スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 終章 6

物語を物語る

「うーん……」琴音は頭を捻って考えた。
「俺はわかったぞ。あとヒントは家康に東照宮といったところかな」弦さんは事も無げに言う。
「……もしかして天海」琴音はまた出たかという感じで答えた。
「そうです。天海の経歴については前にやりましたよね。天海は会津の生まれで、芦名氏の一族であったというのが定説です」
「それは確か世良田東照宮に行ったときに聞いたわ」
「忘れてなかったんですね。今は長楽寺との関係だけを列挙しておきましょう。
1564年、29歳のときに現在の群馬県新治村にある善昌寺で修行します。この寺は長楽寺の末寺で、新田義貞の執事であった船田入道善昌が開いた寺である。そして比叡山修行中に信長の焼打ちに遭い、山を脱出すると武田信玄を頼り、講師となった。そのあとそこを辞して、長楽寺へ行き、時の住職から葉上流の灌頂を受けて大阿闍梨の位を許された。そして会津に帰り、長楽寺葉上流を継承した大寧禅師に学んだ。この後にも長楽寺に行ったりして研鑽を重ねていた。この時期は1580年あたりであった。つまり天海はこの十数年にわたって長楽寺に深く関わっていたことになり、そのあいだ会津に帰ったりしている。では、天海の故郷である会津には世良田氏の末裔がいたと知ったら、どうゆう行動を取るだろうか。要は、天海はその一族と接触したのではないかということだ。会津にいた世良田・真船氏も長楽寺と深い関係があるんだから」
「その可能性は高いわ。というより会って会話しただけじゃないと思う」
「そうです。それに世良田祐元が合戦に参加して負けたのが、1589年の夏で、実際に仏門に入ったのが翌年くらいだ。この年、家康に大きな動きがあった」
「関東に移封。つまり江戸入部だよ」弦さんがすかさず答えた。
「そうです。この年家康は、徳川郷にいた正田氏と岩松氏に使いを出して、新田系図を取り上げるとともに、彼ら新田末裔に微禄を与えて、押さえ付けた。家康は、関東に入ると同時に新田政策を開始したんだ。それに家康が源氏であると本格的に表明したのもこの時期からです。そして天海もこの年に武蔵国仙波、今の川越にある星野山無量寿寺に入り、随風から天海という名前を授かった。この寺は後に、関東天台宗総本山となる喜多院である。この地位は上野の寛永寺に譲ることになるが、天海が仙波殿と呼ばれるなど重要な寺であることに間違いない。しかも川越は、江戸城の基を作った太田道灌の本拠があった場所でもあり、赤坂の日枝神社もこの地にあったものを移したものである。だから天海がこの時点でこの地に入った意味は大きい。それにこの年に家康と天海が謁見していたという説があるんだ。岸伝平氏の『天海僧正の異聞』によれば、この謁見のときに天海は、家康に不老不死の薬として納豆を献上している」
「まさしく天海が豆大師と言われる逸話ね」
「家康は豆というものの深い意味が分かったのだろう、天海と謁見し終始上機嫌だったと伝わっています。こう考えていけば、1590年にすべてが動き出して、家康が将軍となる1603年に向かって突き進んでいくことになる」
「そうね。それで会津の世良田・真船氏はどうなったの?」
「祐元の代以降は、代々入り、神職を世襲したという。だから武士であるあることを放棄したんだ。そして問題なのは奉仕していた神社に愛宕神社があったというんだ」
「ここにも愛宕が出てくるのか」琴音は感慨深げに言った。
「何かと愛宕つまり天狗が顔を出す。家康は関ヶ原の戦いのとき勝軍法を修して見事、戦に勝利した。このことから江戸に愛宕神社を勧請した。愛宕神社の本地仏は勝軍地蔵だからね。家康も天下分け目の戦で愛宕に戦勝祈願した意味は大きいよ。これは、信長を討つ決意をした明智光秀が京都の愛宕神社に戦勝祈願しに行ったことにも通じる」
「それによー、愛宕山にはこうゆう逸話もある。徳川埋蔵金の話のついでだけどよー、勝海舟と西郷隆盛が江戸城無血開城を話し合ったときのこと。勝は西郷を江戸の町が一望できる愛宕山に連れ出した。そしてこの繁栄した美しい町が、火の海にならないようにと、勝は西郷に説得したというんだぜ」
「これが本当の話なら愛宕は時代の節目に必ず登場することになるわ」
「ああ、その話は頷けるな。井伊大老暗殺のときも水戸藩士が愛宕山に集結したし、水戸藩士ということでは天狗党というのもある。あと時代の節目ということで、太平洋戦争末期の出来事がある。戦争終結に反対した右翼が、終戦派の木戸内大臣や近衛文麿らの暗殺を企てた。彼らが集結した場所というのが愛宕山である。そして計画が発覚すると警官隊に囲まれて、彼らは愛宕山で集団自殺した。これを愛宕山事件という。まあ、この事件も終戦に向けての一因となったというから、やはり愛宕っていうのは時代の変革期になると出てくるな。それは、天狗も同じだな。ところで雨月っていうのも愛宕の天狗なんだろう。ということは現在でもどこかに紛れているっていうことかい」
「私思うんですけど、天狗というのがこの現代にいるとしたら、放送業界なんかにいると思います」といって琴音は吉岡Pを思い浮かべた。彼こそ天狗みたいだ。
「確かにな。この業界ほど魑魅魍魎な世界はないからな。しかも現実と虚像の境界線が無いに等しい。過去も現在も未来も思うままだ」
「それに全国的ネットワークを持ち、情報を握っている。過去では芸能に携わる人々は漂白民であった。これらは反体制の民であり、天狗と結び付く」と真船は補足した。
「愛宕山で日本最初の放送が行われたというのも象徴的だな。そう考えると徳川埋蔵金伝説も天狗の仕業だな」と弦さんは飄々と言った。
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2007年10月 01日 (月)
  ├ カテゴリー
  |  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」
  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」 終章 6
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。