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「天一坊」でたどり着いた方は「徳川風雲録」を見た方ですか?

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fc2ブログの方で「天一坊」とか「徳川吉宗、天一坊」などという言葉で入ってくる方が非常に増えております。

どうやらテレビ東京の新春ワイド時代劇「徳川風雲録 八代将軍吉宗」の第三部「天下危うし!吉宗VS天一坊」が放送されたかららしい。
10時間も放送される正月の恒例時代劇番組。(私は見てませんが)
原作は柴田錬三郎。

「天一坊」のことは、「東毛奇談」の中で少し書いただけですが、こんなのも検索サーチに引っかかるんですね。
「④ 八代将軍吉宗のとき、天下一坊事件が起きた。天下一坊なる人物が、将軍の後落胤だと称して世間を騒がせた。この時天一坊は、自らが「世良田新田徳川天一坊だと名乗った。そして天一坊は、神聖な将軍家の名を騙ったとして、処刑された。つまり世良田・新田は、徳川と同じくらい神聖なものと位置つけられていた。(封印化)」

というもので、徳川家が新田源氏を名乗っていたために、「新田」姓や名称を封印していった一例として書いたものでした。

他にもこの例として
「① 江戸幕府が開府したころ、家康は家臣に対して、葵の御紋を使用することを禁じた。しかし以前から葵の御紋を使ってきた家臣が、家康に言上した。「殿は新田源氏であるのだから、大中黒(新田の家紋)を使った方がよろしいのではないか」と。そう言われた家康は返答に困ってしまい、その家臣に葵の御紋の使用を許可した。この話は、家康が大中黒の紋を使うのをためらったとしている。つまり、家康も使用しない大中黒の紋は神聖なものとなってしまった。(新田・大中黒の封印化)
 ② 鎌倉の高下家に伝わる由来書によれば「高下家は、昔より新田姓であったが、幕府から新田姓は名乗らぬほうがよろしかろう、というお達しがあり、一段下がって高下と改名した」という。つまり、新田を名乗ることを禁止した。こゆうことは全国的に行われたのではないか。(抹殺化)
 ③ 上野国にいた新田系の岩松氏には十石程度しか与えられず、新田系であると名乗り出た者には微禄を与えた。つまり新田系の子孫であった者には生かさず殺さずの生殺しにした。(抹殺化)」
あとは、新田系、南朝系の伝承を持つ徳川家臣の大久保家や青山家などの失脚や新田源氏の流れを組む安房の里見家の断絶などを上げていきました。
まあ、関心のある方は、http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-29.html#m29が丁度そのあたりの記事になっています。
ここでは、主人公の2人が群馬県尾島町(合併して太田市)の縁切り寺である満徳寺を訪ねるといった場面でした。
尾島といえば1月1日のニューイヤー駅伝で、尾島中継所が映ったとき、しっかりと「徳川発祥の地」を宣伝していて、町の方々が太鼓を叩いている様子がTBSで全国放送されていましたね。

それに尾島といえば
「正田家」そう皇室の美智子さまの先祖がいた場所。
日光東照宮の旧拝殿などを移築して建てた世良田東照宮があるところ。
すでに幕府の黒衣の宰相となっていた天海は、わざわざ世良田氏の寺の長楽寺の住職になったところ。
天海は若いころこの寺で修行をしていて、新田源氏末裔と関係があったところ。
そして、徳川は新田源氏を名乗り、この地を発祥地とした場所。
ではその祖先である世良田氏はどこへ行ったのか。
007.jpg
画像は満徳寺

つまり、この地ですべてがつながっていくんですよ。

そしてそれが奥三河に向かっていく。謎を解くカギがそこにあるんですよ。

あーなんとしても愛知県の三河地方には行かなければならない。

s_sanmon.jpg
画像は大樹寺

しかし、いまはその機会に恵まれていない。
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私、子孫です。

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