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日本文化継承のさまざまな形

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平成24年6月23日 上毛新聞の折り込み紙「シャトル」から

太田市の国際姉妹都市、グレイターラフィエット(米国インディアナ州)から、3人の高校生らが太田を訪れている。18日に成田に到着した一行は、市内の高校への体験入学やぐんま国際アカデミーの視察、工場見学、お茶や着付けを通じて日本文化に触れるなど26日まで、多くの人と交流しながらさまざまな体験を楽しんでいる。
富士重工業が進出したことが縁で交流が始まり、1993年に姉妹都市提携を結んだ。グレイターラフィエットから学生を受け入れたのは今回が初めて。「日本の文化に触れ、似ている点や異なるところをじっくりと学びたい」とシンディさん。19日には太田商高で授業を体験。3人は1年生の3クラスに分かれ、生徒に交じって簿記やビジネス基礎、英語の授業などを受け、クラスの生徒ともすぐに打ち解けた様子。
モーガンさんは将来、「日本で英語の教師になりたい」という夢を持つ。スティーブン君は日本の文化に興味があり、2年ほど前から地元で日本語を習い、「将来はIT関連などで日本とアメリカでもビジネスをしたい」と話す。「日本文化に興味がある」というジョージ君は漫画「るろうに剣心」シリーズを「全部持っている」と話し、3人からは「NARUTO」や「宮崎駿」「高橋留美子」といった単語がぽんぽん飛び出した。
20日は、市消防本部や太田署を見学。21日は栃木県日光市を訪れ、華厳の滝や東照宮を楽しんだ。25日には富士重工業の矢島工場を見学、金山散策や日本文化を体験し、26日に帰国する予定。

平成24年6月25日 読売新聞の文化面コラム「解」から

米でよみがえる日本庭園
手元に日本庭園を写したモノクロ写真のポストカードがある。水をたたえる池、周囲に置かれた大小の石。木造りの小さな橋もある。 1943年(昭和18年)、米ロサンゼルス郊外の砂漠地帯、マンザナールで撮影された。太平洋戦争中、ここには日系人強制収容所があった。写真の庭園は、約1万人の日系人の苦難の生活を強いられた所内に造られた。
収容者には約400人の庭師がいた。地面を掘って地下水を呼び込み、所外で行われた労働の際に石を見つけ運び込んだ。庭師たちは競い合うようにして100以上の庭園を造ったという。だが、戦後は放置され、砂に埋もれた。
この地を今年4月、作庭家の小口基実さん(64)(長野県岡谷市)、弟子の内田俊意さん(45)(山口県下関市)ら職人が訪れた。米国立公園局が発掘し、復元が進む10カ所ほどの庭園を視察した。
石の配置は約70年前のまま。傾け方が雪舟の作品を思わせるものもあった。レベルは様々だが、どれも日本文化への強い思いを感じさせたという。小口さんは「明治生まれの移民1世が米国に日本文化の素晴らしさを見せつけつつ、米国生まれの2世、3世に日本の精神を伝えようとしたのだろう」と推し量る。
全米には10ヵ所の日系人収容所が開設された。そのすべてに日本庭園があったと言われる。「財産も地位も名誉も奪われ、社会から隔離されたのに。日本人はすごい。そう思える『気』をもらった」。小口さんは毎年1ヵ所ずつ、訪ねるつもりだという。(西部社会部 牧野田亨)

平成24年6月24日 読売新聞別刷り版の「皇室ダイアリー」から

米作りへの貢献を願って 秋篠宮ご夫妻、ウガンダ訪問1
秋篠宮ご夫妻は12日から4日間、赤道直下のアフリカ・ウガンダを公式訪問された。両国の国交樹立50周年にあたり招待を受けたもので、皇室としても同国への訪問は初めてのことだ。
出発から帰国まで3泊7日というハードスケジュールの中、ご夫妻はムセベニ大統領との会見や在留邦人との面会など、数多くの行事に臨まれた。人口3270万人の同国に在留邦人は約350人、それぞれが国際協力機構(JICA)の事業や自営業などを通じ同国への支援や経済交流に取り組んでいる。
13日に訪問された「稲研究・研修技術センター」では日本の稲作技術を伝えている。高地に位置し平均気温が年間を通じ23度程度の同国ではいつでも稲作が可能だ。
秋篠宮さまはこうした説明に対し熱心に質問、日本側が改良してきたアフリカ向けの新品種「NERICA」の香りを確かめられた。8年前から稲作指導にあたってきたJICAの専門家、坪井達史さん(62)は、ご夫妻をNERICAやコシヒカリが育つ農園に案内した。ご夫妻は強い印象を受けた様子で、秋篠宮さまは「日本の生活、文化と関係を深くする米がウガンダの人々の生活の向上に資することを希望します」と大統領主催晩さん会のスピーチで触れられた。(編集委員 小松夏樹)

新聞記事を3つ羅列してみました。テーマは「日本文化の継承」です。取り上げらている人たちも、アメリカ人の高校生、日系人、アフリカ人とさまざまで、伝えられた文化もマンガや日本庭園や稲作と多種多様であり、国も時代も年代も状況もそれぞれ違う。だがここにはしっかりと日本文化の継承があるのだ。
経済優先・カネ儲け主義の立ち位置で行われる「クールジャパン」政策よりも、こういった地道な活動の方が「日本(文化)愛好家」「日本ファン」を増やすことになると思う。

過去記事 ドナルド・キーン自伝から。 日本文化を護るために取るべき道は何なのかを考えてみた
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消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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