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物語を物語る

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宮藤官九郎って。「面白ければいいじゃん」という態度で書く時代劇は果たして面白いのか。

物語を物語る

 宮藤官九郎
売れっ子の脚本家だということは知っている。書いたドラマが高視聴率の連発だ、なんていうのも聞いている。なんだか偉い賞もたくさん取ったということもさっき読んだ。彼のドラマが大好きなんていう人も近くにいる。
ただあまりにも「それはないだろう」といったひどい記事を書いていることので、少しケチをつけてみることにした。(ほとんど罵倒ですが)
記事は、週刊文春2008年12月11日号 宮藤官九郎の連載「いまなんっつた?」の中にある。以下転載。
「時代劇を書いてます。劇団☆新感線に書き下ろす新作「蜉蝣峠」です。 そう言えば監督デビュー作「真夜中の弥次さん喜多さん」も不条理ではありましたが時代劇でした。来年公開予定の「カムイ外伝」もそう。意外と多いんです。 にもかかわらず私、全くと言っていいほど日本史の知識がない。高校時代に世界史を専攻しており、それすらも大学受験の課目じゃなかったため全く勉強しなかった。つまり歴史全般が苦手。苦手なものには興味がない。というわけで小学校レベルだと思います。今日も「まんがで学ぶ日本史」みたいな本を買ってしまった。苦手なものはマンガで済ませるに限る。 大河ドラマが始まるとだいたい時代考証的な見地から「篤姫はあんなことしない」とか「竜馬はあんな男じゃない」とかいう人が出てきますね。小学生の僕からしたら完全にポカ~ンですよ。篤姫が実在の人物だという事すらドラマの始まるまで知らなかった。そもそも間違いを指摘する人だって資料や文献をもとにしているわけですよね。本人と対面したわけじゃないんだし面白ければいいじゃんと思っちゃうんですが……ダメ?  実在の人物と言えば、僕の作品には有名人が本人の役で多数出演しています。   <中略、自分のドラマに出た女優の話が出ているが、これが本題とどうつながっているのか、私にはよく分からない内容。楽屋落ちが面白いといったことしか書いてない。>     …だって篤姫と違って本人生きてるし、その本人が演じているわけですから。だからってわけじゃないけど、もし竜馬や篤姫が生きていたら案外楽しんでドラマを見ているんじゃない? と思っちゃうんだけど……ダメですか? やばい。話が横道にそれたまま戻れなくなった。時代劇。なんでみんな好きなんだろう。 フィクションとして入り込みやすいんでしょうか。どんな悲惨な物語でも200年前の話だという安心感、というか非現実感。だって刀ぶら下げて歩いているんですよ。今だったら職務質問じゃ済まない、拘束されちゃいます。  というわけで、この機会に日本史に興味を持ってみようと思います。」

と、以上が掲載されたもの。書き写していて何だかバカらしくなってきたが、まずはこれを読んでもらわないと話が進まないので載せておく。
っていうか、脚本家、兼俳優、兼作詞家、兼放送作家、兼映画監督、兼演出家という超人気でマルチな才能にあふれた方が書いたこの記事ですが、私には何が言いたいのかさっぱりわからない。特に最後の方が。(私の読解力不足なのか。分かった人がいたら、私に教えていただきたい。)だいたい、「週刊文春」を金を出して買い、こんな下手な(失礼)コラム記事を読まされて、果たして喜ぶ人や感心する人がいるのだろうか。
それに、こんなことを平然と、大手週刊誌に堂々と、馬鹿を晒すような記事を書いて恥ずかしくもないのか?
俺の「日本史の知識は小学生レベル」と言っちゃてる人が時代劇を書くって。まあそんな人が、ドラマ・劇・映画界の最先端にいるんだから、最近の日本のドラマが面白くないんでしょうね。(あくまでも私の意見。最近の日本のテレビドラマが面白いと思う人はある意味しあわせですね)

まず、「日本史に興味がない」、「歴史全般が苦手だ」といいつつ、俺のところには時代劇の仕事が来るといった自慢ぽい話から、そんな人に「ここは一つ、人気作家さんに時代劇でも書いてもらって、コガネでも稼ごう」とやっつけ仕事を回す人々が多くいるといったことは、この際どうでもいいことにしょう。
私が怒っているのは、この「歴史」に対する、このふてぶてしいまでの呆れた態度だ。
どうやら、時代劇・歴史ドラマを見て意見をいう人を、ただ「いちゃもん」を言っているうるさい人くらいにしか思ってないようだ。 自分が歴史を知らない(興味がない)からといってそれを棚に上げておいて、時代劇に「時代考証」を持ち込むのは無粋であるとするその姿勢。(文面にはどこか嘲るような感じがある) それを「面白ければいい」と歴史的事実さえも歪めても構わないという、その物言い。挙句は、そんな不備だらけのものを観客に見せて、俺の面白いと思ったものは「面白いだろう」「楽しめ」と強要するその増上慢な態度。それらを許すほどの寛大な精神を、観客に要求するのか?私は小説や映画やドラマに対してそんな寛容な心を持つことはできない。それは歴史を扱うものであれば、尚更だ。歴史や歴史上の人物を歪めてまで、ただ「面白おかしく」扱うことを、私は許すことはできない。それは今までこのブログで書いてきた通りだ。
別に「既婚女性にはお歯黒を塗れ」とか、「武士は女と並んで歩かないし、町中で口は利かない」とか「戦国時代の馬はポニーみたく小さい」とかそんな細かいことを求めているではない。私が彼に問いたいのは、時代劇や歴史ドラマを書いている人が、そんなゆるい姿勢でいいのか、ということ。まして彼は影響力のある超人気作家だから……。

しかしその一方で、このコラムは彼一流の悪い冗談なのかもしれないとも読める。「そんなわけないじゃん」と確信犯的に読者を煙に巻いているのかもしれない。かげでは私たち(歴史好きやマニア)を嘲笑しているのかもしれない。それを真に受けてしまう私がバカなのか。とすればもっとタチが悪い。それは宣戦布告と同じことになるからだ。
だから、ここでは敢えてこの記事の文面をそのまま受け取って、噛みついてみることにする。
以下は、超人気一流作家に対して、素人の私が、クドクド、ネチネチ、グダグダと書き連ねているだけなので、読みたい人だけ読んでください。


このコラム記事の内容を何かに例えてみよう。たとえば野球で。
「俺、野球のルールも知らね~し、興味もね~けど、仕事がきたから、ちょっとやってみるか。「何、イチローだ、知らないね。大リーグ、へ~どうでもいいよ。いいじゃん知らなくたって野球はできるよ。楽しけれりゃいいんだよ、別に。グローブとかバットとか道具があれば、それなりに野球ぽくなるじゃん。いいよ、モノが揃ってれば雰囲気でるからさ。あっ、俺って、面白くするの天才だから、打ったら3塁に走っていいよ。バッターが右と左で両方同時に立ってても意外性があっていいかも。アウト3つで交代なの?へえ~、ルールブックにそう書いてあるって、俺そんなの読んだことないし、知らね~、調べるとか興味ね~から、そういうのめんどくさいし。じゃ、今度マンガで読んでみるよ。(ここで、それは違うだろうと、観客の声が上がる) うるせ~、俺には俺のやり方があるんだから、黙ってろ。いちいち細かいこと言うんじゃね~ぞ、何たってオレ様は「売れ子」なんだから。面白けりゃいいんだよ。」
って、こんな感じ。まあ私はこう受け取ったわけです。
まさにこちらが「ポカ~ン」ですよ。

こんな人が「当代きっての脚本家」「ヒット連発の作家」だというのだから、聞いてあきれる。だから、いまの日本のドラマは一見すれば「表面上は面白い」かもしれないが、しばらくするとその内容さえ忘れる「底の浅い」「深みのない」ドラマばかりなのだろう。(まあ彼の作品ファンはそうじゃないというだろうけど)
それに、なぜこの人は、時代劇や歴史ドラマにだけは、なぜ細かいことを言うな、といったことを書くのだろうか。
どんな分野にも細かい指摘をする人はいて、そんなのドラマレビューのサイトで拾ってみればいくらでもある。「あの時代にはその型の車は走ってなかった。」とか「あの拳銃では弾が○発しか弾倉に入らないのに、それ以上撃った」とか「宇宙空間では爆発はない」とか……なのになぜ時代考証だけはダメなのか。
それに彼のドラマでは「落語」とか「池袋」とか「チンピラ」とかが非常に細かく書かれているが、これは資料や本を読んで下調べしたはずだ。ドラマにするにあたっては、「ウソ」がないように考証もしたはずだろう。そんな細部の積み重ねがあったからこそ視聴者が付いてきて「人気ドラマ」となったはずである。
だいたい「本人に対面したわけじゃないのに」「資料や文献をもとにした」などこんなことをいったら、ドラマ・映画・物語・小説をすべて否定することになるはずだ。実体験がなければ、当事者に会っていなければ(歴史モノを書くときはどうやって当事者に会うんだ)物語を作ることはできないといっているのようなものだ。それでは、宇宙に行ったことがない人はSFを書けないし、殺人を犯さなければミステリーを書けない、合戦に出なければ戦国武将の話は書けないことになる。もともと小説にしろ映画にしろドラマにしろ、話を作るに当たっては資料(史料)や文献・本をもとにするはずであり、感やひらめきや雰囲気で物語は書けないはずだ。これは、物を書くという作家の根幹にもかかわることであり、これをあまりにも簡単に否定して、それをお気軽なコラムにして書いてしまうことが問題なのだ。しかもそんなことに彼自身も気付いてもいないようだが。
たとえば彼の記事にもある「篤姫」だが、これだって書くにあったって、文献や資料を漁り、自分の中にそれを取り込んでこそ、初めて新しい「篤姫」や「竜馬」を生みだ出されていくわけではないのか。それは、資料や文献からえられた知識があってこそ、作家の中で新しい人物像が膨らんでいくことになる。そうして生まれた「人物」は奥深く、味のある人間となっていくはずである。これはその作家の作り出した「人物像」で、すべては基となる下地があるわけで、それは「歴史の知識」が必要となるわけだ。だがこの人は違うらしい。時代劇を書くにも何の資料をあたらずに「面白ければいい」「おれの日本史の知識は小学生レベルだ」などという軟弱な態度でいいのだろうか。そんなことを言い放ってしまう作家が物を書いて金をもらうとは最低だろう。それはあまりにも観客を馬鹿にしているということだ。「楽しければいい」という発想しかできない人に歴史モノ・時代劇は書けないと思う。たとえ書いたとしても底の浅い、糞がつくほどつまらないものしかできないと断言する。歴史やその時代に生きた人は奥深いはずだ。書いた脚本が当たってちやほやされているか知らないが、こういった調子付いた方がちょっと歴史モノでも書いてみるかぐらいの浮ついた軽薄さで、書かれた「時代劇」は本当に面白いのだろうか?
それに、このコラムの終盤の「フィクションだから安心感がある、非現実感があるから時代劇が好きなんだ」とかいう時代劇に対する認識もどこかズレていると思う。これはたぶん水戸黄門とか暴れん坊将軍とかのレベルでの時代劇を言っているようだ。あのくらいなら俺も書けると思ったのだろう。
結論としては、このコラム記事は、「時代劇はみんな好き」→「人気がある」→「そこに客が多くいる」→「金になる」→「よし俺も書いて儲ける」といった流れで、「篤姫」が当たったから俺も書いてみようくらいの軽い自己方針が、週刊文春に載っていたいうことだろう。

また、似たような作家に「三谷幸喜」がいるが、これは正反対に位置している。三谷氏の時代劇・歴史ドラマはかなり滅茶苦茶だが(竜馬にツイスターをやらせる。新撰組にVサインをさせる。竜馬と近藤勇が親友などなど)、才気走った人が才に溺れて、「歴史モノ」をやるとこうなることがある。規定概念を壊すことも「才能」だというが、度が過ぎると見ている方が付いていけなくなる。
ただ、彼は「歴史マニア」であり、かなりの研究熱心だと聞く。
この姿勢はいい。だから三谷幸喜はそのうち名作となるような「時代劇」「歴史ドラマ」を書くかもしれない。



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Comment

[114]
「面白ければいい」というのは、これ自体は別にいいと思うのですよ。ただ、その官九郎とかいう人の書いたものが本当に面白くなるのか?という気はします。少なくとも私なら見る気すら起こらない。
歴史をギャグやパロディにするにしても、ちゃんと知識があってやるのと、そうでないのとでは全く違ってくると思うんですけどねぇ。
それにしても、野球に例えたのは分かりやすかったです。私が普段感じていることをよくぞ言ってくれました。

もっとも、官九郎も、実はひそかに色々調べていたりして。だって、これが素ならあまりにもバカ過ぎるでしょ。自分は頭はいい、とか、いっぱしの才人だ、といううぬぼれがある人に、まま見られる傾向ですが、わざとバカのふりをするんですな。
[115]
コメありがとうございます。
やはり釣られたんですかね。
でも、これはないな、と思って勢いで書いてしまいました。
[154]
宮藤さんの作品を見たことが無いので何の思い入れもありませんが、

>「篤姫はあんなことしない」とか「竜馬はあんな男じゃない」
↑これは愚の骨頂でしょう

これに対する反論に過ぎないものへの再反論としては、いささかずれている様に感じます。

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