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物語を物語る

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週刊「歴史のミステリー」第10号

物語を物語る

週刊「歴史のミステリー」第10号
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目次
歴史検証ファイル     「関ヶ原の戦いは天下を二分した決戦だったのか?」
                「カエサルを殺したのはブルートゥスだったのか?」
遺跡に眠る謎      「チチェン・イッツァ」
疑惑の真相       「イエスキリストは日本で死んでいた!?」
語り継がれる伝説   「聖杯伝説」
芸術の裏側       「ピーターとウェンディ」ジェームス・M・バリー
人物再発見      徳川光圀



「関ヶ原の戦いは天下を二分した決戦だったのか?」

「1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いで、勝利した徳川家康は覇権を握り、一方の豊臣家は急激に衰退した。だが近年、この戦いにまつわる新説が唱えられている。果たして、関ヶ原の戦いは通説通りの天下分け目の決戦だったのか」ということを検証しています。
しかし、読んだところそれほど、新しい説も出てなく、特に目新しいものはない。ただ「関ヶ原の戦い」の前後をまとめたものである。
結論としては、「戦う前から、家康の勝利は決まっていた。それは家康の書状攻勢による勝利であった」「豊臣家を壊滅させた真の天下分け目の戦いは、大坂冬の陣、大坂夏の陣であった」ということが書かれている。
この章で取り上げられたのは、静岡大学教授・小和田哲男氏、歴史家・桑田忠親氏、「真説  関ヶ原合戦」桐野作人氏、「関ヶ原合戦」二木謙一氏、「関ヶ原合戦四百年の謎」笠谷和比古氏、となっています。


「カエサルを殺したのはブルートゥスだったのか?」


「古代ローマ帝国最大の英雄カエサルは、元老院会議の議場で、14人の反逆者の手によって刺殺された。その際にカエサルが発したとされる「ブルートゥス、お前もか」という言葉があまりにも有名だが、この暗殺劇の裏側には何があったのだろうか。」(本文より)
ガイウス・ユリウス・カエサル(前102年~前44年)   古代ローマの将軍・政治家。英語読みはシーザー。
名門の出であるが、平民派を地盤として急速に政界で地位を築いた。前60年ポンペイウス・クラックスと結び、元老院を抑えて第1回三頭政治を行った。ついでコンスルをへて前58年~前51年にはガリア遠征を行い、全土を征服してローマ化し、ブリタニカにも渡った。クラックス戦死ののち政敵のポンペイウスが元老院と結んだのを知り、「骰子(さい)は投げられた」と言ってルビコン川を渡って各地に転戦し、前48年ファルサロスの戦いで彼を倒した。前46年、元老院からインペラントを授けられ、以後、属州政治からの改革や貧困の救済、商工業の奨励、太陽暦(ユリウス歴)の採用などに尽力した。前44年に終身のディクトタトル(独裁官)となり、文武の大権を一身に集めたため、元老院で共和主義者のブルートゥスらに暗殺された。一方、彼はすぐれた文人でもあり、その著「ガリア戦記」「内乱記」は有名。またディオクレイティアヌス帝以降は、正帝をカエサルと呼ぶようになり、インペストラトルという称号とともに「皇帝」の語源となった。  (世界史辞典)

週刊「歴史のミステリー」第10号で、「カエサル暗殺」の謎を検証。項目は6項目。
「カエサルは国賊だったのか?」「元老院とカエサルはなぜ対立したのか?」「ブルートゥスはカエサルを恨んでいたのか?」「暗殺に及んだのはどのような集団だったのか?」「ブルートゥスは首謀者ではなかった」「相続人デキムス・ブルートゥス」
結論としては、カエサル暗殺首謀者はマルクス・ブルートゥスではなく、カッシウス・ロンギヌスではないか、としている。また、「ブルートゥス、お前もか」という言葉は、マルクスではなく、デキムスに向けて発せられた言葉ではないか、としている。
本文で取り上げられた参考文献。「ローマ人の物語 13」 塩野七生氏、「図解 永遠の都・カエサルのローマ」 佐藤幸三氏、「古代ローマ歴史誌」 木村凌二氏、「ローマの歴史」 モンタネッリ、「カエサル」 長谷川博隆氏。ほかにシークスピアの「ジュリアス・シーザー」、プルタルコス「英雄伝」

チチェン・イッツァ
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メキシコのユカタン州にある「マヤ文明」の遺跡。「勝者が生贄となった死の競技場」と説明文がある通り、ここで多くの生贄が捧げられたという。ただこれは「16世紀に侵略したスペイン人が同地の植民地化を正当化するために「野蛮で原始的なマヤ人の生贄儀式」を誇張して喧伝し、処女の生贄伝説が広まったとも考えられる」と書かれています。
これを題材にしたのが、メル・ギブソン監督の映画「アポカリプト」。マヤ文明の生贄伝説等をアクション映画にしている。


イエス・キリストは日本で死んでいた。

青森県戸来村(現・三戸郡新郷村)に残る「キリストの墓伝説」を取り扱っています。
いわゆる「竹内文書」の検証。これは検索すると、かなりの数のものが出てきます。まずは、新郷村あたりからhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%83%B7%E6%9D%91
ここで、参考文献として挙げているのは、山根キク著「キリストは日本で死んでいる」、高坂和導著「超図解 竹内文書」、三谷芙沙夫著「奇の日本史 渡来伝説の謎を解く」
キリスト渡来伝説といえばこれでしょう。
諸星大二郎「妖怪ハンター  生命の樹」で、映画化された「奇談」。エヴァンゲリオンとの関係で何度も書きましたね。
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大人が存在しない「ネバーランド」の秘密

「ピーター・パンの冒険」を書いたイギリスの作家ジェームス・M・バリーの生涯と誕生秘話を載せています。ほかに、ダン・カイリー著「ピーター・パン・シンドローム」「ウエンディ・ジレンマ」を紹介。また近年出た新説「ピーター・パン殺人鬼説」なども書かれています。
映画ではジョニー・デップ主演「ネバーランド」が、ピーター・パンを書いた経緯や、バリーの生涯を描いています。
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監督マーク・フォスター、出演ケイト・ウィスレット、ダスティン・ホフマンなど。
ただ実際は、映画のように、美しい話だけではなかったようだ。バリーは子供たちの思い出だけで暮らす老年であり、ピーター・パンと同じ名前をもつピーターは、物語のモデルといわれ続けるた悩みで、精神錯乱状態となり投身自殺したという。
ある意味、今号では一番面白い記事かも。


聖杯伝説

聖杯とは、イエス・キリストが最後の晩餐でワインを飲むときに使用したといわれる杯で、アリマタヤのヨゼフが十字架上のキリストの血をこれで受けた。これによりこの杯は、奇跡を呼び起こすといわれ、数多くの「聖杯伝説」が生まれた。この後、聖杯はエルサレムからブリタニアに渡り、その地のグラストンベリーという町に埋められたという。これが今のイギリス・グランストンベリーの「聖杯の丘」となる。
この聖杯はアーサー王伝説と結びつき、失われた聖杯を探し求めるという物語となって使われる。トマス・マロリ「アーサー王の死」、クレチアン=ド=トロア「聖杯物語」など。聖杯探求の旅に出た円卓の騎士の物語は、19世紀のバイエルン国王・ルードリィッヒ2世のもと、ワーグナーが「パルチヴァル」という神聖歌劇にした。
「歴史のミステリー」では、ダン・ブラウン著「ダ・ヴィンチ・コード」「死海文書」「テンプル騎士団」などを紹介し、現在はセント・クレア礼拝堂に埋蔵されているという説を挙げている。
参考文献は「知られざる聖杯伝説―死海文書と聖杯の謎」クリストファー・ナイト、ロバート・ロマス著。
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画像はニコラ・プッサンのアルカディアの牧人たち 
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消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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