スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第6章 18

物語を物語る

「では、三野村利左衛門の経歴から簡単にいきましょう。1821年・文政4年生まれ、19歳のときに、江戸に出て油商・紀国屋利八に雇われた。そのときに、小栗忠順に会うことになる。利左衛門は実直で商才があったので、小栗に認められ、その口ききで紀国屋の婿養子に入った。その後、両替商を開業して、勘定奉行となっていた小栗との交渉を行っていたんだ。このころ小栗は洋銀売買などがうまく行っていて、それに利左衛門も絡んでいたから、かなり大きな成功を収め、これにより、三井家番頭を相続することができたんだ。小栗とは古くからの公私にわたる間柄であった。王政復古後は、期に乗じて幕府側から官軍側に乗り換えて、東征軍の資金調達に味方した。維新後も明治政府要人との関係を深くし、三井財閥の基礎を作った。また岩倉具視とのつながりも強く、岩倉の薩摩への借金を三井がすべて肩代わりするなど、政府要人への信用を築いていった」
「全然、埋蔵金とか関係なさそうだけど」
「それが噂だけどあるんだ。時勢を見分ける素早さからあらぬ風評が立った。その内容が興味深い。『三野村利左衛門は小栗が幕府再興を期して赤城山山中に埋蔵した軍資金をこっそり掘り起こして私服を肥やし、おまけに新政府にその金を廻した』といったことさ」
「まあ、それじゃーこの人が埋蔵金のありかを知っていたということになるわね。面白い噂ね」
そこに弦さんが言った。「つまりたわいもない風説だといって聞き流すか、噂の中に何かが隠されているかで、見方が変わる。小栗の恩恵を受けて出世し、幕府が倒れそうになると官軍側に付く。その後も明治政府と深い関係となって莫大な財を成したんだから、三野村利左衛門は怪しまれても仕方ない。それに江戸城にあったといわれる御用金が跡形もなく消えてしまい、小栗が疑われた。小栗は死んでしまい、埋蔵金の行方は分からない。そこでそのことを知っている奴がいるはずだと、犯人探しが始まる。小栗に親しい人物で、金に詳しく財産を肥やした人となれば、真っ先に三野村利左衛門が浮かぶだろう。それに利左衛門は政府要人とも昵懇だから、おまけが付いた。という流れで出来た風評だろうが、上手い噂だぜ」
「でも当時、明治政府樹立の資金がどこから出てきたのか不明であるという専門家の意見があるくらい、資金の流れは分かっていないんです。だからこそ徳川御用金の行方が問題となるわけなんですけど」
「まあいいわ。それで三野村利左衛門っていう人は徳川御用金とどう関係があったの?」
「それは、運び込んだ場所として提示した東毛の地と三野村利左衛門というか、三井家と関係があった。それは、太田市にある冠稲荷という神社です」
「(地図を見ながら) あっここね。えっと近くに高山彦九郎の生家と記念館があるわ」
「記念館というほど大きくないが、生家が復元され公開されている。この近くに冠稲荷がある。旧細谷村の鎮守社で、、平安時代末期に新田氏の祖とされる源義国が創建したと伝わる古社である。また1174年・承安4年に源義経が京都伏見稲荷の分霊を勧請奉祀したという伝承もある。また鎌倉末期に新田義貞が鎌倉攻めにあたってこの神社に戦勝祈願をし、戦後神領を寄進したという。近世には徳川幕府の保護を受けて栄えた。また江戸の豪商三井家の信仰が厚く、三井家から多くの奉納品が寄せられたというんだ。三井家は稲荷を信仰していたからその関係だと思うんだが、群馬の片田舎にある稲荷神社にどんないわれがあるのか分からないけど……。とにかく三井家と関係があった。御用金隠蔽の件でいえば、すぐ近くに高山彦九郎の生家があったというのがポイントだろう。東毛の地にある新田氏伝承のある神社であれば、御用金を隠すのに都合がいいことは話した。ここに三井家の関係者が出入りしても怪しまれることはないということだ」
「でも少し可能性が低そう。三井家を巻き込んだかしら」
「まあ一つの場所候補としてさ。埋蔵金原則では分散したほうが危険が少ないというのがあった。だからここにもその一つということだ。何よりも三野村利左衛門の行動怪しい。徳川埋蔵金伝説で犠牲となった小栗夫人とその娘を引き取り、面倒を見たという。小栗上野介斬首の後、その母子らは難を逃れるために会津へ潜行した。しかしその地は知っての通り、官軍と幕府軍の激戦区となった場所だ。しかも逃げ込んだ会津は官軍の手に落ちた。そのあとも小栗母子は、東京、静岡と潜行を続けていたが、これを三野村利左衛門が聞きつけて、自身の別荘東京の深川に呼び寄せて面倒を見たという」
「これは重大だぜ。昔世話になった恩返しかのつもりか、それともあらぬ噂で死んだ小栗への罪滅ぼしであろうかだ。三野村利左衛門は裏事情を知っていたんだろう」
「そこまでは分からないけど……。きっと恩返しか罪滅ぼし、その両方だったんじゃない」
「徳川埋蔵金伝説というのは、小栗を首謀者であるかのように見せかけて、それを世間に喧伝した。それにまんまと世の人々は騙された。今でも赤城山にあると信じて堀り続けている人がいる。まあ、これは個人のことだから文句は言えない。がしかし、この噂を煽り、さらに焚きつけて、真実であるかのように作り上げた人々こそ罪が深いんじゃねーか」
「それはテレビやメディア、まさしく私たちのことね」
「まさか今の時代までも騙されている人が多くいようとは、この計画を立てた人にも予想できなかっただろうよ。まあ考えようによってはそれ程、この計画は練られて実行されたといえるな」
「まとめれば、徳川埋蔵金がない様に見せかけ、一時的に隠す計画を立てたのは、勝海舟です。実際に行動したのは、新門辰五郎ら公方贔屓の博徒と、山岡鉄舟や大久保一翁ら勝の味方となる人たち。そして資金不足の官軍と密約を交わした。勿論官軍側でこのことを知るのは西郷隆盛などのごく一部の要人である。そして幕府の残っていた金は、勝側と官軍側で分けられた。そこで必要となるのが、贖罪の羊です。これを仕立てるための計画が急務となった。このとき徳川埋蔵金伝説が作られたのです。この協力者が、渋沢栄一であり、三野村利左衛門であった。そして新田満次郎は、埋蔵金伝説をあちこちで流し、偽装工作をして、小栗斬首の切っ掛けを作った。そして死人に口なし、あとはすべて小栗の所為にしたといったところではないでしょうか」
「徳川御用金は二つに分けられたと言いましたけど、勝海舟に流れた金の行方は分かったけど、官軍・明治政府側に流れた金はどこに行ったの?」
「それが重要な問題です。薩摩側は西郷隆盛や大久保利通によって、借金返済などに流れただろう。そして長州側にも流れたはずだ。その鍵を握る大物がいるんだ」
「まだ出ていない人物がいるの」
「そうです。この人物こそ、いままで出て来たすべての人物と関わりがあって、しかも新田伝承も受け継いでいる。そして私たち二人にも関係する人物です。その名は井上馨だ」
「いのうえ かおる?」琴音は一音づつ噛み締めるようにその名を言った。


スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2007年09月 15日 (土)
  ├ カテゴリー
  |  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」
  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第6章 18
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。