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物語を物語る

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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第2章 1

物語を物語る

第2章  新田伝承のこと


「この人、君の股肱として武将の位に備はりしかば、身を慎み、命を全うしてこそ大義の功を致さるべきなのに、みづからさしもなき戦場に赴いて、匹夫の鏃に命を止めしこと、運の極みとはいひながら、うたてかしりしことどもなり」     太平記巻二十

延元三年七月二日。北国越前、晩夏。晴朗な空のした、新涼のごとき声が響いた。
──藤島城に急ぐぞ、我について参れ
新田左中将義貞は、河合の本営から、身の丈五尺三寸もあろうかという大馬に跨り、一鞭あてて、颯爽と幕営を駆け出ていった。当世流行の筋兜を頭にかぶり、腰には源氏累代の重宝「鬼丸」「鬼切り」の太刀を帯びていた。
義貞は、宿敵足利尊氏に、湊川の戦い、京都攻防戦と次々に敗れ、都を追われた。そして主上後醍醐天皇に見捨てられるような形で北国落ちしたのだった。しかし、後醍醐天皇と尊氏との和議は一時的なものであった。尊氏は約定を破棄し、三種神器を奪うと帝を幽閉したのである。(ただこの三種神器は贋物であった) そして光明天皇を擁立し正統性を主張すると、自らは時代の覇王のごとき振る舞いで、刻々と政権固めを進めていった。
方や都落ちした義貞であったが、この時期、越前において勢力を盛り返してきた。越後の新田一族らと迎合して、足利軍に対し局地的に勝利を収め、北国に一大拠点を築こうとしていたのである。
新田一族にとっては、我らこそ源氏の嫡流であるという自負が唯一の支えとなっていた。そして今こそ、武家の棟梁になるという宿願を果たすべく、一族の長である義貞に嘱望した。また、義貞もそれに応えるだけの威厳と剛勇さを持っていた。当時、この威風に満ちた様子を見た人々は、尊氏の天下を奪う人は必ずや義貞であろうと、思わぬ者はいなかったという。
京の花山院に幽閉されていた後醍醐天皇は、吉野に逃れると、足利方に対抗するために南朝を開いた。この帝から義貞に御宸筆が届いた。
「朝敵征伐について私の心はただ義貞の武功を期待しており、他にそれを求めようとは思わない。一刻も早くその計略を巡らしてほしい」というもので、要は早急に京に攻め込むように催促したものであった。
義貞の胸中に「早々に、越前を我が手にして、京への討征を急がねばなるまい」という思いに駆られた。しかし、この焦燥が、義貞を自刎に急がせる結果になろうとは、このとき知る由もない。
このころ、義貞は府中城を拠点として、越前攻略を進め、次々に足利軍を退けていった。そして遂に、越前守護斯波高経を黒丸城に追い込み、越前掌握を目前にしていた。今ここにおいて、支城足羽七城を総攻撃し、一気に足利方の追い落としを図った。
刻々と戦況が義貞の下に伝わり、自軍優勢の報が入って来る。しかし、ここに頼みにしていた平泉寺の衆徒が足利方に寝返り、藤島城に籠もったという急報が届いた。戦乱の世である。裏切り、寝返りは常のことであるが、この土壇場での背信行為は、愚直なまでの義貞には許し難い。そのためにも義貞はまず藤島城を攻め落とすことにした。小勢による抵抗である、容易に落とせるはずであった。だが、思いの外に苦戦し、落ちる様子もない。あまり一支城にこだわると、全体に影響を及ぼしかねない。本城足羽城に主力をぶつけるためにも、藤島城あたりで手古摺っている場合ではなかった。
「遅い、藤島はまだ落ちぬのか」
義貞の焦燥は頂点に達した。戦況を自らの目で確かめなければ、気が済まなくなってきた。そこで督戦をかねて、自ら出陣することとなった。大将が軽々しく動くべきではないが、性急な性格がこのような行動に移させたのか。そして何よりも、事を急ぐ義貞には小事のことでも待っていられなかった。
義貞はこの時に合わせて、琵琶湖近くある今堅田に留め置いていた女のもとへ使いを出していた。その女人をここに迎える時までには、越前を制圧したい。その思いが義貞の心を制していた。
そのとき心中に響く声があった。
『嗔り、貪り、痴さの荒れ狂う煩悩に、その身を預けてはいけませぬ。穏やかな心境をもってことをなさなければなりませぬ』
「御坊、なかなか感情を抑え、執着を捨て去ることは難しいことよ」
義貞は心中でその声に答えた。
そして飄然と立ち上がると、素早く鎧に着替えて、風のように厩へ向かう。この気早な行動も家臣にはいつものことであり、大将の気性を知っていたから、忠諌を進める者もいない。ただ義貞の騎乗する名馬が、いつもと違い、跳ね上がり、跳ね返りして大暴れした。左右についていた口取り二人が振り回され、半死半生になった。主の凶変を予期した名馬がこれを伝えようとしたのか。
ただそんなことも知れずに、義貞は馬に飛び乗り、ただ一騎疾風する。その後ろを、兵士五十騎あまりが大将に遅れまいと後を追った。しかし不幸なことに、義貞に供した兵士の手には弓矢も盾もなかった。
一隊が藤島手前の灯明寺あたりまで来たときには、すでに、日は西の山に沈もうかという時刻であった。
あたりは初秋を告げる雁渡しの風が吹き、夕焼けの空を一層深くした。
慌しい人馬の列に驚いたのか、椋鳥が騒がしく群れを成して飛んで行く。義貞はその方向に目をやった。遠くに白山の山々が見える。それが故郷上州の山並みと重なって見えた。
(弟義助、一族らと野山を馬駆けしたのは、いつの日であったろうか)
義貞は、心地よい風を身体に受けながら、挙兵以来帰ることない故郷、新田荘のことを深く郷愁した。
そんな思いを馳せていたとき、俄かに風が変わったのが分かった。義貞は、馬の栗毛が風に靡くのを見た。微かな変化を感じ取ったのか、この大馬は僅かに嘶いた。
不意に伸びた黒雲が、日の光を隠し、辺りを暗くした。
その前方に何かが見えた。一目では何か分からない。ただその先に不吉なものが迫りつつあるのが感じられた。俄かに蛮声さえも聞こえてきた。
鬼人か、餓鬼か。
凡そ人とは思えぬ風体で、頭には獣の角が生え、鋭い牙を覗かせている。物欲しそうに口を開けている者、邪気を孕んだ眼光でにらむ者、人の魂を狙っている羅刹の群れのようだった。
「これは虚妄か」義貞の目には確かにそう映った。

義貞にとって悪鬼かと思われたものは、実際には足利家臣の細川・鹿草の軍で、その数三百騎。黒丸城から藤島三城へ救援に向かう途中であった。
細川方も迫り来る一隊が新田軍であると気づくと、戦闘態勢に入ってきた。泥深い水田に入り、前に盾を立て並べ、遠巻きに包囲すると、矢を散々に打ちかけてきた。一方義貞方は、これに応戦しようにも弓矢も盾もない。家臣たちは、ただ大将の前に出て矢を受ける以外に術はなかった。
この様子を見た敵将細川出羽守は指示した。「あの馬上の武将こそ大将に違いない。狙え、狙え」
射手たちは命令どおりに狙った。一斉に矢が義貞を目がけて飛んで来る。
矢の数条は、義貞の身体を掠めて走る。義貞は腰にしていた鬼丸、鬼切り丸を左右の手に引き抜いた。そして降りかかる矢を次々と切って落としていた。これこそ武芸に優れた義貞の得意技であり、これを見た者は神業と称した。湊川の戦いのときは十六本まで切って落としたと伝わる。
しかしいくら奮戦しようにも、三百騎の兵に囲まれては為す術はない。この間にも敵方は十重二重に取り囲んで一兵たりとも逃がすまいと合間を詰めてくる。
ここで義貞家臣の中野藤内左衛門は義貞近くに駆け寄って、「このような弱兵など相手にせずお逃げください」と叫ぶや、敵陣に切り込もうとした。
だが義貞は「勇士を失って、我ひとり生き残るのは本意ではない」と一人逃げ延びることを拒否した。義貞ただひとりなら、身体に矢を受けようとも逃げ延びることも出来るかもしれない。が、それをしなかった。これまでも戦場では自ら先陣に立って指揮を執り、退くときは義貞本人が殿となって士卒を守った。絶えず武勇を家臣に示し、付き添う者たちと命を共にすることを身上とした。
ただ今の有様は絶望的であった。次々と家臣が矢を身体に受けて倒れていく。このままでは隊は全滅するであろう。
義貞はこの状況を打開すべく、駿馬に飛び乗り、敵陣に駆け入ろうとした。これは敵の手薄なところを突いて駆け抜け、一人落ち延びようとしたのではない。敵の大将らしき人物目がけ突進しようとした。意表を突いて、敵を混乱させ、それに乗じて血路を見出そうとしたのである。
だがその瞬間に、義貞が騎乗する馬に五本の矢が突き刺さった。馬は激しい嘶きとともに横倒しとなり、義貞は泥田の中に投げ出された。そして倒れた馬に、左足を組敷かれてしまった。起き上がろうと必死に足を引き抜こうとしたその刹那、一本の白羽の矢が義貞の眉間に突き刺さった。
不意の出来事であった。
義貞の周りを守っていた家臣たちも、この光景にわが目を疑う。義貞自身にも、何が起こったのか咄嗟には理解できずにいた。これまでに、乱戦、混戦の修羅場を潜り抜けてきた。が、今ある現実には絶望するしかない。まさに致命傷というべき所に矢は突き刺さっていた。
「我の人生、このような最期であったのか」深い喪失感とともに、次第に目が眩み、意識は朦朧としてきた。そんな感覚の中でも、脳裏を駆け巡り、胸に迫るものがある。
旗上げ以来、常時戦いの中に身をおいていた義貞であったが、神仏への畏敬の念は決して忘れることはなかった。しかしこの時ばかりは恨めしく思うと同時に、恐懼した。なぜこのときに、このような場所で己の最期を迎えなければならないのかと心底で叫んだ。鎌倉幕府倒幕の挙兵を決意し、故国の生品神社に一族の命運を心願してから、自らの命は神仏に預けた。だからいつ取られてもいいと、心得ていたはずだった。がしかし……。 
そのとき「なぜ我らは戦い続けるのか」と問い返す嫡男義顕の声が聞こえた。義顕は越前金ヶ崎城で兵糧攻めに遭い、飢餓の中で自刃して果てた。その息子の声が再びした。「無念である。足利に一矢も報いることもできずに死ぬとは……、せめて一太刀、せめて……」義顕はいま、怨霊となって、この世を恨んでいるのか。その息子や逝った一族の無念さが重く圧し掛かる。
またこれらとは逆に、我が人生、武将として生き切ったのではないかという充実感も湧き上がってきた。埋もれていた新田の名を、我が手で宿敵足利氏と対抗できるまでにしたという満足感にも満たされていく。複雑な心境だった。これら入り混じる感情がわずかな間に浮かんでは消えたりした。
これらの心境が「生」への執着なのかと思うとまた恐れが迫る。このいまわの際という時にこのような心情になろうとは……。
僧の声が再びよみがえり、諭した。
「迷いを捨て、自然の道理を知り、平生の一刻一刻を臨終のときと思うのです。その最期のとき迷えば、その魂は怨霊となり、七生までも生まれ変わり妄執に苦しむことになるでしょう」
まさにこのときが来たのである。
すべてを捨て去る決意を固めると、身体は自然に動いた。持っていた鬼丸の太刀で、躊躇なく己の首を掻き切った。そして泥濘の中に、自らの首を隠すかのように、その上に伏し倒れた。
この意識が彼方へ退こうという刹那、何かが耳朶に触れた。すでに弓弦の音も、兵士の猛々しい声も今となっては聞こえない。それでは、極楽浄土へ旅立つときに聞こえる西方浄土の調べであろうか。
いや違う。少しずつ確かに聞こえてくる爪音。その玲瓏とした音色が心根に響いてきた。そうであったか……。いつの日にか、有明の月の下で聞いた琴の音だ。そして胸を焦がすようなあの光景が眼前に広がる。
この切なる瞬間にも愛染妄境の迷情の中にいるのかと、心の中で葛藤した。
「いや違う。これで良かったのだ。これで……」この最期というときに、束の間の幸福を思い出せて……
そう思い至ると、自分が微笑しているのが分かった。



 人影もまばらな太田駅北口のロータリーに、真船千太は自分のRV車を停めた。朝の十時という時刻ともなると通勤通学のピーク時も過ぎて、駅前だというのにどこか閑散としていた。
客待ちのタクシー運転手も暇を持て余しているように、眠そうな目を空に向けていた。真船もつられてどんよりとした空を見上げた。春の雨が今にも降り出しそうである。
(降らなきゃいいが)
真船は漠然と思った。テレビ番組の人と約束した時間には少し早い。
駅前には新田義貞の銅像がある。まさに稲村ガ崎に黄金作りの太刀を海に投げる場面である。義貞は太刀を両手に掲げ、龍神に祈願している。その横には弟の脇屋義助が片ひざを立てて控えている。
真船は車の中からしばらく見ながら、(義貞は何を思って太刀を投げたのか……)と改めて感慨に耽った。
そんな思いの中、真船のケイタイが鳴った。若い女性の声だった。今、着きましたという簡単なものであった。
真船は以前電話で打ち合わせしたのが中年男のスタッフであったから、訪ねてくる人も男の人を予想していた。だが意外にも華やいだ若い女性の声で少し驚いた。
真船は車を降りて、駅の改札から出てくる乗客を見た。その数十人の中に交じって、一人の女性を発見した。真船にはそれが目当ての人物であることがすぐに分かった。服装はジーンズに白いシャツという簡素なものであったが、群馬の片田舎には不釣合いなほど華麗に見えた。
すぐに真船は手を上げて、合図を送り駈け寄ると「お一人ですか」という少々間の抜けた言葉を掛けた。その女性は軽く微笑みながら「ええ」と簡単に答えた。
大体テレビ局のロケ隊であれば、ロケ車で来るだろうし、撮影となれば大人数であろう。しかし真船にはロケも取材も区別がつかない。
手短な挨拶のあと、真船は車に案内した。大型のボストンバックを真船が持ち、そのまま後ろの席を勧めた。
「詳しいことは真船さんに聞いてくださいと言われたもので何も用意してませんが……」と素っ気なく答えながら、名刺を差し出した。
そこには「龍舞琴音」と書いてある。りゅうまい……今度は名前の読みを間違えないで済みそうだ。何しろ太田市にこの地名があるからだ。
真船はそんなことを考えながらも「まあ任せてください」と答えた。答えた本人も何を任されたのか分からないが、とにかく車を走らせた。ぎこちない世間話もそこそこに第一の目的地である金山を目指す。
金山は太田市の中心にある山で、標高235mの低山である。関東平野の北端にあたり関東平野を一望できたため、近辺のドライブコースとなっている。
「太田や新田は初めてですか?」
「ええ……、群馬に来るのも初めてですから」
「そうですか。案外東京から近いと来ないかもしれませんね。この辺りは群馬でも東毛と呼ばれる地域でね、その昔5世紀のころは毛一族が支配していて、まあそのあたりの話はいいでしょう……」
「そうですね」とあっけなく返されてしまった。
これでは不慣れなバスガイドになってしまうのではないか、と真船は内心危惧し始めた。
登山道は急なカーブが続き、頂上に近づくほど道幅は狭くなる。対向車が来るとかなりぎりぎりだ。そこを10分ほど走らせると頂上に着く。
閑散とした駐車場に車を停め、さらに5分ほど歩いて、金山城跡へ行く。真船の後ろを琴音はついて来る。その間にハイキングの中年夫婦ひと組に会っただけで、観光客らしき姿はない。
金山は中世、山全体が城郭であった。伝承では新田義重が1157年に城を築いてから、1590年豊臣秀吉の廃城命令が出るまでの450年間を山城として使われていた。難攻不落の城と評され、上杉謙信の攻撃にも耐えたという。現在は、中世遺構を再現させる事業が進んでいる。
真船は、役所の観光課の職員になったかのように、琴音に解説する。
「この貯水池は日の池、月の池と呼ばれて、城の人たちが精神のよりどころとして崇めたと伝わる聖なる池です。しかも山頂部に貯水池があるのは全国的に珍しいといわれています」確かに池には満々と水がたたえ、水面には小鳥が戯れていた。
再現された石垣の通路を歩くと、関東平野を一望できる場所に出た。
視界が広がり、琴音の表情が明るくなるのが分かる。東京では味わうことのできない新鮮な空気を深呼吸して吸い込んでいた。南側を正面にしているので遠くまで見渡せる。天気がよければ、富士山あたりまで見えというが、今日はあいにくと靄がかかっている。
「こちら側が関東平野ですか?」
「そうです。この先に東京があります」
遠景から視線を下に向けると、天上から下界を覗いている気分になった。車が蟻の行列に見える。これだけ視界が開けるのだから山城として最適であったのがよくわかる。  
振り返り北側を向くと、大きな石の鳥居が見える。
「この先には神社が?」
「そうです。そこが金山城本丸跡で、今は新田神社が建っています。明治8年に建立されたもので、新田義貞を祀ったものです。見てみますか?」
「ええ、もちろん」と軽やかに答えて、この取材の目的は新田伝承ですから……と付け加えた。
大きなケヤキの木の横にある石の階段を上ると、古ぼけた拝殿が見えた。そこは、よくいえば神社特有の静けさがあるといえるが、実際は寂れたという言葉が当てはまる。決して小さな建物ではないし、それなりに整備もされている。だが荒れた感じがするのはなぜだろう、ここに来る度に真船は思う。琴音もそれを感じたのだろうか、言葉を発せずに、拝殿で手を合わせた。
神社の横からは北側が見渡せる。真船は指をさして説明する。
「この北東に見えるのが日光連山、北が赤城山、あの北西に見えるのが榛名山です」
「北と南でこれほど風景が違うなんて面白いですね」
「そうですね。だから金山に城を築く意味があったといえるでしょう」
琴音の表情が明るくなり、だんだんと積極的になってきた。少しずつ興味が湧いてきた証拠だろうか。
「これからは少々長くなりますけど、新田氏の遺跡巡りをしながらその歴史を紹介していきます。どうぞよろしくお願いします」真船は改めて言った。
これに答えて琴音も「こちらこそよろしくお願いします」とぺこりと頭を下げた。
車に戻った2人は、次の目的地に向かった。
「わたし、新田義貞が鎌倉幕府を倒したということを学校の歴史で習ったぐらいで、あまり詳しくないのですが……、どうゆう人なんですか?勉強不足ですいません」
「いや、いいんですよ。わたしも説明のしがいがあります。かえって私の説をそのまま説明するよりも順を追っていったほうが分かりやすいと思うし、真っ白な状態の方が、下手な知識があるよりいいんです。これが郷土史家とか専門の大学教授に話したところで一々細かいところを指摘されて進みませんから」天狗から話を聞いたといっても、誰も信じまい。
「そうなんですか。でも専門の人のほうが、話しが弾むんじゃありませんか?」
「いや、そうでもないんです。そんなこと歴史書に書いてないとか、史実と違うとかいって批判してくる。大体わたしの話をまともに聞こうとしたのは今回が初めてといってもいいくらいです。それに、おじさんたちと話をしても面白くありませんから」真船はあなたみたいな綺麗な人と話したほうが楽しいと、本当のことは言わなかった。
「良かったわ。実は何の知識もないまま訪ねてしまって、怒られるかと思ったんです。わたしもこんな取材の話は初めてで、少し乗る気がしなかったんですけど……。真船さんを見て安心しました」といって、髪を揺らして頭を下げた。
その姿を、真船は車のルームミラー越しに見た。(正直な人だなあ)と思った。そして少しだけ打ち解けたような気がした。「大丈夫任せてください。テレビのネタになるかどうかはわかりませんが、きっと面白い話だと思いますよ」
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Comment

[3]
消えた二十二巻様へ。
コメントありがとうございました。
西山はいま、同人サイトや、『でじたる書房』さんなんかで発表の機会を窺っています。
お互い似通った境遇なのですね?
がんばりましょう。
……尚、仕事の方は、数字が苛烈を極めてきたので辞める決心をしました。
またコメントください。

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すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

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by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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