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「新説!?日本ミステリー・関東・謎の日本王国」のまとめ、そして太田市

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前回の記事の続き。

テレビ東京「新説!?日本ミステリー」の「世紀の巨大プロジェクト 関東・謎の日本王国を暴く!?」から。

番組では「かつて大和王権以外に、関東平野に日本王国があった」というネタで、毎週発掘状況を放送している。
その最大の根拠としては、「旧唐書」(中国、945年)の記述によっている。「日本國は倭国の別種なり」とあり、歴史研究家・作家の渡辺豊和氏の解説では「邪馬台国の他に、日本王国は関東にあった」と主張している。「日の出るところから日本とした」ということからいえば、東の方角となる「関東」となるわけだ。
関東・日本王国2

「旧唐書」(くとうじょ・きゅうとうじょ)とは、五代後晋の宰相劉昫らが編纂した歴史書。正史の1つで、唐代を扱っている。200巻。宋代に新出史料も加えて「新唐書」が書かれると重要性が薄れたが、「新唐書」より詳しく、当時の史料としてはむしろすぐれている。(世界史事典より)
ということで、史料としては確かなものだ。
関東・日本王国4

また、関東に「日本王国」があった根拠として番組で紹介したものは、
関東・日本王国3

古墳の数が多い。関東地区・古墳数38000基で、大和王権古墳数29900基と数で上回っている。また関東地区の古墳は利根川流域に数多く分布している。
埼玉県行田市のさきたま古墳群は、千葉県の鋸山周辺で採れる石を使っていることが分かった。こういったことからも関東平野に巨大な勢力が存在していたことになる、としている。
埼玉県東松山市の反町遺跡からはハマグリの貝殻が発掘された。これらの海のものは、川を使って運んでいたことが分かる。
埼玉古墳群のあたりは「さきたまの津」と呼ばれていた。つまり、津=港である。また古墳の周辺には住居跡がかなり多く見つかっており、権力者による集落が形成されていたことが分かる。
川沿いに開けた大きな集落があったことも分かった。豪族居館の数では、福岡では7つ、奈良が8つ、埼玉周辺が18つと多い。(ただ番組では埼玉と紹介されているが、豪族居館は群馬が圧倒的に多いはず)
埴輪の発掘数が、大和王権812点に対し、関東913点と多い。関東の埴輪は武人像、太刀、馬など武器が多いのに対して、近畿の埴輪は家財、家などが多い。2つの国には違いがある。
高崎市観音塚考古学資料館にある「馬具をつけた馬の歯」の遺跡を紹介。「もともと日本には古来の馬がいなかった」といった説明があった。魏志倭人伝には「(倭国には) 牛、馬、虎、豹、羊は無し…」という記述があり、日本には元々馬はいなかった、ということを強調している。また、さきたま古墳に埋葬されていた人物の副葬品として「馬具」が多く、畿内よりも関東の方が馬具の出土数は圧倒的に多いという。馬具出土古墳数、畿内380基、関東760基。古代の馬牧場数は畿内が0、関東27つ。
関東・日本王国6

馬は権力の象徴であり、関東には騎馬を操る民族がいたということ。

と、これまで番組として紹介されていたものは、こんな内容になる。大きく分けると、①川を利用した水運 ②馬を利用した民。この2つの特徴をもつ民族が関東にいたということになろうか。
関東・日本王国5


さて、ここからが、私見であり、素朴な疑問だ。
まず、この番組でいう「関東・日本王国」というものがどういったものなのか、どうも不明瞭かつ不明確である。
①まず年代が不鮮明である。邪馬台国に対抗したものが存在したのか、大和朝廷に対抗したのもなのなのか、年代がおおまか過ぎて曖昧だ。邪馬台国は2世紀後半から3世紀前半、古墳時代は3世紀末から7世紀。だが、さきたま古墳群は一番古いもので5世紀後半だということ。つまり番組でいうように、「邪馬台国に対抗できる王国が関東にあった」というのは吹き過ぎではないか。大和朝廷に対抗する大きな豪族・部族がいたというのが正しく、番組内では卑弥呼らしきものを出していて、いかにも邪馬台国の時代であったのかのようにしている。だが、証拠として挙げている埴輪や馬の副葬品ななどは古墳時代のもので、結局いつの時代なのかがわからない。
②それに、関東にあった豪族が、まとまって一つの王国を成していたわけではない、ということ。
これは、本や資料などを読めばすぐわかることだ。したがって別々のものを合計して、単純に関東と近畿の古墳の数や豪族の住居数を比べても意味がないのではないか。
③また関東にあった豪族はそれぞれ対立していたことは分かっている。例えば武蔵国造の乱では、群馬の毛野族やさきたま古墳の王などは争っていた。
それぞれ小国・部族間の戦いが関東で起こっていて、互いに対立している。バラバラの小国が、林立しているのであって、近畿の大和朝廷に対抗できるほどの一大勢力というわけではなかったのではないか。
④それに、番組でいう「関東の日本王国」として「さきたま古墳」を例に出すのは明らかにおかしい。
さきたま史料館にある国宝「金錯銘鉄剣」の説明には「辛亥年(471年か)、ワカタケル大王の名が、九州の熊本から出土した鉄刀にも刻まれていた。つまり関東から九州にかけて大和朝廷の支配下にあったということがいえる」とある。
国宝 鉄剣

よって、ここが、大和朝廷に対抗した王国ではないといえるのではないか。
⑤番組では、埼玉北部のさきたま古墳群と群馬県高崎市の観音山古墳、かみつけの里博物館などをもとに紹介しているが。だが、ここで、群馬県太田市の天神山古墳を取り上げないのは、おかしい、ということ。
東毛周辺や伊勢崎市、旧境町には、多くの埴輪が出土しているし、埴輪としては唯一の国宝である「武人埴輪」が出土しているのに、ここを全く触れないのはおかしいということだ。
C0010468_20071029225808.jpg

これが映画「大魔神」のモデルとなったことは以前に書いた。
180px-Kaiyodo_kurokabe02s3200.jpg

関連記事はここで。
また、この国宝「挂甲の武人埴輪」が東京国立博物館に展示されていることも以前書いた。詳しくはここで

番組では「謎の一族がいた」といってその名を出さないが、関東で馬を操った一大勢力といったら、これはまさしく「毛野族」のことだろう。
だとすれば、東日本最大の大きさを誇る前方後円墳である「天神山古墳」の名が一度も出ないっていうのはどういうわけか。
天神山古墳

毛野氏が関東で大きな勢力を誇っていたことは分かっていて、その首長墓が天神山古墳となっている。で、この「野」がのちに「上」「両」「東」などという地名として残るわけなのだ。

「毛野氏」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%87%8E%E6%B0%8F、「毛野国」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%87%8E%E5%9B%BDまたは、「毛野族」などで検索すると面白い記事、興味深い説がたくさん出ています。


ではなぜ、テレビでは、ここが取り上げられないのか。
それは、ここが忘れられた存在となっているからでしょう。

天神山古墳周辺や太田市にある数多くの古墳群を見ればよく分かる。
無整備、放置、そして無関心……。

聞けば、周辺地域の土地の確保もままならない状態だというのだ。

さきたま古墳群公園が整備され「世界遺産登録」を目指して、地元住民が盛り上がっているのとは、大違いだ。
これにはどう見ても、太田市や群馬県の無方策だと思うんですが……。

だから「新田義貞、一族」関係史跡の無整備といい、ここには、「文化遺産」に対する対策が全くないんですよ。
これだけの歴史物があるのに、あまりにももったいない。
「英語学校」「英語特区」「グンマ国際アカデミー」なんていう無駄金を遣う余裕があるなら、こういった「歴史遺産」を大事にしてもらいたいですね。
というわけで、最後は「太田市市長批判」で終わりました。

関連記事はここ。いまだに木村拓哉の検索でやってこられる方が大勢います。

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Comment

[140] 英語特区は壮大な税金の無駄遣い
英語特区が、無駄には同意します。
国語こそがもっとも重要な科目であり、これを怠れば全般的な学力の低下は理の必然です。
ところが、最近はこの当たり前のことがわからない人が多く、しょうがっこう英語という亡国教育へまっしぐらです。このままでは大変なことになると危惧しているのですが…。
[402] いやいや
古墳に道路作ってますよね。群馬ってそういうところなんですか?ありえない。
[410]
毛野氏は、皇別氏族だろうが...崇神天皇の長子である豊城入彦命の子孫。完全に大和朝廷から送り込まれた貴族の家系。

「旧唐書」(中国、945年)の記述の「日本國は倭国の別種なり」については、その書の別の記述には、名前が気に入らないから変えてくれとか、日本の使者の言うことが二転三転しているから、中国の官僚が怪しんだと書いているぐらいだから、単純に日本側が倭国の名前が気に入らなかったんじゃね?ココからは推測だが、大和朝廷が国家統一するよりも前(たとえば、出雲が対中国外交を主導していた時代)から、日本の対中国外交上の名前は倭国だったので、それが気に入らなかっただけだと思う。

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