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物語を物語る

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「地中海で写楽」、読売新聞ってある意味凄い。

物語を物語る

平成20年8月4日読売新聞の一面トップに「写楽の肉筆画発見」の文字が躍る。
写楽1面

こんな記事をトップに持ってくるとは、「読売新聞」ってすごいですね。
事件・事故、経済、政治、など実社会にはまるで意味のない事ですから、興味のない人には全く関係ない記事でしょう。
しかし、私にはたまりません。

以下、本文記事を掲載。
『江戸時代の浮世絵版画の巨匠、東洲斎写楽の肉筆扇画面がギリシャ・コルフ島のアジア美術館に所蔵されていたことが分かった。小林忠・学習院大学教授ら国際学術調査団が真筆と鑑定した。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」を題材にした浮世絵で、浮世絵版画の世界から姿を消していた直後の筆と見られる。写楽の肉筆作品は極めて少なく、謎の多い絵師の実像に迫る一級品の手がかりとなる。
扇画面は端の一辺が17,4㎝。竹を素材とする中国製の「竹紙」(ちくし)を使ったと見られ、署名と花押がある。「忠臣蔵」二段目から、四代目松本幸四郎が演じる加古川本蔵と、松本米三郎による本蔵の娘、小波を描いている。
調査団によると、2人がこの父娘を演じた上演記録から、1795年(寛政7年)5月の舞台に基づく絵と推定される。写楽が役者絵などを発表した期間は約十ヶ月で、同年初めには浮世絵版画の制作をやめていることが、その後も肉筆画は描いていたことになる。
真筆と判断した根拠について、小林教授らは、①役者の表情のとらえ方や繊細な色彩など、オリジナルな表現の質などを備えている。②通常、浮世絵に描かれていない場面を取り上げており、場面の選び方がユニーク、などの点を挙げている。
コルフ島のアジア美術館は、19世紀末から20世紀初めにかけて、ギリシャの外交官グレゴリオス・マノスがパリやウィーンで買い集めた日本の美術・工芸コレクションを所蔵している。今回の扇画面もマノスが収集した作品の1つで、幕末・明治時代に流出したらしい。
小林教授は「版画では役者の表情を強調し、奇をてらうイメージもある写楽だが、この肉筆画では抑揚をされた筆致を見せている。彼の表現の本質や実像をとらえ直す上で、重要な作品となる」と話している。』
とある。
小林教授が、これを写楽の絵だと鑑定した根拠として挙げた点がちょっと妙ですが、専門家がそう言うのだから、まさしく「写楽の絵」なのでしょう。
さて、この扇画面の場面は「仮名手本忠臣蔵」の二段目とあるから、これは「桃井館の場」となるはず。
大星力弥が高師直の用向きを伝える使者として、桃井若狭之助の館へやって来て、その口上を小波が受けて、父・加古川本蔵にその内容を伝えるといったあたりの場面だろうか。扇画面には「只今 使者……」と書かれた文字が見えるから、たぶんこの場面だと思うが…。それにしても、この場面は劇としては、あまり重要なところでもないし、かなり地味ところだ。ただ、ここを絵にするという点が、逆に興味深いということになるということか。

または平成20年8月7日の文化面にも関連記事が載っていた。
『写楽作品の多くは他の浮世絵と同様、幕末・明治時代、ジャポニスムに沸く欧米に輸出された。扇画面を所蔵していたのも1世紀前の美術コレクター、グレゴリオス・マノスだ。
この貴族出身の外交官は19世紀末ウィーン大使となり、定年後もパリを拠点に、日本・東洋の美術工芸品の収集に没頭した。やがて財産を使い果たし、コレクションをギリシャ政府に寄贈。これを元に、1928年開館したのがアジア美術館で、直後、マチスは世を去っている。……』

と、こちらの記事は、コレクションしていたマノスを中心に書いてあります。
日本美術への偏愛が伝わってきます。
こういうマニアの人が、結局は、後世に「文化」を残すことになるんですね。
現代でいうところの「欧米のアニヲタ」みたいな人だった
はずです。

また、翌日の文化面に「地中海の写楽」として続きが載ってました。
『~深く流れる日本美術愛~
ギリシャ・コルフ島のアジア美術館の調査は、浮世絵、屏風や軸などの絵画、陶磁器の3班に分かれて進められた。<中略> 実に多彩なものが海外に輸出されてきたことを実感させたが、陶磁器班の調査でも明治の輸出状況を物語る作品が目立った。外国人に好まれる朱などを後から加えたらしい、染付の皿など。そんなコレクションを同館が大切に守り伝えてきたことも強調しておくべきだだろう。 <中略> コルフ島での調査の途中で、小林忠・学習院大学教授は地中海東端に位置するキプロスに足を延ばした。現地の美術愛好家、サノス・ジンティリス氏の日本美術コレクションを見てほしいと依頼されていたのだ。
海運業で成功した氏は、1960年代後半から浮世絵や象牙細工などを集めてきた。浮世絵は当初、絵師の名も知らずに二代歌川国貞の花魁図を買い、今では数百点に及ぶ。幕末・明治の作品が中心で、春画が多く含まれている。「日本美術はシンプルで美しい。性を描いても、幸福と静穏を与えてくれる」と78歳のコレクターは語っていた。
その収集品に、欧文のメモの挟まった20冊ほどの春本があった。ユリウス・クルトの旧蔵品だという。20世紀初め、写楽の評伝を刊行し、再評価を促したドイツの浮世絵研究家だ。コルフ島で写楽の肉筆扇画面に出会ったことを思えば奇縁というしかないが、欧州に流れ続ける日本美術愛の深さを見る思いがした。
氏の邸宅を辞した小林教授は、「こんなに浮世絵を大事にしてくれて、ありがたいことだな」しみじみつぶやいた。』
とありました。

ヨーロッパに「日本文化」を理解する人々が、今も昔も多くいた、ということが分かり、これは、なかなかいい特集でした。


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