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物語を物語る

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気分は、芥川龍之介の「戯作三昧」

物語を物語る

風邪をひいて、体調不良。
ゴホゴホと咳をし、額に「冷えピタ」を貼り、毛布をかぶって、それでもブログ(新田義貞伝承の続き)を書いていた。
その無残な姿を見た女房からキツイ言葉が、
「バカみたい、調子悪いなら寝た方がいいじゃないの。仕事に差支えるわよ、どっちが本業だかわかんない。そんなことしても1円にもならないのに……」と。
かみさんにしてみれば、金になるのか、ならないのかが、とても重要な基準判断となっているので、その点からいえば、私のしていることは、全く無駄なことになるようだ。

そこで思い出したのが、
芥川龍之介の「戯作三昧」の最後の部分。以下引用。
(出典・青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/37_14479.html から)

その夜の事である。
 馬琴は薄暗い円行燈の光の下で、八犬伝の稿をつぎ始めた。執筆中は家内のものも、この書斎へははいつて来ない。ひつそりした部屋の中では、燈心の油を吸ふ音が、蟋蟀(こほろぎ)の声と共に、空しく夜長の寂しさを語つてゐる。
 始め筆を下(おろ)した時、彼の頭の中には、かすかな光のやうなものが動いてゐた。が、十行二十行と、筆が進むのに従つて、その光のやうなものは、次第に大きさを増して来る。経験上、その何であるかを知つてゐた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行つた。神来の興は火と少しも変りがない。起す事を知らなければ、一度燃えても、すぐに又消えてしまふ。……
「あせるな。さうして出来る丈、深く考へろ。」
 馬琴はややもすれば走りさうな筆を警(いまし)めながら、何度もかう自分に囁(ささや)いた。が、頭の中にはもうさつきの星を砕いたやうなものが、川よりも早く流れてゐる。さうしてそれが刻々に力を加へて来て、否応なしに彼を押しやつてしまふ。
 彼の耳には何時か、蟋蟀の声が聞えなくなつた。彼の眼にも、円行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆は自(おのづか)ら勢を生じて、一気に紙の上を辷(すべ)りはじめる。彼は神人(しんじん)と相搏(あひう)つやうな態度で、殆ど必死に書きつづけた。
 頭の中の流は、丁度空を走る銀河のやうに、滾々(こんこん)として何処からか溢れて来る。彼はその凄(すさま)じい勢を恐れながら、自分の肉体の力が万一それに耐へられなくなる場合を気づかつた。さうして、緊(かた)く筆を握りながら、何度もかう自分に呼びかけた。
根かぎり書きつづけろ。今己(おれ)が書いてゐる事は、今でなければ書けない事かも知れないぞ。」 しかし光の靄(もや)に似た流は、少しもその速力を緩(ゆる)めない。反つて目まぐるしい飛躍の中に、あらゆるものを溺らせながら、澎湃(はうはい)として彼を襲つて来る。彼は遂(つひ)に全くその虜(とりこ)になつた。さうして一切を忘れながら、その流の方向に、嵐のやうな勢で筆を駆(か)つた。
 この時彼の王者のやうな眼に映つてゐたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉(きよ)に煩はされる心などは、とうに眼底を払つて消えてしまつた。あるのは、唯不可思議な悦びである。或は恍惚たる悲壮の感激である。この感激を知らないものに、どうして戯作三昧(げさくざんまい)の心境が味到されよう。どうして戯作者の厳(おごそ)かな魂が理解されよう。ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓(ざんし)を洗つて、まるで新しい鉱石のやうに、美しく作者の前に、輝いてゐるではないか。……
        *      *      *
 その間も茶の間の行燈のまはりでは、姑(しうと)のお百と、嫁のお路とが、向ひ合つて縫物を続けてゐる。太郎はもう寝かせたのであらう。少し離れた所には弱(わうじやく)らしい宗伯が、さつきから丸薬をまろめるのに忙しい。
お父様(とつさん)はまだ寝ないかねえ。」
 やがてお百は、針へ髪の油をつけながら、不服らしく呟(つぶや)いた。
きつと又お書きもので、夢中になつていらつしやるのでせう。」
 お路は眼を針から離さずに、返事をした。
困り者だよ。碌(ろく)なお金にもならないのにさ。」
 お百はかう云つて、伜と嫁とを見た。宗伯は聞えないふりをして、答へない。お路も黙つて針を運びつづけた。蟋蟀はここでも、書斎でも、変りなく秋を鳴きつくしてゐる。


と、以上ですが、ウマいですね。ほんのわずかな思考の動きをとらえて、見事な文章にしてしまうとは、なんとも絶品です。行き詰まったときに「戯作三昧」のこの部分を読むとなぜか救われるような、気がするんです。
わたくし、馬琴にも芥川にも筆力では到底足元にも及びませんが、この描写にあるような「モノを書く」ときのこの「雰囲気」はよくわかります。表現とか言葉とか頭に浮かんでは消えていく、この一瞬の感じが。

そして、最後の家族の会話、辛辣ですね。私が言われているようで、実に身につまされる。
現実は、きびしい。
「戯作三昧」のテーマは、「自分の世界と世の中や現実の乖離で苦悩する人」がテーマではないかと思うんですが……。

「モノを書く」ってホントに「孤独」です。
ネットで自作の小説を掲載する人なんて、たいがい孤独で、世の中から認められた存在ではないでしょう。(認められていれば出版してる)
それでも、みんな孤独と戦いながらも、コツコツと書き続けている。(それこそ、1円にもならないのに)
純粋にブログを長く続けている人もそうかもしれない。
そんな「不遇な人たち」って世の中はたくさんいる。

と、ここで、
東京・秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大容疑者の犯行理由を新聞で読んだ。
「生きがいのなさを感じて周囲からの孤立感を深め、本人のはけ口だった携帯電話サイトへの書き込みを無視された不満が怒りとなって犯行につながった」とあった。
ここから、「孤独」「不満」「生きがいのなさ」を犯行理由にしたことと、「戯作三昧」を絡めながら書き進めようとしたが、いつものように駄文でむやみに長い文章になったので、載せるのをやめました。

こんど調子のいいときに、もう少し考えをまとめて、ウマく書けたら、載せてみます。
やはり、文才がないというのは、ツライ。

ということで、誰にも褒められず、認められることもない「孤独な戦い」を、まだしばらく続けていきます。

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