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ヴァリニャーノの『日本巡察記』から・その1 日本人について

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何回かに分けて、アレッサンドロ・ヴァリニャーノの『日本巡察記』(松田毅一他訳 平凡社・東洋文庫)から日本人に関する記事を抜粋してみます。

その前にヴァリニャーノの経歴(日本大百科全書・ヤフー百科事典から。ここでは「バリニャーノ」と表記されている)

イタリア出身のイエズス会司祭で、三たび巡察師として来日し、布教事業に指導的役割を果たした。ナポリ王国のキエーティ市の貴族として生まれ、イエズス会員となったが、総長はその非凡の能力を認め、自らの名代ともいうべき巡察師に任命して東インドに派遣した。インドやマカオで仕事を終えてのち、1579年(天正7)に初めて日本に赴き、織田信長からも歓迎され、天正(てんしょう)遣欧少年使節行を立案し実施。90年には帰国する少年使節を伴い、インド副王の使節として来日。この際、一行にヨーロッパから活字印刷機を携えさせ、わが国で最初の活版印刷が始められた(キリシタン版の刊行)。98年(慶長3)から1603年(慶長8)まで3度目の滞日。06年1月20日、マカオで病没した。カトリック教会史上の偉人の1人。

そして、『日本巡察記』がどういうものかといえば、「信長・秀吉時代の日本に東洋巡察使として4回来日した著者が、イエズス会本部に書き送った機密報告書。」とあるように、日本にキリスト教を布教するためにはどうしたらいいのか、極東の地においてキリスト教国を作り上げるにはいかにすればいいのかを、イエズス会教師の最高監督者が本国に送った書である。
したがって、「第二十七章 日本における多額の経費、及びそれをまかなう方法。当布教を前進させるに必要な収入」とか「条二十五章 条件が充たされたならば、日本をインドから独立した管区にすべきこと」とか「第十九章 日本の上長がその統轄に優れた効果を挙げる為に一般に採るべき方法」などといった、日本をキリスト教国にするための具体的な方策が書かれている。つまりアジアや南米でみられたようなキリスト教による統括・支配(植民地)を日本でも行うための報告書だといってもいいだろう。
その人物が日本人の特性について書いている。それが、すこぶる面白い。
ローマカトリックの内部の文書であるから、日本人に媚びる必要などなく、第三者的目線で書かれていると言ってもいいだろうが(無論、多少の誇張はあるだろうが)、これが面白いほど、日本人をベタ褒めしているのだ。
日本人とは何か、それを考える意味でも重要だと思うので、引いていきます。

第一章 日本の風習、性格、その他の記述

わがイエズス会が日本において現在所有し、将来所有すべき、修院、学院、およびその統轄方法を述べるに先立ち、日本における種々の風習や性格について概説する必要があろうと思う。
……。
(日本人は)人々はいずれも色白く、きわめて礼儀正しい。一般庶民や労働者でもその社会では驚嘆すべき礼節をもって上品に育てられ、あたかも宮廷の使用人のように見受けられる。この点においては、東洋の他の諸民族のみならず、我らヨーロッパ人よりも優れている。
国民は有能で、秀でた理解力を有し、子供たちは我らの学問や規律をすべてよく学びとり、ヨーロッパの子供たちよりも、はるかに容易に、かつ短期間に我らの言葉で読み書きすることを覚える。また下層の人々の間にも、我らヨーロッパ人の間に見受けられる粗暴や無能力ということがなく、一般にみな優れた理解力を有し、上品に育てられ、仕事に熟達している。
…(米しか作られない)したがって一般には庶民も貴族もきわめて貧困である。ただし彼らの間では、貧困は恥辱とは考えられてはいないし、ある場合には、彼らは貧しくとも清潔にして丁重に待遇されるので、貧苦は他人の目につかないのである。貴人は大いに尊敬され、一般にはその身分と地位に従って多数の従者を伴っている。
日本人の家屋は、板や藁で覆われた木造で、はなはだ清潔でゆとりがあり、技術は精巧である。屋内にはどこにもコルクのような畳が敷かれているので、きわめて清潔であり、調和が保てれいる。
日本人は、全世界でもっとも面目と名誉を重んずる国民であると思われる。すなわち、彼らは侮辱的な言辞は言うまでもなく、怒りを含んだ言葉を堪えることができない。したがって、もっとも下級の職人や農夫と語る時でも彼らは礼節を尽くさなければならない。さもなくば、彼らはその無礼な言葉を堪え忍ぶことができず、その職から得られる収入にもかかわらず、その職を放棄するか、さらに不利であっても別の職に就いてしまう。
(中略)
日本人はきわめて忍耐強く、飢餓や寒気、また人間としてのあらゆる苦しみや不自由を堪え忍ぶ。それは、もっとも身分の高い貴人の場合も同様である。が、幼少の時から、これらあらゆる苦しみを甘受するような習慣づけて育てられるからでしょう。
(中略)
彼らは信じられないほど忍耐強く、その不幸を堪え忍ぶ。きわめて強大な国王なり領主が、その所有するものをことごとく失って、自国から追放され、はなはだしい惨めさと貧困を堪え忍びながら、あたかも何も失わなかったかのように平静に安穏な生活を営んでいるのにたびたび接することもある。この忍耐力の大部分は、日本では環境の変化が常に生じていることに起因していると思われる。実に日本ほど運命の変転の激しいところは世界中にはないのである。ここでは、何か事があるたびに、取るに足りない人物が権力ある領主となり、逆に強大な人物が家を失い没落してしまう。既述のように、かような現象は、彼らの間ではきわめて通常のことであるから、人々は常にその覚悟をもって生活しているのであり、ひとたび(逆境に)当面すると、当然予期していたもののようにこれに堪えるのである。
また彼らは、感情を表すことにははなはだ慎み深く、胸中に抱く感情を外部に示さず、憤怒の情を抑制しているので、怒りを発することは稀である。したがって彼らのもとでは、他国の人々のように、街路においても、自宅においても、声をあげて人と争うことがない。なぜなら、夫と妻、親と子、主人と使用人は争うことをせず、表面は平静を装って、書状を認(したた)めるか、あるいは洗練された言葉で話合うからである。それ故、その国から追放されたり、殺されたり、家から放逐されても、平然とした態度でこれを甘んじるのである。換言すれば、互いにははなはだ残忍な敵であっても、相互に明るい表情をもって、慣習となっている儀礼を絶対に放棄しない。この点について生じることは吾人には理解できぬし、信じられないばかりである。それは極端であり、誰かに復讐し、彼を殺害しようと決意すると、その仇敵に対してそれまでよりも深い愛情と親睦さを示し、共に笑い共に喜び、状況を窺い、相手がもっとも油断したときに、剃刀のように鋭利で、非常に重い刀に手をかけ、次のような方法で斬りつける。通常は、一撃か二撃で相手を倒し、何事もなかったかのような態度で冷静に平然とふたたび刀を鞘に収め、動揺するでなく、言葉を発するでなく、感情に走って怒りの表情を示しはしない。このような次第であるから、いかなる者も柔和で忍耐強く、秀でた性格を有するように見えるのであり、この点において、日本人が他の人々より優秀であることは否定し得ないところである。
彼らは交際において、はなはだ用意周到であり、思慮深い。ヨーロッパ人と異なり、彼らは悲嘆や不平、あるいは窮状を語っても、感情に走らない。すなわち、人を訪ねた時に相手に不愉快なことを言うべきではないと心に期しているので、決して自分の苦労や不幸や悲嘆を口にしない。その理由は、彼らはあらゆる苦しみに堪えることができるし、逆境にあっても大いなる勇気を示すことを信条としているので、苦悩を能うる限り胸中にしまっておくからである。誰かに逢ったり訪問したりする時、彼らは常に強い勇気と明快な表情を示し、自らの苦労について一言も触れないか、あるいは何も感ぜず、少しも気にかけていないかのような態度で、ただ一言それに触れて、あとは一笑に付してしまうだけである。
一切の悪口を嫌悪するので、それを口にしないし、自分たちの主君や領主に対しては不満を抱かず、天候、その他のことを語り、訪問した先方を喜ばせると思われること以外には言及しない。同様の理由から、相談事において感情に走らない為に、重要な問題については、直接面と向かっては話さず、すべて書面によるか、あるいは第三者を通じて行うことが日本での一般の習慣となっている。これは両親と子供、主君と家臣の間はもとより、夫婦の間さえ行われているほどである。それは、憤怒や反駁、異議の生じる恐れがある場合には、第三者を通じて話し合うことが思慮深いと考えられているからである。かくて日本人の間には、よく一致と平穏が保たれる。子供の間にさえ、聞き苦しい言葉は口に出されないし、我らのもとで見られるように、平手や拳で殴り合って争うということはない。きわめて儀礼的な言葉をもって話し合い、子供とは思えない重厚な、大人のような理性と冷静さと落ち着いた(態度)が保たれ、相互に敬意を失うことがない。これはほとんど信じられないほど極端である。
服装、食事、その他の仕事のすべてにおいてきわめて清潔であり、美しく調和が保たれており、ことごとくの日本人がまるで同一の学校で教育を受けたかのように見受けられる。
次に述べるように、日本人は他のことでは我らに劣るが、結論的に言って日本人が、優雅で礼儀正しく秀でた天性と理解力を有し、以上の点で我らを凌ぐほど優秀であることは否定できないところである。

前にも引いたフランソワ・カロンにも子供のことが書かれていたが、子供の時からすでに日本人的大人であったようだ。これはほかの欧州人の日本人の一貫した見方だ。
それに、感情に走らない忍耐強さがある一方で、激しい感情も持っている(復讐のところ)など、和辻哲郎の日本人の「しめやかな激情」の説明に似ていると思う。
過去記事 「和辻哲郎「風土」から。 第2回目 日本人特有の性格「しめやかな激情」

さてさてしばらくの間、日本人のベタ褒め記述をしばらく引いていきますよ。
……続く。

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