スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アンパンマン考 4 旅人たちは欲望を刺激する者? ロールパンナは超自我の戦い?

物語を物語る


前回の続き。アンパンマンについての4回目。

「アンパンマンの世界」は、「人の頭の中、心の中であり、心の葛藤を描いた物語だ」というのが前回までのお話でした。
今回は「なぜ、アンパンマンたちの住む町に次々と旅人は訪れるのか?」です。
毎回必ず、レギュラー以外のものがやってきます。ここから物語が始まるわけです。
ドリアン王女だったり、大根役者だったり、お琴ちゃんだったり様々です。
そこから、騒動となって、いつものパターンでバイキンマンとアンパンマンの戦いとなるわけです。
また、アンパンマンたちが、どこかに行くというパターンもあります。お花の国だったり、氷の国だったりします。しかし基本パターンは変わりません。すべてが「新しい欲望」の投入ということになのです。

人はどこから欲望を抱くのでしょうか。本能的欲望のほかに、現代では外からの刺激によって引き起こされる欲望が多いでしょう。
テレビのCMを見て「あっ、あれが欲しい」と物欲が湧き、好みの異性を見れば「性欲」が湧き、スーパーやコンビニに行けば「これ旨そう」って食欲が湧いてくる。
そう、欲望を抱かせるものが外からやってきて、心の中を刺激することになる。
そうなると、物語のアンパンマンでは、必ず、何者かが、やって来るところから始まっていることが重要となります。
それは、大概は食べ物であることが多い。(焼きソバマンとか、チョコレートマンとか) また、音楽や演劇のような楽しそうなもの(ハモニカくん、たいこマンとか)もある。
それら自体が、欲望のもととなっている。
それが「物語アンパンマン」では、旅人がやってくるという形をとっているのだ。
つまり、現実社会では、欲望を誘発するものは目や鼻や耳などの五感を通してやってくる。物語では、身近な物が○○マンや○○ちゃんなどと変化して心の中に入ってきているということなのだ。
004_20071217225635.jpg


だから、身の回りのものが多いのはそういうことなのだろう。子供向けのアニメだから、食べ物や雑貨が多いが、これが大人の心の葛藤を描いた「アンパンマン」なら性欲や金銭欲を抱かせるものが登場するはずだろう。
例えば、シャネルやグッチのバックを見て、これが欲しいと感じたとする。しかしお金がなければ買えないと諦める。だがどうしても欲しいとなれば、無理にローンでも組んで借金をし、手に入れようとするでしょう。もっと自制心を失っていれば、盗んでしまうかもしれない。
これをアンパンマンの世界で表わせば、アンパンマンたちの住む町(その人の心の中)にバックマン(?)が現れる。それは良いバックを持っている。(物欲が湧く) それを見たドキンちゃん(本能的欲望)が欲しいとねだる。そこでバイキンマン(欲望がエネルギーとなるエス)が無理やりでもバックを奪おうとする。
そこにアンパンマン(自我)が現れ、バイキンマンを遠のけて(買えないと諦める)、 平和が訪れる(欲望が去り心が落ち着く)。
アンパンマンがバイキンマンに負けてしまったら、借金をしてでも手にいれたり、盗んだりすることになる。

この心理の葛藤が「物語アンパンマン」だろう。この自我やエスは無意識の中で行われている。
無意識は、本人は意識していないが日常の精神に影響を与えている心の深層である。
普段は分からない心の深層である無意識が、寝ているときに見る「夢」に現れるという。精神分析では、「夢診断」「夢分析」は非常に重要である。
そうなると、アンパンマンの世界は「夢の世界」「無意識の世界」ということになる。
これは見ている人の心象風景となっているのか。
そういえば、アンパンマンは空を飛び、バイキンマンも空を飛ぶ。そして風景も変化する。
これらは心の中、あるいは脳の想像した世界である。
だから大人が理屈をこねて科学的に考察しょうなんていうのは、意味のないことなのではないか。


ロールパンナは不思議な存在である。登場回数は少ないが、印象は強く、異色の存在となっている。
「メロンパンナちゃんのお姉さん。人に優しく、人の為につくす力があると言われるまごころ草の花粉を入れて作られるロールパンですが、ばいきんまんが、まごころ草の効力を消して悪い心を作るバイキン草のエキスをこっそり入れたので、正義の心と悪い心、二つの心の間で揺れ動く」とキャラクター紹介にある。
ロールパンナは、顔を隠し(ぺルソナ?)、素顔を見せない。
他人との距離を保っている。
自分自身の「善と悪」が戦っている。
ロールパンナはメロンパンナの姉という設定なのに、顔は人の形をしている。
思ったのは「ロールパンナは超自我」ではないか、ということ。
「超自我とは、自我にとって「理想」であると同時に「禁止するもの」である。超自我は自我が従わないと、自我を厳しく罰する。その結果、劣等感や罪悪感が生じる。超自我は自我の一部。」とある。
023.jpg

ひとりの人間の心の中で「善と悪」が戦っている、これこそが「アンパンマン」のテーマなのか、
次回はこれについて書きます。
まだまだ続く。
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2007年12月 17日 (月)
  ├ カテゴリー
  |  └ アンパンマン考
  └ アンパンマン考 4 旅人たちは欲望を刺激する者? ロールパンナは超自我の戦い?
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。