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和辻哲郎「風土」から。 第2回目 日本人特有の性格「しめやかな激情」

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和辻哲郎「風土」の2回目ですが、その前に、読売新聞の投稿欄の記事から。(平成24年2月8日付け)

住民を救った町職員、尊い使命感学んで(埼玉県 農業 78)
東日本大震災で忘れられない報道がある。宮城県南三陸町で、住民に避難を呼びかけ続けた町職員の遠藤未希さんが、津波の犠牲になったというものだ。この出来事を、埼玉県が4月から県内の公立小中高校で使う道徳の教材に、「天使の声」というタイトルで取り上げるという。
当時24歳だった遠藤さんは、防災対策庁舎の2階から「津波が来ています。早く逃げてください」と呼びかけていた。この防災無線を聞いて、どれだけ多くの住民の命が救われたことだろう。
思いやりの心や使命感を持つ尊さについて、児童や生徒に学んでもらうことは真の教育と言えるだろう。
我々は、大きな悲しみをもたらした震災から、様々なことを学び、将来を担う子供たちに伝えていかなければならない。

さて、同じ事柄を扱いながらも、全く方向性の違うものが朝日新聞の投稿欄に出ていた。(2月6日付け)

職員の犠牲 美化より教訓に (フランス在住 大学院生 25)
宮城県南三陸町で津波避難を防災無線で叫び続けて亡くなった遠藤未希さんが「天使の声」と言う題で埼玉県の公立小中学校の道徳の副読本に載るという。「人を思いやる心を育む」ために使われるそうだ。 だが、果たして、皆の為に自分の命を犠牲にすることが、本当の意味での「思いやり」になるのだろうか。確かに、町職員が町民の命を守る使命を全うしたことは尊いことである。ただ、職員がなぜ自分の尊い命を犠牲にせざるを得なかったのか。その原因の中には、避難を誘導する放送が無人で機械化がされておらず人力に頼った対策の不備はないか等を考えることも大事なように思う。尊い犠牲は美化した悲劇にするよりも、有事に命を救う対策にこそ生かされるべきだ。

実にアサヒ的発想で恐ろしくなる。(こういう否定の仕方はないだろう。そう感じるのは私だけなのだろうか。そして行間からあふれ出てくる何ともいえないこの冷淡さは何だろうか)
そして読売と朝日のカラーがこれほどはっきりと出ていることにも驚く。(投稿記事といえども、選ぶ側に思想や意図や思惑があることは間違いないからだ)
さてさて、ここでは二紙の違いを書きたいわけではない。
この話を聞いて、何故、特別な感情が湧きあがってくるのかということ。
遠藤未希さんのあの最期の映像を見て思うのは、実に「日本人的」だということ。イタリア客船座礁事故では、イタリア人の船長は乗客を置き去りにして真っ先に逃げたが、遠藤さんはそうしなかった。
多くの日本人(アサヒ的思考者以外)は、遠藤さんの行動の中に何らかの「美しさ」を感じたのだ。
そして、そこに日本人が求める真の精神(そうありたいと願うもの)」が、そこにあるとも気が付いた。(だから教科書に載せようとしている)
では、どこに感応したのか。
それは教科書的な「思いやり」や「使命感」、ましてや「アサヒ的教訓」以外のもの、(いや、それ以上の)のものがそこにあると直観したからだと思う。
多くの日本人が、日本人特有の精神を、「遠藤さんの最期」に感じ取ったのだ。
では、その「特有の精神」とは何か。
ということで、それが今回の和辻哲郎「風土」の2回目のテーマとなる。
この件に関して言えば、和辻の説くところの、「激情」と「死へあきらめ」がない交ぜとなった「日本人的」性格だということだ。
その説明が以下にある。(文章は前回「第三章モンスーン的風土の特殊形態・日本 ・台風的性格」からの続きなので、前回分も読むともっと分かりやすくなる)

次にモンスーン的な忍従性もまた日本の人間において特殊な形態を取っている。ここでもそれは第一に熱帯的・寒帯的であるここでもそれは第一に熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、従って非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の長い辛抱強さでもなくして、あきらめでもありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従である。暴風や暴雨の威力は結局人間をして忍従せしめるのではあるが、しかしその台風的な性格は人間の内に戦争的な気分を湧き立たせずにはいない。だから日本の人間は、自然を征服しようともせずまた自然に敵対しようともしなかったにもかかわらず、なお戦闘的・反抗的な気分において、持久的ならぬあきらめに達したのである。日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)は、右のごとき忍従性を明白に示している。
第二にこの忍従性もまた季節的・突発的である。反抗を含む忍従は、それが反抗を含むというその理由によって、単に季節的・規則的に忍従を繰り返すのでもなければ、また単に突発的・偶然的に忍従するのでもなく、繰り返し行く忍従の各瞬間に突発的な忍従を蔵しているのである。忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐のあとには突如として静寂なあきらめが現れる。受容性における季節的・突発的な性格は、直ちに忍従性におけるそれは相まつのである。反抗や戦闘は猛烈なほど嘆美せられるが、しかしそれは同時に執拗であってはならない。きれいにあきらめるということは、猛烈な反抗・戦闘を一層嘆美すべきものたらしめるのである。すなわち俄然として忍従に転ずること、言い換えれば思い切りのよいこと、淡泊に忘れることは、日本人が美徳としたところであり、今なおするところである。
桜の花に象徴させられる日本人の気質は、半ばは右のごとき突発的忍従性にもとづいている。その最も顕著な現れ方は、淡泊に生命を捨てるということである。この現象はかつてキリシタンの迫害に際しての殉教者の態度としてヨーロッパ人を驚嘆せしめたように、近くは日露戦争において彼らに強い驚きの印象を与えた。反抗や戦闘の根底に存するものは生への執着である。しかも生への執着が大きい・烈しい客観的な姿に現れたときに、その執着を全然否定する態度であった。日本人の争闘はここにその極致を示している。剣道の極致は剣禅一致である、すなわち闘争をば執拗な生への執着から生の超越にまで高めることである。これらを我々は台風的な忍従と呼ぶことができる。
そこで日本の人間の特殊な存在の仕方は、豊かに流露する感情が変化においてひそかに持久しつつその持久的変化の各瞬間に突発性を含むこと、及びこの活発なる感情が反抗においてあきらめに沈み、突発的な昂揚の裏に俄然たるあきらめの静けさを蔵すること、において規定せられる。それはしめやかな激情、戦闘的な恬淡である。これが日本の国民的性格にほかならない。

本当にいい説明だと思う。日本人の性格をこれほど上手く表現しているものはないと思う。
そして和辻は、「しめやかな激情」という語の注釈をしている。

「しめやかな激情」
愛情を「しめやか」という言葉で形容するのは、ただ日本人のみである。そこには濃やかな感情の静かな調和的な融合が言い現わされている。「しめやかな激情」とは、しめやかでありつつも突如激情に転じ得るごとき感情である。すなわち熱帯的な感情の横溢のように、単調な激情をつづけて感傷的に堕するのでもなければ、また湿っぽく沈んで湧き立たない感情でもない。

なるほど。いい言葉だ。
また「恬淡」(てんたん)という語を辞書を引いてみると「心やすらかで無欲なこと。あっさりしていて物事に執着しないさま。」とある。まさに「さくら」だろう。
新渡戸稲造の「武士道」でも、同様に、日本人の精神を「さくら」に例えているが、まさしくその通りだ。
過去記事「資料編を追加します。 第28回 新渡戸稲造「武士道」の後半部分から。
そして「突発的忍従性」や「しめやかな激情」、それは日本人特有のものであるから故に、なおさらそこに美しさを感じるのだ。

だから、日本人的精神のあふれた「さくら」のごとく美しい行動を示した遠藤さんに、多くの日本人は心を動かされたのだ。
参考資料 桜(画像はアニメ「ちはやふる」から。日本人は昔から「桜」を描いてきた。その精神はアニメやマンガにも受け継がれている)

……続く。
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