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和辻哲郎 「風土」第六回目 「我々はかかる風土に生まれたという宿命の意義を悟り、それを愛さねばならぬ。」

物語を物語る

和辻哲郎の「風土」、第六回目
引用してきた第四章「芸術の風土的性格」も大詰めです。このシリーズでは、意識的に「日本」に関する部分を中心に引いてきましたが、本書で記述的に多いのはヨーロッパに関するところでしょう。
第四章も、冒頭から前半の大半は西洋(特にギリシア人)についての説明であり、これと東洋(特に日本)とを対比させることによって、風土が及ぼす人(文化・芸術)への影響を考察している。この比較文化論が面白い。

分かりやすい一例は、古代ギリシア人・ポリュクレイトスの彫刻と日本の推古仏(広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像)だろうか。
ポリュクレイトス
推古仏
ギリシア人・ヨーロッパ人が作り上げた芸術が、合理的規則の中にそれを求めたのに対して、日本人・東洋が求めた芸術は不規則なもの、気合いの中にその美を求めた。
その違いを生んだのが「ところ」つまり「風土」ということだ。(詳しくは本書をあたって下さい。)
また、東洋と西洋の自然に対する考え方の違いを、和辻はゲーテと芭蕉を例に出して説明している。
ゲーテゲーテ
芭蕉松尾芭蕉
両者の比較で、西洋と東洋の思考の違いを説明したのも分かり易かった。

かくして我々は自然の合理的な性格とのいずれが著しく目立っているかによって芸術に著しい相違が現れて来たのを見る。それはちょうど人が自然において何を求めているかを反映したことになるだろう。ヨーロッパにおいては、温順にして秩序正しい自然はただ「征服さるべきもの」、そこにおいて法則の見出さるべきものとして取り扱われた。特にヨーロッパ的なる詩人ゲーテがいかに熱烈な博物学的興味を持って自然に対したかはほとんど我々を驚倒せしめるほどである。人はその無限性への要求をただ神にのみかけて自然にはかけぬ。自然が最も重んぜらるる時でも、たかだか神が造ったものとして、あるいは神もしくは理性がそこに現れたものとしてである。
しかるに東洋においては、自然はその非合理性のゆえに、決して征服され能わざるもの、そこに無限の深みの存するものとして取り扱われた。人はそこに慰めを求め救いを求める。特に東洋的なる詩人芭蕉は、単に美的にのみならず倫理的に、さらに宗教的に自然に対したが、そこに知的興味は全然示さなかった。自然とともに生きることが彼の関心事であり、従って自然観照は宗教的な解脱を目ざした。かかることは東洋の自然の端倪すべからざる豊富さを持って初めてあり得たことであろう。
人はかかる自然に己れをうつし見ることによって、無限に深い形而上学的なるものへの通路をさし示していることを感ずる。優れたる芸術家はその体験においてかかる通路をつかみ、それを表現しようとするのである。

風土が芸術家に影響を及ぼすということだ。言われてみればその通りだろう。

津田左右吉「歴史論集」にもそんな文章があった。

芸術と社会
芸術のための芸術と一口でいってしまえば、社会との関係などは初めから論にならないかも知れぬ。けれども芸術を人生の表現だとすれば、そうして、人が到底社会的動物であるとすれば、少なくとも芸術の内部におのずから社会の反映が現れることは争われまい。芸術の時代的、または国民的特色というものは畢竟ここから生ずるのである。まして、芸術の行われる行われない、発達する発達しないというような点になると一般社会の風俗や思潮に支配せられないはずがない。

芸術と国民性
(ステレオタイプの国民性を否定して)……まして芸術家はそういうあやふやな国民性論を念頭にかける必要があるまい。のみならず、国民性も国民の趣味も決して固定したものではない。要するにそれらあは国民の実生活によって養われたものであり、国民生活の反映であるから、国民が生きている限りは生活そのものの変化と共に絶えず変化してゆくものである。それが動かないようになれば国民は死んだのである。ただその国民趣味に新しい形を与え、新しい生命を注ぎ込んでゆくのは芸術家である。芸術家は意識してそうするのではないが歴史の跡から見るとそうなっている。この点から見ても芸術家は過去の国民趣味に拘泥するべきものではない。
もう一つ考えると、芸術家も国民である以上、意識せずとも国民性はその人に宿っているはずであるから、どんな芸術家でもその人の真率な作品は取りも直さず国民性の現れたものである。国民性というものが現在生きている国民の心生活の外に別にあるものではなく、そうして趣味の方面ではそれが芸術家によって表される。趣味の上に新しい生命を得ようとする国民の要求は絶えず新しい境地を開こうとする内的衝動となって芸術家を権化せられる。だから一心不乱に自己を表出しようとする芸術家は即ち無意識の間の国民の要求を実現させつつあるものである。知識として国民性を云々しないでも、生きた芸術として国民性を形づくってゆくのが芸術家である。

津田は「国民性」という枠組みで括っているが、これも「風土」によって形成されるのだから、結局は和辻と同じことを言っているのである。
生まれ育った場所(つまり風土)に影響されない芸術家というのはいないだろう。国だとか故郷だと環境だとか、言葉は違うが、畢竟、これが和辻のいうところの「風土」ということにとなるのだ。

そして「風土 第四章」はこんな一文で終わっている。

そうして世界が一つになったかのように見える今では、異なる文化の刺激が自然の特殊性を圧倒し去ろうとするかに見える。しかしながら自然の特殊性は決して消失するものではない。人は知らず識らずに依然としてその制約を受け、依然としてそこに根をおろしている。
(中略)
我々はかかる風土に生まれたという宿命の意義を悟り、それを愛さねばならぬ。かかる運命を持つということはそれ自身「優れたこと」でもなければ「万国に冠」たることでもないが、しかしそれを止揚しつつ生かせることによって他国民のなし得ざる特殊なものを人類の文化に貢献することはできるであろう。そうしてまたそれによって地球上の諸地方がさまざまに特徴を異にするということも初めて意義あることとなるであろう。

和辻はこんな言葉で締めくくった。(いい言葉なので、太字にしてみた)
これが書かれたのが昭和四年だというのに、全く色褪せていないのだから驚く。
簡単に言ってしまえば、違う風土では、そこから生まれる文化も考え方も当然違う。それをまず互いに知り、他の文化を尊重し合うことが大切。どこの文化が優れているとか劣っているとかということでなく、ましてそれによって各国、各民族の優劣をつけるというのではない。
そして、和辻が最も主張したかったのは、己の文化を理解し、愛すること、だろう。
日本人には独自の美的感覚がある。(それは日本の風土、移り変わりの激しい四季によって形成された)
それを、愛すのだ!
そう訴えている。

和辻哲郎の「風土論」は、マルクス・唯物論者や左翼系学者からかなり批判されたそうだ。
確かに、そうだろう。内容的には保守的論理で書かれたものだ。しかし、これは、決して排他的国粋主義ではない。
「みんな違って、みんないい」(なぜか金子みすず)、和辻の精神の基本はここにある。
これが、読んでいて私には心地いいのだ。

このシリーズは終わり。
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