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「偉大な」日本史、再評価の時

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平成23年11月 読売新聞のコラム「ワールドビュー」から。 

「偉大な」英国史、再評価の時 欧州総局長・鶴原徹也
キャメロン英首相が来夏のロンドン五輪を好機として英国を世界に売り込む宣伝戦に乗り出した。うたい文句は国名に引っ掛けた「グレート・ブリテン」。「英国は商売、投資、研究開発、スポーツ、観光すべてがグレート(素晴らしい)」と請け合う。
だが、国内の評判は芳しくない。保守系ザ・タイムズ紙は「今夏のロンドン暴動で傷ついた英国像の回復も図るものだが、『グレート(偉大な)』という言葉の乱発はむしろ反感を招きかねない」と懸念を示す。
懸念の源にあるものは英国人が自国の「偉大な」過去、特に世界随一の超大国だった大英帝国について抱く複雑な心理だ。植民地収奪・奴隷酷使を負い目としてか、英国人は概して帝国史に触れたがらない。学校教育は帝国史を深く教えない。
「帝国の英雄のほとんどが顔に泥を塗られている」。新著「帝国」を著した評論家ジェレミー・パックスマン氏は保守系デイリー・テレグラフ紙への寄稿で嘆く。19世紀のアフリカ探検家バートンは人種差別を非難され、20世紀初頭に南極点に到達したスコットは仲間を犠牲にしたと糾弾され、ボーイスカウトの創設者ベイデン・パウエルは愚か者呼ばわりされているーー。パックスマン氏は「大英帝国は自由貿易体制と議会制民主主義を世界に広め、今日の国際秩序のひな形を作った」として再評価を訴える。
偉人要覧「メード・イン・ブリテン」を今月出版した元銀行家エイドリアン・サイクス氏は「我が国に輝かしい過去があることを子供たちに知ってもらいたい」と話す。同書は近代物理学の祖ニュートン、「種の起源」を書いたダーウィン、電磁気学を積み上げたファラデーなど3000人を逸話付きで紹介。同氏にとって最大の偉人はシェークスピアだ。「インターネット、航空管制、世界経済の共通語となった英語の礎を築いたのだから」
小春日和の日にロンドン南東の旧グリニッジ天文台を訪れた。帝国時代の19世紀後半、経度0度の「本初子午線」通過点として国際的認知を得て、世界の標準時間を刻む地になった。天文台は時間と位置の物差しを与えて航海を容易にし、帝国の海軍、商船の世界展開を支えた。今では博物館となり、世界からの観光客が本初子午線をまたぎ、片方の足を東経、もう片足を西経に置いて記念撮影に興じている。学芸員は「確かに天文台は帝国とともにあった。すべては移り変わる。世界はより密接に結び付き、英国は小国になった」と静かに語った。
帰路、テムズ川を船で運ばれながら、ある感慨にとらわれた。たゆたう英国で出会えた人々の多くはそれぞれ素晴らしかった。

時代によって歴史上の人物の評価は変わるといわれる。当然のごとく左翼的な思想が強くなれば、帝国主義時代の英雄や偉人などは真っ先に「やり玉」に挙げられるだろうが、保守ぽいイメージのあるイギリスでここまでの事態になっていようとは思わなかった。
だが、読んでいて、これが余所の国とは思えなった。
本文に「帝国の英雄のほとんどが顔に泥を塗られている」とあるが、それでも日本のほうがはこれよりもヒドイのではないだろうか。なにしろ、「あの戦争」の後遺症で、進歩的文化人や左翼思想者が跋扈し、狂ったように歴史上の偉人たちの評価基準を180度変えてしまったからだ。
特に南朝方の武将たちはひどいもので、皇国史観によって利用されていた分、今では不当なほど低い扱いにされている。
それに、当ブログ的には高山彦九郎や中島知久平ら新田氏系の偉人達などはまるで「戦犯」扱いだ。
戦後民主主義全盛のころは、これらの歴史上の人物の名を聞くだけで、過剰的拒否反応を示していたという。
だが、もうそんな時代は過ぎ去った。いまこそ、新田氏系の偉人達の再評価をしてほしいと、思う。
そして、イデオロギー抜きで「南北朝時代」を再認識してもいい時期になったのではないだろうか。

それに、気になるのが、「明治の元勲」たちへの不当な評価だ。
第二次大戦の原因を明治維新・幕末まで遡らせて、その戦争責任を明治の元勲や幕末の志士にまで求めるといった風潮を作り出そうとしている学者どもが多くいる。そして、それを肯定化し、その論理を定着化しようとするNHKのテレビ制作者たちがいる。
これ基に番組を作り、本放送、3チャンネル(教育、今はEテレ)、BSなどで何度も繰り返し放送し、終わったかと思うと、また似たような内容の番組を際限なく作り続ける。
NHKの歴史ドキュメンタリーや歴史検証番組や戦争特集など、このサイクルが実に気味悪い。自虐史観なんてものではない、自国否定史観だ。

それに異常なほど坂本龍馬を持ち上げるのは何故だろうか。そこに反体制の英雄、コスモポリタンの先駆け、アナーキズム的憧れを抱かせるように描くのは何故だろう。
吉田松陰を歴史番組などで取り上げるのはいいが、その思想や「狂」の部分を取り除き、平等思想の教育者として、封建主義を否定したリベラルな人物として扱うのは何故だろう。
福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり」というのも、人はスタートは同じだが、人の努力によってゴールは違うという意味で、貧富の差、賢愚の差は否定していない。(だから勉強しなさいというのが「学問のすすめ」だろう。) それをまるで、すべての人間が平等でなければならないといった空想的左翼思想者かのように論じるのは何故だろう。
諭吉は本来強烈な保守思想な持ち主であり、(ネトウヨのような)天皇崇拝・中朝蔑視・戦争推進論者だが、サヨク思想家にとって都合の悪い部分は「実は弟子が書いたのだ」とか、丸山真男のように保守的な部分は全部無視して、まるで進歩的左翼主義者のように仕立ててしまうのは何故だろうか。
日本の偉人・英雄はすべからく「サヨク」思想ではなければ、何か不都合でもあるのか。
つまり、いまだに日本は奇妙なサヨク思想に染まっているという証拠なのだろう。
要は、日本も上記新聞のコラムのような英国と同じ状態にあるということだ。

新聞のコラムのタイトルは「偉大な」英国史、再評価の時とある。
ならば、ここも、「偉大な」日本史、再評価の時 と是非ともなりたいものである。
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