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物語を物語る

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ヴァリニャーノの『日本巡察記』から・その3 日本に魅入られた宣教師たち

物語を物語る

アレッサンドロ・ヴァリニャーノの『日本巡察記』の3回目。
本書においてヴァリニャーノが日本人を絶賛し、他の諸外国民よりも抜きん出た存在であるといった記述は、全編を通じて書かれている。
それでは、ある程度まとまっている第六章「当布教事業の重要性、及び日本における現在、また将来の大成果」から引いてみましょう。

日本におけるこの(布教)事業が、東洋の全地方、及び発見されたあらゆる地方において、もっとも重要であり、もっとも有益であることは、多くの理由から疑い容れない。
第一に、日本は既述のように六十六ヵ国から成る広大な地方で、その全土には、きわめて礼儀正しく深い思慮と理解力があり、道理に従う白色人(日本人)が住んでいるのであり、経験によって知りうるように、大いなる成果が期待される。
第二の理由は、東洋のあらゆる人々の中で、日本人のみは道理を納得し、自らの意志で(霊魂の)救済を希望し、キリスト教徒になろうとするのであるが、東洋の他の人々は、すべてむなしい人間的な考慮や利益の為に我らの信仰を受け入れようとするのが常であることは、従来吾人が見てきたところである。日本人は我らの教義を他国人よりはるかに良く受け入れ、教義や秘蹟を受ける能力を短期間に備え、改宗した時は、その偶像崇拝の非を完全に悟るが、東洋の他の人々はみなこれと反対である。
第三の理由は、日本では東洋の他の地方とは異なり、身分の低い下層の人達がキリスト教徒になるのみにならず、武士や身分の高い領主並びに国王さえも同じように我らの聖なる信仰を進んで受け入れる。したがって、日本における成果は比較するものがないほど、大きく容易で価値がある。
第四の理由は、日本人はその天性として、宗教にきわめて関心が深く、これを尊重し、司祭に対して非常に従順であるが、これは日本のあらゆる諸宗派の仏僧を高い地位に置き、その数もはなはだ多く、仏僧らが日本でもっとも良い生活をしていることによっても理解される。日本人が、数多の人々に対してこのようにしているとするならば、真実と教えを受け、超自然的な道理、恩寵、慈愛に授けられている我らに対して、いっそう秀でた態度をとることは疑いの余地がなく、それはすでに我らが改宗した人々について見聞した通りである。
第五の理由は、(従来)キリスト教徒を新たに作り始めた土地では、必要な人手や費用が獲得されたのであるから、日本全国において、聖なる福音と改宗への扉が開かれている(と言えること)である。
司祭たちはその希望する所に住み、思いのままに我らの主の教えを説くことができる。すなわち、自分たちの宗派を保護しようとする仏僧や異教徒らの反対や迫害が決してないわけではないが、我らの主なる神に召し出され、その道を歩むように定められた人々もいるからである。かくして、イエズス会が知られた今日、司祭たちが布教し、定着しようと希望した土地でキリスト教徒を作らないところは日本中のどこにもない。これは東洋の他ではみられぬことである。
第六の理由は、日本人は我らの聖なる信仰を受け入れる能力があるばかりでなく、我らの科学知識をも容易に受理することができる。もっとも重要なことは、彼らが聖職者となって修道会で聖浄な生活をなす能力を十分に備えていることであって、これは短期間に我らが経験で知ったことである。その上また十分注目さるべきは、宣教師となった後は、他の日本人から深い尊敬の念をもって見られることであり、この点は東洋の他のいずれの国においてもまったく反対である。
第七の理由は、人々は道理を重んじてこれに従い、またすべての者は同一の言語を有するので、キリスト教徒になった後は、他のいかなる国におけるよりも、これを育てることが容易である。我らの国民の間に住むよりも、日本人のもとで生活することを比べようもないほどに喜ぶ。それは、日本人のもとでは、自分達の働きに成果を直ちに挙げることができるのに、他国のもとでは、その粗野な性質や、劣った天性の為に、一生涯苦労し続けても、真の効果はほとんど得られないし、得られたとしても、はなはだ遅々としているからである。すなわち、両者の間には、理性ある高尚な人々の中で生活するのと、獣類のように低級な人々の中で生活するのと同じくらい大きな差異が見出されるからである。

面映いくらいだが、ヴァリニャーノは別にこれを日本人に媚びへつらって書いているわけではない。彼の最終目的は、イエズス会主導による日本のキリスト教国化にある。日本人は優秀な民族であり、キリスト教(彼ら宣教師が思っている最高の教義=教養)を理解し修得するのは容易いであろうと考えたのであった。そして日本を東洋のキリスト教布教の拠点にしようと彼は思い至ったのだ。
拠点となるからには、その土地の住民が、高い教養を身につけた欧州人(ローマカトリックの教皇たちや、出資者である国王やパトロン)のお眼鏡にかなったものでなければならない。彼らから見て、決してアジア周辺諸国のような野蛮人や土人の類であってはならかったのだ。これは人種差別といった話ではない。現代に例えれば海外進出を図る企業が、それに見合うような国を探すようなものだ。その企業にとって必要なのは大きな利益を得られる国。イエズス会にとって必要なのは布教活動を進めるにあたって得られる大きな成果だ。日本はそれに値する国であった。だがヴァリニャーノにはそれだけではなかった。布教のため諸外国を巡り、多くの民族を見聞した彼であったが、その中でも理性ある高尚な日本人に知ると、たちまち魅入られてしまったのだ。

また、同じような構想を立て、本国に報告した宣教師が同時代いた。それがオルガンティーノだ。彼もまた日本に魅了された一人だった。
オルガンティーノの経歴(日本大百科全書・ヤフー百科事典から)

イエズス会士。イタリアのカスト・ディ・バルサビアに生まれ、1556年フェラーラでイエズス会司祭となった。70年(元亀1)6月天草(熊本県)の志岐(しき)に上陸し、同年布教のために京都へ派遣、以後30年以上にわたって京都で活動を続け宇留岸伴天連(ウルガンバテレン)と愛称され親しまれた。織田信長の厚遇を受け、安土(あづち)に土地を得てセミナリオ(小神学校)と司祭館を建て、京都にも南蛮(なんばん)寺(教会)を建築した。日本人の優秀さを認め、日本文化への順応主義を唱え、布教長カブラルと対立した。1605年(慶長10)長崎のコレジオ(大神学校)に移り、09年4月22日、長崎に没した。

同書の解題にオルガンティーノの手紙も記載されていたので、これも併せて引いておく。
オルガンティーノがフェラーロに宛てた手紙(1577年9月20日付)

「日本人は全世界でもっとも賢明な国民に属しており、彼らは喜んで理性に従うので、我ら一同よりはるかに優っている。我らの主なる神が何を人類に伝え給うかを見たいと思う者は、日本へ来さえすればよい。彼らと交際する方法を知っている者は、彼らを己れの欲するように動かすことができる。それに反し、彼らを正しく把握する方法が解らぬ者は大いに困惑するのである。この国民には、怒りを外に現すことは極度に嫌われる。彼らはそのような人を「キミジカイ」、すなわち我らの言葉で「小心者」と呼ぶ。理性に基づいて行動せぬ者を、彼らは馬鹿者と見なし、日本語で「スマンヒト」、すなわち「澄まぬ人」と称する。彼らほど賢明、無知、邪見を判断する能力を持っている者はないように思われる。彼らは不必要なことは外に現さず、はなはだ忍耐強く大度ある国民で、悔悛にいそしみ、信心、また外的な礼儀に傾くこと多大で、交際においてははなはだ丁重である。彼らは受けた好意に対し、同等の価の感謝をもって報いる極端な習慣を持っている。だが自尊心と大いなることへの欲求は、自らを(超自然的に)昴めるという点で彼らを盲目にする。また彼らは宴会に耽り、自己陶酔を恥としない。なぜなら通常この際、彼らは悪事をなさず、彼らの耳には余り好く聞こえず、快くもない音楽を、ある種の楽器で演奏する。彼らは詩句を作り、はなはだ優美な判じ物を作り、彼らの間におけるように喜劇を演ずる。彼らはきわめて新奇なことを喜ぶ。もし当都地方にエチオピアの奴隷が来るなら、そして彼を見せるために監督がついて来るなら、人はみな彼を見るために金を払うであろうから、その男は短期間に金持ちとなるであろう。
彼らの言葉はひじょうに優美であるが、各人の地位に応じて幾多の異なった表現があるため、学習することはかなり難しい。それらは幾つかの韻を有するが、我らのうちまったく正しく発音できる者は僅かである。
彼らは互いに大いに賞賛し合う。そして通常何ぴとも無愛想な言葉で他人を侮辱しはしない。
彼らは鞭で人を罰することをせず、もし誰か召使いが主人の耐えられないほどの悪事を働く時は、彼は前もって彼らの憎悪や激昂の徴を現すことなく彼を殺してしまう。なぜならば、召使いは嫌疑をかけられると、先に主人を殺すからである。
結局、彼らは、よく知っている者には喜んで交際できる国民であり、我らの聖なる信仰を受け入れようと努力する者を喜ばせるのである」


1577年9月29日付け、イエズス会総長メルクリアン宛書簡

「(前略)
私たちは当都全域の改宗に大いなる期待を寄せており、尊師が私たちのもとへ幾名かの良き人々を派遣して援助されることを望んでいる。なぜなら都こそは、日本においてヨーロッパのローマに当たり、科学、見識、文明はさらに高尚である。尊師、願わくば彼らを野蛮人と見なし給うことなかれ。信仰のことはともかくとして、我らは彼らより顕著に劣っているのである。私は国語を解し始めてより、かくも世界的に聡明で明敏な人々はないと考えるに至った。ひとたび日本人がキリストに従うならば、日本の教会に優る教会はないであろうと思われる。経験により、我らは儀式によってデウスの礼拝を高揚せしめることができれば、日本人は幾百万と改宗するであろう。もし我らが多数の聖歌隊と共にオルガンその他の楽器を有すれば、僅か一年で、都及び堺のすべてを改宗するに至ることはなんら疑いがない。そしてそれらは全日本の二大主要都市であり、その住民が改宗すれば、その他の都市はすべて追随し、私共は支那における計画も立てられようと思う……。


1577年10月15日付け、手紙

「私たちが多数の宣教師を持つならば、10年以内に全日本人はキリスト教徒となるであろう。四旬節以来六ヶ月間に、八千人以上の成人に洗礼が授けられた。この国民は野蛮でないことを御記憶下さい。なぜなら信仰のことは別として、私たちは互いに賢明に見えるが、彼らと比較するとはなはだ野蛮であると思う。私は真実のところ、毎日、日本人から教えられることを白状する。私には全世界でこれほど天賦の才能を持つ国民はないと思われる。したがって、尊師、願わくは、ヨーロッパで役に立たないと思われる人が私たちのもとで役に立つと想像されること無きように。当地では憂鬱な構想や、架空の執着や、予言や奇蹟に耽る僭越な精神はことに不必要なのである。私たちに必要なのは、大度と慎重さと、聖なる服従に大いに愛着を感ずる人なのである。(後略)

この当時の日本人はどれだけ優れていたのか、驚嘆せずにいられないのは現代日本人の方ではなかろうか。

さてさて、彼らイエズス会宣教師たちは、日本をキリスト教国化するために尽力し、熱意をもって本国へ具申した。
しかし、それは夢想に終わる。
日本は結局、キリスト教国になることはなかった。
無論、主因は、秀吉、家康、徳川将軍ら日本の権力者がキリスト教を廃止したことによる。
だが、日本人側にキリスト教(的支配)を受け入れない素地があったのだ。
それは権力者によるキリスト教廃止というくびきから解かれた明治維新後も大戦後も、キリスト教が広まることはなかったことを見ても分かる。
実は、その理由をヴァリニャーノはここで書いているのだ。
日本のキリスト教国化を望みながらも、それは無理なのではないか、ということも同時に書いている。

それはどういうことかというと……。

……これは次回に続く。
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