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ヴァリニャーノの『日本巡察記』から・その2 日本人の美点と欠点

物語を物語る

アレッサンドロ・ヴァリニャーノの『日本巡察記』の二回目です。
まず、前回の続き。日本人に関する箇所をどんどん抜いていきます。

徳操と学問に必要な能力について語るならば、私は日本人以上に優れた能力のある人々のあることを知らない。日本人は自ら、感情を抑制し、愛情深く、穏和で思慮があり、彼らの事物をよく考慮し、特に慎み深く、厳粛で、外面的教養に心を配り、飢餓や寒気によく堪え、厳しい環境に対してよく修練を積んでいると表明している。国王や大領主でさえも、このことを自ら誇りとしている。彼らは財産の喪失や迫害に際しても忍耐強く、不平や悲嘆を表わさず、それらの場合はもとより、死に際しても偉大で強い勇気と精神を示す。これらは、徳操に対しても、いかに優れた傾向を有するかを示すものであり、東洋の他国民の場合とは異なり、人々が神の御教えに召される時に授け給うごとく、神の御恩寵が日本人の上に下されることは疑い容れない。上述のすべての点において、真実の精神が彼らの心の中に宿るならば、彼らは彼らよりも優れた素質を有すると言いうる。なぜなら、彼らは大いなる努力を必要とするからである。
学問に関しては、ラテン語は彼らにとってきわめて新しく、文がまったく反対であることと、我らの用語と最初の要素(となるもの)の名称が日本語に欠けている為に、我らは非常に敏感で、賢明で遠慮深く、かつよく学ぶことは驚嘆するばかりである。子供でも大人のように三、四時間もその席から離れないで勉強している……(後略)(第十七章)

日本人は我等の聖なる信仰を受け入れる能力があるばかりでなく、我等の科学知識をも容易に受理することができる。(第六章)

織田・豊臣時代に日本を訪れたヴァリニャーノは、そこに住まう人々の優秀さに驚嘆した。他のアジアの国々や欧州の国々と決定的に違うのは、底辺の人達であっても、強い向学心を持ち、それに耐えうる高い精神性を備えていた点にある。
明治維新でいち早く近代化を成し得たのは、日本人がこうした特性を古代から綿々と持ち続けてきたからだと、こういう文献を読むと分かる。
さて、そんなヴァリニャーノが、日本人の欠点というものを挙げている。それが第二章にある。

第二章 日本人の他の新奇な風習
……私が見たあらゆる諸国民の中では、彼らはもっとも道理に従い、道理を容易に納得する国民である。これにより、日本人がいかに良い素質を備え、秀でた天性を有しているかが判るのである。(中略)彼らは真に思慮と道理に従うから、他の国の人々の間に見られるような節度を越えた憎悪や貧欲を持たないのである。

と書きながら、続いて欠点を挙げている。まとめると5つ。

第一の悪は、色欲上の罪に耽ることである。
第二の悪は、主君に対してほとんど忠誠心を欠いていることである。
第三の悪は、異教徒の教義で生活していること。
第四の悪は、残忍であること。間引きなど。
第五の悪は、飲酒と、祝祭、饗宴に耽溺することである。

となる。
当時の日本はまだまだ戦国時代であったので各地で戦があり、残忍な場面に出くわしたのであろうと思われる。そういった箇所を例を挙げて説明している。そして、第三の悪では、当時の堕落した仏教を批難し、異教の教義に染まっている民衆を痛烈に批判している。
また庶民に対しては性欲や酒など欲望に溺れやすい点を挙げている。まあ厳格なカトリック教徒だから余計そう見えるだろうが……。ただ、色欲、酒といったものに、いまの日本人が特に寛容であるのは同じだろう。「第五の悪」という説明に、「その為には多くの時間を消費し、幾晩も夜を徹する。この饗宴には、各種の音楽や演劇を伴うが、これらはすべて日本の宗教を日本人に教えた人々が考案したもののように思われる。この飲酒や類似の饗宴、過食は、常に他の多くの堕落を伴うので、これによって日本人の優秀な天性ははなはだしく損なわれている。」とあった。現代日本人の宴席や花見や祭りにそのまま当てはまっているようで面白い。
思わず、過去記事「草薙剛のあの事件」を思い出してしまった。

また日本語について褒めている記述もある。

日本人の風習に関する消息については、以上で十分であろう。これに関しては述べるべきことがあまりにも多く、わずかな紙数をもってしては尽くすことができない。この儀礼や風習を教える彼らの書籍は無数にあって、それが驚くほど優雅に、散文や韻文をもって書かれている。このことから日本人の天稟(てんぴん:天性、天資)の才能や理解力がいかに大いなるものであるかが解るのである。

(日本語は)きわめて優雅であり豊富であって、話すのと書くのと説教するのとでは、それぞれ言葉が異なるし、貴人と話す場合と下賤者と話す場合では言葉を異にする。このような多様性は、漢字の上にも無数にあって、書くことを学ぶのは不可能であるし、人に見せられるような書物を著すことができるようになることは、我らの何ぴとにも不可能である。

当時の宣教師となれば、現代の最高の知識人であり、ヴァリニャーノほどの人物となればノーベル賞級のインテリだと言ってよいだろう。そんな人物から見て日本人とその文化がこれほど優れていたというのだから、やはりスゴイのだろう。では今の日本人がスゴイのかといえば、それはまた別の話だが、そういう資質をもともと日本人は持っているということではないのか……。

ということで、まだまだ続くよ。
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消えた二十二巻

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