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地球物理学者・寺田寅彦から見た日本神話が秀逸だった件

物語を物語る

今年は『古事記』が編纂されてから1300年の節目にあたるということで、これに関連した新聞記事を多く見かけるようになった。
個人的にはこういう記事が好き。

お遊戯会で「古事記」 西大和保育園児ら熱演 奈良
「古事記」などをテーマにしたお遊戯会が18日、王寺町の白鳳女子短大で開かれ、西大和保育園(河合町)年中組の園児ら14人が古事記ゆかりの演劇「国生み」を熱演した。
 古事記編纂(へんさん)1300年事業が県内各地で行われるなか、同園は今年から関連する神話の読み聞かせに取り組んでいる。淡路島や九州など馴染みの地名が登場する「国生み神話」に園児たちは興味を持ち、自らお遊戯会の演目として提案したという。
 1カ月かけて練習を重ねてきた園児たちは、イザナギやイザナミなど5役を分担。島々を生み出すエピソードや亡くなったイザナミを追って黄泉(よみ)の国に行ったイザナギが、地上に逃げ帰る場面などを熱演すると、客席から大きな拍手が送られた。
 イザナミ役を演じた岩城美羽(うるは)ちゃん(5)は「古事記は不思議なことがいっぱい書かれていておもしろい。きれいな衣装も着ることができて楽しかった」と笑顔で話していた。(平成24年2月19日 産経新聞)


さてさて先日、寺田寅彦の随筆集を読んでいたら、地球物理学から見た日本神話といった内容のものが出てきた。これがすこぶる面白い。そこでいつものように書き起こしてみました。(書き起こした後で、「青空文庫」を見たらも、すでにネットに上がっていました。)
寺田寅彦 第4巻(「神話と地球物理学」が掲載されているのは第4巻)
この章は3つに分けられ、神話も和辻哲郎・風土論的解釈をすればこうなるのかなという前半部分、日本神話を地球物理学的に解釈した中盤部分、そして、「わが国の民族魂」のために神話を研究すべきと訴える後半部分から成り立っている。
私的に面白いのは前半と後半部分。後半に出てくる「きのうの出来事に関する新聞記事がほとんど嘘ばかりである場合もある。しかし数千年前からの言い伝えに中に貴重な事実が含まれている場合もあるであろう。」という表現が面白いなぁ。

神話と地球物理学
われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。たとえばスカンジナビアの神話の中には、温暖な国の住民には到底思いつかれなそうな、驚くべき氷や雪の現象、あるいはそれを人格化したと思われるような描写が織り込まれているのである。
それで、わが国の神話伝説の中にも、そういう目で見ると、いかにも日本の国土にふさわしいような自然現象が記述的あるいは象徴的に至るところにちりばめられているのを発見する。
まず第一にこの国が島国であることが神代史の第一ページにおいてすでにきわめて明瞭に表現されている。また、日本海海岸には目立たなくて太平洋岸に顕著な潮汐の現象を表徴する記事もある。
島が生まれるという記事なども、地球物理学的に解釈すると、海底火山の噴出、あるいは地震による海底の隆起によって海中に島が現われあるいは暗礁が露出する現象、あるいはまた河口における三角州の出現などを連想させるものがある。
なかんずく速須佐之男命に関する記事の中には火山現象を如実に連想させるものがはなはだ多い。たとえば「その泣きたもうさまは、青山を枯山なす泣き枯らし、河海はことごとくに泣き乾しき」というのは、何より適切に噴火のために草木が枯死し河海が降灰のために埋められることを連想させる。噴火を地神の慟哭と見るのは適切な比喩であるといわなければなるまい。「すなわち天にまい上ります時に、山川ことごとく動き、国土皆震りき」とあるのも、普通の地震よりもむしろ特に火山性地震を思わせる。「勝ちさびに天照大御神に営田の畔離ち溝埋め、また大嘗きこしめす殿に屎まり散らしき」というのも噴火による降砂降灰の災害を暗示するようにも見られる。「その服屋の頂をうがちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るる時にうんぬん」というのでも、火口から噴出された石塊が屋をうかがって人を殺したということを暗示する。「すなわち高天原皆暗く、葦原中国ことごとくに闇し」というのも、噴煙降灰による天地晦冥の状を思わせる。
「ここに万の神の声は、狭蝿なす皆湧き」は火山鳴動の物すごい心持ちの形容にふさわしい。これらの記事を日蝕に比べる説もあったようであるが、日蝕のごとき短時間の暗黒状態としては、ここに引用した以外のいろいろな記事が調和しない。神々が鏡や玉を作ったりしてあらゆる方策を講じるという顛末を叙した記事は、ともかくも、相当な長い時間の経過を暗示するからである。
記紀にはないが、天手力男命が、引き明けた岩戸を取って投げたのが、虚空はるかにけし飛んでそれが現在の戸隠山になったという話も、やはり火山爆発という現象を夢にも知らない人の国には到底成立しにくい説話である。
誤解を防ぐために一言しておかなければならないことは、ここで自分の言おうとしていることは以上の神話が全部地球物理学的現象を人格化した記述であるという意味では決してない。神々の間に起こったいろいろな事件や葛藤の描写に最もふさわしいものとしてこれらの自然現象の種々相が採用されたものと解釈するほうが穏当であろうと思われるのである。
高志の八岐の大蛇の話も火山から噴き出す溶岩流の光景を連想させるものである。「年ごとに来て喫(く)うなる」というのは、噴火の間歇性を暗示する。「それが目は酸漿(あかかがち)なして」とあるのは、溶岩流の末端の裂目から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身に一つに頭八つあり」は溶岩流が山の谷や沢を求めて合流するさまを暗示する。「またその身に苔また檜杉生い」というのは溶岩流の表面の峨峨たる起伏の形容とも見られなくもない。
「その長さ渓八谷峡八尾をわたりて」は、そのままにして解釈はいらない。「その腹をみれば、ことごとに常に血爛れたりとまおす」は、やはり側面の裂目からうかがわれる内部の灼熱状態を示唆的にそう言ったものとは考えられなくもない。「八つの門(かど)」のそれぞれに「酒船を置きて」とあるのは、現在でも各地方の沢の下端によくあるような貯水池を連想させる。溶岩流がそれを目がけて沢に沿うておりて来るのは、あたかも大蛇が酒甕をねらって来るようにも見られるであろう。
八十神が大穴牟遅の神を欺いて、赤猪だと言ってまっかに焼けた大石を山腹に転落させる話も、やはり火山から噴出された灼熱した大石塊が急斜面を転落する光景を連想させる。
大国主神が海岸に立って憂慮されておられたときに「海を光して依り来る神あり」とあるのは、あるいは雷光、あるいはまたノクチルカのような夜光虫を連想させるが、また一方では、きわめてまれに日本海沿岸でも見られる北光(オーロラ)の現象をも暗示する。
出雲風土記には、神様が陸地の一片を綱でもそろもそろと引き寄せる話がある。ウェーゲナーの大陸移動説では大陸と大陸、また大陸と島嶼との距離は恒同でなく長い年月の間にはかなり変化するものと考えられる。そこで、この国曳きの神話でも、単に無稽な神仙譚ばかりではなくて、何かしらその中にある事実の胚芽を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があって、それらがこういう神話と関連していないとも限らないのである。
神話というものの意義についてはいろいろその道の学者の説があるようであるが、以上引用した若干の例によってもわかるように、わが国の神話が地球物理学的に見てもかなりまでわが国にふさわしい事実を含んだものであるということから考えて、その他の人事的な説話の中にも、案外かなりに多くの史実あるいは史実の影響が包含されているのではないかという気がする。少なくもそういう仮定を置いた上で従来よりももう少し立ち入った神話の研究をしてもよくはないかと思うのである。
きのうの出来事に関する新聞記事がほとんど嘘ばかりである場合もある。しかし数千年前からの言い伝えに中に貴重な事実が含まれている場合もあるであろう。少なくともわが国の民族魂といったようなものの由来を研究する資料としては、万葉集などよりもさらにより以上に記紀の神話が重要な地位を占めるものではないかという気がする。
以上はただ一人の地球物理学者の目を通して見た日本神話観に過ぎないのであるが、ここに思うままをしるして読者の教えをこう次第である。(昭和8年8月)


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