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物語を物語る

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死んでからも子供に語られるような父親になりたいなぁ

物語を物語る

平成24年2月11日 読売新聞・橋本五郎「五郎ワールド」から。

森鷗外の父なるもの
<夜中に目をさまして、「パッパ、おしっこ」そう言うと、隣の布団がむっくり持ち上がって、父が立ち上がって便所へ連れていってくれた。握られた父の手からは、無限のやさしさが伝わり、廊下はつめたかった。
用をたすあいだ父は廊下に立っていた。父は細長く三つに折った懐紙を取り出して、一二滴の粗相のあとをていねいに拭いてくれた>
三男・類の『鷗外の子供たち』(ちくま文庫)で描かれた父親としての森鷗外である。次女・小堀杏奴は『晩年の父』(岩波文化)で回想している。
<父は一緒に寝床までついて来てくれて、枕許に坐って話しているか、そうでなければもうとってある父自身の寝床に横になって話して行った。「パッパ、手」。そういって私は父の差し出す手を両手で大切そうに持って寝た。(弟の類も)「パッパ、僕にも手」。そうして何時の間にか、私は知らない中に寝てしまった>長女・茉莉の「幼い日々」(小池真理子選『精選女性随筆集 森茉莉・古屋信子』文藝春秋)
〈私は軍服を着た父が、好きだった。……その軍服の胸の中に、小さな胸一杯の、私の恋いと信頼とが、かけられているのだった。「パッパ」。それは私の心全部だった。父の胸の中にも、私の恋しがる小さな心が、いつでも、温かく包まれて入っていた〉
(中略)
鷗外のもっとも根本にあったのは「嫡男意識」だった。唐木順三は漱石との比較で論じている。(『唐木順三全集』筑摩書房、第二巻)漱石には末子でなければ持ち得ない自由さがあった。鷗外は常に舵を取って難所を切り抜けていかなければならない嫡男、船頭だった。〈鷗外は一家の家長としての体面を立派すぎるほど立派に保った。賢くて気の強く美しかった母峰子に対して一生鞠躬如(きゅきゅうじょ)として仕えた。これもまた気の強く美しくもあった己が妻と母との、ともすれば波も風も起ってしかるべき間柄を、できるだけ小波風でとどまらせようして巧みに「舵を取った」〉
鷗外は母に仕えて鞠躬如であったように、陸軍の長老山県有朋に仕えてもそうであった。さらに天皇に仕えてもまことに鞠躬如であった。
1929年7月9日、鷗外は60歳の生涯を終えた。最後まで医薬を斥け、延命治療を拒否した。死の3日前、親友の賀古鶴所に遺言を口述した。
〈余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス……墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラズ〉
死因は「萎縮腎」と発表された。直接の死因が「肺結核」だったと公表されたのは32年後のことである。鷗外三十二回忌に際し、長男・於菟が鷗外の主治医額田晋博士から聞い話として明らかにした。(森於菟『父親としての森鷗外』筑摩書房)
鷗外は主治医に「このことだけは人に言ってくれるな、子供もまだ小さいから」と頼んだという。唐木は「未婚の子女をもった鷗外は、結核の家系とみられることを怖れて、おのが死病の名を変えて発表させる工作をした」と書いている。鷗外は最後まで子供たちを守ろうとした。それに比べ、自分はいかなる父親なのか。深く自問せざるを得ないのである。

小学生の娘がいる私には、とても感慨深いコラムだったので、書き起こしてみました。
娘からみて、果してわたしが、尊敬される父親となっているのか、まあ尊敬とまでいかないまでも慕われる存在ととなっているのか、少々心配ではあります。(まさに本文にあるように父親として自問してしまいます)
娘や息子たちに「父親」として敬慕される森鷗外は、人間として素晴らしく、いい人生であったと言えるでしょう。
私もかくありたい、と思いました。

ここで話は一気に下品になる。
「デリカシーがなさすぎる」″ロリコン特需″のラサール石井に一家離散の危機」という記事を読んだ。
この男がどうなろうと本当にどうでもいいことだが、浅田真央への侮辱ツィッター事件以来、顔を見るのさえ気持ち悪い。過去記事
こいつが、自分の娘より年下の女と再婚し、それがどこぞの女優に似ているとか、挙句は嫁とは週2回やっているとか、そんなお前の性生活の情報などマジでどうでもいい。ただ思うのは、いい歳こいて人前でアホを曝すバカな男だということだけ。
それでも、高学歴の知識人タレント(ただし何が本業なのかは分からないし、タレントといっても何の芸があるのかも分からないが)としていまだにテレビで持て囃されているというのはどういうことだろう。テレビ・マスコミのバカさ加減にもとことん呆れてしまう。
だが、元妻をテレビでコケにして、捨てた娘とは絶縁状態にあるというから、これはこれで笑ってしまうではないか。

さてさて、鷗外とこんな人物を一緒の記事にするには訳がある。
「人の父親」としては同じ立場にあるからだ。
だが、この違いは何なのだろう。
自分の子供らに尊敬され後々まで語られる人生と、
自分の娘と同じくらいの女と再婚して、自分の妻子らを見捨て、その子らと絶縁状態になる人生と、
どちらの人生が「人として」いいのか。
……。
まあ、人によっては「ラサール石井」的人生がいいという人もいるでしょうが……。やはり私は「鷗外的父親」になれればいいなと思いを新たにしました。

追記 
翻って、自分の娘はといえば。
進研ゼミの全国実力診断テストで「全国1位」になっていました。
これは、ワロタwww。
全国1位

まあ、後になって「こんなこともあったなぁ」という記念として載せてみました。(そうあるもんじゃなから)
別に、勉強をやれ!やれ!なんて強制もしてないんだけどね、軽く全国1位って(親バカぶりを発揮しています)
家じゃ、ちびまる子とかプリキュアとかアニメばかり見てるけど、軽く全国1位って(しつこいですね)

でも思うんですよ。成績も大切ですが、頭がいいだけじゃダメなんじゃいかと。勉強が出来て、ラサール高校行ったって、自分の子供と絶縁状態になる人を見ると、それは何か大切なものが抜け落ちた不幸な人生なんじゃないかと。(まあ幸不幸の価値観は人によって違うけど)

そして親として願うのは、健康であることと、「けいおん」とか「ちはやふる」とか「コボちゃん」とか観て、これは面白い話だなと感得できる力を養って欲しいということ。そして、その物語の中に大切なものがつまっていると感じ取ることのできる感受性をいつまでも失わないでほしいということだ。

過去記事「クリスマスイブに娘と映画「けいおん」を見てきたよ」で書いたように、それが娘と父親とのいい思い出となればいいんです。そう、森鷗外の子供らが夜中にトイレに付いていってあげたように、何気ないことが父子の記憶として残ればいいと願うのみです。

と、「五郎ワールド」の記事からいろんなものをくっつけてみました。
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