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「みのもんたの日本ミステリー」第4回目放送分の感想  その2

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「みのもんたの日本ミステリー」第4回目放送分の感想  その2 前回の続き

関ヶ原の戦いの黒幕はエリザベス女王だった!?

番組ホームページから「1600年、徳川家康と石田光成(正しくは「三成」ですが、番組ホームページはこう記載されています) が対決した「関ヶ原の戦い」は、当時世界最大規模の重火器戦で、武器量に勝る東軍が僅か7時間という短時間で勝利を治めたのである。家康がその際に着用した甲冑には、鉄砲の玉をはじき返す西洋式の構造が用いられていた。これら最新の西洋式兵器の入手先は、大分に漂着した1隻のオランダ商船リーフデ号。そしてその陰にはイギリス女王・エリザベスⅠ世の陰謀が隠されていた…!?」

いわゆる、トンでも説です。

その前に番組の内容を書き出します。
①日光東照宮にある家康の西洋風甲冑「南蛮胴具足」を紹介。これは西洋の甲冑と日本のものを折衷したもの。
②西洋のフランキ銃(大砲)を家康は関ヶ原の戦いで使った。大砲の数、西軍5に対して東軍30以上あった。ここは静岡大学教授 小和田哲男氏が解説。
では家康はこういった西洋のものをどこから入手したのか、という問題提起をします。
1600年当時、世界を支配していたスペインとポルトガルは、日本に宣教師が送りこみ、布教の名目で勢力を拡大し、貿易を独占していた。これに対抗するため、イギリスのエリザベス1世は、日本に目を付けたというのだ。当時の日本は銀の産出量が多く、貿易をイギリスが独占しようと考えた、というのだ。
(まあいいでしょう、しかしここからが酷い)

ここからは、歴史研究家 天堂晋助氏の解説。

そこでイギリスが送り込んだ人物が、ウィリアム・アダムスのちの三浦按針だという。アダムスの解説はここでは省きます。
経歴等は下記から。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%82%B9
家康がアダムスを重く用いたのは、エリザベス女王の密命があったからだというのだ。
理由
①リーフデ号(オランダ船)には大量の武器が積まれていたが、これはアダムスが大量の武器を密輸し、家康に手渡そうとしたもの。これによって関ヶ原の戦いに勝利したからだという。
②ロンドン大英図書館には、アダムスがイギリスに送った11通の手紙が保管されている。その中にエリザベス女王と密接な関わりを持つ手紙があったという。それはイギリス東インド会社に送った手紙で「東インド会社がイギリスに残された妻に、多額のお金が渡っていた」「我々はもともと日本を目指していた」などと書いてあったという。
ここで、「日本には偶然漂着したのではなく、アダムスは女王の密命を帯びていた」と番組では強引に結び付けていた。(飛躍しすぎ)
③ ではなぜ、エリザベス女王は、家康に勝って欲しかったのかといえば、西軍にはキリスト教信者が多く、スペイン・ポルトガルとの関係が密接だった、これに対抗するために、関ヶ原の戦いでは家康側に勝って欲しくて、加担したというのです。
以上が番組内容。
私的感想。   一言でいえば「ちょっと……」です。どこから突っ込んでいいのか分らないほど、欠陥が多い説だ。
まず、リーフデ号はオランダの船です。英国女王の密命をなんで外国の船で行うのか分からない。それにアダムスはただの雇われ航海士の一人に過ぎない。そんな小人にこんな重要な任を任せるのか。それに、リーフデ号をはじめこれらの船団は航海中に何度も災難にあって、110人いた船員が24人までに減った。ほとんど死んだんですよ。しかも日本に辿り着いたときは、漂着という形だった。アダムスが密命を帯びていたとしても、途中で死ぬ可能性の方が高く、日本にたどり着いたのは偶然に近い。一国の重要な国策が成功するかしないかといったことを、「神頼み」みたいなことに任せていいのか。
それにリーフデ号の武器も家康に献上したような形で放送していたが、これらはただの没収であり、これが家康に渡ったとすれば、偶然の類です。
またここでは、同じく漂着したヤン・ヨーステンが全く扱われてませんけど、これはおかしい。ここでオランダ人を入れると、この説が成り立たないから省いたのかもしれません。大体、そんな重要な密命を帯びているのに、イギリスは一船員のアダムス1人しか送り込んでこないのが不思議。貿易をしたいのなら、イギリスの船で、もっと権限のある人を送るはずです。大英帝国がこそこそする必要などない。
それに、エリザベス女王が関ヶ原の戦いの黒幕みたいな放送だけど、英国にいた女王に、家康が石田三成と戦うなんて予想ができるはずがない。だって、リーフデ号が出航したのは、戦いの2年も前のこと。この時点で誰が誰と戦って、これから先日本がどうなるなんて、誰も予想が付くはずもない。秀吉死後から関ヶ原の戦いまでの激動の時代だ。当時の日本人だって分りゃしない。

それにたとえ情報の行き来があったとしても、通信がない時代のことだ、アダムスに指示を与える機会などない。(リーフデ号が漂着したのが1600年4月、関ヶ原の戦いが9月。つまり5ヵ月しかない。これ以前は海の上にいて情報なんてないわけだ。2年前の日本の状況しか分からないのに、どうやって日本の状況を知ることができたのか。だれが指示を出すのか、考えてみても不可能)

それに最大の欠陥は、もし家康がエリザベス女王の密命を受けて、女王のおかげで勝利したのなら、なぜ鎖国して、オランダとだけ貿易をしたのか、ということ。イギリスを省くようなことをしたら、それこそ誇り気高い英国が何も言わないのがおかしい。(ただしに鎖国が完成したのが、1639年。その間はイギリスと貿易をしていたのか、少し調べてみないと分からない)

この説はみんな後付けなんですよ。家康が関ヶ原で勝った→そのときアダムスが家康側にいた→アダムスはイギリス人→イギリスとスペイン・ポルトガルは対立している→西軍はキリスト教徒(カトリック)が多い→イギリスは対抗するために家康に味方した……。みたいな連想ゲームみたいな説なのだ。

この説を唱えている人は、きっと「映画007シリーズ」が好きで、女王に忠誠を尽すジームス・ボンドとウイリアム・アダムスを重ね合わせているのだろう。

次回に続く。「邪馬台国は四国にあった?」



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