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物語を物語る

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恵方巻きとは何か その2    恵方巻きとは正月行事の凝縮されたものではないのか(仮説)

物語を物語る

前回の続き。

なぜ節分の恵方巻きが、急速に広まり、なぜ定着していったのか、という問題提起をしたところまでが前回の記事。
今回は、自分なりに考えてみたことを書きます。

まずは「恵方巻き」の概要から、
「節分の夜にその年の恵方(歳徳神の在する方位)に向かって、目を閉じて願い事を思い浮かべながら太巻きをまるかぶり(関西方言で「まるかじり」の意)するのが習わしとされる、関西が発祥とされる行事。また食べている間は、無言でなければならないとされている。
七福神に因んで、かんぴょう、キュウリ、シイタケ、伊達巻、うなぎ、でんぶ等七種類の具を入れて、福を食べるという意味合いもあるらしい。「福を巻き込む」という説明もある。」

恵方巻きの重要な点は
①節分の日に食べる
②無言で食べる
③恵方の方角に向かって食べる
④縁起ものが巻いてある
と、大まかにいえば、この4点であろう。

では、①なぜ節分の日に恵方巻きを食べるのか? から。

まず、「節分」の定義から
『節分(せつぶん、またはせちぶん)は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。特に江戸時代以降は立春の前日(毎年2月3日ごろ)のことを指す場合が多い。  節分の行事は宮中での年中行事であった。延喜式をひも解くと、宮中ではこの日、彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾ったもの。もともと、この節分の鬼を払う悪霊ばらい行事は平安時代頃から行われている「追儺」(ついな)から生まれた。

追儺……宮中年中行事の一つ。大晦日の夜、悪鬼を払い疫病を除く儀式。舎人の鬼に扮装した者を、内裏の四門をめぐって追いまわす。大舎人長が方相氏の役をつとめ、黄金四つ目の仮面をかぶり、玄衣朱裳を着し、手に矛・盾を執った。これを大儺といい、紺の布衣に緋の抹額を着けて大儺に従って駆けまわる童子を小儺とよぶ。殿上人は桃の弓、葦の矢で鬼を射る。古く中国に始まり、日本には七世紀末、文武天皇の頃から伝わり、社寺・民間にも行われた。近世、民間では節分の行事となる。「おにやらい」「ならやい」ともいう。

という訳で、ここでは節分は「宮中行事、神事」であるということ、「旧暦の大晦日に行う行事」であったという事を押さえておきます。
それらを踏まえてタイトルにある、「恵方巻きとは正月行事の凝縮されたものではないのか」という仮説に基づいて話を始めます。

参考資料「こんなに面白い民俗学」(ナツメ社)から抜粋。
『正月餅の民俗的意味。「お正月にはなぜ餅を食べるのか」
正月は命の更新を行う時であり、そのための大切な食物が餅であった。
「現代人は一度命を授かったら生涯それが機能するものと思っているが、古くは、魂はたびたび補充しなければならないものであったようだ。いうなれば命の更新である。柳田國男は「食物と心臓」という著作の中で、餅は人の心臓、すなわち魂の象徴であると述べている。このように正月餅は新しい一年を生き抜くためのエネルギー、すなわち補充される魂としての意味を持っていたのである。 中略 日本人が正月に必ず餅を食べるのは、正月の神である歳神から新たな一年を無事に暮らすための魂を授かるという意味があった。~このように、正月は命の更新を行う時であり、そのための大切な食物が餅だったのである」とある。
「餅と正月と日本人」の関係は、この手の民俗学の本では必ずといっていいほど書かれているもの。
つまり何かしら特別な食物を摂取することによって、魂のエネルギーを蓄えるということは、古今東西どこにでもある話である。これが日本人の場合は「米」に関連したものであることが多い。日本人にとって米は重要な食物であり、神事的な意味もある特別なものだ。そこから作られる餅を食べるということが重要であり、邪気が現れる季節の変わり目にこれを食すことは、とても意味があるのだ。

この記事を書いているときに、テレビで映画版「デスノート」をやっていた。この例えでいえば、「デスノート」の死神がリンゴを食べるシーンが出てくる。私は、リンゴは心臓であり、魂だとした。これを欲する死神は上記の記述のようなことが行われていると見ている。そして、話ついでに「エヴァンゲリオン」の中でもエヴァ初号機が敵の使徒の内臓を食うシーンが出てくる。これも魂を取り込んでいるということではないのか。分りやすい話を例にしたが、こういったことは民話や伝承、アニメ、マンガなど探せばいくらでも出てくるはずだ。

そこで「恵方巻き」である。
正月に餅を食べるということは日本人にとってとても意味があることは分かった。よって旧暦の大晦日にあたる節分の日に「恵方巻き」を食べることは意味があるということではないのかということ。正月に餅を食べるという行為と、節分に恵方巻きを食べるという行為が同じことを行っているのではないかということである。

また米には呪力があるといった話を上記の本から引用すれば
『米の力で魂を浄化する」日本人はかつて、米は神から授けられた特別な呪力をもつ食物であると考えていたようだ。たとえば、病人の枕元で竹筒に入れた米を振ると病気が治ったという話がある。これは「振り米」とよばれる風習で、米の呪力によって、病が治ると信じられていたのである。こどもたちに飯粒を食べさせるのも、花嫁が「鼻突き飯」を食べるのも、すべて米の呪力によって不安定な魂を安定に導くという意味があったのだろう。』

つまり、「餅」「恵方巻き」ともに米を使う。
また海苔も巻く。海苔は神事でも使われる「海のもの」であるから重要となる。
そして正月に食べるおせち料理は”めでたさを重ねる”という意味で縁起をかつぎ、重箱に詰めて作られる。もともと「おせち」は、供物として、候の変わり目を祝う節日に供えられる節供の食物にその語源があるという。正月や上巳、端午、七夕、重陽など、現在でも催される節句ではそれぞれにちなんだ料理が供えられるのもその名残で、正月の「おせち料理」のおせちも「節」の字に由来するのだという。
恵方巻きの中身が、福を呼ぶものというものが入れられ、重ねるて詰めるということも、これにつながる。
また、節分に太巻きという寿司であるというのも、意味があると思う。

資料
「微生物の偉大な能力 -お酒とお酢-
「醸造」という言葉の「醸」は「醸す(かもす)」という意味です。微生物の力を利用して穀物などを発酵させ、お酒や味噌を作ることです。「かもす」の語源は「噛む(かむ、はむ)」である、ということを聞いたことがあります。古代では、人が穀物を口に含んで噛み、それを唾液とともに吐き出したものを発酵させてお酒をつくる方法がありました。穀物に唾液が混ざることによって、唾液に含まれるアミラーゼという酵素が穀物のデンプンを分解します。こうすることによって酵母が繁殖しやすくなり、酵母によってお酒ができます。
現在は、まず、蒸したお米に麹菌というカビを生やします。麹菌はアミラーゼを作ります。そして、このアミラーゼによってデンプンがブドウ糖に分解されます。つぎに酵母を入れます。酵母はカビと同じ微生物ですが、ブドウ糖をアルコールにする作用があります。カビと酵母の力でお酒ができるのです。
酵母が作ったアルコールに、酢酸菌と呼ばれるバクテリアを入れます。酢酸菌はアルコールを酢酸にする作用があります。お酢の主成分は酢酸です。
上のような微生物のおかげで、お酒とかお酢が作られているのです。
(お酒と酢の博物館から引用。http://www2s.biglobe.ne.jp/~yamabio/wv/WV.html)

つまり、「酢飯」であるということが重要なのです。お神酒やお屠蘇など、正月にお酒(米で出来ているもの)は欠かせない。酢と酒は同じ醸造である。

そうなると、「恵方巻き」の中には、正月に食するべきものが詰まっていることになるわけだ。
繰り返すが、新暦と旧暦の大晦日に同じようなことが行われていることになるのだ。
食べ物に関しての共通性は示しました。次は、神事的要素から、

②「なぜ無言で食べなければならないのか」
「恵方巻きを食べる」という行為が、正月の行事と同じことであるなら、ここにも神事的な意味があるといえるのではないか。
ではここで関連することを列記していく。
 
神饌(しんせん)……日本の神社や神棚に供える供物の事である。御饌(みけ)あるいは御贄(みにえ)とも言う。「神饌」とは、神様に食べていただくための飲食物のことで、神社の社殿に中にお供えされるもので、台に乗せられたお酒や鯣、季節の野菜などが供えられる。米や餅もお供えされ、米から作られるお酒も重要。ほかには、海の幸、山の幸、野の幸など、めでたいものが並ぶ。それに塩や水になども添えられ、これら 自然の恵みによって作られたものを神様にお供えする。

つまり、季節の野菜や魚介類などを巻く恵方巻きと同じように、縁起物であるということ。
直会……『祭儀の後に供えた神饌を食べる宴のことを直会(なおらい)という。直会には、神の供物を食べることで神に近づくという意味もあるが、人が食べることのできないものは供えてはいなかったという証明でもある。墓参りの際に墓前にお供えしたものを、あとで食するというのと同じ行為であり、神霊が召し上がったものを頂くことにより、神霊との結びつきを強くし、神霊の力を分けてもらい、その加護を期待するのである。
お供えものは、神様へのお礼のしるしとして奉げられ、お下がりを人間が分け合って神様と同じ物を食べることに意味合いがあった。祭礼の日などに、神社の本殿前に山海の珍味や特殊な調理を施した品々が積みあげられたものが供物である。
節供に限らず、神様にお供えする食物などを「供物」と称することが一般的になった。その年の山野の収穫物を神に捧げ、行事が終わったあとにはこれを神前より下げて参列者で分け合って神に感謝しつつ食べる。いわゆる神人共食のスタイルが供物の基本形おされてよく執り行われている。』

神社の儀式の流れ……『祭りとなれば、で最初に『献饌』をし、神様にお願いや感謝の言葉を申し上げる『祝詞奏上』が行われ、『玉串奉奠』と続いて、最後に『撤饌』(文字通り神饌を撤する儀式)を行う。神饌をお供えするところは、祭りの中で 社殿の一番奥で行われる行為で、地味な儀式ですが、神道の中で 最も重要な部分の一つ。
つまり、お祭りとは、神様にお食事をお出ししてから、 その食膳を片づけるまでの、神の食事中に、お願い事や感謝の言葉を申し上げる』
恵方巻きを食べるとき無言なのは、「神事を行う際に、言葉を発してはいけない」という象徴ではないかということ。心の中で願い事を言うのも、神前で拝むのと同じことである。神前で手を合わせベチャクチャ喋る人はいないし、それは神様に失礼となる。
よって、この神様へお願い事をする際の作法が「恵方巻き」を食べる際に無言でなくてはならいというところに出てきているのではないか。となれば、「恵方巻き」は神事としてお供えされた供物であり、お願いごとをした(これが祭礼、行事)後に、直会として食べる。食べることによって神様との結びつきを強くすることになるというわけだ。すべてが短略化された儀式であるということ(あくまでも私的な仮説)
だから通常行われるべき神事的儀式が簡略化され、短縮した形が「恵方巻きを食べる」という行為なのではないのかということ。

③そして方位だ。
「恵方巻き」を食べる作法として重要となるのは方位となる。
まず、歳徳神(としとくじん、とんどさん)とは、『方位神の一つで、その年の福徳を司る吉神である。年徳、歳神、正月さまなどとも言う。年神様の「トシ」は穀物、主に稲を表しているという。
歳徳神の由来には諸説あり、『簠簋』では、牛頭天王の后で、八将神の母の頗梨采女(はりさいじょ)であるとしているが、これはでたらめであるとの批判もある。また、牛頭天王が須佐之男尊と習合したことから、その妃の櫛稲田姫であるとも言われる。』
恵方といえば、「恵方参り」でしょうか。
明治時代以降、初詣は有名寺社へ行ったりするが、かつては産土神や氏神、鎮守へ詣でるのが古い形だった。江戸時代は「恵方詣、恵方参り」といって、年の初めに恵方の方角にあたる寺社へ詣でるのが一般的だったという。正月にする恵方参り、つまり江戸時代だから旧暦、それが新暦の節分の日にあたりになるわけで、この恵方の信仰の名残が「恵方巻き」に流れているのではないのか。
また、恵方棚というものある。「年の神すなわち正月の神を迎えるために作る棚。その年の恵方に向かって吊り、注連をひきわたして、お供えをする。年棚、歳徳棚とも」
といったことからも、昔から信じられていた方位の信仰を「恵方巻き」は受け継いでいるといえる。

よって、これらすべてをまとめると「節分に恵方巻きを食べる」という風習が全国に広がったのは、すでにそれを受け入れる下地が日本人の中に備わっていた(元々あった風習=正月の風習と同じ)からではないでしょうか。

④前回、「恵方巻きを模したモノが次々と出てくるのか」「長いという形状のものが何故受け入れられていくのか」これが不思議でならない、といったことを書いた。
その理由としては、「恵方巻きが太巻きの理由は、それが鬼の持つ金棒を表していて、これを食べることによって鬼のようなパワーを得るためだ」というものが一般的であり、その説が一番無難だろう。
だがどうも
ke1.jpg

こういった商品が出てくる理由を説明するには、物足りないような気がする。
重要なのは「棒状のものを節分に食べる」ということだ。
神事、祭礼、長いもの……。
棒……、柱……、
諏訪神社の御柱か? それとも節分の日に男根を模した棒を振り回す三峰神社(埼玉県秩父)の奇祭か?
……と連想ゲームのようになってどうにもならない、
やはり「棒」なのか。
棒が象徴しているものを紹介していた「棒が持つ意味http://homepage3.nifty.com/bokujin/tsue.htm」というサイトの説明も良かった。
ただここまで書いてきて、
やはり行き着くところは「金精神」か「リンガ信仰」になってしまう。
これが象徴しているのは性信仰で、幅が広くなってしまう。そうなると、なかなか手に負えない。
やはり、これ以上どうにもならないので、これは来年の節分までの宿題としておきます。(たぶん大きくは外れてないと思うので)
ただ来年の予想としては「節分に長いものを食べる」という風習が更に浸透して、長い形状の商品がもっと増えて行くことでしょう。




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[460] 太巻き(巻きずし)の発生起源に疑問
巻き寿司が出てきたのは 江戸時代後期
その辺りから 神事に組み入れるというのは
いかがなものかと・・・・・じゃ それ以前は、どうだったのか?

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