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テレビ東京「新説!?日本ミステリー」2時間SP

物語を物語る

2008年4月22日、テレビ東京「新説!?日本ミステリー」2時間SPの放送があった。
「みのもんたの日本ミステリー」のレギュラー化。
ただし「みのもんた」の出演はない。

内容は
「本能寺の変に新証拠発見!? 信長の首に秘められた暗号」
「和歌山の海底遺跡は桃太郎伝説の鬼が島だった!?」
「世界三大美女の一人 楊貴妃は日本で死んでいた!?」
「教科書の顔は別人だった テレビ初公開!! 西郷隆盛本当の顔!?」
「超能力者・御船千鶴子の千里眼は本当だった!?」
「関東にも大和朝廷に対する日本王国があった!?」

となっていた。


「本能寺の変に新証拠発見!? 信長の首に秘められた暗号」
から

まず本能寺の変のあらましから、信長の遺骸が発見されなかった経緯を説明したあとに、「通説通りに、信長の首は焼けてしまったのか」それとも「どこかにあるのか」、といったことを検証している。
この番組では、
静岡県富士市にある西山本門寺の本堂裏手にある「信長の首塚」を紹介していた。


解説者は、歴史研究家の天堂晋助氏。(1968年生まれ。第2回歴史群像大賞で奨励賞受賞。「歴史読本」「歴史と旅」等でライターとして活躍。著書に『都市伝説百物語』『恐怖のホラー怪談』『秦始皇帝と暗殺者』『陳勝・呉広の反乱』。河出書房新社のページより)
番組では、静岡の歴史をまとめた書物「嶽南史」から引いている。

寺の住職が「信長の首塚」の由来を説明。「信長と一緒に本能寺にいた原志摩守宗安が、信長の首を介錯したあと、本能寺を脱出、山伝いに駿河まで首を運んだという」ということだ。

ウィキペディアなどの説明ではもう少し詳しくなり『第18世住職、日順上人の父、原宗安(原志摩守)が本能寺の変の際、戦死した自分の父原胤重と兄原清安(原孫八郎)の首と本因坊算砂の指示で信長の首を本門寺まで持ち帰り柊を植え首塚に葬ったという。』となっている。

信長の首塚に植えられた「ひいらぎの木」がキーポイントになるようだ。
「ひいらぎ」は魔除け、祟り除けであることから、これを植えた人物が本能寺の変の首謀者であったと、天堂氏は言っている。つまり「信長の祟りを恐れていた」ということが言いたいらしい。

さらに、原宗安の子であり、寺の住職・日順上人の過去帳によれば「信長 明智の為に被誅さる」と記述がある。
「誅される」という言葉から、「信長より上位の者が光秀を使って襲わせた」ということになると解釈して、そこから導き出されるのが、「朝廷関与説」「近衛前久首謀者説」。

またこの寺には、「尊霊殿」と呼ばれる部屋があり、そこには百八代御水尾天皇と皇后、御息女常子内親王の位牌が納められていた。朝廷から厚い帰依を受けていたということらしい。

ここで結論。
天堂氏の解説によれば「天皇のご位牌が納められている場所の後ろに回ることは、失礼に当たるので誰も立ち入れない。信長の首塚は本堂の裏側にある。つまり信長の首塚がこのお寺にあることを知られないように後水尾天皇のご位牌を納めた。そしてヒイラギを植えることで(近衛家に対する)信長の祟りを封じようとしたのではないか」
ということで、信長の首塚から本能寺の変の首謀者は「近衛家」ではないか、としています。
番組では「日本の歴史が覆される」と煽っていますが、まあ「近衛家(前久の名前は余り出していない)」という今では一般的な説。

確かに私も『東毛奇談』では「朝廷関与説」(近衛前久と周辺の人物たち)で、書いているのでこの説を取っていますが、この「信長の首塚」については、どうも納得が行きませんね。
理由としては、
①原宗安が「信長の首」を持って逃げることなど果たしてできるたかどうかが大いに疑問だ。本能寺を囲まれた最初の時点では逃げることもできただろうが、信長が死ぬ段階となれば、かなり戦いの後半となるわけでだから、その段階からの脱出は無理なのではないだろうか?
② では実際に本能寺から逃げることができたとしても、京から駿河まで、「信長の首」を持って逃げることが出来ただろうか? もしかしたら、首ではなく遺髪だったとか。
③「近衛家が信長の祟りを恐れてヒイラギを植えた」と番組では説明しているが、どのサイトを見てもヒイラギを植えたのは「本因坊算砂」となっている。本能寺の変の首謀者とこの件を結びつけるのは、無理がある。
④後水尾天皇の位牌を納めたのは1678年、近衛煕子は6代将軍徳川家宣に嫁ぐのはその翌年となっている。本能寺の変が1582年だ。近衛家が信長の祟りを恐れたというわりには、100年近く経っている。また、祟り除けのヒイラギは樹齢400年以上といわれている。近衛家が植えたとなると、樹齢と位牌を納めたという年代が合わないことになる。この100年のタイムラグが気になる。江戸時代になってから信長の首塚の存在を隠す意味があるのか、この点が天堂氏の意見と矛盾する。
と、どうも無理がありそうだ。

でも、番組的にはよくまとまっていて面白かったですよ。

それに「信長の首の行方」というラテ欄に書いてあったので、
加藤廣の「信長の棺」とか
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安部龍太郎の「信長燃ゆ」とか
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岡田秀文の「本能寺六夜物語」(第1話)とかみたいなことをやるのかと思っていたが、予想が外れた。
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「西郷隆盛の写真」とかは、明日書きます。

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