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和辻哲郎「風土」の第三回目 「気合い」による日本文化の説明

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和辻哲郎「風土」の第三回目 
今回より「第四章 芸術の風土的性格」から、日本に関する部分を引いていきます。
前回は「第三章の日本の台風的性格」からでしたが、第四章はこのすぐ後に続いている章で、この本の総まとめ的記述となっている。(この後、第五章があるが、そこではヘーゲルやヘルデル、ハイデッカーなどの考察となり、哲学的内容となっている。「風土」との論考としては第四章が全体の総括となっている)
その第四章の前半部分ではヨーロッパの芸術・美の説明があり、それを受けて日本の芸術・美の解説に入っている。
この比較文化論的展開は、ブルーノ・タウトの日本文化の説明と同様で、日本の独自性が「日本文化の美」となっているという説明である。
引用する部分で和辻は、特に「気合い」という言葉を使って、日本文化の特異性を説明している。
気合といっても、体育会系の人(松岡修造のような)が好きな気合、つまり「あることに精神を集中してかかるときの気持ちの勢い。また、それを表すかけ声。」というのではなく、「物事を行うときのこつ。また、互いの間の気分。息。呼吸。」といった意味の「間合い」とか「絶妙な組み合わせ」とか言った意味合いで使っている。
文章を読むと分かるが、日本人が持つ特有の美的感覚である「味」といった意味と同じであろう。(過去記事「ブルーノ・タウトの「日本文化私観」その9 「味」と「まがいもの」)
ではどうぞ。


(前略)
西洋の庭園が人工的な秩序的であり、シンメトリーや統一性に「美」を求めたのと違い、日本の庭園は全く違う。
無秩序な荒れた自然のうちに自然の純粋な姿を探り求めた。それを日本の庭園は自然の美の醇化・理想化にほかならぬ。仕事そのものにおいてはギリシアの芸術と規を一にすると言ってもよい。
そこでかくしてできあがった庭園はいかなるまとまりを持っているであろうか。簡単なものになると、それはただ杉苔の生い育った平面に一本の松、あるいは五七の敷石があるきりである。(たとえば大徳寺真珠庵方丈の庭、玄関先、桂離宮の玄関先など)それは統一すべき多様さを持たない、従って本来統一されている単純なものに過ぎないとも言えよう。しかしこの杉苔は自然のままではこのように一面に生いそろうこともないのである。それはただ看護(人の手を加えるといった意味)によって得られた人工的なものにほかならぬ。しかもこのように生いそろった杉苔は刈りそろえられた芝生のような単純な平面ではない。下より盛り上がって微妙に起伏する柔らかな緑である。その起伏のしかたは人間が左右したのではない自然のままのものであるが、しかし人間はこの自然のままの微妙な起伏が実に美しいものであることを知って、それを看護によって作り出したのである。従ってこの起伏する柔らかい緑と堅い敷き石との関係にも庭作りには非常な注意を払っている。敷石の面の刻み方、その形、その配置、――面を平面にし、形を方形にするようなことも、幾何学的なシンメトリーとして統一を得るためではなく、苔の柔らかい起伏に対する対照のためである。
従ってその配置は、苔の面が細長い道である時には直線的に、苔の面がゆるやかに広がるときには大小呼応して参差(しんし)と散らされる。それは幾何学的な比例においてではなく、我々の感情に訴える力の釣り合いにおいて、いわば「気合い」において統一されている。ちょうど人と人との間に「気が合う」と同じように、苔と石と、あるいは石と石の間に、「気」が合っているのである。
西芳寺(京都・西芳寺。通称「苔寺」)

庭園のまとめ方に最もよく似たまとめ方を持つものは、恐らく庭作りがそこから多くを学んだであろうと思われる絵画である。長方形の画面の上部左寄りに濃淡を異にする四五の竹葉が墨をもって描かれている。それを受けた淡い竹幹が左の縁に沿って立つ。その他の大部分の画面は空白であるが、そのただ中に、竹葉のやや下に、濃く描かれた一羽の雀が飛んでいる。かかる絵の構図にはシンメトリーというごときことはいかなる意味でも認められない。しかもそこには寸分の隙もないつり合いが感ぜられる。何ものも描かれざる空白が、広い深い空間として濃い雀の影とつり合い、この雀の持つ力が、淡い竹葉のうちに特に際立って濃くされた二三の竹葉の力と相呼応する。こうしてそれぞれのものが動かすことのできない必然の位置を占めている。このような気合いとしてのつり合いの関係によって、物象がただ片隅に描かれているようなこの画面をも豊かなまとまりあるものとして感ぜらせしめるのである。この種のまとめ方は宋元舶載の小さな画帖の絵にも、足利桃山から徳川へかけての大きい襖絵・屏風絵にも、非常に多く認められる。梅の枝に雀のとまった小画、梅花が水に面して立つ屏風絵、御所車のまわりに人の群れている小屏風絵、――そういうものにおいて不規則に画面の横から突き出た梅の枝の形や、その上の梅の花の配置や、その中にとまった雀の位置などの間の実にほどのいいつり合い、あるいは咲き乱れた紅梅の木の形とそれに面する水や築山の間のほどのいい色や線の調和、あるいは御所車を画面の端に寄せて、人物の向きを巧みに配合しつつ空白である他の側に向かって漸次人の群を薄め減らして行く構図のほどのいい動きかた、――これらのほどのよさは一見して明瞭であるが、しかしこのほどのよさの基礎となっている規則を我々は見いだすことができない。それはただ直覚的に得られた、そうして一分も動かすことのできない「気合い」である。
武蔵(宮本武蔵の「竹雀図」)

が、絵画のまとめ方の特殊性はこのような「気合い」によるもののみではない。それは空間芸術として一目に見渡せる場合のまとめ方、すなわちシンメトリーや比例に代わるものとしてのまとめ方であるが、我々の絵画においてはさらに時間的な契機を入れた特殊なまとめ方が重要な位置を占める。すなわち絵巻物のまとめ方である。西洋の絵画においては物語を題材とした続きものを描く場合でも、続いているのはただ物語の内容だけであって、絵自身は一々独立した構図を持つか、あるいは一々独立しつつ装飾的な大きい全体にまとめられているかである。しかるに絵巻物においては構図そのものが時間的に展開し行くように作られている。物静かな構図に始まってそれが徐々に複雑の度を加えつつついに無数の物象の組み合わせによる極度に複雑な構図となり、やがてまた徐々に単純に帰りつつきわめて簡素な構図をもって局を結ぶというごとく、それはむしろ音楽の展開のしかたに似たものである。我々はこの集まっては散り散っては集まるというごとき移り変わりによってしばしば胸を打つごとき美しさを感じせられることがある。もとよりこの種の絵のおのおのの部分は、それだけ切り離してもまた絵としてまとまった構図を持ち得るであろう。しかしそれは本来展開し行く全体のある一定の部分として作られたものであって、その部分の意義は全体において初めて充分に発揮される。伴大納言絵巻のごとく一つの物語を題材とするものはもとよりであるが、鳥羽僧正筆と称する鳥獣戯画巻のごとき、あるいは雪舟の山水長巻のごとき、全然題材の束縛を受けないものにおいても、全体としての構図の展開は確かに主要事とされている。構図の移り変わりに従って筆調もまたおのずから移り変わっているごときは、展開し行く全体についての充分な理解を示すと言えよう。しかしこの展開の仕方においても我々は音楽におけるような規則的なるものを見いだすことができない。それは同じテーマを繰り返す展開ではなくして常に他の姿に移りゆく展開であり、しかも全体として一つにまとまっているのである。それはもし比すべきものを求めるならば、非合理的なる契機に充たされる生の統一的展開のほかにないであろう。
20110110125328.jpg
(鳥獣戯画巻)



続く
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