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物語を物語る

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「皇室外交」の大切さ

物語を物語る

ここからの続き
握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。

 両陛下、昼食会に出席=英女王の隣で即位60年祝う【ロンドン時事】英国公式訪問中の天皇、皇后両陛下は18日午後(日本時間同日夜)、ロンドン郊外のウィンザー城で開かれたエリザベス女王の即位60周年を祝う同女王夫妻主催の昼食会に出席された。
 天皇陛下は紺のスーツ、皇后さまは和服姿で同日正午前、宿泊先のロンドン市内のホテルを出発。ウィンザー城で出迎えたエリザベス女王夫妻と笑顔で握手を交わした。宮内庁関係者によると、女王は本当にうれしそうな様子だったという。
 昼食会にはベルギーやスウェーデン、トンガ、ヨルダンの各国王夫妻ら世界二十数カ国の王族・旧王族が出席。英王室からもウィリアム王子とキャサリン妃ら主要メンバーが顔をそろえた。
 同庁によると、両陛下はエリザベス女王と同じテーブルで、陛下とスウェーデン国王が女王を挟む形で座った。昼食にはアスパラガスやラム肉などが出たという。(2012/05/19-01:32)http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012051801052から

重要なのは、席が主催者であるエリザベス女王の隣ということ。それだけで何を意味するのか、いまさら説明することなないでしょう。
天皇陛下 チャールズ皇太子天皇陛下に敬意を表して頭を垂れるチャールズ皇太子

さて、平成24年5月19日付け上毛新聞に、いい記事があったので載せておく。

天皇訪英インタビュー 福田元首相に聞く
天皇、皇后両陛下の英国訪問に伴い、皇太子時代を含め50を越える国々を訪れた両陛下の旅先での素顔を、同行のトップ・首席随員を努めたことのある福田康夫元首相に聞いた。
福田元首相は2009年7月、カナダと米国ハワイを訪問された両陛下に首席随員として同行した。「陛下の外国交際は、国民、政治とは違う次元で、他の国にはできないことをしてくださっている。国格、国の格を高める、大きくするのに陛下の存在は大きい」と話す。
カナダでは、ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアを訪れた。1953年、皇太子時代の陛下が英国のエリザベス女王の戴冠式に向かう途中、初めて外国で宿泊した地。集まった日系人や地元の人たちに対する陛下の姿を思い起こすと、東日本大震災で被災地を見舞った姿と重なる。
「被災地での思いはもちろん違うと思うが、その接し方が変わらない。真摯に、誠実に、相手の気持ちを察しながら話していらっしゃる印象だった」
ビクトリアをはじめ、日系人と会う機会がいくつか設定された。
「両陛下には、遠い地で苦難の時期を過ごした人たちへのお気持ちを持っていらっしゃったんじゃないですかね。そして同時に日系人の方々の祖国に対する強い思いにお答えになった」
首相が行くのとは違うのだろうか。
「全然違う。よく分かる。日本の皇室のありがたみを痛感します」
数々の経験から、外国に映る皇室について思う。
両陛下に接するとき、外国の偉い方でも緊張するという話をよく聞きますよ。ほかにはない威厳があるからだと思う。その威厳は皇室の歴史からくるもの。こんな長い歴史を背負った象徴的な方は他の国にはないでしょう。そのことが一番重いと思いますね」

最後の一文がいい。外国の偉い方でも緊張するという、そういった存在が日本にあるということを、この国の人々はもっと深く感じ入ってもいいのではなかろうか。どこぞの国は、そういった存在を跡形もなく失ってしまい、ただノスタルジックにドラマの世界でひたすら王朝物語を作るだけなのだけだ。あとは妬み嫉みの罵詈雑言を浴びせ、隙あらばこの存在を消そうと心の奥底でたくらんでいる。そんな民族が作るドラマを喜んで見ているバカがこの国の中にいるのだから、ただ呆れるばかりだ。
横道にそれてしまった。

英国チャーチル首相との逸話がよく取り上げてられていましたね。詳しかったのは四国新聞。そこからのコピペ。http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/column/20120516000143.htm

敗戦国日本からやってきた19歳の青年皇太子を、老宰相チャーチルは手厚く遇した。歓迎レセプションでは、慣例を破って女王への乾杯の前に皇太子に杯を捧げ、長い歴史に培われた日本の優れた文化と芸術をたたえた。
1953(昭和28)年4月のことである。
 第二次大戦の終結から8年。戦争で疲弊した英国はまだ物資の配給制が残り、敵国だった日本への嫌悪が強かった。
チャーチルは接遇の陣頭指揮を執り、対日感情を和らげるのに腐心したという。大の親日家だった母ジェニーの影響があったと、「チャーチルが愛した日本」(関栄次著)に書いてある。
 随員だった吉川重国氏(故人)の著作「戴冠紀行」にも「あたかも孫を扱うようにほんとうに打ちとけて」と、チャーチルへの感謝が記されている。この日を境にメディアの反日キャンペーンは収まり、6月2日、皇太子はエリザベス2世の戴冠式に参列、天皇の名代として大役を果たした。
 初の海外歴訪で親愛に満ちたもてなしを受けた記憶が皇太子の胸に深く刻まれたことは想像にかたくない。きょう、皇后とともに向かわれる英国は8回目の訪問。心臓手術から日の浅い今回も「ぜひ」と希望されたという。 59年前の戴冠式に参列し、今回の祝賀行事にも招待されているのは陛下とベルギーのアルベール国王だけ。86歳の女王と78歳の陛下。お二人だけに通じる滋味深い会話がきっと交わされるだろう。よい旅になることを心からお祈りする。(L)

チャーチル首相の母が親日家だったというのは、年代的に見て、たぶん欧州で起こった「ジャポニスム」の影響ではないかと思われる。
やはり海外で自国の文化を広めることは大事なのだ。
過去記事で。 ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた

そして、拾った画像は、当時の英国デイリー新聞。
天皇陛下 チャーチル首相皇太子殿下(当時)に深々と頭を垂れるチャーチル首相。
この写真を英国民が見て日本への意識が変わったそうです。

さて、平成24年5月16日付け 読売新聞 「論点」から、馮寄台(フォン ジータイ)氏(台湾の代表機関・台北駐日経済文化代表)の文章がいいので長いが載せてみた。

大震災克服を確信
五十数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意は揺るがず、私は戦々恐々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半がたち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の三十数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残惜しい気持ちで、日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物でないと分かると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この1年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一所懸命に学んでおり、我が馮家には3代にわたり日本と縁ができたようだ。
昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子供たち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえもテレビに映し出された優勝シーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が大震災発生直後から、義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾ー中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引き続き力強く前進していくものと確信している。

天皇陛下のお言葉によって、民主党の外交的失態をカバーしたのがわかる。ほんとうにこういった皇室外交によって何度救われただろうか。この大きな存在がなかったら日本の外交はどうなっていただろうか、想像しただけでも恐ろしい。
かつて経済大国と呼ばれ持ち上げられていた日本も、お隣の国の会社(サムソン)ごときに「日本の実力は落ちてきた」なんて愚弄されるくらい落ち込んでいる。もう経済力だけでは国の再興は望めないだろう。
いま日本には何があって何がないのか、再考すべき時なのだ。
そう、日本にはまだ海外から尊敬の目で見られる「格や権威」というものがある。これはいくらカネがあっても買えるものではい。まして数年、数十年単位で作られるものではない。ここを大事にしないでどうするのだ。
そうなれば、どこを堅守せねばならぬのか自ずと分かるであろう。
ただそれは逆にいえば、どこを突き崩せばこの国は衰滅するのか、ということになる。もうそれは周辺諸国には知悉のごとくであろう。もう時はあまりないのだ。
あとは、過去記事 「日本人は土人だ」と罵った浅田彰、それを叩いた谷沢永一、あたりで。
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消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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