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徳川埋蔵金伝説を検証する。「週刊 歴史のミステリー」第6号から、

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前回の続き。

デイアゴスティーニ「歴史のミステリー」第6号の「語り継がれる伝説」から「徳川埋蔵金伝説」が取り上げられていたので、ここでは少しだけ検証していきます。

ページ数にして、3ページ。項目は4つとなっています。

1、「徳川埋蔵金伝説」のあらましから説明しています。
『1858年、日米修好通商条約を締結させた井伊直弼は、日本の金銀が海外に流出することを恐れ、これを一時的に疎開させることにした。この命を受けたのが小栗忠順である。1864年ころから江戸城開城の1868年までの間に、小栗は幕府御用金を持ち出すことに成功した。このころ現群馬県渋川市あたりの利根川から、大きな荷物を運び出す武士の姿が見られようになったという。これが徳川埋蔵金伝説となる』ということは、小栗忠順首謀説を取っていることになります。

2、「江戸城金蔵から消えた御用金」
幕府に金があったのか、なかったのかを検証しています。
伝説では、総額360万両(現在の金額で100億円)が埋蔵金として隠されているといわれている。しかし当時、幕府にそんな大金が残っていたとはおもえない。では、通説のとおりに江戸城開城時に御金蔵には1両も残っていなかったとなると、これもまた疑わしい。
この本では、「大坂城の御用金」「金座・銀座の貨幣および金銀地金」「慶喜が水戸に運んだ2万両」「町奉行などの塵金」などを挙げて、江戸城に全くお金が残っていなかったということはないだろう、としている。となると、それらの金はどこに消えたのか、という疑問が残ることになる。

3、「本命の赤城山麓は穴だらけ」
赤城山埋蔵説の解説。幕末から昭和までの伝説の経緯を載せている。
またこの本では、某番組の地元出身コピーラーターが云々と書かれていますが、これは当然、TBSテレビの番組「ギミア・ぶれいく」赤城山埋蔵金伝説シリーズのことであり、糸井重里ということなる。
「ほとんど土木作業となっている」と糸井本人が言っているほどで、その様子は本人のホームページに出ています。http://www.1101.com/treasure/1999-12-15.html

で、本がこれ、糸井重里著『あるとしかいえない』 (集英社)。
itoi.jpg


この本の中では「徳川埋蔵金」をテレビでやる切っ掛けとなったのが、「酒飲み話から始まった」という驚がく的事実が書かれています。

以下引用。
『……1990年6月に放送されたもので、最初は超能力者が徳川埋蔵金を探すという内容だった。当時のチーフPだったS氏は、アメリカの有名な超能力者を起用して特別番組を手掛けていたが、スプーン曲げ以外のやり方で超能力を表現できる番組はないかと考えてたのだ。「超能力を使って埋蔵金を探すという話は、PだったK氏と一緒に飲みに行ったときにたまたま思い付いたことなんですよ。まあ飲み屋での馬鹿話っていうか、そういうのって面白いじゃなかというたわいもない話でね。でもK氏がそりゃいけるかもしれないってTBSのS氏に提案したんです」と番組制作会社のDが言ったというのである。この埋蔵金の企画が、六本木のミニクラブで酔っ払いの思いつきで始まったのは、いまでも有名な逸話である。しかも赤城山を選んだのも埋蔵金を掘っている話を聞いていてこれも思いつきに近いという』

まあ、こんな感じで始まったテレビの徳川埋蔵金シリーズなので、「ないとしかいえない」。



4、「最終埋蔵地は赤城より北方か?」
ということで、まず「赤城山埋蔵説」を否定したあとに、埋蔵金研究の第一人者・畠山清行の説を載せています。
「赤城山より北の旧三国街道(国道17号)や旧沼田街道(国道120号)沿いあたりの永井宿跡で、発掘調査をした結果、90mの横穴を見つけた。このことから、そこに埋蔵金が隠されているのではないかと推測している。
また、他に日本トレジャーハンティング・クラブや埋蔵金研究家が注目しているのは、猿ヶ京周辺、旧子持村上白井の山林、片品村北部の金井沢金山跡などである。これらがすべて、群馬県北部となっているのが特徴。

で、今号のネタ本は「謎解き 徳川埋蔵金伝説」八重野充弘著(二見書房)であり、すべてがこの本にあるものです。
maizou.jpg


この本、「徳川埋蔵金」のことが詳しく載っていて、「赤城山埋蔵伝説」の経緯などは、私も参考にさせていただきました。
画像の本もよく見るとボロボロです。

で、私の説となるわけですが、もう何回も書いているので、ここでは割愛。
書いたのは、「デマ、噂の真相シリーズ」。ここでは、「徳川埋蔵金」と「木村拓哉の太田市に引っ越してくる騒動」とを無理やり結びつけて、「群馬英語アカデミー」や「英語教育」を批判した記事を書いています。これは徳川埋蔵金伝説のダイジェスト版。

それより詳しく書いたのが「東毛奇談 第6章・徳川埋蔵金のこと」です。
なぜ埋蔵金伝説が広まったのか、徳川御用金はどこに行ったのかを超詳しく書いております。「徳川埋蔵金」についてのブログ等では一番多い文量だと自負しております。
興味のある方はどうぞ。
でも、これ、一言でいえば、「徳川埋蔵金伝説の大元が「勝海舟」であった」という説。
この説を出しているところは他には見かけないので、かなり異説であることは間違いないでしょうが……。(ただしトンデモ説ではない)

というわけで、次回は、「ハローバイバイ関の都市伝説」の中にあった徳川埋蔵金伝説を検証します。





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消えた二十二巻

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