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資料編29回目 「復興と桜と継承」 新聞から切り抜き

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資料編29回目 「復興と桜と継承」 新聞から切り抜き

読売新聞 平成23年10月30日付け

「津波ここまで来た」桜ライン計画 岩手沿岸に1万7000本

東日本大震災の被災地で、津波の恐ろしさを後世に伝えようと、津波が到着した地点に桜を植樹したり、石碑を建立したりする計画が進められている。岩手県では、沿岸部に約1万7000本を植え、宮城県では311カ所に石碑を置く。
「後世の人に同じ思いをさせたくない。津波到達地点を目に見える形で残したい」。岩手県陸前高田市で被災した橋詰琢見さんは、市内の若者らと「桜ライン311実行委員会」をつくった。津波の最終到着地点を各地で聞き取るなどし、市内で浸水した区域を囲むようにして約1万7000本を並べる構想だ。
橋詰さんは、自宅や勤務先のガソリンスタンドを津波で流され、多くの知人を失った。過去の大津波の教訓が生かされず、繰り返された犠牲。自分にできることは何かと考えた。
同市の戸羽市長が生まれた神奈川県松田町が河津桜の成木約20本を提供、実行委で11月6日に寺院などに植樹する。来年3月11日、塩害に強いとされる大島桜を中心に再び植樹を始める。(淵上隆悠、林理恵)


読売新聞 平成23年10月5日付け

季節外れサクラサク
岩手県宮古市の市立高浜小学校で、東日本大震災の津波につかったソメイヨシノ1本が季節外れの花を咲かせ、児童らを驚かせている。大洞晴洋校長が9月27日、校庭にある7本のソメイヨシノのうち1本に、10輪ほどの花が咲いているのを見つけた。今は40輪に増え、つぼみも多くある。
海沿いにある校庭は津波で1・5メートルほど浸水。ソメイヨシノは例年通り4月に花を咲かせたが、葉っぱは約2ヶ月早い9月初めに散った。
同県立緑化センターは「津波による塩害で弱り、子孫だけでも残そうと、花を咲かせて種をつけようとした可能性がある」としている。
6年生の星浩斗君は「きれいでびっくりした。頑張っていると桜を見ると、元気が出る」と笑顔で見入っていた。


読売新聞 9月25日付け

「人物語 被災地から」津波にのまれた後継者たち
鹿の角がついた「シシ頭」をかぶり、太鼓を抱え、法被をひるがえして舞う。
5月4日、宮城県登米市の公民館前。同市に多くの住民が避難している同県南三陸町の戸倉地区に伝わる「行山流水戸辺鹿子踊」が披露されていた。
踊り手は、鹿子踊の保存会会長を努める村岡賢一さんと7人の中高生。震災以来、初めての舞台だった。演目は、大願成就を願う「三人舞」。激しく動く村岡さんの目に、泥のこびりついた法被をまとまった子供たちが映った。つらい記憶がよぎる。踊りを後世に伝えてくれるはずだった2人の命が、津波に奪われたーー。20分の舞が終わった。鳴りやまない拍手の中、頭を脱ぐ。頬を涙が伝わった。

江戸時代、狩猟した鹿や亡くなった人などの霊を慰めるため、戸倉地区で鹿子踊は生まれた。岩手県南部で継承されたが、戸倉では途絶えた。
1982年、〈この世に存在するすべての者のため踊りをもって供養、奉る〉と刻まれた石碑が見つかり、養殖カキ漁師の村岡さんらが復活に取り組んだ。91年に保存者を育てるため、戸倉小で指導も始めた。「子供が誇りに感じる町の財産になってほしい」と思っていた。
三浦辰徳君も、小学5年から教えた。最初は下手だったが、毎週末の練習で村岡さんの後ろに立ち、懸命に動きをまねた。最近は後輩の手本になるまで上達し、「調子がいいね」と声をかけると、「エヘヘ」と照れた。
3月11日。消防団の副分団長でもある村岡さんは自宅にいた。地震後すぐに妻や娘を高台に避難させ、近くの水門を閉めた。自分や家族は津波に追われるように高い丘へ逃げ無事だった。
12日、負傷者の搬送要請があり、戸倉中を訪れた。校舎1階を津波が襲った時、子供たちは裏山に逃げたが、一人だけ遅れたと聞かされた。体育館前の遺体が三浦君だった。ただ悔しかった。
自分の後継者と思っていた准看護師の西條正洋さんも津波で亡くなった。とても練習熱心で、村岡さんが声をかけると、勤務をずらしてでもイベントに参加してくれていた。家族に「村岡さんのようの踊りたい」と話していたという。
村岡さん自身、姉夫婦らを失った。踊りに関する巻物、20個の太鼓……。何もかも流された。鹿子踊のことは、考えられなくなった。
「被災者を励ますため、5月4日の「葉桜祭り」で鹿子踊をお願いしたい」。登米市から持ちかけられたのは4月。「こんな時にいいのか」と迷ったが、鎮魂の舞だと思い出した。
がれきの中から太鼓や泥だらけの法被、シシ頭が見つかっていた。メンバーは、やはり小学生から教えていた戸倉中生徒会長の小野寺翔君が集めてくれた。「鹿子踊を復興のシンボルにしよう。供養にもなるはずだ」。村岡さんがそんな思いを込めた舞台。涙は出たが、「やってよかった」と思えた。7月に仙台市の東北六魂祭、8月も岩手県大槌町の祭りに駆けつけた。
「あの子が好きだった踊りだから、続けてほしい」。三浦君の母芳子さんはそう話す。昨年8月、戸倉の寺で村岡さんたち大人による踊りを見るため、墓参りを終えると自転車に飛び乗った姿が忘れられないという。
今夏の寺での踊りは中止になった。村岡さんは「来年は必ず復活させる」と誓う。数百年受け継がれた鎮魂の祈りを舞うために。(白岩秀基)


鹿子踊こちらは11月6日付け朝日新聞から。同じ鹿子踊の話が出てました。

これを踏まえて「銀魂」考の最終回へ突入しますヨ。





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