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太田女子高から足利女子高へ「挑戦状」 現代にも残る「新田vs足利」、その続報。

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以前、上毛新聞に載っていた記事の続報が、読売新聞に出てました。
当ブログでは、これをネタに『太田女子高から足利女子高へ「挑戦状」 現代にも残る「新田vs足利」 』という記事を書きました。

以下、読売新聞の記事をそのまま載せておきます。
県境越え交流 太田女子高 足利女子高  
「新たな伝統に」 24、27日「星松祭」
県立太田女子高(辻村好一校長)と栃木県立足利女子高(田村和江校長)の両校が今月下旬、県境を越えてスポーツの対抗試合や文化活動で交流する「星松(せいしょう)祭」を初めて開くことになった。生徒たちは「女子校同士で刺激を与えあい、新たな伝統を作っていきたい」と意気込んでいる。
 この企画は、太田女子側が今年初めに、足利女子側に持ちかけたのがきっかけ。太田女子の実行委員長の増田有華さん(2年)は「何か新しいチャレンジとして、学外との交流を始めようと思った」と話す。
 各校で有志の実行委員会を設け、5月末ごろから両校の生徒が行き来して打ち合わせを行い、種目や日程を話し合った。携帯電話のメールなどのやりとりを通じて、うち解けていったという。交流戦の名称は、足利女子のセーラー服についている「星」と、太田女子の校章にある「松」を合わせて「星松祭」と決めた。
 県境を越えた交流には先例がある。県立太田高と栃木県立足利高との両男子校は、地理的に近く、地元の武将の新田義貞と足利尊氏の両雄にもちなんで、1985年からスポーツやレクリエーションで対抗戦を行っている。足利女子、太田女子の両校は「女子校同士の交流も活発にしていきたい」という。
 「星松祭」は今月24、27日に開催。24日は足利市でダンスや吹奏楽、軽音楽などの文化交流を行い、27日には太田市で運動部の練習試合と一般生徒らの綱引き、玉入れなどを行う。今月5日夕、足利市民会館に集まった両校の生徒約30人は、音響や照明などで最後の打ち合わせを行った。
 足利女子の実行委員長の武藤萌さん(2年)は「多くの生徒が参加して交流を深め、来年以降も続けていきたい」と期待している。
(2008年9月10日 読売新聞)』

「現代にも残る新田vs足利」の記事を書いてから、「太田女子高」とか「足利女子高」とかで検索して来られる方が多くなりました。しかし何故か「足利女子高」の方が多い。不思議です。

さて、この対決の結果がどうなったのか是非とも知りたいところですが…、
おっさんの私が女子高をうろうろしたり、電話を掛けたりなんて出来ないので、この対決の続報が新聞に載ることを期待します。

まあ、結果はどうであれ、こういった活動から、不人気の南北朝時代、新田義貞を盛り上げて下さい。

追記、「新田義貞の首の行方④」については今書いておりますが、全くまとまる様子がありません。ただ概要だけでも近日中に載せますので、それまでしばらくお待ちを……。

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Comment

[256]
太田女子の圧勝でした

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