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物語を物語る

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「歴史のミステリー」第12号

物語を物語る

目次
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歴史検証ファイル    信長の比叡山焼き討ちは虐殺だったのか?
               リンカーン暗殺事件の真相
遺跡に眠る謎      ナスカの地上絵
疑惑の真相       切り裂きジャックは女だった!?
芸術の裏側       「ミロのビーナス」
語り継がれる伝説   「天女の羽衣」
人物再発見      二宮金次郎



「信長の比叡山焼き討ちは虐殺だったのか?」
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織田信長が1571年に行った「比叡山焼き討ち」が是か非かを検証しています。本書では、信長の残虐行為はやもえないこととして「肯定」的にとらえています。信長の目的は「政教分離」にあって、ジュノサイト(組織的大量虐殺)も容認されるということなのでしょう。
この論が詳しく書かれているのは、井沢元彦著「逆説の日本史10 戦国覇王編 天下布武と信長の謎」であり、本書はこれをまとめたものだといってもよいでしょう。全体的に「信長ファン」による「信長擁護」の説が載っている。

①信長は宗教を弾圧したのか?
比叡山焼き討ちで殺した僧侶は3千人、中には女子供もいたが容赦なかった。しかも延暦寺の根本中堂をはじめ三塔十六谷の伽藍は灰燼に帰した。
ここで、信長は宗教弾圧を行ったわけではないということを宗教学者・山折哲雄氏の言葉を引いて書いています。「宗教弾圧を行っていたなら禁止令や追放令などを出して徹底的に取り締まったはずだ」としています。

②「比叡山の僧侶は善人だったのか?」
ということで当時の僧侶の堕落した様子を書いています。

③焼き討ちに踏み切ったのはなぜか?
直接の要因は、延暦寺が朝倉義景・浅井長政らに加担したため、信長が窮地に追い込まれ、これをかなり根に持っていたということ。

④信長は全山を焼き払ったのか?
逃げまどう僧侶は見つけ次第殺され、焼け残った堂塔は3日間放火して回ったといわれている。しかし近年の調査・研究では、それほど徹底的に焼き討ちが行われていたわけではない、という説が言われている。(谷口克広氏)また、「大虐殺は行われず、山火事程度ではないか」という説も載せている。焼き討ちの様子を伝えている「言継卿記」「御湯殿上日記」も伝聞であるゆえ大袈裟に書かれている、としている。本文では、「一級史料といえども、必ずしも信用できない」と書いている。

が、なぜ「信長の焼き討ち」のところだけ信用がないというのか、大いに疑問である。実に都合のいい史料の使い方だ。まさに信長擁護のためだけに史料を利用すべきではない。

「信長公記」についても「他の宗教勢力に対しして大げさに信長の残虐ぶりを伝えることで、「たとえ僧侶といえども、信長に逆らえば容赦なく殺害される」という恐怖心を植えつけようとしたのではないか、との見方もされている。」と本文にある。だが、これはありえない。「信長公記」は江戸時代に書かれてものであって、信長の残虐性、恐怖心を煽る意味など江戸時代にあっては全く必要のないことだ。戦国時代が終わった後年になって「信長」を振り返ったときに、その残虐性が他の武将よりも一段と際立っていたということになるのではないのか。
では延暦寺は焼かれなかったのかとでも言うのだろうか。比叡山の寺院はそのほとんどが焼き払われたことは「事実」なのである。現在ある寺や伽藍は、のちに秀吉や家康によって再建されたものである。それがどうして山火事程度という見解になってしまうのか、実に不思議だ。

⑤蛮行とされた宗教改革
ということで、信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたのは、「宗教改革」であって、「堕落しきった僧侶への鉄槌」「経済の開放」「政教分離」であった、という結論である。

確かに「目的」はそうであろう。しかし、目的のためには手段を選ばないというのでは、払われた代償は余りにも悲惨すぎる。
まあ、これも信長の描いた理想世界を作るためなら仕方なかった、と言われればそれまでなんですが……。

ただ、信長が行ったのは、比叡山焼き討ちだけでないだろう。
伊勢長島一向一揆衆の残虐行為は「根切り」といわれ、2万人を殺した。天正伊賀の乱では、伊賀の国全土が焦土化する大殺戮を行った。また、高野聖千三百人を捕まえて処刑し、高野山を大軍で囲んだ。信長が本能寺の変で死ななければ、真言宗・高野山でも虐殺行為は実行され、寺院はすべて焼き払われることになっただろう。(そうなれば、高野山奥の院にある空海の霊廟も焼き払われることになる)
それに荒木村重一族の虐殺、竹生島詣した侍女をかたっぱしから切り殺した事件(仲裁に入った僧侶まで殺した)、敵方の婦女を見せしめに殺すなど、実に枚挙にいとまがない。

さて、私はここまで、信長の残忍性ばかりを書いてきたが、決して、「信長」すべてを否定しているわけではない。信長の持っているこういった加虐性を含めてすべてが「信長」なのであって、それら功罪が合わさって「信長像」を作っているのであるから、それら「悪」の行為までも全部肯定化する必要はないと思うのだが。

同じ時期に文藝春秋五月号が出ていて、「織田信長 改革と破壊と」といった特集記事が載っていた。本郷和人氏、小和田哲夫氏など「歴史のミステリー」で紹介していた人が、ここでも「信長」について書いている。
まさしく「大転換期に出現した天才政治家」「壮大なヴィジョン、組織、人事」といった内容で、「信長」が偉大な人物であることは間違いない。

当時の血生臭い戦国時代の人々が見ても、やはり信長は残虐だった、というのは事実であって、その点を歪めてしまうと、おかしなことになる。そういった「残虐な面を持つ信長」がいたからこそ光秀がいて、家康がいることになのだから。(この辺りは長くなるので説明は省略。「東毛奇談」で)

では、ここで、明石散人著「二人の天魔王」から引用します。(対談本になっています)

「……信長がついに天下を制することが出来なかった要因の一つに旧仏教、五山(禅宗)、一向宗の抑え込みに失敗してしまったことがあるでしょう」
「それは認めます。元亀元年(1570年)の伊勢長島の一向一揆以来、信長は生涯一向一揆に悩まされたようですし……、本願寺顕如との石山合戦、比叡山延暦寺焼き討ち、日蓮宗弾圧、確かに信長は宗教界に対しての戦術が下手ですね」
「下手というより……、むしろ無策と表現する方が適切ではありませんか。比叡山延暦寺の焼き討ちにみる信長は、無策からなる愚かさを如実に物語っていますよ。笑っちゃうのは、この焼き討ちの後にわざわざ吉田兼和を出頭させて南都(奈良興福寺)、北嶺(延暦寺)を滅ぼしたら祟りがあるかを尋ねていることです。兼和の『先例に無い』との返答を聞いてやっと安心するのですが……」

というわけで、信長の宗教対策に対しては、失敗だったと見てる人もいるということです。

そして、信長が比叡山を焼いたことによって、かなりの文化遺産が失われたことは確かなことなのです。今残っていたらかなりの貴重なものだったに違いない。また日本仏教を伝える文書も、このときかなり失われた。残っていたなら日本文化を知る上で重要なものになっていたはず。宗教改革を行うなら別の方法があったのではないのか。これでは文化を尊重しない「バーミアン遺跡を壊すタリバン」のようだ。
こういったことは、明治維新のとき「上野戦争」で大村益次郎が、上野寛永寺焼き払ったときも同じだことだ。(寛永寺が「東の比叡山」と云われていたから同じような悲運に遭うのは皮肉なものだ。)  軍略の天才と言われた大村だが、果たしてそこまでする必要があったのか。このとき失われた文化遺産はかなりのもので、しかも徳川家の謎を解く鍵もここにあったはずなのだ。(これも説明省略。)
と、どんどん横道にそれていくのでここらやめます。


リンカーン暗殺事件の真相

「1865年4月14日、リンカーン大統領は、ワシントンDCのフォード劇場で観劇中、俳優のジョン・ウィルクス・ブースに拳銃で撃たれ、翌日死亡した。だが、この事件にはあまりにも多くの謎が残されていたのである。」(本文より)
ということで、リンカーン暗殺事件を検証している。アメリカの有名な暗殺事件の3回目となる。一回目は「ケネディ暗殺事件」第5号、二回目は「キング牧師暗殺事件」第9号となっている。
暗殺事件の経緯などはここで、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E3%81%AE%E6%9A%97%E6%AE%BA
事件から12日後、犯人のブースは仲間とともに隠れているところを発見され、射殺されたという。しかし、誰が撃ったのかも分らず、射殺されたブースの遺体を見た仲間は「これはブースではない」と叫んだというのだ。しかもその遺体は秘密裏に運ばれ、後に旧監獄の地下監房の床下で見つかったということだ。
本書では、陸軍省長官で、本事件の捜査指揮者のエドウィン・スタントンを黒幕としています。

これで思い出すのが、ニコラス・ケイジが主演した作品『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』
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映画の内容は「リンカーン大統領暗殺事件の犯人、ジョン・ウィルクス・ブースの日記が見つかり、そこにはベンの祖先が暗殺事件にかかわっていたという記録が残されていた。汚名を晴らそうとベンは再び冒険に出る。」ということで、このブースの日記というのが「証拠品として提出された日記は完全なものではなく事件前後の18ページ分が破り取られていた。このことを暴露した秘密警察本部長のラフィエット・ベーカーであり、ベーカーの遺体の場所までばらしたという。」ということです。
映画は未見。
DVDは6月4日に出るというから、そのころ読み返すといいかも。


ナスカの地上絵
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砂漠に描かれた謎の巨大絵、ペルーのナスカ川とインヘニヨ川に囲まれた乾燥した盆地状の高原の地表面に「描かれた」幾何学図形、動植物の絵。紀元前2世紀から6世紀の間に、「描かれた」と考えられている。
1939年6月22日、考古学者のポール・コソック博士により発見される。ドイツの数学者、マリア・ライヒェがこの地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-ohashi/nazca.html このサイトでは地上絵が見易くなっています。


切り裂きジャックは女だった!?

『切り裂きジャック(きりさきジャック、英:Jack the Ripper ジャック・ザ・リッパー)は、1888年8月31日 - 11月9日の2ヶ月間にロンドンのイースト・エンド、ホワイトチャペル地区で少なくとも売春婦5人をバラバラ殺人にした連続猟奇殺人犯。』を解説している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E3%82%8A%E8%A3%82%E3%81%8D%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF

そして本書でいう「女犯人説」の根拠とは
①犯人は被害者の女の服を着て逃走したという証言がある。よって小柄な男か、女ということになる。
②被害者が妊娠3ヶ月だったことから、堕胎のために産婆を呼んで、そこで殺されたのではないかということ。(1936、ウィリアム・スチュアートの説)
③警察が産婆を捜査線上に上がった時点から、殺人事件がなくなった。犯人が警戒したためではないか、という説(コイル・ウィルソン) 
④「犯人は女性堕胎医」と元ロンドン警視庁のアーサー・バトラーが発表した説。堕胎手術に失敗するたびに、表沙汰にならないように殺害したということ。

まあ、説としては新味があるけど、どうも根拠が薄いような気が……。

で、切り裂きジャックの映画
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ジョニー・デップ主演映画「フロム・ヘル」監督: アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ 、出演へザー・グラハム、イアン・ホルム他


ミロのヴィーナス「永遠に失われた両腕の神秘」
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1820年ギリシャのミロス(ミロ)島で発見された大理石のヴィーナス像。古代ギリシャ彫刻の傑作とされたが、紀元前4世紀ころの作品を前2世紀ころ摸刻したものという。現ルーブル美術館所蔵。

本文では、①ミロのヴィーナスがルーブル美術館に所蔵されるまでの経緯と各国の争奪戦を紹介。②欠けた両腕の謎の代表的説を5つ紹介。リンゴを持つ、楽器を持つなどがある。出典はアンリ・ポール・エドゥー著「考古学の啓示」 ③ヴィーナス否定説。この像が「勝利の女神」であったのではないかという説。元々腕は作られていなかったのではないかという説などを解説。 ④究極の美の法則「黄金比」の解説。
参考文献は「古代ギリシャ発掘史」ロラン&フランソワ・エティンヌ著となっている。

さて、語り継がれる伝説「羽衣伝説」は次回ということで。
第11号の「河童伝説」もまだ書いてません。これらはまとめて書きます。「河童伝説」は「おしりかじり虫は河童説」とからめて書こうとして挫折してしまって、全くまとまっておりません。それが遅れている原因。この分だと次週の13号が発売しちゃうよ~。
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