スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天皇陛下に関する新聞記事から

物語を物語る

朝日新聞 平成23年11月4日のコラムから。

記者有論
社会部 北野隆一
戦争体験 天皇陛下と水木氏の問い
10月13日、秋の園遊会があった。天皇、皇后両陛下が主催し、各界功労者を招いて懇談する場だ。今回は女子サッカー・ワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」の佐々木則夫監督と沢穂希主将や、東日本大震災の被災地で福島第一原発に近い、福島県富岡町の遠藤勝也町長らが両陛下と言葉を交わした。
漫画家の水木しげるさんもその一人だ。妖怪漫画「ゲゲゲの鬼太郎」や連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」でおなじみであることに加え、私にはもう一つ関心があった。戦争体験についてどんなやりとりをするのだろうか、と。
水木さんは太平洋戦争激戦地ラバウルで爆撃を受け、左腕を失った。マラリアで生死の境をさまよったこともある。1989年に昭和天皇が亡くなった際の心境を、自伝漫画に「昭和から『平成』になって、なぜかボクの心も平静になった」と書いている。そして「戦争中はすべて天皇の名ではじめられ、兵隊もその名でいじめられたから、つまりやり場のないイカリを、無意識に“天皇”にむけていた、それがなくなったのだ」とも。
水木さんは、文化功労者として皇居での茶会に招かれた昨年11月、天皇陛下は水木さんの左腕をいたわりながら、「戦争の痕は大丈夫ですか。ラバウルで、本当に大変な経験をねえ」と声をかけた。水木さんが「大丈夫です」と答えると、天皇陛下はこう言葉を継いだ。「だんだん年月がたつとみんなそういうものから離れていくから、そういう問題をいつまでも心にとどめておくことは、とても大事なことだと思います」
2000年のオランダ訪問に同行したときのことを思い出した。天皇陛下は晩餐会で、オランダ人戦争捕虜の存在を念頭に「戦争による心の痛みを持ちつつ、両国の将来に心を寄せる貴国の人々のあることを、私どもは決して忘れません」とあいさつしている。
一兵士としての戦争体験を漫画で描き続けた水木さん。日本軍が「玉砕」したサイパンをはじめ、各国で戦争による犠牲者慰霊の旅を続けてきた天皇陛下。共通するのは、戦争を忘れず、後世に伝えようとする姿勢だ。それは私たち、後に続く世代への重い問いかけでもある。

朝日新聞にしてはいい記事だと思う。
天皇陛下と「陛下」と一応敬称は付けていますが、「お言葉」を言葉としたり、「崩御」を亡くなるなどと、まるで敬語を使っていません。まあ今さら朝日新聞にそんなことは言っても仕方ないのでしょうが……。この記者はここで「あの戦争」を忘れるなといったセンチメンタルなメッセージを訴えたかったのでしょうが、陛下のエピソードがいいので、そんなものは吹っ飛んでしまいました。
まあ、そんなわけでこれは良記事です。

で次は、産経新聞サイトからのコピペ。

トルコ大統領がお悔やみの手紙 宮崎さん死去悼む
2011.11.12
 トルコのメディアは11日、同国東部ワンで地震によるホテルの倒壊に巻き込まれ、東京のNPO法人「難民を助ける会」の宮崎淳さん(41)が死亡したことを受け、トルコのギュル大統領が天皇陛下宛てにお悔やみの手紙を送ったと伝えた。ダウトオール外相も在トルコ日本大使館を訪れた。
 宮崎さんは、10月下旬に大規模地震に見舞われた被災者の支援を現地で続けていたため、トルコ市民からも「なぜ宮崎さんを守れなかったのか」などと悔やむ声が広がっている。ワンに宮崎さんの名前を付けた病院を建設しようとの呼び掛けも出ているという。
 現地を訪れた同会の大西清人事務局次長によると、宮崎さんの遺体は11日、検視が終わった。同日夜にも西部イスタンブールに搬送され、できるだけ早い便で日本に戻る予定。(共同)

トルコの親日ぶりが窺えます。大統領自らっていうのがスゴイな。
何よりもこういった親書が「天皇陛下」に宛てて届くということをよく考えましょうね。
日本大使館でも日本政府でも総理大臣でもない。陛下宛に来るということを。
これは以前にも書いたことだが、東日本大震災のとき、英国のエリザベス女王や米国オバマ大統領ら諸外国からお見舞いの親書が届けられたが、それは「天皇陛下」宛であった。
過去記事
 日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。
握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

海外から見れば、日本の元首は「陛下」であるということは明らかなのだ。
どんな国にはその国を象徴するような中心となるべきものは必要である。前に三浦朱門の「天皇」(海竜社)から引いたが、「皇室」は日本のそれにあたる。

日本にあっては、天皇の存在が船の低い重心となり、また比較的変化をしない部分となってきた。その変わりにくい部分が日本という国の体質、つまり日本的なもの、日本の意識的・無意識的な価値観、つまりは日本文化そのものであろう。天皇はこうして日本文化の重点であり、その揺れを示す座標でもある。

過去記事 
「賜杯」の意味。天皇と相撲、そしてこの国の体質。
ここで長文引用。

海外から認められている日本の象徴を、日本人に誇りとしなければならない、と思う。
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2011年11月 12日 (土)
  ├ カテゴリー
  |  └ 皇室・天皇
  └ 天皇陛下に関する新聞記事から
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。