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物語を物語る

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ブルーノ・タウトの「日本文化私観」その7  「神道」4 「祇園祭」と「谷崎潤一郎」と「らきすた神輿」

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ブルーノ・タウトの「日本文化私観」その7  「神道」4 「祇園祭」と「谷崎潤一郎」と「らきすた神輿」

さてさて、タウトの引用も7回目です。今回は少し長めとなっています。
前回はタウトが愛宕神社へ行き、日本文化の美の源泉が神道・神社にあるという説明から引きました。
そして、震災や大災害に遭っても決して動じることのない日本人の強さは、この神道的精神によるものだということした。
で、今回はそれを受けて、「祇園祭」を見た感想から、「祭り」の中から日本の美を発見していく部分になります。
祇園
若いころ画家を目指していたというダウトなので、非常に細かいところまで観察し、描写しています。

かかる神道の観念を一層明らかにするには、各地の神社の祭神の由来を聞くことが捷経であろう。京都近郊の東海道の沿道に、往昔江戸に下る者がそこまで見送って来た親戚知己と最後の袂を別ったという土地がある。その街道の上手の森の中に一座の神社があるが、ある偉大な音楽家がここで、彼を見送って来た弟子達にその作曲の原稿を形見として贈り秘伝を授けたというのがこの神社の由来である。またある他の京都の神社は、自分の音楽の唯一の理解者であった友人が死ぬや、もはや我が弾奏も詮なしとばかり、楽器を斧で断ち切ったという音楽家の心を称えて建立されたのであった。この場面は祇園会の神輿の上に、眼も綾な活人画風に飾り付けられて、他の様々な場面を現した神輿とともに町々を担ぎ廻られるのである。大昔のある皇子が宮殿を造営するための木を手ずから伐って、工匠達の保護者と崇められたというような美しい譚や伝説は無数にある。
殊に両親愛の譚は極まりなき変化を見せて伝えられている。昔ある男がその両親を養わんがために、自分の息子を生き埋めにしようと犠牲にしようと穴を掘ったところが、その穴から黄金の壷が現れたとか、あるいは母の餓死を救わんとする孝心、神に通じて雪中に筍を掘るという孝子の話等、これらの場面もまた祇園会の神輿に飾り付けられて町々を担ぎ廻られるのであった。神輿およびまた神殿中にある小本陣は要するにかかる話や伝説の主人公の神体の納められている器であって、これらの話や伝説の持つ倫理的精神的力がそこに集中せられている。そこから再び外部に向かって倫理的精神的な影響を放射しているのである。それゆえ信仰形式もまたこの力が弛緩することのないように形成されているのである。
もちろん前述のごとき組織の分化にふさわしく、これらのむしろ感傷的な人間的な物語のみでなく、これと同時に太陽神を解放した神が海と結びついて日本の国土を生成した、というような天地創造の神話も取り扱われているのである。さまざまな神話や伝説の記念日は、ほとんど一年中を通じて連続しており、このような祭日には色と光との大々的な祝典が催される。ちょうど私は三柱の綺羅を飾った金色の神輿が本社から出て、京都の大通りに設けられたいわゆる御旅所に渡御せられるのを、とある小路の二階の廊下から眺めたことがあった。町は御祭気分の興奮に漲り、婦人子供、芸妓、舞奴等はそれぞれ一番美しい着物に着飾り、男の子達は大はしゃぎで町中を走り回っている。やがて大勢の神輿を担ぐ人夫達が、頭領の取る扇子の拍子に合わせて、有頂天に踊りながらやってくる。と間もなく、その反対の方向から本行列が現れて来た。先頭は昔の武士の衣装を着けた人々で、その隊長は馬に跨り、長柄の傘をさしかけられていた。これに続いて色彩豊かな揃いの衣装を着けた仕丁が、様々の神器や太鼓や神剣等を棒持しつつ現れ、その後から氏子である市民達が神々しい青と白の衣装で続いているのであった。こういう厳粛な行列の真只中に、神輿はまるで人の肩の海の上にうかんででもいるように、濤に揉まれ揉まれて町中を走って行き、時々輿丁は腕を伸ばしてそれを出来るだけ高く持ち上げたりするのであった。この神輿は社内用の小さな漆塗りの足の他に、さらに巨大な梁状の足が取り付けられ非常な重量を有しているので、多数の人の肩と腕とが必要なのである。かくしてこの金色の神輿は、力強い男の筋肉に揉まれ、その人夫たちの「ホイナ、ホイナ」と掛け声かけて調子を取って行く様は、誠に白昼の歓喜恍惚の状態である。
夕方になると神殿や祭壇は神道の紋を付け、蝋燭を点した大提灯で一杯に覆われてしまう。神輿が運び出される前に陳列されてあった本社傍らの広場は踊り場と化し、やはり昼を欺く提灯の光に照らされて、実に見事な陶然たる情景を呈するのであった。まるで無限の鎖のように連なっている提灯は、非常にデリケートな明暗の諧調をなして、あたかも光の壁を形造っているごとくに見える。そこに先刻神輿を担ぎ出した輿丁たちが集まって、酒の振る舞いを受けるのである。すぐその隣にある本殿には、御神体はいわゆる旅に出て留守なのであるが、古風な篝火が燃え、商売繁盛夫婦円満等を祈る参詣者が引きもきらぬ有様なのである。それは、たとえ神殿は空でも、神体から発散せされる神力は、常にここに留まっていると信ぜられているからなのである。そしてその周囲一帯には、歳の市風な売店がずらりと並んで、記念品とか蛇の黒焼き等というものを売っているのである。
全日本に有名なこの祇園会がこれほど活発に、かつ色彩、光、音楽の華麗なものとなったというのは、その成立の年に恐るべき疫病流行に対する最後の手段として、諸々の神社の神体を呼び出して、病魔に満ちた空気を清掃するためにあらゆる限りの神力を示顕せしめんとしたことに由来しているのである。この日のために、なお大きな車輪を付けた車が多数に用意せられる。これらの車はいずれも中央に神壇を設け、その周囲にヨーロッパあるいはペルシャ渡来の、往事にあっては確かに貴重な珍品であったに違いない、赤色をふんだんに用いた壁掛けやゴブラン織りが掛け並べられてあり、その上の幔幕を張った席には、揃いの着物の楽師が居並び、前方正面には一人の盛装を凝らし、白粉を塗った稚児(今日では人形を用いることが多い)が立っている。この稚児の席の上は、多く卵形の張り出し屋根になっていて、そこから樹、月あるいは巨大な槍などを表す非常に長い柱が高く突き出ている。これらの車は、多勢の曳子によって長い縄で曳かれながら、町を練って行くのである。家々の屋根よりも遙か高く聳えて動く様は、あたかも教会の塔が揺るぎ出たような偉観である。
その上で演ぜられる音楽は、時々そのリズムを変える。というのは、その車には左右に動く心棒がないので、角を廻る時になると、その拍子を緩め、直線コースの時は速める。すなわち道の如何に応じてリズムを変えるのである。その音色は一種独特のものであって、いわば特別な香気を持っていると云える。この香気は主として車の両側に吊り下げられている鈴によって起こされるのであるが、楽師はその鈴を連ねた綱を交互に引っ張っては、様々な音色を響かせるのである。鈴の他には太鼓と笛とが用いられている。厳粛なリズムではあるが、しかしまた行列全体と同様に多彩である。それは神々を楽しませて、その神輿の活動を鼓舞するためなのである。祇園会の際には、かかる塔状の車(山車)が八台あって、その間を前述のごとき伝説の場面を写した神輿が担いで廻られるのである。

長いので一旦切ります。
そして、後半部分も「祭り」の描写となりますが、読んでいて谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を思い出してしまいました。「電灯の明るさ」とか「日本美は陰にある」とか、ほとんど同じようなことを言っています。
陰翳礼讃
タウトは建築家なので、他の本にも日本家屋や間取り、家具、工芸などの解説があり、「日本文化私観」においても日本の建築物に対しての説明がある。それらが面白いほど谷崎潤一郎と同じ視点を持っているのだ。
「陰翳礼賛」に共感した人は、タウトの本にも共感することができるでしょう。
では後半部分を。

この祇園会の華麗な行列も、これに匹敵する京都の葵祭のそれも、単なる見世物ではなくて、一般市民の漲る祭礼気分の興奮の渦巻きの中に行われるのであって、人々は一年中をかけて、ただこの一時を楽しみにして待っているのである。それは他の、これほど大規模でない祭礼の場合も同様である。
こういう人々の期待も実は当然なのである。なぜならば、祭礼当日に先立つ数夜というものこそ、実に筆紙に尽し難い楽しい情景を展開するのだからである。祭礼用の山車の正面は、神社に見られるのと同様な大提灯が懸け廻らされ、これも特に祭礼のために開放され、飾り立てられた人家から、この車の上にある楽師席に橋の上を多勢の子供たちがひっきりなしに右往左往する。雑踏せる大群衆は、楽師たちの演じる祇園祭の楽の音と提灯の光に魅せられて、すぐ傍らを走る電車や自動車の音などは耳にも入らない。そして誰も皆、ことに婦人子供は、あの世界に有名な、多彩な華美な着物に盛装している。
本通りを離れて横道に入ると、そこはまだ純日本風な家屋が残っていて、幾つかの細い路地に奥に些かな末社がある。これらの路地もやはり提灯で飾られ、また末社の広間には宝庫から出してきた様々の宝物、あの伝説の人形とか、華麗な刺繍を施した祭服、大きなゴブラン織といった類のものが陳列される。これらの古風な町々は、祭礼当日になると一斉に、あの山車に見られたと同じ提灯を唯一の証明とし、その提灯の列は、たまたまそういう狭い街に山車の置かれてあるような場合、山車に懸けられた提灯と融け合って素晴らしい芸術的な統一をなすのである。そして鈴、太鼓、笛の音楽は、さらにこの芸術的統一に最も自然な基調を与える。高く聳え立つ山車のあるこの古風な町の光景こそは、日本の「眼」の文化の最大傑作であり、事実想像以上に美しい。
だが大部分は織物や酒の卸商売であるこれらの町々に見られる、祭礼のために特に設置された店頭の有様は、実に思いがけないような眼の楽しみである、祭礼の夜はすなわち社交の夜である。家々はそれぞれ道に面した室を出来る限り人目に付き、誰でもが入りやすいように設え、そこで家人は友人知己と碁を打ったり、その他種々な慰み事をしている。一家伝来の古い美しい屏風が立て並べられ、大きな花瓶には立派な花束が活けられてある。この場合には、通例の生け花の場合とは異なって、すこぶる多彩であるが、決して趣味が劣っているという訳ではない。これらのことごとくはすべて道に面して飾られてあるのであるが、といって飾り窓風ではなく、上からちょうど頭の高さ位の所まで、幅の広い幔幕で覆われているのである。中へ入って屏風の絵を鑑賞するのは自由どころか、かえって大歓迎される。かかる屏風の絵はしばしば驚くべき名画で、例えば雄大奔放な馬の絵とか、その他に鴎、鴨、鶴、鷲が描かれており、中には数百年前の絵なども交じっていた。
だが私が最も驚かしたことは、屏風による祭礼設備の中に、旧日本の室内構造が完全に純粋な形で残されていたことである。時にはずっと無趣味な、中国の影響を受けた、あまりにもけばけばしい屏風とか、我々の眼にはほとんど俗悪とも見えるような欧風幔幕もあるにはあるが、また時には完全に純粋な様式を保っている室もあるのである。ここでは大部分、現代日本の日常生活に普通に見られる吊電灯が点ぜられていたが、二、三ヵ所、昔風の約1メートル程の高さのスタンド(行灯)を点けている所があった。このスタンドの光線の柔らかさによって、畳と淡黄色を帯びた壁にある日本間の下から1.72メートル辺りまでの所を適度に照明し、室の下半分を引き立たせるのである。それはあたかも畳の上に座っている人の眼の届く範囲に相応しい光である。前面の室を通り抜けると、一本の樹のある小さな中庭があり、その向こうにまた居間があって、その居間の向こうに灯飾を施した樹のある所が見えているというようなこの種の室内設備は、我々の眼を楽しませる最高のものであった。ここに到るとそれはもはや陳列ではなくして、祭礼と現実との交錯であり、それゆえに最も深い、生々しい印象を受けるのである。
上述の一切は蓄音器の騒音とは何の関係もない。それはいかなる無形式ともすなわちあらゆるあの欧化思想やアメリカニズム(醜態カフェー、ダンサー、モボ、モガ、プロシア風アメリカ式の行進曲や制服等々)とも何の関係もないのである。

描写が上手いなあ。それにしても、タウトは「中国の影響を受けた、あまりにもけばけばしい」ものが蔑視し、その一方で、日本文化のもつ「渋み」や「味」のようなものを愛していた。(タウトが、桂離宮が好きで日光東照宮が嫌いだというのが良く分かる。私はどちらも好きですが…)
谷崎潤一郎もドナルド・キーンもこういった日本文化を好んでいた。これが大陸文化との違いです。文化はガラパゴス化しているからこそ価値があるのです。

まだまだ続く。

で、今回のアニメと神社の画像は、「けいおん」から「夏祭り」の場面。
けいおん 夏祭りこの回はちょっと幻想的でした。タウトの説明した「祭り」のようでした。

そして、アニメと祭りといえば「らきすた」でしょうか。
みこし
鷲宮の土師祭では「らきすた神輿」が出て、アニオタの祭典と化しているとか。
批判もあるようですが、今までの説明のように、これも一つの「日本文化」なのです。

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