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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 終章 11

物語を物語る



後醍醐帝崩御直後のこと、信濃国佐久のとある神社境内において、時宗僧による踊り念仏が行われた。
「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」
人々は念仏を唱えながら、仮拵えの板敷きを鉦鼓の音に合わせて踏み鳴らす。雲霞のごとく集まった民衆は数百人に及び、それらが皆一様に踊躍歓喜となって熱狂し、法悦に浸り、随喜の涙を流した。
時宗の踊り念仏は貴賎男女を問わない。農民もいれば、武士、僧侶、乞食までもがこの陶酔の渦の中にいた。
この遊行僧の一団の中に、ひと際高らかに念仏を誦して煽動する、背の高い、武骨で猛禽類を思わせる鋭い眼光の僧がいた。それこそ児島高徳であった。
この一団は漂白の巡礼を求めているのではない。京に潜んでいた内侍と山吹姫を密かに上野国新田荘まで連れて行き、匿うのが目的である。
一行は、京の町から琵琶湖の東側を北上し、近江米原の時宗本山蓮華寺に入った。その後、東に進路を取り、美濃、尾張と続き、奥三河の猿投峠を抜け足助まで出る。そこから飯田街道を一気に北上して、伊那、諏訪、佐久まで来たのである。この先は、碓氷峠を抜けて、上野国に入って新田を目指すのであった。
同勢は内侍と姫の他に警護、随行者を含め十数名からなる。皆一様に、時宗僧の風体をして、表向きは遊行、巡行と称した。女子供を伴い、しかも大人数の旅でも疑われることはない。またその道々で踊り念仏を催すのであった。
だが万一に備えて、粗末な阿弥衣の下には、懐剣を忍ばせ、杖には刀を仕込ませてした。これを立案し、手筈を整え、実行したのもこの高徳にほかならない。またある考えを持って、新田一族の世良田二郎三郎も同行させたのである。
京では、内侍に仕えていた女官を、内侍の身代わりに仕立て、愛宕山の麓に草庵を結び住まわせている。これは愛宕の天狗山伏が手配したことであった。
この道中、足利方の部隊と幾度となくすれ違ったが、詮議されることはなかった。これも時宗遊行僧の後ろを、漂白民、乞食がついてきて、見た目も、服装も彼らと同じようだから、義貞ゆかりの者がまさか時宗僧の一行に潜んでいるとは思いも寄らないことであったろう。
ただ天皇に仕えていた公家の娘がこのような格好で旅をするかが心配であった。それも杞憂に終わった。東夷の愛した女は、魂魄が違う。肝が据わっていた。それもこれも内侍の心中に、義貞が生まれ育った故郷が見てみたいという一念があったからだった。常々義貞が語っていた金山や長楽寺や円福寺をこの目で見て確かめたい。また質素素朴でありながら、それでいて荒々しく、また浩然とした大地をこの耳目で感じたかったのである。その信念だけが、内侍をこの困難な旅に駆り立てたのである。
それにもまして危惧すべき問題があった。連れ立つ姫は、まだ三つになったばかりで、歩くことはできても、幼気ない子が長旅に耐えられるかが懸念された。だが、このまま京にいることは余にも危険なことであった。義貞の子がいると足利方に知れれば、たちまち捕らえられるだろう。そして足利方がそのまま生かしておくとは思えない。それは女子であってもだ。女はやがて成長し子供を生むことになる。それが後々の足利氏への禍根となるやもしれぬ。そう考えれば、義貞直系の子供の処分はどうなるか、火を見るより明らかであろう。よって、この計画は急を要したのである。姫の成長を待つといった悠長なことはいっていられなかった。それに新田、南朝の旗頭のためにも、また新田一族の心情を慮っても、この子は守らなければならない。そこで強行手段に出たのである。
結局、道中は、世良田二郎三郎が姫を終始背負ったのであった。姫もこの状況を察してか、幼児特有の泣き言を言わない。これも義貞殿の子だと皆が感心した。またこの気丈さがあまりに健気であり、このような境遇になろうとは不憫でならぬと、皆の涙を誘うのであった……。
また何よりもこの旅は不思議なものとなった。山を越え里を行き、寺や神社、土地の有力武士の家に泊まる。その行く先々で、児島高徳は遊行上人に成り済まし、そこに一遍上人のときと同じように尊い結縁に与ろうと民衆が詰め掛けてきたのである。その度ごとに念仏の書かれた札である割算を配り、踊り念仏を行った。乱世でもあり、人々は救いを求めていた。
高徳は、五流山伏の棟梁の出であるから、その心得もある。しかも忍んで諸国を巡るときは、時宗僧に成り切るから全く問題はなかった。それに時宗の踊り念仏となると様々な漂白の芸能民が集まってくる。琵琶法師に傀儡師、呪師、曲舞や白拍子、また田楽師や連歌師、唱導師や絵解き比丘までが雲集した。これら旅芸人は一様に南朝方に肩入れしていたのである。土地を持たず、農耕をしない漂白民は、その存在自体が反体制側であり、しかもどこか農耕民から差別を受けていた。そんな流浪の民が寄り集まる。これらはまさしく表舞台に登場しない裏の歴史であった。
それにも増して、ここに来て踊る人々は不思議と生命力に溢れていた。戦乱に明け暮れる世の中に、人々は生きる活気を求めていたのだろうか。死はあまりにも見慣れていた。往生、極楽を口々に語り、念仏を唱えながらも、その顔々には生への渇望があった。また来世を求めながらも、現世で生きている意味を知ろうとしたのであった。それがこの熱気に満ちた踊り念仏に彼らを誘うのであった。
この勢いに圧倒された内侍は、心の内が変化して行くの感じた。愛する者を失い、涙に明け暮れる日々とは明らかに違っていた。踊り狂う民衆、農民、武士、商人、身分貧富の区別はここにはない。公家という狭い視界の中で暮らしてきた内侍にとって、これはまさしく見たことのない世界であった。粗野で激情的であり、時に猥雑である踊り念仏の作法は、ある意味、内侍の魂を救済したのであった。

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by AlphaWolfy

消えた二十二巻

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