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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 終章 13

物語を物語る

そこに高徳は切り出した。
「近日中、ここを発とうと思う」
「それは急ですな。内侍殿が頼りにしていましたから、悲しむでしょう」「今しがた、内侍殿に会って、その旨を伝えてきた」と言った高徳の顔は少し曇った。
「やはり引き留められましたか?」
「いや内侍殿も今の戦況を知っておられる。そう長く付き合わせるわけにはいかないと云っておられた。ただ会って別れるのは世の常であるとしみじみ云われた。
それに姫様がな……」
「姫様は我らに懐いていたから、ここを去ると知ったら泣くであろう」
姫は高徳のことを叔父か誰かだと思って懐いていた。それに二郎三郎を父親だと思っているのか、妙に甘えてくるのであった。今そのことを思うと胸が締め付けられる。二郎三郎は気持ちを入れ替えて聞いた。
「それほど火急だということは、何か動きあるのですか」
これに対して高徳は声を潜めて言った。「尊氏を暗殺する」
「何ですと」二」郎三郎は思わず大声を上げそうになった。
「すでに計画は練ってある。今尊氏は京にいる。政務に追われて当分動きそうにない。それに合わせて、配下の天狗山伏を京に潜ませているのじゃ。今はその下準備をさせておる」
「ならば、我も京へ行けばよいのですかな」
「いや、それが、お頼み申すことがある。二郎三郎殿はここに残っていただきたい」
「何を言われる。ここに留まって何をすることがあるというのだ」
「それは義貞殿の系統を守っていただきたい。是非ともお願い致しまする」老練な児島高徳は、年若い次郎三郎に、暗に厳命した。二郎三郎は新田源氏であり、家格も上位であるが、策士古兵である高徳に掛かれば若輩者でしかない。そして高徳は、反論しかけた次郎三郎を制して言った。
「これは誰かがしなければならないこと。それをお願いしたいのじゃ。それに上野国に残っている新田一族の者や南朝に味方する者も引き連れて行き、南朝の拠点を作ることになった。そうなればこの地でだれか新田を引き継ぐ者が残らねばならぬであろう。それが新田世良田流である二郎三郎どのの役目となります」
「しかし我でなくとも……」
「いやすでに吉野御所にも使いを出して決めてしまったことでもある。それにこれは内侍殿の意向でもあるのじゃ」
これには二郎三郎も反論し難く、言葉に詰まった。
無為に死に場所を求め戦地へ向かおうとする若武者を抑えるには、この地に留め置くしかないと高徳が考えてのことだった。二郎三郎は生かしておきたい人物であると、高徳は考えていた。その性格、気性、ものの考え方、道中観察して確信したことである。義貞に似て愚直で一徹なところもある。新田直系を守ることは重要な任務であり、またそれに足る人物でないと務まらない。まさしく二郎三郎は適任である。それに姫も懐いていた。ここを離れる高徳にとってこの点も重要であった。
左眉の傷を摩りながら、二郎三郎が聞いた。「先ほど、我らの南朝拠点を築くと言われたが、どこに作るつもりか?」
「奥三河じゃ。あそこは我ら南朝方に味方する者も多い。それに山深くて、鉱山もある。われら天狗山伏にとってはとても都合がいい。しかもあの辺りには、屈強な者どもが多いと聞いている。まずそいつらを束ねることになるだろう」
「ならば、私も是非に」
「なりませぬぞ。次郎三郎殿は、与えられた任務を果たすことです」
「しかし……、では何故私に話されるのか……」血気盛んな二郎三郎がここに呑気にしているのは、持て余すだけであろう。何としても武士として死に場所を咲かせたい。灯明寺畷へ行き大将に殉じて、追い腹を詰めれば良かったと、今となってはそればかり考えていたのである。
しかしそんな気持ちを察してか、二郎三郎の気心を察して諭すのであった。「はやる気持ちは分かります。しかし二郎三郎殿が内侍殿と姫を守らなければ誰が守るのです。死に急いで義貞殿が喜ぶとお思いですか。義貞殿の愛した者を守ることこそ、いま二郎三郎殿ができることではありませぬか」
この言葉は二郎三郎の心に響いた。そして内侍の麗美で憂いのある顔を思い浮かべた。また姫のあどけない表情や仕草を思い出した。そのことが心を締め付けると、もう何も言えずに承諾するしかなくなった。
その心の内を見て取った高徳は口調を緩めた。「ここに残る意味は十分にある。是非とも生き残り、新田、南朝の伝承を伝えてもらいたいのです。そしていかに我らが戦ったのかを見届けるのです。……それにいつかきっと、この地に何かが起こる。そのとき義貞殿の子はきっと役に立つはず、それまで待つのです。それは当代のことであるかもしれぬし、ずっと後のことかもしれない。今は、守り続け、伝えていくことそれが役目でござるよ」
二郎三郎は黙って、ただ頷いた。内侍と姫を守る、これも宿命なら受け入れるしかない。そう心に誓ったのである。
「それにもう一つお願いがありまする」
「何なりと、我にできることならば」
「では、そのお名前を頂きたい。世良田二郎三郎というお名前を……」
「それはいかなることか」
「世良田氏は新田一門として、世に聞こえた家名でありまする。この家名、新田源氏の名は兵を挙げる際にかならずや必要となりまする。新田は足利に対抗できる唯一の家名といってよいですからな」
「名前を貸すくらいなら別段我は困らぬから、良いが……」
「いや、それは次郎三郎殿の名前を拝借するという意味ではござらぬ。世良田二郎三郎という人物を他に立てまする。よって貴方は、そのときから世良田二郎三郎ではありませぬ、そういうことになりまする」
次郎二郎は暫く考え、決断した。「あい、分かった。義貞殿を失ったときから、己の命もないものと思っていた。だからこの命も名前も、高徳殿にくれることにしょう」
高徳は、次郎三郎の質を見抜いていた。ある程度こうなることを予想していた。ただこれほど潔く、名前をくれるとは思わなかった。武士にとって名がどれほど大事なものかは分かっている。二郎三郎の心中を察すると、胸に迫るものがある。情にもろい高徳は目頭が熱くなりながら、信義に厚いこの男に自らの夢を語るのであった。「我には、希望がございます。いつしか我らの味方から天下を治めるような大将が現れ、この世を太平にしてもらいたい、ということであります」
「おお、我にも夢があるぞ。それはな、義貞殿が日吉大社に奉じた願文を叶えたいということだ。だが今となっては叶わぬことかもしれんが……」二郎三郎にも込み上げてくるものがあった。自分の手で叶うことのできない夢であることが己の胸を締め付けた。不意に嗚咽がこぼれた。義貞戦死のときは泣かなかった。あのときは怒りとどうにもならない悔しさで、足利方に対する憎しみしか湧かなかった。今は自分の無力さに涙が込み上げてくる。
南朝方として戦う高徳には、無念、無力、無常の意味を知っている。それだけに二郎三郎の気持ちは良く分かった。ただかける言葉が見つからない。そこでこんな約束をした。「遠く三河で、我らが働いているのが分かるように、その大将の名を世良田二郎三郎としょう。そしていつしかその大将は天下を制することができるように、我は兵を鍛えて、南朝方の勢力を、その手に委ねようと思っているのです……」
「今の足利方を倒すのは難しいぞ。それにそんなこと何年かかるか分からないっではないか」
「いや、何年、何十年かかろうとも、高徳の信条にかけてもこの約束は守りまする……」と雄偉に語った。

数日後、児島高徳は新田一族の残党を引き連れて、奥三河へと旅立って行った。その中に世良田次郎三郎と称した阿弥僧姿の男もいた。高徳は奥三河での南朝拠点を作る準備をした後、京都へ向かった。尊氏暗殺計画を実行に移すためであった。
ただ後日、この計画が仲間の裏切りによって失敗したことが、東国にまで伝わってきた。高徳は足利方の捜索を潜り抜け、一旦吉野に戻った。その後も各地を転戦して日々凋落していく南朝のために一生戦ったのである。また一説には、児島高徳は小島法師と名乗り、太平記を記したといわれる。その太平記にのみ内侍と義貞との間柄が記されており、他の文献には一切、内侍のことは出てこない。
一方、二郎三郎は生涯この地に留まり、内侍と姫を守った。後に世良田本家は会津に移ったが、二郎三郎の子孫は、真船を名乗り、この地でひっそりと義貞の系統を守り続けたのである。
伝説によれば、内侍はこの地で儀源尼と称し、庵を結んで隠棲した。貞治四年(1365年)五十五歳でこの世を去ったという。足利尊氏が没して7年後のことだった。
山吹姫は、正平七年(1353年)のときに子を産んだ。後醍醐天皇の子である宗良親王との子で、名を国良王といった。親王が新田義宗、義興兄弟とともに上野国で戦っていたとき、山吹姫と会ったと思われる。この国良王も戦乱に巻き込まれることなく、密かに暮らしていたとみえて伝承らしきものは余り伝わっていない。

そして三河では、突如として世良田二郎三郎を名乗る武将が現れた。
松平清康である。これは児島高徳と世良田二郎三郎が約束を交わしたときから二百年もあとのことであった。また清康の孫にあたる徳川家康が武家の棟梁と云うべき征夷大将軍を任官し、幕府を開いたのは慶長八年(1603年)のことであるから、これからさらに七十年以上も後のこととなる。
                                 了


追記

平成一六年四月一日 太田市、新田町、尾島町、薮塚本町が合併した。
新しい市名は「太田市」と決定した。
これにより「新田」の地名は消えたことになる。




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消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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