪へ申さず候。」と手紙に綴ったり、中島三郎助父子の戦死を知らされると盃をおいて嘆息しその夜は酒を口にしなかったり、大村益二郎が死んだという報をきいたときは、悲嘆のあまり声も出なかった、などなど維新以後の木戸は死んだ友人知己の上に思いをはせることが多く、「夜坐して亡友を思ふ」と題する詩を書いたりもしている。友人・知人・恩師・戦友を次々と失い、その度に嘆き悲しむ。桂・木戸の人生はその連続だった。
残された者としての責務を果たしているのか、大切なものを捨て去っているのはないのか、そう、自ら問いかけているようであった。
だからこそ後に、靖国神社設立に尽力するのはこうした背景がある。(右も左も、あそこを政争の具にしてはいけません。木戸の純粋な精神に立ち返ろうよ)
靖国 桜

アニメ42話・神楽が父・星海坊主に宛てた手紙で「サムライ」をこう評している。

私はいま「サムライ」という不思議な連中の住む「エド」という町に住んでいます。
彼らは本当に不思議な生き物です。普段はみんな弱くって、しょぼくって、ダメ野郎ばかりなのに、いざという時は「武士道」という信念で自分をたたき上げ、絶対に折れない屈強な精神になるのです。
夜兎も人間も変わりません。みんな自分と戦っています。ここでなら自分は変われる気がします。きっと自分に負けない自分になれると思うのです……。

武士道とは日本人が持っている大和魂であると詳しく書いたのは新渡戸稲造だった。
武士道については、資料編第28回 新渡戸稲造「武士道」の後半部分から でまとめてあります。
ここではその一文を引いてみましょう。

このように美しくはかない花が、風の思うがままに吹き散らされ、一時芳しい香りを放ちながら、今にも永遠に姿を消そうとしている。大和魂もこの花のようになるのだろうか。日本人の魂とは、それほどか弱く消えてしまう運命にあるのだろうか。
(中略)
武士道を象徴する花と同じく、四方に吹き散らされてしまってからも、その香りは残り、人々の生活を豊かにする。はるかに時が流れて、そのしきたりは失われ、名前すら忘れ去られてしまったついても「路傍より彼方を見やれば」、遠くどこか見えない丘からその香りが漂ってくることだろう。

とあるように、サムライの魂、大和魂の象徴である「桜」。
木戸孝允は戦没者への慰霊の祭儀のために靖国神社(招魂社)の建立に携わり、そこに桜を植えた意味はとても深いのだ。
靖国神社 木戸
だから、「銀魂」考 第3回鎮魂とカーニバル その3 「桜は死と再生の樹」と「国ほめ」のときに書いたように、アニメ「銀魂」では異様なほど桜の描写が多いのもうなずける。

新渡戸稲造の「武士道」の最後に、ある詩人の言葉を引用している。
「いづこか知らねど、近くよりかかぐわしき香り、
快きその香気に旅人は
立ち止り、その額に、大気の祝福を受ける。」
サムライの消滅とともに「武士道」は失われつつあるが、日本人が桜を愛するように、その魂までは失うことはない、ということか。
銀時と桜(125話、桜の樹を見上げる銀さん)
こんなシーンもある。花見をしながら酒を呑む銀さんの杯に「桜の花びら」が。
桜の花びら
たぶん、この桜の花とともに酒を飲んだことでしょう。
何しろ、彼は日本人の魂「大和魂」を受け継いだ「サムライ」なのだから……。

まだまだ続きます。
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ランキングからやって来た者です。

銀魂が好きなのですが、今までと違った見方ができそうな気がしました。

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消えた二十二巻

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